聖霊機IS   作:トベ

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 どうにかできました。今回もよろしくお願いします。


プライベート②

「よしっと、ま、こんな所かな?」

 

 現在、一夏は厨房で夕食の片付けを終え、夜食作りの最中であった。夕食の時間は終わったのだが整備員の仕事はこれからが長いようで一夏は差し入れを作る事にしたのだ。

 作業しながら一夏は夕食の時の事を思い返す。テロリストとの戦闘により昼食が潰れてしまい。結局、夕食に例の魚がフライにされて供されたのだが、随分と好評だった。

 

 その所為か、マドカの釣りに対する意欲はかなり上がっているようで、またアーサーと話し込んでいた。

 

 時折、こちらを唖然とさせる行動を見せるマドカだが、今までの境遇が境遇なだけに何にでも興味を持つのは良い事だろう。調理をしながら一夏はそう考える。ちなみにマドカは食堂の清掃を任されている為にここにはいない。

 

「それじゃあ、盛り付けて……えーと、後は……」

 

 軽食を作り終え、トレーへ乗せ終えると食材の確認の為に冷蔵庫を開ける。まず、目に入るのはマドカによって切られた大量の野菜だ。いくらか消費し残りは冷凍保存に回したが、未だ冷蔵庫の大部分を占領するそれを見ると、一夏は軽くため息をついた。

 

「はぁ……あっ、いけね。これもあったんだ……」

 

 続いて目に入ったのは内容物の入った20個程の大き目の器だ。それは今日の朝食に出そうと思っていた物なのだが、マドカの野菜事件にて完全に忘れていたのだ。

 

「まだ、大丈夫か?」

 

 一夏はそれを取り出し確認する。余り日持ちはしない物だが、明日ぐらいまでなら大丈夫だろう。そう考え、それを仕舞うと今は食堂の清掃を任せているマドカの様子を見に行く為、振り返った。

 

「さてと……うわ!」

 

 そして、一夏は驚愕の声を上げた。そこにいたのは視界を覆い尽くす巨体、航海士のデロックだった。だが、その顔色は悪く目は虚ろ、どことなくふらついているように見える。

 

「何やってるんですか? デロックさん」

「……その、声は……イチカ、なんだな?」

 

 明らかに普通じゃない状態のデロックに一夏が恐る恐る問いかけるとデロックは力なく答える。

 

「いつの間にそこに。それより、どうしたんですか?」

 

 少なくともドアの空いた様子もないのに、気が付いたら背後にいたデロックに驚きの表情を浮かべたまま一夏は問いかけるが、そんな彼に思いもよらない答えが返ってくる。

 

「ここは、おやつが無いんだな……」

「はい……?」

「もう、おやつのない生活には耐えられないんだな……」

 

 一瞬、意味が分からず一夏は呆けた声を上げたが、その訴えの通りに考えるのならば、彼の今の状態はおやつが無い事での禁断症状なのだろうか? だが、おやつが無い位でまさかと思いながら目の前のデロックを見るが、当のデロックは嘘をついている様子もなく、今にも倒れそうな位にふらついていた。

 

「……」

「……」

 

 しばし、沈黙が厨房内を支配していたが、こんな状態のデロックを放置しておくのも気が引ける。それに他人に迷惑をかけそうだ。取りあえず、今作ったものは渡すわけにはいかない。そう考えた一夏は別の物で現状を打開すべく声を上げる。

 

「あの……コーヒーゼリーあるんで、良かったら食べますか?」

「食べるんだな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう。助かったんだなー」

「は、はははは……はぁ」

 

 取りあえず、五個ほどコーヒーゼリーを食べ終えた。というより、飲み終えたデロックは大きく息を吐いた。当の一夏は渇いた笑みを浮べ、デロックのあんまりな食べ方に溜息を付くが、そんな様子に気づいた様子も無く、何故か親し気にデロックは一夏に話しかけた。

 

「しかし、イチカは本当に良い奴なんだな。あのちっこいのとは全然違うんだな」

「ちっこいのって、マドカの事ですか?」

 

 デロックの話で一夏は即座にマドカ思い浮かべた。この艦に小柄な人物と言えばマドカ位だからだ。

 

 一方、デロックも彼女の事を思い出しているのか、一転、不機嫌な表情になると一夏に対して不満を吐きだす。

 

「そうなんだな! あいつは僕の顔を見る度、肉塊だのなんだのと、本当に失礼な奴なんだな!!」

「ああ、すみません。あいつには、一言言っておきますんで……」

 

 余程腹に据えかねているのか、腰かける椅子がギシギシと音を立てる位、体を揺らし怒るデロックに、一夏はすまなそうな表情をしながら謝罪する。

 

「頼むんだな。お兄さんなら妹の躾はしっかりしなきゃいけないんだな。あっ、もう一個貰うんだな」

 

 一夏の謝罪に満足そうに答えると、怒った影響でまた腹が空いたのだろう。再びゼリーに手を伸ばすデロックだった。

 

 

 

「一夏、こっちは……む」

「? マドカか、今度はちゃんと出来たか?」

 

 デロックが再びゼリーを胃袋に送り込み始めた後、食堂へ繋がる扉からマドカが姿を現した。昨日の部屋の惨状を見ると清掃を任せるのは不安であったが、慣れさせる為にはやらせないわけにもいかないのだ。

 

 その為、一夏はしつこい位にやり方を説明して任せたのだが、どうやら、終わったようだ。マドカは厨房に入った途端、ゼリーを食べるデロックを不機嫌そうに一瞥すると、一夏に話しかける。

 

「テーブルを拭く事くらいで大げさすぎだ。……何を食べているんだ? アレは」

「ああ、コーヒーゼリーだ。良かったらマドカも食べていくか?」

「コーヒーゼリー? ああ、そう言えば昨日……」

 

 一夏の答えに一瞬、思案するマドカ。その言葉から昨日の厨房でのやり取りを思い出している様だ。

 

「そうだな、折角だから貰おう」

「分かった。今、デロックさんが食べてるけど、まだ、残りが……」

 

 そう思い、振り向いた一夏だが、その期待は裏切られることになった。なぜなら……。

 

「ふいい、食べたんだな。これで、やっと落ち着いたんだな……」

 

 視線を向けた先、目に入ったのは満足そうに腹をなでるデロックと、その前に積み重ねられたカップの山だったからだ。

 

「無い……みたいだな」

 

 少なくとも人数分以上は作っていたはずだったのだが、それをすべて平らげてしまったらしい。

 

「……ん?どうしたんだな。ゼリーは全部、僕が美味しく頂いたんだな。残念ながらもう残ってないんだな~」

 

 今のマドカと一夏とマドカのやり取りを聞いていたのか、デロックはマドカに対し、何処か挑発的な声を掛けた。マドカは余程気に食わないのか、わなわなと体を震わせ、口を開いた。

 

「むうう……一夏! 何故、こんな奴にやるんだ!! こいつを肥え太らせても無駄だ!! 食料を溝に捨てるようなものだぞ!!」

「むむむ……やっぱり、お前は嫌な奴なんだな! もっと年長者を敬うんだな!!」

 

 その言葉に今度はデロックが反論した。ほとんど間髪入れずに言葉が返っていく。それに対してマドカも即座に言葉を返した。

 

「ふん! 何が年長者だ!! それなら、それらしく振舞ってみろ!! そうなったら考えてやる!」

 

 余程、お互いが気に食わないのか、売り言葉に買い言葉と言った様子だ。少なくとも、年下相手にむきになる様子は年長者と言った様子ではない。この短い期間にどうやってこれほど仲が悪くなるのか疑問ではあるが、とにかく一夏は二人を止めようと言い争いに割って入った。

 

「マドカもデロックさんも落ち着いてくれって! 2人とも何でそんなに喧嘩腰なんだよ!?」

「理由などない! なんだか気に食わないだけだ!」

「僕もなんだな! やっぱり復讐帳に名前を書いてやるんだな!!」

 

 その問いかけに揃って一夏を見ると、それぞれの思いを口にすると再び顔を突き合わせ、歯ぎしりしながら相手を睨む。

 

「だから落ち着いてくれって、二人ともさ!」

 

 止めに入ったと言うのに、その行為自体が火に油だった様だ。止まる気配すらない二人を落ち着かせようと、暫く一夏は四苦八苦するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ……やっと、落ち着いた」

 

 その後、何とか二人を落ち着かせることに成功した一夏はその手にトレーを持ち、エレベーターに乗っていた。落ち着かせたとは言え、別れる際にもお互いに暴言を吐き合っていた為、また似たような事になるのは眼に見えていた。二人のこれからの事を考えながら、一夏は溜息を付いた。

 

「まっ、今はこれだな」

 

 そう言って手に持つトレーに視線を送りながらエレベーターを降りた一夏の耳に金属音が届く。今も整備員が作業中なのだろう。金属音に交じって彼等の声が一夏のいる場所まで聞こえてくる。そのまま一夏は格納庫へ続く階段を降りて格納庫内を見渡し、作業中の整備員を見つけると声を掛けた。

 

「すいませーん」

 

 一夏が声を掛けたのはバルドックの足元で指示を出していた若い女性の整備員だ。声を掛けられた彼女はバルドックに向けていた視線を一夏に向ける。

 

「ん、ああ……イチカ、だったっけ? どうしたんだい?」

 

 女性整備士はまだ名前がうろ覚えなのか、一瞬、言葉に詰まりながら答えた。

 

「はい、なんか遅くまでかかりそうだって聞いたんで……差し入れを」

「おお。気が利くじゃないか」

 

 そう言って手に持ったトレーを差し出した一夏の耳に新たな声が響く。振り返るとそこにいたのは、中年のがっしりとした体格の整備員だ。見れば他の整備員も手を止め、集まってきおり、一夏はあっという間に皆に囲まれる。

 

「じゃあ、後で頂くよ」

 

 そんな中、女性の製瓶は一夏からトレーを受け取るとその場を去って行った。恐らく詰所に持っていくのだろう。その後、若い男性整備員が気づいたように声を掛ける。

 

「そういや、出航してからの食事を作ったのはイチカなんだってな?」

「ええ、まあ」

「大したものじゃないか、あれだけ作れるなんて」

 

 

 そう言って、新たに加わったのは、女性っぽい男性の整備員だ。

 

「いやあ……所詮、素人料理ですから」

「はっはっは! 謙遜すんな!」

 

 その言葉に恥ずかしそうに答える一夏だったが、中年の整備員は豪快に笑いながら、中年の整備員にバシバシと無遠慮に背中を叩きながら応える。

 

「いてっ! 痛いですって!」

 

 一瞬痛みに顔を顰めた一夏だったが、悪い気はせず、すぐに顔を緩める。

 

「あっ、そういえば……」

 

 その時、一夏の背を叩いていた整備員が手を止め、何かに気づいたように声を上げた。

 

「ん? 何ですか?」

「いや。さっき、姫がお前の事を探していたんだよ」

「セリカが?」

 

そう言われ考えてみたが、思い当たる事が見つからず一夏は首を傾げる。

 

「……何かあったかな?」

「さあ、そこまでは俺も……」

 

 どうやら詳細は整備員も知らない様だ。ならば聖霊機関連ではないと思う一夏だが、そうなったら余計に思い当たることは無かった。

 

「うーん。なら、会いに行きます。じゃあ……ゼイフォンをお願いします」

「ああ、まかせとけ!」

「差し入れ、ありがとな!」

 

 整備員と別れ、格納庫を歩きながら一夏は考える。厨房で自分が作業をしていることはセリカも知っていたので入れ違いになったのだろう。取りあえずセリカのいそうな所から当たろうと一夏は考える。

 

「さてと、先ずは……ん?」

 

 中央通路に続く階段を上ろうとした一夏だが、その時、ビシャールの足元で機体を見上げるセシリアに気づいた。

 

「そう言えば、戦闘の後から様子が変だったな……」

 

 食事の用意の際に一夏は再びセシリアを誘ったのだが、やんわりと断られてしまっていた。あの時はさすがに疲れているのだろうと一夏は判断したのだが、この様子ではどうにもそれだけではない様だ。何処か愁いを帯びた表情でビシャールを見上げるセシリアが気になり、一夏は近づき声を掛けた。

 

「セシリア?」

「……イチカさん」

 

 余程考え込んでいたのか、声を掛けられてようやく一夏に気づいたセシリアは驚いた表情で振り向いた。

 

「如何したんだ? なんか辛そうだったぞ?」

「ええ……ちょっと」

 

 言いにくい事なのか、セシリアは言い淀み俯く。その様子を見ては一夏も次の言葉を続けることが出来なかった。

 

「……」

(……あ)

 

 暫く黙ってセシリアの様子を見守っていた一夏だが、先程の戦いで自分をフォローしてくれたのに、まだ礼を言っていない事に気づいた。此処で言って置こう。そう思った一夏は口を開いた。

 

「なあ、セシリア……」

「あっ! あの!!」

 

 だが、それと同時にセシリアも口を開き、二人の声が重なる。

 

「あっ、すみません。なんでしょうか?」

「いや、こっちこそ……本当に如何したんだ? 元気ないけど?」

「それは……」

 

 一夏の言葉で再び黙ってしまったセシリアだったが、やがて意を決したように口を開いいた。

 

「その、先程の戦闘では申し訳ありませんでした!」

「え?」

 

 次の瞬間、セシリアは一夏に向け謝罪し、頭を下げた。セシリアの行き成りの行動に一夏は思わず呆けた声を漏らす。少なくとも、一夏には謝罪されるような覚えは無いのだから当然の反応だった。故に一夏は訳が分からないと言った感じで返答を返す。

 

「何言ってんだよ? セシリアの援護がなければ、俺は……」

「……違うんです!!」

「!?……え?」

「あの時、私は唯、怖かったんです……」

 

 セシリアの機体の特性上、求められるのは冷静に状況を見据え援護射撃を行う事だ。だが、冷静な状態で人に武器を向け引き金を引く。その決断は非常に重い。そして何より、自身の迷いの所為で、また大切な人を失うかもしれないという自責の念に駆られているのだ。フラムエルク城でのジグリムとの戦いと違い、確実に相手を人として認識してしまっていたのも彼女を躊躇わせる要因になっていた。

 

「覚悟していた筈なのに。そう考えたら、手が……震えて……」

「あっ……」

 

 考えてみれば、セシリアが平静な状態で戦闘を迎えたのはこれが初めてだ。初戦ではすぐに一夏に操縦を代わっていたし、アルフォリナを助けるときは考えている余裕は無かったのだろう。生物兵器の時は相手を気にする必要はもとより無い。同様の思い、経験は一夏にもあった。だから、セシリアの気持ちは痛いほどわかる。

 

「……セシリアだけじゃない。俺だってそうだったからな」

「イチカさんも?」

「ああ……」

 

 一夏はセシリアに自身の感情を語り掛けながら、一夏は並んで立つゼイフォンを、自身が付けた傷痕を見つめる。名誉の負傷と言えば聞こえは良いが、そんな物ではない。性能差と機体の強靭さで、どうにか生き残っているだけだ。整備員へ差し入れをしたのも、機体を徒に傷付けてしまっている事への申し訳なさからだ。これを見る度に一夏は自身のやるべき事の難しさを思い知らされる。

 

「強く、ならないとな……」

「……そうですわね」

 

 二人はお互いに顔を見合わせ頷き合うと、改めて自身の責務の重さを感じ、思いつめた表情で互いの乗機を見つめ続けるのだった。

 

 

 

 

 

「あ~! 一夏! やっとみつけた!!」

 

 だが、そうしていた一夏達に一転して明るい声が掛けられた。その声のする方へ視線を向けるとセリカが満面の笑みを浮べ、階段を駆け下りてきていた。

 

「セリカ?」

「セリカさん?」

「もう~探したよ。どこにもいないから……」

 

 セリカは余程探していたのか、息を切らせながら愚痴を零しているが、対する一夏達はセリカの雰囲気に、すっかり先程までの沈んだ空気が吹き飛ばされていた。

 

「ああ、悪い。探してたんだってな。どうかしたのか?」

「ふふ~ん♪ 付いて来て~」

「ちょ、おい!」

 

 返答を聞かずに何か含んだような笑みを浮べ、セリカはその手を取ると強引に引っ張っていった。

 

「セリカさん! もうっ!」

 

 セシリアは先ほどの沈んだ様子からは一転、愚痴を言いながらも、そのセリカの笑みに何処か不安を感じながら後について行くのだった。

 

 

 

 

「如何したんだよ? こんな所まで引っ張ってきて……」

「そうですわ。行き成り……」

 

 暫く、大人しく引っ張られていた一夏だったが、セリカが格納庫の隅で足を止めた時、その行動を問い質した。対するセリカは機械部品の山から操作盤らしきものを引っ張り出し、夢中で作業している。

 

「実は、頼みたいことがあって……」

「頼みたいこと?」

「そっ! 協力してくれる?」

 

 一夏の視線の先で、セリカは次から次へとわけのわからない機材を取り出している。少なくとも、一夏には何に使う機械かさっぱり分からなかったが、それを隣で見ているセシリアは感じた不安感が拭えないのか表情が暗い。

 

「まあ、俺に出来る事なら……」

 

 何をするかは分からないが、少なくとも世話になっているセリカの頼みならと一夏は了承する。

 

「一体、何をさせる気ですか?」

「ふふふ、あれ!」

 

 二人の問いかけに答える様にセリカはある物を指し示す。そこにあったのは、以前、セリカがすぐにわかると言っていた布で覆われた何かだ。

 

「あれって」

「何ですか、あれは?」

 

 セリカの指し示す其れはあの時と同じ様に変わらぬ存在感でそこに鎮座していた。

 

「ふふふふ。じゃじゃ~ん♪」

 

 困惑する二人をよそに、セリカはその装置に歩み寄ると、笑みを浮べ、自ら効果音を発しながら、掛けられていた布を勢い良く剥がした。そして、現れたその物体を見た一夏とセシリアは揃って声を上げた。

 

「……電気椅子か?」

「……電気椅子ですか?」

 

「……酷くない? その例え」

 

 

 あんまりな言い方だが、少なくともそうとしか見えないその機械の横で、セリカは不満そうに声を上げていた。

 

 

 

「えー、分からないかな? この機能美……」

 

 その装置はハッキリ言って最新鋭の戦艦に似つかわしくないものだった。何処かレトロなそれは、一昔前の特撮ヒーロー物の悪の組織が拷問に使う機械の様だ。二人の例えが余程不満の様子で、しきりに首を捻っている。

 

「それで、何ですの? この装置は?」

「おっ! ふふふ、セシリア! よく聞いてくれたわ!」

 

 自身の問いかけに、目を輝かせながら振り返るセリカを見て、セシリアは聞いたことを一瞬、後悔したが、時既に遅し、セリカは大仰なポーズをとり、説明を始めた。

 

「これこそ! 私が開発した次世代型生体解析装置“分析君”!!」

「……分析君って」

「まさか、頼みたい事って……」

 

 そのネーミングに頬を引き攣らせている一夏の横で、その装置の名前からセリカのやろうとしている事の想像が出来てしまったセシリアが恐る恐る問いかけると、セリカはその考えを呼んだように満面の笑みを浮べながら返答する。

 

「そっ! これを使って一夏のプラーナ値の高さとか、その他諸々の事を遺伝子レベルで一辺に調べちゃうんだから!」

「セリカさん。いくらなんでも、そんな事は……」

「いや、まあ、構わないけど……」

「!?……イチカさん!?」

 

 

 迷わず了承した一夏に驚愕するセシリアだが、そんな彼女をよそに、余程嬉しいのか、セリカはぱあっと花が咲くような笑顔を浮かべ、一夏の手を引き連れて行こうとしている。

 

「ほんと! 流石、イチカ!! 話が分かる~」

「イチカさん! やめておいた方が……」

 

 セシリアは咄嗟に反対の手を掴み、小声で語り掛ける。その顔はやはり不安そうだ。

 

「大丈夫さ。セリカの腕はセシリアも知ってるだろ?」

「ですけど……」

 

 少なくとも、セリカとの付き合いはイチカよりも長い。その為、その事についてはセシリアも納得する。だが、それとこれとは話が別だ。彼女には目の前の機械からは不安しか感じないのだ。

 

 対して、一夏は以前の誘拐事件の事はあるものの、セリカは一夏にとって信頼できる仲間なのだ。そのこともあり安心感があるのだろう。

 

「大丈夫だって、な? それに、ちょっと気になる事もあるし……」

「気になる事……?」

「話は終わった? じゃ、こっち来て!」

 

 セシリアを安心させるように笑みを浮べると、セリカに促されるまま一夏は装置に座る。

 

「大丈夫でしょうか?」

 

 一夏がセリカの手によって手、足、頭に機材を取り付けられる様子をセシリアは心配そうに見つめていたが、そうしているうちに準備が終わったようで、セリカは計器類の付いた操作盤の前に座り声を掛ける。

 

「よ~し! イチカ~準備いい?」

「ああ! 何時でもいいぞー」

 

 一夏の表情は頭に付けられた顔の上半分覆うヘルメット状の物の所為で分り辛いが、平静な様子で声を上げる。その声を聞き、セリカは意気揚々と実験開始の声を上げた。

 

「よ~し……じゃあ、スイッチ・オン!」

 

 セリカの声と共に唸りをあげ稼働する装置。それと同時に一夏は痺れる様な感覚に襲われる。

 

「お、おお、お、お、お!」

「よーし。もう少し出力上げるからねー!」

「おおおおおおお! おう!!」

 

 様子を見て大丈夫と判断したのか、セリカは更に出力を上げることを一夏に告げた。対する一夏も余裕があるのか、震える声を上げながらも返答を返す。

 

「ほ、本当に大丈夫なんですか?! セリカさん!」

「だいじょぶ、だいじょぶ!! えい!……あっ」

「『あっ』……って何ですか! 『あっ』って!!」

 

 一夏の様子を見守っていたセシリアだが、不穏な声を上げたセリカを問い詰めようとするが、その行為は聞こえてきた絶叫により中断される。

 

「おわあああああああああ!!!」

「イチカさん!!」

 

 セシリアが振り返った先で装置は各所から放電しており、どう見たって普通の状態ではなかった。

 

「大丈夫ですか、イチカさん!? セリカさん!! もう、止めてください!!」

 

 装置に座った一夏も明らかに苦しそうに叫びをあげており、それを見たセシリアは悲痛な様子でセリカに懇願したのだが……。

 

「えへへ。スイッチ、壊れちゃった……」

「はい!?」

 

 捻ってオン、オフと出力調整を行う構造だったのだろうか、その手に手の平大のつまみを持ちながら、渇いた笑いを浮かべ、気まずそうに答えるセリカにセシリアは思わず素っ頓狂な声を上げる。

 

「これ、ここ壊れちゃうと操作盤では止められないんだよね~……構造的に」

「何で、そんな構造にしたんですか!」

 

 参ったな~と言った感じで頭を掻くセリカにセシリアは当然の質問をする。

 

「う~ん、勢いで作ったからかな~。最後の方、結構ハイになってたし、気が付いたらこんな事に……」

「そんな、簡単に……」

「ががっががががっが!!!」 

「……!! とっ、とにかく、止めませんと!」

「そっ、そうね!!」

 

 明らかに不穏な叫びをあげ始めた一夏の様子にこんな事をしている場合では無かったと議論を打ち切ると、装置に向かって駆け出していく二人だった。

 

 

 

 

「う……う~ん?」

「おう。気が付いたか? イチカ」

「ガボンさん……? あれ、俺って……?」

 

 一夏が目を覚ましたのは診療室の隣の病室のベッドの上だ。ガボンから声が掛るが、一夏はイマイチ状況が理解できていないのか、寝ぼけ目で辺りを見回す。

 

 身体を起こしながら、何処か覚えのある状況にボーっとした頭で考えを巡らす一夏の耳にユミールの声が届いた。

 

「気が付きましたか? オリムラさん」

「ユミール? それに、セリカにセシリア? ……ああ!」

 

 声を掛けてきたのはユミールだった。その横でセシリアも心配そうに一夏を見ているが、ユミールの陰から伺うようにこちらを見るセリカを見て、一夏は何があったのかを思い出した。

 

「ほら、セリカ……」

 

 ユミールに促され、前に出たセリカは何処か不安げな表情だった。ちらちらと一夏を見ながら、一夏の腰かけるベッドまで歩み寄ると手を合わせ、頭を下げた。

 

「ゴメン!! 私の所為で……」

「ああ、まあ……いいよ。取りあえず何ともなかったしさ」

 

 了承したのは自分である為、あまり責める事も出来なかった。取りあえず何ともなかったし、すまなそうに頭を下げるセリカを責めるのは一夏には気が引けるのだ。

 

「ほんと!?」

「ああ」

 

 一夏の返答を聞き、心底安心した表情でセリカは一夏を見る。

 

「ありがとう~。イチカ~」

 

 礼を言いながら一夏の手を握り、ブンブンと振るう様子見ながら何処か困ったような表情でユミールは一夏に問いかける。

 

「……よろしいんですか?」

 

 如何やら、あっさり許してしまった事が予想外だったようだ。

 

「いいって。何ともなかったしな」

「そうですか。では……」

 

 一夏の答えを聞くと、ユミールはセリカの襟首を掴み、眉を吊り上げ肩を怒らせる。

 

「へ?」

 

 その行動が予想外だったのか、思わずセリカは声を上げる。

 

「今度は、私からお説教です!!」

「ええ~!!」

「ユミール! だから、別にいいって……!」

 

 何とか止めようとする一夏だが、はっきり言って完全に人体実験なのだ。自分の立場を考えてほしいと言ったのに何も考えていないセリカにユミールは一言も二言も言いたいことがあるようだ。

 

「駄目です! オリムラさんは許しましたが、それとは話が別ですし他に示しがつきません!」

 

 そう言われては一夏も何も言えない。思い返さなければ忘れてしまうが、セリカは仮にも王女なのだ。ハッキリ言ってかなり体裁が悪いだろう。

 

「さあ! こっちへ!!」

「うえ~ん!!」

 

 そう言いながらユミールはセリカを引き摺って病室を出て行った。ガボンは次の検査があると言って既に診療室に準備をしに出て行ってしまった為、ここには一夏とセシリアが残された。

 

「「……」」

 

 自分の国の王女だろうが、問答無用に説教するユミールに唖然としつつ、一夏とセシリアは徐々に遠ざかっていくセリカの泣き声を聞いていたが、やがて、それが途切れるとセシリアが口を開いた。

 

「イチカさん。今回の事は、いくらなんでも軽率すぎますわ」

「……悪い。ちょっと、な」

 

 セシリアの言葉に一夏は頭を掻きながら、気まずそうに視線をそらす。二年前に自分が普通の人間であることは証明されたが、訳のわからない組織の調査結果など、正直信用できなかったのだ。その為、セリカが調べて証明してくれるならと了承したのだが、結果はこの通りだ。唯、そんな事はセシリアに言えない為、自嘲気味に笑うと呟いた。

 

「ごめん、これからは気を付けるよ。さすがに、もう『遺伝子レベルで……』とかは、いいや」

 

 なんか遺伝子と言う単語が絡むと碌な目に合わない為、こう行った事はこりごりだなと一夏は溜息を付くが、そう遠くない未来、具体的には一年後位に似たような事を言われそうな気がして身震いする一夏だった。

 

 

 

 

「ああ! イチカ、やっと戻って来たんだな!!」

 

 あの後、騒ぎを聞き駆け付けてきたマドカから一夏も小言をもらった後、一応の検査を終えて部屋に戻って来た彼をデロックが出迎えた。どうやら、大分待っていたらしい。

 

「デロックさん? 何か用ですか」

「まあ、こんな所で立ち話もなんだから早く部屋に入るんだな。あっ、飲み物は甘いものがいいんだな」

「……俺の部屋、だよな? ここ」

 

 ズカズカと自分の部屋へ入って行くデロックを見送りながら、一夏は思わず辺りを見回し呟いていた。

 

 

 

 

 

「それで、何の用なんですか? わざわざ部屋の前で待ってまで」

 

 一夏は椅子に座るデロックにペットボトルのお茶を渡し、自身もベッドに腰掛けながら訪ねる。

 

「ちょっと話があって来たんだな」

「話って……?」

 

 一夏は覚えがない為、思わず聞き返した。そんな一夏を見ながらデロックは勿体ぶる様に笑いながら答えた。

 

「ふふ~ん。まあ、簡単な話なんだな。イチカは良い奴だから、僕が友達になってあげるんだな。これからは敬語もいらないんだな」

「はあ……じゃあ、それで良いなら……だけど、何でまた急に?」

 

 敬語でなくていいなら気が楽でいいためイチカも了承する。どうやら、さっきの事やこの前の一件でなつかれてしまったようだ。ただ、あまりに急な申し出に一夏は思わず聞き返す。

 

「イチカ……友達少なそうだから、なんだな」

「本当に友達になりに来たのか? てめえ……」

 

 あまりに失礼な物言いに腹を立てながら思考する一夏。少なくとも目の前の人物にそんな事を言われる筋合いはない。一夏はほんの少しマドカの気持ちが分かった。デロックはハッキリ言って、悪い意味で言動に表裏が無い。相手が気にしているような事もオブラートに包まず無遠慮に言い放ってくる。マドカは『なんだか気に入らない』と言っていたが、どうやら、彼女はそう言った相手と相性が悪い様だ。

 

(それに俺だって友達くらいいるっての。弾だろ、数馬だろ、それに鈴……箒……それに……それに……あれ?)

 

 そんなデロックの言葉を否定する様に元の世界での友人を思い浮かべる一夏だが、僅か四人で途切れたそれに内心焦った。ハッキリ言って、それではかなり寂しい。一夏は必死に交友関係をさかのぼっていったが、四人以降は一向に思い浮かばなかった。

 

(まじで、少ない!)

 

 デロックに言われるまで考えもしなかった驚愕の事実に一夏は打ちひしがれ、愕然とする。特に小学校の時は実質、小学校一年の時に知り合った篠ノ之箒と五年生の時に転校してきた凰鈴音の二人だけだ。

 

(一体、なんで……)

 

その理由を考えてみる一夏だが、大きな理由はあれだろう。それは、小学校二年生の時の出来事だ。幼馴染の篠ノ之箒がクラスで三人の男子に虐められていた時、一夏は相手が口で言っても止めない為に顔面に殴り掛かり、その後三人相手に乱闘を演じた事があるのだ。その結果、千冬が呼び出され、相手の親や教師に頭を下げる事態になった事があるのだ。

 

(あの後から、自分から何かした事……あまり無かったな)

 

 つまり、一夏は自分の失態で姉が頭を下げる様子を見た事により、自らが行動することで問題が起きる事を恐れ、行動が非常に受動的になってしまったのだろう。

 それに加え、事を荒げない為に、相手が何をしても無難に済ませようと考える様になった。一夏が他者に対して異様に寛容になったのも、これがそもそもの原因だろう。

 

 つまり、当時の一夏は来るものは拒まないが、積極的に関わって行こうと言う意思が薄かった。故に、同様の事件が後に転校してきた鈴に起こるまで友人らしい友人が箒のみになってしまったという訳だろう。だが、当時の一夏は、それを気にしなかった。何故なら一夏にとっては姉である千冬が居ればよかったのだから。その結果、それに気づかず、今まで来てしまったのだ。

 

(マドカに言い返せない訳だ……)

 

 考えてみれば一夏が行動的になるのは、主に姉が関わった時だけだ。自立したいと思い藍越学園を目指したのも、家計の足しになればとバイトをしていたのも姉に楽をさせたいという思いからだ。今、あの時、マドカの言った「姉さえいればよかったんだろう」と言う非難の言葉を改めて思い知らされた。

 

(いけないよな、それじゃあ……)

 

 勿論、自立したいと言う思いがいけないわけではない。それはとても良い事だろう。だが、この世界においては姉を理由に行動することはできない。戦う意味も、目的も、姉ではなく一夏自身が答えを見つけなければいけないのだから。元の世界に戻りたいと言う事であるならば戦う事は無いのだから。そう思い、一夏はデロックを見る。

 

(友達か、そうだな……)

 

 そう思い一夏は胸ポケットの共鳴結晶を摩る。アルフォリナの言っていた“新たな絆“それを結ぶには今までの様に受動的な自分ではだめだ。自分の意思で誰かと縁を結ばないけない。そう決意に満ちた表情で一夏は顔を上げた。

 

「デロック……」

「そんな訳で、お近づきのしるしに、イチカにこれをあげるんだな」

「……なんだ、これ?」

 

 此方からもよろしく、そう続けようとした一夏だったが、それは誰でもないデロックによって阻まれた。出鼻をくじかれた一夏は少々不機嫌そうに声を上げるが、目の前のデロックはそんな一夏を気にした様子も無く一冊のブックレットを差し出した。唐突に差し出され、思わず受け取ってしまった一夏は何も書かれていない白い表紙を見ながら訪ねた

 

「ふふ~ん。僕取って置きのデータで作った‟セリカ様隠し撮り写真集„なんだな。ありがたく受け取るといいんだな」

「はぁ!? 隠し撮りって!! い、いらねえって! そんなモノ!!」

 

 行き成り飛び出た言葉に一夏は今までの決意も忘れ、うろたえる。そんなモノ冗談じゃない。そう思い、一夏は反射的にそれを付き返す。

 

「遠慮する事はないんだな。もう、これは君の物なんだから、好きに使うといいんだな」

 

 そんな一夏の態度を分っていないのか、分っていて無視しているのか。それを手で制止すると、そそくさと立ち上がり歩き出すとデロックは居室入口の扉ではなく、何故か洗面所の扉を開けた。

 

「じゃあ、僕はこれで……これから、よろしくなんだな~」

「ちょ! 待てって!!」

 

 そう言って洗面所の中に入っていったデロックをすぐに追いかけ乗り込んだ一夏だが、そこにはもう、デロックの姿は無かった。

 

「あ、れ……いない? ここ、入ったよな?」

 

 少なくとも、この扉以外は洗面所から外に通じる場所は無い。あるとすれば換気口だけなのだが。そう思い一夏はそこに視線を向ける。

 

「いや、まさか……でも」

 

 どう考えてもそこは人間が入れる大きさではない。デロックに何処か得体の知れない不気味さを感じたが、それを振り払うように頭を振り、扉を閉めると一夏は部屋へ戻った。

 

「ハア……まあ、隠し撮りったって、大したもんじゃないよな?」

 

 取りあえず、今はデロックの事と友人関係の事は置いておいて、一夏は渡された小冊子をベッドに腰かけると繁々と眺める。そして、何とはなしにページを開いた。

 

「うわ!!」

 

 そして飛び込んできた写真を見て、一夏は思わず声を上げ冊子を放り投げた。着替え中の写真なのか、ページを進めるごとに身に纏う衣類が少なくなって行き、今は下着姿のセリカの写真だ。無造作に投げ散らかされた作業着を見ると本当に王女には思えないが、そこは重要ではない。

 

「なんてもん撮って……てか、捨てないと!!」

 

 収められている他の写真が全てこの様な物ならば、これを此処に置いておくのはまずい。一夏は即座にそう判断する。わざわざプリントしたのか、データではなく写真である為、一刻も早く破棄しなければならない。その為、すぐに拾い上げようと一夏は手を伸ばした。

 

「あいつ、結構、スタイルいいんだな……って、違うだろ! 俺!!」

 

 拾い上げようとした瞬間、一夏の頭に邪な考えが頭をよぎるも、その考えを必死に振り払い、ブックレットを拾い上げると足早に室外へと向かう。

 

「確か、ダストシュートがあった筈。はっ、早く捨てに……」

「きゃっ!」

「!?……うっ!!」

 

 そして、扉を出た矢先、鉢合わせした人物から驚きの声が上がる。その人物、セリカは余程驚いたのか、目を見開き一夏を凝視している。その隙に一夏は手に持った冊子をセリカに見られまいと咄嗟に背後に隠した。

 

「びっくりした~。どしたの? そんなに慌てて……」

「いや! なんでもないさ! なんでも! それより、どうしたんだよ。部屋まで来て……」

 

 セリカも驚いているようだが、一夏はもっと驚いていた。今、最も会いたくない、会うべきではない人物の来訪に上擦った声で問いかける。

 

「ユミールが、もう一度ちゃんと謝ってきなさいって……」

(ユミール! 頼むからこんな時に……!)

 

 いつもは助かるユミールの気遣いが今は一夏を追い詰めていた。だが、焦る一夏をよそにセリカは申し訳なさそうに頭を下げ、謝罪する。

 

「ごめんね。ほんとに……」

「あ、ああ……いや、もういいって……」

「うう、ありがと……」

 

 ユミールの説教がよっぽど応えたのか、いつもからは考えられない程シュンとしてしまっている。当初、即座に切り上げようとした一夏だったが、さすがにその様子を見ては放っておく事は出来ず、声を掛けた。

 

「唯、夢中になるのはいいけど、聖霊機の整備もあるんだろ? あれ作るのだって簡単じゃないだろうし、あまり無理するなよ?」

「へ? えへへ。そこは勘弁してほしいかな~」

「おいおい」

 

 その言葉を聞いた途端、そこは疲れても削りたくないのか、焦ったように頬を掻きながら答える姿に一夏は少し呆れながらも、セリカらしいと思い、笑みを浮べる。暫く話すうちにお互い気分が和らいできたようで、お互いに自然と気が緩んでくる。

 

「ふふ……?……何、それ?」

「へ?……あ!」

 

 そして、それはセリカの知るところとなった。気が緩み、一瞬その存在を忘れてしまった一夏が、その手を降ろしてしまったのだ。問いかけるセリカに一夏は口ごもりながらも誤魔化そうとする。

 

「えっ!!……あ、いやっ、これは、そのっ」

「……えい」

 

 その、様子から余計に興味をそそられたのか、一夏の隙を突き、セリカは冊子を奪い去る。

 

「あっ!! ちょっ! 返せって!」

 

 取り返そうとする縋り付く一夏をセリカは意外に軽快な動きで躱しながら中を見ようとする。

 

「いいじゃん! 減るもんじゃないし~」

 

 少なくとも中の物を見れば、セリカの精神力とか、一夏のこれまで築いてきたイメージとか、色々なものが減りそうなのだが、そんな事を知る由もないセリカは一夏の抵抗もむなしく冊子を開く。

 

「どれどれ……え?」

「えっと! その……な?」

 

 当初、何が映っているのか理解できず、固まっていたセリカだが、それがなんであるのか認識したのか、一瞬にして顔が紅潮する。一夏は何とか弁明しようとするが、かける言葉が浮かばず、言い淀んだ。少なくともデロックの事を話せば分かってくれるだろうが、今の一夏にそれを思い至る余裕はなかった。

 

「い……いいやああああああああ!!」

 

 そして、耳を劈くセリカの絶叫が艦内に鳴り響いていた。

 

 

 

 

「ふう、どうにか落ち着けそうですね」

「ああ」

 

 場所は変わり、フラムエルク城。並んで歩く二人はジグリム軍のリーモンドとフォレスだ。今は自身の仕事が終わり一息ついていたところだ。

 

「しかし、私達が攻め込んだ時には聖霊機の退去は疎か、兵員以外の避難が終わっていたとは……」

「さすが……と言うべきだな。あの若さで此処までやれるとは。生き延びて成長していたら、と思うと末恐ろしくもあり、また楽しみでもある人物だったな」

「ええ、本当に惜しい人物を亡くしたものです」

 

 口々にアルフォリナに対し賞賛とその死を惜しむ言葉が発せられるが、その話題が終わったのちフォレスの表情が曇った。

 

「……」

「執務室で死亡していた兵の事ですか?」

「ああ……」

 

 その考えを察したのかリーモンドは思いついた一件を述べる。少なくともそのような作戦行動は知らされていなかったのだ。上層部に何か思惑があったのなら、自分達は完全に陽動だった。それも、あり得ない規模での。その事を思いフォレスは悔しそうに顔を歪める。

 

「少なくとも、この戦いにジグリムに大義などない事は分っている! だが、それなら今回の兵達の戦いは、死は何だったのだ!!」

「ごもっとも、ごもっともです……」

 

 少なくとも、綺麗事だけで済むほど単純な事ではない事はフォレスも分かっている。だが、理性では理解は出来ても感情が納得できないのだ。少なくとも自身の指揮で死なせた兵士たちに申し訳が立たない。

 

(やれやれ。実直な人だ。まっ、そこが良いんだけどな)

 

 隣で自身の感情を吐き出すフォレスを見ながら自身の想い人を改めて見直す。このリーモンド、何度もフォレスに対してアプローチをかけているのだが、どうにも素っ気ない態度なのだ。だが、こうしてフォレスが感情を吐露するのがリーモンド以外に見られない事から、見込みがないと言うわけではないだろう。

 

「中佐、少し落ち着いてください。まだヨークの残党や、戦後処理など問題は山積みなんです。こういう時は少し気を抜いておかないと潰れてしまいますよ」

 

 相変らず何処か気の抜けた態度で声を掛けるリーモンドを見て最初は強張っていたフォレスの表情も緩む。部下の相変わらずの態度に毒気を抜かれたように声を掛ける。

 

「……貴公は少し抜きすぎだ。もう少し尉官にふさわしい振舞いと言うものを身に着けられんのか?」

「まっ。それが私の良い所ですからね」

 

 悪びれる様子も無く答えるリーモンドに溜息を付きながらフォレスは言葉を続ける。

 

「お前と言う奴は……ブランダイムを撃破した功績で、お前にもグリオールが支給される事になったのだぞ。それなりの態度をして貰わないと下に示しがつかないだろう」

 

 フォレスの言葉にリーモンドは肩をすくめながら応える。

 

「それこそ余計なお世話だったんですけどね。面倒な事になったものです。何とか返品できないものですかね?」

「はぁ……ん? あれは」

 

 自覚を促そうとしたのだが、変わらないリーモンドの様子にフォレスは溜息を付くが、通路を進み開けた場所に出た瞬間、フォレスの目に一人の人物が目に入った。

 

「如何しました。中佐? ……ああ。あれは確か、閣下が引き取った地球人でしたか?」

 

 急に視線を逸らせたフォレスに続き、リーモンドもその視線の先を見る。そこにいたのは銀髪の少女、ラウラだった。

 

 

「ああ、そうだ」

「おや、ひょっとして……面識がおありで?」

 

 当時の事を思い出しているのか、フォレスはラウラに視線を向けたまま答える。視線の先でそのラウラは鍛錬中なのであろう。すごい勢いで双剣を振るっている。リーモンドは資料で知っている程度だが、フォレスの方はその様子からして面識があるようだ。

 

「以前、奴が閣下のもとにいた時に少しな……」

 

 そう言いながらフォレスはラウラのもとへと歩を進め。リーモンドも無言のままフォレスに追従するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ! はっ! はっ! はあ!!」

 

 気合いの声と共に剣を振るうラウラ。長い時間、鍛錬に励んでいたのだろう。額や着ている衣類には汗が滲み、剣を振るった際に大きく飛び散っていた。手にした双剣を縦横無尽に振るい、最後に大きく振り下ろし、ラウラは大きく息を吐き出した。

 

「ふう。まだまだ、だな。よし! もう一度……」

「……少しいいか?」

「……は? 中佐殿!! お久しぶりです! 以前はお世話になりました!!」

 

 相手を確認し、笑みを浮べながら返礼するラウラに対し、フォレスは何処か話を反らしながら礼を返す。

 

「ああ、まぁ、その事は良い。久しぶりだな、ボーデヴィッヒ少尉。それで、こっちが」

「リーモンド・ダライム、階級は中尉だ。此方は、初めましてだな? 少尉」

「こちらこそ……失礼ですが、何か御用がありましたか?」

「なに、用があったわけではない。見かけたので、少し気になってな。鍛錬中だったか?」

 

 言いながらフォレスはラウラが手に持った剣に視線をやる。

 

「はい! バーグリー少佐に一歩でも近づければと思いまして……目指すべき頂きは高く険しいものですが、日々、地道な鍛錬あるのみです!!」

 

 そう言ってラウラは先の戦いで見た二つの頂を思い浮かべる。剣煌の圧倒的とも言える大剣の斬撃。そして自身の上官であるグラードの振るう神速の双剣。二つの戦いを見てラウラが選んだのはグラードの戦い方だ。これは身内贔屓とかではなく、乗機との相性からの考えからだ。

 

 そう考えたラウラは終戦後、善は急げとばかりにベルネア砦内の武器庫から剣を二本引っ張り出し、空いている時間を見つけては鍛錬に励んでいた。

 

 聖霊機、装兵機共に思考制御と言う特性がある以上、生身での鍛錬は機体をよりスムーズに稼働させる事に繋がるのだ。

 

 彼女の体格にしてみれば、少々大ぶりな剣だが、ラウラ自身は振るうだけであれば問題ないぐらいに身体が出来上がっていた。それに、同年代の常人であれば体を壊すような、多少無茶な訓練であっても自分には可能なのだ。その事にラウラは自身が遺伝子強化体として生まれた事に感謝した程だ。

 

「そう言えば、剣煌と相対し、生き残った新兵がいると、こちらの部隊まで噂が流れてきていたぞ」

「お恥ずかしい事ですが、初戦で機体を撃破されてしまいました。それに、相対した訳では……」

 

 フォレスの言葉にラウラは恥ずかしそうに視線を伏せる。ラウラの言った通り、あれは相対した訳では無く、進行するのに邪魔だったから蹴散らされただけだ。はっきり言って運が良かっただけだ。

 

 どうにも噂だけが独り歩きしているようだ。唯、新兵も殺せなかったと剣煌の名を貶めるような事は無かった。もとより、その程度の事で落ちるような名ではないのだ。その為、ラウラの評価が鰻登りで上がっていく結果をもたらしたのだが、正直自身の力で得た結果ではない為、ラウラには少々心苦しかった。

 

「なに、気にすることではない。生き残れただけでも大したものだ」

「……閣下も、そのように仰っていました」

 

 二人が会話を続けていると一人の兵士が近づいてくる。何事かと思った三人だが、

如何やらラウラを探していたようだ。

 

「失礼します!! ボーデヴィッヒ少尉! バーグリー少佐がお呼びです。 ○○:○○時までに少佐の執務室まで出頭して下さい!」

「了解した。 中佐殿、すみませんが……」

「ああ、構わない。早く行くといい」

 

 自身を気にするラウラをフォレスは気にせず向かう様に促す。

 

「はっ。では、中佐! 機会があれば、あの時の様に閣下と共に語り合いましょう!!」

「あっ、ああ……」

「では、失礼します!」

 

 ラウラからの言葉にフォレスは何故か頬を引き攣らせたが、当のラウラはその様子をあまり気にした様子も無く、再度フォレスへ返礼し、踵を返すと走り去って行った。何処かほっとした様子のフォレスが気になったのか、リーモンドはフォレスに声を掛けた。

 

「以前、何かあったんですか?」

「以前、奴と閣下が議論を交わしあっている最中の執務室に入ってしまってな。内容は確か『これからのジグリムにおける兵のあり方』だったか?」

「ああ……それは、災難でしたね」

 

 その言葉でリーモンドは全て察した。グロウスターとて完璧ではない。人間である以上当然、欠点は有るのだが、その内の一つに『語り出すと止まらない』と言うものがある。位が上の者、年配の者にはありがちな事かもしれないが、とにかく話が長いのだ。語り始めたら最後、上官であるグロウスターの気の済むまで、もしくは隣に控える副官がこれ以上は仕事に差し支えると判断するまで聞き続ける羽目になる事が、稀にあるのだ。

 

 此処は余り似て欲しくない所だとは思うが、当時、執務室にてグロウスターと熱く語り合っていたラウラの様子を思い返すと、既にその片鱗は見え始めているとフォレスは思う。このままラウラが軍に所属し、部下を持った時、その者達が自分の様な目に合うのかと思うと、少し同情してしまう。

 

「もし、彼女が上を目指すのであれば、うまく上官を御する事が出来る副官に恵まれて欲しいものですね」

「そうだな……しかし、変わるものだな。最初に会った時とは、随分と印象が違う……」

「そんなに違いましたか?」

「ああ……まったくな」

 

 リーモンドの問いかけにフォレスは初めて会った時のラウラを思い浮かべる。当時のラウラは命令に忠実、と言うよりは命令が無ければ動けない、兵士としては優秀だが、人としての常識は皆無と言う人物だった。だが、これは彼女の出自を思えば当然の事だろう。

 

 なぜなら彼女は遺伝子強化体、戦う為に生み出された試験管ベビーだ。経歴が公になれば彼女を生み出した軍は世界から非難を免れない。故に万が一にも本人の言動からばれるのを防ぐため勝手に発言、もしくは行動しない様、感情が育たないように調整した挙句、過剰なまでに上官の命令こそが絶対であると教え込んでいたのだろう。

 

 その結果、感情や人間性は皆無になり、知識は戦いに関した物に限定され、人としての常識が欠如していたのだろう。そんな、ある意味無垢な状態であったからこそ、グロウスターの影響をもろに受けてしまったのだ。小柄でありながらもエネルギッシュな所等、特に似ている。

 

「単純な能力以外にも目を向ければ、幾らでも可能性を見いだせるものを、地球の軍人はボーデヴィッヒの何を見ていたのだ……」

 

 ラウラを生み出した者達の余りにも杜撰な対応にフォレスは憎々し気に顔を歪める。先の戦いで多くの部下を失ったフォレスの思いを鑑みれば仕方がない事だろう。そんなフォレスの横でリーモンドは低い声で呟く。

 

「まぁ、簡単な話ですよ。自分達の生み出した物の性能にしか興味の無い奴らは、何処にでもいるって事です……」

「リーモンド?」

 

 普段の彼からは想像もつかない声に違和感を覚え、彼を見たフォレスは息を呑む。フォレスの視線の先でラウラが走り去った方角を見つめるリーモンドの目は普段の彼からは信じられない程、感情が感じられない。だが、フォレスの困惑した様子に気づいたのか、リーモンドは気まずそうに視線をそらす。

 

「すみません。つい……」

「……先の戦いの時もそうだが、貴公こそ無理はするな。情勢は落ち着いているとはいえ、先は長いのだからな」

 

 フォレスは前回の戦闘の際にも様子のおかしかった部下を案じ労うように声を掛ける。だが、フォレスのその言葉を聞いた途端、リーモンドは馴れ馴れしくフォレスの肩に手を回し、一転して陽気に語り出した。

 

「おや! 心配して下さるのですか! いや、これは脈ありと見ていいんですかね!? じゃあ、早速休暇をとって一緒に……ごふっ!!」

 

 調子よく話していたリーモンドであったが、行き成り腹を抱えて蹲った。優しい言葉をかけた途端、態度を改めた部下に呆れたフォレスが腹に拳を突き入れたのだ。

 

「調子に乗るな!! 馬鹿者……」

 

 痛みに腹を抱え蹲るリーモンドを残し、不機嫌そうにその場を去っていくフォレスだが、その頬が少し赤くなっているのは、決して怒りの為だけではないだろう。蹲る上官を見かねたのかラウラに伝達にきた兵がリーモンドに駆け寄る。

 

「だ、大丈夫ですか!? あまり、中佐を怒らせない方が……」

「ふふふ、平気さ……中佐は、あれで照れているのさ。すなわち、これも中佐の愛の形って事さ。本当に可愛い方です。あいてて……」

「そういう事、何でしょうか?」

 

 そう言いながら、引き攣った表情を浮かべる兵士の前で、何処か嬉しそうに腹部を摩るリーモンドであった。

 

 

 

 

「よし、時間は大丈夫だ……」

 

 身嗜みを整えたラウラはグラードが使用する部屋の前へとやってきていた。支給品の腕時計で時間を確認し、ドアをノックする……前にドアが開くと室内から一人の男が姿を現した。肩辺りまで伸びた茶髪に、冷たい目つき、額から眉間を通って左頬まで走る傷が特徴的な男だ。その人物を、正確には男が付ける階級章を見て、ラウラは思わず姿勢を正す。

 

「あっ……ご苦労様です! 大尉殿!」

「……ふん」

 

 その男はラウラを一瞥し、興味がなさそうに鼻を鳴らすと返答もせずに去って行った。ラウラが困惑しながらその後姿を見送り、やがて、姿が見えなくなると同時に呟いた。

 

「あの人は……確か、シュテイニーズ・フォルモア大尉、だったか? 少佐に何か用でも……っと、いけない」

 

 呟きながら少々思案するラウラ。だが、今はそんな事を考えている場合ではないと気を取り直し、ドアを叩いた。

 

「……誰か?」

「少佐。ラウラ・ボーデヴィッヒ少尉であります」

「入れ……」

「失礼します……? どうかされましたか?」

「いや、なんでもない。ご苦労だったな、少尉」

「……いえ」

 

 入室したラウラを迎えた上官の何処か浮かない表情が気にかかったラウラは思わず問いかけるが、グラードはラウラの言葉を否定すると向き直り話し始める。

 

「貴官を呼んだのは次の任務を伝えるためだ。ブランデンクロイスより『少尉とアルム・ダーガを帰還させよ』との命令が来たのだ」

「はっ!……は?」

 

 力強く答えたラウラであったが、思いもよらない内容に思わず聞き返してしまった。

 

「? どうかしたかね」

「あ、申し訳ありません。あの……失礼ですが、私はこのままヨークで少佐について任務に就く筈では?」

 

 命令であるならば従うが、余りにも急な命令にラウラは困惑する。

 

「うむ。本来なら、そうだったのだが。貴官の機体の事でな」

「アルム・ダーガのですか?」

 

 自身の機体の事と言われ、思い当たるのは先の戦いの事なのだが、自分は大した戦果を出せなかった筈、もしくはその事での処罰だろうか。そう思いラウラは思案したのだが、返ってきたのは思いもよらない言葉だった。

 

「ああ。あの戦いでアルム・ダーガに施された改修が有効であると証明され、ダーガの機体改修の目途が立ったのだ。その為『アルム・ダーガと操者である少尉をブランデンクロイスまで戻し、詳細の報告を』と言う事になったのだ」

 

 ラウラの機体の基になったダーガなのだが、操縦者保護機能に難があり『操者殺しのダーガ』等と揶揄され、兵にはすこぶる評判が悪かった。だが、ベルネア砦の戦いでラウラが撃墜された事が皮肉にも、その問題点の改善を証明した事になったのだ。まさしく怪我の功名と言った所だろう。その問題点が解決されればダーガは良い機体である為、多方面からダーガの発注が入り、生産元は相当潤ったのだそうだ。だが、余計に最高傑作が売れなくなると言う結果をもたらしており、機体の製作者を更に悩ませているとか……。そこは関係ないので今は置いておこう。

 

「そう……ですか」

 

 今回の人事は決して悪い話ではないのだが、正直、今のラウラにとっては寝耳に水だった。そんなラウラの様子を見ながらグラードは強張っていた顔を緩めると気遣うように声を掛ける。

 

「……浮かない顔だな」

「はい。私は、もっと少佐の側で学びたかったのですが……」

「君の様な若者にそう言って貰えるのなら、不本意ながら軍に戻ったのも無駄ではなかったという事だな。私の様なロートルでも何かを伝えられたのなら幸いだ……」

 

 ラウラの言葉にグラードは何処か自嘲気味に声を上げる。グラードは『西の獅子』の異名を持つと同時にジグリムの『最後の騎士』の異名も取る。だが、軍の近代化が進むジグリムにて、騎士といった存在が不要になってきているのが、現状なのだ。そんな情勢下でありながら国内、国外を問わず、未だに多くの若者が騎士としての自身を目標としているのは、本人としても複雑なのだろう。

 

「……え?」

「なんでもない、私事だ。今の言葉は忘れてくれ」

「……はい」

 

 気になる言葉であったが、深く追求する事は出来ず、何処か納得いかない顔をしながらもラウラは押し黙る。

 

「既に機体の修復は終わっている。幸い、機体中枢は無事であったからな。少尉は明日○○:○○時、機体に先立ち、ここを発つように。短い間だが、ご苦労だったな、少尉」

「いえ! こちらこそ、今回の経験を糧とし、日々精進していきたいと思います!!」

 

 一通りの予定を伝えると、最後に労うように微笑みを浮べるグラードにラウラはいつもの様に力強く返答する。

 

「ふふ。ああ、忘れていた。私から最後の任務を言い渡す」

「はい! 何なりと!」

 

 そう言うとグラードは執務机の引き出しを開け、封筒を取り出すとラウラに向け、差し出した。

 

「これを、コルネル村に届けてもらいたいのだ」

「……コルネル村、確かジグリムとヨークの国境近くの村、でしたか?」

 

 封筒を受け取るとラウラは自身の記憶にある情報を確認する様に聞き返した。

 

「ああ。そこには、私の妻と娘がいる。この様な仕事をしていると中々連絡も取れないのでな、この様な形になってしまった。二人へ届けてほしいのだ」

 

 機体より先に立つ理由はこれだったかと、ラウラは納得する。そして上官よりの最後の任務にいつも以上に身を引き締め力強く声を上げる

 

「了解しました!! 必ずや!」

「ふふ、頼んだぞ。少尉」

 

 意気込むラウラを場違いであると思いつつも、娘を見る父親の様な眼で見つめるグラードであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……なんか、溜息ばっかりだな。俺……」

 

 再度場所は戻り、リーボーフェンの艦内。セリカにあの冊子の存在がばれた後、セリカ主導のもと、デロック捜索作戦が実行された。

 

 追いかける皆の追跡をありえない程の俊敏さを見せ、艦内中を逃げ回ったデロックであったが、最終的に、どうやってか居場所を見破るセリカに加え、嬉々として追いかけていたマドカにより捕獲され(その際、縛り上げたデロックの前で薄ら笑いを浮べていたマドカがちょっと怖かった一夏だった)セリカにより全てのデータを破棄させられ、今頃は罰としてガボンによる麻酔抜きでの脂肪吸引手術を受けさせられている。

 

 対する一夏自身は日頃の行いからか、どうにか誤解されずに済んだのだ。今は艦内中を走り回った事による汗を流す為、自室のある階のシャワールームに来ていた。

 

「やあ、イチカ」

「ああ……カインか」

 

 一夏が衣服に手をかけた時、不意にかかった声に振り向いた。そこにいたのはカインだ。カインもセリカによって駆り出され為、その汗を流しに来たのだろう、替えの衣類らしき物を抱えている。彼も何かあるのか、かなり必死に追いかけていた為、今も衣服に汗がにじんでいる。

 

「何と言うか……災難だったね」

「ああ。何か、休みの度に疲れてる気がするよ。俺」

 

 苦笑いを浮かべながら語り掛けるカインに一夏は大きくため息をつきながら答える。そのまま二人揃って衣服を脱ぎ始めたのだが、ふと、視線を横にすると気になるものが一夏の目に入った。

 

「ああ、これかい?」

「あ、悪い。つい……」

 

 その一夏の視線に気づいたのか、話しかけるカインに一夏は謝罪する。目についたのは、カインの肉体、デロック追跡の際にも分かった事だが、技術者と言う割にかなり身体能力は高く、衣服を脱いだカインの上半身も鍛えられた体をしているのだが、問題はその体に刻まれた無数の傷だ。

 

「如何したんだ? それ……」

「……まあ、隠す事程の事じゃないね。3年前に〈ゼ・オードの恐怖〉と同じ反応が観測された事は聞いているね?」

「ああ。この世界に来る時、フォルゼンから、大体は……」

 

 話し始めたカインの言葉にフォルゼンから聞いた事を一夏は思いだす。

 

「その時、それを調査するための調査団がアガルティアで編成されてね。僕もその調査団に参加していたんだけど、その時、小規模ながら起きたのさ……〈ゼ・オードの恐怖〉が」

「え……」

 

 カインの言葉に一夏は思わず声を上げる。フォルゼンからは同様の反応が確認されたとしか聞いていなかったからだ。驚く一夏をよそにカインは話し続ける。

 

「その爆発は調査団の一行を飲み込み、その結果、調査団は全滅……僕もこの通りさ。正直、よく生きていられたと思うよ」

「そう、だったのか……悪い、そんなこと言わせて」

 

 そう言ってカインは自身の傷を見ながら苦笑いを浮かべる。その様子を見てばつが悪そうに一夏は謝罪する。

 

「気にしなくてもいいよ。これは調べれば分かる事だし……」

 

 そう言って微笑むカインは急に表情を引き締めると真剣な面持ちで語り出す。

 

「それに、だから僕はこの計画に参加したのさ……」

「……」

「ゼ・オードの恐怖が再来すれば、あの時の光景が世界全土に広がる。そんな事は絶対にさせない。僕は僕の大切な人達を守って見せるさ、絶対に……その為の力として、レイフォンは僕にレーヴェを託してくれたのさ」

 

 そう語るカインの目には強い決意がにじみ出ていた。話し終えると今度は一夏を正面から見据え、話し出す。

 

「この船の乗組員は少なくない人間が何かを抱えている。アガルティア人、地球人関係なくね」

「そうか……なあ、カイン」

「ん? 何だい……」

「これから、よろしくな……まだまだ未熟だけど、精一杯やらせてくれ」

 

 そう言いながら一夏は手を差し出す。一瞬、キョトンとしていたカインだったが意味を理解するとしっかりとその手を握り返し返答する。

 

「ああ、こちらこそ」

 

 硬く握手を交わしお互い微笑みあうが、どうやら長く話し過ぎたようだ。気温は一定に保たれていても、さすがに汗をかいた体で上半身裸なのだ。いい加減、体が冷えてきたようで、一夏は身震いする。

 

「っと、流石に冷えてきたな」

「そうだね。早く汗を流してしまおう」

 

 二人揃ってシャワールームに向かいながら一夏は思考する。

 

(こんな感じでいいかな? それとも、踏み込み過ぎか?)

 

 どうにも不器用なやり取りに少し不安を感じる一夏だったが、この世界で新しい人間関係を作る為、確実に一歩踏み出した事に何となく手応えを感じていた。

 

(もうすぐ聖地か。新しい仲間、どんな奴なんだろう?)

 

 そして、再び始まる新しい環境での生活に不安と期待が入り混じった思いを抱く、一夏であった。

 




 今回、一夏の交友関係について一言物申すみたいな感じになってしまいましたが、アンチのつもりはありません。そして、次はようやく聖地です。序盤の見せ場でもあるので、しっかり描写しないと……。次でシャルを出したら出演するISキャラは後一人です。

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