聖霊機IS   作:トベ

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 色々と悩みましたがようやくできました、今回もよろしくお願いします。


六話

 小高い丘の上に立つ洋館。その薄暗い一室にて二人の人物が相対している。一人はヨークより逃げ出したオズヴァルド。その前に立つのは声の様子からして少年の様だが、その顔は暗がりにいるため伺う事が出来ない。その少年より放たれる言葉に耐えているのか、オズヴァルドは悔しそうに全身を震わせていた。

 

「まったく、君がここまで無能だったとはね」

「……」

「目的一つ果たせないとは……」

「お、お前の……」

 

 暫く黙って耐えていたオズヴァルドは震えた声で反論しようとする。だが、怒りのあまり、うまく言葉が出てこない彼に少年は見下した様子で話しかける。

 

「……言いたい事があるんだったら、はっきり言ったらどうだい」

「お前のせいだろう! その呪われた目を!! 私に!!」

「ふんっ。違うよ、あれは君の願望だよ。良かったじゃないか、あの女王を誰にも渡さずに済んで……」

 

 何処か愉快そうな調子を含んだ声で語り掛ける相手に、流石に我慢の限界なのか声を荒げ、怒りのあまり、言ってはならない一言を口にする。

 

「おのれ、おのれええええ!! 貴様など所詮、奴の……がぶ!!」

 

 だが、その言葉を発するより早く抜き放たれた剣にオズヴァルドは心臓を貫かれる。そして、剣が抜かれるのと同時に人形の様に崩れ落ちた。自身の欲望の為に国を売った男の哀れな最期だった。

 

 大量の血を流し倒れるオズヴァルドを見下ろしながら、今度は逆に少年が怒りに震えた声でもう動かない相手に向かって言葉を発する。

 

「分かっているよ……そんな事は……だから、僕は」

 

 

 

 

 

 

「ふぁ……うん?」

 

 場所は変わり、此処はリーボーフェンの通路、織斑一夏の居室前だ。朝食の準備の為、早めに起きた一夏は欠伸をかみ殺しながら部屋を出る。だが、部屋を出た途端、目の前の廊下でぐるぐると周りながら何やら考え込む人物を見つける。

 

「あれ? セシリア?」

「はい?!」

 

 声をかけられたセシリアは見て分かる程大げさに身体を震わせ反応する。

 

「どうしたんだ? こんな所で……」

 

  そのセシリアの動作に驚きながら、一夏は目の前のセシリアに問いかける。明らかに挙動不審な彼女だが、当の彼女は一夏の事を気にする余裕もないほどに狼狽し、何やらもじもじと言い淀んでいる。

 

「えと、その……昨日のお料理の事なのですけど……」

「……ひょっとして、口に合わなかったか?」

「いっ、いえ!! まさか! とてもおいしかったですわ! ええと、そうじゃなくて……その」

「うん?」

 

 一夏は何かを言おうとするセシリアが落ち着くまで、じっと待つ。やがてセシリアは決心するように意気込むと口を開く。

 

「その、私もお手伝いをさせて頂けないかと思いまして!!」

「手伝いって……もしかして、料理の?」

 

 「何でまた……」そう続けようしたが、一夏はふと思い出した。セシリアはアルフォリナにいつかきっと美味しい料理をご馳走すると約束していたのだ。それは敵わずとも、せめて料理の腕を上げると言う事だけでも約束を果たしたいと言う事なのだろう。

 

「そうか……それじゃあ、手伝ってくれるか?」

「ええ!! お任せください!」

 

 意気込むセシリアを伴って厨房へと向かって歩く二人。厨房に辿り着きドアを開けようとする一夏だが、中から聞こえてくる包丁の音に一瞬手を止め、首をかしげる。

 

「誰かいんのか? って……マドカ?!」

「ん……ああ。おはよう一夏。それに、セシリアも」

「い、一体……何を?」

 

 入ってきた二人に気が付いたマドカは作業を止め、包丁を置き、振り返る。彼女の背後のシンクの上やその他の台の上には切られた野菜が大量に置かれている。恐らく彼らより早く起き、刻みまくっていたのだろう。入ってきた二人はその大量の野菜に気づき、呆然としていたが、思い切って声を掛けた。

 

「あ、ああ。おはよう……えと、これって……」

「わかっている。何をしていたかと言うとな……包丁の練習だ。かなり手こずらせてもらったが、私にかかれば見ての通りだ」

 

 そう言って切られた大量の野菜を不敵に見るマドカにつられ、二人もそれに視線を移す。

 

「ああ。まあ、すごいけど……何でいきなり……」

 

 余りの惨状に顔を引き攣らせながら質問する一夏に彼女は視線を伏せながら、照れくさそうに答えた。

 

「昨日……食事の時に皆が私を褒めてくれただろう? その時、なんだかむず痒い思いがしたのだが、あれが嬉しいと言う事なんだろうな……今まで、褒められることなどなかったからな……」

「マドカ……」

 

 一夏はそんなマドカの言葉が嬉しいのか、少し言葉を詰まらせつつ答える。

 

「だから……今度は、ちゃんと料理を作れるようになって皆に振舞いたいんだ……きっと、私はあの時の想いを感じたいんだろうな」

「マドカさん……」

「まあ、取りあえず指し当たってはアーサーから借りた本で勉強していたんだが、実際にやってみたくなってな」

 

 そう言いながらマドカは脇に視線を移す。それが借りた本なのだろう、シンクの上には確かに一冊の本が乗っていた。

 

 そして、慣れないながらも懸命に頑張っていたのだろう。その手には包丁によるものと思われる絆創膏が幾つも張られている。

 

「そうだったのか。それなら言えば良かったのに……お前がやる事を見つけたんなら、俺も手伝うぜ」

「そうですわ。マドカさん……その思いは私も同じ、一緒に頑張っていきましょう」

「一夏……セシリア」

 

 お互いに三人は頷き合う。もう三人に迷いはなく、進むべき道は決まっていた。故に一夏は野菜の山を見上げ、その言葉を告げる。

 

「取りあえず。この野菜をどうにかする事から考えようか……」

「……お願い致します」

「分かった」

 

 まず、現実逃避は止めにしよう。そう考える2人だった。

 

 

 

 

「なんだ? 今朝は随分と野菜尽くしだな?」

 

 それから、しばらく経った朝食の時間。フェインの前にある料理は野菜スープに野菜サラダ、野菜入りの卵焼き等、兎に角、野菜尽くしだった。

 

「別にいいんじゃないか? 美味しいし」

 

 口ではそう言うフェインだが文句があるわけではないだろう。朝から実に良い食べっぷりだ。その言葉に返答しながら、カインも満足そうに卵焼きを口に運んでいる。

 

「おはようございます。イチカさん……ひょっとして、マドカさんですか?」

 

 起床してきたアーサーは、そう言いながら一夏の隣に座ると一夏の目の前の席で食事をするマドカに視線を向ける。イチカやセシリア達も皆に配膳を終えている為、今は三人とも食事を始めている。昨日よりも多くの事が出来た所為か、満足そうに食事を始めているマドカに対し、セシリアは少し疲れているのか、昨夜以上に口数が少ない。

 

「ああ。そう言えば、本を貸してくれたんだっけ? アーサー」

「ええ。昨晩、訪ねて来られまして……何かあったのですか?」

「いや、まあ……厨房に行ったら大量に野菜を切ってたんだ。あいつ……」

「……そうでしたか。すみません」

「いや! アーサーが悪いんじゃないよ! それに……」

「はい?」

「なんか、嬉しくってさ。あいつ、楽しそうだったし……」

 

 言いながらマドカを見て一夏は嬉しそうに微笑む。初めてあった時に泣きじゃくり、恨み、つらみをぶつけてきた彼女が随分と前向きになったものだ。そう思うと彼の心にこみ上げてくるものがあった。

 

「そうですか……」

「だからさ……出来る限り応援してやりたいんだ」

「ふふ……」

「まあ、当分は切った野菜を消費する事を考えなきゃならないけど……」

 

 少なくとも1日2日で消費出来る量ではない事は明白であり、このまま順調に聖地に辿り着いた時に乗り込んでくるであろう厨房担当になんて言うべきか……今から頭を悩ませる一夏であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、イチカさん。どうされました?」

「いや。今どの辺りにいるのか気になって」

 

 朝食の片付けの後二人と別れ、ブリッジへと足を運んだ一夏をユミールが笑顔で迎えた。コンソールに向かっていたカインもそれに気づくと立ち上がり、労いの言葉をかけてくる。

 

「そういえば、昨日と今朝はご苦労様。ゆっくり休んでなんて言っておいて……すまないね」

「いや。俺がやりたくて言い出したことだし……それに」

「それに……?」

「あいつも、やりたい事を見つけられたみたいだしな」

 

 一夏にしてみれば戦いから日常へと気持ちを切り替えたいと言う考えもあった。だが、それ以上に彼女が目標を見つけられたのは嬉しかった。そう語る彼を二人は微笑ましそうに見つめている

 

「ふふ……あら?」

「この振動は……?」

 

 その最中、突然の微振動がブリッジ内を揺らす。幸い大きな揺れではなかった為、誰も転倒することはなかったが、即座に各部署に被害状況の確認を行っている。その時、通信機よりアラームが鳴り響き、カインは即座に通信機を取った。

 

『ごめん!! 今、機関室を見に来たんだけど機関の様子がおかしいのよ!! このままじゃ不味いわ!』

 

 連絡相手はセリカの様だ。駆動音の響く機関室にいる為か、通信機越しでも聞こえるほどの大声で話している。受話器を持ってない一夏の耳にまで届くその声にカインは一瞬、顔を顰める。

 

「……仕方ないね。デロック、この近くで着陸できる所を探してくれ。ミヤスコはその旨を各部署へ通達を」

「了解なんだな」

「了解しました」

 

 その後、通話機よりやや距離を置きながら報告を聞いたカインは受話器を置くと必要な指示を出していく。

 

「……どこかおかしいのか?」

 

 機関の異常らしい事は分るものの、さすがに専門な所までは分からない為、イチカがカインへと問いかけると困った表情を浮かべながら返答する。

 

「ああ。艦の機能を維持するのは問題ないけど、航行は難しいみたいだね……」

 

 如何やら、暫く停泊して調整しなければいけない様だ。

 

「この船も、まだ完全とは言い難いからしょうがないね……」

 

 カインはブリッジ内を見回しながら呟き、溜息を漏らす。

 

「何か手伝える事はないか?」

「うーん。こればかりは、ガボンかセリカに頼まないといけないから……」

「そっか」

 

 一夏も声を掛けてみたものの、さすがに専門家に任せなければいけないようで、残念そうに息を吐く。

 

「ですから、オリムラさんは自由にしてください」

「ああ、わかった」

 

 さすがに無理にやらせてもらう事は出来ず、一夏はブリッジを出る。昼食の仕込み……もとい、大量に切られた野菜はあるため食事の準備まではまだ余裕がある。今迄忙しい事が多かった為、行き成りできた空いた時間に一夏は少々戸惑う。

 

「何をしようか……あ」

 

 しばらく考えを巡らせていた一夏だが、ふと思いついた事を実行に移すべく、その目的の場所へと足を進めた。

 

 

 

 

 

 場所は変わり、ここは談話室。一夏達と別れたマドカは此処で本を広げていた。やがて読み終えたのか本を閉じると、気づいたように自身の手に目をやり、おもむろに貼ってある絆創膏を剥がしだす。全て剥がし終えると、そこにあるのは傷一つない綺麗な手だ。アジャスターの効果から、そこにはもう、傷一つ見当たらない。手をかざし手の平、甲と確認し、その効果を改めて実感すると感心したように呟いた。

 

「しかし、本当に便利だな。このアジャスターは……もう治るのか」

 

 これほどの効果が、ほぼ永続的だと言うのだから本当に信じられない。それに加えて翻訳機能に疾病予防の効果さえあるのだ。自身の世界にもあった技術と同じか、下手すればそれ以上の技術を見ると本当に進んでいるんの遅れているのか良く分からない世界だとマドカは思った。

 

「さて……」

 

 そして、その本の表紙を見ながら内容を反復する為に目を瞑ると、これからの事へ考えを巡らす。ハッキリ言って今の彼女の料理の腕前など始めたばかりの素人とさえ言えないものだ。故に勉強と練習あるのみ。そう考える彼女は思い至る。

 

「これなら、今度は肉か魚をやってみたいな。冷蔵庫にあったから、また練習を……」

「おや? マドカさんもここにいらしたのですか」

 

 そう言ってマドカが立ち上がろうとした時、不意にかけられた声に顔を挙げる。そこにいたのはアーサーだ。彼もここで本を読もうと考えたのだろう。その手には何冊かの本が抱えられている。

 

「アーサーか、あぁ、この本も読み終わった」

「そうですか。では、次の本をお貸ししましょうか?」

 

 読書仲間が出来たからだろうか、アーサーもどことなく嬉しそうな様子だ。

 

「そうだな……そう言えば、一夏を何処かで見なかったか?」

 

 しばらく和やかに会話していたが、ふと、思い出したように呟く。練習をするのなら声を掛けた方がいいだろうと、マドカはアーサーに問いかける。

 

「イチカさんなら、しばらく前にエレベーターに乗り込むのを見ましたよ。フェインさんと一緒でしたが」

「ああ。そういえば昨日……」

 

 アーサーからの返答にフェインの部屋でトレーニングに誘われた時の彼の意気込みを思いだす。一緒に居たと言うのなら、これからトレーニングでもするつもりなのだろう。そう考えているとマドカはふと思い至る。

 

「私も、軽く体を動かすか。こちらに来てから何もしてなかったからな」

「……それなら、船の外を散策してみてはどうですか?」

「ん?」

「此方には向こうにはない手付かずの自然が残っています。一見の価値はあると思いますよ」

 

 アーサーの言葉にしばし考えるがすぐに答えが出たのか立ち上がり声を発する。

 

「うん、そうだな……行ってみるか。では、一夏にあったらそう伝えておいてくれ」

「わかりました。お気をつけて」

 

 そして、アーサーに伝言を頼むとマドカは談話室を後にし、艦外へと向かうのだった。

 

 

 

 

 その頃の一夏は、フェインの部屋にてトレーニングに励んでいた。部屋に響く大声が、彼らの気迫を周囲に伝えている。

 

「なあ、フェイン……これ必要か?」

 

 だが、当の一夏は困惑の表情を浮かべながら指示された構えを解くとフェインに問いかけるがフェインは迷いのない瞳で宣言する。

 

「勿論だ!! 騎士にとっては重要な訓練項目だ!! よし! もう一回行くぞ!!」

「お、おう……」

 

 そして再び構えをとり、訓練を再開するフェイン。それに続き一夏も構えをとるとフェインに続き、訓練を再開する。

 

「天が呼ぶ!! 地が呼ぶ!! 人が呼ぶ!!」

「て、天が呼ぶ! 地が呼ぶ! 人が……」

「声が小さい!!」

「―――人が呼ぶ!!!」 

「うむ!! その調子だ!!」

 

 声量をフェインに指摘され、やけくそ気味に声を張り上げながら、やはり、一夏には口上の訓練の必要性はイマイチ感じられなかった。

 

⦅人選、間違えたかな……?⦆

 

 困惑しながらも、自分に良い笑顔でサムズアップするフェインの横で、首を傾げながらも一夏はトレーニングに励んでいくのだった。

 

 

 

 一夏がトレーニングに励んでいる最中、艦外へと降り立ったマドカは周囲を見回した。取りあえず外に出てみたものの、これと言って当てのない彼女はしばし周囲を観察する。そして近くから聞こえてくる水音に、先ずはその方角へと歩み始めた。

 

 聞こえる水音に引き寄せられるように彼女が木々の間を歩を進めると、その先にあったのは澄んだ川の流れだ。そして、その流れに逆らって歩きながら辿り着いた場所で、彼女は思わず感嘆の息を漏らした。

 

「確かに凄いな。これは……」

 

 辿り着いた場所はその川の源流であろう湖。湖はいくつもの小島が見え、対岸が見えないほど広大だ。それを湖畔に立ち、一望する。

 

「湖か……」

 

 これほど雄大な景色は開発が進んだ元の世界では中々見る事は出来ないだろう。しばしその光景に見入っていた彼女であったが、その時不意に声が掛けられた

 

「おや? ここで、あなたの様な方に会うとは……」

「誰だ!?」

 

 突然掛けられた声に声を張り上げながら声の方向に視線を向ける。そこにいたのは湖畔にある岩場に腰かけ釣り糸を垂らす、どこか飄々とした雰囲気を持った長い銀髪を後ろで纏めた細見の男性だ。思わぬ所での見知らぬ人物の登場に警戒心を露わに身構える。

 

「お前は……」

「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ。見ての通りの釣り人です。何ら怪しいものではないと思いますがねえ」

 

 何処か不審なものを感じたマドカは相手の一挙手一投足を注視する。相手が手に持っている竿を置き近づいてくる間、警戒していたマドカだが、相手の敵意も悪意も感じない所作に警戒を解くと男の言葉に周りを見渡す。

 

「釣り人? こんな所でか?」

「おや、こんな所とは随分な言い方ですね。見ての通り、ここは公害や汚染とも無関係な澄んだ湖です。山を前にした登山家の如く、そこに魚の気配を感じた釣り人なら釣り糸を垂らさずにはいられない場所であると思いますが……」

「……本当か?」

 

 その言葉に余計に胡散臭そうなものを見るような表情で自信を見るマドカを気にした様子もなく、男性は話続ける。

 

「もちろんです。もしかして……釣りをしたことがありませんか?」

「ああ……」

 

 戸惑うマドカに話しかけながら、男性は大げさな所作で語り掛ける。

 

「それは勿体ない……釣りを知らないなど、人生の半分を損しているようなものです。幸い、此処にもう一本竿があります。良ければ、ご一緒にいかがですか?」

 

 言いながら腰に掛けていた袋から竿を取り出しマドカへと差し出す。対して、人生の半分を損しているようなもの、その言葉を聞いた瞬間、マドカは今までの自分の生き方に思う所があるのか、しばらく考え込む。そして差し出された竿を見ながらに男性に対し問いかける。

 

「……そういう……ものなのか?」

「ええ。今からでも遅くはありません。これからのあなたの人生を実りあるものにするためにも……いかがですか?」

 

 

 

 

 

 

 

「さすがに……疲れたな」

 

 トレーニングを終えた後、口上の練習の影響で力を入れた為か痛む腹筋を摩り、枯れた喉で呟きながら一夏はエレベーターに乗り込む。

 

「しかし、さすがだな。フェインは……」

 

 口上の訓練に関しては思う所がある一夏だが、フェインは相当な重さのバーベルさえも軽々と持ち上げるほど、全身余すところなく鍛えられていた。そんな彼とは違い訓練後、様々な個所の筋肉に疲労を感じる一夏に生身での差を否応なく感じさせた。

 

「俺も頑張らないとな」

 

 自分に気合いを入れる様に一夏は呟く。取りあえず、気になる事があった為、厨房、マドカの部屋と見て回る。そして、自身の心配が杞憂だった事に胸をなでおろし、最後の目的地である談話室へと入る。そこにいたのは三人。アーサー、セシリア、クロビスだ。入ってきた一夏にまず気が付いたのはアーサーだった。読んでいた本を閉じると一夏に話かけてきた。

 

「おや、イチカさん。トレーニングは終わりましたか?」

「あれ? 知ってたのか? ああ、今さっきな」

「イチカさん、これをどうぞ。喉が渇いてらっしゃると思って……」

「ああ、ありがとう。セシリア」

 

 談話室に入りセシリアが手渡してきたのは、以前アーサーから貰った飲料だった。アーサーから一夏の事を聞いていたのか、妙にタイミングが良い。汗をかいたうえ、喉がカラカラな一夏にとってはありがたかった。一言礼を言い受け取ると、蓋を開け飲み始める。

 

「んっく、んっく、ぷはぁ! やっぱ、いいな。これ」

 

 受け取った飲料を一気に飲み干し、疲れを吐き出す様に「ふう」と溜息を付くと一夏はようやく人心地つく。

 

「イチカさん、マドカさんから伝言です『自分は外の散策に行ってくる』とのことです」

「ああ、そうか……」

 

 伝言を聞いた一夏のあからさまにほっとした様子をセシリアは疑問に感じ、声を掛ける。

 

「どうかしましたの?」

「ああ、いや。『野菜の次は肉だ』とか言って、マドカがまた大量に切ってないかと思って……」

「ははは……まだまだ、あいつの行動には驚かされることになりそうだな。イチカ」

「「あはは……」」

 

 どこか愉快そうに語り掛けてくるクロビスの言葉に、二人は揃って今朝の事を思いだし苦笑いを浮かべる。

 

「皆さん揃っていますか?」

 

 その時、扉の開く音が聞こえ、皆の視線が其方に集中する。

 

「あら、ユミールさん?」

「もう少しで機関の調整が済みそうですので、先に伝言をと思って……マドカさんは……まだ、戻られてないんですか?」

 

 ユミールは談話室内を見回すと一夏達に問いかける。どうやら、マドカは出かける際に声を掛けていたみたいで、ユミールもマドカの外出を把握している様だ。

 

「出発するのか?」

「ええ、出航前には各部署へ通達が行きますが……」

「じゃあ、探しに行ってくるかな。まったく、どこまで言っているのやら……」

「では、わたくしも……」

 

 頭を掻きながら、やれやれと言った風に歩き出した一夏。それに付いて行こうと、続いてセシリアが立ち上がるが、一夏はセシリアの恰好を見て制止する。

 

「いや、セシリアはいいよ。森の中を歩かなきゃいけないしさ。その恰好じゃあ、ちょっと……」

 

 今の彼女の恰好は始めてあった時と同じような恰好であり、ハッキリ言って森の中を歩く様な服装ではない。あの時はすぐに門に入ったが今回は森林の中を歩くことになるかもしれないのだ。さすがに険しい道を歩くことはないだろうと思う一夏だが、さすがにその恰好で外に連れ出すのは躊躇われた。

 

「うう……そう……ですわね」

「はは……じゃあ、ちょっと行ってくるから」

「あっ。ちょっと待ってください」

 

 身を翻し出かけようとした一夏だが、そこでユミールが何かを思いついたのか、一瞬ハッとした表情をすると一夏を呼び止め、慌てて退室していく。一同が疑問に思いながら待っていると息を切らせながらその手に何かを持ち戻ってきた。しばし、息を整えるとユミールはそれを差し出す。

 

「オリムラさん。これを持って行ってください」

 

 そう言って一夏が受け取ったそれは手の平ほどの薄い液晶モニターの機械だ。それを一瞥すると一夏はユミールに問い掛ける。

 

「これは?」

「パーソナルセンサーです。ガボンさんが作った物なのですが、個人のプラーナを登録することである程度個人のいる位置を特定することが出来るんです。入れ違いになっては大変ですから」

 

 本来のパーソナルセンサーはこれとはまた違った特性なのだが、これはそれを改造した物なのだそうだ。

 

「へえ、すげえな」

「通信機を渡しておけば良かったのですが、マドカさんはすぐに行ってしまいましたから」

 

 永久機関と言い、この機械と言い、この世界の技術に驚きっぱなしの一夏は感心しながら機械を受け取る。

 

「では、使い方の説明をしますね。まずは……」

 

 

 

 

 

 

 

 機器の説明を一通り受けた後、一夏は船外へと降り立った。そして、先ずは待機状態だった画面を起ち上げる。

 

「よし。早速……えっと……確か、こう……よし! これで良い筈だ」

 

 渡された機械を説明された通りに操作を行うと一夏には読めないが、画面に捜索開始の文字が出る。機械による居場所の特定が終わるまで、一夏は画面を見ながらその場に立ち尽くす。

 

「結構、かかるな……ん?」

 

 だが、突如一夏の頭の中に音叉の様な音が響く。頭の中に響く音に驚き一夏は顔を上げ辺りを見回す。しかし、周囲には森が広がっているだけで、これと言って変わった物は無い。だが、ふと視線を落とすとそれに気が付いた。

 

 自身の服の胸ポケット、そこから淡い光が漏れているのに気が付き、そこにある物を取り出そうとする。そこにあるのは共鳴結晶。一夏はあれ以来、肌身離さず持っていたのだが、この様な事は初めてであり、何かあったのかと焦りながらそれを取り出した。

 

「如何いう事だ? これ?」

 

 案の定、異変の原因は共鳴結晶だった。普通の結晶体にしか見えなかったそれは、内部に光を灯し、強く澄んだ音を一夏の頭に響かせている。突然の不可思議な現象に困惑しつつも原因を探ろうとする一夏だが、ある方向を向けた時、何かに反応するようにそれは、一際強い輝きを放った。

 

「まさか……こっちへ行けって事か?」

 

 そう思い数歩踏み出すと、思った通り、更に強い反応をみせる。共鳴結晶の輝きに導かれるように森の中へと一夏は歩みを進めて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どんどん強くなってる……一体何が?」

 

 反応に沿って歩く程、強くなる輝きに比例して一夏の不安も増していった。だが、森を抜け、開けた場所に出た途端にそれはぴたりと止まる。あれほど強かった輝きも、頭に響いていた音も、嘘であったかのように共鳴結晶は普段の様子を取り戻している

 

「止まった……うん?」

 

 一夏は今度は行き成り鳴り止んだことに困惑し、ジッと結晶を見つめる。だが、近くで聞こえる騒がしい声に気づき、視線を上げると目に入ったその光景に更に困惑の表情を深める。

 

 

 

 

 

「おお、また釣れた! なるほど、面白いものだな。釣りというのは……」

「14匹目ですか。いやはや、お上手ですね。私など、あなたより早く糸を垂らしていたというのに、今だに釣果ゼロですよ」

 

 視線の先にあったのは、探していた人物が見知らぬ男性と共に和気藹々と言った感じに釣りに興じている光景だった。まさか、これを見せるためじゃないだろうなと一夏は共鳴結晶を見ながら問いかけるが、当然なのだが、うんともすんとも言わない。そんな様子に溜息を着きながら共鳴結晶をしまうと二人の方へ歩み寄り、声を掛ける。

 

「……何やってんだ? お前」

「ん? ああ、一夏か。どうしたんだ?」

 

 その声に二人も一夏の方へ振り向く。

 

「船の修理が終わりそうだから探しに来たんだけど……何をやってんだよ。こんな所で」

「こんな所ではないぞ。ここは釣り人なら知る人ぞ知る穴場スポットだ。その証拠に見ろ! こんなに釣れたぞ! 初めてやったが……面白いものだな、釣りというのは……」

 

 竿を片手に自慢げに魚籠を差し出し、感想を述べるマドカ。差し出されたそれには鱒のような魚が窮屈そうなほどに入れられている。

 

「まあ、こんだけ釣れれば面白いだろうけど……」

「こちらの方のお迎えですか?」

 

 促されるまま魚籠を覗き込んでいた一夏は突然掛けられた言葉にハッと我に返る。

 

「あ……すみません。マドカの相手をしてもらったみたいで……」

 

 完全に蚊帳の外に追いやってしまっていた男性に慌てて一夏は謝罪と礼を述べる。

 

「いえいえ、お気になさらずに。私も釣り仲間が出来てうれしいですよ。それに……」

 

 そんな彼の様子を見ながら笑みを浮べる男性だが、突然考え込むように一夏の顔をまじまじと見つめだす。行き成り顔を凝視された為、戸惑い顔を顰める。

 

「なんですか?」

「おっと、すみません。知り合いに似ていたもので、つい……お気を悪くされないで下さい」

「ああ、いや別に、そんな事は……ええと?」

 

 一夏の言葉にも男性はあくまで冷静に謝罪の言葉を返す。返礼しようとした一夏だが、名前を知らない事に気づき一瞬、言い淀む。相手はその様子を見て察したのか、丁寧な所作で自己紹介を行う。

 

「ああ、失礼しました。そう言えば、名前を名乗っていませんでしたね……私はベルンスト・ビューロー……しがない錬金学士です」

「ああ、イチカ・オリムラです。それで、こっちが家族のマドカです」

 

 続いて自己紹介をした一夏の言葉を聞くとベルンストは一瞬だが、驚いた表情を浮かべると改めて二人を見比べ言葉を発する。

 

「おや、ひょっとして……ご兄弟でしたか?」

「ええ、まあ……」

「なるほど、そうですか……」

 

 少し言い淀む一夏にベルンストは何やら意味深な表情を浮べる。その彼の様子に何か感じ取ったのか、一夏は訝しむ様な視線を向け問い質す。

 

「……どうしたんです?」

「いえいえ、なんでもありません。そう言えば……先ほど〝船“と申されましたが、お二人とも、先ほど停泊されたあの大きな船の乗組員の方でしたか?」

「ええ、まあ……」

「そうでしたか……そう言えば、近頃は聖霊機と言うものがあり、その操者は異世界の方々と聞き及んで居るのですが……聞き慣れない名前でしたが、ひょっとして……」

 

 そう言って一夏に意味ありげな視線を向ける。対して一夏は目の前の男性に気味の悪いものを見るような視線を向ける。

 

「……少し、詳しすぎじゃないですか?」

「いえいえ、仕事柄、色々と情報が入ってくるので、どうしても近頃の情勢も知ってしまうのですよ。その答えは肯定と取ってよろしいですか?」

「……ええ」

「おや? どうされました?」

「あ、いや……」

 

 ベルンストの問いかけに一瞬だが暗い表情を浮かべる一夏だが、それに気づいたベルンストが問いかけてくる。

 

「ひょっとして、戦う事に悩んでらっしゃるとか?」

「それは……」

「ああ、恥ずかしがる事はありませんよ。異世界は比較的、平和だと聞き及んでおりますから、慣れないのも無理もありません。それに誰だって戦うのは怖いですからねえ」

「……」

 

 沈黙の意味を肯定と取ったのか、更に言葉を続けるベルンスト。

 

「そういえば、なぜ、あなたは戦うことが怖いのですか?」

「それは、そうでしょう。誰だって死ぬのは怖いですし、人を殺すのはいけない事ですから」

「……なるほど。では、なぜ人を殺すのがいけない事なのでしょう? 死ぬのが怖いのなら、戦場で人を殺す事はしょうがないのではないですか? そうでなければ、君が殺されているのですから、それなのに、なぜ、そんな事を気になされるのでしょうか」

 

 ベルンストの余りな言い方に激昂する一夏。少なくとも彼は人を殺す事を、まるでなんでもない事の様に言い放っている。

 

「そんな事って!人の命はそいつ個人の物! それを誰かの勝手で好きにして言い分けないでしょう!!」

「……しかし、生物は生きている限り、他の生物の命を好き勝手にしているものでしょう。君が普段、食べているのは命ではないのですか? 君がこうして此処に来る間に、その足で、どれほどの小さな命を踏みにじってきたと思いますか? それはあなたの都合で他の命を好き勝手にしているのと何ら変わりはないのでは?」

 

 一方的に一夏に話しかけるベルンストに今まで静観を保っていたマドカが口を開いた。彼女の目は今まで釣りをしていた相手に向ける視線ではない。その視線に怒気さえ滲ませながら相手を見る。

 

「……歩くたびに何か踏み潰すのか等、気にしていたら何もできん。それに人とそれ以外の命を同列に見れるわけがないだろう」

「おや、それはおかしい。人は良く言うではないですか。命は皆平等と……命は大切だと言うのなら、人だから、虫だから等、優劣をつけるのはおかしいのでは?」

 

 怒気を向けられているにも関わらず、まるで気にした様子も無くベルンストは言葉を続けている。殺気に気が付いていないのではなく、気づいて尚、意に介していない様だ。

 

「……それは、生きる為に仕方が……それに、そこまで……」

「そう、仕方のない行為です。それにあなたの言う通り、そんなこと気にしていたら生きていけません。まあ、さっきはああ言いましたが、生物である以上、自身とそれ以外と言う区別は持っていて当然です。生きている限り、それを無くす事などできません」

 

 ベルンストは一夏の言葉に頷きながらも、二人を交互に見据えながら尚も話し続ける。

 

「……」

「そして、所詮、人間に命の尊厳を説く等出来ませんよ。人にとって命の尊厳が適用されるのは自身の利益を脅かさないもの……自身に害を及ぼさない、もしくは直接関係のない存在に限られます。そうでしょう? なぜなら、自身に害を及ぼす者は排除しなければ自身の存在が脅かされるのですから。あなた風に言えば……あなたの命はあなたの物、それを他者の都合で好き勝手にさせていいのですか?」

「……俺が、こうして悩んでいるのは偽善だってことですか?」

 

 ベルンストの言葉に悔しそうに声を絞り出す一夏。

 

「おや? 別にいけないなどとは言っていません。偽善の何がいけないのです? 偽善とて善ではないですか。まあ、勿論、あなた個人にとっての善ですが……それに、悩むのは悪い事ではありません。大いに悩むといいです。悩むのは人に与えられた特権ですからね」

「……悩めば」

「はい?」

「悩めば……いつか、答えは出るんでしょうか?」

「さあ、それは分りません。もしかしたら、すぐに出るかもしれませんし……一生、出ないかもしれません。少なくとも、私は……まだ、答えを探している最中です」

 

 そう言って、ベルンストは今までの事を思い出しているのか視線を伏せ、どこか憂いを帯びた表情を浮べるが、一夏はそのベルンストに対して不満げに声を掛ける

 

「こんだけ言っておいて、まだ答えは出てないんですか?」

 

 少なくとも、自分に対して散々好き勝手に言っていたのだから、彼の不満も分からなくもない。そんな一夏の視線を意に介さずベルンストはさらに言葉を続ける。

 

「これは性分ですので、気に障ったのなら謝りましょう。君にああいったのも、私の個人的な興味からです。私の研究テーマは、なぜ人は戦いを止めないのか? それに関わる人の感情とは何なのか? と言うものです。ですので、まあ……人が存在する限り終わる事は無いでしょうねえ」

「……」

「まあ、戦う理由を難しく考える必要はありませんよ。あなたが闘うだけの理由を見つければいいだけです。自身の中で相手を殺す事の正当性をね」

「もう、そこまでにしてもらえないか?」

「はい?」

「……マドカ?」

 

 表情を暗くしていく一夏に不味い流れを感じたのだろう。話を切り上げる様にマドカは二人の間に割って入る。少なくとも、唯でさえ悩みを抱いている彼に、これ以上、戸惑う原因を与えるわけにはいかない、ハッキリ言って命に係わる事だからだ。

 

「そろそろ行くぞ。船が出るのだろう? なら、遅れるわけにはいかないからな」

 

 言うだけ言うと答えを聞かずに立ち去ろうとするマドカを一夏は暫く見ていたが、その手に竿と魚籠を持ったままなのに気づいて慌てて声を掛ける。

 

「おい。その魚籠と竿はこの人のじゃ?」

「構いませんよ。ご家族を困らせてしまったお詫びの意味も込めてその二つはあなたに差し上げます。お持ちになってください」

「……なら、遠慮なくもらっていく。行くぞ、一夏。これだけ魚が手に入ったんだ。今度は魚のさばき方を教えてもらおうか」

 

 話しかけるベルンストを一瞥すると、マドカは一夏を促し、さっさと歩き出す。彼女の態度に困惑しながらも一夏は慌てて付いて行こうとする。

 

「ちょっと待てって! お前、行き成りどうした―――」

「―――ああ! もう一つ、よろしいですか?」

「……え?」

 

 だが、その時ベルンストより声が掛り一夏は足を止め、振り返る。

 

「……なんですか?」

「そんなに身構えないで下さい。私からあなたに、一つアドバイスをしておこうと思いまして」

「アドバイス?」

「ええ。まあ、大したことではありませんが……」

 

 今まで話していた内容が内容なだけに、思わず身を硬くする一夏に対して飄々とした様子を崩さずベルンストは話し出す。

 

「兄妹仲良く……くれぐれも仲違い等されないように。もし、そうなってしまった場合はしっかり話し合い、分りあって下さい。拗れに拗れて……取り返しのつかない事態になってしまっては大変ですからねえ」

「……!」

 

 両親のいない一夏にとって姉である千冬、こちらに来てから出会ったマドカは何より大切な存在になっている。ベルンストの言い放った事は、一夏達の境遇からありえたかもしれない可能性だ。ハッキリ言って縁起でもない。事情を知らないとはいえ、余りにも無遠慮に言い放つベルンストに湧き上がってくる怒気を隠そうともせず、一夏は相手を睨みながら返答する。

 

「……言われなくてもそのつもりです。何なんですか行き成り」

「まぁ……少々思う所がありまして。どうやら、出過ぎた真似をしたようですね」

「おい! 何している。早く行くぞ!」

「ああ、わかった! それじゃ、あいつが呼んでるんで」

 

 大分先に行ってしまったのだろう。遠くから聞こえてくるマドカの声に大声で返答しながら話を切り上げる。

 

「ええ、わかりました。呼び止めて申し訳ありません。また……縁があったらお会いしましょう。 イチカ・オリムラ君」

「ええ、それじゃ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪い、悪い……それじゃあ、行こうぜ」

「何を話していたんだ?」

 

 付いてくる気配のない一夏を心配し、引き返して来ていたマドカは少しむすっとした様子で伺う様な視線を向けてくる。そんな彼女を心配させまいと一夏は明るく振舞って見せる。

 

「大したことじゃないさ。行こうぜ」

 

 そう言うとマドカを促し、足早に歩き出す。一夏が歩き出したことを確認すると、再びベルンストのいた方へ振り向くとポツリと呟く。

 

「一体……何者だったんだ? 奴は?」

 

 当初、やはり疑念が拭えなかった彼女は釣りをしている最中、それとなく探りを入れていたのだが、結果、分かったのはさっぱり考えが読めない相手だと言う事だ。唯の錬金学士だと言うには隙が無さすぎる。かと言って自分たちに何かをしようとしていたのなら、露骨すぎる発言が多い。そう思うマドカだった。

 

「まあ……釣りが趣味だと言う割には、上手くはなかったな」

 

 知識は膨大なのだが、マドカが見ても余りにもその腕は拙かった。ミスをする度に慌てる相手を見て、思わず警戒を解いてしまい最終的に彼女は純粋に楽しんでしまっていたの。

 

 

「おーい! 何してんだー!?」

「……取りあえず、今は考えても仕方がないか……ああ!! 今行く!」

 

 堂々巡りになる思考を振り払うように一夏の声に大声で答えると、慌てて駆け出していくマドカであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪い、遅くなった! すぐに食事の準備をするよ!」

「お帰りなさい。イチカさん」

「おかえり。機関の修理は取りあえず済んだ。クロビス達が戻り次第、出航するよ」

 

 帰還後、マドカを先に厨房に向かわせると返ってきたことを報告するためブリッジへと向かった。その彼をユミールとカイン、そしてフェインとセシリアが出迎える。カインの話からアーサーとクロビスは周囲の警戒に出ているようだ。

 

「……? マドカは如何したんだい?」

「ああ、ちょっと先に厨房に行ってる」

 

 帰還の確認も兼ねて問いかけるカインに、釣った魚を置いてこさせるために先に厨房に向かわせたことを告げると流石に疑問に思ったのかユミールが問いかけてくる。

 

「あら、魚なんてどうされたんですか?」

「ああ、迎えに行ったら知らない人と釣りしててさ……」

 

 説明しようと声を上げた一夏だが、どうしてもベルンストとの会話を思い出してしまい、気持ちが沈み込む。

 

「……どうかしたのかい?」

「あ……いや、なんでもない! そんで、大量に魚釣ってきたから、あいつ、今度は魚の捌き方を教えろって、張り切ってて……」

 

 暗い表情を見せた一夏を心配したのかカインが語り掛ける。セシリアもユミールも心配げに見つめているが、そんな一夏に気づいているのかいないのか、対照的にフェインは明るく語り掛ける。

 

「おお! じゃあ昼は魚になるのだな! 朝は野菜ばかりだったから、さすがに物足りなくてな……」

「……はは! 楽しみにしてくれよ……ん?」

 

 ともすれば能天気とも取れる言動だが、フェインの明るさは今の一夏にはありがたく感じた。そのフェインの様子に引き込まれるように明るさを取り戻した一夏を見て、周囲の皆も表情を和らげていく。先ほどとは一転、和やかな雰囲気が漂ったが、突如響いた電子音にその空気は破られた。鳴り響いたのは聖霊機からの非常通信。一瞬にしてブリッジ内が緊張感に包まれる。

 

「何かあったのかい? クロビス」

 

 通信に出たのはクロビスだ。発進の前に周囲の警戒に出ていたのだが、何かを見つけたのか、かなり表情が険しい。

 

「ああ、例のテロリストだ。しかも結構な数だ」

「……やり過ごせるかい?」

「難しいですね。彼らは、どうも真っ直ぐにリーボーフェンに向かっている様なのです」

 

 リーボーフェンは光学遮蔽迷彩を積んでいる。無理に戦闘を起こすこともないと考えたカインだが、アーサーより送られてきたデータを見ながら険しい表情で考え込む。

 

「……最初から、こちらが目的という訳か」

「なら、戦うしかないよな」

「……頼めるかい?」

 

 意を決したように重々しく口を開いた一夏に視線を向けるカイン。そのカインを正面から見据えると一夏は力強く頷き返答する。

 

「ああ、任せてくれ」

「お任せを!!」

 

 その彼に同調するようにセシリアも声を上げる。

 

「負けるなよ、イチカ!」

 

 そう言ってユミールもフェインも二人を見送る。因みにフェインのミレオンは修理中であり出撃できない。セリカ曰く、フェインの操縦が荒すぎてガタガタなのだそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コックピット内で出撃準備を整えた一夏はブリッジからの指示が出るまでの間、ベルンストの言葉を反芻する。先日の戦闘の相手は生物兵器、人ではなかった。だが今回は違う。自分達と同じものを殺すかもしれないのだ。だが、一夏とてフラムエルク城での戦いでは確実に人を殺している。しかし、一度それを行っているからと言って割り切れる事ではないのだ。だから、どうしても彼の言葉が思い出される。

 

『まあ、戦う理由を難しく考える必要はありませんよ。あなたが闘うだけの理由を見つければいいだけです。自身の中で相手を殺す事の正当性をね』

 

 あの時であればアルフォリナを助けるため、今であればテロリストから身を守る為、少なくとも、それが一夏にとっての言い分にはなるだろう。だが、それでも恐怖から手が震えるのだ。

 

「やっぱり、そんな簡単に割り切れねぇよ」

 

 震える手を押さえつつ、パイロットスーツの胸ポケットから、あるものを取り出した。取り出したもの……共鳴結晶を見ながら思い浮かべる。自分に聖霊機と世界を託すと言ったアルフォリナの最後の言葉を。

 

「それでも、譲れないものは俺にだって……ある」

 

 そう言って共鳴結晶を強く握りしめると再びパイロットスーツの胸ポケットにしまい込む。少なくとも、一夏とて自分一人で世界を守れるなんて自惚れているわけではない。だけど彼女から託された思いは確かに此処にある。手の震えを止める為に強く操作球を握りこんだ一夏にユミールの言葉が届く。

 

『機体の正常起動を確認!!イチカ、いいわ!!』

「イチカ・オリムラ……ゼイフォン! 行くぜ!!」

 

 そうして機体のスラスターを吹かせ、艦外へと機体を躍らせる。決意と迷い、相反するものをその胸に抱えながら、いつか彼女の願いを果たす為に、自身の想いに答えを得る為に、今は唯、前に進むために一夏はゼイフォンを発進させるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一夏がゼイフォンを船外へと発進させた後、リーボーフェンは浮上すると光学遮蔽を起動させる。その一部始終を眺めていたのは烏帽子の様な頭部を持つ緑色の機体はテロリストの装兵機ハウザーだ。そして、それに付き従うのは両碗にクローを装備した二機のカイザール・デオにカイザールが四機だ。    

 

「レンダー様……あれは?」

「光学遮蔽迷彩……実用化されていたのか」

 

 突如として巨大な船体が消え去った事に動揺する部下たちを尻目に冷静に搭載されているだろう機能を分析するのは、レンダーと呼ばれるハウザーに搭乗する逆立った髪の目つきの鋭い男性だ。

 

「お前たち! 無理に前に出ようとするなよ。初陣なんだからな……慣れるのを優先すればいい」

「「りょ、了解しました!」」

 

 その横でカイザール・デオに乗る癖のある灰色の髪の男は動揺する部下を落ち着かせるため、新入りの乗る二機のカイザールに通信を送っている。

 

 カイザールから返ってきた強張った声に、彼らの緊張の度合いが伺える。よく観察すれば機体の動きもどこかぎこちない。その様子に若干の不安を覚えつつ、その灰色の髪の男は対峙する機体を見据える。そこにいるのは聖霊機バルドックとドライデス、そして新たに合流した二機の聖霊機だった。

 

 

 

 

 

 

「クロビスさん!!」

「ああ、来たか」

 

 こちらでは後続のゼイフォンとビシャールが合流しテロリストと相対する。特にセシリアはフラムエルク城での事が相当腹に据えかねているのか、怒りも露わにテロリスト達を睨みつけている。

 

「またあの方々ですか……しつこい人達ですわね」

「まったくだな……」

 

 セシリアの言葉に同意を示すクロビスだが、彼にはどうもテロリストは自分達に狙いを絞っている様に感じられた。あのテロリスト達とは恨まれる程本格的に事を構えた事はないのだから、彼の疑問も尤もだ。

 

「しかし、どうやって此方の居場所を?」

 

 ヨーク領内を航行中のリーボーフェンは光学迷彩を起動させ続けていた。後をつけられた可能性は低い。

 

「……とにかく、今は考えるは後にしよう。あいつらを何とかするのが先だ」

「そうだな……おい、お前たち!!」

 

 

 テロリスト達へのアーサーの疑問も尤もだが、一夏の言うように今はこの状況を何とか打開しなければならない。そう考えたクロビスはまず、テロリスト達へ外部スピーカーで声を飛ばす。

 

「……なんだ?」

「何で俺らを狙うかは知らねえが……お互い、戦う理由なんてないだろ? ここは見逃してくれねえか?」

「我々の計画の邪魔になるであろう聖霊機を始末する……それだけだ。それに……」

 

 答えたのはレンダーだ。クロビスよりの問いかけに、まるで射殺さんばかりの視線を向け、明らかに憎しみの籠った声色でクロビス達へ返答する。

 

「そちらにはなくても、こちらにはあるのだ……話はそれだけか? なら、始めさせてもらう」

 

 その言葉と共にレンダーが自機の機体の曲刀の様な剣を抜くと、僚機たちもそれぞれが戦闘態勢へと入る。

 

「……話し合うつもりはねえみたいだな!!」

 

 避ける事が出来るならと思って問いかけはしたが、当初から不可能であることは感じていた様で大きくため息をつくと武器のロックを解除し、砲撃姿勢へと入る。

 

「行くぜ!!」

 

 その声と共にゼイフォンが駆け出す。セシリアも狙撃ポイントを見つけたのかビシャールを小高い丘の上へと走らせる。

 

 そのゼイフォンを援護するように牽制も兼ねてバルドック、ドライデスがそれぞれの火器を使用し砲撃する。

 

 ゼイフォンを走らせる一夏の視線の先では新兵のカイザールが動揺からか早くも武器を構え攻撃しようとするが、勝手な行動をしようとしている新入り二人を灰色髪の男が一括し落ち着かせる。

 

「馬鹿!! 落ち着け!!」

「レシュ、バーキン。この四人は俺が連れていく。お前たちはあの鉄色の機体の相手をしろ」

 

 レンダーが僚機みやり灰色髪の男……レシュへと指示を出すとレンダー自身は四機を引き攣れ、迫るゼイフォンに目もくれずバルドック目掛けて駆け出していく。

 

「了解! 行くぞ! バーキン!!」

「おう!」

 

 灰色髪の男、レシュがバーキンへと声を掛けると、バーキンは機体をゼイフォンに向かって駆け出させる。

 

「こいつ!!」

「邪魔をするな!!」

 

 クロビス達に向かって行くハウザーを阻もうとした一夏だが、灰色髪の男の乗るカイザール・デオは機体右腕のワイヤークローをゼイフォンに射出し、それを阻んだ。ゼイフォンはゼウレアーを振り上げ反らすが、相手はそれを見越していたかのように即座にクローを巻き取った。その間ゼイフォンの横を通り過ぎたハウザーはゼイフォンなど眼中に無いかの様にバルドックに向かって行く。

 

「くっ!」

 

 悔しそうに一夏は呟く。だが、ここで背を向けるのは危ないと判断し、攻撃を放ったその相手を一夏は見据える。

 

 その間に接近してきたバーキンの機体がとびかかり、その手に装備されたクローに機体重量を乗せ、突き入れる。

 

「ふん!!」

「はあ!」

 

 その一撃を即座にゼウレアーを戻し剣身で受け止める。しばし、お互いの獲物がかみ合う金属音が響いていたが、ゼイフォンが振り払うようにゼウレアーを振るうとカイザール・デオは後ろに跳び、距離を取り対峙する。

 

「ふんっ! ちょうどいい。あの時の借り、返させてもらう!!」

「それは……こっちのセリフだ!」

 

 機体から響いてきた声はフラムエルク城で交戦したあの機体のパイロットだ。お互い相手に苦渋をなめさせられているのだ。外部スピーカーを出力させ、それぞれに思いを吐き出すと、どちらともなく機体を相手に向かって走らせていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前……どっかであった事があったか? 何でそんなに絡んでくるんだ? 少なくとも

恨まれるような事をした覚えはないんだが?」

 

 クロビスは振り下ろされたハウザーの曲刀を盾の様な前腕で受け止めながら目の前の敵を問い質す。

 

「さっきも言っただろう。我々の目的の邪魔になる者を排除する……目的なら、それで十分では? それに……恨まれる覚えはない、だと? 本当に、覚えはないか?」

「……何? ちっ!!」

 

 そのクロビスの言葉に吐き捨てる様に返答を返すと曲刀両手で持ち、恨みを込める様に更に力を込める。だが、バルドックはその出力を生かし、前腕で曲刀ごとハウザーを押し飛ばす。

 

「これで!」

「ちっ!」

 

 押し返されたハウザーをドライデスの右腕のプラズマキャノンが追撃するも、それを軽やかなステップで躱しながらドライデスめがけ、両肩のロケットキャノンを発射し牽制すると、配置を終えていた4機のカイザールへと指示を出す。

 

「各機! あの二機に射線を集中! 一斉射撃!!」

「「了解」」

「「りょ、了解」」

 

 ハウザーが射線上から退避するとカイザール四機はその命令通りに右腕の機銃を斉射し、バルドック、ドライデス目掛け左腕の機銃を発射する。

 

「アーサー、俺の機体の後ろに!」

 

 クロビスは自機の後ろへとドライデスを退避させると、弾丸をその機体で受け止める。カイザールの機銃ではバルドックの重装甲は貫けず、渇いた音を立て弾丸を弾き、テロリスト達へその堅牢さを見せつける。

 

「はあ!」

 

 そして、銃撃が止んだのと同時にドライデスはバルドックの背後よりカイザール目がけて跳躍する。それに気づいたレンダーは迎撃のため動き出そうとしたが、バルドックの有線アームがそれを阻んだ。

 

「させるかよ!」

「くっ!!」

 

 その間にドライデスは機体重量も合わせた踵をカイザールへと振り降ろす。その直撃を受けた一機のカイザールはその頭部からボディに掛けてまで大きくひしゃげ、爆散する。

 

「ひっ!」

「う、ああ……」

「止まるな! さがれ……がは!!」

 

 目の前で仲間がやられた動揺からか、動けない新入りを下がらせようと上官らしき一機が指示を出す。が、攻撃した態勢から機体各所のスラスターを吹かせたドライデスにより繰り出された回し蹴りを胸部に受け吹き飛ばされた。ほぼ一撃でやられていく機体を見ながらレンダーは顔を歪める。

 

「カイザールでは、もう、荷が重いか……ん?」

 

 その時もう一方の戦闘を見ると、二機のカイザール・デオが押されているのがレンダーの目に見えた。援護に行かなければいけないが、此処に二機を残して行く訳にはいかず、レンダーは二機に後退を促す。

 

「……お前たち!! そのまま、この場を離脱しろ。すぐに後へ続く」

「「はっ! はい!!」」

 

 新兵を慣らす為に参加させたが、予想以上に聖霊機の完成度は高く、機体性能の差にレンダーは自分たちの戦力に危機感を覚える。

 

 その間、レンダーの一括により我に返った二機はドライデスへ一斉射、ドライデスは後方へ跳躍する事で回避、その間に二人は機体を反転させ駆け出していった。その二機が離脱したのと同時にハウザーは閃光弾を聖霊機へ発射、間近で炸裂したそれに視界を奪われる聖霊機を見やると、部下の援護へと駈け出して行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 二機のカイザール・デオがゼイフォンに対し、時には二機とも機銃を使用し、時には両碗のクローを飛ばし巧みな連係で襲い掛かる。バルドックに次いで堅牢な装甲を持つゼイフォン相手には機銃では効果が薄いと判断したのか、二機はクローでの攻撃に切り替え、二手に分かれる。そのうちの一機がゼイフォンへ正面からクローを突き入れるが、ゼイフォンはゼウレアーでその爪を難なく受け止める。

 

「もらったぁ!!」

 

 その間、機体重量を乗せるため、その機体を疾走させたバーキンの乗るカイザール・デオが背後よりゼイフォンへと迫る。外部スピーカーを出力させたままであった為、バーキンの大声が辺りに響く。

 

「させっか!」

「なに!!」

 

 だが一夏はゼウレアーを受け止めているクローを力任せに振り払うと、ゼウレアーを即座に水平に構え、スラスターを起動させ、そのまま一気に振りぬいた。

 

「ああああああ!!」

 

 その一撃で正面の機体の頭部をはねるとそのままの勢いで、背後にとびかかってきたカイザール・デオを薙ぎ払う。

 

「うっ、うおおおおおお!!」

 

 背後の敵には当てる事を重点に考えていた為か、刃はうまく機体に入らず機体を両断することは敵わなかったが、ゼウレアーの一撃により腰部がひしゃげ、転がっていくカイザール・デオ。それを追い、ゼイフォンが駆け出す。

 

「これで……なっ!!

 

 だが、飛び出したゼイフォンを何かが阻み、其れから放たれた斬撃を一夏はゼウレアーで受け止める。

 

「邪魔をさせてもらう。此処でこれ以上、兵を損失するわけにはいかんからな」

「こいつ! あの時の!」

 

 スピーカーから聞こえてくる声に一夏は声を上げる。それは間違いなくフラムエルク城で相対した相手であった。そんな一夏の同様とは関係なくレンダーは部下に指示を出す。

 

「バーキン、レシュ、時間を稼ぐ。撤退しろ」

「りょ、了解」

 

 レシュと呼ばれた方は頭部にカメラがあったのだろうか、コックピットハッチを開け、外部を確認しながら薙ぎ払われたバーキンの機体を抱き上げるとよろめきながら撤退を開始する。

 

「くっ……」

 

 機体のスラスターを吹かせ見る見る遠ざかっていく相手を見て、一夏は悔しそうに声を漏らす。その瞬間、目の前の相手から意識が反れ、ゼウレアーを握る力が緩む。その隙を逃すほど目の前の相手は甘くなかった。ハウザーがその左拳をゼイフォンの腹部に突き入れると、大きくよろめくゼイフォンへ右手に持った剣を即座に切りかかり、縦一文字にその剣を振り下ろす。

 

「うあああ!」

 

 斬撃を受けたものの耐え切るゼイフォン。大きく揺れるコックピットで相手を見据えゼウレアーで切り付けるが、その一撃を後方へ跳躍し交わすと間髪入れずにハウザーをゼイフォンへ踏み込ませ切りかかる。

 

「くぅ!!」

 

 連続で切りかかってくるハウザーの攻撃をどうにか一夏は捌く。いまだに決定的な一撃はないが確実に押され始めている。

 

 装甲も出力もゼイフォンとハウザーでは圧倒的な差はある、先ほどのカイザール・デオと比べてもそれほど突出した性能差ではないだろう。だが、それを補って余りある技量と経験が相手にはあるのだろう。

 

「はあ!」

「ふん!」

 

 起死回生の為にゼウレアーを振るう一夏だが、相手はそれ回避すると、ゼイフォンに右腕に持った剣を振り下ろした。

 

 だが、再び直撃かと思われたその一撃は即座に出されたゼイフォンの左前腕で弾かれていた。機体の強度が想像以上であった事に一夏はほっと胸をなで降ろす。だが、それも束の間、目の前のレンダーより声が掛かる。

 

「ふん、この程度の技量で戦いに出るとはな……」

「く……」

 

 少なくともゼイフォンを使いこなせていないのは事実、少なくとも、今の一撃を受け止められたのはゼイフォンの装甲強度故だった。それを実感しているだけに、一夏はレンダーの言葉に悔しそうに顔を顰める。

 

「聖霊機を手に入れ、強くなった気でいたか」

「く、う……」

「少なくとも……お前はまだ、未熟だ……」

 

 相手から掛けられた言葉は一夏の心を大きく抉った。強くなった気でいた事もあるし、未熟であることなんて、言われなくても分かる。少なくとも戦う事、相手を殺す事を悩んでいるが、戦場に出れば殺さずに加減が出来るほどの実力と余裕が一夏にある訳もない。

 

「分かっているさ、そんなことは!!」

 

 図星を突かれた怒りの余り、曲刀を振り払い、ゼウレアーで力任せに切り付けるが、振り下ろされた剣をハウザーは難なく受け止める。

 

「ふん、図星だったか? だが……何!!」

 

 その姿勢のまま、更に言葉を続けようとしたレンダーだが、その言葉を言うことなく、右前腕が撃ち抜かれた。撃ち抜かれた右手は手に持っていた剣と共に地に落ちた。

 

 だが、手が撃ち抜かれた直後、ハウザーは目の前のゼイフォンを蹴りつけ、そのままの勢いでスラスターを吹かせ、即座にゼイフォンから距離を取る。直後、先程までハウザーが居た場所に光弾が二発、三発と打ち込まれる。

 

「ちっ」

 

 撃ち込まれた光弾を回避すると、レンダーはその射線の先を見る。その視線の遥か先、小高い丘の上にいるビシャールが、その両腰に搭載されたライフルでハウザーの腕を撃ち抜いたのだ。

 

「イチカさん!!」

「ほぅ、この距離で当てるか……」

 

 口ではそう褒めるものの、続けて放たれてくる光弾をステップで簡単に回避しながらビシャールとゼイフォンを見やると呟いた。

 

「確実に力をつけてきてはいる。だが……」

「くっ、当たらない!」

 

 言いながら更に放たれた弾丸を避けるレンダー、狙いはどうやら機体の末端の様だ。それゆえにレンダーには読めるのだ。一夏ももとより、セシリアもやはり、人を撃つことにはためらいがあるようだ。その心を読んだのか、不敵な笑みを浮べつつ操作を続けるレンダー。

 

「討つ気があるならば、容易に決着をつけられたものを……む?」

 

 だが、機体からのアラームにより回復したバルドックとドライデスが接近してきている事を確認したレンダーは潮時を悟る。

 

「今の戦力ではこの程度か……」

 

 少なくとも今回の戦いでレンダーが感じたのは装兵機と聖霊機の差である。聖霊機は素人が乗り込んでも歴戦の兵を上回るほどの性能を発揮できるのだ。計画の発動から僅か三年だというのに恐ろしい程の完成度だ。数回、聖霊機との戦闘を行いレンダーは強く感じていた事だ。

 

「やはり、装兵機の強化は急務か」

 

 その事実を改めて認識し、顔を顰め呟く。同時にハウザーの両肩の装甲が開き、そこに現れたのはミサイルポッドだ。それを無秩序に乱射、至る所に着弾したそれは、粉塵をまき散らし、視界を塞ぐ。そして煙が晴れた時にはもう、機体の姿は跡形も無い。テロリストの機体の残骸がない事からミサイルは味方を避ける様に放たれた様だ。

 

「ジャミングですか……」

 

 先ほど放たれたミサイルの中に紛れていたのだろう。聖霊機のレーダーに異常が生じているため、自機のメインカメラで周囲を索敵したアーサーが口を開いた。

 

「ああ。セシリア、そっちは?」

 

 こちらよりも見通しの良い場所にいるセシリアに問いかけるクロビスだが、通信機から悔しそうなセシリアの声が聞こえる。

 

「申し訳ありません。逃げられましたわ……」

 

 どうやら振り切られたようだ。再度、周囲に敵機が居ないのを確認した各機はスラスターを吹かせ、上空のリーボーフェンへと帰還するのだった。

 

 

 

 

 

 

「アーサー、ちょっといいか?」

 

 格納庫へと自機を戻した後、機体を降りたクロビスは真っ先にアーサーのもとへと駆け付ける。その表情は普段の様子からは考えられない程、暗いものだ。対するアーサーも考え込んでいるのか、険しい表情で彼を出迎えた。

 

「あのテロリスト達の事ですね?」

「ああ。あいつら……いや、違うな。テロリスト達は聖霊機を確かに狙っているようだが、あのレンダーと言う男は違う。あいつは聖霊機と言う枠じゃなく、俺達二人を目の敵にしていた」

「……そうですね」

 

 クロビスの問いかけにアーサーは思案する。先の戦いにおいて彼、レンダーはゼイフォンやビシャールには眼もくれず、真先に自分たちを狙ってきた。テロリストが聖霊機を標的にしているのは確かだろうが、あのレンダーという男には独自の考えがある様に二人には見受けられた。

 

「今まで、聖霊機が城の外で大規模な戦闘をしたことは、ここ数回のジグリム軍以外は無い……思い当たるのは」

「三年前の演習……ですね」

 

 彼らに思い当たる節は一つだった。一夏とセシリア、クロビスとアーサー、前者に無くて後者にある物は、聖霊機が初めて戦闘を行った三年前の演習だ。ヨークの国境付近にてジグリム軍の部隊と遭遇、その果てに小競り合いにまで発展した事件だ。

 

「ああ……あの時、俺たちは初戦闘だったこともそうだが、メリッサをやられた事で他の事を考える余裕がなかったが……あの時、確か……」

「近隣の村にかなりの被害が出ていたと……後で聞きました」

 

 クロビスの言葉にアーサーは苦い顔をしながら応える。

 

「その村の生き残り、もしくは関係者と言う事か」

「ええ……」

 

 その答えに行きつき二人は一様に表情を暗くする。少なくとも彼らは自分たちの負債を新しい仲間に背負わせたくないのだ。

 

「……何とか、話してわかってくれればいいんだがな」

「ですが……」

 

 答えるアーサーの顔は暗い。レンダーの様子から察するにその可能性は低いだろう。少なくとも、もう謝罪が通用する様な事態ではない事は明白だった。もし、必要ならば自分たちの手で、そう心に刻み、覚悟を決める二人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい……いつまでこうしている気だ?」

 

 場面は変わり、ここは何処かの空間。薄暗い室内ではバイザーを付けた若い男が椅子に座り苛立たし気に膝をゆすりながら、対面に座る目を閉じた髪の長い若い女性に問いかける。

 

「……今は彼が動いています。連絡があるまで待ちなさい」

 

 対して彼女は窘める様に男へ返答する。その態度が気に食わないのか、舌打ちすると今までため込んでいた不満を吐き出していく。

 

「待てったっていつまでだ? その連絡ってのは、いつ来るんだ? 俺達にはこうして待機させて、あいつ自身は連絡すら滅多に寄越さねえ。もう埒が明かねえ。いい加減、俺達も動くべきなんじゃねえか? このまま任せて置いたらいつになるか……」

「今ここで……しくじる訳にはいきません。今はまだ、耐えるべきです。それに、あなたは……」

 

 だが、彼女はその言葉と共に、その閉じられた目で彼に対し強い非難の意思を向ける。以前に彼が動いたことで何かあったのだろうか?

 

「だから言ってんだ。幸い、あれと奴は聖地に向かってる。それにこのまま何も成果を出していなかったら、デビッシュ博士が合流した時にお前も合わせる顔がねえだろ。何、うまくやれるさ……もう奴は、いねえんだからな……」

 

 その彼女に自嘲気味に言いながら話す男性、バイザーで詳しく確認できないが、笑みを浮べながらも、どこか愁いを帯びた表情で男は詰め寄る。対して女性は男の提案に暫く思案すると口を開いた。

 

「……わかりました。彼から連絡があったら、私からうまく言って置きます。くれぐれも……」

「ああ、わかってる。しくじりゃしねえよ」

 

 女性からの返答を聞くと、今度は一転、明らかに愉快そうに笑うと勢いよく席を立ち退室していく。一人残された女性は男の変わり身の早さを見て、深くため息をついていた。

 

 

 

 一方、室外では外では扉に背中を預けながら笑っているのだろう男は体を小刻みに震わせている。中の女性に聞こえないようにするためか、俯き口元を手で覆うが、隠しきれないのか、微かに笑い声が漏れる。

 

「くっ……くくくくっ。ついに来たな……この時が」

 

 やがて、耐え切れなくなった笑いが辺りに響くと最早隠すつもりはないのか、手を降ろすとこれからの事を想像し量の拳に力を込める。そして顔を上げると口元に獰猛な笑みを浮べ、暗い通路を進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リーボーフェンが飛び立った後の湖の湖畔、そこでベルンストは変わらずに釣り糸を垂らし続けていた。暫く船が飛び立った先を眺めていたが、今は釣竿を片手に何処かに通信をつなげている最中であった。

 

「いえいえ、仕方ありません。 あなたの所為ではありませんし、彼の気持ちも理解できます。ええ、では……まだ、しばらくは戻れそうにありませんので。はい、よろしくお願いします」

 

 そして通信を切ると考えるようなしぐさを取るベルンスト。

 

「ふむ……やはり、彼は我慢できなかったようですね。まあ“あれ“との因縁を考えれば、仕方ありませんね。よっと……おや?」

 

 考えるようなそぶりを見せたものの、その人物を知るベルンストにしてみれば内心では予想通りと言ったところなのだろう。すぐに思案を説き、垂らしていた糸を引いたベルンストはそれに気が付いた。手に持った竿に、僅かだが抵抗があるのだ。

 

 ベルンストが少し力を籠め、竿を引くと……そこには先程まで隣で釣りをしていた人物の釣り上げた物よりも小ぶりではあるが、魚が一匹食いついていた。自身の初の釣果をまじまじと見つめながら、ベルンストはポツリと呟く。

 

「ここに来てやっと釣れましたか……ふむ、初めてやりましたが、趣味にしてみるのもいいかもしれませんね」

 

 先ほど言った言葉は方便だったのか、そんな事を言いがら竿を仕舞うと湖に背を向け立ち上がる。それに反応した様に巨大な振動が、その場を、そして背後に広がる湖面を揺らす。

 

「イチカ・オリムラ君にマドカさん……実に興味深い関係の様ですね。まったく、彼は何をやっていたのやら……」

 

 先程出会った二人を思いながら、自身の過去の記憶に残る、一人の人物へと思いを馳せる。そして、その言葉を発すると共に、大量の水しぶきをまき散らしながら、彼の背後に巨大なナニカが姿を現す。

 

「お二人をもっと調べてみたいですが……まあ、今は私のやるべきことを果たしましょうか」

 

 そして、ベルンストがそれに乗り込むとその巨大な姿は幻のように消えていった。まるで、初めから何もいなかったかのように。ただ、捨てられた一匹の魚だけが、そこに誰かが居た事を物語っていた。

 




 原作と違い、オズヴァルドには此処で退場してもらいました。

 ベルンストとの会話は本当に悩みました。原作のやり取りは好きなので持って来たいのはやまやまですが、それはやれないので。原作のあの会話の深さが再現できませんでした……作者の頭ではこの辺りが限界です。

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