折木奉太郎は所属する古典部の部長である千反田えるから、4月1日に年度初の部活動を行うので来て欲しいと頼まれる。渋々部に顔を出した奉太郎だったが、エイプリルフールにちなんだ「嘘を見抜く」というゲームに参加することになってしまった。

氷菓を原作とした、エイプリルフールにかこつけた短編二次小説。


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嘘をつこう!

 

 

 春休みという期間は実に素晴らしい。夏休みほど暑くないためにだれることもなく、冬休みほど寒いこともないために凍えることもない。

 それ自体はまあそこそこ喜ばしい事だ。が、問題はそこと別なところにある。「やらなくていいことなら、やらない。やらなければいけないことなら手短に」という省エネ主義の俺のモットーに則れば、春休みというものは家でゴロゴロしながらのんびりと過ごすための休暇に他ならない。

 だがそんな春休みでも1日だけ登校しなくてはいけない日というものがある。それが離任式だ。今日(こんにち)では行われない学校も多いが、なぜか伝統ある我が神山(かみやま)高校では当然のように年度の最終日に行われ、生徒はその日登校日となる。これまで世話になった教員への感謝の気持ちを込めて、という体裁を取っているが、実際のところ世話になった教師などさほどいるわけでもなく、俺にとってはエネルギーの浪費に他ならない。式自体どう始まってどう終わったか、そもそも誰が異動になるかも把握していない。俺にとっては形骸化された式を終え、さて帰って寝ようと思いながら昇降口まで行ったところで、俺は1人の女子に捕まった。

 俺が所属している古典部部長の千反田(ちたんだ)えるだ。どうやら俺が真っ直ぐ帰ると踏んで昇降口で待ち構えていたらしい。さすが1年も行動を共にしているといい加減に思考ルーチンが読まれてくるというわけか。

 

「どけ。帰る」

「ダメです! 1年生で最後の、古典部の活動を行いましょう! 福部(ふくべ)さんも摩耶花(まやか)さんも部室に来ると言ってくれました!」

 

 確かに今日は年度最後の日、3月31日。日付が変われば俺たちは2年になる。だがそれがどうしたというのだ。別にどうでもいいじゃないか。

 

「面倒だ。帰る」

「それはあんまりです、折木さん!」

 

 ……このお嬢様は目の前のことで頭がいっぱいになると、どうも周りが見えなくなるらしい。今こいつは帰ろうとする俺の袖を必死に掴み、そう訴えて来ていた。……これから帰ろうという生徒の多い昇降口で、だ。

 当然周りの人間達が何事かと俺たちを怪訝な目で見てくる。こういうのは話題好きの高校生からすると「痴情のもつれ」とかという形に尾びれ背びれが着きかねない。ましてや、千反田はそれなりに名の知れた名家の娘なのだから、そういう噂話はよろしくないだろう。……と、なぜ俺がそこまで気を回さねばならないのだ。こんなのは本当は俺の仕事の範疇じゃない。

 とはいえ、ここでこれ以上揉めるのは勘弁したい。加えて、こうなったこいつはもうテコでも動かない。ため息をこぼして面倒くささを限界までアピールしつつ、俺は仕方なくこいつの主張を聞いてやることにした。

 

「……わかった。行くよ。行けばいいんだろ」

「ありがとうございます!」

 

 整った千反田の顔の中で唯一不釣合いな大きな目がさらに見開かれ、こいつは俺に頭を下げる。いえいえどういたしまして。でもやはりここではやめてくれ。

 

「……ただな、千反田」

 

 まあ思うだけではこいつに伝わらないだろう。現に俺の目の前で「何でしょう?」とばかりに首を傾げている。

 

「少しは場所を考えろ。こんな人の多いところで大声出すな」

 

 俺に言われて初めて気づいたとばかりに「あ」と千反田は間の抜けた声を上げた。それから顔を真っ赤にして回りにいた人間にひたすら頭を下げ始める。

 まったく俺の平和な春休みを返してくれ。そうも思ったが、一度了承した以上、それに対して腹を立てるのも馬鹿馬鹿しいというか、疲れるのでやめることにする。俺は1度降りた階段を再び上るというとんでもなくエネルギー効率の悪いことを行い、特別棟の4階まで行くこととなった。

 

 

 

 

 

 かくして1日が明け、この日をもって俺は晴れて高校2年生へと進級した。おめでとう、俺。

 まあそこまでは何の問題もない。問題は()()()学校に行かなければならないということだ。

 何が悲しくて春休みに2日連続で学校に行かななければならないのか。昨日「1年生」最後の特に何をしたでもない部活動を終えた後、あろうことか千反田は声高らかに宣言しやがった。

 

「今日で、1年生での古典部の部活動は最後になります。では明日、2年生として最初の部活動を行いましょう!」

 

 無論俺は異論を唱えて反対票を投じた。だが結果は賛成2票反対1票棄権1票。なお、その棄権は議長を務めたはずの千反田のものではなく「僕は明日総務委員で来なくちゃいけないんだけど、そこで賛成を入れると皆に来いと強制してるみたいで気が引けるから任せるよ」と言った里志(さとし)の票だ。本来議長に投票権はないはずで、千反田の1票は棄権に入るべきだろうと俺は異議を申し立てたが、あえなく却下された。里志曰く「『議長決裁』というのがあってだね」とかなんとか言っていたが、要するに可否同数の場合は議長の最後の1票で決まる、と言うことらしい。それ以上その場で反対するのも疲れるので諦めて昨日は帰ることにした。

 

 だがやはり1年も一緒にいると俺の思考ルーチンは読まれているらしい。昼前に1本の電話で俺は起こされた。家には誰もいないらしい。寝ぼけつつ出ると、相手は千反田だった。

 

『折木さん、約束ですからね! 来て下さいね! 昨日了解したフリをして今日サボるなんてのはダメですからね!』

 

 あいつは俺が今日行かない気でいることをわかっていやがった。まったく行動を読まれているようでどこか腹立たしい。だがここまで念を押されて行かないというわけにもいかんだろう。ああ、やむなきことかな。時間ギリギリまで我が家でくつろいだ後で、明日からは平穏な春休みが戻ってくることを信じ、俺はまだ肌寒さの残る外への扉を開けた。

 

 

 

 

 

 案の定、部室に着いたのは俺が最後だった。時計を見れば集合時間より若干遅れたか。まあ特に何をするわけでもない部だ。遅れたところで別に構わんだろうと思いつつ、適当に部屋に入ると、

 

「遅い!」

 

 予想に反して文句が飛んできた。こんなことを言ってくる部員はここには1人しかいない。小学校中学校と9年間同じクラスで、高校になってようやく別なクラスになった伊原(いばら)摩耶花だ。

 小学校の頃から変わらないような童顔の癖に口だけは悪い。とはいえ、同時にこいつの場合は自分に対しても厳しいため、ある意味釣り合いが取れてはいると言えるが。

 

「遅くない」

「遅いわよ! ちーちゃんが指定した時間からもう3分も過ぎてるじゃない!」

 

 ちーちゃん、とはこいつの千反田に対する呼び方だ。それはさておき、俺自身若干遅れたことは自覚している。しかしたった3分だ。来ないよりは遥かにマシだろう。

 

「摩耶花、それはホータローに対しては欲張りすぎと言うものだね。来ただけでも儲け物、と考えないと」

 

 なっているようでなっていないフォローをしたのは福部里志。なんと伊原とは紆余曲折あった末に恋人関係だ。

 

「だってさ、ふくちゃん。わざわざちーちゃんが来る前に電話をかけたっていうじゃないの。それなのに折木の奴は遅刻して来たのよ!?」

「電話がなかったら来なかった」

「ほらね。だからあのホータローが来ただけでもこれは驚くべきことなんだよ。『強欲』は罪さ」

 

 良いことを言う。人間慎み深く生きるべきだ。欲張りすぎはよくない。

 

「でもこうでも言わないと、いいえ、言ってもこいつは……」

「だからそれが『強欲』だよ。それにそうやって腹を立てること自体浪費なのさ。……と、ホータローなら言うだろうね」

「言うだろうな。怒ると疲れる」

「あんたの場合怒れないだけでしょ!」

 

 失敬な。俺だって……。と、思ったところで気づいた。こんなやりとり前もやったな。不毛だ。

 

「あ、あのー……。そのぐらいにしませんか? なんだか以前にしたような話になってきましたし、私は別に怒ってませんので……」

 

 さすが記憶力抜群の千反田だ。そこに感心すると同時に、うまくこの場を仲裁してもいる。いや、仲裁というか伊原が勝手に癇癪を起こしてただけだが。

 

「で、2年生になって初めての古典部の活動はいいが、何をするんだ?」

 

 俺はいつも通りの席に座りながら千反田に問いかける。それに対してあいつはにこやかに微笑み、あっさりこう返した。

 

「はい。特に考えてません」

 

 やっぱりサボればよかった。抗議の意味も込めて俺は大きくため息をこぼし、どうせこうなるだろうと予想して持ってきていた文庫本を鞄から取り出す。

 

「いや、それはまずいね、千反田さん」

 

 が、そこでそう口を挟んできたのは珍しいことに里志だった。奴の顔には何やら意味のある笑みが張り付いている。まあそれはいつものことと言ってしまえばそれまでだが。

 

「あ……。そうですよね……。せっかく皆さんを集めたんですから……」

「いやいや、責めてるわけじゃないよ。僕としては、どうせなら期間に合わせたネタで何か話すのはどうだろうか、ということを提案したいのさ」

「期間に合わせたネタ……?」

「2年生になっての抱負を言い合えとか言うなら、俺は辞退するぞ」

 

 里志の提案を聞き流し、注文をつけつつ俺は文庫本を開く。どうせ意識半分で聞けるような話だ。

 

「そうじゃないさ。……そういえば、去年入学した手の頃、ホータローはその手の宿題で随分苦心してたね?」

「知らん。忘れた」

「まあ安心しなよ。そういうことを言ってるんじゃない。……皆、今日は何月何日かわかってるよね?」

「4月1日でしょ? だから年度の変わる今日から私たちが2年生になるわけじゃない」

「そういえば、4月1日生まれの方は早生まれとして1つ上の学年に組み込まれるそうですよ」

 

 珍しく、里志がつまらなそうな顔をした。こいつとしてはああいえばわかるものと思ったのだろう。だがこいつらは乗ってこなかった。当てが外れた、というやつだ。

 

「エイプリルフールだから、何かしようって言うのか?」

 

 仕方ないから俺が助け舟を出してやった。出してはやったが、視線は既に文庫本の活字を追っている。

 

「ああ、そういえば今日はそうでしたね」

「お、折木がまともなことを言った……。忘れてたわ……」

 

 これまた失敬な。普通は4月1日と言われればそっちを真っ先に思い浮かべるぞ。……というのは俺の経験則からかもしれないが。

 何を隠そう、うちの姉貴は俺がまだ小さかった頃は4月1日といえば何かと本当っぽい嘘を平然とついて散々俺を騙してきたわけだ。さすがにここ数年は耐性が着いたし姉気も家にいることが減ったのでそういうこともないが、ガキのころはそれは見事に嘘に騙され、馬鹿にされたものだった。……いや、よく思うと4月1日以外にも嘘つかれてないか? まあ別にもうそんなのは日常茶飯事で気にもしてないが。

 

「とにかく、今日はホータローが言ったとおりエイプリルフール。嘘をついてもいい日、だ。だったら、互いに小話でもして、何が嘘かを見抜く、というゲームでもするというのはどうかな?」

 

 ……めんどくさい提案をしやがって。ほら見ろ、千反田がものすごく興味を魅かれたような目をしているじゃないか。

 

「それは面白そうです! ……あ、でも確か、エイプリルフールで嘘をついていいのは午前中限定では……。もう午後になってしまっていますが……」

「そういう細かい事は言いっこなしだよ。だったら、この国じゃないどこかの世界の午前中を基準ってことでどうだい? そもそも今日日(きょうび)、この日は嘘の情報で溢れる日だ。少しは大目に見てもらいたいね」

「……それもそうですね!」

 

 なんてこった、千反田が納得しちまった。決まりだ。これで例え俺が異論を唱えてもこの場で2人賛成者がいる時点でこれは押し通される。伊原もまんざらでもなさそうだし。ならやるだけ無駄な異議申し立ては取り下げさせてもらう。「やらなくていいことなら、やらない」だ。

 それに話を聞き流しておかしいところを突っ込めばいいだけ、だろう。なら別に本を読みながらでもいい。俺の番が回ってくるまで、適当に今読んでいる本を読み進めながら考えることにでもしよう。

 そう思っていると、里志はわざとらしく咳払いをした。そして「では、僭越ながらまずは僕から」などと前置きをし、話を始める。

 

「……今日はいい天気だ。外に出てまずお天道様に感謝したいと思ったよ。2年生として初めての日を、こんな良い天気の日で迎えられて僕は嬉しく思う。そんな僕を祝福してくれるように綺麗に咲いた桜も……」

「待ってください、福部さん。まだ桜は咲いてませんよ」

 

 千反田め、饒舌に話す里志の腰を完全に折りやがった。里志にしては珍しくムッとしたような表情が浮かぶ。まあ無理もないだろう。こいつは話が上手いのは事実だ。だがそれを始めて、段々と気分が乗ってくるところでいきなり冷や水を浴びせられたのだ。奴としては今の部分を「嘘」にしたかったのかもしれないし、それをブラフに何かを仕組むつもりだったかもしれない。兎も角、今の千反田のせいで全てが水泡だ。

 

「……千反田さん、ゲームのルールを忘れてないかい? 何が嘘かを見抜く、だよ」

「ええ、承知してます。ですから、桜はまだ咲いていない、と言ったんです」

「出来ることなら一通り話を終えてからにしてもらいたいな。……少しネタ晴らしになっちゃうけど、何もつく嘘はひとつと僕は限定した覚えはないからね」

「な、なるほど……。それは申し訳ないことをしました……」

「まあいいさ。……とりあえず続けようか」

 

 ふむ。今の言い草、里志は「嘘はひとつじゃない」という方向で進めるつもりか。だとすると本を読みながらではその全てを見抜くのは難しいかもしれないな。

 

「どこまで話したかな。そう、僕を祝福してくれるように綺麗に咲いてた桜も……いや、もう千反田さんに突っ込まれたからそこはいいか。綺麗に咲いてた梅も見事だった。春の陽気に誘われて、僕はスキップでもしたい気分で学校まで来たよ。そしてグラウンドで汗を流す運動部員に敬礼。ホータローならこう思うだろうね、『なんとまあエネルギー消費の大きな生き方だ』ってね」

 

 やかましい。先を続けろ。

 気づけば俺も本を閉じてあいつの話に聞き入っていた。狙い通りとばかりに奴は俺を一瞥して目元だけで笑ってみせた後で続ける。

 

「昇降口のところで1人の先輩に会ったよ。皆も知ってる人じゃないかな、『女帝事件』では推理と呼べるかも怪しい、すさまじい持論を展開してくれた沢木口先輩。相変わらずお団子3つというすごい髪型で思わず見ちゃったね。そんな僕に気づいたか、ウィンクしてみせて、彼女は特別棟のほうへ行ったよ。そういえば天文部だったっけ。今日活動してるのかな。

 そんなことがあった後で、僕は古典部の部室であるここへと来たってわけだ。部屋の中にいたのは千反田さんと摩耶花の2人。多分千反田さんが最初だっただろうけど、僕は3番目にこの部屋に現れた、と言うわけだね。

 ……さ、僕の話は以上だ。ご清聴ありがとう。では諸君、考えてみてくれたまえ」

 

 まるでどこかの中世貴族が挑戦するかのような口調で、里志はそう話を締めた。

 ……なるほど、なかなか面白い。少なくとも俺はそう思った。では千反田と伊原はどうか、と見てみると、そんな余裕はなく、考えることに集中しているらしい。

 

「……ホータロー、その顔、まるで完璧に答えがわかったみたいだね」

「まあ、一応な」

「ええ!? 本当ですか、折木さん!?」

「待った、ちーちゃん。いきなりこいつにいくのはどうも腹の虫が収まらないわ。私たちで考えられるところまでは考えましょう」

 

 さいですか。ではせいぜいご健闘を。俺は一旦閉じた本を開いて続きを読み始める。部屋の中に唸り声とともに沈黙が訪れ、そのせいか外から聞こえてくる運動部の掛け声がよく聞こえた。

 

「私としては沢木口先輩のところが怪しいと思うんだけど……ちーちゃんはどう思う?」

「私もそこは怪しいと思います。もっとも捏造しやすい部分はそこだと思いますから。ですが、髪型は独特ですし、そこに代表されるように性格もかなり風変わりな方ですから、ウィンクしてくるとかもやりかねないかと思います。そもそも見かけていない、という可能性は否定できないですが……難しいですね」

「でもさ、さっきふくちゃん『つく嘘をひとつに限定した覚えはない』とかっても言わなかった?」

「そ、そうでした! ……ああ、もう全然わかりません」

「いや、でもふくちゃんのことだからそれは私たちをひっかけるための方便かもしれないし……」

 

 あーでもないこーでもないと2人は頭を悩ませていた。俺はもう考えがまとまっているので関与しない。里志は普段通り笑顔を張り付けつつ頭の後ろで手を組んで、そんな様子を眺めていた。

 

「……で、まとまったかな?」

 

 さすがに痺れを切らしたか、里志は2人に答えを促した。一旦視線を交わして互いに頷き、口を開いたのは千反田だった。

 

「沢木口先輩がウィンクを残して去って行った、と言う部分が怪しいと思います」

「その根拠は?」

「こ、根拠ですか?」

 

 里志に突っ込まれて千反田が狼狽する。どうしようと伊原へ助けを求めたが、考え込んでいた伊原は伊原で突拍子もないことを言い出した。

 

「……そんな簡単に女の色目に(うつつ)を抜かしてたら、私が承知しないから」

 

 おうおう、見せ付けてくれるじゃねえか若いの。里志が要求した「根拠」としては根底から破綻してるな。これには里志も苦笑い。

 

「うーん、そう言われちゃうと『間違ってる』とも言いにくくなっちゃうな……」

「じゃあ、不正解なんですか?」

「正解か不正解かで言われると、今の2人の答えは不正解だね」

 

 思わず千反田ががっくしと肩を落とす。さて、と今度は里志は俺の方を向きなおした。

 

「じゃあホータロー。君の意見を聞こう」

 

 本命、とばかりに里志は俺の方を仰ぎ見る。まあ元々自信がないわけではなかったが、今の里志の物言いで俺はより一層確信を強めた。しかしその前に一応確認しておこう。

 

「千反田。この部屋に来たのはお前が最初、次が伊原でそれから里志に違いないか?」

「そうですね。そのはずです」

「ホータロー、質問はちょっと反則じゃないかな」

「大目に見てくれ。それにこの部屋に来た正確な順番は最初に来た千反田と次に来た伊原だけが完全に把握してるということになる。最後に来た俺はもっとも不利だ。それは不平等だろう」

「……なるほど、一理あるね」

「遅く来たあんたが悪いんでしょうが」

 

 伊原の意見に対しては無視を決め込む。兎も角、里志の了承は取れた。そして、来た順番は千反田、伊原、里志、最後に俺と言うことで確定らしい。

 

「なら俺の考えはこうだ。最後に言ったこの部屋に来た順番、それから千反田に水を差されて桜から梅に直した部分。そこ以外、()()が嘘だ」

 

 千反田と伊原は驚愕の視線を、里志は変わらず目元だけ笑ったままの視線を俺に向けてきた。

 

「折木さん!? それはあまりに荒唐無稽ではありませんか!?」

「そうよ! 何でそう言い切れちゃうわけ!?」

「理由はいくつかあるが……。まあ順を追うか。まずなんだったか、『スキップでもしたい気分で』だったか? それは()()()()()

「だからなんでそう言い切れるのよ!」

「里志の趣味はサイクリングだ。ならあの立派なマウンテンバイクに乗ってここまで来てる、と考えるのが妥当だ。……お前、今日ここまでどうやって来た? 可能なら、これはエイプリルフールの特権抜きで答えてもらいたい」

 

 単刀直入な俺の問いに里志は一瞬苦笑を浮かべる。

 

「自分で自分の自転車を立派だと豪語するつもりはないけどね。そのマウンテンバイクだよ」

「だとするなら『スキップでもしたい』というのは少々疑問が残る言い回しだ。自転車に乗ってるなら……そうだな、『ウィリーでもしたい』とか……」

「……ウィリーはそう簡単に出来るものじゃないし、危ないからね」

 

 お前ならやりそうな気がするが。

 

「まあともかく、自転車に乗ってるのにわざわざ『スキップ』という単語を出す道理はない。『心躍る』程度でよかったはずだ」

「じゃあ次は? えーっと確か……」

「グラウンドで汗を流す運動部員に敬礼、ですね」

 

 さすが千反田。よく覚えている。

 

「運動部の活動だが、里志が学校に来た時点で見ていない可能性がある」

「だからその根拠は!」

 

 そうカリカリするな伊原。血管切れるぞ。

 

「……お前、昨日言ってなかったか? 今日は総務委員があるとかって。それで学校に来たのは早かったんじゃないのか?」

 

 里志は肩をすくめた。まるで「降参」とでも言いたいかのように。

 

「ご明察通り。お見事、さすがホータローだね」

「ああ、そういえばそう言ってました! 嘘を見抜こう、とばかり考えていてすっかり忘れてしまっていました。……じゃあ福部さんは登校時に本当に運動部の活動を見ていないんですか?」

「まあね。僕が来た時間ではまだ本格的に活動している部はなかったよ」

「それなのにどうしてふくちゃんはあたかも運動部が活動してるのを見たようにわかったのよ? 実際今は活動してるっぽいけど……」

「別に見るだけならここからでも見えるだろう」

 

 そう言って俺は背後の窓を指差した。ここは特別棟の4階だ。グラウンド、つまり運動部の様子がよく見える。

 

「もし見ていないとしても、連中の掛け声は否が応でも響いてくる。さっきの俺の質問、総務委員で早く来たということも合わせて考えれば『学校まで来てグラウンドに敬礼』というのは少々あやしい、と思ったのさ。

 さて、そこまで話がまとまれば最後の部分の答えは自ずと見えてくる」

「沢木口さんのところですね」

「ああ。総務委員で早く来ていたこいつはそもそも沢木口などという人物とと会ってすらいない。……もっとも、そこも『特別棟のほうに行った』という言い方がおかしいとも言えるが。特別棟はここだ。古典部の部室に来ようとすれば『行く』という言い回しは使わないだろうしな」

「なるほど、それもそうか。迂闊だった。……ちなみにホータロー、沢木口先輩は覚えてる?」

「知らん。忘れた」

 

 さっきの里志の説明まで本当に忘れていた。確か「女帝事件」とチョコレート事件でちょっと関わったような……。あと文化祭でわけのわからん料理を作ってた変な髪形の女の先輩だった気はする。が、あやふやなので覚えていない、でいいだろう。それにこのクイズにおいては些細な問題だ。

 

「兎も角、俺の仮説をつなぎ合わせると『福部里志は総務委員があったために早くにマウンテンバイクで神山高校を訪れた』となるわけだ。その場合、里志が言った話は最後の部室の話以外全て辻褄が合わないと思った、というのが俺の考えだ。だからそう言った」

 

 千反田が俺をしばらく見つめる。それから里志の方へと視線を移した。伊原は最初からそっちに目を向けている。腕を組んで目を瞑っていた里志だったが、数度頷き、両手を叩いて見せた。

 

「……いやいや、本当にお見事。まさか完璧な答えが出るとは思ってなかったよ」

 

 その称賛を俺は実にわざとらしいと思って捉えていた。結局のところ、俺がこれを当てられたのはやはり運でしかないのだ。

 

「理由を聞きたいね。どうしてここまで完璧にわかったんだい?」

「まずは、千反田が桜の件で突っ込んだ時、お前は『つく嘘はひとつとは限らない』と言った」

「ああ、そうだった。……千反田さん、とんでもないことをしてくれたよね」

「す、すみません……」

 

 本当に申し訳なさそうに千反田が謝る。あまりからかうな。こいつはお前の冗談が通じない、本気にするぞ?

 

「でも気にしなくていいよ。多分そこを抜いてもホータローは気づいただろうからさ。……決め手はそれじゃないんだろう?」

「まあな。千反田と伊原が出した答えに対してお前はこう答えた。『正解か不正解かで言うと不正解だ』と。そこで確信した。実にお前らしい言い回しではあったが、あれは『一部正解が含まれているが、大きな目で見れば不正解』と捉えて然るべきだと思った」

 

 満足そうに頷く里志。だが対照的に伊原はまだ納得がいってない様子である。

 

「……やっぱ納得いかない。なんかしっくり来ない」

「まあ摩耶花はそう思うかもね。多分他にも理由があるんじゃないかな?」

「……あるにはあるが、理屈じゃないぞ」

「それでもいいわよ。あるなら言ってよ」

 

 俺はため息をこぼす。端的に言えば「今の里志はこだわらないことだけにこだわるからだ」とでもいうところだろうか。数ヶ月前、まだ雪の降る橋の上でこいつは俺にそのことを独白してくれた。だが、それを引き合いには出せない。俺でもそれがいかに無粋なことかはよくわかっている。だから、以前こいつに言われたようなことをそっくりそのまま返してやろうと思った。

 

「嘘を嘘とわからせないために、全てを嘘で固める。それは実に福部里志好みなやり方じゃないか、と思っただけだ」

 

 やはり伊原は納得いかない様子で「ハァ!?」と言いたそうだった。千反田も何が言いたいのかわからなかったのだろう。首を傾げている。

 だが里志だけは違った。愉快そうに、普段顔に張り付けているような笑みと違って心から笑っていた。

 

「さすが! ホータロー、今のはいい回答だよ。まさに僕好みのベストアンサーだ!」

 

 さすがにそんなにべた褒めされるとは思ってもいなかった。いささか居心地の悪さと言うか、小っ恥ずかしさを感じ、俺は再び閉じていた本を開く。

 

「……ま、以上で僕の話はお終いだ。じゃあ次は千反田さんの番かな」

「え? 私ですか? ……そういえば、皆で小話を出し合う、という話でしたね。……どうしたものでしょう」

 

 そう言ったきり千反田はひたすら唸り始めた。俺と里志は互いに顔を見合わせる。

 まあまず無理だろうな。このお嬢様は嘘をつくということは絶対的に下手なはずだ。

 が、そんな俺の予想に反し、千反田は「出来ました!」と嬉しそうに声を上げた。……期待はしてないが聞いてみよう。こいつのセリフじゃないが気になる。

 

「じゃあ千反田さんのご自慢の作を拝聴させてもらおうかな」

「はい! では……。

 今日、私が学校に登校しようとしているときのことです。道を歩いていると、なんとお腹の大きな女性の方が辛そうに歩いているではありませんか! これは大変と私は声をかけました。すると、『病院に行こうと思っていたけど、もう子供が生まれそうだ』と。一大事です! 慌てて私はタクシーを呼び、その方を病院まで連れて行っていただくようお願いしました。そんなわけで、私は今日部活に来るのが遅れてしまいました。

 ……さあ、これはいかがでしょう!?」

 

 ……いや、いかがでしょう、と言われましてもですね。

 

「えーっと……どうしよう、ふくちゃん?」

「そうだね……。ここはホータローの意見を聞こうかな……」

「……答えてやれ伊原」

「なんで私に返してるのよ」

 

 キャッチボール、不成立。俺が投げたボールは受け取りを拒否され転々と地面に落ちてしまった。

 

「えっと……それで回答者は折木さんですか? はい、いかがでしょう?」

 

 ハァ、と俺は大きくため息をこぼす。そしておそらく根本的に勘違いしているであろうお嬢様に優しく教えてあげることにした。

 

「千反田、それは学校に遅刻した時の言い訳のテンプレートだ」

「……え!? そうなんですか!? ……以前、クラスの朝のホームルームに遅刻して来た時にそう言っていた人がそれなりにいたものですから……。それが嘘だとはわかったので、こういう時に使ってみるのはどうかと……」

「それに、大体それを言う人は信じてもらえないよ」

「ちーちゃんは真面目だし純真だからね……。まあ仕方ないけど……」

 

 里志と伊原の連続コメントを参考にしようと聞いていた千反田だったが、次第に顔に赤みが増していく。

 

「福部さん、摩耶花さん! それ褒めてませんよね!?」

「私は褒めてたよ? ……半分ぐらい」

「僕は……ノーコメントかな。はは……」

 

 からかわれた、と判断したのだろう。珍しく千反田は両手を振って抗議する。

 

「あんまりです! じゃあどこが悪かったか教えてください! あと、どこが嘘かも言われてません!」

「うーん、どこが、と言われても……」

「……折木、答えなさいよ」

 

 なぜ俺が。

 

「私とふくちゃんはちーちゃんのことからかっちゃったし、矛先が向いて無いのあんただけだから」

 

 へいへい。尻拭いをしろと。

 まあいいか。実際あの言い方はよろしくないのは明らかだが、どこが、と突っ込まれると案外理屈付けにくかったりする。……気がする。

 なぜならそもそもが胡散臭いからだ。そんなものをいちいち理屈付けて考えようとはしないだろう。だが、目の前のお嬢様は「胡散臭い」では信用してくれそうにない。一応、千反田をそれなりに納得させるぐらいは出来るだろう。

 

「まあまずは、2人の言うとおりそれは遅刻者の、通用しない言い訳のテンプレートだ」

「折木さん!」

「わかったよ、真面目に答えてやる。嘘の部分を指摘すりゃいいんだろ? なら、そもそも、お前はここに遅れていない。……いや、これはテンプレートをそのまま使ったからそうなっただけか」

「あ……。そうですね……。そこだけでも変えるべきでした」

 

 しかし残念ながら、変えても焼け石に水だがな。

 

「百歩譲ってそこに目を瞑ったとして、『妊婦が歩いていて子供が生まれそうと困っていたからタクシーを呼んだ』。こいつはいただけない」

「なぜです?」

「俺は女じゃないからよくわからんが……。出産時期が近いのにわざわざ歩いて病院を目指すか? 家からタクシーを頼めばすむことだ」

「……急に陣痛が来たかもしれないじゃない」

 

 なぜ絡む、伊原。人に解説丸投げしてそれか。

 

「だとしても、さっきの話だと最初から病院を目指していてその途中で千反田が見つけた、という流れになっている。身重な女性が()()()病院まで行くというのは、少々首を捻る話だ」

「な、なるほどです……」

「全くもってホータローの言うとおりで、だから大抵遅刻者の言い訳としては『困っているお年寄りが』とか、『車に撥ねられた人の応急処置をしていて』とか、事前に予測できない急病を患った人辺りを引き合いに出すのさ。僕なら『道端で急に倒れたおじいさんを助けようと救急車を呼んで来るまで声をかけていたので遅れました』って言うかな」

 

 ……それでも教師には信用してもらえないだろうな。そういうもんだ。どうせ通じないなら無駄なことを考えず、俺は素直に答える。「寝坊しました」と。

 

「そういうことですか……。嘘をつくというのは難しいですね……」

「別につかなくていいなら、それにこしたことはないよ。千反田さんは元々そういうところ苦手そうだしね」

「そうですね……。勉強になりました」

 

 なぜかそれで千反田はニコッと微笑む。……ま、こいつが嘘をついてもすぐばれるだろうし、そもそもつかないでいいだけの強みがあるだろうから問題ないだろう。

 

「で、次は摩耶花だろうけど……。無理だよね?」

「……うん、無理」

 

 尋ねたのは里志だった。さすが仲のよろしいおふたり。心が通じ合ってるようで。ま、こいつの場合千反田以上に嘘をつくということが向いていない、というより出来ないのだとは思うが。

 

「なぜですか、摩耶花さん?」

「私さ、嘘つくのってどうもダメなの。さっきのちーちゃんみたいなのもつけないって言うか……。多分遅刻したら素直に『寝坊した』とか『道に迷った』とか言っちゃうと思う。なんか……嘘つくの自体がダメなんだよね。罪悪感覚えちゃう、っていうか……」

「悪いことではないと思いますよ。私も今日はエイプリルフールだと言うことでさっきはああいうことを言いましたが……。それでも、なぜか良心がどこか痛みました。ですから、私は無理強いはしたくないです」

 

 里志もうんうんと頷く。ま、たかがゲームだ。「やりたくない」と言ってる女子に無理矢理嘘をつかせるというのもあまりいい趣味といえないだろう。アクは強いが真面目で自分にも他人にも厳しい伊原だ。仕方ないと言えばないのかもしれない。

 

「ごめんね。ありがと、ちーちゃん、ふくちゃん。……そういうわけだから、折木、あと締めて」

 

 前言撤回。こいつは自分にも他人にも厳しいが、それ以上に俺に対して厳しい。というか、当たりが強い。

 自分は無理、でもお前はやれ。ひどい話だ。しかし、俺も無策というわけではない。一応、考えてはある。

 ただし、俺のモットーに則ったものだ。「やらなくていいものは、やらない。やらなければいけないことは手短に」だ。よって、手短に済ませてもらう。

 

「じゃあ、いいか?」

「お、ホータローにしては珍しい。まさかもう出来てるのかい?」

「まあな」

「本当ですか!? じゃあ是非話してみてください! 私、気になります!」

 

 千反田よ、そんな目を輝かせてもらっても困る。別に大したことじゃない。本当にすぐ終わる話だ。

 

「楽しみにするだけ無駄だよちーちゃん。どうせロクでもない話だろうし、嘘の部分がすぐわかるような話だろうから」

 

 そう、こればかりは伊原に賛同するしかない。一瞬で終わるのだ。

 あまりもったいぶるのもよくないとはわかっているが、千反田にあんな目を向けられている以上、あっさり終わらせるのもどうも申し訳ない。ないが、思いついているものが短い以上仕方ない。

 俺はため息をこぼし、全員から視線を逸らしてボソッと呟いた。

 

「……俺は古典部が好きだ」

 

 実に手短だ。が、反応が怖いのは事実だ。横目に反応を伺う。

 ある意味予想通りだった。千反田はこのゲームの趣旨を忘れて目を輝かせ、伊原は怪訝そうに俺を見つめる。予想と大きく違ったのは里志だった。てっきり伊原と同じ反応だと思ったが、ひょっとするとあいつは俺が言わんとしていることの本質を理解しているのかもしれない。

 

「折木さん! 私、嬉しいです! 折木さんがそんな風に古典部のことを思ってくださっていたなんて……」

「ちょっと待った、ちーちゃん」

 

 興奮気味に身を乗り出してきた千反田を伊原が制す。つくづく思うが、このお嬢様のパーソナルスペースは狭い。今も伊原が止めてくれなかったら俺の顔のすぐ側まで自身の顔を寄せていたことだろう。

 

「このゲームのルール忘れてない?」

「ルール?」

 

 言われてやや考え込んだ千反田は「ああ」と手を打ってから、今度は顔色が先ほどと真逆に変わっていった。……おお、これはこれで見てるだけでも面白いな。

 

「折木さん! あんまりです! 折木さんはそんな風に古典部のことを思っていたんですか!?」

 

 掌返しとはまさにこのことか。もし国語の教師がいたら「いいか、これが対比だ」という具体例に使われるほど見事に対照的なセリフだろう。

 千反田から視線を逸らし伊原の方を見るが、こいつも同じ考えらしい。最初から視線が変わらない。まあ仕方がない。単純に考えて、というか、普通に考えたら俺が言ったことは「古典部が嫌いだ」ということに他ならない。だが、それは俺の()()()()()()

 と、なれば。

 

「里志、お前何か気づいてるんだろう?」

 

 多分、こいつは俺がやりたいことに気づいている。付き合いはそれなりに長いし、何より俺は()()()()()()()()()()()()を言ったのだ。気づいてもおかしくないだろう。

 

「そうだね……。さっきホータローは僕の話にこう言ったかな。『福部里志好みなやり方』だって。……今回のこれも、実に僕好みだよ」

 

 やはり気づいていたか。口元だけで俺は小さく笑う。

 

「ちょっとふくちゃん、どういうこと!? ふくちゃん好みも何も、折木が言ったことってつまり『古典部が嫌いだ』ってことでしょ!?」

「それは違うね」

「違う……? でも、『古典部が好きだ』ということが嘘だとすると、それは今摩耶花さんが言ったとおりになるのでは……」

「僕が提示したルールは『互いに小話でもして、嘘を見抜く』だ。だから、その話の()()嘘が入っていなくてはならないという必然性はない」

 

 言っていることがわからないと伊原が首を傾げる。少し間があって千反田もそれに倣う形になった。

 

「わからないかな。強いて例えるなら……。摩耶花、コインの裏の裏は、なんだかわかるかい?」

「馬鹿にしてるの? 表でしょ」

「そう。これもそういう話だよ」

 

 それでも2人はわからないらしい。まだ里志が説明してくれそうなので、俺は任せることにした。

 

「要するに、『偽の偽は真』ってところかな。ルール上は問題ない。嘘をつくことに変わりはないからね。つまり、今のホータローの『嘘』は……」

 

 ここで里志が俺の方を見てくる。最後は自分の口で言え、ってか。仕方ない。ぶっきらぼうに俺は言い放ってやった。

 

「……()()()()()()()だ」

 

 里志好み。まあそうだろう。こういう変化球的なやり方をあいつは好む。そして幸いと言うべきか、さっきこいつは「自分好み」のやり方でもってこのゲームに乗ってきた。だからわかったのだろう。

 

 ようやく謎が全て解けたと、千反田の顔が再び明るくなる。一方伊原は相変わらずのむっつり顔だ。

 

「折木さん! じゃあ折木さんは……」

 

 ま、言うほど好きでもない。ただ、嫌いでないことことだけは確かだ。ならまあ「好き」という方に分類していいだろう。ここは居心地としては悪くない。いつか里志が言ったように、学内にプライベートスペースを持つというのも、いざやってみるとなかなかいいものなのだ。

 

「……大体、嫌いならもうとっくに退部してる」

「だったら正直にそう言えばいいのよ、ひねくれ者」

 

 おっしゃるとおりで。今回は完全にひねくれ者の問答だった。だが「ゲームをやる」というから俺は付き合っただけだぞ。

 しかし言い方は他にいくらでもあったとは思う。それでもなぜこんなことをしたかと言うと、まず第一にそもそも俺に長話は無理だ。

 では短く済ませるならこうでも言えば良かったとわかってもいる。「俺は古典部が嫌いだ」。それが嘘ということになるわけだから、結果としてさっき出した答えと同じになる。

 ところがどうだろうか。いざそれを思っても俺はそう言おうという気にはどうにもなれなかった。別に俺は幽霊だの霊力だの、そういう非科学的なものは信じていない。だから「言霊」なんてものも信じてはいない。なのに、「なんとなく」それを口に出してはいけないような、そんな衝動に駆られていた。だから、わざわざ「嘘に対しての嘘」などという回りくどい、そして里志好みな方法を取ってしまったのだ。

 

 そしてこうやって「嘘をつこう」などという提案で始まった一連の流れだが、はっきりわかったことがある。やはり俺は嘘をつくのは苦手だ。加えるならそれは千反田も、それにつくことすら出来なかった伊原も、だ。この部でまともに嘘をつける人間は里志ぐらいなものだと改めて証明されたわけだ。だが里志だって自発的に嘘をつくような奴ではない。

 要するに、この部に嘘なんてものは似つかわしく無い、ということだった。その方がいいだろう。互いに腹を探り合うようなやりとりは疲れるに違いない。俺はそんなのは御免蒙りたい。

 

「……とまあ、僕が提案したゲームはこれでお終いだね。我ながら自分の話はなかなかだという自負はあったけど、ホータローの発想には敵わなかったとも思うかな。見抜く部分においても見事だったしね」

 

 里志がまとめに入る。別に俺が優勝、となっても特に嬉しくはない。商品があるならもらってやるが。

 

「はい。福部さんもお見事でしたが、折木さんのはそれ以上に素晴らしかったです」

「……嘘に良いも悪いもあんまないと思うけどな」

「それは違うよ、摩耶花」

 

 普段通りの笑みを張り付け、里志はそう嘯く。

 

「なんでよ? じゃあふくちゃんは嘘をつくことが悪いことじゃないって言いたいの?」

「場合による、って言いたいのさ。『嘘も方便』っていうじゃないか。そういう意味でいうと……さっきのホータローの嘘は上手い嘘……いや、『優しい嘘』、といったところかな」

「『優しい嘘』だ?」

 

 そいつをついた当の本人である俺がそう声を上げた。上手い、というのはわかる。だが優しいとはどういうことだ。

 

「結果だけを考えれば、こう言ってもよかったじゃないか。『俺は古典部が嫌いだ』。でも、ホータローはそれを言わなかった。いや、言えなかった、かな。なんでかわかるかい? ホータロー自身、それを口に出したくもなかったんだと思うよ。なぜなら、例え嘘でもそれを聞けばきっと千反田さんは最初に憤慨やら疑問やらの感情より先に悲しむだろうからね」

 

 ……そうか。俺が「なんとなく」と思ったのは、もしかしたら千反田の表情が一瞬で悲しむであろうことを想像して、そのために避けたのかもしれない。こいつは誰よりもこの部に対する思い入れが強い。だから俺は本能的にそれを避けた、と。

 思ってから、思い上がりも甚だしいと一蹴することにした。それじゃまるで……。いや、言うまい。俺が今回これだけ奇を(てら)ったのは、いつか里志に言われたことが理由だろう。大体、今の里志の言い分は明らかに俺をからかってのことだ。

 

「……不慣れなやつほど奇を衒う」

 

 千反田から何かを言われる前に、俺はそう言ってあいつの言葉を遮った。別に千反田のことまで考えてさっきのを言った、とまで(おご)る気はない。今口にした、いつだったか確か里志に言われたことが原因だ。そう思いなおすことにした。

 

「いつか、お前が言ったことだったな、里志」

「それは違うね。言ったのはホータローの方だよ」

「どっちでもいい。とにかく俺は嘘をつくことに不慣れだ。だから、奇を衒っただけの話だ」

 

 そういうことだ、千反田。だから……その輝かせた目を元に戻せ。

 

「それでも、やっぱり折木さんのさっきの嘘は『優しい嘘』だと私は思います!」

 

 ハァ、と俺はため息をこぼして頭を掻いた。……やれやれ。本当に慣れないことはするもんじゃないな。

 

「思いたいなら勝手にそう思え。……まあ確かに俺はこの部が嫌いじゃないが、今はせっかくの春休みだ。明日は家でそいつを満喫させてもらうぞ」

「はい! わかってます!」

 

 ……おや、と思った。てっきりこの流れなら「明日もまた部室に来てくださいね!」とか言い出すものかと思っていたのだが……。

 

「だって、今日はエイプリルフールです! 折木さん、今のも『優しい嘘』で、明日もここに来るんですよね!?」

 

 里志がククッと笑いながら視線を逸らすのが見えた。伊原がざまあみろと言わんばかりにいじらしく笑みを浮かべながら鼻で笑ったのが見えた。

 

「……来ないからな。家で寝てるからな」

「はい! お待ちしております!」

 

 ダメだこりゃ。こいつは俺が明日も来るものだと信じて疑っていない。どうしてこうなった……。

 俺は頭を抱えて天を仰いだ。だが無機質な天井は俺になんの答えも与えてはくれない。

 ああ、不慣れなやつほど奇を衒う。そして慣れないことはするべきではない。つくづくそのことを痛感すると同時に、こう思わずにはいられなかった。

 

 エイプリルフールという日自体、もういっそ嘘であってくれ。

 




今回は部員ちゃんと出したし直球……のつもり。自分としては捻ったと思っていますが、肝心の奉太郎の部分が少々弱いというか無理矢理エイプリルフールにこじつけてしまったかも。
あとはキャラ付けを捏造気味にしてる部分もあります。里志は便利だけど、摩耶花が難しい……。


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