わしを無能と呼ばないで!   作:東岸公

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第八話 チェス交渉

征暦1935年4月17日~アスロン第2司令部~

 

この日、司令部ではこれからの反攻作戦について全指揮官による会議が行われていた。

議題は簡単。"北か南か"と言うものである。

議場では、先に南部の攻略を進めるべしとする者と北部を優先すべしとする者で、意見が割れていた。

 

南部を優先する者の主張は、クローデンの森に設置されている補給基地を叩き、帝国軍の補給線を分断し弱体化させ、ガッセナール城に籠るガリア軍と共に南部に展開する帝国軍を撃破すると言うものであった。

北部を優先する者の主張は、スメイク・アインドン両市を奪還し、北部のファウゼンで抗戦を続けるガリア軍を救援し、同時に北部から帝国軍を駆逐すると言うものであった。ファウゼンに存在するラグナイトの存在も大きい。

 

南部攻略を推し進める中心人物は、義勇軍第3中隊隊長の『エレノア・バーロット大尉』並びにその他の義勇軍指揮官。

北部救援を推し進める中心人物は、ガリア軍総大将である『ゲオルグ・ダモン大将』並びにその他の正規軍指揮官。

 

事此処に至り、会議は正規軍と義勇軍に分かれたのである。

しかし、双方の言い分は理に適っており、どちらが間違っていると言うものでは無かった。

バーロットはファウゼンの救援も早急に行わなければならない事も理解しているし、ダモンも南部を見捨てる訳にはいかない事を理解していた。

 

結果、当初の予定通り、ガリア軍は南北の戦線を構築するも、南部方面攻略は義勇軍が、北部方面攻略は正規軍が主力として別れる事になった。

しかし、この兵力の分断によって、ガリア軍は数で勝る帝国軍により一層苦戦を強いられる事になってしまう。

とりあえず義勇軍はクローデン補給基地攻略を目標として、正規軍はスメイク・アインドンを目標として動く事となった。

 

だが、この戦争の最中、ガリア軍の偵察隊は、各地で転戦する異色の部隊を発見する。

その部隊は、顔を仮面で隠し、軍服・装備の色を黒で統一していた。しかも、全員がダルクス人で構成されていたのである。差別が激しい帝国ではおかしい編成部隊であった。

しかし、その戦闘力・士気・チームワークは他の帝国軍部隊を遥かに凌駕しており、各地でガリア軍敗退の原因となっていた。部隊の名前は『カラミティ・レーヴェン』と呼ばれていた。

 

 

 

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◆4月26日~アスロン第2司令部 ダモンの職務室~

 

アスロン奪還から1週間強。ガリア軍は、中部戦線を構築したものの、帝国軍と一進一退を繰り返していた。

当初の予定通り、ガリア正規軍はスメイク・アインドン両市を目指して進軍を開始したのだが、義勇軍を欠いたガリア軍は数が少なくなってしまい、帝国軍が作った前線を突破できずにいた。中部戦線は、完全に停滞してしまったのである。その間にも、ダハウ率いるカラミティ・レーヴェンが、中部戦線で猛威を振るっていた。

同時に、ファウゼンに対する攻撃は日増しに激しくなっており、ダモンの予想よりも早く、5月までに陥落してしまう状況に陥っていた。

どうにかして彼らを救出したいと考えていた矢先、老親衛隊の隊員が報告に来ていた。

 

「ダルクス人だけしかおらん部隊……か…」

「どうします親父殿? この部隊を優先的に撃破するように各部隊に通達しておきますか?」

「いや、束になった所でそう容易に壊滅させることはできんだろう。当分はお主らと、アイスラーに頼んで422部隊で対応して貰うとしよう。正規軍では歯が立たぬわ」

 

各地で敗北を繰り返したガリア正規軍では、彼らに立ち向かう事はできないと、ダモンは既に悟っている。

 

「了解しました。では、422部隊と我ら老親衛隊は当分の間、遊撃戦という事で宜しいですか?」

「うむ、そうしてくれ。ただ、被害だけは最小限に留めておくのだぞ?」

「分かってますって。親父殿は心配性ですなぁ。では、失礼します」

 

老親衛隊の隊員とダモンは、報告された帝国の特殊部隊のことについて話をしていた。

カラミティ・レーヴェン。ダルクス人だけで構成された部隊である。部隊を率いている男の名は『ダハウ』と呼ばれるダルクス人であった。

ヨーロッパ大陸の中で、比較的差別が少ないガリア公国では、ダルクス人兵士はあり得るのだが、差別が激しい帝国において、このような部隊は絶対にあり得ない事だと、ダモンは感じていた。

隊員は、報告が終わるとすぐに退出した。

 

(遂に姿を見せたな『ダハウ大尉』。できる事ならあやつと直に話をしてみたいが……)

 

1人考えるダモンは、どうにかしてダハウと話す事はできないか目を閉じて逡巡する。

一番手っ取り早いのは、自らダハウ率いるカラミティ・レーヴェンに接触することだが、これは先日のオドレイの抗議もあって叶いそうにないと、ダモンは諦めた。

 

そもそも、ガリアという国こそ、ダルクスの理想郷である事を、ダモンは知っている。

ガリアに隠された秘密……それは『ランドグリーズ家が大昔のダルクス人の末裔である』というものだ。

とどのつまり、現ランドグリーズ家当主にあたるコーデリア姫が、ダルクス人であるという事でもある。

なのでガリア公国は、ダルクス人が作った国である。「独立自治区建設」などよりも、遥かに喜ばしい事なのだ。

 

その大昔、1人のダルクス人がヴァルキュリア人と通じ、同胞を裏切った。

ヴァルキュリア人はそのダルクス人から得た情報を元に、『ダルクスの災厄』を引き起こした。

そう。『100の都市と100万の人畜を焼き払ったのは、ヴァルキュリア人』なのだ。

そして、戦いに敗れた勇敢なダルクス人は、勝者であるヴァルキュリア人によって、国と姓を奪われ、同時に歴史を書き換えられてしまう。自分たちが行った虐殺を、ダルクス人に擦り付けたのである。

だが、同胞を裏切った1人のダルクス人は、ヴァルキュリア人から褒美として辺境の土地を与えられた。そのダルクス人だけは姓を奪われず、その辺境の土地で国を立ち上げた。

それが『ランドグリーズ家』と『ガリア公国』なのである。

 

皮肉にも、ダハウ率いるダルクス人部隊は、ダルクス人の理想郷を攻撃している。

この事実を知れば、ダハウはガリア側に通じてくれるかもしれないのだ。通じてくれなくても、攻撃は止めるだろう。

 

「閣下。街の復興作業の事で、お聞きしたい事が――閣下?」

 

ダモンは、いつの間にか部屋に戻ってきていたオドレイの事に気づかなかった。

 

「む!? …中佐か。驚かせるでないわ」

「私は一言閣下をお呼びしましたが? 眠っていたのですか?」

「いや、少し考え事をな…。所で何の用なのだ?」

「こちらの書類にサインを頂きたく。それと、街の復興は順調に進んでおります。このままいけば、5月にはもう完全に元の街に戻っているかと。あと、ランドグリーズからの補給線構築も現在進めております」

 

オドレイは自信満々にそう答えた。自分が指揮して街の復興をしているのだ。力も入るのだろう。

ダモンは先ほどまで考えていた内容を一時保留し、オドレイの質問に返答した。

 

「そうか。ではその調子で頼む。……当分の間は中部戦線は動かぬであろうからな」

 

ダモンは、暗い表情をしながら再び中部戦線の内容に触れた。

 

「軍を動かさないのですか?」

 

「中部戦線は動かない」という言葉に、オドレイはすぐさま聞き返した。北部への進軍はダモンが一番押していたからである。にも関わらず、ダモン自身が北部への進軍を止めたのだ。疑問にしか思わないだろう。

 

「……情けない事なのだが、わしは敵の動きを過小評価しておった。報告では、今やスメイク・アインドンには帝国の大兵力が結集されておる。かの『ベルホルト・グレゴール将軍』が、そこにおると言うのだ。義勇軍を欠いたガリア軍では、とてもではないが数が少なすぎた。お陰で迂闊に手が出せん状況だ。しかも帝国軍は5月までに、ファウゼンを完全に支配下に置くつもりらしい。このままでは……間に合わん」

 

ダモンは、声を振り絞ってその事をオドレイに告げた。言外に「ファウゼンは救えない」と言っているようなものであった。オドレイは持っていた書類を握りしめてダモンに抗議した。

 

「そんなッ! ファウゼンにいる友軍は、どうなるのですか!? 彼らをお見捨てになるのですかッ!?」

「………交渉……」

「えっ?」

 

ダモンは手を組みながらボソッと呟いた。オドレイからはその顔は見えなかったが、その声には熱い意志が伴っていた。

 

「………わしがグレゴール将軍と交渉する。ファウゼンに居る友軍部隊及び民間人を救うには、交渉するしかない。ファウゼンは帝国の手に落ちるが、兵士と民間人は救える。もうこれしかないと、わしは思うのだ」

 

ダモンは、置いていた軍帽を被ると、オドレイに告げた。帝国と交渉するしか、彼らを救う手立てはないと。ダモンの眼は、覚悟を決めていた。

最早ファウゼンは持たない。史実よりも帝国軍の攻撃が激しいのだ。準備が整う5月中旬までに、ファウゼンは間違いなく玉砕してしまう。故にダモンは決断した。

現在の戦争状況は、圧倒的に帝国側が優勢である。つまり、そもそも交渉に応じてくれるか分からない。

しかし、ダモンは、もうこれしか手立てがないと考えていた。

本来の歴史に沿うのであれば、ファウゼンを放棄して南部へ集中してもよかっただろう。

だが、ファウゼンの希望を、彼らを見捨ててはならないとダモンは誓った。形はどうあれ、彼らは絶対に救わねばならないのだ。

 

「無茶です閣下! 帝国が交渉に応じるとはとても思えません!」

「やってみなくてはそんな事、誰にも分からん。だが、相手はあのグレゴール将軍。自軍の消耗をとても嫌う男だ。意外と乗ってくるかもしれん。中佐、アインドンに居る帝国軍へ使者を向かわせてくれ」

「閣下!」

「まぁ見ておれ。わしが命を懸けて、あやつらを救ってみせる…!」

 

ダモンの心は決意で満たされていた。

 

 

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◆4月27日~アインドン市 臨時帝国軍司令部~

 

「何? ガリアからの使者だと?」

 

ベルホルト・グレゴールは、司令部で趣味であるチェスをしながら歩哨からの報告を受けた。

現在も帝国軍は攻撃を行っている最中にも関わらず、彼は貴族特有の優雅さを醸し出しながら、紅茶を手にする。

 

「ガリア軍総司令官であるゲオルグ・ダモン大将が、グレゴール将軍と直に交渉したいとの事。交渉の内容は『ファウゼンに籠るガリア軍と民間人』の事だそうです。」

 

遂にガリアが降伏したかと思っていたが、期待していた内容の報告ではなかった。

彼は軽く鼻を鳴らすと、呆れながら口を開いた。

 

「ふんッ。今になってそのような内容か。状況を見誤ったな。既に我らの勝ちは見えている。やはり、ガリアの将軍は間抜けしかおらんようだ。私の眼も曇ったものだ」

 

グレゴールは紅茶を啜りながらダモンの悪態をついた。ギルランダイオでの事もあり、彼はガリア軍の中で、唯一ダモンの事を評価していたのだが、この件で完全に見損なっていた。

 

「では、使者を返しますか?」

 

しかし、紅茶を飲み干すと、彼は歩哨の言葉とは裏の事を口にした。

 

「いや、会おう。せめてもの情けだ。話くらいは聞いてやるとしよう。ただでさえ我が軍の消耗が著しいのだ。場所と時間は?」

「場所は、ここアインドン。使者の情報によりますと、今すぐにでもお話がしたいそうです」

「いいだろう。今すぐファウゼンの攻撃を止めさせろ。これより交渉に入る」

 

グレゴールの鶴の一声で、ファウゼンに対して侵攻していた帝国軍は、その苛烈な程の攻撃を止めた。

今の今までファウゼンに轟いていた砲撃音と、その他叫び声などが入り混じった阿鼻叫喚の戦場は、ダモンの交渉提案により、静まり返った。

 

 

数時間後、ダモンとその護衛の為に付き添った、秘書であるオドレイと老親衛隊2名、計4人を乗せた1両の車が、アインドンに到着。帝国兵に囲まれながら、グレゴールが待つ帝国軍臨時司令部に連れていかれた。

彼らが連れていかれた部屋の中は、椅子と机だけという簡素は状態ではあったが、壁には帝国の旗と地図が掛けられており、未だアインドンが帝国領であると言う事実を、ダモンはまざまざと見せつけられていた。

 

(この街が元々ガリアのものであるという事を、忘れてしまいそうだ。皆、すまん…)

 

ダモンは内心悔しかった。自国の街であるはずなのに、その空気はまるで別物であることに。

帝国軍に占領された際についたであろう建物の傷、制圧され戦々恐々の市民。

少しだけではあったがダモンは彼らを見た。そして彼らもまたダモンを見ていた。その目からは『助けて』という感情が、溢れていた。

そんな視線を思い出す度、ダモンは悔しくて仕方がなかった。

 

数分後、兵士に連れられながら、グレゴールはダモンが待つ部屋に訪れた。

 

「私が北部方面軍司令官であるベルホルト・グレゴールだ。遅くなって申し訳ないダモン殿。ギルランダイオ要塞での戦いぶりは、我が軍に轟いている。会えて嬉しく思う」

 

「わしがガリア軍総司令官であるゲオルグ・ダモンだ。まずは此方の交渉要求を呑んでくれたことに感謝する。わしも皇帝の縁戚にあたるグレゴール殿と話が出来て嬉しい。では、早速交渉に入るとしよう」

 

2人は、各々付き人である者達を別室で待つように指示した。オドレイ達は、ダモンに何かあった時の為に、直ぐにでも対処できるように別室で準備をしていた。

そして、遂にグレゴールとダモンは対面し、交渉に入った。

 

「そちらの要求は、ファウゼンにいるガリア軍と民間人の退去というものであったな?」

「うむ。今のファウゼンは余りにも惨い状況だ。そこで国際条約に則って、人道的配慮に従い、ファウゼンにいる全ての軍属及び民間人を此方で引き取りたい。このままファウゼンに籠ったところで、無駄な血が流れるだけだと、わしは思う」

 

ダモンは、あえて帝国の状態を気にかけながら、グレゴールに話をした。

聞いているグレゴールも、満更ではなかった。

 

「それについては、私も異存は無い。無駄な流血ほど、悲しい事は無い。だが、交渉内容全てを呑む訳にはいかんな。私にも面子というものがある。おいそれと敵の話を鵜呑みにはできん」

「では、そちらの要求内容も聞かせてもらいたいのう」

 

ダモンは、グレゴールを見ながら、1つ1つ言葉を選んで、口に出す。

しかしグレゴールはそんな素振りを見せず、淡々とした口調で話を続けた。

 

「ダルクス人のみ、退去不可とさせて貰おう。それさえ呑んでくれるのであれば、私は異存ない」

 

グレゴールは、ファウゼン攻略後のラグナイト鉱石の発掘の為にダルクス人を使役しようと考えていた。

帝国領内では、ダルクス人は人間ではない。奴隷である。

いくら国際条約に則った所で、ダルクス人ならば問題は無いと、彼は踏んだのである。

ダモンはそんな彼の答えに、拳を握った。

 

「では、"大人の"ダルクス人のみ。ファウゼンに残す。これでどうだろうか?」

「ふむ……。子供のダルクス人は退去させろと?」

「いくらダルクス人とはいえ、子供は無力であると、わしは思うが?」

 

ダモンは、せめて子供のダルクス人だけでも救えるように交渉を続けた。

グレゴールは、再び顎に手を当てて考えた。1分後、グレゴールは話を再開した。

 

「ダモン殿。チェスは得意か?」

 

しかし、口から出た言葉は、交渉には何の関係もない"チェス"という単語だった。

ダモンは怪訝に思いながらも、それに答える。

 

「嗜む程度には」

「ではそれで決着をつけよう。私に勝てば、退去する民間人にダルクス人の子供を含めてもいい」

 

するとグレゴールは、扉の向こうで待機していた兵士に、チェス盤と駒を取りに行かせる。

数分後、兵士はチェス盤を2人の間において退出した。

 

「チェスの決着が終わるまで、此方の攻撃は止めておく。ダモン殿。手加減しないが、よろしいか?」

「…うむ。子供の命を懸けたチェス。絶対に負けたりはせぬ。約束は守ってもらうぞ?」

「いいだろう。では、始めようか」

 

国民の命を懸けたこの交渉は、後の歴史で『チェス交渉』と呼ばれた。

この戦いは1日という長い時間をかけて行われ、ダモンは見事、グレゴールと引き分けた。

対戦で引き分けたにも関わらず、グレゴールはダモンの要求を承諾。

ファウゼンに籠っていたガリア軍及びダルクス人の子供を含めた民間人を見事、ダモンは解放させた。

この事について、グレゴールは一言だけ、付き添いの兵士にこうコメントを残した。

 

『ゲオルグ・ダモン侮りがたし』と。

 

 




ベルホルト・グレゴール(51歳)
ゲオルグ・ダモン(54歳)

ダモンさん若作りすごいです……。


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