わしを無能と呼ばないで!   作:東岸公

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今回からは主に内政?の話が主役となります。
まあ軍の総大将なので、戦場なんてあまり出られませんし…。
今回もまたオリモブ投下です。

いつも感想及び誤字脱字報告有難う御座いますm(__)m


第十七話 海軍の若き指導者

◆征暦1935年7月6日~首都ランドグリーズ とある職務室~

 

「…よし、これでこの書類は終わったな…。あぁ…長かったなぁ。」

 

椅子に座り、机の上にあった書類作業が終わり、男はうーんと背伸びをした。

男の名は『リック・ボルゲーゼ』。髪の色は茶色で、後ろに流す様に形を整えており、鼻の下にあるちょび髭が彼のトレードマークであった。見た目で言えば、如何にも軍人らしい風貌なのだが、口調はそれの真逆であった。所属はガリア海軍である。彼は弱冠32歳でありながら、階級が海軍大将という実質的な海軍のトップであった。しかし、この余りにも年齢不相応の地位に居るのには理由があった。

 

彼は1923年にランシール王立士官学校を卒業した。卒業後、ガリア軍人の中では珍しく海軍を志望。海軍は陸軍と違い圧倒的に人員不足であり、海軍に入った時には様々な人達からおかしな目で見られていた。

士官学校卒という事もあり、配属当初の階級は少尉だったのだが、彼の上官は尉官でもなければ佐官でもなかった。そう、彼の上官は将校である大将だったのだ。

普通の軍事組織であれば、このような圧倒的な階級差のある人事はおかしい。だが、驚く事に、ガリア海軍には士官学校卒の人間が皆無だったのである。つまり、少尉以下の曹長までの人間は存在していたが、幹部となるべき人間がリックの上官ただ1人だったのだ。

その後、なし崩し的に階級が上がっていき気付けば彼は大佐であった。しかしリックが29歳になった頃、上官である将校が病死してしまった。そして辺りを見渡せば、彼以外の上官が居なかった。

結局、彼は自動的にそのまま上官の後を引き継ぐ形で、そのまま海軍大将という地位に上り詰めたのである。無論リックは反対したが、当時の上層部から強制的に就かされてしまった。

だが、こんな若造が上に立てば、すぐさま年長の部下たちが反乱を起こす……とリックは思っていたのだが、彼自身の気さくな性格や職務を黙々と行う姿は、年長者達の信頼を勝ち取っていた。

つまり、誰もがリックの大将就任を喜んだのである。

結果として、1935年現在、彼はその年齢に合わない椅子に座っていた。

彼自身、自分はとても運がいい軍人なのだろうと思っていた。

 

そんな昔を思い出しながら、背伸びをしてダランと肩を落としたリックは、今一度気を引き締めると、再び姿勢を正し、次の書類作業に移った。

しかし、ペンを握った直後、部屋に"コンコン"という音がこだました。誰かが扉を叩いたのだ。

 

「(人がこれから頑張ろうって時に、一体誰なんだ…?)」

 

リックはペンを回しながら内心で愚痴を溢した。だが、尚も扉は叩かれる。「仕方ない」と、彼は思いながら席を立つと、扉の方へ歩き、ドアノブを回した。

 

「お待たせしました。少し忙しくて気付くのが遅れ------」

「忙しくても直ぐに『入れ』なり『少々お待ちを』くらいは言えるであろうが。全く……わしで無かったら大目玉を食らう所だぞ。ボルゲーゼ大将。いや、リッキーと呼んだ方がよいか?」

「…………ぇ?」

 

顔を伏せながら扉を開けたため、声を聴くまでリックはいつも通り役所言葉を言い放ったが、尋ね人の声が余りにも特徴的過ぎた為、リックはすぐさま顔を上げた。尋ね人の正体が誰かを理解した瞬間、彼の額には無数の汗が滲み出した。

 

「ダモンさん!?」

「ふはははは!元気にやっておるか?仕事中にいきなり邪魔をしてすまぬな」

 

尋ね人の正体は、ダモンであった。彼とリックの関係は、それほど深くはない。だが、2人とも陸軍と海軍のトップと言う立場に居れば、嫌でも何処かで会うもので、ダモンとリックは主に現在遂行中の戦争に関する会議に呼ばれていた。作戦に関する決定権はダモンに委ねられていたが、作戦以外にも現地における様々な諸問題と言うものがあり、特に行政に関しては上層部が運営しているので、一概に上層部抜きでの会議と言うものは無かった。だが、戦争が行われている場所が、陸地という事もあり、リックはその場にいても殆ど意味がなかった。発言権はあるが、特に主張する事も無く、気付けばダモンの愚痴溢しの相手になっていた。そんな縁や、歳の差も相まってリックは、ダモンから"リッキー"の愛称で可愛がられていた。対するリックも、ダモンの事を『閣下』や『大将』と呼ばず、『ダモンさん』と親愛の意味を込めて呼んでいた。

 

「いきなり過ぎますよダモンさん!せめて扉の向こうから声をかけてくれたら急いで開けましたのに!」

「何を言うか。仕事をしている相手に対して声をかけるなど、邪魔でしかないぞ」

「あ、いや、これからやろうと思っていたので、忙しくはないですハイ」

「だが先程『少々忙しい』と------」

「それは…言葉の綾です。これから忙しくなります」

「全く。お主という奴は…まぁよい。少し大事な話があるのだ。とりあえず部屋に入れてくれ」

 

言うや直ぐにダモンは腰に手を当てながら部屋の中へ闊歩した。それを横目で見るリックの額には未だ汗が乾いていない。リックはポケットに入れていたハンカチを取り出すと、顔全体を拭った。その後ハンカチをポケットの中へ戻すと、急いで予備の椅子を机の前に置いた。

リックはその椅子にダモンを座らせると、自身はいつもの椅子に腰を掛けた。

 

「さて、わしが今日ここに来たのには、ちゃんと理由があっての事だ。遊びで来た訳では無い」

「はぁ」

「………今から話す内容は、他言無用なのだぞ。そんな間の抜けた返事は、今後無しだ。」

「わかり……了解しました」

 

拭いた汗が再び額に滲み出て来たので、またポケットからハンカチを取り出して顔を拭うリックを尻目に、ダモンは話を始めた。

 

「『山の嘶き』作戦の事は、しっておるな?」

 

「勿論です。前の会議で話し合っていましたね。それがなにか?」

 

いくら発言はしなくても作戦内容については、トップの者であれば誰でも知っている事を質問してきた事に、リックは何の変哲も無く答えた。

 

『山の嘶き』作戦。この作戦の目標は、ガリア北西部に存在するファウゼン工業都市に居座る北部帝国軍を駆逐する為に、前段階としてファウゼンまでの道のりを確保しようと言うものである。

ガリア北部には、ファウゼンだけでなく、道中にも多くのラグナイト鉱山が点在している。

しかし、北部を支配下に置いた帝国軍は、元々ある鉱山跡地に山岳要塞を建設。ファウゼンまでの道のりを阻害していたのだ。此処を攻略しない限り、ファウゼンへの道は開かれず、ガリア軍にとって避けては通れない敵基地なのである。

今回の作戦の主力軍は、正規軍ではなく義勇軍であり、特に第3中隊を主軸に置いた攻撃戦である。作戦開始日時は、いつもの様に曖昧で、7月中旬とだけ言われていた。

 

だが、見れば分かる様に、この作戦に海は出てこない。つまり、海軍の必要性が無い。

それを含めてリックは、ダモンが自分を訪ねてくる意味が分からなかった。

 

「口には出さずとも、わしにはお主が考えている事が分かるぞ。『どこに自分と関係がある話なのか』とな」

 

「まぁ、その通りですよ。何処に自分と関係があるのか、いまいちピンときません。海軍の動ける場所は海だけです。………まさか戦艦を陸で走らせろとは言いませんよね?」

 

この爺ならやりかねないという考えが、一瞬で脳裏に駆け巡った。

帝国に勝るとも劣らない戦車を自費で作らせたという噂があったからだ。無論、この噂は真実である。

ダモン家は国内でも有数の金持ちである。『やろうと思えば出来るのではないか?』と、リックは内心恐怖していた。

 

「ハッハッハッハ。お主は面白い事を言うのう。戦艦が陸に上がれる訳ないであろう。まぁ、艦底にキャタピラでも付ければ走れるかもしれんな。やろうとは思わんが…。だが、そうではない。お主に頼みたいのは、次の作戦会議で、わしに"反対"してほしいのだ」

 

「……はい?」

 

作戦に関する内容でもなければ、そんな大事な話でもない。ダモンの願いと言うのは、ランドグリーズで行われる次回の作戦会議で、ダモンの話す内容に"全て反対"してほしいというものであった。

普段からリックは会議の最中でもその場の成り行きに任せており、上層部に所属する議員の中には海軍の存在を忘れてしまう者達も居たほどであった。

 

「何故です?どうしてダモンさんの提案を、私が反対しなければならないんですか?」

「まぁ、確かにおかしいと感じてしまうであろうが、問題はそこではない。"海軍が反対した"という所が重要なのだ」

「……ますます意味が分からないのですが…」

「ふぅむ。ではもう少し掘り下げて話をするとしよう。今のガリア上層部には色々問題が有る事は、お主も知っておるな?」

 

またもや別の話を始めたダモンに、リックは惑わされつつも懸命に脳を回転させた。

いつもとは違う雰囲気を漂わせているダモンに対しても、少し疑念を持っていた。

 

「はい。既に支持率も壊滅的であり、国民の中では『上層部解体論』が出ている程です」

「だが、あやつらにはまだもう少しだけ存続してもらわなくては色々困る事もある。せめて、現在の戦争が終結するまでは、存続してもらわなくてはな……」

「ふむ。自分にとっては直ぐにでも解体されてほしいものですが…」

「まぁ待て。だが、中にはガリアを裏切り、今でも情報を流し続けている者もおる。わしはな、そやつらを炙り出したい。祖国に仇なす獅子身中の虫をな。その功績を持って、上層部には今一度、表舞台の顔役として、甦って欲しいのだ」

 

そこまで聞いて、リックは今迄組み合わなかったパズルが、ピタリと組み合う様に、やっと納得した。

握っていたハンカチをポケットに戻すと、腕を組んで、呆れるようにダモンを見た。

 

「つまり、彼らが嫌っているダモンさん…引いては陸軍から逃げる為に、海軍を逃げ道として作り、鼠捕りのように使いたい……という事ですか。酷い事をお願いしますね、ダモンさん」

「うむ。リッキー…いや、ボルゲーゼ大将。これはお主にしか頼めん仕事だ。奴らが逃げ道を探し始めている事は既に手の者によって判明している。後はお主がわしに対して強く反対すればよいのだ。それで全てが丸く収まる」

「海軍が丸く収まらないのですがそれは…」

「安心せよ。この事はわしとお主で取り組んだ一種の追い込み作戦。双方の協力の元に成り立っておる。つまり、手柄は陸軍と海軍で半分ずつという訳だ。作戦が上手く終われば、陸軍の予算を2割程そっちに譲渡するが?」

 

人員不足に加えて圧倒的な資金不足に陥っているガリア海軍。そしてその穴埋めに奔走しているリックにとって、予算の譲渡と言う言葉は、余りにも大きかった。

金と言うものは、有っても困らないが、無ければ大いに困る存在である。特にそれが組織的なものになれば死活問題である。

リックは、結局ダモンの願いを聞き入れる事にしたのであった。

 

 

 

 


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