技師の力は何が故に   作:幻想の投影物

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―――操り人形の糸が切れた時、紐をなくした人形は少女の手に渡る


case31 Nightmare

 口から大量の血液を迸らせながら、白い衣装は真っ赤に穢されていく。背中の肉を押しのけ、胸元を突き破って飛び出た二つの鎌の持ち主は、突き刺した一対の爪を左右に引き裂こうと力を入れた瞬間、逆にその鎌の持ち主は鎌に繋がる腕を両断させられた。

 腐ったような、黒い血液とおぞましい咆哮を撒き散らすソイツに蹴りを入れた蒼き少女、美樹さやかはさっさと剣を捨て、まだネクロモーフの爪が突き刺さったままのマミを引っ掴む。もう片方の手にはアイザックとほむら、そして杏子を器用にひっさげながら、間上から迫るHiveMindの触手よりも太い肉塊が振り下ろされる前に射程外へ全力疾走。タッチの差で四人を前に押しやり逃げ切れた―――

 ように見えたが、彼女は苦痛に悶える声を無理やり噛み締めて抑えていた。

 

「が、ぁぁぁあぁあああっ!? くっそ、範囲広過ぎだ…バカヤロー!」

 

 タッチの差で逃げ切れた四人と違い、触手のような丸い物体が地面に着くとき横へひしゃげるように、その余剰部分で押し潰された両足が激痛を訴えてきたが、さやかは自分の中にある人間性が失われることを覚悟し、無理やりにまた痛覚を切ってグリーフシードを押しあてながら超速再生を開始。10倍速の巻き戻しを見ているように彼女の足が骨から繊維、筋肉、皮膚と再生され、ものの数秒で彼女は全員をその両手に抱えながらビルを三角飛びで駆けあがる。

 

 荒い息を隠そうともせず、みっともなく吐き出しながら四人がとあるビルの屋上へと転がった。のっそりと立ち上がり、また絶望を感じているかのように頭へ手をやろうとしたアイザックは酷く疲れて見えたが、そんなものは関係ないとばかりに彼女はまず、酷い怪我を負ったマミへとグリーフシードを片手に詰め寄った。

 

「マミさん、しっかりして下さい!! あんたが正義の魔法少女として最後にこの戦いで勝たせてくれるって言ったんじゃないですか! こんな所であのクソみたいな細胞に負けてる場合ですかッ、この馬鹿先輩!」

 

 あえて彼女の苦痛を無視してネクロモーフの爪を引き抜き、噴水のように血が飛び出る直前にグリーフシードを髪飾りになったソウルジェムへ押しあてる。さやかと違って自己兆速回復はできないが、マミは目の奥に僅かな意識の光を取り戻して歯を食いしばった。

 胸元のリボンに魔法を使って穴の空いた場所をきつく塞がせ、内側から乗っ取ろうとしてくる変異細胞――ネクロモーフ細胞の浸食を意志の力と魔法少女の根性である程度の回復魔法で乗り切ろうとする。だが―――

 

「うえっ……傷口から何か出て来てるじゃん!?」

「は、はぁっ……あっ、んぅ…! が、はぁッ!」

 

 ネクロモーフ達に見れた、変異しきってガンのように茶色く染まった細胞の形。まるで筋繊維だけが絡みついたかのような醜悪なデザインの小さな触手が、マミの細胞を乗っ取りながらそのまま彼女を喰らい尽くそうと死を与えてくる。

 即死で無かったのが幸いだったのか、それともこうなるのだったら潰れていた方がまだマシじゃなかったのか。それでも命を救ってくれたさやかへの恩と先輩としてのプライドだけで心の防波堤を作ったマミは、ふと視界の端に揺れる黄金のリングをつけた白獣の姿を捉えていた。

 

 白獣、キュゥべえは何やら「不可思議な模様が貼り付けられたリング」に取りつけたキネシスの機能を使ってマミへその食指を伸ばすと、あろうことか彼女の穴が開いた肉体を更にネクロモーフの患部ごと無理やり抉り取った。ひっついた肉塊に寄生しそれだけでもネクロモーフ細胞に変えようとしている醜悪な肉の塊を、ほむらが気絶硬直で握っていたプラズマカッターをそのまま使って照準してさやかが消し済みにする。

 炭化したマミの体の一部だったものを吐き捨てるように見届けたさやかが再びマミへと視線を戻した時には、先ほどよりリボンを赤く湿らせたマミが痛覚を切った状態で大丈夫、と微笑みかけていた。しかしそれは、死に瀕する儚いものだと連想させるかのようなもの。

 思わずその痛々しさに目をそむけようとしてしまったさやかは、しかし再びその視線をマミへ戻した。

 

「危なかったねマミ。後は回復魔法に多少の負荷を掛けながらブーストすると良い。今この場で君が戦闘不能になればアレを排除することは難しいだろうからね」

「大丈夫……それでキュゥべえ、このまま戦ってあとどれだけ持つかしら?」

「もって十分。それ以上は魔法少女の体でも数年のリハビリ生活さ。ましてネクロモーフ細胞が残っていないとも限らない。君の体はこの瞬間、ある意味で貴重なサンプルとなった」

「そう、なら生き残って、貴方の星にでもお邪魔して治してもらおうかしら」

「打診しておくよ。さやか、今まで使ったグリーフシードが孵化する前に」

「……そう言えば結構危ないのもあったっけ。ほら、18個」

「このペースだと普段のノルマ4年分はもう集まったね、マミにはその4年分の休暇でも与えてやると良い、復帰には最低でもそれだけは掛かるだろうからね……さぁ、本題に入ろうか」

 

 キュゥべえの感情が見えない瞳で合っても、その言葉が何を意味しているかぐらいすぐに理解できた。痛みが無いとはいえ、マミは心臓が無いと言う違和感のある患部を抑えながらキュゥべえに向き直った。

 

「できればアイザックのステイシスが欲しかった所だけど、こんな状態だしプランDに変更するよ。マミが負傷した際、さやかが足になってマミの攻撃補助に回ってくれ」

「分かった。それでキュゥべえ、あれって…何なのさ?」

「あれは恐らくMarkerが活動を停止した際に原住民族を掃討し、自分自身を肉団子の様にしてThe Moonの訪れを待つ餌型ネクロモーフHiveMindだね。結界内の大量のネクロモーフや、今も街に溢れているネクロモーフを取り込んでアレだけ巨大化したんだろう。アレがいる間は通常のネクロモーフは行動できないから、町中のネクロモーフを食い尽くすまで待ってから、攻撃すると言う手段が後処理もなくて手っ取り早い―――無論、その難易度は量を相手するのとあまり変わらないけども」

「あんなものすぐに倒すわ。後処理は私達と自衛隊の方に任せるから」

「じゃあまずは、あの触手から破壊して行こう。さっきの結界に出てきたのと同じで黄色い部分を破壊すれば根元から信号を発たれた触手は取り込むのに時間が掛かるからね、逆に行動阻害の役割を果たす筈だ。その状態で、HiveMindの口のような部分で光る弱点を潰せばいい。ある程度の衝撃を与えることで飛び出てくるから、そこを狙ってくれ」

「衝撃って……でも脚が私で、マミさんは一発ずつでやっとじゃん」

「だから、この二人が起きるまでは僕が担当するよ」

「それって―――危ない!」

 

 即興の作戦会議も終わりかけた所に、さやか達の居る方向に一本のビル並みの大きさがある触手が上から降りかかってきた。さやかがこのままでは距離があり過ぎて逃げ切れないと絶望しかける一方、キュゥべえが再びその耳毛? についた黄金のリングのキネシスを発動させた。

 見えない動の力が働いて、触手は勢いを無理やり収めたかと思うと遥か彼方にある根元から引っこ抜かれて、HiveMindの巨大な身体の方へと投げ返された。凄いじゃないかとさやかがキュゥべえを見直そうと振り返ったその時、既にキュゥべえがいた場所には彼だった肉塊が広がっている。

 あまりにも強力なキネシス。「スーパーキネシス」とでも形容すべきか? しかしその代償は、体をむしばむ負荷が小動物の様な入れ物の命を浪費させるほどのものだったようだ。数秒後に暗がりから転送されてきたキュゥべえの新しい体が生成され、素っ頓狂な表情の彼女たちを見上げた。

 

「やれやれ……このように間髪いれず襲ってくる触手には対応できない、気をつけて。さやか、マミ」

「でも、それだとあなたの体が」

「ノルマ超過達成分の報酬にストックは増えている。ほんの10分程度なら前でも減った所で問題は無いよ。各所には僕達の仲間も呼んである」

「…多分、インキュベーターがここまで協力してくれることは無いと思うんだ。マミさん、今だからこそコイツに全部任せてみよう。これも“契約”の内に入ってるなら必ずやり遂げてくれると思う。さぁ、乗って!」

 

 マントを消失させ、代わりにマミを両手でなくても固定できるような鞍へと変えたさやかがマミに背中を差し出した。確かに今、何かに迷っている暇は無いのかもしれない。それでもキュゥべえには少なくとも多大な苦労を掛けてしまう事に、数年来の付き合いだったマミは迷いを見せてしまう。

 ただ、ただ……本当に、時間は無い。このままの浸食速度なら街の外までHiveMindの肉体が広がるのは十数分という短い未来の出来事。痛む体を絶えず治し続けながら、マミもまた覚悟を決めてさやかの背に乗っかった。

 マントだった布がマミの足を固定し、さやかの肩に体を預けられる台を作る。そちらに体重を預けた途端、自動で動く砲台(さやか)はビルから跳んでいった。

 キュゥべえから見えなくなったビルの下側から、景気づけの初発とでも言わんばかりの黄金の極光が街を一瞬照らす。ビリビリと伝わる砲撃音にその入れ物の体を震わせながら、決して感情の色が見えない紅玉の瞳はちらりと意気消沈する技士の方へと向いていた。

 

「アイザック、正しく君はMarker killerだ。感情に溺れやすく、絡まった因果の量は僕達と契約できてもおかしくは無い……もしかしたら、この世界のまどかにも匹敵しているかもしれない。だというのに、君が僕の姿を見えず、認識できない理由は何か分かるかな?」

 

 沈黙を保つアイザック。

 当然だった、アイザックには此処にキュゥべえが残っている事すら認識できない。キュゥべえ達、インキュベーターという存在だけは……恐らく金輪際認識できないだろう。

 

「それは、僕たちが宇宙の一種族であると同時に非科学的な理論から成る存在だからだ。僕たちは宇宙の寿命をただ増やす為に造られたシステム。開発にいたる歴史は存在しても、感情を持たない生物が繁栄したのも霊的存在だったから。……そう、この世界に造りだされた僕たちは、異世界人である君にはどうあっても観測はできない。もっとも、実在はするから重さなどへの接触は可能だけども」

 

 HiveMindの本体へ、派手な黄色の光と追随するただの弾丸のような小さい攻撃が浴びせかけられていった。最初の一撃で体勢を崩した所に、固く閉ざしていた口蓋の弱点が露出。さやかが触手の一本を逆に道にして接近し、マミは移動しながら正確に弱点を破壊させる。

 街の外まで揺るがす巨大な咆哮が響き渡る。苦痛に満ちた化け物の怒りを表すように触手は唸りを上げ、本体の肉塊から再生成されていった。

 

「恐らく、君は異界からやってきた最後のネクロモーフ……あのHiveMindか、現在この地球に存在するネクロモーフが消えれば世界に送り返されるだろう。例えThe Moonが嗅ぎつけたとしても、それは此方の世界のものだ。君が追ってきた、いや付随してきたHunterというネクロモーフ細胞の実験体は既にあのHiveMindに潰された際に取り込まれたからね」

 

 グジュグジュと黄色い体液を纏いながら、肉塊から生えてきた新たな触手に、それに比べれば小さな小さな白銀の刃が風を切りながら投擲される。

 それは帰って来ないブーメランであるが、その意志と共に塗り固められた強固で鋭い剣はさやかの持つポテンシャルで投げられたことで結合の弱い触手の黄色い部分を破裂させながら突き進む。

 HiveMindが何とか触手で食い止めた瞬間、注意を引きつけた剣とは反対側からマミの砲撃が降り注ぎ、再び巨大な化け物の口蓋は開け放たれていた。

 

「さぁ暁美ほむら、そろそろ君も動くべきだと思うよ」

「……変に聡い、だからインキュベーターは嫌いなのよ」

「君という人物をプロファイリングするのは簡単だったさ。その結果、君はまどかと同一の姿形をした程度のモノを破壊しても心が壊れている筈がないと結論を下せた」

「ええ、そしてあの結界に入っていた時から時間に対しての危惧はしていたけども」

「ワルプルギスの夜が訪れるのは今日だってことだね」

「ええ、Markerの破壊で終わるならと思っていたけど、まさか前兆も無いのにアレが一緒に出てくるなんて思ってもみなかったわ」

 

 立ち上がったほむらの目には感情らしき色は見えない。

 ただ冷たく、倒れ伏して気絶している杏子を見下しながら同じく置物のように動かないアイザックへ視線を向ける。

 

「ここまで引っ張って来れたのは奇跡に近いわ。全員の協力を取りつけて、最も厄介だったインキュベーターの動きが此方側に回ってきた。アイザックの登場で懸念していた美樹さやかの暴走は免れ、例え魔法少女の仮面がある間に限られても鋼鉄の精神を持った戦士となり続けられる。巴マミは砲撃によるソウルジェムの汚濁の心配が無く、佐倉杏子は後少しもすれば目を覚まして全力で戦える……」

「ここまで、全て計算だったと言うのかい?」

「いいえ、確かに彼らに絆されたことはあるわ。アイザックにも恩義を感じている。そしてこれまで私が見殺しにしてきたまどか達の想いを背負っている以上、この世界において誰もかれもを駒として見ることはできないわ」

「駒、随分な言い回しだね。君がどれほどの世界を渡ってきたかはまったく想像がつかないけども、ただ一つ言える事がある。―――君は感情に流されやすい性質のようであり、それでいて一度決めたことはやり遂げようとしてしまう。その時の心情に関わらず」

「あなたと此処まで話したことは無かったけど、心についての研究は随分はかどっているようだね」

「理解はできなくとも利用はできるさ。さやかが僕達の立場から攻めたようにね」

「本当……美樹さやかには感謝するべきかしら」

 

 ほむらは踵を返す。

 カシャッと響いたプラズマカッターのリロード音はやけに小気味の良い音を出した。

 

「アイザックには感謝しているわ。これほど強力な武器を渡してくれた。火力の足りない私でも、魔力コーティング一つで巴マミの全力を越える様な威力を発揮する事ができる」

「コンタクト・ビーム。形態型の小惑星破砕に用いられる工具だったね」

「ええ、出力次第ではあの大きさの化け物にも通用するのはアイザックの体験談で実証済み」

 

 盾から取り出したソレを、再び撃てるようにしてから仕舞い直す。

 他にもフォースガンはワルプルギスの使い魔を散らすには有効な戦闘手段と足り得るし、ワルプルギスだってほとんど無敵であっても視界や聴覚と言った感覚は魔女と同じだ。

 ただ巨大で、力が強い。シンプルだが強力なポテンシャルが壁となる以上、それさえ抜いてしまえば魔女特有の能力と言うものはワルプルギスには無い。

 

「ありがとうアイザック。でも、あなたから結果的に全てを貰う結果になったことには謝るわ。この言葉も届いていないでしょうけど、個人的にはここまで事を進める事が出来て本当に良かった。だから―――安全なところで全てが終わるまで待っていて」

 

 ほむらの姿は一瞬だけぶれた。

 まるで幻影の様なソレは一瞬画面の止まった動画が再開したようだったが、一つ違うのはアイザックの体がその場から消えていた事。そして、ほむらの額から顎へと一粒の汗が流れていた事。

 

「キュゥべえ、グリーフシード6つよ」

「やれやれ、数は多いと言っても限られている。その方が効率的だと思うけどね」

「乗りなさい。彼女達のサポートはあなたの同類がやってくれるんでしょう?」

「元々気付いていて、それを待っていた僕も随分と可笑しな思考をする様になった。今回の戦いが終われば、フォーマットを受けに行くとするよ」

「多少愛嬌が残っていた方が都合がいいわ」

「まったく、訳が分からないよ」

 

 言いながら、キュゥべえは耳毛のリングを光らせた。

 また此方へと飛んできた巨大なものは、今度はHiveMindの触手では無い。不可思議な力で浮かされていた高層ビルの一つ。それを元の持ち主に投げ返すも、事もなげに影の様な夜空の様な空間の帯で弾かれる。

 そしてスーパーキネシスの反動によってキュゥべえの肉体がまた一つ砕け、暗がりから新たな肉体へ宿ったキュゥべえがほむらの肩へと飛び乗った。

 

「まるで二大怪獣決戦ね。マスコット付きなんて、私は大きな蛾になるのかしら」

「日本の特撮映像作品かな? なるほど、人間は比喩表現が豊富で不可思議だね」

「少しくらい調子に乗らないとやってられないの。そろそろ黙らないと、舌をかむわよ」

 

 タンッ、と踏み出した彼女が向かうのは、見滝原の港付近にある大橋方面。開発途中地で暴れまわるHiveMindはワルプルギスの夜にとってどんな扱いになるのだろうか? そんな実もない事を考えながら、ほむらは決死の思いを胸に風を頬に感じる。

 彼女が目を向けた先では、魔女結界程度では抑えきれない空間の歪みが渦巻いていた。

 

 策謀の繰り広げられた場で、ようやく回復を遂げた紅槍の少女が目を覚ます。

 無言で展開した槍に込められていたのはどのような想いだったのだろうか? それを知る術を知らないまま、全ての魔法少女は戦いの場へと赴いた。

 

 

 

 

「……アイザックさん? どうして、ここに」

 

 最後の波乱を、決戦地の隣で引き起こしながら。

 




どうしよう、思い描いていたエンディングと124度離れてきた。
ラストを目前にバイオ6のシモンズみたいにダラダラと続けるつもりは無いけど、一気に書くのもアレなきがする。

心理描写がおざなりになってたから補足と回収兼ねてからラストを飾ります。
波乱は引き起こすに限る。

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