技師の力は何が故に   作:幻想の投影物

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 爆音が見えた。振動は伝わって来なかったが、下の階に飛び散ったネクロモーフの破片が窓に張り付いていることから、あの辺りにはぐれた二人は取り残されているらしい。まったく、派手な事だ。そう思わずにはいられない。

 同じく爆発した場所を見ながら、先ほどから何度か耳に手を当ててテレパシーを拾っている少女――マミを見る。うん、うんと頷いている便利なテレパシーは、残念ながら自分には使えないらしい。

 

「さっきの大きな爆発がキュゥべえ達の居る方なら、何とか分かると思うわ」

「ちょっと良いか? さっきのハッキングで地図がある。彼女達はマークしたから、このロケーターで目的地として設定しよう」

「え? 地図が手に入ったからロケーターを?」

「合流まで問題は無い、筈だ」

「分かった……大丈夫、そっちにすぐ行けるわ―――これ、凄いのよ!」

 

 にこにこと此方のロケーターが造る青いラインを見ながら、彼女は笑顔を浮かべていた。こう言った好奇心が刺激されるものに興味があるのか、実況するようにアケミらへ伝える姿は年相応の少女のようだった。

 そうだ、年相応。これが重くのしかかる事実。同時に、彼女たちで無ければ戦えないという問題点。私のスーツがあれば話は違っただろうが、これはこの時代で作れるような代物では無い。OSやパススロットの量子変換機能は作れないこともないが、他星で発掘された専用のレアメタルで量産されたパーツで造らなければ収納とRIGシステムは保管できない。

 彼女達以外、大人が戦うべきである。それはこの時代のジャパンにいる自衛隊も同じ考えのようで、表面上でしか納得はできていないようにも見えた。今となっては、考えるだけ無駄なことでしかなく無理やりにでも感情を抑えつけなければならないが……む、あれは。

 

「……Shit! 早く、逃げろと伝えろ!」

「え、あ―――暁美さん、美樹さん! はやくそこから逃げてぇ!!」

 

 ギリギリで伝わったか、そうでないかは分からない。

 だが―――確実にあの部屋は破壊されてしまった。宇宙空間に吸い出された二人の姿を見て、すぐさま私たちの足は動き始める。ロケーターの光を追いかけつつ、彼女がこちらに話しかけてきた。

 

「あの部屋までのマーキングは出来ますか!?」

「問題無い。ただ、君が先行しなければそう早くはいかないだろう……だが」

「大丈夫。二人を信じてるから、アイザックさんに合わせます」

ありがとう(Thank you)……気を引き締めねばな」

 

 ロケーターが示すのは横道にそれる事も無い最短ルートだ。施設の床から直接データを引き出し、地面に設置された特殊な誘導装置の一部が発光する事で道を指し示す。その光はラインの上を流れるように動き、それで方向を知ることができる。土地勘のない者にも目的地へ辿り着けるよう誘導が可能なほか、アイザックなどが着けている強化スーツなどにロケーター補助の機能があれば、例え雪山など自然の造り出した場所であっても「地図」さえあればヘルメットが仮想的に見えるラインとして視覚に映しだせる。

 バーチャルリアリティを再現した時代の賜物である。ナビゲーター機能を突きつめた結果、最もスマートで分かりやすい進化を果たした証がロケーターの真髄と言っても良いであろうか。

 

「次は―――何?」

 

 しかし快進撃とはいかなかったようだ。

 アイザックの不可解だという感情が突如口から洩れる。

 ソレもその筈。彼らが走り飛び出した先、ロケーターの光が指示していた場所は壁で埋まっていたからである。元からそこにあるような壁に、しかしロケーターはここが「障害物の無い」最短経路だと教えている。

 地図が間違っていなければこの指示は絶対に可笑しいものではないし、地図が正しいのはこうして上階からいくつかの階段を下り、廊下を間違いなく抜けて来れたことから証明されている。

 となれば、これは何らかの妨害工作か結界の主なりのルールに従った警告の一種かもしれない。この結界は、魔女の結界では無い。アイザックはそう言った魔女に関してはかなり疎いものの、結界の他ネクロモーフなどから発せられる不可解な行動理由がずっと気に掛かっていた。そのため、これにも何か意味があるのではないかと疑ったわけだ。

 

「アイザックさん、ちょっと下がってて」

 

 何かあるというのは彼女にも分かっていたのだろう。マミは胸元のリボンを解けさせると、手に持って鞭のように―――否、自在に動き回る己の手足のようにその壁をリボンに 抜けさせた(・・・・・)

 そう、すり抜けたのである。

 

「…っ!? これって!」

 

 そして返す手首でリボンを戻すと、壁から向こう側は何やら溶けたように蒸気を発しているではないか。この先に何かがいると言う事はこれで明白になった。

 一体どうすればいいのか、迷うべき場所にぶち当たった彼らが取った行動とは。

 

「酸を吐くヤツか? 何でもいい、早く合流しなければ何時電子レンジが鳴るかも分からん」

「そんなにマーカーってものの電波が強かったらみんな死んじゃうと思うんだけど……」

「Huh! 怪物になる運命は変わらんさ」

「ケ・パッレ。いつも雨よね、でも赤い雨はこっちだってうんざり。私も乗るわ」

 

 言葉はそれまで、あとは暴力。

 一番ダメージを気にしなくても良いマミが有無を言わさず、ソウルジェムの髪飾りを帽子の中に隠してからその偽物の壁の中に突っ込んだ。その瞬間―――

 

 雨、雨、雨。酸の雨。

 人体をドロドロに溶かしつつ、何故か粘着質を持った最悪の液体がマミに降り注ぐ。送れて壁を突破したアイザックは即刻工具を持ち変え、本来の「危険物その他を遠くへ吹き飛ばす」用途のためにその道具、フォースガンの引き金を引いた。

 BAM!! と広がった目に見えない衝撃の渦は振りかかる酸を吹き飛ばし、余った液体はひとまとめにしてアイザックがキネシスで引っ掴み持ち主へと返す。飛び散った自らの酸液に内臓以外が耐えられず、自爆し弾け飛んだネクロモーフの血肉を浴びながらマミはその中心部へと躍り出た。

 

「対ネクロモーフの新技、見せてあげるわ!」

 

 魔女とは違い、ネクロモーフの耐久度は全てが等しく高い硬度を持っていながら、それ以上の存在は無いと知らされていた。故に彼女は、分配する魔力を考えつつ、一度の攻撃に使う魔力量は「最後の一撃(ティロ・フィナーレ)」以上に使うと言うとんでもない技を考案した。

 まだ名前は無いし、こんな悲劇的な相手かつ一発ごとにグリーフシードの補充が必要な時にしか使えないのでは意味が無い故名前を付けるつもりもない。

 だがそれはあまりにも強力で、華やかで―――何より一切の容赦など存在しない。

 

 円状に彼女お得意の銃剣を出現させる。その中心に自身とアイザックを入れて安全圏を確保した瞬間、マミは薄く笑って見せた。

 それらはラッパ状の散弾の様な形状をしながら、持ち手の上はリボルバー拳銃の様に丸いマガジンが露出していた。空で固定される筈のそれらはマミの周りを高速で回転し、風船のように膨らみ始める。

 唐突に、でも意識的に、それらの銃は開け放たれた。

 

「一斉掃射!!」

 

 Bang,Bang,Bang!

 オノマトペはこの程度。実際には―――音すらうるさ過ぎて聞こえない。

 拳銃のようにも見えるマガジンは六発なんて生易しい数では無く、まるで「ドラム」と呼ばれるマガジンのように圧倒的な暴力を発揮する。既知の言葉で形容するならば、それらは「ガトリングショットガン」とでも言うべきか。

 黄色い魔力の球はあまりのも密度が高すぎて最早白くさえ見える。マミ達を囲うショットガンの弾丸は打ち出されるリロード速度と数が多すぎるせいで、もはや弾ですら無く、線と言うにも馬鹿らしい。真ん中だけ空けて広がった白く丸い板そのものだ。

 

 酸の雨の洗礼を受けたから、こちらも仕返ししてやろうと言う魂胆なのか、馬鹿らしいと思えるほどの数の暴力。一時期流行った倍返しなんて言葉が優しすぎて涙が出そうなものである。まさか、量を仕掛けてくる相手に対して「二乗」で返す馬鹿がどこにいるというのか。

 掛け算の中でも二乗、三乗と数そのものを掛けて行く乗算は数の暴力として表すのならば恐ろしいことになる。少なくとも、抗争や取っ組み合いが戦争になる程度には。

 

 そんな真っ白な世界にアイザックがポカンとしている間に、花火の様に散ったマミの散弾銃モドキ達は魔力を失って割れるように現実から姿を消した。パキィン……と嫌に高く響いた音が彼をようやく現実に押し戻す。

 

「魔力の使い放題って良いわね。でも、これっきりにしないと中毒になっちゃうかも」

「……君は十分トリガーハッピーで通じるさ、社会人としてはともかく、個人としてはテロ屋をお勧めしたいものだ」

「じゃあ魔女の世界にテロ活動でもしてるわよ。今のところ……それだけが、私にできる事だから」

 

 息を切らしながら、グリーフシードを二つ使って穢れを浄化するマミ。

 確かに全力疾走したかのような光景だが、恐らく魔女にとって一番厄介なのはこうした単純な暴力が力となるマミのような魔法少女なのだろうとアイザックは思う。特異な能力は強力な半面、使いどころが難しいのは彼自身の人生経験でよく分かっている。

 

 ただ一つ、アイザックは思った。

 彼女だけは、グリーフシードが潤沢に使える現状では怒らせてはいけない。もしも彼女がネクロモーフ共にその怒りを向けたのなら……破滅は必須であろう、と。

 

 

 

「サーノバビィィィィッチ!!」

「ネクロモーフを呼ぶつもり? それともアイザックの真似? どっちにしろ煩いわ」

「やってられないよーこんなの。ああもう! なんでこんなに複雑で訳の分からない構造してんの此処!? 早くキュゥべえに情報受け取れる機械使って貰わなきゃいつまでたってもアイザックさん達と会えないっての!!」

「でも時間がかかるのは確かに考えものね……キュゥべえ、ここのモニターから何か出来そう?」

「……駄目だね、これもハリボテだ。そもそも、Black Markerの生成に全エネルギーを供給してるのに僕らが使える機械があること自体可能性としては低い。そんな機械にエネルギーを割く必要なんて無いからね。もっとも、普通のネクロモーフとMarkerならという前提が必要だけど」

「あーあ、そりゃそうだよね。だってこの世界はネクロモーフが魔女の力を使ってるようなもんでしょ? どうやってこんなになったかは知らないけど、だからこそキュゥべえの豊富な知識もこう言う時には役に立たないって言うかさ」

 

 精神的に疲れ、まいってきたさやかを咎める者はいない。キュゥべえも感情が無いとは言っても精神は存在するため、そこに疲労・疲弊と言う現象は必ず存在する。それは名が気に渡って自分を殺し続けてきたほむらにも言えることで、この時間軸で巻き起こる全ての圧倒的な予想外の事象は徐々に彼女自身の見つけたペースを崩し始めていた。

 絶体絶命とは言いきれないが、時間が無くなって行く焦りがまた心に罅を入れてくる。幸いなのは心がまだしっとりと他人の繋がりで濡れている事で、もしも孤独で乾燥してしまっていたならば既に魔女と化していてもおかしくは無いだろう。

 

 人とのつながり、それはどれだけ重要なのか。

 この場にいる二人の魔法少女は、どちらも単独で事を成そうとする無意識が存在する。だからこそ、色々と分かっていて二人一組の現状を保ち続けているのかもしれない。

 

「…ねぇキュゥべえ。正確な数はともかく、日本には魔法少女ってどれくらいいるの?」

「47都道府県の地区一つあたり平均で40人前後だね。変動は激しいから必ずしもそうじゃないけども」

「じゃあさ、その子らに協力呼びかけられない? 騙すようで悪いけど、“真実”知らないヤツとかは杏子みたいにグリーフシードに目が奪われそうなもんだけど」

 

 唐突にさやかが話したのは、人間だからこそ誰しもが考える様な事だった。

 自分の手が足りないから他の人の手を借り、その物事を解決する。集団的な行動を取る生き物が人間であることから、間違ってはいないどころかその発想は正解だっただろう。

 キュゥべえの言葉を信じるならば、どこか近くの街から魔法少女を拝借するのもまた、戦力増強と地球の危機を救う方法として正しい。しかし現実と言うのは非情なもので、

 

「残念ながら、それは無理だね」

「なんで、地球丸ごと無くなるよりマシじゃないの?」

「魔法少女は、自らの願いを僕らの様な異邦者に叶えてもらうと言った利己的な部分を持ち合わせている。今でこそ君たちは危機の知識を共有し、さやかも初戦闘がネクロモーフだったこともあって同族に似た姿を持つ敵を屠ることに抵抗感は無い。でも、今ここで部外者が立ち入るのは現在の共闘意識を乱す可能性が高い」

「……自分勝手な意見を主張して“人だったのを倒すなんて!”と喚いたり、“自分以外がどうなってもいい”と見殺し、あまつさえは“全力で頑張る”と此方が分かっている事を知らず空ぶってしまえば、ほんの少しの要因が結果として“魔法少女のネクロモーフ”を誕生させる恐れもあるわ。大人から、挙句に胎児までああなる存在を相手に、元から人を越えた魔法少女のネクロモーフは最悪の存在よ」

「あー、そうだね。変に特攻されても体が残ったら駄目ってことか。死ぬのかどうかは二人とも重要じゃないんだね、まぁいいけどさ」

 

 今回の相手は厄介なことに、魔法少女と同じようで、全く違う正真正銘の「ゾンビ」だ。死者は敵の仲間入りを果たし、あまつさえその死体はネクロモーフの体の良い道具として最大限効果を発揮する。

 非常に微妙な精神状態を取りそろえた、この奇跡の様なメンバーで無ければ無理。

 

 人だったものを殺し、共闘意識があり、全員の生命を生き残らせる気兼ねを持ち、それぞれが全員と自分の正気をカバーできる。その上で実力が必要とされ、時には個人の技能を突出させて「必ず」良い方向へ持って行かなければならない。

 此処までを取りそろえるには、事情を知り、それなりの時間を必要としなければならないだろう。だからこそ、飛び入り参加は失格退場。此方側にこれ以上のイレギュラーは必要されていない。

 ワルプルギス戦ならば、協力を呼び掛けることも出来るのだがその場合はネクロモーフと違って大量のグリーフシードと言う報酬が無い。正義感で動く人物など、魔法少女の中では非常に珍しく稀有であるから集まるのはほんの数人と言ったところだろう。

 

「……積みそう、でもやるしかないかぁ。アハハ、ワルプルギス倒したら絶対に恭介の返事聞いてやるんだ」

「分かってて妙な伏線張るの止めなさい」

「いま此処で言うから、ほむらが聞いてるから言うんだって。いざとなったら時間停止で助けてくれるの信じてるから」

「信じる……その議題も、いつか解明したいものだ。僕たちが感情を持つ事は許されないが、感情を操るためにも必要な議題が幾つも残っている。単純な喜怒哀楽でさえまだまだ分かっていないことは多いと言うのにね」

「なんか、今日のキュゥべえは良く喋るし動くなー。キネシスがあるとはいえ荷物持ちも引き受けるし、もしかしてマーカーの事もあるから焦ってんの?」

「かもしれない。精神的に追い詰められる事で身体にも何か動作を持続的に起こす異常らしきものが、今この体にも起こっているよ。君たち風に言えば何かしていなくてはもやもやが晴れない、と言ったところだろう」

 

 ただ、このままでは精神疾患(感情発露)を起こしそうだけどね。

 

 心の中で呟いたその記録は、ふっと彼の母星にあるデータの海に呑まれて消えた。

 この場でキュゥべえは、自分自身の役割を持っている。魔法少女を「絶望させない」ように精神を誘導し、自分自身は無我を貫く様にしつつ彼女らの精神を落ちつかせるフォローをしなければならない。

 傍観者がいたとすれば、ソイツはエネルギー搾取のために絶望が必要な癖に、とんだ役回りであると笑うだろう。だが彼らほど宇宙を、広義的な意味の世界を想う種族もいない。

 

 ただし人間は、大は小を兼ねないという意識を持つ者もいる。そのために、種族と精神構造の違う彼らは必ずすれ違いと衝突を起こして行くのだろう。これまでも、そしてこれからも。

 

「急ごう。エレベーターよりも二つの棟を結ぶ渡り廊下なら遭遇する確率が高い」

「機械探しはあくまで手段のための手段だものね。無くてもそんなには困らないわ」

「それもそっか。……じゃあ頑張ろうか、特にほむらはまどかのためにもねー」

「煽るなら、買うわよ」

「全部終わってからなら受けて立ぁつ! なんてね」

 

 笑みを浮かべる事を忘れない。

 それは、相手に教えてやるためだ。

 自分たちはどんな逆境にも負けないという威圧を与え、そして仲間が決してあきらめないようにするため。例え笑うという行為の意味を知らずとも、自然と出てきたものは必ず理に沿っている行動となる。

 挑戦を楽しみにしているように先陣を切ったさやかは次の扉を開き、

 

 部屋を埋め尽くす1万トンの肉塊が襲いかかってくる光景を網膜に焼きつけた。

 

 ザンッ、という音が腹から聞こえてくるのと同時に。

 




次はデストロイパーティー。

なんか、最終章入った瞬間それが一番長いことに気付いた。
と思ったら、実は文字数少なくて話数だけ多かった。

あー、それでは皆様……イッツ・ショウ・タイム

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