技師の力は何が故に   作:幻想の投影物

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case26

 分厚い壁が破壊され、二人の人影がその部屋に叩きつけられる。追撃を掛けてきた触手を立ち直ったさやかが迎撃し、その剣を振るう事で弱点だと言われた部位を両断。血とも言えぬ気味の悪い体液を撒き散らして引いた触手を見送りながら、ようやく訪れた静寂に二人はほっと息をつく。

 

「見事に分断されたわね」

「そうみたい……それにしても頭痛い」

 

 さやかとほむら。この二人組となっている部屋の壁もまた、件の触手に破壊された場所だったらしい。目の前で建造物が自動修復されていく不可思議な光景がその証拠だ。

 それはともかく、ほむらにはある程度の見当はついていたらしく、彼女の様子は冷静の一言であった。アイザックから又聞き下に過ぎないが、突如襲ってきたのは「Hive Mind」というネクロモーフを統括する巨大な肉塊の一部分だと確信しているからだ。

 

 元々、あの狂気の一体化信仰者(ユニトロジスト)だったマーサー博士の言葉や石村各部に散らばった研究資料などを、アイザックは石村の中で少しでも有利に動けるよう、ハモンドや裏切るとは知らなかったケンドラのためにかき集めていた。その中にあった情報端末(マトリクス)のうちの一つに、それらしい情報があったので取得と共にデータバンクへの書き込みをしていたと言う訳だ。

 その蓄えられた知識を見直し、一応此処にいる者達にネクロモーフの種別と言うのは頭の中に入っている。ただ、それがぱっと思い浮かぶかどうかは個人次第であるが。

 

「―――ってこと。下手するとワルプルギス級の大きさのヤツらしいわ」

「わお。魔法少女でもないのに、そんなのと戦って無事だったアイザックさんって何者だろうね……あ、ちょっとヤバいこれ。立ってらんない」

 

 頭を打った時に骨でも陥没していたか、まだ頼りない足取りのさやかをほむらが抱え立たせる。こんな風に相手と密着したり、そう言う事に慣れていなかったため少し彼女の体を取り落としかけたのは秘密だ。

 

「しっかりしなさい。……でも、そうね。本人はあくまでエンジニアって言ったけど」

 

 ただ思う。お前の様なエンジニアがいてたまるか。

 ほむらはアイザックからネクロモーフの特徴を聞くたびに、とてもではないが人間の膂力程度で勝利を収められるとは思えない相手ばかりなためにアイザックを本気で何者なのかと疑ったこともある。

 だが、結局彼は人間でしか無い。強化スーツを着ていようと、こんな非常識を「尻ぬぐい」と言って関係の無い魔女や仲を取り持つ事に手助けしてくれようとも、一般人の大人でしか無いのは覆しようもない事実。

 それはアイザックが魔女を単身撃破するなどの偉業を成し遂げる度に、彼女の中で少しずつ薄れてしまう様な価値観であると同時、それでも忘れてはならない認識だった。なにせ魔法少女並みの運動能力は彼には無いし、ネクロモーフはともかく魔女の理不尽なまでの結界や使い魔、ギミックなどは人の造った科学技術など一瞬で破壊するだろう。

 

 前途多難。正にそうとしか言えない現状でただ魔法の加護を受けただけの人間がここにいる。それはどれだけ異常な事であるかを再確認して震えているほむらは、肩から降りた白い獣の呟きを拾って意識を切り替えた。

 

「それにしても困ったね。この場では君たちの補助をするのが僕達としても一番だけども、あちらには同族はいない。ネクロモーフの落とすグリーフシードからは同じネクロモーフしか生まれないと言っても、グリーフシードの回収をしないといずれ数に押される悪循環だ」

「あ、そうか! 転校生……じゃなくてほむら、急いでマーカー探すよ!」

「…そうね。今はそれが最優先ね」

 

 ワルプルギスは、精々本気を出しても日本列島一つを破壊する程度だ。

 だがThe Moonは? 惑星を破壊するだなんて、放っておけない。そんな事をしてしまえば、ほむらにとって何よりも優先すべき約束の相手「鹿目まどか」が死んでしまうからだ。

 だからこそ、ここまで真摯な態度で接してくれる「今回の人たち」に、打算的な考えを持っている事が少し気にとまった。どうせ次に回せばいい、という思いはあるが、一般人に多くの犠牲者が出ようともこの世界にて全てをやり遂げる気兼ねが無ければワルプルギスを乗り越えることなど夢のまた夢だから。

 

「ほむら、とにかく進んでくれないかな。黒いマーカーを発見するか、アイザックたちとの合流を先にしなければ此処はネクロモーフで溢れ返るかもしれないからね」

「ごめんなさいね、また思考に嵌まってたみたい」

「そう言うの良いから―――っと、来ちゃったか」

 

 何とも心移りがしやすくなってしまった、とほむらが自嘲している所に、考えどころか人間をぶった切る不躾なお客さんが家族ずれでいらっしゃった。どれもが穴のあいた顔ならぬ顔を揺らして、腐ったような形の筋肉を剥きだしに見せつけてくる。

 異形の化け物共はと言えば、さやか達を見つけて狂喜乱舞するようにその腕を振り上げた。一斉に殺到するのはプラズマという物質の第四態でも切り裂けぬ異常な硬度を持っている事も含め、まるで赤い海を相手にするかの如き恐怖であった。

 

 ―――が、彼女達は魔法少女。既存法則によって倒せるような相手は敵では無い。自身の心と言う法則に満ちた世界を創造する魔女へ相対して戦って、なおかつ勝利を収める人々の希望の灯であるのだ。

 

 白銀の大剣をその手に出現させたさやかは、いつもは笑顔の似合う垂れ目を塗り替える。キッと視線だけでも射殺せるような敵意を胸に、爆発させた魔力を推進力として飛び出して集団相手へ無謀な一閃を切りこみ―――その全てを両断したッ!

 豆腐へ包丁を降ろすかのように、その血飛沫すら切り裂いて見せたさやかが次に見せたのは体勢ごと大剣を握りなおした逆薙ぎ払い。近未来的な施設の狭い入口に陣取っていた一団を完全に切り落とした彼女はすぐさま身を引いて、ほむらの元へと帰還する。

 

「流石、状況判断はお手の物ね」

 

 アイザックとのネクロモーフを相手にした連戦。それによって極限にまで鍛えられた視野の広さは、時間停止を使ってまでほむらが起こしたアクションを知るほどに成長していた。視界の端に見えた鈍い光沢。それは決して見間違いじゃないと判断したからこそ、多くの敵を其方へ殺到させた。

 2秒……1秒……爆発。

 向こう側の部屋を埋め尽くすほどの赤い光は、閃光手榴弾にすら匹敵されるほど魔力で強化された現代兵器(グレネード)。ネクロモーフの不出来な身体から肉片が飛び散り、地面や壁、果てにはさやかの頬にまで飛び散った。

 

≪クリア≫

≪突入するよ!!≫

 

 キュゥべえがほむらの肩に乗り、余計な興奮で舌をかまないよう狭域テレパシーで応答して隔壁の向こうを進む。ご丁寧な事に、アイザックがハッキングに成功したからか、この結界を作った者が全てのパスロックを別に変えることができなかったからか、彼女達の視界に入った扉は全て開かれているらしい。

 一瞬判断を迷った二人には、クイズの時間切れで罰ゲームのつもりか赤子ネクロモーフの背中から生えた触手から吐き出される骨弾の雨がプレゼントされた。さやかは頭部を庇ってマントで自らを覆い、ほむらはその左手の盾を回して時間を止める。

 

 ほむらに訪れたのは写真の中に入った様な感覚。

 幾つもの骨弾が空中で静止し、それに対応しようとするさやかの固まった姿。そしてなによりも弱点である背中の触手三本を剥き出しにして天井に張り付く赤子のネクロモーフ共。

 骨弾の雨を逆に足場にしながら、トントンと階段を駆け上がる様に華麗なステップを刻んだほむらは丁度触手を一括できるような位置にプラズマカッターを向け、容赦なく光の帯を打ち込んだ。

 ダン、ダン、ダン、ダン、ダン、ダン。ピアノの同じ位置を引くかの如く、しかし撃つ位置はしっかりとバラバラに定められた光の帯は幻想的な光を発しながら止まった時に置き去りにされる。天井と壁の間にできる僅かなデッドスペースで安全地帯を確保したほむらは、壁に張り付きながら時間停止を解除―――そして時は動きだす。

 

 さやかのマントに突き立てられる骨弾の雨、同時にいつの間にか存在していたプラズマカッターの光波に弱点を切られ死滅する赤子ネクロモーフ。地上で生き残っていた通常個体のスラッシャーが鋭利な爪を振り上げて着地するほむらへせまったが、彼女が時を止める必要も無くその体は四肢を伐採されてしまった。

 

「ああ、もう。あたしってなんでこう泥臭い感じ(ダーティ)な戦い方になっちゃうのかな。そう言う星の下に生まれたとしたら、ホント神様をぶん殴りたいよ」

「知らないわよ。それよりさっさと弾を抜き取りなさい」

「はいはい――痛ゥッ!? ちょ、勢い付けて引っ張んな!」

 

 さやかの体中に突き刺さった骨弾を抜き取ると、凄まじい勢いで吹き出る血と共に彼女の傷は癒えて行く。魔力をフル稼働させているのか喪った血液も生成されているようで、よく無敵と勘違いした魔法少女が戦闘中に陥る貧血症状も見受けられない。

 

「ほらキュゥべえ。餌」

「むしろ世界の餌という表現方法が適切だね」

「冗談の通じない奴」

 

 さやかが二個同時に当てていたネクロ・グリーフシードをキュゥべえの背中の穴に収納させる。そして突入した部屋を見渡せば元の物言わぬ屍と成り果てていたネクロモーフの全てが、そこに存在した証としてグリーフシードを一つずつ落として消滅した証が転がっているだけである。ただ、飛び散った血液が残っているのは、この結界の厭らしい真意を表しているに違いない。

 使用をしなくとも、放っておけば得にはならないのは当たり前の話。ほむらとさやかはそれらを拾い集めて、丸ごとキュゥべえの背中へとドサドサと突っ込んで行く。さながら大漁の漁船から魚が揚げられていく様子が数秒続き、そこに転がっていたネクロモーフのグリーフシードは全て収められる。

 背中の蓋を閉めて、キュゥべえは「きゅっぷぃ」とげっぷのような仕草をした。悔しいことにこの愛玩的な見た目をした生物は声もさながら動作も可愛らしい……その無機質な目を見なければ、という条件付きではあるが。

 

 グリーフシードはまだまだ残っているし、恐らくキュゥべえは今回でノルマとやらを達成している事だろう。だがこの回収量はあくまで副次的なものに過ぎず、キュゥべえの目的は建造中のBlack Marker(以降はB.Markerと記す)を破壊する事だ。

 

「テレパシーを繋げるよ、向こうで何か動きが合ったみたいだ」

「分かったわ……巴先輩、聞こえる?」

≪こっちは大丈夫よ、ただ少しお願いしたい事があるの≫

「キュゥべえの動きって奴か…マミさん、どんな感じなんですか?」

≪えっとね……≫

 

 アイザックと応答しているのか、ここの二人にはテレパシー越しにええ、とかそうね、と言った相槌が聞こえてくる。それから数十秒後、ようやく話をマミも理解できたのかその内容が明かされた。

 

≪こっちにパネルがあるんだけど、全部開いた扉と違ってバッテリーが必要みたいなの。なんて言うか、電撃マーク? みたいなエンブレムがついた、両手で抱えられるくらい大きな電池らしいわ≫

「電池……そうね、魔女の結界なら奥まで辿り着くのに必要な謎解きもあるかもしれない。そして狙ってこっちを分断したとしたら」

≪えっと……うん、そうなの? ……その、アイザックさんが言うにはそれなりに重いから気をつけてほしいって≫

「重労働ならあたしが…って言いたいけど、そしたらネクロモーフの奴らがなあ」

「だったら僕が運ぶよ。使用後は筋繊維が断裂するだろうけど、この容れ物を破棄すれば次の体で元に戻るしマミの回復魔法を浴びればある程度は回復出来るからね」

≪そうね、こっちも何とか二人でカバーしてる所があるから、戦えないキュゥべえが運ぶのは得策だけど……キュゥべえ、無理しないでね≫

「うん? 修復すれば問題は無いよ。マミ」

 

 テレパシー越しに深いため息が聞こえてくる。

 

≪そう言う意味じゃ……まぁいっか。それじゃあこっちも探索を続けるから、そっちにバッテリーがあればお願い≫

 

 ソレを最後に、向こうはテレパシーの回線を切ったようだ。

 一応支給された無線や携帯電話は各自所持しているが、ここは電波が通っていないし無線も周波数が届かない仕組みなのか現状はただの荷物と成り果ててしまっているのが痛いところだ、と数少ない連絡手段にほむらは頭を抱えた。

 

「……何にせよ動かないと駄目ね。あなたが決めてくれない?」

「それじゃ、あっちを探そうよ」

 

 さやかが指さしたのは、部屋と部屋を繋ぐ扉では無く、様々な部屋へ繋がる通路に出る扉。さやかがなけなしの英語の知識で読み取ったのだが、向こうにDr.■■labという文字があったために其方へと決めたようだ。

 

「研究室なら色んなの揃ってそうじゃん」

 

 とは彼女の言。とにかくほむらはそれに従って通路へと足を向けた。

 

 歩いてみてわかったのだが、大きなシェルター染みた扉は全て開かれているが、個々の小さな部屋に取り付けられた扉はほとんどが閉じられている。妙に静かな通路はなんとも不気味な雰囲気がしているが、それ以上に辺りに漂う血生臭さや壁に張り付いた血液、何かが此処を荒らしまわった後を示す壊れた電灯が絶対に何かがいるのだと語りかけてくる。

 精神を異常なまでに追い詰めるただの通路一つに、多大な心の労力を強いられているのだが、それは様々な機敏に聡いほむらだけでは無くさやかも同じだった。特に壁や上に取り付けられたダクトは、見滝原の廃ビルや路地裏で戦っていた時に、狭い狭い隙間から突然出てきたこともあって要注意対象の一つとなっている。

 

 不意打ちを喰らえば、魔法少女とて元は人間。ネクロモーフの鋭く巨大な爪は容易くその肌を切り裂いてバラバラと臓物や骨を分断して見せる。攻撃力に秀でたとして、いくら相手に攻撃すらさせない連携を組んだとしても、人間の体を少しばかり上部にした程度の彼女たちはアイザックの強化スーツ程度の耐久力しか無い。

 だからこそ、何が合っても怪我は負わないのが当たり前のルール。多少の切り傷は良いとして、体を削ぎ取られるような怪我を負えば痛覚が遮断される以前に体が動かなくなってしまう。

 

 さやかは大剣を順手に構えつつ、鏡のように周囲を映しだすその峰を見て同時に死角のカバーも行う。キュゥべえが彼女ら二人では抑えきれない範囲を見てくれているが、戦う術が無い以上は接近を許してしまえば忠告も意味を成さなくなる。

 扉一つ一つ、そこから突き破って(ブリーチして)不意打ちを仕掛けられても対応できるように、即興のハンドサインやアイコンタクトを駆使してクリアリングを行う。

 足音一つが緊張を呼び覚ます状態の中、ガタガタガタガタガタガタガタッ―――と、上のダクト部分を騒がしく歩いて行く音が聞こえた。それはネクロモーフ以外にあり得ない。もう位置はばれていると思ったとして、なにもおかしくは無い。

 

 訪れるのは再びの無音。

 ネクロモーフは生体反応を嗅ぎつけた時、どうやっているのかは分からないが死角からの攻撃が多い。常に死角をカバーするような陣を組んで背中を合わせ、互いの死角範囲を120°から240°まで広め―――

 

≪……研究室まで駆けこむわ。余計な戦闘は控えたいし、戦っていたらまた増援が来て余分な時間を取ってしまう可能性が高い≫

≪扉は、空いてないけどどうすんのさ≫

≪じゃあ僕が先行しよう。この体は足音どころか生体反応が無い。ネクロモーフが反応しないと思うからね≫

≪分かった、それじゃキュゥべえ……今はあなたを信じるわ≫

 

 ほむらの肩から降りて、一般人には知覚できないと言うキュゥべえは正に無音と無気配の限りを尽くして研究室まで駆け抜ける。パネルは無く、その真ん中の開閉スイッチを押せば開く仕組みらしいとキュゥべえが伝え、タイミングを待つ。

 

≪カウントは3よ。キュゥべえ、1と0の間でスイッチ≫

≪分かったよ≫

≪カウント! ――3≫

 

 緊張など隠しようが無く、誰の額か、汗が垂れる。

 生唾を飲み込む音が嫌に耳に残った。

 

≪2≫

 

 音も無く走る体勢を整える。さやかとほむらは大きな武器を消し、なるべく転がり込んだ際に扉に引っ掛からないよう身軽な装備になった。

 頷き合って互いを見、その挑戦は訪れる。

 

≪1≫

 

 キュゥべえが動く。

 軽いジャンプ、そしてスイッチを押す(push)

 扉の開く音は―――聞いたことのない、「おぞましい叫び声」に掻き消された。

 

「GO!」

 

 走り、直後彼女たちがいる場所に一体のネクロモーフが天井を突き破ってくる。背後の扉が破壊され、真っ黒な体をした巨大な怪物が剛腕で押し潰さんと迫る。魔法少女の中でも機動力に優れたさやかが先行し、ほむらは時間を止めていくつかの土産を置き、すぐさま時間を動かして部屋の中に転がり込んだ。

 次いで、生身だった分遅くなったさやかが入りパネルで待機していたキュゥべえが小動物の前足をもう一度ボタンに振り降ろす。扉が閉じる瞬間はまるでスローモーションのようで―――抑えきれなかったネクロモーフが上半身を乗り出しその爪を振り上げた。

 

 そして扉がソレを圧砕。

 上下左右から迫り出た扉がネクロモーフの体をねじ切り、長い両腕を引っ掛けて圧倒的な力で粉砕する。弾けた肉塊は無様な血飛沫を噴き出して力無く血に落ち、赤黒い水たまりだけを残して静寂をその場に訪れさせた。

 

 と、思ったのもつかの間。ほむらの後方から迫っていたのであろう死体を混合させた大型ネクロモーフ「Brute」が腕を振り上げ、扉を破壊しようと質量に任せた攻撃で部屋を震わせた。

 1撃が入ると扉はひしゃげ、2撃目が扉の金属を大きく迫り出させる。3回目の脅威が訪れようとした時、ほむらが時間を止めた時の「置き土産」を操作するリモコンを取りだし、そのレバーをぐっと倒して―――

 

「………ん?」

 

 衝撃は、こない。変わりに聞こえるのは、向こうの立ち去る鈍重な足音。

 ほむらは画面を開きながら必死にリモコンを操作し、それがさやかの興味を引く。

 

「何やってんの?」

「ラジコンよ。誘導用にって自衛隊の人から貰った物資だけど……本当に役立つなんてね。っと、もう少し―――」

 

 ほむらの動かすラジコンは最初に二人と一匹が放り込まれた、分断された部屋まで戻って来ていた。こうなっては袋小路、他のネクロモーフもこの騒ぎを聞きつけて訪れ始め、10体に及ぶ怪物ども宴がラジコンカーのバギーを追いかけるシュールな絵面となっていた。

 幸いにも「生きたネズミ」をラジコンカーの中に閉じ込めているおかげで、ネクロモーフはその音と生物に反応してそこまで誘導させられてくれた。

 

「さて、起爆ね」

 

 今度はもう一つのリモコンを取りだし、たった一つのボタンをピッと押す。するとラジコンから見えていた画面が消え、変わりにズズゥン……と小さな自身がこの研究室にまで響いてきたではないか。

 

「ほむらは爆弾使いが上手いね。今のは人間の造ったC3爆弾を魔力コーティングしたものかな」

「アイザックがあの触手に言っていた黄色い弱点、あれがさっきの大型にもあったから、小分けにして貼り付けておいたのよ。それなりに巻き添えに出来たけど、あのグリーフシードは放ってしかなさそうね」

「と、とにかく何とかここまで来れたなぁ……あー何か作戦映画に憧れてたけど、実際にやると此処まで疲れるなんて思わなかった」

「お遊び気分は止めなさい」

「そうでも言わないと、あたしが狂いそうなの」

 

 それなら、仕方が無いか。そう思ってほむらはこの研究室を見渡した。

 ネクロモーフの結界が造ったにしては小奇麗で、てっきりあると思っていたホルマリン漬けの生体サンプルらしきものも無い。点滅を繰り返す壊れかけたライトデスク位が特徴的なものだ。

 

「ほみゅりゃ……ひょれが、ファッテヒィふぁは?」

「あ、キュゥべえ。アンタが咥えてるのって」

「ぺふっ、うん。これがアイザックやマミの言うバッテリーで間違いなさそうだね。確かにかなり重いけど、僕のこの体なら運ぶのにそれほどロスは無いようだ」

 

 稲妻マークのついた、おおよそ直方体の物体。赤子を抱える程の大きさ、重さがあるがキュゥべえはこれなら大丈夫そうだと言った。

 

「聞こえるかい、バッテリーを見つけた。僕たちは……Dr.■■labにいる。マミ、合流できそうな場所はあるかな」

≪さっきの大きな爆発がキュゥべえ達の居る方なら、何とか分かると思うわ。……え? アイザックさん、地図が手に入ったからロケーターを? ……大丈夫! そっちにすぐ行けるわ≫

「ロケーター……確か地図を用いた方向を示す最短ルートを見る機能だったかしら」

≪これ凄いのよみんな! 青い光が道標になってるの。魔女を探す時もこんな簡単なら良いのにねえ≫

「マミさーん、珍しいの見て面白いのは分かりましたから、少し抑えて抑えて」

≪へぅっ! そ、そうよね。ちょっとはしゃいじゃってごめんなさい≫

 

 ほむらには手に取る様に、今のマミの表情を思い浮かべる事が出来た。あの拠点であれだけマミの変顔百面相を見ていれば、それはそれは簡単なことであるらしい。

 

「とにかく合流の目途は立ったわね」

「こっちに此処の地図が見れるような機械が無い以上、大体はアイザックさんだのみになりそうだぁ。っふ~」

 

 近くの椅子に座りこむ。この部屋には侵入されるようなダクトも何もないので、脱出するときは外が安全を確保してくれるだろう。そう思いながら、アイザック達の到着を待って―――

 

≪暁美さん、美樹さん! はやくそこから逃げてぇ!!≫

 

 念話と共に、部屋そのものを破壊する衝撃が三人を襲った。

 





そろそろ、作戦通りにはいかないようにしないとね

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