技師の力は何が故に   作:幻想の投影物

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バラバラになっていく登場人物達。
文字稼ぎにはちょうどい(ry


case18

 馬鹿を見る様な目だ、と思う。

 当たり前だ。なんせ前の邂逅にてゴミ箱の相手をさせている間に自分が逃げたという事実がある。更には明確な敵対関係を取ろうとした相手に直接、仲間に加われと言い放つ。加えてさやかは魔法少女になって日が浅く、長丁場になればなるほど敗北の確率は高まっていく。

 下手を踏めば、やられてしまうのは自明の理。杏子はいぶかしむ感情を隠そうともせず、ただ目の前の青い魔法少女を睨みつける事しかできなかった。

 

「……あ、分かんなかった? えっとね。一週間後にワルプルギスの夜が到来するからさ、そっちが仲間になってくれればこっちの戦力が4人になるってワケ。少しでも死ぬ確率は減らしたいじゃん? だから、負けて地球を終わらせるよりはちゃんと協力できる複数人の戦力で―――」

「待て待て、待てって! …コッチはやるなんて一言も言ってねーぞ」

「あれ、勧誘の仕方が悪かった? ほむらみたいには行かないなぁ」

「ッ! ふざけんなっ!!」

 

 痺れを切らした杏子の一閃。言葉と共に予備動作も見せずに振り抜かれた槍は神速の一撃に相応しい。無論、唐突な行動に対する即座の対応などルーキーの魔法少女には難しく、さやかはその一撃をまったく視認する事も叶わぬまま―――

 

「…あれ?」

「ハッ、言っただろ。ブッ飛ばしてでもグリーフシードの在りかを喋ってもらうってな」

 

 勢いよく槍が引き抜かれ、紅い穴を作ったさやかの腹部からは大量の血液が噴出する。信じられない、といわんばかりの顔でその場に片膝をついた彼女は、患部を抑えながらも杏子を見上げて睨みつける。

 杏子が行動に出た理由はこれで少しはマシな態度になっただろう、といった杏子なりの気遣いであり、手っ取り早い苦痛による情報抽出の手段である。それほど多くの魔法少女と出会ったことは無いが、いくらかはこうした方法で漁夫の利を得ることができていた。その後の魔法少女がどうなったかは持して知るべしであるが、彼女自身いちど奪った相手のことなど気にも留めない。さやかも同じくその犠牲者の中に含まれるだろう、というのが当たり前の結果であるのだが、そうもいかない。

 さやかは魔法少女の中でも恐らく、いや絶対に一番特殊な初陣を飾った少女だ。能力の全容は多少の差異はあれど、ほむらと共にいる時に「別の時間軸のさやか」の事を聞いているだけあって、自分に何ができるか、どこまでできるかの限界を知ることも可能。

 その武勇伝の数々は、さやか自身でも狂人としか思えない様なストーリーであったが、なるほど、自分以上に戦いで麻痺させることに特化した魔法少女も珍しいかもしれない。この様々な麻痺は、恭介の手が願いで治るまでの分が全部持って来てしまったのでは? とも議論した事がある。

 偶然キュゥべえが聞いていても、因果のなせる御業さ、とでもいいそうなものだが。

 

 なんにせよ―――さやかは再起不能ではない、というのが結論。

 

「…痛ぁぁぁぁいッ! お腹突くとか、アンタ正気!? しかもここ、女で一番大事な場所! 分かる? アンタは命に感謝とかしたことあんの!?」

「……ハ?」

「ああもう! 怒った。こうなったらこっちから力づくでも気絶させて引きずって行くからね。恨まないでよ、馬鹿!!」

「なっ、おまえ!?」

 

 その手に白銀の刃を備えた両手剣を出現させると、身の丈より大きく自身の首よりも太い刀身を誇る両刃の銀剣をひらめかせる。重力など感じさせないかのように大質量の長物を扱うさやかは、背中にロケットエンジンでもついているのかと錯覚させるロケットスタートを切り、刹那の時にて対象との距離を詰める。

 明らかに長物にしては不利な超至近距離と圧迫感に、杏子は反射的に後ろに飛び退いてしまう。しかしそれこそがさやかの狙いであり、標的自身が作り出した理想的な間合いが開いた瞬間に剣を振る。杏子の身を寸断せんと迫りし刃は彼女が取りだしたギミック・ランスの強靭な柄で受け止められたが、その膂力は並みの魔法少女には無い怪力だった。インパクトの瞬間、さやかの全身から集約された衝撃が相手の接触点を通じて全て運動エネルギーへと変えられてしまえば、結果は語るまでも無い。

 水平に飛んで行った杏子の体は、あまりの風圧で体勢を整えることも出来ずに公園のフェンスを突き破り、それでいくらか速度が和らぎ地面へ転がされる。振り抜いた形で固まっていたさやかは直剣を両手で握りしめ、鋭い闘気を乗せて視線を叩きつけた。この程度で終わりなのか? と、そう問うようにして。

 

「舐めんなッ!」

「舐めてなんか無い!!」

 

 立ち上がった杏子の手で槍が回り、一本の柄は多関節を持つ棍としての機能を露わにする。魔力が通り、意のままに操る事を可能とした鎖がジャラジャラした音を立てて展開すると、杏子は同じ槍を十数本辺りに展開。鎖が伸び、槍の穂先が様々な場所にささっていく中、その内の何本かはさやかを狙って風を切る。

 しかしネクロモーフの純粋な殺意と、おぞましい程の速度・量で振り下ろされる一撃に比べれば投擲物などさやかにとって脅威にすらなり得ない。ただの一振りで風圧を巻き起こし、たったそれだけで周囲へワイヤートラップの様に展開していた槍の何本かを機能停止させ、愚直なまでに真っ直ぐに、さやかは剣を備えて杏子へ向かう。

 ご自慢の変幻自在な鎖槍を突破されるとは思わなかったが、ある程度の予想はつけていた杏子は第一陣が破られた時の対応策を思案。そして一瞬で考えをまとめた彼女は何と、槍の一本を握りしめて低く構えた。下段から射出する様な体勢を取った杏子を視認したさやかが迎撃のため、水平に握った剣でレイピアのように突出させる。時を違わず放たれた杏子の溜めとぶつかり合い、甲高い金属音が夜の公園に響く。明らかなパワーファイターと思われたさやかだったが、そこで力負けしたのはなんと彼女の方だった。

 

「狙いが甘ぇ! 真っ直ぐ過ぎて弱点がありすぎるんだよっ!!」

「ご指導どうも。じゃあ、もう一回!」

 

 痺れる手の感覚はあるが、さやかはそれでも剣を取り落とさない。近距離ですれ違った際に会話を交わすと、その場で右足を軸に、左足で大きく身体を回転させてバットの様にフルスイング。遠心力と剣そのもののが持つ重力で引っ張られた速度は魔法少女の膂力に乗せられ、杏子の死角から一気に迫る。まるで騎士のような見た目とは裏腹な攻撃方法に面食らった杏子だが、風を切って進む物体の気配に気付いていたことでさやかの攻撃が失敗に終わる。無理やりに慣性の力を殺すことも出来ずにるさやかに、杏子は再びの鋭い槍の一撃を放った。

 ぞぶり、と確かに肉に喰い込んだ槍は、即座に引き抜かれて切り払われた。それはさやかの右腕を切断(・・・・・)し、勢いのままさやかの背中へ大きな裂傷を描き出す。一瞬遅れてやってきた血液が霧吹きの様に噴出し、公園に鉄っぽい匂いのする液体が撒き散らされた。

 

「あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」

「ほーら直撃だ。不味い不味い!」

 

 さきほどの仕返しとでも言うのか、おどけたように言うのは杏子。

 失われた右腕をしばらく抑えていたさやかの喉元に向かって槍を突きつけると、再三忠告するかのようにして杏子は言い放つ。オマエの負けだ、と。

 

「観念してグリーフシードの在り処を吐きなよ。見殺しはやって来たけど、殺人なんてもんに手を染めるつもりは無いんだからさ」

「…はっ、ははは」

「ん?」

「ははははははは!! あっははははははははははははは!!」

 

 残った左手で握る剣をだらりと下げ、さやかは心底可笑しいと言った風に笑い始めた。

 狂気的にも見える光景は、ハッキリ言って気味が悪い。常人ならば見ただけでつられて発狂するかもしれない、そんな純粋な狂気だけがさやかの瞳には宿っているようにも見えた。どろりと濁った彼女の瞳からは、普段の空の如き青さは最早ない。

 杏子は、もう使えないかもしれないと判断。さやかはこれ以上生きていても現代社会にも影響を及ぼす廃人だと断定して、即座にベテランらしい判断を下し―――その槍は左手に受け止められる。

 

「くそッ、まだ普通の意識があったのかよ」

「普通? 正常? そんなワケ無いじゃん。三日ぶりに、痛い思いさせられたなぁ」

「三日ぶり…? オマエ、まさか」

「ありがとね」

 

 びくっ、と杏子の視界の端で、白い何かが跳ねた。

 それは切り落とされた筈のさやかの右腕で、白色が見えたのは魔法少女の衣装だったから。杏子が認識するよりも早く、有り得ないという驚愕の感情が杏子の足をさやかの目前に、彼女の間合いから動かすことを拒否してしまう。

 まるで巻き戻しのテープを見ているようにさやかの腕は右肩と接合され、接合前から脳の指令を受け取っていた右腕は振りかぶる彼女の動きに合わされている。目をかっ開いて杏子の目を睨みつけたさやかは、無言の威圧で杏子の撤退をも防いだ。

 そして剣の切っ先が杏子の腹のすぐ隣を通り過ぎ、咄嗟で外れたようにも見えた剣の峰が、

 

「ぜェやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」

 

 回し蹴りで反対側から峰を打ち込まれた。

 完全に不意を打った形。剣の峰は杏子の脇っぱらに叩き込まれ、両刃剣という特性上めり込んだ箇所の上下に小さな裂傷を造りつつもパワータイプの魔法少女であるさやかのキック力が意識を奪い去るまで威力を増加させる。

 内臓にすら響き渡り、脳を揺さぶられたような激痛の後に杏子の視界はブラックアウト。訳が分からない、という表情を残して気絶した杏子がその場に倒れ込み、全力を尽くしたさやかはその横に崩れ落ち、転がった。

 

「…い、い、い、い―――――いだぁぁぁぁっ!? 痛いッ! ~~~ッ!?」

 

 ダメージはさやかとて同じ。何をしても破壊された事が無い剣の峰を、自分自身でも分かっているのにつま先で蹴り飛ばしたのだ。よって叩き込んだ右足の先は骨折どころか人体強度そのままなため靴を突き破って破裂している。

 

「ふぅー…ふぅー……ふぅー…っ!」

 

 嫌な汗を掻きつつ、さやかは自身の内側に意識を集中して痛覚神経をカット。歯科医院で麻酔をかけられた時にも似た感触を覚えたさやかは次に魔力を集中させ、右腕のちゃんとした接合と粉砕してしまった右足の治療。そして腹の子宮に達するまで空けられた穴と背中の裂傷へと次々に魔力を回す。

 じわじわと患部にはむず痒い感覚が襲ってくるが、掻き毟るとどこぞのバイオハザードのゾンビを思い起こしてしまうので無心を装って治療へ専念。数分の間そこでのたうち回った彼女は、泥だらけになりながらも全ての患部を元の健康体へと修復する事ができていた。

 問題無く動くか、右手の指や右足の関節をぐるぐると回しながらに確認。まるでドールに対するソレの様だと自分ながらに気味の悪さを抱きつつ、こう言う選択を執った己自身の選択に間違いは無かったのだと思い起こす。最愛の人である恭介が笑う姿を思い起こせば、もう彼女に恐れるものなど何もなかった。ワルプルギスの夜さえも。

 

「…捕獲、完了でいいのかな? とにかくっ! やったぞ、あたし!!」

 

 ぐっ、と握りしめた手でえいえいおー! と己を鼓舞し、胸元についたソウルジェムが半分以上黒く濁っている事に気付く。これは危ないとあたふたしながらグリーフシードを取り出すと、穢れを吸わせて使用済みの袋の中へ投げ入れる。その際にもう電池で動くラジコンみたいだな、と思ったのは今更な話であろう。

 気絶した杏子を念入りに縛り上げ、さやかは近くに脅威がいない事を確認してからほむらの家に向かった。ほむらの家はこの町で戦い続ける者たちの最後の活動拠点であり、作戦会議室となっているからだ。どんなお褒めの言葉があるのやら、と。現金な思考で頭の中に花咲かせる乙女は走る。雨が降り始めた街の中を。

 

 

 

 

「The Moon…月そのものを騙っているって解釈したらいいの?」

「月は光を反射するだけさ。僕達を喰らおうとまではしないだろう? 恐らく彼らは自分たちが絶対なる惑星の捕食者として宇宙創世期から脅かされ無かった事を踏まえ、月のように太陽ですら光を受け止めて見せようとでも言っているんじゃあないかな。もっとも、感情的なキャッチコピーは全て僕たちの本星にあるシステムが弾きだした結果だけども」

 

 あのインキュベーターすら最悪の敵と称する存在。そんなものはアイザックの知識には無かったが、Markerそのものとしか戦っていない現在のアイザックには知り得ない情報だったのは仕方がない。ほむらも巻き込まれて生還しただけのアイザックにそこまでの情報は求めていないし、そもそも彼女自身も、ワルプルギスを乗り越える際の障害としか認識していなかったネクロモーフ。しかし、それがまさか、あのキュゥべえ本人の口から災害認定されるとは思わなかったほむらであった。

 

「かいつまんで説明しよう。月は複数あり、それぞれに知的生命体が理解できる言語を話すことからテレパシー能力及びにそれを扱うだけの知性がある事が証明されている。その知性は僕達には遠く及ばないものの、観測できうる限りの情報では一つのことに特化しているみたいだね」

「それは?」

「君たちがアイザック・クラークから伝えられているMarkerのことさ。あれは内部で恒久的な強力なエネルギーを生み出し、更に循環する増幅効果でエネルギーを抽出してなお、その性能を寸分も落とすことは無い。僕達からすれば夢の様なものだったさ」

「…それでも、あなたがこの地球で続けていると言う事は、それは使えなかったという事でいいのね?」

「その通りだよ。発見後、初の接触当時に僕たちの意識へクラッキングし、端末個体へ精神的介入を行ってきたんだ。それで電子化されていたインキュベーターNo.■■■…まあ仲間の一体は精神分解を起こして容れものごと融解された。その時に探索していた植物環境のある惑星諸共に、ね。そしてその惑星からは件のMarkerが現地の野生動物の手によって建造されていた。あの星は知的生物が居なかったけど、それでも造ることのできる何かを直接近くでコントロールしていたようだね。The Moon自体は僕たちが惑星を発見した当初から生命活動を表面上停止させ、ただの衛星のように振舞っていたんだから」

 

 ほむらは戦慄する。インキュベーターは憎むべき敵であるが、自分達人間を魔法少女などと言う存在に変換。更には不確実な空想要素でしか無かった筈の魂をソウルジェムと言う手に取れる物質へ顕現させることすら可能な力を、純粋な科学力のみで構成しているのは紛れもない事実であり、同時にそれほどまでの優れた種である。

 そんな星の生まれであるキュゥべえすら逆らう事の出来ない存在と言ったのだ。その「月」とやらを。

 

「そして造られたMarkerは映像記録では黒色の数十メートルはある荒削りな建造物だった。現在宇宙各地で複製・拡散されているもののオリジナルとも言えるそれは今どこにあるかは分からない。だけど、そのMarkerは己自身をMarkerと自称する。そうインプットされているからだ。…そのようにする理由と、名称について。もう君は見当がついているだろう?」

「Markerは…その名の通り、The Moonを呼ぶための発信機ってことでしょうね」

「正解だ。そしてMarkerの知識や発せられる特殊な波紋からはあの不出来な怪物・ネクロモーフが誕生する。そしてMarkerだけではカバーしきれない距離にネクロモーフは潜入し、Markerを拡散するためにその場所を誇示するよう生命体を襲い始めるんだ。必要に駆られ、死なないために知的生命体はMarkerを敵の本拠地で発見。そして研究し、無限のエネルギーを運用しようとして……その全てのアプローチを失敗で終えることになる。だけど複製ならできるかもしれないと試みて、失敗作とも見える無数の複製Markerを制作する。そうして発せられるMarkerからの発信は、宇宙のどこかにいるThe Moonを目覚めさせ、その星の生命体を喰らわせるために自己主張を繰り返す……君は、少なくとも地球と同等以上の大きさを誇る相手に、大質量の堅牢な半恒久的に存在できる生命体に勝てると思うかな? ワルプルギスですら、この星では絶望と言われているのに」

「無理、と断定するわ。核ミサイルなんて使っても意味は無いんでしょう?」

「その通りだよ。むしろその高密度の放射性エネルギーは彼らが嬉々として飲み込むだろうね。そしてその星の住民へ心理的ダメージをも与えられる。僕たちがワルプルギスで数少なくなった地球を見捨てる理由は、つまりそう言う意味さ」

 

 キュゥべえの話は未だスケールが大きすぎて把握できないこともあったが、つまりはこう言う事なのだろう。ほむらが描き出した答えは、次の様なものだった。

 

「…ワルプルギスが討伐されなかった時、ネクロモーフが残っていれば必ず知力の高い人間がMarker作成の狂気へ囚われる。そしてThe Moonの思惑通りに発信機が作られ、それを辿って星を襲いに来るThe Moonが地球を狙うってことね」

「その通りだよ。滅び去る種族を相手にギリギリまでエネルギーを絞ろうと思ったところで、引き際を間違えれば僕達自身の個体意識が引き裂かれる。そして常に本星から意識を飛ばしている僕らの星の位置が知られ、こっちに月の兄弟は寄ってくる。駆除方法が見つかってもいないのに、そんなリスクは欠片でもとりなく無いと言う事さ。感情が無い分、インキュベーターは本能的な自己生存意欲が他種族と比べても旺盛である事が判明している。かく言う僕もね」

「……もし、ワルプルギスに私たちが勝った時は?」

「これまで通りに魔法少女の量産と、魔女の拡散。そしてこの星自体の生命が終わるまでは僕たちが人類絶滅に陥らないよう影で手を尽くそう。ただし、ネクロモーフの討伐は君達魔法少女か地球の組織へ委任することになるだろうね」

「メリットが見当たらないわね。いえ、私たちはあなたに感謝していればそれでいい、とでも言うつもりかしら」

「そんな気は毛頭ないさ。ただほむら、もし君が本当に生きてワルプルギスを撃破した時、君の願いは真の意味で叶えられることになるだろうね。魔法少女の祈りとは、その人物が心の底で描いた事が実際の現象として発生する。願いと因果の質によって強度は変わるだろうけど、中でも因果の量がまどかに次いで膨大な君ならきっと願いはかなえられる。それはインキュベーターを代表してこの僕が保障するよ」

 

 相も変わらず変化の無い表情で言われたほむらは、まったくもって保障されても不安しか残らないキュゥべえに顔をしかめてあからさまな嫌悪の表情を浮かべた。キュゥべえも感情による行動が理解できないだけで、感情と言うのが何を齎すのかはある程度知っているためか、それ以上は何も話さずワルプルギスの夜に、と言い残して暗がりへと消えて行った。

 キュゥべえは担当区域であるこの町、その他周辺へグリーフシードの回収と新しい魔法少女の契約――あわよくば、人間の力を観察する役目を果たす為にその魔法少女をほむら達への戦力へと捧げることも加味しているのだが、それを衝撃の事実に戸惑っているほむらが認識できる筈も無かった。

 

「…アイザック。これは、あなたに伝えるべきなのかしらね」

 

 アイザックが知らないこの事実は、既にMarkerの存在が明確化されている彼の元へ届けるべきなのだろうか。魔法少女が祈りによるなにかしらの結果を齎したならともかく、不思議な技術とはいえ人間の扱える程度でしか無い武器ぐらいしか対抗策の無いアイザックの世界の人間は、The Moonに対抗する術は持っていない筈。

 最初に真実を話すことで受け入れてもらったが、それは互いに何かを抱えていたからという共通点を無自覚の内に共有していたから。アイザックが元の時代に戻ったとして、彼は一体何を希望に生きていけるのか。そしてThe Moonという怪物は、彼の地球に訪れてしまうのだろうか。

 それら全ては、創造主にしか知り得ぬ事実であるとしても。ほむらは憂慮せずにはいられない。ここまで他人へ意識を避けるお人好しになったことも自分にとっては巨大過ぎる変化だが、同時にこの想いは失いたくは無い。やはり人間に囲まれていないと、誰かは誰かを頼らないと生きていけないのが人間なのだと、ほむらは実感させられたのだった。

 

 

 

 巴マミはいくらかの魔女を倒すことに成功していた。

 仲間との合流こそ無かったものの、この広大な見滝原で偶然に出会う事の方が珍しいと言うものだ。それを心の中では納得しようとしつつも、やはりどこか寂しさは拭いきれない。そんな時にばかり追い打ちを掛けるような事態が発生するのが人生と言うものだが、それは魔法少女となったマミにも当てはまる様で、

 

「……なに、この音」

 

 ビルからビルへ飛び移り、魔女結界の反応を探していたところでマミの耳は唸りを上げる声を聞いた。同時に、帽子にアクセサリーとしてつけられたソウルジェムから魔女結界の魔力を追う金色の光が風に逆らい流れて行く。

 嫌な予感しかしないとはこの事だろう。マミは屋上から路地裏に飛び降り、着地した瞬間に濃密な血液の匂いを鼻孔いっぱいに吸い込んでしまう。視界の端、頭の中ではいつかの魔法少女の契約を行った交通事故の光景がフラッシュバック&リフレイン。マミの精神を大きく揺らして行った。

 

「…ダメ、ダメよマミ。私は魔法少女で、ネクロモーフは倒さないと世界そのものが脅かされる敵なんだから……殺せる。殺せるわ。魔女と、同じように…!」

 

 マミは大きく深呼吸し、あえて血なまぐさい腐臭を肺の中に取り入れた。さらに大きくなる頭痛が巻き起こるが、それでも進まないと自分自身が他の戦う彼女達から取り残されるような気がしてしまっている。これを克服しなければならないと、強い強迫観念が自分の中に生まれたことを実感する。

 

「…………っ」

 

 ごくりと生唾を飲み込んだ彼女は、生々しい血肉の飛び散る音がする静かな路地裏へマスケット銃の銃口を向けた。

 




ここから先はいったん合流。そしてさまざまな思惑が交差する―――みたいな展開の練習&実施訓練です。この小説自体が書き方や表現の練習であることはいまさらな感じですが、そんな風に色々試していくので場面の転換が気に食わない方もいらっしゃるかもしれませんが、よければお付き合いください。
文章についての意見や書き方についてありましたら受け付けております。

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