Illusional Space   作:ジベた

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20 容赦なき解放戦 【前編】

 さて、状況を整理しようか。

 

 時刻は朝6時を回ったところ。今日は予報通り快晴で、いつも通りにチュンチュンという鳥の鳴き声が窓の外から聞こえてくる。窓からの景色も、表の道路とか向かいの家が見えている。俺の頭上には見慣れた天井だ。だから、ここが俺の部屋であることは間違いないはずなんだ。

 

「う……ううん……」

 

 すぐ傍で俺のものではない声がする。俺の左腕をガッシリとホールドしているそれは大変温かい存在だった。11月の肌寒くなってきた季節にはちょうど良い湯たんぽだなぁ――だなどと言っていられる状況ではない。

 ……落ち着け。俺は何もしてない。だけど誰かに見られたらマズいのだけは確かだ。

 大声でツッコミを入れたい衝動に駆られたが、どうにかこうにか抑え込む。わざわざ火の中に自分から油を撒くことはない。誰にも気づかれないうちにここから抜け出して、俺は床で寝てたことにしよう。だが俺の左腕の拘束は簡単には外れなかった。

 ――くそっ! 流石は軍人ってことなのか!?

 俺の左腕を頑なに離そうとしない眼帯少女はまだ夢の世界にいる。なぜラウラが俺のベッドで寝ているのかさっぱりわからない。ここは彼女を起こすべきだろうか。いや、もし寝ぼけていただけならば俺の顔を見るなり暴れるかもしれない。なんで朝からこんなことで悩まなきゃいけないんだよ、ちくしょう!

 

「……置いていかないで」

 

 頭を抱えていたら急にラウラがしゃべった。起きたのかと思ったが彼女の目はきつく閉じられている。つらい夢を見ているのだろうか。苦痛に耐えるように寝苦しそうにしているラウラが俺の左袖を握る手の力を強める。遺伝子強化素体と呼ばれている彼女の事情など詳しく知らない俺だったが、置いていかないでという寝言を聞いてしまった今、邪険に扱うことができなくなった。

 

「俺はお前を置いていけるほど強くないよ。頼りにしてるぜ」

 

 寝言に返事をしてやる。ラウラの耳に届いたのかわからないが、少しだけ彼女の表情が穏やかになった気がした。

 俺の顔も自然と緩む。しばらく動けないけど起きるまではラウラの好きにさせておこうと思った。そんなときである。

 

 ――バァンっ!

 

「いっちかーっ! そろそろ起きなさ……」

 

 俺の部屋の扉が乱暴に開かれ、廊下にはエプロン姿の鈴が立ち尽くしていた。そんな鈴とまだ寝ているラウラを交互に見た俺はとりあえずの弁解を試みる。

 

「鈴、お前は誤解をしている!」

「へぇ……あたしがどんな誤解をしたのか明確に説明を願おうじゃない」

 

 まだ布団の中だというのに背筋が凍りそうになった。鈴の対応が俺の想定の外なのである。話を聞いてくれるようだが、果たして俺は今日の試合まで五体満足でいられるのだろうか。

 

「朝起きたらラウラが俺の布団の中にいただけで俺は無実なんだ!」

「うん、それで?」

「だから決してやましいことはしておりません!」

「じゃあ早くその子を起こせばいいじゃない」

「ま、まあそれはそうなんだが……」

 

 なんとなく起こしづらかったと正直に話していいものか……

 俺が言い淀んでいると鈴が意外そうな顔で俺を見る。

 

「アンタのトラブル体質のことだからラウラが寝ぼけて一夏の部屋に入っちゃっただけとかそういうオチだと思ってたんだけど、もしかして違うの?」

「え……?」

「あたしが誤解してるってそういうことなのね!? 何よ、それ! あたしやセシリアが居るのに、昨日会ったばかりの新しい子に手を出したってこと?」

「ちょっと待て! 『何それ』はこっちのセリフだっての! 全部察してくれてたのかよ! でもってそこからわざわざ俺が危惧してたとおりの誤解に直すんじゃない!」

 

 誤解してたのは俺の方だったか。俺は相変わらず弁解が下手だと思わせられる。鈴が特殊なだけのような気もするけど。

 

「……騒々しいぞ」

 

 ラウラが俺の左腕を解放して目をこすりながら上半身を起こす。軍人だと聞いていたが、朝は弱そうだった。

 俺と鈴が口論をやめてラウラの動向を見守っていると、彼女は部屋全体を見回した後で首を傾げる。

 

「ここはどこだ?」

「……俺の部屋」

「そういえばヤイバの家に泊めてもらったのだった。しかし私はシャルロットと同じ部屋を与えられていたはず……まあ、いい。些細なことだ」

 

 一度覚醒すれば千冬姉よりは復帰が早かった。ラウラはひょいと軽い身のこなしでベッドから飛び降りる。さっきまでは意識しなかったが、上下共に下着のみの姿でだ。彼女は男の俺の前だというのに恥じらう素振りを見せることなく、入り口でポカーンと口を開けて見ている鈴の隣をテクテクと歩き去っていった。

 残された俺たちはしばし反応に困っていたが、何かに気づいた鈴がツカツカと俺の元に歩み寄ることで時間が動き出す。そしてそのまま一発平手打ちをされた。痛い。

 

「え? 俺が悪いの?」

「ごめん。あたしのイライラの行き場がアンタしかなかったの」

 

 溜め息を吐かれながらひっぱたかれた俺のやるせなさはどうすればいいのかも教えて欲しい。

 

 

***

 

 朝食の場もまた様変わりしていた。新しく鈴、シャル、ラウラが加わっている他に、チェルシーさんと老執事の姿が見当たらない。朝食の内容の中に酢豚が入っていることで何となく察した。

 

「今日はチェルシーさんはお休みってことか?」

「そうですわ。ジョージの方はわたくしが仕事を回したのですが、チェルシーは今朝だけ休みが欲しいと」

 

 てっきり鈴が我が儘でも言ったのかと思っていたのだがセシリアが言うには本当に休暇らしい。しかし今朝だけとは中途半端だ。そんな短時間でやっておきたいこととは何だろうか。

 

「でも意外だな。てっきりチェルシーさんってセシリアの家族みたいなものだと思ってたから休みをとっていなくなるなんて思ってなかった」

「わたくしも同感ですわ。何か悪巧みをしてなければ良いのですけど……」

「そんなことは置いといてさっさと食べなさいよ、一夏。わざわざこのあたしが作ってあげたんだからね!」

「お、おう……」

 

 鈴の言うとおりだ。料理は美味しい内にいただくべきである。

 しかし鈴の料理が下手とは言わないがレパートリーが少ないことをそろそろ言ってあげるべきか。毎度毎度酢豚を出されている気がする。

 などと俺が思っている間にラウラが容器を空にしていた。

 

「鈴。おかわりはあるのか?」

「早っ!? まあ、美味しく食べてもらう分には嬉しいけどさ」

「安心しろ。私は食べられるものならば何だって一緒だ」

「この眼帯娘! それは喧嘩売ってると受け取っていいのね!」

「食べられないようなものでも無理に食べなければならない。そんな経験があれば、何でも美味しくいただけるものなんだ……」

「……はい、たくさん食べな」

 

 今朝の出来事を鈴が引きずっていないかと心配していたが杞憂だったようだ。ラウラが狙ってやっているのかは知らないが、彼女のたった一言が鈴の涙腺を崩したらしい。鈴は涙ぐんでラウラにおかわりを与えている。昨日のシャルの口説きも実は本当に通じていたんじゃないだろうか。もしそうだとすれば彼女の将来が心配である。

 

「ところで一夏。今日はどんな感じなの?」

 

 鈴の酢豚は『重いから』と全く手をつけず、自分で用意したであろうサンドイッチを食べていたシャルが聞いてくる。

 

「この後、すぐに藍越学園へ全員で向かう。あとは全部向こう任せって感じだな」

「スケジュールじゃなくて、試合の内容だよ。全体の参加人数とかよくわかってないみたいだけど、作戦とかは何か考えてる?」

「作戦といってもステージも相手の装備もわからないんだからその場その場で考えていくしかないだろ」

「そうでもありませんわ」

 

 ぶっつけ本番でいくしかないと言ったらセシリアに即座に否定された。

 

「こちらの戦力さえ把握できているのでしたら、まずはこちらの役割をハッキリさせるだけでもスムーズに動けるようになります」

「実はそれもハッキリしてないんだよ。広く参加者を集めてるから当日の飛び入りもあると思う。というより、あると信じたい」

「ではわかる人だけでもどのように動くか方針は定めておくべきですわね。一夏さんは敗北条件となるリーダーですが、一夏さん自身がどのように動くのかも全体に影響を与えますわ」

 

 俺がどのように動くのか、か。しかし俺ができることなんて――

 

「前に出て斬ることしかできないから最初っから突っ込んでいくしかないよな」

「だと思いました。では皆さんの意見を聞いてみましょうか」

 

 セシリアが鈴に発言どうぞと手を差し出した。鈴は食事の手を止めてから口を開く。

 

「まあ、後ろに下がってろって感じね」

「シャルロットさんは?」

「鈴と同じ」

 

 鈴、シャルと続いて最後にラウラ。

 

「指揮官が必要もないのに最前線に出るなど愚の骨頂だ」

「え? 俺、必要ない?」

「予想される戦力が最初から劣勢でも、それなりの人数がいるからね。僕とラウラが一夏の代わりに前に出るから大丈夫」

 

 自分がそれなりにやれる方だと自負しているが、この場における俺はそうではないのだった。鈴はともかくとして、イギリスとドイツの代表候補生に“夕暮れの風”。今更ながら強い連中に囲まれているのだと思い直す。

 

「でも俺、指揮官なんて柄じゃないぞ?」

「誰も貴様の指揮能力などに期待していない。セシリアが出場できないにしても他に人材はいるだろう?」

「まあ、いるな。じゃあその辺は丸投げするか」

 

 セシリアの代わりの人物に心当たりはあった。弾も認めている、以前にも俺たちの裏をかいて藍越エンジョイ勢に勝利した男が俺側についてくれることはわかっている。

 

「俺は基本的に後ろでふんぞり返ってて、敵が来たら迎撃ってスタンスになるのかな?」

「そうですわね。では一夏さんに自分の役割を把握していただいたところで、相手側の情報を軽くお伝えしておきましょうか」

 

 いつの間にか食事を終えていたセシリアがメモ帳を取り出して開いた。

 

「え? 相手のことわかるの?」

「もちろん一部だけですわね。直接お手伝いできませんので、こうした形でしかお役に立てません」

「いやいや。十分ありがたいって」

 

 そういえば内野剣菱って奴のこととか弾たちから聞こうと思えば聞けたはずなのに、全く聞いてなかったからちょうど良かった。セシリアはメモ帳をパラパラとめくる手を止めると内容を読み上げ始める。

 

「まず、この試合の原因となった“鈴ちゃんファンクラブ”過激派のリーダー、内野剣菱」

「言っとくけどそのファンクラブは非公認だからね」

「わかっていますから口を閉じてくださいな、鈴さん。で、内野さんですが一夏さんも知ってるとおり元藍越エンジョイ勢でプレイヤーネームはバンガード。好んで使用するフレームはサラマンダーで装甲と推進機で固めた突貫による近接戦闘を目的とした機体構成を使うことが多いです」

「一夏は知らないだろうけど、あたしは知ってるわよ。槍と盾を持ってぶつかっていくのよね」

「そうですわ。ユニオンスタイルのファイタータイプですが、装甲重視のため速度は遅め。しかしディバイドやフルスキンと比較すると最高速度は上です。弱点はEN武器ですので、一夏さんにとっては苦になる相手ではないと思われます」

 

 なるほど。内野剣菱のやってることはエアハルトに近いってことか。エアハルトとの違いは使用している格闘武器の属性と装甲の厚さ。エアハルトはユニオンスタイルのくせに防御用の装甲がフルスキンスタイルと変わらない量だが、内野剣菱の場合は重装甲でごり押しするタイプである。対エアハルト戦の練習相手にはならないな。

 

「他にわたくしが把握している相手は生徒会書記の白詰(しらつめ)和巳(かずみ)。彼は元蒼天騎士団でBT使い。アマチュアができる範囲で装備の開発をしていると聞いています」

「どういうこと?」

「開発といっても既にある装備を組み合わせているだけですわ。ただ、見た目だけで装備を判断できなくなるところが厄介ということになります」

 

 あの書記にそんな技能があったのか。というか元蒼天騎士団ってことはマシューの知り合いだな。対策はマシューに一任しよう。

 俺には今挙がった2人よりも他に気になる人物がいた。

 

「俺が個人的に気になってるのは生徒会長なんだけど」

「最上英臣ですわね。彼が相手のリーダーになるそうでわたくしも調べてみたのですが、過去にISVSをプレイしていたという経歴は全くありませんでした」

「あ、そうなの? 隠れてやってたとかは?」

「その可能性はありますが……とりあえず彼の情報がほとんどないことだけは事実です」

 

 なんとなくあの会長が一番厄介な気がしていたが俺の杞憂なのだろうか。セシリアでも情報が出てこないとなると俺には事前に会長について知る術がないと諦めるしかない。

 セシリアが話しているうちに他の皆は食事を終えていた。俺も残るはサンドイッチだけ。鈴にもラウラにも出ていなかったメニューだからきっとシャルが作りすぎたものを俺のところに置いといたんだろう。ありがたくいただくことにする。

 

 ……………………。

 

「一夏さん。ど、どうですか?」

「あれ? 一夏のとこに置いてあったサンドイッチってシャルロットの作ったやつじゃなかったの?」

「僕は自分の分しか作ってないよ。セシリアが途中から入ってきて作ってたけど、一夏に食べさせたかったんだね」

 

 ……………………。

 

「ところでさっきからヤイバの様子がおかしいのだが」

「まばたきひとつしないで固まってる……?」

「ちょっと一夏! そのサンドイッチ寄越しなさい!」

「あら、鈴さんも欲しかったのですか?」

「鈴、念のため手で扇ぐようにして嗅いで!」

「シャルロットさん! それではまるで劇物ではないですか! 鈴さんも悪ノリしないでくださいませ!」

「この独特のアーモンド臭。味の方は――ペロッ、これは青酸カリっ!?」

「何っ!? セシリアがヤイバを毒殺しようとしたのか?」

「あのね、ラウラ。鈴の冗談だから本気にしないように。臭いはともかくとして、味を知ってる上に口に入れても平気な鈴は何者なのさ……」

「皆さん、ひどい言い様ですわ。わたくしが何をしたというのですか……」

「ああ!? 一夏が倒れた!」

 

 次に俺が目を覚ましたのは、藍越学園に向かうタクシーの中だった。

 

 

***

 

 土曜日。休日の朝だというのに今日の藍越学園は平日よりも賑わっていた。参加者を案内する矢印付きの看板に従って俺たちは体育館にまでやってきた。俺が会場に入ると同時にいくつもの視線が突き刺さってくるのがわかる。敵が多い中、俺は頼れる味方の姿をひとり見つける。

 

「おはよう、一夏。待ってたよ」

「数馬か。おはよう。弾はまだ来てないのか?」

「弾なら俺よりも先に来てたんだけどね。さっき『迎えに行ってくる』って出てったとこ」

「迎え? 誰のだろ?」

「虚さんじゃない? 単なるISVS仲間ってだけなら、わざわざ迎えに行くとは思えないし。そんなことよりも――」

 

 数馬が俺の肩を引っ張ってどこかに連れて行こうとする。別にどこに行くというわけでもなく、鈴たちから引き離された形だ。数馬はヒソヒソと小声で話し始める。

 

「なんか金髪美少女が増えてんだけど、どゆこと?」

「ん? ああ、シャルのことか」

「『ん、ああ』じゃないよ! 今度はどういうルートで知り合ったわけ? セシリアさんの知り合い? 心なしか味方からの視線にも敵意が混ざってる気がするよ!?」

「気のせいじゃなかったか。しかし俺が勝つために彼女の力は欠かせないと思うんだ」

「俺はラウラさんのことは知ってるからダメージ半分で済んだけど、周りの連中にとっては『なんか2人増えてる。織斑、許すまじ』って感じだからな!?」

「マジな話、俺に構うよりも先にすることあるんじゃないか?」

「本当のことだけど今言っちゃダメだって! 誰にも聞かれてないよな?」

 

 きょろきょろと周囲を見回す数馬。心配性な奴……と言いたいところだが、今俺が陥ってる状況を考えるとあながち心配のし過ぎということはないのが悲しいことだ。

 

「内緒話は終わったか?」

「うわ、ラウラ!?」

 

 いつの間に近づいてきたのか、ラウラが俺と数馬の間にひょっこりと顔を出す。

 

「い、今の話聞いてた?」

「心配するな。私が聞いたところで貴様が損するわけでもあるまい」

「否定しないってことだな」

「むしろ何故困るのかが私にはわからない。今のヤイバの人間関係は部下から聞いた日本の男子高校生そのものでしかないのだが」

「誰だ、その間違った知識を広めているのは?」

「少なくとも多くの者に好かれること自体は悪いことではない。自信を持てばいい」

「そう言ってもらえると嬉しいよ」

 

 蜘蛛との戦いのときも思ったけど、ラウラの姉御は頼もしいなぁ。朝の頼りない寝姿と同一人物とは思えない。この辺り、千冬姉に近いところがあると思う。

 

「あ、一夏! 弾が戻ってきたみたいだ」

「まだ始まらないみたいだし、弾の奴と話す時間はありそうだな」

 

 数馬の指さす先に弾がいる。俺は早速今日の試合について弾の見解を聞いてみようと思った。

 ……何か、妙なのがいるんだけど。

 

「おっす、一夏! 思ったよりも大人数だな。外にもまだ人が居るけど、人数が多すぎるから校舎の方の一部の教室を解放するらしい」

「マジか。生徒会長主催だからってやりたい放題しすぎじゃね? ってそんなことはどうでもいい! 後ろにいるのは何なんだ!?」

「何ってひどい言い草だな。俺が虚さんを連れてきて何か問題でもあるのか?」

「そっちじゃない! 虚さんの隣!」

 

 俺が指さす先は虚さんの3歩ほど前で仁王立ちしている女性だ。服装はこのままサーフィンにでも行きそうなピッチリとしたウェットスーツのようなもの。藍越学園の男子の大半が集まっているこの会場に体のラインがこれでもかと出ている格好で来て恥ずかしくないのだろうか。実は服装はまだいい。問題は顔である。

 

「あの仮装パーティにいけそうな仮面を被ったサーファー女は一体何者なんだ!?」

「ああ、虚さんの友達だってさ。喜べ、お前の味方だ」

「どう喜べばいいの!? いくら何でも変態が味方してることを喜べってのは無理があるっての!」

「一夏……俺はお前に失望した。まさかお前が人を見た目で判断するなんてな」

「ものには限度ってものがあるだろ! むしろ弾が平然としているのが不自然すぎる!」

「話してみればわかるって。たっちゃーん! 一夏が話をしたいってさ!」

「待てい! 勝手なことを言うんじゃない!」

 

 俺の制止は遅かったようで、仮面サーファー――たっちゃんさんは虚さんを引き連れて俺の元へとやってきた。きてしまった。

 こうなっては仕方がない。共に戦ってくれるのならば明るく話そう。まずは握手からだ。

 

「今日はよろしくお願いします」

 

 たっちゃんさんの表情は仮面のない口元でしか判別できない。とりあえず笑ってくれているようなので悪いイメージはないみたいだ。

 

「私としては今日だけのつもりじゃないんだけどね」

 

 俺は反射的に手を振り払った。

 即座に弾の肩を掴んで引っ張っていき彼女たちから距離をとる。

 

「おい、一夏。相手に失礼だろ」

「待て待て。俺が身の危険を感じたのが悪いってのか?」

「何をバカなことを。これを機に友達になりましょうってだけだろ」

「そ、そうか。確かに俺が悪かった」

 

 弾との密談を終えて、改めてたっちゃんさんと向き合う。

 

「ごめんなさい。ちょっと驚いたもんで」

「私も驚いたわ。握手に応じた途端に振り払われたのは初めての経験よ」

 

 話してみると普通な人かもしれない。

 

「私の初めては一夏くんのものなのよね……」

「その言い方はおかしい!」

「一夏、アンタって奴は!」

「鈴も変なところだけ聞き耳を立てるんじゃない! お前の耳は都合の悪いところだけを聞くようにできてんのかよ!?」

 

 前言撤回。たっちゃんさんはわざと妙な言い回しをして俺を困らせようとしている。仮面が覆ってない口元がにやついてるので丸わかりだ。いじられるための格好とは真逆で人をからかいたくなる体質の持ち主なんだろう。

 それにしても彼女の声……以前にどこかで聞いたような。

 

「おい、一夏! あっちにレスラーみたいな覆面してる奴が居るぞ!」

「マジか。今日のこのイベントは軽く祭りなんだろうな。他にもコスプレしてる奴がちらほら見えるし」

 

 覆面してる背の低い男を弾が指さし、俺は他にも妙な格好をしてる人たちを発見する。うちの会長が根回ししてるかは知らないが、あんまりハシャぎすぎるとPTAがうるさく言ってきそうである。

 

『織斑一夏くん。至急、舞台袖にまで来てください』

 

 話し声中心の喧騒の中、体育館に放送の声が響く。俺を呼び出す内容のものはおそらく生徒会長によるものだ。まだ話せていない連中がいるが、そろそろ試合についての話を始めるのだろう。早く行かねば。

 

「じゃ、俺行くから」

「おう」

「ちょっと待って」

 

 さっさと行こうとする俺をたっちゃんさんが呼び止める。なんとなく足を止めて、俺は彼女の用件を待った。彼女の用件はとても短い内容。

 

「私はあなたと共に戦うためにここに来た。それだけは胸に留めておいて」

 

 仮面の奥でどんな表情をしているのかわかりづらいが、俺をからかおうとしていたときと違って口元は笑っていなかった。俺は首を傾げつつも「はい」と短く返してその場を後にする。

 

 

 舞台袖にまで行くと最上生徒会長がひとりで待っていた。1対1で向き合うのは初めてである。

 

「なんか表で試合の説明とか始まってますけど、会長は出なくていいんですか?」

「和巳に任せているから大丈夫だよ。学校の公式行事というわけでもないから生徒会長の堅苦しい挨拶など無粋なだけだと思うしね」

「それはそうかもしれないです」

 

 形に拘らないという噂通りの人だなと相槌を打つ。

 

「ここに呼んだのは織斑くんと1対1で話をしたかったんだ。まずは参加人数から話しておこう。少しばかり想定よりも人数が上回ってしまって準備が多少遅れてしまったんだ」

「そういえば校門で受け付けしてましたね。でも俺、自分のチームの人数も把握できてませんよ?」

「君たちは94人。対する我々は144人。人数の上では我々が有利だが、勝負の前から決着が着くようなことにはなっていないと思うがどうだろう?」

「ぴったり50人オーバーで何を言っているんですか」

「勝てないということなら今の内に言ってくれればいいよ」

「いや、悪いけど俺たちが勝ちます」

 

 人数の集計結果は俺の予想よりも戦力差が縮まっていた。当初の予想では50対150。相手の人数は予想通りだがこちらの人数が想定の倍近くになっている。もし予想通りならあのラウラですら『難しい』と言っていたのだが嬉しい誤算だった。

 

「結構だ。君が勝つ気で来てくれなければ、僕はこのイベントに意味を見出せないところだった」

「どっちが勝っても会長には関係ないのでは?」

 

 会長は首を横に振る。

 

「関係ない? まさかそんなはずはないよ」

 

 しまった。この会長に『関係ない』は禁句だった。

 長いお小言が始まるのかと身構えた俺だったが、意外にも会長は短くまとめる。

 

「僕は本気の君に勝ちたい。それだけさ」

 

 この試合の発端は俺への嫉妬を爆発させた連中の息抜きだったはずだ。その場合、会長はイベントをすることにこそ意味があり、試合の勝敗は二の次であるはず。なのに、会長の目には火が宿っている。俺を倒さなければ前に進めないとでも言いかねない本気さが俺に伝わってきていた。

 

「会場の方はもう説明に入っているけど、織斑くんには僕の方から説明をしようか」

 

 ここに来て初めて試合の具体的な内容が提示されることになった。

 試合のステージは人工島。本土と100km超の巨大な橋で結ばれた人工島であり、両軍は人工島側と本土側にそれぞれ分かれた状態で戦闘を開始する。会長とのジャンケンの結果、俺たちは本土側。互いのスタート地点にはビルなどの障害物もあるが、基本的に見晴らしのいい海上の戦闘となることが予想される。

 

「人数の多いそっちが有利そうなステージですね」

「織斑くんには誤解して欲しくないから君だけここに連れてきての説明にしたんだ」

「誤解?」

「そう。当日になっての情報開示は明らかに主催者が有利に見えるんだけど、本当のところは僕もさっき知ったばかりなんだ」

 

 あくまで会長は公平であると言っている。その理由は俺にはわかった。

 

「宍戸の仕業か」

「このイベントが宍戸先生発案なのは知ってるようだね。話が早くて助かる。宍戸先生がひとりで決めて、今朝になって概要を僕たちに伝えた。だから情報を元にして事前に準備する時間は君たちとさして変わらない」

「俺の他の連中は……と考えるだけ無駄か。そもそもが俺の公開処刑的なノリだろうから公平性なんて関係ない」

「だと思うよ」

 

 ……わざと『関係ない』って言ったのに、素直に肯定されてしまった。そんなはずはないよって否定して欲しかったのに。

 

「さて、残るは僕たちだけだ。味方との作戦会議は向こうに着いてから1時間、ブリーフィングの時間を取ってある。詳しくはその都度アナウンスされるはずだからそれに従ってくれ」

 

 会長が家庭用ISVSを机の上に置く。物置みたいなこの場所からISVSに入るためにと、ご丁寧にマットが2つ敷いてある。俺はその片方に横たわった。

 

「そういえばひとつだけ忘れていた。せっかくのチーム戦なのだから、チーム名を決めておかないとしっくりこない。織斑くんのチーム名を言ってくれないかな」

 

 チーム名か。プレイヤーネームのときも思ったが、パッと名前を付けろと言われても難しい。

 

「参考までに聞きたいんですけど、会長の方は何てチーム名なんです?」

「内野くんの要望と僕の信条を合わせて“女神解放戦線”となったよ」

「鈴はとうとう女神様になってしまわれたか」

 

 汚物を見るような目つきをした鈴の顔を想像しながら天を仰いだ。

 

「それで、君たちのチーム名は? 念のため言っておくけど五反田くんが率いているスフィアの名前をそのまま使うのはやめてくれよ」

 

 藍越エンジョイ勢はやめろというわけか。そもそも藍越エンジョイ勢が敵味方に分かれてるらしいからこちらだけ名乗るのもおかしいから使うつもりはない。あと使えそうな名前というと……“あれ”しかない。

 

「では“ツムギ”でお願いします」

「……何だって?」

 

 これしかないと思って言ったのはナナたちの名前。俺がISVSで戦うのにこれ以上の名前は無いと思って言ったのだが、何故か会長の顔が険しくなる。よくわからない意地を見せることのある人だが基本的に温厚が服を着て歩いてる人なのだと俺は思っていた。しかし、今の会長が俺を見る目はきついもの。

 

「お、俺、何か悪いことでも言いました?」

「いや、まだ悪くない。だけど、またひとつ……君に勝たなくてはならない理由が増えた」

「もしかして会長はツムギのことを知って――」

「僕が勝ったら君は二度とツムギの名を口にしないでくれないかな?」

 

 間違いなく会長はツムギを知っている。おそらくはナナたちではない方の。何を知っているのかはわからないがもう避けられない戦いだ。便乗してこちらからも言わせてもらう。

 

「わかりました。じゃあ俺が勝ったら会長にはツムギについて知ってることを全部教えてもらいます」

「いいよ。君が勝てたら、ね」

 

 何故か会長には俺への対抗意識のようなものがある。対する俺は会長個人に対しては何も思うところがない。しかし、宍戸との約束があるため、絶対に負けられないのは会長と同じだ。ただの試合と侮るべきでないことだけは間違いなかった。

 

 

***

 

 俺がロビーを経由してゲートで飛んだ先は、偉い先生の講演会が開けるような広い会議室のような場所だった。座席には既に100人弱の人が着席していて、正面の壇上には見慣れたメンツが揃っている。

 

「主役らしい重役出勤だな、ヤイバ」

「まあ、会長から話があったからな」

 

 バレットに手招きされて俺も壇上に上がる。今までも注目されることはあったが、こうして人前に立つとやはり緊張してしまう。

 座っている人たちの顔を見回す。会長の話した内容によると、ここに集まっているのは俺と共に戦ってくれるメンバーということになる。

 プレイヤーネームはわからないが蘭の顔を見つけた。弾と同じくどこもイジってないようでわかりやすい。近くに居るのは蘭の友人の女の子だろうか。他にも女性の顔がちらほらと見られる。

 発端が発端だから野郎臭い試合になると思っていたのだが、割合的に半数近くが女性だった。……中の人までは保証されてないがな。

 

「それで? 地図を表示してるみたいだけど、もう作戦会議を始めてた感じ?」

「軽く状況説明だけです。名誉団長のためにもう一度初めからおさらいしましょう」

 

 俺たちと同じく壇上に上がっていたマシューが解説を始めてくれた。

 地図には北の本土側と南の人工島側が表示されていて、本土側の市街地の中心にマークが入れてある。ここが今、俺たちのいる場所とのことだ。相手側の詳しい位置は不明だが、人工島側の市街地のどこかと見ていい。

 2勢力を隔てる地形はほぼ海だ。陸地同士を結んでいるのはただひとつの橋のみ。ISは飛べるから橋はさほど重要なポイントではない。

 問題は100km以上の距離を、ほとんど障害物のない海上を移動することであり、隠れて敵陣に忍び寄るのは困難と言える。ここまでオープンスペースだと数の多い相手側の方が有利か。この辺りは宍戸から俺への嫌がらせなのだろう。

 

「ミッション以外でこんな広いステージは初めてだな。ユニオンの高速機体を使っても2分はかかりそうだ」

「それは本当に移動しかできない構成だろう? 戦闘も踏まえた機体で考えると3分以上かかる」

 

 バレットとマシューが極端な事例を持ち出し始めたので、俺から横やりを入れておくことにする。

 

「ディバイドやフルスキンだとどんな感じ?」

「イグニッションブーストの技量と装備構成によるサプライエネルギーの燃費次第ってとこだ。アメリカの機体だがサプライエネルギーが潤沢な構成のフルスキンスタイルでユニオン・ファイターと並ぶ速度を維持しつつ太平洋を横断したらしい」

「そんな化け物の話は置いとけって。相手にそんなのが居るって話じゃないんだろ?」

「そうですねぇ。そもそも敵からの狙撃があり得る戦場ですから、早くても10分以上はかかるのではないでしょうか」

 

 10分か。移動だけでそれだけかかるゲームなんて俺は他に知らない。ただ、100km以上という距離を考えると、高速道路を走る車の5~6倍の速度なのだから現実の感覚と照らし合わせると価値観がおかしくなりそうである。

 

「数とステージから考えると、しっかりと陣形を組んでじっくりと進軍といきたいところですが難しいところです」

「そうなのか?」

「セシリア様が指揮を執られるならまだしも、僕程度ではこの人数を扱いきれません。それに集まったばかりの烏合の衆に等しいので連携の恩恵は思いの外小さいと考えます」

「いくつか部隊を編成するもんじゃないのか? 普段からやってる人たちで組めば十分だろ」

「もちろんそうするつもりですし、各部隊に指示を出す役割は買って出るつもりです。しかしながら正攻法でしかなく、戦力差をひっくり返す何かが欲しい。相手にはバンガードを始めとする全国区の強豪が何人か確認されてますし」

「なるほどね。おーい、シャル、ラウラ! ちょっと来てくれ!」

 

 マシューは俺よりも考えてくれてそうだったが、だからこそ頭を悩ませている。少しばかり景気付けに彼女たちを紹介しておこう。皆の俺を見る目が変わることも信じつつ。

 

「この方々は?」

「こっちの金髪美少年で中身が女の子なのはシャルル。知ってる人もいるかもしれないけど、欧州の方では“夕暮れの風”として知られてるプレイヤーだ」

 

 シャルは「どーもー!」と愛想を振りまくが一部の人間だけが口をポカーンと開けていて他は無反応だった。まだ日本ではそれほど知名度がないらしい。

 

「おい、一夏。俺は聞いてないぞ!」

 

 ちなみにバレットは当然のように一部の人間の側だ。そういえば今回が初対面だったんだっけ。

 

「そりゃ、言ってないからな」

「夕暮れの風が……金髪美少女だったなんて!」

「あ、そっち? あと、公衆の面前で虚さんと痴話喧嘩しそうなネタを振らないように」

「違うんです、虚さ――アイさーん! 俺は素直に驚いただけで他意はありませーんっ!」

 

 バレットが壇上から消えたところで次に移る。

 

「でもってこっちの眼帯してるのがラウラ。えーと、何位だっけ?」

「28位だ。まだまだ誇れるものではないな」

「謙遜なんてすんなよ。で、マシュー。この2人が全国区プレイヤーと比べてどうなのかハッキリと言ってくれないか?」

「正直なところ、名誉団長の人脈の広さにはただただ驚愕するばかりです。突出した個人が複数居るということですので、それなりの作戦を立ててみましょう。ステージが広すぎていまいち勝手が掴みにくいのが難点ですが」

「それは誰でも一緒だ。頼んだぜ」

 

 そうしてマシューを中心として作戦の細部が練られていった。俺の立ち位置は今朝セシリアたちと話したとおり、後方で待機するだけ。作戦が上手くいけば俺がほとんど何もせずとも決着が着くことだろう。それだけで終わるとは微塵も思っていないが。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 開戦を告げるブザーが鳴り響く。ほぼ同時にそれぞれの都市の中心部から無数のISが姿を現した。まだ互いに肉眼では確認できない距離であるが、一部のプレイヤーには相手の姿を確認できている者もいる。

 

「本部。敵も部隊を展開させました。そのままこちらへと進軍してきます」

「こちらマシュー。了解した。君たちも前進してくれ」

 

 じりじりとした出だし。互いに手の内を探るようにして様子を伺いつつ歩を進める。開始後、2分以上経過してもユニオンスタイルの高速機体が飛んでくるようなことはなかった。ただし、天候は曇り。分厚い雲が空を覆い尽くしており、その上がどうなっているのか判別する術はない。また、海の中に潜んでいる可能性もないわけではない。

 

「まだ正面の敵は遠いが油断するな。上や下から攻撃が来ても不自然じゃない」

 

 バレットが仲間に声をかける。バレットの周りにいるのは普段から共に戦っている藍越エンジョイ勢の仲間だ。と言ってもフルメンバーにはほど遠い。ヤイバはリーダーとして後方待機している上に、リンとライル、サベージとライターの姿もない。

 

「下は海で、敵は見えているのにまだまだ遠い。もしライターの奴がいたらイクリプスをぶっ放して自滅してたよな」

「アギトさん、今はそんなこと言ってる場合じゃないっす。俺もそう思いますけど」

「お前ら、無駄口叩いてると足下を掬われるぞ」

「サベージの奴よりはマシだって。あいつ、普段から試合中でも鈴ちゃん鈴ちゃんしか言ってないだろ。……逆にすげえけど」

「たしかにそうっすね。でもなんで今回いないんで――」

 

 藍越エンジョイ勢所属のプレイヤー、テツが『いないんでしょう?』と言い切る前に発言が途絶える。バレットたちが目を向けるとテツの顔面には砲弾がくっついていた。フルフェイスのメットが砕けて錐揉み回転をしながら海へと落下していくテツを一同が呆然と見つめていると、剥き出しになったテツの頭にもう一発砲弾が命中して彼の体は粒子となって消えていった。

 意表を突かれた。バレットは警戒を怠っていないつもりであったが、全体の注意を上と下に向けさせてしまったのが裏目に出ている。

 

「バレットさんっ! 危ないっ!」

 

 すぐ傍にいた女性プレイヤーが盾を持ってバレットの正面に割って入ると彼女の盾が衝撃を受け止める音が鳴る。射線に対して斜めに構えられた盾はスライドレイヤーと呼ばれる打鉄と同じ構造の装甲を採用しており、高い威力の砲弾も表層を犠牲にすることで受け流すことが可能。3発目の敵の攻撃を防ぐことができたところでバレットは事態を理解する。

 

「狙撃。テツは重装甲のヴァリスだってのに実体弾で2発……AICキャノン、それも長射程の代物だ。おそらく“撃鉄”」

「狙撃ぃ? まだ敵とは40km近く離れてるぜ?」

「信じられないのは俺だって同じだ。だが、もっと信じられないことに敵さんは陸地からこちらを狙い撃ってる」

「おいおい、陸地からって――70kmとかふざけた数字になるんだが、実体弾のPICCが機能すんのか?」

「スペック上可能な武器がある。むしろ空を飛びつつ40km先のISに有効な実弾射撃の方が心当たりがない」

 

 遠方のISにも十分に通用する唯一の実弾兵器。それがAICキャノン。BTの独立PICをヒントに実弾武器のPICC有効時間を引き延ばそうとした結果生まれた長距離砲である。その最大の特徴は、放つ砲弾が疑似的にISコアになるというもの。本体のPICをそのまま反映した砲撃は格闘戦のPICC性能と変わらず、有効射程の向上だけでなく威力の向上にもつながっている。ただし、発射準備から攻撃の命中までIS本体のPICが一切働かないという欠点を抱えている。空を飛んで使用できないということだ。だからこそ40km先の飛んでいる敵ではなく、その後方の陸地から撃ってきているとバレットは結論づけた。

 

「盾を持っている者は前へ! 正面の敵と乱戦になれば狙撃される心配はほとんどないからそれまで持ちこたえてくれ!」

 

 盾を装備しているプレイヤーが前に出ることで実質的に狙撃を封じた。陣形が完成した頃には狙撃は止み、再び前に進めるようになる。だが隙を見せれば狩られるのは変わりない。

 

「ねえ、お兄。私はそんなにこのゲームやりこんでないから知らないんだけどさ、今の狙撃って普通はできるものなの?」

「普通じゃねえよ。俺の知り合いはおろか、国内の強豪でもそんなスナイパーに心当たりはねえ。もしかしたら本職なんかが紛れ込んでるかもな」

 

 共に来ていたカトレア(蘭のプレイヤーネーム)に聞かれて即答するバレット。その内心は焦りで埋められていた。試合開始前はランカーが味方するため大丈夫だと高を括っていたのであるが、相手にそれ以上かもしれない化け物がいる。スケールが大きいために混乱してしまうが、ISの補助があっても今回の狙撃を成功させるには現実の狙撃と同等かそれ以上の技量が求められるとバレットは推測を立てていた。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

 名を与えられていない人工島。高層の建物が立ち並ぶ都会が広がっている島の中でも特に高い電波塔の上で海上のIS群をスコープ越しに覗く姿があった。

 

「やはりセシリアお嬢様の観測なしでは、奇襲でないと通じそうにありません」

 

 70km先の飛行しているISに2連続でヘッドショットを決めた狙撃手が外付けハイパーセンサーであるスコープから目を離して、深く息を吐く。

 試合開始後、最初に敵を落とした手柄を誇ることなく、淡々と元の作業に戻る彼女の姿は日本人のものではなく、容姿をいじったものでもない。

 

「まだ一夏様は出てこられないご様子。地道に数を減らして出てきてもらいましょうか」

 

 日本人でない彼女がこの試合に参加している理由は織斑一夏にある。

 長い間眠っていた彼女が目を覚ましたとき、彼女の主人はすっかり変わってしまっていた。オルコット家の当主として自覚を持ったことは大変喜ばしい。しかし、何をやっていても二言目には『一夏さん』。終いにはホームステイと称して家にまで上がり込む始末。主人と、そして他ならぬ自分自身を助けてもらった経緯を聞いていても、自分の目と力で確認したかった。

 

「私が守るこの地をどう攻略しますか、一夏様?」

 

 狙撃を嗜んでいる本職メイド、チェルシー・ブランケットは楽しげに微笑んでいた。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

 試合開始後、一番最初の報告は芳しくないものだった。最初の脱落者は俺たちの方から出たという。俺はマシューに確認する。

 

「どういうことだ? 予想よりも早い段階で仕掛けられたのか?」

「いえ、大がかりな作戦行動はされていません。単純にこちらの想定を上回る敵がいるようです。バレットの報告によれば、敵本陣からの狙撃とのこと。今は盾役を前に出して対処し、予定通り進めています」

 

 狙撃手。俺がまだ実際に会ったことのないタイプの相手だ。

 ISVSにおけるスナイパーライフルの定義はPICCの有効射程が長いライフルのことを指すが主な用途は狙撃でなく通常の射撃戦となる。ISに気づかれない距離での運用は威力の面から効率的でないからだ。よってISVSで狙撃を行う場合、もっと特殊な武装を使用することとなる。

 バレットから聞かされたことはあったが、よりによってセシリアがいないときにこんな相手と出くわそうとは。全く我ながらついていない。

 

「聞いてる限りだと相手はかなり強力なカードをいきなり切ってきたことになるな。お前はどう見る?」

「狙撃をただの牽制に使ってきたことですか? 確かに僕なら敵リーダーへの切り札として残しておくとは思います。そうしない事情として考えられるのは、狙撃以上の切り札を抱えているか、単純に統率が取れていないかではないでしょうか」

 

 狙撃以上の切り札か。相手の強気な行動の裏に数の有利だけでない強みがあるとしたら、それを知らない俺たちは不利だろう。こちらの切り札であるラウラとシャルで対抗できれば良いんだけど。

 

「敵に長距離狙撃が確認された今、こちらの進軍は相手よりも遅くなりますから、前線の戦闘空域はこちらの陣地寄りになると思われます。予定していた我々本陣の進軍も取りやめるべきかと」

 

 マシューが現在確認されている相手の位置情報を地図として表示してくれる。こちらが前線に送った部隊よりも相手の方が早く中間地点に到達しそうだった。バレットたち最前線の後方には奇襲に対して動くための部隊が続き、俺たちはそのさらに後ろに続く予定であったが、下手に前に進めば俺が狙撃される。いくらISの補助があるといえどもどこから来るかもわからない射撃を避けるのは俺には無理だ。必然的に俺はスタート地点近くから前に進むことはできなくなる。

 ふと気づいた。もしかすると――

 

「俺の動きを封じるための策だったりしないか?」

「確かに封じられていますけど、その後どうするんです? 戦闘空域がこちら寄りで、敵は全軍を出してきているわけではないようですから数的有利もこちら側になってしまいますし」

 

 おそらくは相手も奇襲を警戒してリーダーを守るための戦力を残して攻めてきている。だから見えている相手の数はこちらの全軍を下回る数だ。俺たちをまとめてしまうことで数の上で俺たちが有利な状況となるだけ。ISをまとめたところで一掃できるような兵器などツムギのアカルギかエアハルトのマザーアースしか思い当たらない。すると俺の思い過ごしということか。

 

「少し予定よりもこちらの陣地寄りですが、作戦を開始します」

「ああ、頼む」

 

 作戦とは言っても大したものではない。こちらの兵力をある程度集中して進軍させたこと自体が牽制であり、俺とマシューは相手の出方を窺っていただけ。

 

 相手側の対応で考えられるパターンは大まかに分けて3通り。

 1つ。全軍144人総出で迎え撃つ。

 2つ。こちらの前衛部隊約40人に対して上回る人数、50~70人の部隊で迎え撃つ。

 3つ。そもそも迎撃の部隊を派遣してこない。

 1つ目だったらこちらも兵を集中させて乱戦に持ち込み、シャルかラウラで最上会長を倒すというプランだった。どちらにとっても運任せな状況となるからおそらくこれはないと思ってた。

 3つ目の場合は主戦場が海上でなく相手の本拠地となる。数で上回っている相手に籠もられると困るところだったのだが、今回の試合の発端から考えるにそれは考えづらかった。俺を倒したくてウズウズしてる奴らばかりなのだから籠城戦はしない。

 

 相手の行動は俺たちの予想通り2つ目。こっちが伏兵を用意してるってわかりきってるのだから、予備戦力を残すのは妥当な判断。だけどその躊躇こそが俺の狙い。まずは相手の先遣部隊を倒して俺たちの数的不利を払拭させてもらうことにしよう。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 最前線では銃撃戦が始まっていた。まだ敵と味方がそれぞれ固まった状態で一斉射撃の応酬という状況である。距離もあるためどちらも致命的な損害が出ないままじりじりとストックエネルギーが減っていく。このまま続けた場合、数で劣るバレットたちが敗れる。

 

「バレット! このままじゃじり貧だ!」

「焦るなって。じゃあそろそろ行っとくか」

 

 両軍の間は弾幕で満たされた空間が広がっている。下手に飛び出せば敵と味方の弾の両方を浴びて瞬時に戦闘不能になるであろう。普通はこの状況を続けるしかないのだが、それは()()()飛び出せばという前置きがあった。

 

「両先生、お願いしやす!」

「私は用心棒か何かか? と思ったが事実そうだったな」

「任せてよ!」

 

 バレットが先生と呼んだ2人はラウラとシャルル。それぞれ黒とオレンジ色に統一された2機のISはバレットの号令とともに前へと飛び出していった。

 一見無謀に思える彼女たちの突撃に敵軍は冷静に対処を始める。弾幕の一部を彼女たちに集中。実弾とビームの群が殺到する。

 

「昨日はヤイバの前で失態を見せてしまったからな。汚名返上をさせてもらおう」

 

 先ほどまでは部隊に混ざってレールカノンの砲撃を行っていたラウラ。どちらかと言えば遠距離よりも近距離戦を好む性格である彼女は、ここまでの戦闘で鬱憤が溜まっていたのだ。昨日の蜘蛛との戦闘もヤイバたちの前では何でもないように振る舞っていたが、実際は悔しかった。彼女の目に敵プレイヤーの群れはただの獲物としか映っていない。

 ラウラが邪悪な笑みを浮かべる。自分に向かってくる集中砲火など彼女にとっては脅威でも何でもなかった。眼帯を量子化して収納し、金色の瞳が開眼する。

 停止結界。ラウラがそう呼んでいるのはISコアのPICが有効な固有領域と呼ばれる空間だ。彼女は固有領域に進入する実弾攻撃の全てを瞬時に把握できる。あとは同時にAICを使用して実弾にかかっているPICCを打ち消す。弾の数だけ処理する事柄が増えるにもかかわらず、ラウラは命中する実弾を全て無力化した。それどころか強制的に停止させた後、非固定浮遊部位のように操作してAICでは止められないビームにぶつけて全ての攻撃を食い止めた。それらが瞬きすると見逃してしまうような一瞬で行われている。

 回避行動らしい回避行動も取らないまま、ラウラは敵軍の中に飛び込んだ。こうなれば敵プレイヤーはラウラに銃を向けざるを得ない。軽く5人に囲まれたラウラだったがその顔は――笑っていた。左目に再び眼帯を実体化しているのも余裕の表れである。

 

「遅い」

 

 ラウラの両肩から4方向にワイヤー付きのブレードが射出される。それらのターゲットは全てバラバラ。異なる4機の敵ISの所持している銃を的確にかつ同時に引き裂いた。ラウラを狙う機体はまだ1機残っているが、そちらは右肩のレールカノンで撃ち抜いている。

 

「これならどうだっ!」

「浅はかだ」

 

 武器を失った5機の代わりにENブラスター“イクリプス”をラウラに向けるプレイヤーがいた。AICで防ぐことができない武器だとわかっていながら、ラウラは全く動じない。回避行動に移ることすらせず、伸ばしていたワイヤーブレードで適当に2機の敵ISを絡め取って引っ張る。敵がENブラスターを発射する頃には、ラウラの前に2機の捕らわれたISが壁となっていた。強力なビーム攻撃は仲間にダメージを与えるだけとなった。

 

「うわああ!」

「てめえ! よくもやりやがったな!」

「何を言っている? 攻撃したのは貴様だろう」

 

 周囲が敵だけという状況でもラウラは涼しい顔を崩さない。対峙するプレイヤーたちは過去に相手をしたことがない強敵を前にして戸惑いを隠せなかった。

 重量級(ヴァリス)の中ではスタンダードな性能といえる彼女の機体、シュヴァルツェア・レーゲン。機動性よりも耐久性を重視したシュヴァルツフレームであるにもかかわらず、まだ攻撃に当たってすらいない。一部プレイヤーから「あ、これ無理だわ」という諦めの声まで漏れていた。

 

 そして、敵の中に飛び込んだのはラウラだけではない。ラウラのように派手さはなくとも、同じくノーダメージで弾幕を突破したオレンジ色のラファールリヴァイヴの姿があった。

 

「やっぱり国の名前を背負ってる代表候補生はすごいね。でも、僕だってデュノア社の名前を背負ってるんだよ」

 

 シャルルは正面の2機からマシンガンで狙われる。一般的なディバイドスタイルからさらに装甲を減らしているため、実弾系が当たると手痛いダメージとなる。だからといって彼女の機体はヤイバの白式のように避けなければならないわけではなかった。彼女が念じるだけでマシンガンの弾道を遮るように装甲板が盾として召喚され、本体には届かない。盾が壊れてもまた新しい盾が召喚されている。

 盾で防ぎつつシャルルは強引に敵ISに接近した。慌てて距離を取ろうと逃げる敵にイグニッションブーストで追いつくと左手の武器を押し当てる。連続して3発ほど発射音がなった後、敵ISはその姿を消した。

 

「気をつけろ! シールドピアースだ!」

「盾も有限のはず! 取り囲んで集中攻撃しろ!」

 

 4機がシャルルを取り囲んで各々の武器を向ける。アサルトカノン、ENブラスター、マシンガンにミサイル。シャルルは単発で威力の高いものだけを選んで避け、マシンガンは盾で防ぎ、ミサイルは発射された直後にライフルで撃ち落とした。3種の異なる行動を同時に淡々と作業のようにこなす彼女を見たプレイヤーたちは実力差を感じずにはいられなかった。一部を除いて――

 

「これは、BTソード!?」

 

 シャルルが咄嗟に盾を出現させることで防いだ攻撃は剣によるものだった。同タイミングで3発。ただし、その担い手であるISの姿は見られない。それでいて射撃武器にはないPICC性能を維持したままシャルルを襲っていたのだ。一度防がれた剣は失速して墜落することもなく、意志を持っているように距離を置いて浮き続けている。

 シャルルはこの武器を知っている。数種類の装備を巧みに使いこなす器用さを持つシャルルが唯一使えないジャンルであるBT装備。その中でも独立PICを利用した近~中距離格闘武器である剣タイプのBTビットだった。

 

「無謀な単機特攻による奇襲など想定の範囲内。そしてそれは歯応えのある獲物が来てくれたことを意味する。お前たちは引き続き正面の雑兵どもと撃ち合っていろ。夕暮れの風は私が片づける」

 

 3本の剣が主の元へと帰っていく。その先には周囲の機体に指示を飛ばす指揮官らしきISの姿があった。ラピスと同じティアーズフレームのディバイドスタイルであるが、装甲が四肢に申し訳程度にしかついていない非常にスリムなデザインとなっている。ほぼISスーツだけのような男の周囲にはシャルルを攻撃した剣と同じ形状の剣が5本浮いており、戻った剣を含めて合計で8本の剣が彼を守るように周囲を回り始めた。

 

『BTソードの使い手となると相手はおそらく“ソードダンサー”、アーヴィン。彼の機体“コランダムエイト”はディバイドスタイル相手に力を発揮します。気をつけて』

 

 シャルルがBTソードと口にしたのを聞いていたのか、本陣に控えているマシューからシャルルにアドバイスが送られてきた。戦闘中に通信を受け取るのはシャルルにとって慣れないことだったために目を丸くする。それも一瞬のことで次の瞬間には満面の笑みを見せた。

 

「忠告ありがとう。だけど本当に忠告が必要なのは向こうなんだよね」

 

 両手の銃を収納してブレードスライサーを呼び出す。二刀流となったところでシャルルは剣を両方とも宙に投げ出した。2本の剣は眼下の海へ落下することなくシャルルの両脇に浮く。空いた両手には再びブレードスライサーが呼び出され、合計4本の剣が用意された。

 

「デュノア社がFMS社に劣っていないところを見せてあげるよ」

 

 対面にいる敵プレイヤー、アーヴィンは強者だ。ディバイドスタイルで顔が見えているからよくわかる。彼がシャルルを見る目は、これまでに夕暮れの風に挑んできた者たちと寸分違わないのだと。久しく現れなかった挑戦者の出現にシャルルは胸が熱くなっていくのを感じていた。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 海上での戦闘が本格化した頃、厚い雲を突き破って青空の下に姿を見せるISの部隊があった。合計5機からなる部隊の先頭を進む臙脂(えんじ)色の大型ISを駆る大男がニヤリと笑む。

 

「予想したとおり、奴らにまともなユニオン・ファイターはいない。高々度ならば俺を遮る者はないってわけだ」

 

 雲海を見下ろせる高度にまで上がってきた男はバンガード。現実では内野剣菱という名前である女神解放戦線のリーダー格の男だ。彼は4機のユニオン・ファイターを引き連れて遠回りなルートである雲の上にまで来ていた。主戦場の遙か上空を通過しそのまま敵本陣に殴り込むつもりである。彼にとって織斑一夏以外を相手にするのはただ煩わしいだけだった。

 だが彼の思惑は外れる。無駄に上空にまで戦力を割いてこないと思っていたのであるが、バンガードたち以外にも雲を突き破って現れる機影があった。バンガードが知らない時点で敵陣営のISであることは間違いない。出現ポイントも敵本陣の真上である。確認できる戦力は同じく5機であった。

 

「読まれていたのはいいとしよう。しかし高速戦闘に慣れている俺たちと違って付け焼き刃に過ぎん戦力を出すなど、愚の骨頂! 一息に蹂躙してくれる!」

 

 バンガードは鼻息を荒くしてメンバーに突撃の号令を下す。

 ツムギ側もバンガード迎撃のための部隊らしく真っ直ぐに向かってきていた。

 瞬殺してやるという意気込みでバンガードは愛用のドリルランスを正面に構える。

 あとは射撃しようとしてきた敵に突っ込んでいくだけ。

 そのはずだった。――相手の顔を見るまでは。

 

「えっ!? 何でリンちゃんがここにっ!?」

 

 迎撃に現れた部隊の先頭には憧れている少女の姿があった。

 バンガードの槍の切っ先は大きくブレ、攻撃できないと判断して即座に軌道を変更。衝突を自分から回避していく。

 すれ違いざまにリンの機体周辺で圧力の変化を感知。自機に衝撃が与えられ、ストックエネルギーが減少した。

 完全に想定外だった。リンがヤイバの味方をすること自体は理解していたが、わざわざユニオンスタイルのファイタータイプに機体構成を変更してまで自分に立ち向かってくるとは夢にも思っていなかったのだ。衝撃砲も高速戦闘を意識した命中重視の拡散型を選んでいる。リン自身が徹底したバンガード対策をしてきている事実は思いの外バンガードに精神的ダメージを与えた。

 

「卑怯だぞ、織斑一夏ああああああっ!!」

 

 バンガードはヤイバに八つ当たりするしかなかった。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

「リンさんが率いる高々度戦闘部隊がバンガードと接触。戦闘を開始しました」

「いけそうか?」

「問題なさそうです」

「そっか」

 

 マシューの報告を聞いて俺は胸を撫でおろす。そんな俺にマシューは若干からかいを含んだような声音で続けてくる。

 

「名誉団長も中々鬼畜なことを思いつきますねぇ。バンガードが来るとわかっていて敢えてリンさんを仕向けるとは」

「効果覿面だろ? 奴はあちらさんの中でも突出した能力なのに、ラウラかシャルを割り当てるのは無理だったからな。他に蹴散らされない人員としてはこれ以上の適任はない」

 

 迎撃部隊の人選をしたのは俺だ。まず間違いなくバンガードが空から攻め込んでくるとは思っていた。バンガードの狙いは俺一人だというのはわかりきっている。藍越エンジョイ勢の皆から聞いていた情報によればバンガードは短気で短絡的な思考の持ち主。あからさまに大部隊を差し向ければ、煩わしく感じることだろう。回避する術があれば例え少数部隊になろうとそうしてくることは読めていた。

 もうひとつ奴が回避したかったものがある。それがリンの存在。リンはこれまでにヴァリスのディバイドスタイルしか使ってきていないため、普通に考えればバレットの部隊に混ざっているところだ。リンのことを知っているからこそ、バンガードはリンが大部隊の中に紛れていると思いこんでいたはずだ。だからこそリンには初めてとなるユニオンスタイルのファイタータイプを使ってもらうことにした。不慣れな操縦なのはこちらも承知の上だが、バンガードが最もやりにくいであろう相手なのは間違いない。

 

「もうすぐ俺の出番だな。軽く片づけてくる」

「頼みましたよ、名誉団長。あなたが負けるとは思っていませんが、油断だけはしないようお願いします」

 

 俺は単機で出撃する。最前線に出向くわけではないが、戦闘をしに行くのだ。負ければ即試合終了というリスクを抱えた俺をマシューは軽い態度で見送ってくる。

 

「以前に俺を負けさせたお前が言うか?」

「あなたに直接勝ったわけではありませんよ。それに、一番大切なところで僕はあなたに完敗していますから。だからあなたは僕よりも強いです」

「何だそりゃ? ま、いいや。ちょっとは自信がついたよ。こう言っちゃなんだけど、少しラピスっぽい送り出し方だな」

「そ、そうですか? 最高の誉め言葉です」

 

 マシューの声が上擦っている。別に誉めたつもりではなかったんだが嬉しいのなら無理に否定することもないか。本人が満足してるんだし。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 バンガードを空へと誘き寄せる役割を果たした最前線の部隊は敵味方が入り乱れた状態となっていた。ラウラとシャルル、2人のエースで攪乱し、陣形が乱れたところにバレットの号令の突撃を開始。そのまま一網打尽にするつもりであった。だが現状は理想通りにはいかない。ラウラもシャルルも敵エース級に阻害され、想定よりも敵は浮き足立っていない。

 

「本物を知らない者でもここまで戦えるとは……クラリッサの言うとおり、素人と侮れるものではないな」

 

 ラウラから独り言が漏れる。現在、ラウラの正面には巨大なバズーカを所持している大型のずんぐりとしたISが僚機を3機引き連れて立ちはだかっている。敵陣の中に突入した段階では好き勝手に暴れられたラウラだったが、デブ機体が現れてからは守勢に回っていた。

 敵の情報はマシューから送られてきている。断片的な情報だけで特定できたということは有名なプレイヤーであることを指す。名前はファズ。重度の火力マニアで実戦に不向きとされているものほど好んで使用する傾向にある男だ。

 彼が今回持ち出してきている武装はラウラも知っているもの。FMSの失敗作である集束型ENブラスター“バルジ”という。ENブラスターの限界を目指して開発されたのであるが、いざ完成してみれば馬鹿でかい容量のためにユニオンスタイルでなければ搭載できず、馬鹿でかいEN消費量のために大半のフレームのユニオンスタイルでは扱えない。省EN特性のコールドブラッドフレームを使ったユニオンスタイルで辛うじて運用できるのであるがコールドブラッドフレームは同時にEN武器威力減衰の特性もついている。そうまでして使うよりもイクリプスを2発撃った方が早いというのが開発者、プレイヤー双方の結論であった。

 

 ファズが失敗作をラウラに向ける。開発者すら投げ出した代物を喜んで使う男などラウラは今までに出会ったことがなかった。巨大なEN反応を察知し、ラウラは大きく迂回するように射線上から退避する。発射された光の暴力は光線と呼ぶには広かった。集束型を謳っておきながら、集まりきっていない。横から見れば扇のように拡散したビームは海に照射され、円形の大津波と莫大な水蒸気を発生させる。

 これほどの規模のENブラスターである。発射直後からサプライエネルギーの総量は一定時間低下し、次に発射できるまでラグが生じているはずだった。その間に接近して相手を戦闘不能にすることなどラウラにとっては朝飯前である。しかしラウラは前に出られない。

 

「他のISを電池のように扱い、ENブラスターの隙を消したか。サプライ低下状態の僚機も実弾ならば使えないことはなく、次弾の発射が間に合う。これも連携といえば連携。たしか日本で起きた戦いの中に似たような戦術の例があったか」

 

 ラウラはただ感心する。ファズはコールドブラッドフレームを使っていなく、むしろEN消費が大きくなる代わりに威力を上げるメイルシュトロームフレームを採用している。問題となるサプライエネルギーは自前でなく他機体から確保という単純かつ大胆な方法で解決。BTのように無線でENを渡せないため、ケーブルによる有線供給。一度発射した後はすぐに他の機体と交代してケーブルを繋ぎ直し、次の発射に備えているのだ。ラウラの接近が間に合わないほど、ファズの小隊はそれらを手早くこなしている。

 唯一届く武器はレールカノンだけ。デカい図体に加え僚機と有線でつながっているために全く回避はされないのだが、ユニオンと割り切って装甲が厚くしてあり実弾があまり通らない。決して勝つのが難しい相手ではないが問題は時間だった。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 まずは敵戦力を削ろうというヤイバの思惑は上手くいきそうにない。少なくともバレットはそう感じていた。ラウラとシャルルが強力なカードなのは間違いなかったが、物量の差ごとひっくり返すようなものではなかったのだ。2人とも日本のトッププレイヤーを相手にしていて他に手が回っていない。彼女たちが攻め切れていない理由として敵の狙撃の存在もあった。最初にテツを落としてから撃ってきていないが、今はその沈黙こそが恐ろしい。

 残された戦力は30強と50強。数が劣っているのに万全の体勢の敵に挑んでしまったというのが現状である。おまけに敵の中に厄介なプレイヤーがまだ残っていた。バレットだけでなく、ほぼ全員がそのプレイヤーの行動に釘付けとなる。

 

「そろそろ本気でいかせてもらうわ!」

 

 その女性プレイヤーが両手を広げると球体状の浮遊物体が周囲にばらまかれた。ひとつひとつが爆弾である。その数は100で留まるものではなく、彼女を中心とした広範囲が機雷原となった。プレイヤーたちの悲鳴が聞こえてくる。

 

「ちょ!? そこでばらまくなよ! 味方の足止めになってんじゃん!?」

「大丈夫だって。接触信管だから間を通ればいいよ」

「うん、だからね、俺たちの通れるルートを絞ってるだけになってるんだよ?」

「細かいことは気にしない気にしない!」

 

 悲鳴の8割は敵陣営のものだったりする。実際彼女が味方にいればバレットも同じように文句ばかり言っただろう。

 だが敵にいて良かったとも思えなかった。何故ならばバレットは彼女を知っている。今年の夏に現れた新人ながら、バレットを始めとするベテランプレイヤーを片っ端から倒して回った少女。誰が付けた名前かは誰も把握していないが、彼女に敗れた者たちは彼女のことを畏敬の念を込めてこう呼んだ。

 

 “7月のサマーデビル”と。

 

「お前ら! 流れてくる機雷を放置すんな! 奴が突っ込んでくるぞ!」

 

 機雷自体は大したものではない。PICCの関係から爆発による攻撃はISにあまり有効ではないためである。といってもライフルなどと比べてストックエネルギーへのダメージが少ないだけでありノーダメージというわけではなく、装甲へのダメージもある。当たったら当然足も止まる。必然的に移動が制限された状態となってしまうのだ。

 サマーデビルは機雷原の中を通常の空間と同じように飛び回る。彼女自身の得物は薙刀型の近接ブレード“夢現(ゆめうつつ)”。銃撃は回避し、刀剣型ブレードのリーチの外から斬ってくる彼女のペースに巻き込まれればあっと言う間に狩られる。バレットの警告も空しく、仲間が1人やられたところだった。

 

「くそっ!」

 

 ハンドレッドラムを撃ちまくることでバレットは機雷を除去しようと試みる。接触信管と言っていたのは本当のようで弾が当たりさえすれば破壊は可能だった。爆発した機雷は黒く着色された煙をまき散らす。自然な煙ではない。煙に包まれると通常の視界だけでなく、熱源の感知も正常に働かなくなった。

 

「しまった! 目眩ましか!?」

「そういうこと!」

 

 たった1種の装備で敵の足を止め、目を潰す。ほぼ無抵抗の相手を薙刀の間合いで一方的に斬り裂く。相手の戦術を知っているにもかかわらずバレットは術中に嵌まってしまっていた。闇雲にマシンガンを撃ったところで当たるはずもない。万事休す。

 しかしバレットにサマーデビルの薙刀は届かなかった。金属同士がぶつかる音とともにバレットを狙っていた刃は停止している。薙刀と干渉しているのは棒の先端についた装甲の塊のようなもの。

 

「……お兄も不甲斐ないわね。ここは私に任せて」

 

 薙刀を止めた武器はハンマー。その柄を握るプレイヤーはバレットの実妹であるカトレアであった。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 シャルルの周囲5mの範囲を常に3本以上の剣が回っていた。これらは全てシャルルの持ち物ではなく、対戦相手であるアーヴィンのものである。剣のひとつひとつの軌道は一定のパターンのない複雑なものであり、射撃で撃ち落とすことは困難であった。今のところ、シャルルは向かってくるBTソードをブレードスライサーで弾き飛ばすことに終始している。

 

(わざわざ非固定浮遊部位でも2本扱えるところを見せたんだけど、僕の今の手数である4本を超えて攻撃はしてこないのか……意外と慎重な人なのかな?)

 

 シャルルは手に持っている2本の他に非固定浮遊部位として出したブレードスライサー2本を自在に操作することで合計4本のブレードを同時に扱っている。蒼天騎士団のハーゲンも使っている操作難易度が高い技能である。もっとも、BTソードの下位互換でしかないのだが。

 射程も手数も劣っている状態で防戦に徹しているのはシャルルの癖のようなものだった。今まで誰かと組むことはせず、たったひとりでデュノア社の宣伝のために観客を魅了する戦い方ばかりしてきた。不利な戦況を劇的に逆転させることばかりしてきたため、今も敵を分析しつつ油断を誘う罠を練る。

 

(たぶん僕の高速切替(ラピッドスイッチ)の早さを考慮してるのかな。手元の半分はいざというときに迎撃するためのBTソード。グレースケールも見せてるから接近戦を嫌がってるのもありそう。勝負を急ぐつもりもないってところだね。ちょっと時間をかけなきゃいけないかも)

 

 好戦的な発言とは裏腹に堅実な攻め手をする相手。長期戦も辞さない相手に対してシャルルは勝負を急ぐ必要がある。やってやれないことはないが華がない終わりとなりそうだった。そこでふと気づく。

 

(あれ? 僕は何を躊躇ってるんだ?)

 

 真後ろから迫っていたBTソードを浮遊させていたブレードスライサーで弾く。同時に左右から迫っていたBTソードも両手のブレードスライサーで同様に防ぐ。このあとBTソードを破壊しようとすると、敵は素早くBTソードをシャルルから離す。軌道にパターンはなくとも行動は既にパターン化されていた。

 ここで動く。BTソードが離れるその瞬間は最初から狙っていた。アーヴィンも警戒していたはずであるが、同じ攻防を繰り返すうちに慣れてしまっている。このタイミングでイグニッションブーストを使用するシャルルへの反応は僅かに遅れることとなる。

 慌てて3本のBTソードを引き戻そうとするアーヴィン。しかしそれよりもシャルルの接近の方が早い。シャルルは両手の装備をアサルトライフル“ヴェント”に持ち替えてアーヴィンを撃ちながら前に進む。

 アーヴィンの選択は回避でなく防御。ヴェントは容量の軽さに特化したアサルトライフルであり、他社の同種装備と比較すると威力が低い代物である。数発当ててもBTソードを撃ち破れないことはアーヴィンも把握しており、広めの刃を持つBTソードを盾にされて本体には届かない。

 しかし攻撃を防がれてしまったはずのシャルルの口元には笑みが浮かんでいた。

 アーヴィンの防御行動は無意識下で最適化された行動である。相手にEN武器がない場合、手数重視の実弾射撃は避けるよりもBTソードを前面に押し出して防ぎ、そのまま8本全てで敵を包囲した方が都合が良かったからだ。シャルルの背後からはBTソードが3本向かってきている。防御に回した2本の他の3本はシャルルの上と左右に配置していた。必勝パターンのひとつに持ち込んだアーヴィン。だが――

 

「何っ!? 私の剣が破壊されただと!?」

 

 盾としていたBTソード2本がビームによって撃ち抜かれていた。いつの間にかシャルルの右手にはヴェントではなくENライフル“ブルーピアス”が握られている。BTビットには基本的にシールドバリアが存在しないため、威力の低いEN武器でも簡単に撃墜されてしまう。

 アーヴィンもそのことを知らないわけではない。そして、夕暮れの風のラピッドスイッチも理解していた。にもかかわらず驚愕を見せたのにはわけがある。

 

 シャルルが接敵に成功する。既に両手にはブレードスライサーが握られていて左右同時に丸腰のアーヴィンに叩きつける。

 だが彼にも意地と隠し玉がある。シャルルのように入れ替えはできずとも、高速で特定の武器を展開することは可能だった。

 インターセプター。FMS社開発のENショートブレード。ENブレードで最軽量なこの武器は物理ブレードの破壊を目的として搭載することが多いことからソードブレイカーの異名を持つ。アーヴィンも不用意に飛び込んできたISへのカウンター用として常に拡張領域に入れてある奥の手だった。ブレードスライサー程度ならば容易く切り裂き、逆に相手本体にその刃を届かせることも可能だ。

 だが、アーヴィンのインターセプターは止まってしまった。

 

「ENブレード同士の干渉だと!? なんで……?」

 

 アーヴィンの顔に困惑の色が浮かぶ。攻撃を止められた原因は簡単なことでありアーヴィンのENブレードは瞬時に持ち替えられたENブレードで防がれたのだ。アーヴィンはそのことも十分に理解している。戸惑いの理由は別にある。

 

「なんでデュノア社以外の装備を……?」

 

 それは夕暮れの風のことを知っているからこその疑問。デュノア社には有用なEN武器が存在しない。デュノア社の装備で縛りを設けているはずの夕暮れの風から出てこないはずの武器だった。BTソードを破壊したブルーピアスはクラウス社、アーヴィンのインターセプターを防いだシャルルのENブレードは同じインターセプターでありFMS社の装備である。

 

「今日は僕のショーじゃないからね」

 

 シャルルの蹴り上げがアーヴィンの右手首を捉え、アーヴィンはインターセプターを取り落とす。これでアーヴィンは完全に無防備となった。シャルルは右手のブレードスライサーで逆袈裟に斬りつけた後に左手の杭打ち機の口をアーヴィンの胸に押し当てた。

 

「夕暮れの風が君に夜を告げよう。おやすみなさい」

 

 とどめのシールドピアースが放たれる。残ったBTソードがシャルルを襲うよりも早く決着がつき、アーヴィンは退場していった。

 

「君は強かったよ。僕に他社製品を使わせたことは十分に誇っていい」

 

 最後の挑発としか受け取れないような誉め言葉はアーヴィンには届いていなかった。

 一戦闘終えたシャルルは次の相手を探す。ラウラもちょうどファズの相手を追えたところであり、エースが2人ともフリーな状態となった。

 

『お二人は先行して敵本陣へと向かってください。前線の戦況は若干こちらが不利ですが、敵の防衛部隊が前に出てくるのを抑えてもらった方が良さそうです』

「了解した。私はシャルロットと共に敵本陣へ向かう」

「たぶん僕たちだけだと攻めきれないからなるべく早く援軍を寄越してね」

 

 マシューからの指示を受け取り、ラウラとシャルルの2人は激戦区を離れて敵の本陣へと向かう。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 ラウラとシャルルの2人が敵陣へ向かい始めた頃、雲の上では合計10機のISが飛び交っていた。両軍ともに統率のとれていない飛行をしているため、互いに効率的な攻撃ができていない。

 

「もらったーっ!」

「くっ――動きにくいのよ、この装備!」

 

 リンが敵のレールガンの直撃を受ける。命中箇所は背中についている大型ブースターであったが、幸い装甲の厚い場所であり飛行には支障が出ていない。しかし慣れない機体を扱っているため、思ったように動けていないのが現状である。まだ被弾は多くなりそうだった。

 

「えーと……俺が教えようか、リンちゃん?」

「何言ってんの!? アンタはあたしの敵でしょ?」

「あ、う、うん。そうなんだが、見てられないというか……」

「馬鹿にすんなっ!」

 

 相手チームのリーダー格のひとりであるバンガードが試合の場でリンにユニオン・ファイターの機動についてレクチャーしようと試みる。リンに出鼻をくじかれてから一切の攻撃行動を取っていない彼の言葉をリンは挑発と受け取って激昂する。

 

『リン、熱くならないで。ヤイバの作戦はバンガードを怒らせることにあるから、今みたいなこと言ってると逆に冷めちゃうよ』

 

 リンを諭す通信を送ってきているのは彼女と共に空へと出撃してきた数馬(ライル)だ。彼はリンから少し離れた場所で敵プレイヤーと撃ち合っている。未だに被弾0で敵と対等以上に渡り合っていた。ヤイバにこの場を任されたリンとしてはライルの方が活躍しているのは面白くない。

 

「今だけはアンタの器用貧乏さに憧れるわ」

『俺としては自分にあったスタイルを確立したいんだけど』

「どんな装備でもある程度は使えますってスタイルでいいじゃない?」

『そうかもね』

 

 ライルとの通信でいささか落ち着きを取り戻したリンはたまたま正面に来たバンガードに突撃をかましていく。武器は普段とあまり変えておらず、両手には双天牙月。高速戦闘に慣れていないリンはまだ両手で同時に攻撃することができず、すれ違いざまに左手でバンガードに斬りつける。バンガードはそれを左手の盾で受け流した。双天牙月は盾の表層を斬り裂くに留まり、両断には至っていない。

 

「ちくしょうっ! 俺はどうすればいいんだっ!?」

 

 リンの攻撃は馬鹿正直なくらいに真っ直ぐなものでありお世辞にも上手い戦闘ではない。バンガードならば今の攻防でリンに大打撃を与えることもできていたのだが彼は一切の反撃をせず頭を抱えるのみ。

 

「これは試合よ。戦えばいいじゃない」

「しかし、これでは弱いものいじめだ」

「……アンタ、一夏よりもあたしを怒らせるのが上手いわ」

「リンちゃん、ごめんっ!」

 

 試合中に対戦相手に謝り始める始末。バンガードが藍越エンジョイ勢に所属していた頃はリンと本気の手合わせを何度もしており、バンガードが勝ち越していたくらいなのだがそれはリンも万全の体勢であったからに他ならない。彼は対等な状態でないリンを一方的に攻撃することができない男だった。この点はヤイバの想定を超えた事態だったりする。

 攻撃できないバンガードと攻撃が届かないリンの戦闘は鬼ごっことなってしまっている。この2人の戦闘は勝てないバンガードと負けないリンということだけは確定していた。この状態が続けば女神解放戦線の強豪の一角が封殺されるだけに終わる。

 

「あっ! また当てられた!」

 

 だがこの戦闘はリンとバンガードの一騎打ちではない。バンガード以外の機体がリンを狙うこともある。リンが攻撃された方を見れば、そこには奇妙なISが飛んでいた。

 

「何あれ? 戦闘機?」

 

 ユニオンスタイルのファイタータイプとは言ってもパワードスーツであるISの背中に大規模なブースターを無理矢理くっつけただけのものが普通である。シルエットではわかりづらくともどこかに人型は存在していなければおかしい。しかし、今リンをレールガンで攻撃してきた相手はリンがイメージする戦闘機の姿をしていた。

 戦闘機はバンガードに後ろから追いつくと並んでそのまま飛ぶ。バンガードよりも圧倒的に速いそれは、にわかには信じられない挙動をし始めた。

 まず、足が生えた。正確には足を伸ばしたのであるが、リンの目からはそうとしか見えない。

 次に装甲がガシャガシャと組み変わる。流線型であった装甲が分離していくことで中の人の姿が見えてきていた。

 最後にくの時に曲げていた体を起こして頭部を覆っていた先端部分が背中へと折れるように片づけられる。そうなることでようやくリンの知るISの形となった。

 相手の会話が漏れ聞こえる。

 

「何やってんだよ。見てらんねーのはオメーの方じゃねーか」

「返す言葉もない……」

「ここはオレっちに任せときな。オメーには倒すべき敵がいるんだろ?」

「頼んだぞ、カイト」

 

 バンガードが速度を上げる。なりふり構わず向かう先はヤイバのいるツムギの本陣。

 

「行かせないわよっ!」

 

 追撃に動こうとするリン。しかし目の前をレールガンの弾が通過したことで減速してしまう。

 

「そいつはこっちのセリフってやつさ。オレっちが相手をしてやんよ、初心者の嬢ちゃん?」

「あたしが……初心者……?」

 

 もうバンガードをくい止めることはできない。でもそんなことはどうでも良かった。バンガードとは違う本当の挑発を耳にして頭の中が沸騰する。抑えるつもりはない。

 

「絶対に泣かす」

 

 ブースターを全開にしたリンは戦闘機から変形したISに斬りかかっていく。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

「ラウラ。なんか不気味じゃない?」

 

 間もなく敵軍の拠点である人工島フィールドに入ろうというところまで来てシャルルは隣を飛ぶラウラに問いかける。ラウラもシャルルと同様の疑問を抱いていた。

 

「全く迎撃をする素振りが見られない。例のスナイパーも私たちを撃ってくることはなかった。中途半端に兵力を割かず、障害物のある陸地で迎え撃とうとしていると私は見ているがシャルロットはどう思う?」

「そもそも最初の部隊を過ぎてからここまで全く誰もいないことに違和感を覚えてるんだ。敵の先見部隊の約50機は結果的に孤立してる。僕たちが抜けた後は後続の部隊がバレットたちに合流する手筈だから、残りの50機も落とせたも同然だよね。敵の数を減らしたいこちらとしては大歓迎な状況なんだけど、少し上手く行きすぎてるような気がする」

「そういうものなのか。私から見ればこのISVSは常識外れな輩で溢れているとしか思えないから良くわからないというのが本音だ。ヤイバ、更識の忍び、先ほど相手にしたプレイヤー。命がかかっていたらまず使わないようなリスクの高いものを平気で持ち出してくる」

 

 やれやれとラウラは肩をすくめる。「そうだね」とシャルルは笑って相槌を打つ。つい昨日、ヤイバを通じて知り合ったばかりだというのにすっかり立派な友人となっていた。ヤイバと出会ってからシャルルの人間関係は急激に変化している。そうなって初めて、シャルルはとあることに気がついていた。ラウラの発言に同調しながらも「でも――」と言葉を続ける。

 

「この試合の参加者にそれぞれの思惑があったとしても、やっぱりラウラの知ってる戦いとは縁遠いものだよ」

「実在する武器と寸分違わぬものを取り扱っていてもか?」

「等しくても同じにはならないよ。ISVSは現実じゃない。この試合は遊びなんだ」

「その遊びに軍人が本気で参加しているのは滑稽なのだろうか」

「滑稽なもんか。本気で遊ばないと誰も楽しくないからね」

「楽しい……?」

 

 首を傾げるラウラを見てシャルルは大きく頷いた。

 

「そう。ヤイバは言ってたよ。純粋に楽しもうってさ。実際、僕は今までで一番ISVSを楽しく感じてる。ラウラはどうなのかな?」

「私は……」

 

 ラウラは言い淀む。即答で楽しいと返してほしかったシャルルとしては残念でならなかったが、つまらないわけではないのだと受け取ることにした。シャルルは返事に困っているラウラに助け船を出すことにする。相手に動きがあったため、他のことを話している暇がないだけとも言う。

 

「来たよ、ラウラ。だけど、また予想が外れたよ」

 

 人工島の市街地からISが飛び出してきた。真っ直ぐにシャルルたちの元へと迎撃に向かってくる。その数、1。

 敵機の襲来にラウラは困り顔をキリッと引き締め直した。戦闘モードに入ったラウラが敵機の分析を始める。

 

「黒く塗装したシルフィード。両手には同じ装備……“ターマイト”か。他に装備を搭載する容量はない」

「小回りのきく高速機だから間合いの調節がしやすく、扱いやすいマシンガンを2つ同時に使って相手の足を止めつつアーマーブレイクにまで持っていくことでDPS(単位時間当たりのダメージ量)もそれなり。ダブマシシルフと言われてるテンプレ装備の1つだね」

「DPS? テンプレ?」

「ごめん。ダメージ効率とよく使われてる装備って意味だよ」

 

 IS用語を理解していることから誤解しがちだが、ラウラはあくまで専用機持ちであってISVSをゲームとしてプレイしているわけではない。ついつい一般のプレイヤーと話しているつもりになってしまっていたシャルルは軽く反省する。

 

「確かによく見かける装備ではあるな。だが私とシャルロットの2人を止められる気なのか?」

「とりあえず先制攻撃しておくよ」

 

 まだ距離が開いてるうちにシャルルはスナイパーライフルを取り出して手早く撃つ。狙いをつけるような素振りは見せなかったが弾丸は正確に黒いシルフィードに向かっていった。単調で単発な攻撃である。よっぽどのことがない限り避けるのは簡単であり、黒いシルフィードは易々と回避する。

 まだシャルルたちの先制攻撃は終わっていない。回避先を読んでいたラウラが右肩のレールカノンで追撃をしていた。単調な攻撃を単調に避けただけでは当たるタイミングであったが、黒いシルフィードは回避の軌道を途中で曲げることで避ける。その一連の動きだけで2人は確信した。

 

「こちらの動きが良く見えているようだ」

「ついでに本体操作の練度も高いね」

 

 1機だけで出迎えてきたのは腕に覚えがあるからなのだと。

 

 遠距離戦では倒せない相手と判断した。元よりラウラもシャルルも近~中距離を得意としている。黒いシルフィードも武器がマシンガンであるからある程度は接近する必要があった。互いの思惑が一致し、急速に距離が縮まっていく。

 

「シャルロット、挟み撃ちにするぞ。合わせてくれ」

「了解。勝負を急ぐに越したことはないからね」

 

 敵のマシンガンの射程に入ろうかというところで2人は左右に散る。一方向から撃ったところでシャルルの攻撃を避けながらラウラの行動を見ていた相手に当てられるとは思っていない。練習も打ち合わせもしていない2人だったが、即席の連携の方が効率が良いと判断した。

 敵を挟む配置についた。先に仕掛けるのはシャルル。威力よりも命中を重視して両手に“ヴェント”を装備。避けられることを前提に牽制の一発目を放つ。黒いシルフィードは、すすすっと滑るように小さい動きをしただけで回避した。

 続けざまにシャルルはもう片方のヴェントを放つ。それも同じように滑るように流れていくだけで黒いシルフィードは避けた。まるで隙を作れていない。

 反対側ではラウラがワイヤーブレードを4本同時に射出。イグニッションブーストで接近しつつ上下左右から取り囲むように攻撃を行う。有線のBTのような攻撃を前にして黒いシルフィードはラウラに背を向けたまま接近してきた。バックステップとでも呼べるような挙動。ラウラと黒いシルフィードを直接結ぶラインに何もないことを冷静に見破られている。

 しかしラウラとて敵のその行動を読めていないわけではない。そして、ワイヤーブレードは先端のブレードだけが武器ではない。有線は欠点などではなくそれ自体が武器。

 

「捕まえたぞ!」

 

 4本のブレードが攻撃先で空振るもそれで終わりではない。ブレード同士が合わさったところで泡立て器のように弧を描いている4本のワイヤーに、ラウラは自分とブレードを直線に結ぶよう指示を送る。上下左右に膨らんでいたワイヤー4本が一気に引っ張られ、直線となる中心に集まる。そこには黒いシルフィードがいる。上下左右から鞭のようにワイヤーが迫る。

 黒いシルフィードにはその攻撃も見えていた。ワイヤーのない斜め上方向に動く。完全に包囲していたわけではないから当たり前だった。だからラウラの攻撃にはまだ続きがある。

 ラウラはブレード先端部を回転させた。4本のワイヤーブレードが合わさった状態で捻ることにより、逃げようとした敵を叩き落とす鞭となる。ワイヤーの内側に捉えれば戻ってくるブレードで撃墜も見えた。

 だが当たらない。黒いシルフィードは走り高跳びをするかのように上体を逸らしつつ、ワイヤーをすり抜けた。飛び出した勢いを殺すことなく黒いシルフィードはラウラから離れていく。

 

「まだだよ!」

 

 シャルルの追撃。射撃がダメなら接近戦をするまで。イグニッションブーストからブレードスライサーの一撃を当てようと試みる。すると黒いシルフィードはようやく手にしていた武器を向けた。攻撃されようとも盾を召喚して強引に突破しようと思っていたシャルルだったが、相手の銃口を見てから急停止し慌てて右に飛ぶ。敵のマシンガンが当たることはなかったが、普段のシャルルらしからぬ回避行動だった。

 初めて攻撃をした相手に今度はラウラが飛び込んでいく。黒いシルフィードはシャルル相手に必要以上にマシンガンを撃っており、それがラウラに向けられるまでに確かなタイムラグがあると予想された。

 まずは頭部を狙ってレールカノンを放つ。正面のシャルルに集中していたはずの黒いシルフィードだったが首を大きく横に振ることで避けた。黒いシルフィードは大きく仰け反った無茶な体勢となっている。あとは手刀が届く距離にまで近づけばラウラの勝ちだった。

 だが飛び込めない。

 直感が働いたラウラは頭を守るために両腕を挙げて庇う。ボクサーのガードと同じポーズをしているラウラの左腕に強烈な衝撃が襲ってきた。もう少し早く気づいていればAICで無力化できたのだが、あまりにも沈黙が続いていて失念していたのだ。

 

「このタイミングで狙撃してくるか……」

 

 最初に長距離狙撃をしてきていたスナイパーが再び行動を開始した。もう高層ビル群までは距離は3kmも離れていないのだが、今の一撃があってもラウラはスナイパーの位置を特定できずにいる。砲弾の飛んできた方角の先にはスナイパーが潜めるような場所はなかった。

 理由はわかっている。AICキャノンはBT適性の高いものが使えば偏向射撃も可能であるからだ。曲がる狙撃を使ってくる相手に撃ち返す術は今のところ存在しない。

 ラウラの足が止まったところに黒いシルフィードがマシンガンを連射してくる。集弾の良いマシンガンであるターマイトであるのに、散弾と見間違うような範囲に弾丸がバラマかれていた。ラウラが仕方なく距離を置くと、相方から通信が来る。

 

『2対2だったみたいだね。あの狙撃は厄介だよ』

「あのシルフィードを落とすには全力で臨まねばならないというのに邪魔で仕方ない。かといって位置の掴めない狙撃手を先に落としに行くのは現実的ではない。何か妙案はないか?」

『ちょっと難しいね。僕の機体はラウラと違ってAICキャノンを受けたらひとたまりもないから無茶はできない。今回はミサイルを用意してきてないから手数が増やせないのも問題かも』

「詰めきれないか」

『そういうこと。相手は防戦の構えのようだから、僕たちの選択肢としては黒いシルフィードを無視して強引に突き進むか援軍を待つかのどっちかってところかな』

 

 元々ラウラとシャルルが先行しているのは人工島にいる敵軍を釘付けにするため。海上にいる敵部隊を殲滅するまでの時間稼ぎだ。2機の強力なISの目を引きつけているのならば十分に役割を果たせている。よってラウラの選択は後者。

 

「命令あるまで現状維持ってところか。当然倒すつもりで戦うが、私たちがここにいることこそが重要だ。無理はするなよ、シャルロット」

『そっくりそのまま返すよ』

 

 通信を終え、黒いシルフィードと向き合う。フルスキンスタイルのため顔を確認することはできないが、おそらくは男性。黒い体と妖精の羽をイメージしたデザインの推進機がミスマッチしていて、頭部に丸めのハイパーセンサーが2つ左右対称についているのがまるで目のよう。蠅を思わせるISであった。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 ラウラたちが待っている援軍は後方で苦戦を強いられていた。バレットは自軍の状況を把握できずにいて、敵の女性プレイヤーからの攻撃を受けていた。愛銃であるハンドレッドラムが効果の薄い距離にいる相手にアサルトライフル“レッドバレット”で狙い撃っていたが、女性プレイヤーは空に地面があるかのように軽快に飛び跳ねていて当たらない。体操選手の演技のように捻りを加えながら回る敵が手に持っている武器は球状の物体である。片手で掴んでいるボールの大きさはバスケットボールくらいであるが、ISの手が人間よりも大きいため操縦者にとってはハンドボールの感覚に近い。女性プレイヤーはそれを投擲した。

 

「ちっ!」

 

 投擲されたボールはアサルトライフル並の速度で飛び、バレットが左腕で構えていたレッドバレットに命中。バラバラに砕かれた。

 投げられたボールはどこかの企業が特別に開発した武器というわけではない。一般プレイヤーにとってはただの装甲の塊でしかない。それを武器に昇華しているのは操縦者のAICの技量なのだと今のバレットは理解できている。

 女性プレイヤーが使用している機体のフレームはテンペスタで装甲の配置はディバイドスタイル。テンペスタは軽量(フォス)の中でもシールドバリアによるEN武器の威力減衰が大きいものである。加えてディバイドスタイルだとEN武器によるダメージを8割カットしてしまうため、実弾で相手をしなければならない。

 機体がEN武器に強く、操縦者はラウラほどではないにせよAIC技能がある。防御面に隙が少なく、フォスだから機動性も高い。武器は装甲の塊でしかないため容量の少なさも問題になっていない。走攻守の三拍子が揃った相手であった。

 そして、バレットの顔見知りでもある。

 

「相川、何で一夏を嫉妬してる連中の中にお前が紛れてんだよ!? 女子だろ!? ただのハンドボール部員だろ!?」

「実は他の学校の友達に誘われてISVSにハマっちゃってさー。そしたらうちの学校で面白そうなことやってるじゃん? だからテキトーに参加したってわけなの」

「知ってたらこっち側に勧誘したっての!」

「これも巡り合わせってことで諦めてね! ちなみに私を誘った友達はあっちで機雷をバラマいてる子だから」

「サマーデビルのせいかああ!」

 

 今はカトレアによって引き離されている敵プレイヤーの方に向かってバレットは吠えた。

 数だけで押してくると思われた敵軍だったが思いの外強力なプレイヤーが紛れ込んでいる。既に一夏の女性関係のことなどどうでも良いプレイヤーで溢れているのはISVSという人気ゲームのイベントだからなのだ。

 バレットは一夏のためにと参加した。勝たなければならないと自分を追い込んでいるのは最近の蜘蛛との戦闘の影響が少なからずある。やらなければならないと半ば義務化していた部分があった。戦況の不利を悟る度に頭を抱える。楽しくない。だから、しがらみをバレットは投げ捨てた。

 

「やってやるよ、こんちくしょう! 言っておくが女子だからって手加減はしないからな!」

「女子の方がISを上手く扱えるってところを見せてあげるわ!」

 

 もう乱戦になっているのもあり、バレットは全体を見ることを止めた。ただ目の前のISに勝つことだけを考える。やることはいつもと変わらず、上空にミルキーウェイを放ちつつハンドレッドラムを乱射することで敵の動きを少しずつ抑えていく。

 

「下手な鉄砲、数撃ちゃ当たるとでも言いたげね」

「実際、当たってるだろ?」

「でも効果は薄い!」

 

 相川はマシンガンの弾を受けて顔をしかめるもわざと受け入れた。まだ全弾が当たるような射程でなく、彼女の言うとおり大したダメージになっていない。シールドバリア自体が強固であるテンペスタであるためアーマーブレイクもまだ遠かった。

 上空から時間差でミサイルが降ってくる。合計5発の誘導ミサイルが相川を襲うが彼女は隙間を難なく掻い潜った。既に右手には新しいボールが握られていて、ミサイルを避けた体勢そのままに投擲フォームに入っている。必中の射程圏内。分類としては中距離物理ブレードに該当する相川の投擲に対してバレットの取った行動は――

 

「これでも喰らいなっ!」

 

 非固定浮遊部位であるミルキーウェイの発射管を中身ごとぶん投げることだった。ボールとミサイルが正面から激突し、双方が爆散する。煙で互いが視認できなくなったとき、牽制の主力を切り捨てるだけのバレットの奇行に相川は動きを止めてしまう。

 欲しかったのはその一瞬。バレットは煙を突き破って前に出る。ついに使えるようになったイグニッションブーストだ。体ごとぶつかっていき、よろけた相川にハンドレッドラムとガルム(アサルトカノン)を同時に発射する。

 

「やってくれたわね!」

 

 ギリギリでアーマーブレイクには至らず、相川に蹴り飛ばされて逃がしてしまった。だが確認できた。負け癖のついているバレットであるが勝てないわけじゃない。『俺は強い』と自分に言って聞かせる。藍越エンジョイ勢のリーダーが本来の調子を取り戻しつつある。

 ここで問題が発生する。それはアギトからの通信だった。内容は新たな強敵の出現。

 

「マズい……伊勢怪人さんが敵にいる」

「何だって!? このフィールドでか!?」

 

 バレットは下を見た。何もなかったはずの海に赤色の機影が姿を見せている。海中に好んで潜る変わり種のプレイヤーとして有名な人物であることはその特徴的な機体だけですぐにわかった。

 空ではなく海の中を飛ぶ赤色のIS。ユニオンスタイルのフォートレスタイプで、背中に並ぶミサイルと魚雷の発射管はとある生物の殻をイメージして配置しているというこだわりがあった。両手の他に独立して稼動するハサミの腕があり、これもこだわりの一部。この機体の名はクルーエルデプス・シュリンプという。

 海に引きずり込まれて散ったプレイヤーが多数出ている。もうバレットの部隊は半数以下になってしまっていた。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 雲の上。リンという最も相手にしたくないプレイヤーから逃げたバンガードであったが、ようやく予定していたポイントに到着していた。

 本土側陣地の上空。つまりはヤイバのいる場所の真上である。

 もうバンガードが来ることはヤイバ側にも知られているはずだがバンガードには関係なかった。多少の妨害は強引に突破できる自信が彼にはある。自らの手で織斑一夏に苦汁を舐めさせることができると思うだけで顔に愉悦の色が浮かんでいた。

 

 雲を突き破って急速に下降する。ちょうどその先に1機のISがいるのを見つけた。白いISを纏った銀髪の男。奴である。戦闘態勢に入ったバンガードは身の丈の2倍ほどある背中の大型ブースターのうち半分を切り離す。

 

「織斑一夏ああああ!!」

 

 元藍越エンジョイ勢最強の男が咆哮と共にヤイバに迫る。


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