彼は(完璧すぎて)友達が居ない   作:ソーダ水一号

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羽瀬川小鷹。
彼には友達がいない。なぜなら、彼は完璧過ぎたからだ。


僕は友だちが少ない 通称はがない、の二次創作であり殆ど一発ネタです。

【もし羽瀬川小鷹が超絶イケメン過ぎて逆に友達が出来なかったら】

はがないの小鷹が完璧に母と父の血を受け継ぎ、超イケメン過ぎるが故に孤独だったらどうなるか、という話です。
某銀河美少年並みのイケメン度合いを想定してます。
が、そうなると話が……。
(ひっそりと内容を一新しました)


01: 彼は(完璧過ぎて)友達が居ない そのいち

――真の友をもてないのは全く惨めな孤独である。

   友人が無ければ、世界は荒野に過ぎない。(フランシス・ベーコン)

 

 

 端的に言い表すならば、彼は完璧な存在だった。

 

黄金色の、まるでシルクのような髪から覗く、切れ長だが綺羅びやかに輝く青い瞳。

ギリシア彫刻の如く整った鼻筋に加え、薄く真一文字の引かれた唇のラインは見る者を驚嘆せしめるに相応しい黄金率を保っている。

現代風の――ややフェミニンな――雰囲気を与えるシャープな顎のライン。無駄な筋肉や贅肉が無い、引き締められた肉体を伺わせる健康的な身体つき。

日本人離れした容貌、身体的なバランス。ハリウッド・スターと比較したとて、決して見劣る事は無いであろう立ち振舞い。

見る者に瑞々しさを齎し、圧倒する存在。道を歩く彼とすれ違う人間が、彼を一瞥し、ある者はその姿に見惚れ、ある者は僅かな嫉妬心と多くの憧れをその胸に抱く存在。

 

 彼の名前は、羽瀬川小鷹と言う。

聖クロニカ学園高等部2年5組。誕生日は7月30日で、血液型はAB型。

考古学者である日本人の父・隼人とイギリス人の母・アイリとの間に生まれた子であり、母譲りの美しさと、父の肉体的な力強さを高い次元で受け継いでしまった少年だった。

尤も、母は小鷹が幼い頃に此の世を去ってしまった、という不幸もあった。それでも小鷹は腐らず、仕事で多忙な父に代わって妹の小鳩と二人、羽瀬川家を切り盛りしている。

亡き母が、何の心配もせずに天国に居られるようにと、小鷹は決して日常に手を抜くことをよしとしなかった。勿論、勉学もそうである。

中高一貫教育を良しとし、国内外にも俊英を輩出する事に定評のある【聖クロニカ学園】に――彼の父が持つコネクションも多少影響したとは言えど――文句なしの特待編入生として移動したのも、偏に彼自身の実力なのであった。

 

羽瀬川小鷹という超人の存在は、彼が編入してまもなく、瞬く間に学園中を駆け巡った。

黙って突っ立っていただけでも周囲の歓心を買う存在感。特待生として編入する、という経緯も去ることながら、授業での受け答えは常に完璧。体育の時間も、平然とした調子で数々の記録を塗り替えて行く程に活躍している。

誰が言い出したかは不明だが、何時の間にか、羽瀬川小鷹には『聖クロニカの完璧超人』という二つ名が付けられる程だ。

 

そんな人気者の彼であったが、しかし、彼に積極的にアプローチをする人間は――驚く程に――居なかった。

あれ程の運動能力を魅せつけたのに、部活への勧誘はゼロ。あれ程の成績を残しているのにも関わらず、誰も小鷹を頼ろうとはしない。

彼の所属するクラスメイトは、早くも彼を『宇宙人』として扱っている。その事に彼自身が気づいてしまったのは、編入してひと月も立たない頃だった。

やがてそれが学園中の誰もが抱く印象で、それ故に、彼は一層深い孤独へ押しやられ――小鷹自身も、周囲の期待に答え過ぎた結果と相まって――羽瀬川小鷹には、友達と呼べる人間が一人も残っては居なかった。

クラスメイトや教師と会話が無い訳ではない。でもそれは、友人と交わす他愛無い会話等では無かった。

小鷹は何時でも気持ちを張り詰めて学園生活を送っていた。誰もが彼を遠巻きに見ていた。彼の心に深く立ち入ろうとする人間は居なかったのだ。小鷹も、またそれを良しとしてしまったのもまずかった。

 

頭脳明晰。容姿端麗。

幼い頃に母を無くした家族の中で、母に代わって家事の一切をこなして来た青年。

そんな誰もが羨む完璧超人として育った彼にも、悩みや、苦しみのようなものは多い。特に、彼のような特異な容姿と実力を兼ね備えた人間に付き物とも言える、凡人には味わえぬ悩みである。

天才ゆえの孤独。荒野を進む貴人の如く、彼に付き従う人物は多くとも、彼と共に歩む人間は居なかった。

端的に言えば――彼には、友達が居なかった。それだけである。

 

「……はあ……」

 

人気の無い廊下を歩く小鷹の姿は、まるで張り詰めていた緊張の糸をぷっつりと切らした様であった。

聖クロニカ学園に通う生徒がもしその状況を目撃したならば、一瞬、余りの事に目を疑うかも知れない。そして、彼に幾ばくかの親しみを感じたかも知れなかった。

だが、小鷹の周囲には人気がない。時刻は既に下校時刻を優に過ぎており、グラウンドでは部活動に勤しんでいた生徒たちの撤収作業が行われている。

小鷹自身は部活に所属して居なかった。では何故、彼が人気のない廊下を彷徨いているのか。理由は単純だった。教室に体操着を忘れたからである。

彼らしからぬ小さなミスだった。此処の所、思う所があった所為かも知れない。何処か馴染めぬ学園生活が、小鷹自身を疲れさせていたのかも知れない。

 

いかんいかん、と小鷹は首を振った。

何時もの通り、超然としていよう。皆がそう望むようにしていれば良い。何時かは過ぎ去る日々なのだから。

小鷹は首を擡げ始めた疑問を振りきって、教室の扉に手をかける。その瞬間、教室の向こう側から何者かの愉しげな話し声が聞こえて来た。

 

「――からかうなよ。そんな事無いって」

 

口調こそ男風ではあったが、耳慣れぬ女の声だった。

誰かと話しているのだろう、笑い声が聞こえる。ただ、小鷹の耳に届くのは一人分の声だ。であるならば、携帯電話か何かで通話しているのだろう。

このまま何事も無かったかのように教室へ入って、体操着を取って帰る――それだけだ。躊躇う理由など無い。

小鷹はゆっくりと、なるべく音を立てぬように扉を開けた。

 

「そういえば、あの時――――っっ!?」

 

扉を開けた先、小鷹の視界に写った女子生徒の姿は、クラスメイトのものだった。

羽瀬川小鷹は、彼女を知っている。名前は、三日月夜空。その珍しい名前故に覚えていた訳ではない。

彼女は、羽瀬川小鷹有する二年五組の中でも有名な女子生徒だったからである。何時も不機嫌そうな顔をして、話しかけるなオーラを放つ黒髪の女。

三日月夜空が声を発した日には雨が降る、なんて言われる程に、彼女は口を滅多に開く事はない。

ましてや、先程のように柔らかな笑みを浮かべる事など。小鷹は脳裏に浮かんだ彼女の笑みを、好ましいと感じた。

それは何処か、小鷹に親しみのようなものを感じさせたからだ。彼の大切な思い出の一つである、あの日の出来事と同じ――温かく、幸せな気持ちになれる笑顔だったからである。

 

「ん……」

 

教室に入ってきた突然の闖入者に、彼女は眉根を寄せながら押し黙った。

気恥ずかしそうに目線を逸らす彼女の姿は、何時もの不機嫌そうな表情から比べれば親しみ易い、愛らしいモノだった。

 

「……なんだ」

 

小鷹の生暖かい視線を受けた所為か、ぶっきらぼうな口調で、彼女、三日月夜空は小鷹を睨みつけた。

小鷹の青い瞳とは違った、黒曜石のような美しい黒色だった。夜空、という名に恥じぬ色合いだ。素直に綺麗だ、と小鷹はその瞳に引き込まれる。

窓際、後方の席にあった自らの体操着袋を机に置くと、小鷹は静かに口を開く。

 

「――もしかして、幽霊とか視えたりする?」

 

小鷹は内心で頭を抱えた。

幾らクラスメイトだからとは言え、もう少し上手い言葉があっただろうに。

下手なナンパかよ、間抜けな質問だった。マズい事をやったな、と小鷹が静かに押し黙っていると、

 

「…………はあ」

 

落胆したような、期待していたものに裏切られた様な――何処か諦め混じりの溜息を彼女は吐き出した。

うぐ、と小鷹は内心で呻く。コイツ阿呆だ、と思われたか。あるいは本当にナンパ野郎かと思われたのか。

不安そうな小鷹の表情を見て取ったのか、再度小さな溜息を吐き出した夜空が、気を取り直した様に口を開いた。

 

「あのな、幽霊なんて居るわけないだろう?」

 

はっきりと幽霊説を否定した彼女に、小鷹は続いた疑問をぶつける。

 

「……でも、さっきまで誰かと話して」

 

「みっ、見ていたのか!?」

 

瞬間、顔を見る間に赤くした彼女は、素早く視線を教室に彷徨わせる。

何時もの不機嫌顔――あるいは仏頂面――とは違う。こういう顔をしていれば可愛いのにな、と小鷹は惜しむような口調で内心呟く。

夜空が腰掛けていた窓から、轟、と音を立てて外の風が教室に入り込んできた。

彼女の、名前負けしない夜空のような黒髪が放射状に広がって、窓から覗く夕焼けをにわかに隠した。

 

「あれは……」

 

「……やっぱり幽霊」

 

言葉に詰まる夜空に、イタズラめいた調子で小鷹が呟く。

それを耳聡く拾ったのだろう夜空が、腰掛けていた窓枠から身体を離しながら、半ば自棄っぱちな調子で反論してきた。

 

「これは……そう、友達と。友達と話していただけだ――――エア・友達と!」

 

再び、教室に風が勢い良く吹き込んでくる。

カーテンがぶわり、と音を立てて舞い上がり、夜空の姿を隠してしまう。だからその瞬間、彼女がどんな顔をしていたのかは小鷹には分からなかった。

 

「……エア・友達――?」

 

「言葉通りの存在だ。エア・ギターというものがあるだろう、その友達版だ」

 

夜空は、一息でそう言い切ると、またも窓際へと悠然と腰掛ける。

その表情は何時もの仏頂面で、すっかり何時もの三日月夜空に戻っている。羞恥心が一周して元に戻ったのだろうか。

失礼な予想を立てながら、小鷹は自身の机に腰掛けた。

 

「つまり、その場に友達がいるって仮定して話してる、ってこと?」

 

「仮定じゃない。アレだ、これはもう私の中では真実なんだよ。ほら、視えるだろ、お前にも」

 

ほら、と夜空が指差す先に居るのは、やはり、何もない空間だった。

もっと正確に言えば、誰も座っていない椅子と机があった。まかり間違っても人の姿は無い。

 

「……やっぱりゆうれ……」

 

「違う。トモちゃんは実在する。非実在云々とは何の関係も無い、ノンフィクションな存在だ。

 さっきも中学の頃トモちゃんと二人で遊園地でナンパされてな、その中に新任イケメン教師が居たという設定で……」

 

「設定?」

 

「あ、いや言葉の文だ。とにかくトモちゃんと私は在りし日の青春について語り合っていたという訳だ分かったな」

 

仏頂面で、捲し立てるように言葉を並べる夜空。

とにかく力押しでこの場を流すつもりなのだろう。なれば、と小鷹は方向性を変えて攻め立てる事にした。

 

「ちなみに、何処までが本当の話?」

 

「…………中学生の時まで」

 

殆ど全部ウソかよ。小鷹のツッコミは声に成ることはなかった。

代わりに会話を続けようと、次なる言葉を口にしていたのだ。

 

「遊園地でナンパ、まで本当かと思った」

 

「は? 一人で遊園地なんて行って何が楽しいんだ」

 

相変わらず仏頂面のまま、夜空は淡々と小鷹の会話に乗っかってきている。

相手が楽しんでいるかは兎も角、小鷹はこの不思議な会話を楽しんでいた。

久しぶりの会話の掛け合いに、小鷹は内心で小躍りしていたのだ。こんなに長く誰かと話したことは久しぶりだった。本当に久しぶりだった。

羽瀬川小鷹に、屈託なく、淡々と、会話を続けてくれた人間は――身内や親戚以外には、殆ど居なかった。

だからこそ、こんな不思議な会話でも、彼にとっては貴重で、嬉しい時間だったのだ。

 

「でもわざわざエア・友達と行かなくとも、普通に友達と行けばいい――」

 

「――それが出来れば苦労はしない」

 

教室の温度が、摂氏にして一度は下がったような気がした。

どうやら、触れてはいけない話題だったようだ。最も、エア・友達を作るくらいだ。きっと彼女も小鷹と同じく、友人と呼べる人間は居ないか、少ないのだろう。

 

「……それは、ごもっとも」

 

困ったように金色の髪を櫛った小鷹に、夜空は俄に驚愕の表情を貼り付けた。

だが直ぐにその表情を消し去ると、腰まで伸びた黒髪をかき上げながら、夜空は小鷹へと鋭い目線を向ける。

 

「……ふん。小鷹も友達、居ないんじゃないか」

 

「……そう、だな。居ないよ、友達――って、あれ……」

 

「羽瀬川小鷹。聖クロニカ学園の完璧超人――正体は友達一人居ない完璧ぼっちだったとはな」

 

成る程、と小鷹は得心した。その小っ恥ずかしい噂を、彼女は耳にした事があったのだろう。

金髪碧眼の生徒でかつ二年生、なんて条件に当て嵌まるのは小鷹ただ一人なのだ。であれば、小鷹の名前を良く知っていても不思議ではない。

面白くなさそうな顔つきで、夜空は腕を組んでいる。

 

「否定出来ないのが悲しいな。友達、か。どうすれば出来るんだろうな」

 

「前の学校じゃ、居なかったのか」

 

夜空の言葉に、小鷹はゆっくりと首を横に振った。

聖クロニカ学園に来る前も、そして来た後も、小鷹の学園生活は何ら変わる所は無かった。

前の所では、強いて言えば、もう少し誰かと話す機会があったかも知れない。でも、その中身は決して充実したものでは無かった。

いまいち、自らがグループの一員として馴染んでいるという感覚が無かった。一線引かれているという気持ちがあった。

だからこそ、聖クロニカ学園への編入は渡りに船だった。もう一度やり直せる。今度こそ、楽しい学園生活が送れる。

 

「編入デビューは大失敗、と言うわけだ。

 ふん、いっそお金で友達を買うというのは……」

 

「お金か……それは寂しすぎるな」

 

「廊下で会話してくれる友人、千円。一緒に下校、買い食いオプション付きで五千円でどうだ」

 

「愛人……いや、友人契約みたいだな」

 

妙にリアルな金額設定に、小鷹が呻く。

夜空は口端を吊り上げると『言い得て妙だな』と微かに笑った。

 

「だが契約の方が、余程分かりやすい。友達の申し出を受ければ、それでもう友達になるのか?

 これまで一度も話したことのないやつと、いきなり。男女の恋愛のように、友達も作られるのか?」

 

物憂げな調子でグラウンドへと目を落とす夜空の横顔に、思わず小鷹は目を奪われた。

夕焼けに照らされた彼女の長い睫毛が、陽光を反射している。

 

「……そもそも、私は別にどうしても友達が欲しい訳じゃない。

 友達が居ない、寂しい奴だと思われるのが嫌なだけだ」

 

「――その気持ちは、よく分かるよ」

 

夜空のその言葉は、小鷹の核心を突くものだった。

友達が多ければ多い程、そいつは偉いのか。百人の浅い付き合いより、たった一人でも良い、深い付き合いが出来れば良いのではないか。

少なくとも、羽瀬川小鷹はそういう友人を欲していた筈だった。

 

「俺も、別に沢山友達が欲しいわけじゃない。

 本当の友達が……一人でもいい、欲しいと思う」

 

「……ふうん」

 

小鷹に背を向けながら、夜空は気のない調子でそう呟いた。

夕暮れ時の風。すっかり、グラウンドから聞こえていた喧騒は消えている。

教室にも、静寂が訪れていた。こういう会話が切れた瞬間の事を、天使が通る、というらしい――詮ない事を考えつつ、小鷹はらしくなく、内心の呟きを口に出していた。

 

「……今から部活に入る、ってのもな」

 

もう二年生も六月に差し掛かった。従って、部内の人間関係は既に固まっている。

幾ら小鷹自身が編入生だからとは言え、実際の所、小鷹は良い意味でも悪い意味でも目立ちすぎるが故に、部内の人間関係が意図せずぐちゃぐちゃになる可能性があった。

それが察せぬほど、小鷹は人間関係に疎くはない。そのつもりだった。

 

「部活か…………待てよ。そうか、部活か……!」

 

顎に手を当てる仕草も様になっている――小鷹の感心を余所に、夜空は何か素晴らしいアイディアを思い浮かべたのだろう。

頭上に電球アイコンが視える程、分かりやすいリアクションだ。何事かと問う暇も無く、夜空は床に置かれたカバンをひったくるようにして立ち上がると、そのまま教室の扉まで走っていった。

 

「ちょっと用事を思い出した。また明日な、小鷹」

 

柔らかな笑みと共に、三日月夜空は夕暮れの廊下へ消えていった。

 

「……呼び捨てにされたのなんて、久しぶりだったな」

 

その笑みに、小鷹は俄に頬が熱くなるのを感じて、小さく頭を振った。

 




(ひっそり内容を一新しました)

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