向日葵郷~幽香に会える夏~   作:毎日三拝

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九話

 連日の猛暑は過ぎ去り、気持ちの良い風が吹く日差しも柔らかな日がようやく訪れた。

 最近では体力がつき慣れてきたので日課を何時もよりも手早く終えると自由な時間となる。

 今日は絶好の日向日和かつお昼寝に丁度いいので俺は縁側に軽くタオルケットを敷き寝転がろうとしていた。

 

「あら、お昼寝の時間? 邪魔だったかしら」

 

 縁側の外へ目を向けると風見さんが白い日傘を差し、毎度お馴染みの服装を着て突っ立っていた。左手を後ろに隠しているのだが何かを持っているのだろうか。

 

「風見さんも一緒に寝ますか? 気持ち良いですよ、きっと」

「ふふっ。変態」

 

 言葉のナイフが突き刺さる。

 美少女からの罵りは自ら進んで甘んじて受けるべき。

 ありがとうございます。

 

「それでは一人で夢の世界へと旅立ちます。探さないで下さい」

「あら、あら、いいの? 少しばかり上等なお酒が手に入ったのだけれど」

「夢の世界よりも魅力的なものがありますね。頂きます」

 

 左手に持ち隠していたのは瓶入りの酒だったようだ。

 成人した大人はこの魅力に抗えない。

 俺はさっそく戸棚に眠っている祖父自慢の酒器を取りにいく。黒い漆器製の盃だ。風見さんのお酒に釣り合うだろう。

 

「どうぞ、お一つ」

「借りるわね」

 

 盃を一つ手渡し、酒を受け取る。栓を開けて両手を使い傾け、盃に小気味良い音をたてて注ぐ。

 薄桃色の液体が盃を満たす。日本酒かと思ったのだけど違うのかね。

 

「じゃあ、私も一献」

「恐縮っす」

 

 今度は風見さんが俺の盃に注いでくれた。

 

「おっとっと、もういいっす」

「はい、はい。乾杯しましょうか」

「風見さんに乾杯」

「ふふっ。何よそれ? 乾杯」

 

 漆が塗られた見事な盃を口元へ傾ける。

 舌触りに少し残る炭酸。そのあとにくる僅かに感じる酸味が酒の旨みを十分に惹きたてている。例えるならば葡萄酒。見た目もそれに近い。しかし、この味は正しく日本酒だった。複雑だが美味い。女性に合う酒だろう。

 

「良い酒ですね。どうしたんですかこれ?」

「知り合いが迷惑掛けたって無理矢理置いていったのよ」

「いいんですか? お詫びの印を俺が飲んで」

「いいのです。貴方も無関係じゃないし」

「へ?」

 

 風見さんは何やら意味深な発言をしたが直ぐに「忘れて」と訂正してきた。

 まぁ、俺は酒が飲めるなら何でもいい。

 

「この酒って日本酒ですよね。ワインっぽいですけれど」

「置いていった本人が言うには古代米仕込みの古代しぼり、らしいわ。赤米を使っているから赤いのよね」

 

 日本酒豆知識だ。覚えておこう。

 

「段々、摘まめる物が欲しくなってきた」

「貴方の畑の向日葵にさっき分けて貰った種ならあるわ。さぁ、ネズミのように貪るといいわ」

 

 袋に入った向日葵の種を渡してくる。用意がいいな。

 

「そこまで飢えてません。でも頂きます」

「飢えているのは女性にだったわね。失礼したわ」

「男として正常なので問題ありません」

「元気過ぎるのも困ったものだわ。裸Tシャツとか裸Yシャツとか」

「すいませんでした。全面的に俺が悪かったっす!」

 

 むしろ女性として魅力的な風見さんこそが悪い。

 ……この言い訳は無いな。痴漢した男みたいだ。

 それにしても気分が高揚する。酔いが段々と回ってきたようだ。でもこんなものではまだまだ酔い足りない。更なる酒気を求めて残っていたものを一気に呷るために盃を傾ける。

 

「もう一献どうかしら?」

 

 いいタイミングで酒瓶を手に返事を待つ風見さん。

 俺は盃を差し出す。

 注がれた薄桃色の酒を一口頂いて、景色を眺める。たくさんの向日葵が黄色く照らす太陽へ向かって軽く頭を垂れていた。ひどく夏を感じる風景だ。

 老後もこういう景色の中で酒を連れ添った人と飲みたいものだと密かに思った。


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