驟雨、通り雨、にわか雨、夕立。
それぞれ呼び方や呼ばれる条件が違うが本質的に同じものである。
つまりは急に雨が降り出して止む現象のことだ。
なぜにこんなことをつらつらと述べているのかというと実際に降られたからである。
晴天青空。今日は雲一つない絶好の洗濯日和であった。俺は井戸水と持参してきた洗剤を使い、洗濯板で服を擦りながら泡立て必死に汚れを落とそうと奮闘。
その甲斐があってすっかり綺麗になった洗濯物を物干し竿に吊るし乾かす。その後に折角だからと布団を虫干しにして日向の匂いを吸い込ませた。
一作業が終わり、休憩して落ち着こうと縁側にて茶を啜ろうかと思っていた時。空からボツボツと雫が落ちてきた。
それは俺を濡らすには足りなかったが、時間が経つにつれ徐々に徐々に雨量を増やし全てを濡らしていく。俺は事態をようやく把握すると悲鳴に近い声を上げて布団を取り込み、洗濯物を家の中へ入れる。
横に吹き付けるよう降る雨の為、開放していた窓を一つ一つ閉めていく。
その全てが終わるまでに十分も掛からなかったが、精神的な疲労がどっと押し寄せた。それほどに目の前にある惨状は酷いものだった。
生渇きの洗濯物に湿った布団。びしょ濡れの縁側。
通り雨の所為で片付けの手間が増えてしまった。
肩を落として落ち込んでいると居間に隣接する玄関が開く音が響く。
「……お邪魔しますわ」
この声は風見さんか。
それにしても沈んだ声だったような。
タオルを持って玄関へと移る。
「うっす。風見さん」
「御機嫌よう」
玄関先に立つ風見さんの姿を見て、彼女が不機嫌そうな声を出した理由が分った。
「また、随分とずぶ濡れですね」
「天気好いから携帯している日傘を置いてきてしまったのよ」
タオルを渡す。
「ありがとう」
髪の水分を取るように優しくタオルを当てる風見さん。
その仕草を見るとやっぱり女の子なんだな、と意識してしまった。
無意識にそのまま視線を下にやると俺は素晴ら……余計な事実を発見してしまう。
赤黒格子柄に橙色の布地が透けているという事実。詳しく何所とは言わない。一つだけ言及するのなら風見さんの普段着は袖なしのベストに白いブラウスを着ているということだ。
何だろう。学生時代では女子の下着が透けていても気にしなかったのに社会人になってからの方が興奮するのは。
俺はあまりの気まずさに目を逸らした。
「……あら、もう見ないの?」
バレてるし。
「俺は紳士なのでね」
「それじゃあ紳士って変態のことなのね。勉強になったわ」
心の中で吐血した。
何も言い返せない不甲斐無さがつきまとう。
俺は何かしら反論しようと口を開こうとした際にそれよりも早く先制される。
「すけべ」
顔が熱くなる。
どうやら風見さんからは逃げられないようだ。
男なら素直に謝るべきか。そんなことを潔く考えていると風見さんが言う。
「着替えたいのだけれど代わりの服が何かないかしら?」
「俺のTシャツかワイシャツ、あとは浴衣位ならありますけど」
「じゃあ浴衣を借りるわね。変態」
またしても魂胆がバレた。
さり気なく混ぜた希望の選択肢が。
やばいよ。これじゃあ今日から変態が基本呼びになってしまう。※仮称 八雲紫を笑えないぜ。
風見さんは自室となりかけている奥の部屋に行き、俺は浴衣を取りに箪笥へ向かう。
二番目の箪笥から引き出したのは濃紺色で桜模様を各所に散りばめた絹織物の浴衣。色と柄的に風見さんの趣味じゃなさそうであるがこれしかないので我慢してもらおう。
そっと襖を叩いてから少し開け、中を覗かないように横向きをして浴衣を置く。
「これ」
「ああ、ありがとう」
直ぐに襖を閉め、居間へ移動する。
風見さんが着替え終わって来る前に残骸を片付けぬばならないからな。
せっせと片付けていると浴衣を着た風見さんが現れた。何時も洋風の服装だし、胸部が育っているから似合わないのかと思ってたけどそうならなかったようだ。
「似合ってますね」
「ふふっ。お世辞が上手いわ」
「いえいえ。本心からで」
「中身は変態なのに口先は紳士なのね」
頼むから忘れてくれよ。その名称。
結局、俺はその日一日変態扱いされた。
しかし、少しも悔いはない。ありがとう通り雨。