向日葵郷~幽香に会える夏~   作:毎日三拝

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お待たせしました。今年の投稿分です。


断編「鬼殺しと花言葉」

 挑戦する事を諦めるのを大人は賢明と讃え、子供は臆病者と笑う。

 過去を振り返ると本当に子供の頃は自由だったと思わざるを得ない。失敗を恐れず、成功をするか分からないのに行動に根拠もなく何時だって踏み切れる。

 当時はそれを勇気と称していたが単に損得勘定が薄いだけの話だ。

 例えば列車の線路。

 度胸試しといえば警報機が鳴り響くまで寝そべりぎりぎりで脱出する遊びをよくしていた。今にしてみれば恐ろしい。一歩間違いがあれば命は失われ大事故になると連想するのは容易だ。

 そうした薄い警戒心ゆえの過ちが日常の中に平気で起こるのが子供時代だった。真の怖い物知らずとはあの頃だけの称号だったのかもしれない。

 だからこそ大人とは臆病者の名前だと偉い誰かが主張していた。知識とは危険を知る安全なる防具にして脅かす武器でもあると有名な誰かが言っていた。

 つまりは誰もが何れ臆病者なると言う事だ。

 年齢を経れば誰しもが無知ゆえの勇気を失い、代わりに知識得たならば無知である事に対して一線を引く。

 だから、そう。あれだ。うん。

 ある程度年齢を重ねると人間は新しいという言葉に拒否感を覚える。老人が携帯電話や最新機器の家電を煙たがるのと同様に――いや、これは違うか。

 結局、何が言いたいのかと言えばそう、あれだ。

 人間の雄に生まれてきた以上、こういうシチュエージョンは本懐だとか据え膳食わねば男の恥なんていうけれどさ。

 それ以上になんというか、恥ずかしいというべきか、ああ……。

 男に生まれてきてどうも申し訳有りませんでした。性転換はするからもう勘弁してください。

 情けなさ過ぎる言い訳の果てに謝罪の念しか生まれない脆弱さを嘆き、俺は女神に祈った。それはもう精一杯祈った。

 

「……んふ」

 

 熱い吐息が胸元に伝わる度に祈りを重ねる。心臓が激しく鼓動し、顔が茹であがっていく。嬉しい気持ちもあるけれどそれ以上に羞恥心が湧き上がってくる。

 このままでは頭に血液が堪って破裂し、嬉しくて死ぬ。嬉れ死ぬ。

 だから祈るのだ。敬虔な宗教の信者の如く正面からしな垂れかかる彼女に伝わる様に。

 そして女神の様な大妖怪は呟く。

 

「許してあげない」

 

 冷静に、そう冷静に考えればこれはただの寝言だ。

 これ以上無い程に正確なタイミングで放たれたが偶然、そう全ては偶然でしかない。

 まるで恋愛漫画の主人公の様な心持を味わい、自分の経験の無さから来る情けなさに涙が出る。金縛りにあったかの様に身動きも取れず俺はただただ熱くなる自身の体温と心臓の鼓動を感じていた。

 週刊少年誌のラブコメ漫画に対して散々度胸が無いだとか、なんだかんだで有耶無耶にしてしまう主人公の態度に腹を立てていたが、今なら分かる。御免なさい。俺が間違っていたよ。お前は正しい。こんなの一秒だって耐えられないよ……。

 そもそもどうしてこうなったのか。

 こんな天国の様な地獄の様な状態になったのはどうしてか。答えは現在床に転がっている一瓶の酒が原因だった。

 

 ■

 

 幻想郷の冬は厳しい。ある程度の知識として昔の暮らしが大変だとは知っていた。冬を越せる様に準備をしてきたし、外出が困難となる積雪に備えて保存食などの貯えも作った。

 それでも現在社会に慣れ親しんでいた若者が直ぐに適応する筈がなかった。

 今年の冬は殊更厳しい環境にある。

 まず最初に想定していた雪が降り注いだ。まぁ年甲斐もなくはしゃいだ。

 写真や絵ではない本物の銀世界に感動して雪遊びに興じた。生まれ故郷はあまり雪が降らない場所だったので本当に久々であった。

 秋田県や新潟県名物のかまくらを造ったり、雪達磨を拵えたりした。

 数日でやりたい事を終えると家に篭る様になったのだが、それが現代人に耐え難いものの始まりである。

 確かに雪は心を豊かにした。光に反射すると綺麗で温かな地方に生まれ育った俺からすると冷たい雪に結晶はどうにも特別に感じる。眺めているだけでも不思議と飽きなかった。

 でもそれは数ヶ月も続くかと言えばそうではない。

 雪その物に飽きて次は持ち込んでいた漫画や小説を読み漁った。名作と言われる作品は何度読んでも面白く、読書に夢中になった。

 でもそれは冬を越せるほどではない。

 読まないまま積んでいた作品群すらも読み尽くした後、家の中を何気なく見渡して気付く。外は積もる雪で歩き回るには困難で外出は望めなく、家の中では家事以外する事がない。

 遂にする事がなくなったのである。

 俺は知らなかったのだ。田舎の冬季における最大の敵は退屈だということを。

 それから寝ては起きて最低限の家事をこなす以外に行動がなくなり、このままでは廃人になってしまうのではと薄らと悟り始めた頃、助けは現れた。

 

「御機嫌よう。冬の幻想郷は如何だった?」

 

 風見さんである。

 日傘を差し、翡翠の髪を三つ編みで纏め、何時もとは同じチェック柄のコートを羽織った格好だ。夏の時期とは違う雰囲気を放っていた。

 

「暇してるかと思って様子見に来ちゃった。一人暮らしの冬は退屈でしょ」

 

 玄関先でとんとん、と畳んだ日傘に付いた雪を落として彼女は言った。

 

「早く中に案内して下さらないかしら」

「はいはい、喜んで!」

 

 嬉しさの余り放心していた心を瞬時に引き戻し、彼女のコートと傘を預かる。風見さん専用となっている傘置きに日傘を立て掛けて、少し濡れていたコートを暖炉のある部屋の壁に掛けた。

 居間の方へと案内して用意した座布団の上に座って貰い、持て成しの用意を始める。

 軽く摘まめる物を作って貯蔵していた取って置きの酒を蔵から取り出す。長い前置きとなってしまったがそうこれこそが件の原因たる物だ。

 

 飛騨の地酒"鬼殺し"。

 

 強烈かつ物騒な名前の酒だけど本当に鬼を殺したとかではなく、鬼の様に頑丈な男でも酔い潰れてしまうと評判だったのが由来となったそうだ。

 現に"鬼殺し"の酒精は大妖怪にも絶大な成果を上げた。その成果故に"花妖怪殺し"と改名したい。

 まぁ冗談はさて置き、実際のところ先程までは風見さんと雑談に交わしてちびちび呑んでいたが、成る程確かに摘みが欲しくなるほどの辛口で酔い易い酒であった。

 だが此処は飲兵衛だらけの幻想郷だ。

 その酒豪たる地位を確立する風見さんがこうなるのは解せない。酔い潰れるならば同じ量を呑んでいた俺のが先だろう。

 そもそもこの酒は別段変わった物じゃない。

 大分前にある伝で偶然手に入れた現代の酒だ。敢えて挙げるならば酒造元が飛騨の老舗というだけ。

 何ら特別ではないこの"鬼殺し"。

 なのにだ。明らかに風見さんは酩酊状態にあった。

 静かに寝息を立てて、俺のシャツを掴んでいる。現在社会に忘れ去られた淑女な彼女がこうも無防備だと格別な色気を感じてしまう。

 ギャップ萌え、というやつなのだろうか。これは。

 だからだろうか。どうしても普段よりも意識してしまう部分がある。髪の艶、顔の造詣、瞳の色。何時もなら褒めちぎる場所ではなくて女性特有の丸みを帯びた部分が気になって仕方がない。

 酩酊する前にシャツの第一ボタン外しており、肌色が覗けてしまっている。お陰様で胸元から目が離せなかった。

 男って何て助兵衛なんだろう。そろそろ試されている理性が限界に近付いている気がする。

 

「ああ頼むから起きて下さい、なんでもしますから」 

「……ないで」

「えっ?」

 

 自分にとってはどうにもならない現実を嘆いて苦し紛れにでたなんでもない言葉だった。最初から返答など期待していない言葉。

 対して彼女は答えた。

 

「私を置いていかないで」

 

 微かに怯えを含む震えた声だった。心なしかシャツを掴んだ手に力が篭った様にも感じた。

 言葉通りだったのか、それとも別の意味があったのか。

 そもそも本当に返答だったのか定かではない。

 酔っ払いの寝言か、酩酊状態に陥ったからこその本音なのか。

 やはり何度考えても正確な答えには行き着く筈がなかった。

 部屋が一気に静まり、聞こえてくるのは寝息だけ。

 天井を見上げながら頭を掻く。どうにも妙な気分になってしまった。奥底に隠していた秘密を暴いてしまったかもしれない罪悪感がある。散々高鳴っていた鼓動も落ち着いていた。

 それにしても―― 

 

「私を置いていかないで、か」

 

 悩みを抱えていなければでない言葉である。

 もしかしたら悪夢に魘されていただけなのかもしれない。というか妖怪って夢見るのかな。

 そう考えだすと俺は風見さんをよく知らない事に気付く。

 姿形や人となりは知っているが、彼女の背景について何も知らない。生まれ育った場所、これまで生きてきた過程、大妖怪と呼ばれる風見幽香についてなど。

 必要ではないから聞かずのままにいた。深く知れば関係性が変わる可能性も有ったから。

 人間の大人とは臆病者だ。真実をありのままに受け止められるかどうかは定かではない。だから敢えて子供の様に無知のままでいた。

 つまりは俺と風見さんとの一線は此処に引かれている。

 これ以上、知ろうとすれば線を越える事を意味していた。そして線を越えるという意味は関係性を変えると言う事だ。

 俺は一体彼女とどうなりたいのだろうか。考えないようにしていた、心の中で散々先送りにしていた問題が何故か今頭の中に浮かんでくる。

 視線を風見さんに戻す。少し表情を歪めて彼女は眠っている。

 あの日、勇気をだして声を掛けた。今でも覚えている。

 

"ひ、向日葵は好きですか!!"

 

 必死過ぎる問いに彼女は答えた。

 

"好きよ"

 

 それから不審者を見る目で訝しむ彼女に

 

"友達から始めさせて下さい!"

 

 と申し込んだ。

 返ってきたのは自己紹介と花の名前だった。確かチューリップ。彼女が伝えた花言葉は"正直"だった。チューリップには色事に花言葉が分かれており、これは黄色の花言葉で"実らぬ恋"をも意味している。

 そうか。今思えば貴方が正直者だったから友人として付き合いましょうという意味だったのか。遠回しに振られていたようだ、ははっ。

 友人として付き合うようになってから風見さんは知らないけれど密かに花言葉を調べる様になった。時折何気なく口にする言葉の意味を知りたくて調べ始めたのが切欠だった。

 沢山の花言葉を今は知っている。

 勿論、色違いのチューリップの花言葉も。

 だから今度は俺から送ろう。ピンクの花言葉を。

 

「----」

 

 やはり返答は無い。ただの独り言だ。

 その日、風見さんのことをもっと知りたいと思うようになった。

 




衝撃のネタバレ!
酔っ払った原因はなんと"八雲紫"!!

なんて都合の良い便利な存在なのだろうか。来年あたりに酔っ払った原因の話があるかも?

それではまた来年の夏に。

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