向日葵郷~幽香に会える夏~   作:毎日三拝

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お久し振りですね。
IFエンドからの続きです。
また夏が来たので衝動的に書いてしまいました。また来年も似たような話の続きが投下されるかもしれませんが、基本的に続きませんのであしからず。


夏の特別編「また今年も向日葵郷に夏が来た」

 夏に太陽のような花を咲かせる場所がある。

 向日葵郷。

 元は太陽の畑と呼ばれた場所で、その頃から人里の人間は絶対に立ち入らない場所だったらしい。不思議なことに夏限定だけど。

 僕はそこでこれまた不思議な女性と出合った。

 風見幽香さん。僕は親しみと下心を込めて風見さんと呼んでいる。

 認めるのは今更恥ずかしい話だけど、僕は彼女に一目惚れを経験した。

 親から絶対に行ってはいけないと云われていた向日葵郷に無謀にも一人で突撃したのが最初。憂いを湛えた瞳のまま佇む風見さんを見つけて、僕はどうにもならない衝動に突き動かされた。

 

「ひ、向日葵は好きですか!?」

 

 それが彼女に対しての第一声。

 思い返せば悶えそうな出来事だった。

 自分自身でさえ訳の分からない言動だったのにも関らず彼女は優しげな瞳で真摯に答えてくれた。

 

「好きよ、大好き」

 

 気付けばまたしても胸の内からなんともいえない衝動が湧き出していた。

 嬉しい? 切ない? 苦しい?

 それが全て混ぜ合さった感情が渦巻いて、僕は溜まらず吐き出した。

 

「そうですか、じゃあぜひ友達から始めさせて下さい!」

 

 偶々手元にあったチューリップ。

 行き掛けに口煩いお姉さんから貰った物だった。

 彼女はそんな何処で採ってきたのかも分からない物を受け取ってくれる。風見さんの手は何故か震えていたのが印象的だった。

 それから僕達は名前を交換する。

 僕の心は絶頂だった。嬉しくて嬉しくてどうしようもない気持ち。

 思い当たる節がある。僕は心の隅に追いやっていた過去の記憶を拾い上げ、思い出す。それは母との会話だった。

 切欠は些細な事。

 母と父がなぜに結婚して僕が生まれたか。

 それに対して母は得意げに教えてくれた。

 

『貴方のお父さんと居るのがどうしようもなく嬉しくて堪らなかったから。これからも一緒に居たいっておもったから。簡単にいうと恋して、愛してしまったのよね』

 

 難しい言葉だった。決して五歳児に投げ掛ける言葉じゃない。

 だけれどもなんとなく、ほんと心の片隅でその言葉に納得していた。

 あれから九年もの月日のお陰でその言葉の意味が解けるように浸透していく。その日、僕は初恋を知り、一目惚れを経験したんだ。

 だもんでね、僕は必死になった。

 父と一緒に居たかった母と同じように、僕も風見さんと一緒に居たかった。

 それこそ何時までも、何時までも。

 思い切ったが吉日。早速、僕の行動は始まった。

 まず夏の間だけこの向日葵郷に滞在するとの話を彼女から直接聞き出した僕は、それから毎年欠かさず向日葵郷へと足を運んだ。

 風見さんのことが少しでも知りたくて、何度も何度も彼女の話を聞いた。

 聞けばこの風見さん、とても親しくしていた方が亡くなってしまったので、こうして夏だけだけれど代わりに向日葵郷を管理しているらしい。風見さんが普段住んでいる場所は本来別の場所にあって、夏以外はそっちに戻るか、あちこちに出掛けているとのこと。

 儚げな見た目の割りにとても積極的なんだな、って思った。

 翡翠色の豊かな髪、紅玉のような美しい光を放つ眼差し。季節に合わせた白いワンピースに麦藁帽子もよく似合っている。完全に深窓の令嬢ってやつだね。

 そんな御嬢様な風見さんが危険いっぱいな幻想郷を渡り歩いているなんて普通は思わないし、思えない。

 まぁ、普段から隣で観察していると御嬢様というよりも庶民的な行動している時が大半なんだよね。幻想郷の女子は男子に比べてパワフルだよ、本当に。

 今日も風見さんは庶民的に縁側い腰掛けて、麦茶を飲んでいる。

 桶に溜めたよく冷えている井戸水に素足をつけて、ばたばたと忙しなく動かしていた。こうみると完全に深窓の令嬢といよりもお転婆御嬢様だ。

 

「どうしたの、太陽?」

 

 やべっ。眺めていたのがバレた。

 

「いや、別に。なんか麦茶美味しそうだなって」

「ふ~ん。変なの」

 

 じと目で彼女は手にした麦茶を飲む。

 喉がこくこくと動いている。涼やかで本当に美味しそうだ。風見さんはこんな所作でも僕をこんなに惹き付けてくれる。

 本当に彼女が好きなんだなって再確認した。

 

「飲みたい?」

「えっ、へっ」

 

 気付けば彼女の端整な顔が近かった。

 思わず顔が真っ赤に染まる。心臓の鼓動も激しく高鳴っている。

 改めて風見さんを見た。いや、背けることも出来なかった。

 彼女の手元をみれば麦茶を注いだ器がある。それは彼女の分しかない。で、あるならば僕が口にするならばその容器の中にある麦茶な訳で。

 

――間接キスのチャンス?

 

 気付いてしまったら今度は更に鼓動が高鳴っていく。

 口から心臓が飛び出そうなくらいに躍動している。呼吸が出来ない位に。

 緋色の瞳が無言のまま語り掛けてくる。

 

――さぁ、どうするの? と。

 

 据え膳喰わねば男の恥と云えども、硝子のような心の持ち主である僕は肯定の言葉など出るはずもなく……。

 

「え、遠慮しておきますっ」

 

 全力で顔を背けながらの否定。

 心中では全力全開の後悔する叫びを上げながら、千載一遇のチャンスを機会を逸したことを悔やむ。

 初恋、一目惚れから四年。

 それなりに少年から男に変わってきて、あれから色んなことがあれど、風見さんと僕の間に発展はなし。むしろ弟のようにからかわれていると思う。

 

「くすくす、可愛い」

 

 ほらね。

 この通りだよ。

 拗ねたくもなるもんだよ、まったく。

 

「ふふっ、ちゃんと貴方の分を用意してくるから機嫌直しなさいね」

 

 桶の井戸水につけていた脚を引き上げ、軽く手拭いで水分を拭くと彼女は立ち上げり、優しく僕の頭を撫でる。

 これだけで全てを許したくなる。

 惚れた弱みって怖いね、本当に。

 厨房へと消えていく後姿を眺めながら、溜息を吐く。

 あれから、初恋から四年。まだこの恋は実らない。

 初恋は実らないとよく聞くけれど、僕はあの話を信じちゃいない。だって可能性を捨てるようなものでしょ。それを信じるってさ。

 ただ大切な日々が次々に生まれては、明日の楽しみへと変わっていく。

 そして夏が去っては暫しの別れを惜しみつつ、次の夏への期待に変わる。

 恐らく僕と風見さんの夏は当分、このままだろう。

 何時か、そう何時か。

 僕が完全に大人になり、彼女に男として認められるようになった時。その時、初めて僕達の関係が変わる。風見さんがそれを望むかは分からないけれど、僕はその時が来るのを強く望んでいる。

 だからその時まで、この大切な夏を精一杯楽しもうと思う。

 何時か、お互いに年老いて死ねるまで。何時までも、何時までも。 


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