嵐が来る。
曇りに変わりつつある空を仰ぎ見てそう感じた。
実際に嵐が訪れることはなかったが、代わりに嵐のような人物が来訪した。
「あら、暇そうね」
風見さんだ。
この人はいつも突然現れ、俺の心を踏みにじって掻き混ぜて帰る。
その行いは正に嵐だ。
「今日は何の御用で?」
俺がそう尋ねると風見さんは薄く笑う。
「雨、降りそうなの。泊めていただけるかしら」
「……いいっすよ」
何とも思っていない感じで素っ気無く答える。これは精一杯の誤魔化しだ。
前回会った時に鍵渡したり、泊まっていくかと聞いたが俺は一つのことを今まで失念していたことに気が付いた。
唐突であるが風見さんは美人だ。綺麗系の美少女カテゴリーに含まれる。
かるくウェーブのかかった翡翠色の髪。ルビーのように赤く光る宝石のような双眸。完成した女性の美の中に少女らしさを匂わせる顔の作りと仕草。そして何よりも女性を象徴させる豊かな胸部と臀部にその凹凸をはっきりさせる引き締まった細腰のくびれ。はっきり言えば、俺が人生で知り得た女性の中で一番魅力的だ。テレビの中で活躍する芸能人を含めても彼女に勝る女性はいない。
想像して欲しい。
その人生一の美少女が一つ屋根の下に止まると言う事態を。
俺は今まで意識したことがなかった。
何故なら祖父も一緒だったからである。三人で一人高齢の人物が居れば下手な妄想も出来ず、そういった下劣というか欲情というものを感じたことがなかったのだ。
それを今更ながらに感じてしまっている。
「奥の部屋。借りるわね」
「うっす」
彼女は玄関で靴を脱ぎ、早々に上がり込んで毎回貸している部屋へと向かって行った。
どうやら上手く下心を誤魔化せたようだ。
去って行ったのを見送った後に居間へ引っ込み、安堵の溜息を吐く。
「危なかったぜ……」
「何が危ないのかしら?」
「ひぃ!」
後ろを振り返るとそこには何時もの赤黒格子柄な袖の無い短い胴衣を脱いでブラウス姿の風見さんが居た。装飾の胸元に垂れ下げた黄色い布が目立つ。
「どうしたの、そんなに驚いて」
「何でもないんすよ、別に」
「そう」
怪訝そうな表情のまま風見さんは「へんなの」と呟き、俺の横に腰を下ろして正面を向いたまま正座した。
間に人一人入らない位の距離だ。近い。
彼女の整った容姿が横を見れば視界に入る。先程に意識したばかりだからとても気まずい。
「ねぇ」
「は、はいっ!」
顔を俺の方へ向ける。赤い眼差しが俺を射抜く。
遂に一人ドギマギしてたのがバレタのか。心臓が引っ切り無しに鳴り響いている。
彼女が口を開く。
「夕餉はどうするの?」
その一言で全身の力が抜ける。
途端に馬鹿らしくなったのだった。
「俺は腹が空いてないので食べるのなら何か作りますよ」
「貴方が食べたのなら私はいいわ、食べてきたから」
「んじゃあ代わりに何か話しましょうか」
「そうね。言ったからには楽しませてくれるのでしょう?」
「手厳しいっすね。それじゃあ――」
俺は風見さんと雑談をする。その内に夜を明けてしとしとと降っていた雨も止んでいたので彼女は帰っていった。
結局、あの人とは終始何もないままお泊りは終わった。
なんとも色のない話である。