俺も随分と歳を取ってしまった。
亡くなった祖父の遺言を聞き、向日葵畑と屋敷を受け継いでなんとか一人でやってきたけれど、脇が寂しいと言うか何と言うか隣に誰かが居て欲しいと考えるようになってしまった。
改めて思う。
向日葵郷の太陽さんも歳を取ったものだぜ、と。
酷く感傷的になるのはもう直ぐ俺の死期が近いのかもしれない。
最近、自分のしわがれた手を眺める時間が多くなってる気がする。視界の隅に黒猫をよく見かけた。気が付くと過去の思い出に浸りこうして感傷的になるのだ。
思い残りがある。
遠い昔にした約束がある。
翡翠色の髪が頭を過ぎった。
向日葵達に見守られながら縁側で二人隣り合って交わした誓い。
俺は、俺は彼女を残していってしまう。臆病な彼女を残したまま、彼女が耐えられないことを知りながらいく。
それだけが心残りだ。
温かい風が吹き抜けたので居間から開け放たれた障子窓の外を見る。何時の間にか長く続いた雨があがっていた。
もう直ぐ夏が来る。
その前兆。そう、夏が来るのだ。
何度も訪れ、遊び、学び、笑い合った素敵な夏がまたやって来る。大好きだった祖父と彼女との思い出が詰った一番の季節。
もう直ぐ俺にとって最後の夏がやって来る……。
「俺も終に夏卒業かね……」
「いいえ、まだよ」
風鈴のような透き通った声が響く。
俺はゆっくりとそちらへと顔を向けた。
血色に染まった紅い瞳が此方を見ている。
それを覗いた瞬間に突然、頭が痛み出す。
「何度でも何度でも夏を来るわ。私と貴方は楽しむの。貴方自慢の麦茶を飲み、向日葵達に水をやって、二人で景色を眺めながら雑談に興じるのよ」
「な、なにを……?」
ゆっくろとした歩調で近寄っている。
何の力もない俺は頭を抱えたまま見ているしか出来なかった。
「隣に貴方の居ない夏なんて私は耐えられない。ねぇ、約束したでしょう?」
押し寄せる痛みに耐えかねて畳に身体を伏せる。
彼女は近くに腰を下ろすと俺の身体を優しく抱き上げて続けて言う。
「一緒に歩んでくれるっ、て……。だから約束の取り立てに来たわ。"東方太陽"は私の物とする。名前を奪えば貴方の人間と言う種族が曖昧になり、移ろい易くなるわ。向日葵畑に妖怪が出る、とでも噂話を流しましょう。そうすれば幻想郷は必ず貴方を妖怪として受け入れるわ」
馬鹿な。
君がそんな強行的手段に出るなんて。
終に君はそんなにもおかしくなってしまったのか。
「目覚めた後、私にとって貴方は都合の悪いことは全て忘れている。でも大丈夫よ」
頬を撫でられる。
止めてくれ。
そんな泣きそうな顔をしないでくれ。
「私が傍に居てあげる。これからはずっと一緒よ。いつまでも、いつまでも」
駄目だ。
それでは必ず傷の舐め合いになる。
なぜ気付いてくれないんだよ、幽香。
これも無責任な約束をした俺への罰なのだろうか。後悔が押し寄せて、意識が段々と離れていき、視界が暗転する。思考も出来なくなり――
目が覚めた。
身体を起こし、何気なく周囲を見回すと見覚えるある景色があった。
数年前に死んだ祖父の家だ。そして現在夏限定で俺の家となっている場所。
昨日、酒を飲み過ぎた所為か軽く痛む頭を擦りながら俺は向日葵に水をやるのを思い出した。とりあえず顔を洗おうと思い、屋外にある井戸まで行こうと障子窓を開けた。
青々とした空の下、向日葵達が今日も太陽へ向かって仰いでいる。
居間に気持ちの良い温かな風が吹き抜けていく。うん、そうだな。
今年も夏が到来したのだ。
これにて終わり。
物語は最初に戻る。
御疲れ様でした。