向日葵郷~幽香に会える夏~   作:毎日三拝

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番外編十一話

 魔法使いが死んだ。

 そんな訃報が向日葵郷まで届いたのは当の本人からだった。

 他人に話せば何を言っているのか困惑すると思うが紛れもない事実だ。

 両親が死んでから実家に帰ることもなくなり、もう何十年も住んているこの田舎に慣れ親しんでしまった俺は驚きはすれど

 

(幻想郷だから……)

 

 の一言で済んでしまう不思議。

 あぁ、慣れって怖い。

 此度のことを詳しく説明すれば、普通の魔法使いと自身で称している人が自分の死期を悟り幻想郷中に居る知り合いへ報告して周っている、ということだ。

 俺はあまり彼女と面識は無かったのだが、風見さんに言いに来ていた。

 風見さんは大体毎日、向日葵郷へと来訪しているので何時の間にか彼女に用があるのなら此処に来ればいい、などと言う認識が周りに出来てしまっているらしい。ちなみに風土記である幻想郷縁起の備考欄にも記載されている。記録者は疾うに居なくなっているので変えたくても変えられないずにいるしな。困ったものだ。

 季節は冬に変わり段々と寒くなってきたので気を利かせて温かい緑茶を用意する傍らで彼女らの会話を俺は聞いていた。

 まさか開口一番に

 

「一週間以内に私死ぬから宜しくな!」

 

 と宣言する人間がいるとは思わなかった。

 口にしていたほうじ茶を吹いたのは俺の所為じゃない。

 風見さんと少し話した後に用意した緑茶を一息で飲みきると彼女は快活に笑いながら魔法使いらしく竹箒に跨り去って行った。ふと、祖父を思い出す。何所か俺の祖父に似ている女性だった。

 遥か上空、彼女が星の形をした光をばら撒きながら去って行く後ろ姿を眺めながら、隣を見ると風見さんが複雑な表情をしていた。

 

「……眩しいわ」

 

 確かに眩しい。

 さっきから光線があちこちに飛び散っている。まだ昼間で明るいのに目立つ光だぜ。

 

「風見さんさ。さっきの彼女とは親しかったの?」

「幽香」

 

 またやってしまった。

 もうそうよんでくれと言われてから何十年も経つのに慣れない。

 いっそ風見さんで通してしまえばいいのに。

 

「いまだに慣れなく――」

「二人の時は幽香と呼んで」

「はい。幽香」

「よろしい」

 

 此方を向いて笑い掛けてくれる。

 外見は俺の方が遥かに歳上なのにな。分っていても複雑な気分になる。

 

「あまり仲は良くなかったわね。強いて言うならば喧嘩仲間で飲み仲間か」

 

 俯きながら目を閉じて思い出に浸るように語る。

 結局、仲好いんじゃないのか。

 

「でも、寂しいものよね。まだ決まった訳ではないけれど知っている誰かが居なくなってしまうと分かるのは」

 

 何かを口に出そうとしたが言葉に詰まる。

 軽く微笑みながら空を眺めて彼女は本当に寂びそうな顔をしていたから。

 

「人間五十年、化天の内をくらぶれば夢幻の如くなり。人の生は五十年が寿命だけど仙人に比べれば夢や幻に過ぎないと言う。なら現実的な生き方しか出来ない私はどうすればいいのかしらね」

 

 妖怪である風見さんは人間とは比べ物にならない程に長命だ。

 俺が生まれる前から既に存在していて、その遥か前から彼女は彼女のままでいる。

 妖怪には妖怪の価値観や考え方があり、人間である俺には到底理解出来ないが、もし俺がそんな長命であったならば疾うの昔に気が狂っているだろう。

 俺は彼女を肯定してあげることが出来ない。

 それは種族が違うが故のジレンマだった。

 もし俺が妖怪だったのならば彼女の苦しみを理解してあげれたのに、そんな悔しさが俺を支配する。もう直ぐ俺も彼女を置いて死んでしまうのだろうか。

 縁側に二人仲良く隣り合いながらも擦れ違ったまま俺達は空を見上げている。しわくちゃになった俺といつまでも変わらない彼女。

 きっともうこの関係は長くない。

 どうか彼女ともう少しだけ長く一緒に居られますように。

 昼間の星にそう願って俺は目を閉じる。

 魔法使いの葬儀が密かに行われたのはそれから数日後のことだった。


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