異性への贈り物。
その行為は特別な意味合いを持っている。
例えばチョコレート。甘酸っぱい少年少女の希望が詰っている。例えばカーネーション。子供の母を労わる静やかな優しさが包まれている。例えば指輪。情熱的な大人の愛が含まれている。
総じて贈り物には意味があり想いを伝えるには十分な様式美で有効的な手段だ。
現在、俺の手元には縦長の形をした箱が置かれている。
綺麗に暖色の包装紙で包まれたその箱の中にはとある人に渡そうとしている大事な物が入っている。俺はその箱を何度も見下ろして逸る気持ちを抑えながら待つ。
彼女が訪れるのを。
そわそわして向日葵畑を歩き回っていたが、麦藁帽子だけでは遮断しきれない夏の日差しから逃れるために屋根がある縁側へと引っ込む。
当然、手には麦茶。
氷室でよく冷えた麦茶が身体の中へと染み渡り、暑さを忘れさせてくれる。
親父臭く息を吐き出しながら満足気に麦茶の素晴らしさを感じていると落ち着かない原因になっている方が此方へと向かって来ていた。
赤いリボンの装飾が目立つ白の日傘。
その影に隠れる小柄な人型。向日葵を模した服装が向日葵郷によく映える。
人影が近付く度に大きくなる鼓動と暑さを団扇を扇いで誤魔化す。俺は隠し事に向かないことを再認識した。御伽噺に登場する美丈夫はどうして異性に対してああも照れなくして接し得るのだろうか。
「こ、こんちわっす!」
「……ごきげんよう?」
こういう時は勢いが重要とばかりに先制攻撃を仕掛けてみるもまさかの失敗と困惑の表情。
だがしかし、ここで諦めたら駄目だと気合を入れて尚も此方から話し掛ける。人生常に受身じゃ駄目なんだと考えたい。
「実に晴れ晴れとした好い天気ですね!」
「無性に兎鍋が食べたくなる竹林の奥に腕の良い薬師が居るらしいわ」
「永遠亭っすね。それを口にした理由は分りません!」
駄目だ。
具体的に何が駄目かと言うと全部と答える状態。
絶望的なまでに隠し事が下手過ぎる。格闘漫画の奥義くらい隠せていない。
引き攣った表情のままにやけていると適度に冷たい感触が額に触れる。
「熱は無さそうね。私自身風邪をひいたことがないからあまり症状に詳しくないのだけれど」
隣に腰を下ろし近寄って、自らのおでこで熱の有無を確認してくれる。
翡翠色の髪が風に揺れ、俺の頬を撫でた。顔が近い。
「あ、少し熱を感じるかも」
「それ違いまっす!」
横に跳ぶ勢いで離れる。
頭の中が掻き乱され、白く濁っていく。
もう無理だ。へたれでもいい。渡す。
中途半端に雰囲気を醸し出そうとしたのがそもそもの間違いなのだ。
「こ、これプレンゼントフォーユー!」
眼を閉じたまま背中に隠し持っていた装飾された包装紙で包まれた長方形の箱を差し出す。
相手が受け取るまでその姿勢のまま固まる。幾ら待っても引き取り手がいないので僅かに瞼を開けると風見さんも俺を見詰めたまま固まっていた。
その様子はいつもと違う。
瞳を潤ませて白く美しい頬に赤みが差している。
唇を軽く噛み開閉させながら彼女の方から言葉を発す。
「頂いていいのかしら?」
全身に喜びが奔った。
勢い勇んで返答しようにも口が上手く回らない。
代わりに首を縦に振って答えた。
「ありがとう」
優しい手付きで箱を受け取る彼女。
お礼の言葉がやばい。やばすぎる。もう顔すら直視出来ないくらいに。
「この場で開けても?」
そういう彼女の声が聞えたので頷いた。
蝉の泣き声と絹を擦る音が流れる。包装紙が丁寧に解かれ箱が開く。
白い長方形の箱から純白の布地が覗けた。
彼女は早速それを取り出すと広げて全容を確認する。白のロングワンピースにそれを腰元で留める同様の色をした帯が出てきた。
それから無言の時間が流れる。
風見さんの表情は恥ずかしくて窺えないので喜んでくれているのかが分らない。
やがてそれを綺麗に仕舞うと彼女はもう一度だけ俺にお礼を言う。
「ありがとう。嬉しいわ」
短く簡素な言葉だがそれだけで十分だった。
贈り物を貰った返答はそうでなくてはならない。
気恥ずかしさが吹き飛び俺は風見さんに正直な言葉で応える。
「此方こそ、いつもありがとう」
彼女と初めて話し掛けて友人となり、早二十年。
今日は丁度その節目の日であり、向日葵郷を受け継いで十五年の色々重なる日だった。
感謝の相手が居ることに俺は感謝して残された者達だけで喜びを交し合い、心の中でこの出会いをくれた切欠の祖父にも感謝した。