十二話お届けで終わりです。
雨戸を開き、障子窓を開く。
温かな春の日差しが入り、残留している冬の寒々とした冷気が流れ込んでくる。
そろそろ向日葵の種を蒔かなくてはならない季節となったようだと判断すると、俺は納屋から鍬などの農作業具を掘り出し、さっそく畑の土を柔らかくするために耕しにはいった。
腰を据えて一息に鍬を振り下ろし、土を掘り返しては軽く空気を加える。随分と慣れたものだと感じた。
この作業を始めてから、夏だけではなく春頃からこっちに来るようになってからもう数年の月日が経っている。畑を耕したのはもう一度や二度ではない。
そのおかげで分ったことがある。俺の場合は向日葵農家と言うべきか、とにかく農作業は過酷だ。
身体全体を使用し、植物のために昼夜問わず熱心に接してあらゆる危険から彼等を守らなければならない。
例えば台風などの自然災害や害虫などの生物被害。病気などもそうだ。
嵐が来れば向日葵が倒れないように対策し、アブラムシやナメクジなどの害虫を取り除き、葉等を小まめに確認して黒斑病やべト病と言う病気に気を付ける。鳥類から種を守るのもそうだな。
畑には向日葵しか栽培していないので、これだけで済んでいるが他の種類も同時に栽培しているプロの農家の大変さは異常だと思う。愛がなければやってられない。
鍬を振りながらつくづくそう考えた。
「朝早くから精が出るわね」
耕す手を止めて頭を上げるとそこには美少女が立っていた。
背まで伸びた翡翠色の髪に赤い瞳。首元に白いマフラーを巻き、黒いブラウスの上に白いカーディガンを纏ってその上からベルトで留めている。下は清楚なデザインをした黒のロングスカート。
その人を知っていれば分かるのだが、とても珍しい格好をしていた。
「何かしら? 珍妙な物を見たような顔をして」
「今日の格好は赤黒チェックじゃないんですね」
「失礼ね。私だっていつも同じ格好をしている訳じゃないわ」
「そうですよね。そうでしょうとも」
返す言葉がどうにも釈然としなかった。
此処等辺の人ってみんな一年を通して同じような格好をしているから、その姿で通さないといけないローカル法則でもあるのかと思ってたのだ。巫女なんて一年中腋丸出しだったしな。
こっちに来ている間は真似して下はジーパンで上は黒のタートルネック。寒い時はどてらを羽織った姿で通していたのに意味無かったのかよ。これが俺の制服だとばかりに外出する時も着ていたのに……。
「可憐でしょう?」
そう言ってその場で一回転してみせる。
ロングスカートがふわりと浮く。彼女は髪を撫で押さえながらやんわりと笑った。
「ブラボー。ハラショー」
「言葉の意味は分らないけれど褒めているのよね?」
「イクザクトリー」
「その通り、ね」
何はともあれ。風見さんが来たから屋敷に戻って休憩でもしようかね。
腰が痛くなってきたしな。身体が鈍り過ぎているようだ。
「お茶でも飲みますか?」
「いいわね。だけど昨日みたいにまた冷たい麦茶は嫌よ」
「大丈夫です。朝一で煎じた温かくて香ばしい麦茶があります。美味しいですよ」
「少しは麦茶から離れようと思わないのかしら」
好きなんだから使用がないじゃないですか。
夏だけが麦茶の主戦場じゃない。一年中美味しく頂けるぜ。冷えていても俺は冬でも飲める。実家の近くにあるコンビニエンスストアのパックに入った麦茶を買い占めているのは間違いなく俺だ。何の自慢にもならないけど。
「今度からハーブティーでも持ってくるわ」
「もしかして自家製のですか?」
「調合するのも趣味の一つですわ。季節に合わせて桜茶もいいかもしれない」
「おめでたいっすね」
屋敷に戻り、結局二人で生暖かい麦茶を飲んだ。
やはり麦茶が一番美味いな。
桜茶 「結婚や結納などのおめでたい席で頂く桜の花弁を煎じたお茶」
ただし彼女等は天然なので大した意味はない。