西行寺が食い散らかした後。その次の日から俺は夏の間に何も口に出来ないんじゃないか、祖父が死んで向日葵郷を引き継いだ最初の年に思った。
俺には祖父が食材を入手していた伝がなく、人里が何処にあるのか知らず、此処等辺は一人で出歩くには危険なので買いに行くことも出来ない。
そこまで思い至り、俺は深く絶望し、これから一ヶ月食料向日葵の種だけ生活が始まるのかと想定していたのだが、そんな俺の元に一人の女神が食材を持って舞い降りた。
「ちわーす。人里からの宅配便だー」
あの玄関口に響くやる気の無い声が正に女神の声だ。
俺は西行寺に奪われた体力の残りかすを振り絞り、急いで彼女の元へと走った。
「妹紅ちゃん、ちわっす! いつもありがとう!!」
「ちゃん付けすんな!」
そう憤りながらも白い髪と肌の所為で余計に赤く映える頬を嬉しそうに歪ませ満更でもない表情を晒す彼女。
ツンデレ風味に俺に言い返した人物こそ俺の女神である藤原妹紅ちゃんだ。
白いブラウスにサスペンダー。赤く御札のような模様のもんぺと同じ柄をした髪飾りのリボン。本人の日本人形みたいな容姿も相まって除霊完了系美少女なる新境地を突き進む少女、それが彼女だ。
「私はこう見えてもお前より年上なんだからちゃん付けすんな」
「嬉しいくせに」
「うるさいよ! 私もこれから竹林で一仕事しなきゃならないんだから、さっさと受け取ってくれるかしら」
腕を組んで外方を向く彼女。
こういう所が堪らなく可愛らしいんだよね。
「本当にいつもありがとうね、妹紅ちゃん。君がいなかったら俺はやつの所為でとっくに死んでいる。おのれ西行寺」
「……お前らの愛情表現ってほんと変わっているよな」
「何が変わってるって?」
「いい。妄言だ。忘れてくれ」
妹紅ちゃんが何事かを呟いたが俺はやつへの怨嗟の声を上げるのに夢中で中途半端にしか聞こえなかった。
「それより早くしてくれよ。お前の畑の向日葵貰った後に今日は慧音の処にも寄らないといけないんだからさ」
「ごめん、ごめん。妹紅ちゃんが女神過ぎて少し賢者になってしまったよ」
「私はお前が何を言ってるのか意味が分らないから帰る」
食材の積まれた台車を引いて彼女が帰ろうとする前に俺は必要なだけ食材を受け取ると玄関に積む。主に米とか野菜類とか。
これは彼女が農家から分けて貰った物を物々交換で配達しに来ていて、家は向日葵が貴重らしいので向日葵を渡している。
「それじゃまた来るよ」
「よろしくね、妹紅ちゃん」
「妹紅ちゃん言うな!」
そうぷりぷり怒って帰る背中を見送った後に俺は玄関へ入ろうとしてあることに気が付く。
玄関に積んだ食材が半分ない?
確認しようと目を凝らしてみると、そこには書置きが残っていた。
『食材美味しいです。貴方の西行寺幽々子より』
俺は瞬間的に頭を沸騰させてやつの名前を叫んだ。