向日葵郷~幽香に会える夏~   作:毎日三拝

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※フラグ回三回目

名前は出てきませんが珍しく主人公以外の一人称です


二十二話

 生まれた瞬間を私は覚えていない。

 気が付いたらそこに居た。強いて言うならば自覚した瞬間に私はこの世へ生を受けたのかもしれない。 

 塞ぎこみ瞑っていた瞳を密かに開ける。

 色彩鮮やかな色とりどりの花達に囲まれた部屋の一室。

 空は生憎と曇り空で地面に大粒の雨が降り注いでいる。時折、光りが満ち空気が裂ける音が響く。吹き付けてくる風が窓硝子越しに伝わり、私はそれを聞いて物憂げな気分で眺めていた。

 だからだろう。心は沈み、記憶の奥底に仕舞い込んでいた筈の過去が溢れ出してくるのは。それもあまり好い記憶ではないから尚のこと悪い。

 今日は何となく外へ出掛けたくなかった。

 天気が悪いから。服が濡れてしまうから。落雷に遭うかもしれないから。様々な理由をつけて彼に会いに行くことを遠ざける。

 私は酷く臆病になってしまっていた。

 大昔の私は自分の存在に何ら疑問を持たずに気儘に過していた。やりたいことをやり、自らに与えられた長い時間を消費していく、そんな自由に生きる。何となく満たされて、何となく地面を歩いていた。

 それからまもなく生きることに疑問を持ち始めるのも無理はない。

 やりたいことが無くなって暇を持て余すようになり、無駄に過ぎていく時間の最中は花を眺め、時には長い眠りに落ちて誤魔化す。

 その無為に過した時間の所為で共に歩いていこうと歩み寄ってきた彼等も私を置いて過ぎ去ってしまった。

 私は悲しいとも思わない

 なぜなら彼等と私では歩んでいく場所も目的も違うのだから。

 時間も距離も壮大さも違う。口先だけの言葉を残し一時の欲求を満たして彼等は音もなく消えていく。

 私はそれを眺めているだけ。

 幾千幾万の出会いがあり、同じだけ別れが待っている。

 自分がなぜ生きているのかも分らず、死んでいく彼等を見送った。

 やがて私は歩き続けた足を止める。理由を誰かに求めるのを止めた。

 閻魔が私に告げた忠告は今も胸に突き刺さっている。

 

『貴方は少し長く生きすぎた。このまま生き続けてもろくな事にならない』

 

 あの時は燻っていた誇りが邪魔をして厚意を遮ってしまったけれど、あの言葉は間違いじゃない。

 現にいまの私はおかしくなってしまっていた。

 生きる理由を他人に、それも幽かに残っている残照に見出している。

 毒人形が突きつけてきた言葉も間違いじゃなかった。それゆえ私は自分を保てなくて大人げもなく怒りを露わにした。

 図星だった。

 伝説の向日葵のように恋焦がれて見詰め続けるほどに乙女であれたならと憧れていた。

 私は人間になりたかった。

 紅白巫女の平等さが欲しかった。黒白魔法使いの愚直なほどの直向さが眩しかった。吸血鬼の従者の飄々とした性格が羨ましかった。そしてあの人がくれた優しさが憎たらしかった。

 近寄ったり、勝負を吹っ掛けて戦い、お喋りをして満たされ、気が付けば彼女達も私を置いて過ぎ去っていく。手を伸ばせば届く気がして足掻いてもみても伸ばした先は空を切る。

 私はそこで閻魔の言葉をようやく実感した。

 終わりがみえない生き方はろくなものじゃない。

 人間に毒されてしまった私は絶望する。初めて死にたいと願った。それと同時に一緒に歩んでくれる誰かが欲しくなった。

 不思議な話だ。

 嘆きに似た願いは片方を叶えられる。

 私が生き続ける、という選択肢を選ばせられながら。

 彼が。

 かれが。

 あの人が。

 生きて欲しいと願ったから私は生きて道連れにした。

 傲慢な生き方をしてたから薄いけど後悔はしてる。その証拠に何度もあの人にヒントを与えた。

 リナリアの花言葉。隙間妖怪の言葉。吸血鬼の挑発。気がつかない方が悪い。

 あと少し。

 あとほんの少し。

 私の願いは完全に叶う。

 あの人が私と同じようになればいい。

 長く生きて、生きることに理由を求めて、毒されていけばいい。

 少しずつ。少しずつ。いつまでも。いつまでも。

 一筋の光が地面に突き刺さり、暗い部屋に一瞬明かりが満ちる。手元にある古惚けた一枚の写真を眺めてから、また瞼を閉じて私は眠る。

 明日には晴れると信じて。




向日葵の花言葉「あこがれ」


BGM東方ヴォーカルアレンジ曲

「ハナウタ」

原曲:今昔幻想郷 ~ Flower Land、Release

聴きながら読むと作中の表現したい気分が味わえるかも

ニコ動にありますのでよかったら……

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