向日葵郷~幽香に会える夏~   作:毎日三拝

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※フラグ回二回目。


二十一話

「ごきげんよう」

 

 向日葵畑に恵みの水をばら撒いている途中に背後から声が掛かる。

 甲高い声質の未発達そうな幼い声だった。記憶にあるどの人物の声と違う。

 俺は誰だろうと不審に思い、背後へ振り返る。

 小学生くらいの幼女が真っ黒な日傘を差して立っていた。

 

「けったいな天気ね。曇りにでもならないのかしら」

「本日は晴天なり。明日に期待だ」

「それもそうね」

 

 口元に小さく膨らみのある手を当てくすくすと笑う。

 その姿を改めて見ると妙に惹きつけられる可愛らしさを持つ幼女。童話の赤頭巾に登場する老婆に化けた狼がかぶっているような西洋では就寝中に使用するナイトキャップに簡素なドレス。それを帯を用いて背中側にリボン状にして留めている。腕や手首、ナイトキャップの左側にあしらわれているリボン。そして何よりも目立つのがその全ての装いが黒色に統一されていた。

 薄い青紫のような青のような不安定に見る人の角度によって変わる不安定な髪色と赤く染まった瞳の異常さを際立たせている。

 俺は思わずこの幼女が怖いと感じてしまう。

 心中密かに恐怖心を抱いていると幼女は俺の心を見透かしたような目で此方を凝視していた。

 

「で、お嬢さんは何か用なのかな?」

「ただの日課にしてる散歩。あんたはその序ね」

「年上にあんたって……いや違うのか…………そんな気がする」

「あれま。意外に鋭い思考を残してたね。"生成り"の癖して生意気だよ」

 

 なまなり?

 俺はなまなりなんて名前ではないんだがな。

 

「それで結局、貴方は何をしに来たんだ?」

「分らなくても当然だけれど愚鈍すぎるのもどうかと思うわ。ただ見に来ただけだよ。ほら動物園で檻に閉じ込めた生き物を観賞する感じ。私も一度見に行ってみたいんだよねぇ、パンダとかさぁ」

 

 話題が段々と外れた方へ向き面白そうに一人で続きを喋る幼女らしき存在。

 本来なら愛くるしいであろう存在が今の俺には不気味な化け物にしか感じない。人語を解し、人間を愛し、そして人間を最後にはそのはきはきと動く小さな口元に運び、命を吸い取るような――

 

「ちょっと! 聞いてんの、私の話し」

「あぁ……すみませ」

 

 如何にも怒っているという風に俺へ問い掛ける。

 俺はその姿に益々恐怖心を煽られ、気が付けば勝手に口を開く。

 

「化け物」

 

 迂闊過ぎるその一言でそいつは怒った振りを止めて、無表情を形作る。

 辺りに響き渡った風に揺れる向日葵以外の音を消し去り、不気味な静寂に包まれる。まるで空間がそっくりそのままスライドするかのように別の世界へと移り変わったようだ。

 困惑と恐怖が交じり合い最悪な気分に浸っているとようやくそいつは動き始める。

 口角を異常に吊り上げて血のような真紅の瞳を弓状に歪ませ、赤く染まった月を連想させる不気味さを感じさせた。

 

「惜しいわ。実に惜しい」

 

 何が、とは聞けなかった。

 そいつの言葉を遮れるものは存在しない。

 

「あと少し条件が整えたのなら血を吸えたのにさぁ。生憎と誇り高き私は私に恐怖する人間の血しか飲まない。口にすればさぞ美味かっただろうよ。人間はいい。本当に素晴らしい。少し前まで一人ばかり変わった人間を飼っていたけどあいつも面白かった」

 

 少しずつ。少しずつであるが俺はそいつの言葉を恐怖に染まった思考の片隅で何となく理解し始めていた。困惑が治まり段々と反って冷静になっていく脳味噌。

 そいつの言葉はまるで俺が――

 

「確かに人間は面白いわ。でもあんたは人じゃないからな。勿体無い」

 

 そいつはしたり顔で悪魔のような笑みを浮かべた。

 よほど俺の姿が滑稽に見えたのだろうな。何なんだと言うのだ。俺が人間じゃないって。

 

「満足した。やっぱり見世物は苛めて反応を楽しむものよね。動物園の醍醐味だわさ。それではごきげんよう」

 

 そいつの言葉によって掻き乱されて困惑する俺を残し、後姿を見せて去っていく。

 俺は立ち尽くしてただ見てるだけしか出来なかった。

 向日葵畑に設置されていた落とし穴に嵌る所をただじっと観ていた。

 鼻歌を奏でながら機嫌良さ気に歩き、甲高い悲鳴を上げながら前傾姿勢になり落ちていくその様をじっくりと。結構深かったらしく、あの小さな身体が完全に隠されてしまっていた。

 そういえばマーガトロイドさんに悪戯対策はして貰ったのだが、既に悪戯されてしまった部分をまだ対処してなかったのだと今更思い出した。

 普段の俺なら注意していたのだろうけど、俺を化け物扱いするから……。

 そいつは何とか落とし穴から這い出ると土塗れで汚れてしまった服を幼い手で黙って掃う。服装が黒一色だからあまり目立たないのが救いかもしれない。

 ある程度掃い終えるとそいつは此方の方を向いて余裕の笑みを浮かべたが、俺がいつまでも哀れみの視線を送っていると涙目になり、走って去って行った。

 雰囲気で化け物だと感じたがもしかしたら一時の気の迷いかもしれない。

 俺が化け物だというのはあいつの妄言の間違いで、俺はれっきとした人間だ。

 そう思いたかった。

 でも俺には幾つか心当たりがある。

 思い返したくもない過去の映像が浮かんでは消えていく。何十年分もの思い出が走馬灯のように脳髄から流れて出す。

 

「俺は……俺は誰なんだ?」

 

 気が付けばそう口から漏れだしていた。

 向日葵郷は今日も平和に過ぎていく。いつまでも、いつまでも。


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