向日葵郷~幽香に会える夏~   作:毎日三拝

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某スレッドに「俺は3000文字以下は認めない」という発言があったのをみて今日は長め。


十四話

「写真を撮ろうか」

 

 そう提案したのは祖父からだった。

 昔から祖父は衝動的に行動を起こす性格だったので俺は突然の提案に戸惑いながらも祖父の言葉に賛成する。

 隣で麦茶を飲んでいた風見さんも軽く頷いて賛同した。孫である俺よりも戸惑うことなく自然に答えていた。その頃には彼女との付き合いも短くない間柄だったから彼女も祖父の性格を多少なりとも理解していたからかもしれない。考えてみれば夏だけでなく地元民である彼女は俺よりも祖父と交流する機会が多いからだろう。

 

「写真機はどうするの?」

 

 失礼な話だが言い出した本人である祖父が持っているなんてことは考え難かった。

 祖父はかれこれ何十年も外へでたことがないらしい。祖父自身が語っていたから間違いない。

 時折、祖父は人里まで行くらしいけど電気も通っていない田舎過ぎる里に写真機が売っているとも俺は思えなかった。

 一応の確認のため風見さんの方へ首を動かす。

 

「持っていないわよ」

 

 そういえば日傘と手土産以外を携帯している姿など見たことがないな。

 本来なら一番持っていそうな文明人である俺も此処等辺では電波がなく携帯電話が使えないので俺は祖父の家に来る際は邪魔になるからと考え持って来ていない。他に必要となる生活必需品以外は極力持参するのを控えている。勿論、写真を撮る機能がある機械等を携帯する訳がなかった。

 無いなら諦めるないね、と口にしようとした時。祖父は白髭と皺くちゃな表情を歪ませて笑う。

 

「ほれよ」

 

 何気なく祖父が右手で取り出したのは、大小の丸いレンズが付いた長方形の箱状の物だった。

 あまり見覚えのない物だが、恐らく「二眼レフカメラ」か。最近、とある特撮番組の放送で再ブーム化したとニュース番組で見た覚えがある。

 俺を含めた三人とも縁側に座っていて祖父は今日ずっと一番右端に陣取っていたのは写真機を隠し持っていたからだろう。祖父は偶に少年のような悪戯心を再発させて人をからかう癖があった。風見さんと気が合ったのはその所為かもしれないな。

 

「それじゃあ撮るぞ」

 

 祖父は我先にと向日葵畑へと飛び出していった。

 とても米寿を迎えた高齢の老人とは思えないほどに身軽さで俺達を置いて行く。

 

「行きましょうか」

「ええ。そうですね」

 

 残された風見さんと俺の二人は互いに顔を見合わせて笑い、後を追い掛けた。

 

 

 

 

 屋敷から一本道を突き進んだ先に祖父は俺達を悠然と構えて待っていた。

 祖父の傍らには三脚の上に設置されているカメラの二つのレンズが此方を覗いている。大変に準備がいいことで。

 

「爺ちゃん、カメラの細々とした設定とか、撮る準備はもう出来ているのか?」

「おう。行きずりの天狗が丁寧に教えてくれたから心配無いぞ!」

 

 天狗とはまた適当な。どうせ出会った人の特徴が鼻が高かったから、とかだろうな。

 祖父は偶に近場で会った人のことを妖怪とかに例えることが多い。風見さんも最初は一般人と掛け離れた容姿の端麗さからか、向日葵好きの所為か祖父に"花の精霊"とか呼ばれてっけ。何年も交流を重ねていくうちに俺が呼んでいる呼び方と統一したのか風見さんと呼ぶようになったけど。

 写真機を真上から覗き込むように此方を覗いていた祖父は細かい位置を俺達に指示して調整する。

 なんでも二眼レフカメラは普通のカメラとは違い撮影方法が難しく、素人には向かないので祖父は予め例の天狗さんにピントなどを既に決めてもらっていて、それに合わせるようにしているらしい。

 

「屋敷が背後に写るように横一列となって並ぶぞ。手早くな」

 

 最終的な調整が済んだようで祖父は既に二人で並び待っていた此方側へと小走りで近寄り、自分を真ん中の位置へと割り込み、俺と風見さんの腕を取って組む。自由過ぎる祖父に二人で軽く困惑し苦笑いする。

 

「それじゃあ駄目だ。写真撮る時はニカッと笑うんだぞ!」

 

 俺と風見さんに駄目出しが入った。思わず「誰の所為だよ」と言いたくなったが時間がないので従いカメラの方角へと精一杯笑い掛ける。

 幸せな時間だった。俺はその時、この幸せが永遠に続いていくものだと信じて疑うことを知らない。

 三人に拡散した光が駆け抜けた。

 

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 祖父が死んだ、という知らせを受けたのはそれから間もない頃である。

 暇な学生過程を終了し、立派な社会人となり、働く義務を課せられた俺は短い夏季休暇が終わってしまったので社会の一基盤として働いていた。

 何件も梯子するように回り辛い就職活動を経験してまでようやく入社できた会社なので文句も言えず、上司の命令するがままに馬車馬の如く与えられたノルマをこなす。

 そんな中で家から件の緊急連絡を貰い、上司に無理を言って早退した。

 俺は足早に急いで実家に帰り、祖父の死を直接伝えに来てくれた人と面会する。

 綺麗な黒髪の女性だった。

 

「人里の代表として来ました。尾崎玉藻(おさきたまも)といいます」

 

 尾崎さんは人里の代表として都会で得た物資を運ぶ仕事をしているので、その序に血縁者である俺達に報告しに来たと説明してくれた。

 祖父の葬儀も尾崎さんとは別の代表者が祖父が残した遺言通りに済ませてくれたらしい。

 普通なら勝手に進めるなと文句を言わなければならないのだが、これは俺の両親も祖父と縁を切る前に同意していたらしいので感謝するばかりだ。祖父の実娘である母は終始複雑な表情をしていたが。

 ある程度の説明を受けると尾崎さんが俺へ一枚の封筒を手渡してくれた。祖父の字で俺の名前が書かれいる。

 

「遺言状だと思われます」

 

 祖父の遺体を葬儀のため運ぶ際に懐から出てきた物らしい。

 その場でさっそく雑に施された焼き印による封を破り、中身を確認する。

 封筒を逆さにして出てきた物は四つ折りにされた手紙と一枚の写真だった。

 俺は微かに震える手で先に手紙の内容を読む。紙を広げて目に映ったのはとても簡素な言葉だった。

 

『向日葵畑と家を頼む。手続きは済んでいるから』

 

 後日、確認したのだが祖父の言葉通り、あの屋敷と畑の土地は確かに俺の所有物となっていた。思い返すと祖父は自分の死期が近いことに気付いていたのかもしれない。

 その確信を得たのは俺に祖父が残した手紙とは別に付録されていた一枚の写真の方を見た時である。

 俺はその写真の光景を知っていた。

 三人の人物が笑い合い仲良く腕組みをしている。その後ろにはたくさんの向日葵と古い木造建築の日本家屋。空が青く晴れ渡っていて、俺に夏を感じさせた。

 段々と視界がぼやけ霞んでくる。

 写真が歪んで見えなくなった頃にようやく俺は自分が涙を流していることに気付く。俺は客人で初対面の人である尾崎さんが居るにも関らず大泣きした。

 

 

 

 気分が落ち着き洗面所で顔を洗おうと鏡を見ると目元が赤くなっていた。

 その時に俺は尾崎さんに情けない所を見られたなと軽く自己嫌悪に陥る。成人した大の大人がすることじゃないからだ。大人は軽々しく泣くこともできない。

 その後に俺は自分の部屋へ戻り、写真を見ながらじっくり一晩を掛けて決意する。

 会社を辞め単身にて向日葵郷へと移り住むことを。祖父の遺言に従おうと決めた。

 なんて考えたが決め手は俺自身があの向日葵畑に囲まれた祖父の家が堪らなく好きだからに違いない。俺は朝一番に両親にそのことを告げて、心配する両親を押しのけて会社に連絡し自主退社を願い出た。

 まぁ、結局的に会社側が忙しく引継ぎ要員がいないために半年以上も働く破目になったがな。その間に両親からも定期的に帰ってくるなら許すとの言葉を貰った。実質、結論は夏季の間は向こうに留まり、半分以上は実家暮らしに落ち着いた。

 そして今年も夏がまた来る。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 向日葵郷へようこそ

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




尾崎玉藻の正体

尾崎→尾裂狐
玉藻→とある狐の偽名 
黒髪は能力による偽装。外界で活動時にする常識に紛れるため。
黒と白の境界を操る程度の能力


もう誰だか分かりましたね。

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