幻想郷。
ここはあらゆる現実で忘れられた存在が集まる幻想の理想郷。
俺はその一角である"向日葵咲き乱れる郷"の主だ。
妖怪、亡霊、無敵巫女、魔法使い。そんな超常的な存在が溢れかえる非常識な場所で俺は愛する向日葵畑を守るために日夜戦っていた。
スペルカードルールなる決闘方法のおかげで妖怪達が手加減してくれるから大怪我を負うのは滅多にないけれど危険には変わりない。俺が家に帰って夢の世界へ旅立とうとするのはいつも気絶が原因だ。最近では皮肉って「気絶催眠法」と呼んでいる。
であるから俺は今日も戦いに行く。
もう直ぐ、この向日葵郷を襲ってくるであろう妖怪を迎撃するために。
祖父から受け継いだ屋敷から出て、真っ直ぐ進んだ道から此方へ誰かが向かってくる。
白い日傘を差して、向日葵を意識しているらしい赤黒格子柄がひかれた橙色のベストとロングスカート。胸元に垂らしてある黄色い布が上品さを醸しだしている。一見しただけなら良家の子女だと誤解する見掛けだ。
だがしかし、俺は知っている。
前方のあいつはもっと禍々しい存在だと。
その証拠にあいつが一歩ずつ近付く度に生命すらも圧迫する威圧感が漂ってきている。脆弱な人里の人間ならこれだけで気絶するだろう。
段々と肌を刺すような威圧感に変わりつつあるものを受けて、俺は徐々に戦闘体制へと入っていく。
あいつを睨みつけたまま相対する。
「御機嫌よう」
「先に言っておくけど、向日葵郷は絶対に渡さないからな」
余裕はないが牽制の言葉を先に述べておく。
あいつは気にせず笑みすら浮かべた。
「そう張り詰めなくてもいいのよ。貴方がきちんと役をこなせば先代、貴方の祖父との約定があるから貴方の心が折れるまで何度でも虐めて上げることが出来る。退屈しなくていいわ。最高のオモチャよね」
「あまり人間を舐めるなよ、花妖怪」
「ふふっ。惰弱で貧弱でか弱く、どうしようもないくらいに矮小な生き物が随分と吼えるわね。いいわ、やはり人間はそうでなくては」
あいつは人間には決して出来ないような歪み狂った微笑をする。
それを見た瞬間に怖気がのぼった。
俺は幻想郷で様々な妖怪とかそれに準ずる存在を嫌なほど見てきたが、やはり間違いない。こいつは最上級に狂っている。
なけなしの勇気を振り絞り、宣言する。
「早く出せよ。スペルカードをよ!!」
あいつは先程とは別の笑みを表情に張り付け口を開く。
四季のフラワーマスター風見幽香は日傘を此方へ向けて宣言する。
「みっともなく、恥を晒し、見苦しいままに足掻け。人間」
俺は放たれた人間など余裕で飲み込むだろう一筋の閃光を避けるために動き出した。
「――ていうさ、夢を昨日みたんだけど笑っちゃうよね、風見さん」
「……そうね。失笑物だわ、間違いなく」
あれ? 風見さんの肌に尋常じゃない量の汗が流れている。
今日は暑いものな。タオルを後で渡しておこう。