「わ——!!たこ焼きだ!わたあめだ!お好み焼きだ!我が世の春が来た—————————!!」
到着してすぐ、縁日ならではの、色とりどりの屋台を見つけたアイは、流石陸上部。鍛え上げられた脚力で、一瞬の内に、屋台を彩る様々な提灯の光に消えた。
時期が早いせいか、それともまだ午後の五時四五分だからか、去年に町内会で催した夏祭りより、客足が少なく見える。こっちとしては、抱えた問題児を見失わないで済む反面、何処か寂しい雰囲気が漂っていて、ほんの少し居心地が悪い…。
「我が世の春が来たって……………もう夏だろ。バカかアイツは」
「そんなの、会った時から解り切ってたことだろ」
「…はぁ〜………やれやれ…。祭りなら、皆で回った方が楽しいだろ?アイツ、連れ戻してくるから。皆、先に遊んじゃってて」
「………………………」
アイを追いかけようと、一歩を踏み出しかける寸前、何者かの強い視線が背中に当たるのを感じた。
振り返ると、真顔なんだか、うすら笑っているんだか、なんとも形容しがたい表情をしているハタケヤマがこちらを向いていた。
「……? どうかしたかハタケヤマ…?」
「いや、少し、思う所が有ってな」
「……? 何だそりゃ…」
「まあ、歩きながらで良いだろう。悪い、佐藤、華水希、姫島。先に行っておいてくれ」
そう言うと、ハタケヤマは早足で、残る三人と反対方向に歩き出してしまう。
……呼び止めたのはそっちなのに……と、内心軽く愚痴りつつ、彼の後を追う。
「……で、何だよ?」
「いや、別に対したことじゃないんだがな。…小和田って、なんだか愛華ちゃんの保護者みたいだ、と思っただけだよ」
「………………まあ、そうだなぁ。…家が隣だし、付き合いも幼稚園からで長いし、…見ての通り、本性が行き当たりばったり以外の何でも無いから、当然と言えば当然なのかもなぁ……」
「華水希は違うのか?」
「アイツも、さして変わらんよ。良く三人で遊ぶし、二人掛かりで世話を焼くことだってあるし……」
すると、ハタケヤマは、顔に苦笑を浮かべ、言った。
「それにしては、お前の方が愛華ちゃんの面倒を、倍見ている様に見えるが?」
「まあ、アイツがめんどくさがりだってのも有るが、ただ単に俺が、世話焼きなだけなのかもしれないなぁ」
また一つ、ハタケヤマは苦笑を作り………
「それ、自分で言うか?」
「仕方ないだろ。………俺もアイも、親の帰りが遅くて、小学生の頃は遅くなるまで二人で遊んでたんだから。今だって、どっちかが片方の家に泊まることなんて、珍しくもないことだよ」
「まあ、そうだろうな」
「……………ああ、そうでもなきゃ、俺は、あれを手に入れられなかったんだからな」
あれとはすなわち、<ブレインバースト2039>のことだ。
プレイヤーの思考クロックを一千倍にまで加速させ、超高速空間の中でプレイするVR対戦格闘ゲーム。
そのインストール条件は至極厳しく、粒子接続端末ニューロリンカーを乳児の頃から装着していることを第一条件とし、大脳応答に高度な適正を持っていることを第二条件とする。
晴れてプレイヤーと成れた<子供>には、頭にプレイヤーの属性に応じた<色>、最後にプレイヤーの特性に応じたその世界の名前が与えらる。プレイヤーの特性は十人十色で、それにはプレイヤー本人のトラウマが深く関わっている。
リアルで虐められていたプレイヤーのデュエルアバターは、己を守る盾や厚い装甲を持って産まれ、何かに並々成らぬ恐怖を覚えているプレイヤーのデュエルアバターは、恐怖を寄せ付けない為の火器を手にして産まれる。
中にはメタルカラーと言われるアバターが存在し、トラウマが自分でも解らない程の強固な殻に覆われていると、そのようなアバターが産まれると言われ、アルミやマグネシウムの名の通り、強固な装甲を持つアバターや、ブロンズやシルバーなど、毒や腐食に体制を持ったアバターが存在する。
過剰なまでの目的意識を持った者や、前向きな願望や希望を抱いたプレイヤーにはカラーネームが付けられず、全く関係のないファーストネームや武装が与えられることがある。そのプレイヤー達は機動戦士と呼ばれ、一部の古参のプレイヤーからは、出来損ないと煙たがられている。
———これら全てのプレイヤーをまとめて、バーストリンカーと呼ぶ。
バーストリンカーには、リアルに置いて共通と言って良い程の特徴が有る。
『親の愛をあまり受けていない』
第一条件からして、教育の省略化や、直接見ていなくても体調が解る様に、産まれた直後からニューロリンカーを装着しているバーストリンカーは多い。
そのような子供はほとんど、教育の省略化や、夜泣きを防ぐため、乳児の頃からネット内の仮想空間にフルダイブをさせられている。
俺は例外だが、両親共に仕事が忙しく、産まれた直後にニューロリンカーを装着させられた。
両親曰く、俺は夜泣きなどはあまりしなかったそうなので、フルダイブはあまりしなかったそうだ。
結果、今の今までフルダイブをあまり使用していなく、俺自体、そこまでフルダイブが好きではない。
「……まあ、お前達とこうやっていられるんだから、ある意味、親には感謝しないとな」
「それに関しては同意だな」
今度は二人して苦笑する。昔は嫌なことも有ったが、俺も、多分ハタケヤマも、いや、ここに来ているバーストリンカー全員が、自分が不幸だとは感じていないだろう。
そう思うと再び、二人して顔から笑みがこぼれる。
すれ違った女子高生三人が、こちらを見ながら、微笑していたことに遅れて気づく。
「………………アイを探そうか」
「………………そうだな」
そのあと、フランクフルトを指の間いっぱいに詰め込み、レッツパーディ〜していたアイを捕獲し、俺達はカラト達と合流するのであった。
☆
横2m、縦70cmの水色の箱の前に鎮座する男が一人。男は、中に並々と注がれた真水の中を縦横無尽に駆け回る無数の陰の一つを、キッ、と睨み、右手に掲げた虫眼鏡の様な物———ポイ———を水面ギリギリに浸し、右から左にスライドさせた。
これで何回目だろうか。パシャッ、と小気味のいい音を立て、虫眼鏡の中央に張られた紙に救い上げられた陰は、水を注いだ椀の中にダイブする。
男は椀に入ったかを確かめもせず、次ぎの標的を探す。
———詰まる所、金魚すくいだ。
「…………兄ちゃん。これで何匹目だい……」
呆れ声にも聞こえる、年老いた店主の声にすら、<サトウ>は耳を傾けない。
「……凄いな……。まさか、サトウにこんな特技が有ったなんて………」
「………ああ、俺も知っていたが、去年見た時よりも上達している。あれでまだ、一回目だぜ……」
ほとんど見せ物と成ったこの屋台のこの光景を見て、若干引き気味である俺達。ヒメジマに関しては、一匹目を掬った頃からずっと複雑な表情をしている。
「まあ、姫島が一番ショックを受けてるんだろうなぁ」
「いつもの様子を見ているだけじゃあ、ああもマニアックなヤツだとは気づかんだろうよ」
「俺とカラトが知らないんだから、当たり前か………」
姫島はと言うと、顔を一度俯かせ、やがて、決心したのだろうか。一度頷き、ポソっと呟いた。
「………それでも好きだ……………!」
「何がだよ」
「あれはあれで、このメンバーの中である意味、一番バカだからなぁ」
「それに関しては、俺たち全員が当てはまるだろ」
サトウがもう一度、腕をスライドさせた。しかし、金魚は空中に掬いだされず、ポイの幕を突き破った。
俺達を含め、サトウの金魚すくいを見物しに来ていた客全員が肩から力を抜き、声を出す。
「あ〜あ。終わっちゃったな…………」
「おいサトウ。お前、一体何匹掬ったんだ…………?」
「え?…ああ、三十六匹だけど」
誰からと言う訳でもなく、拍手が巻き起こる。
サトウは、忙しい動きでぺこぺこと頭を下げる。
屋台の親父は、椀に入った金魚を全部でかい袋にいれ、パイプで酸素を送り込み、キツく口を縛ってサトウに渡してくれた。
「さてと、遊ぶだけ遊んだし、後はなんか食って帰るか」
「私たこ焼き食べたい!」
「はいはい。解りましたよ」
☆
「はぁ〜………。少し、はしゃぎ過ぎたか……」
「そうねぇ……疲れちゃったわ」
俺とヒメジマとサトウ。ラムネ便を片手に、溜まった疲れを癒すため、公園の脇のベンチに腰を掛けようとした時……
後頭部に雷鳴が轟いた。身体は黒い装甲に覆われ、現実の世界は跡形もなく崩れ去り、目の前に鉄で繋いだ英文字が広がる。小和田君はヴァカなので、英語が読めません!
「畜生……。めんどくさい時に吹っかけられたな……。ぱっぱと終わらせて休むか」
ステージは墓場ステージ。また嫌なのを引いたな…………。
毒々しい霧のせいでかすむ景色の向こう、一つの陰が朧げに浮かぶ。俺にデュエルを吹っかけて来たバーストリンカーとみて、間違いないだろう。アバターネームは<ダスク・テイカー>レベル5。
ダスク・テイカーはこちらに歩み寄り、霧の中から姿を現した。
顔全体を覆うバイザーメット。装甲全体が禍々しい宵闇(ダスク)色に覆われている。鉤爪にも見える鋭利な左手、右には触手型の強化外装を携えている。
「…まさか、一発でヒットするとは思いませんでしたよ。<バンシィ・ノルン>さん」
「なんだ。対戦ではなく、俺に用があるのか」
「ええ!とてもとても、大事な用事がありましてね」
一体なんだ?レベルがまだ3の俺に用事って。それとも、話に意識を集中させて、不意打ちをするつもりか……。
何はともあれ、どのようなことが起こるか解らない。右手に持った<ビーム・マグナム>を強く握り直す
「あなたの大事な物、頂きますよ。<黒獅>」
即座、赤く図太い光線が墓場ステージに漂う霧と、二人の間に流れる静寂を打ち破った。
ダスクテイカーは身を斜めに屈めそれを避けると、その姿勢を保ち、さながらクラウチングダッシュのごとく、こちらへ高速で走りよって来た。
「………………………!」
肉薄するダスク・テイカーを返り討ちにするべく、左腕の<アームド・アームズVN>で殴り掛かる。テイカーは、素早い身のこなしで俺の脇を抜け、背後に回り、鋭利な右手で斬りつけてくる。すかさずビーム・マグナムを脇下から覗かせ、テイカーの腹にぶち込む。
流石高速移動系のデュエルアバター。まともに攻撃を食らった身体は盛大に吹き飛び、体力ゲージが一割半ほど削れる。
「フフフ………。適当に場数は踏んでいると言うことですか……。これは少し、手こずりそうですね……」
「なんだか知らねえが、聴いている限り、長期戦は芳しくないみたいだな」
「おっと、これは少しおしゃべりが過ぎたか……な?まあ、十分必殺技ゲージも溜まったことですし、そろそろかな……」
「お前は…何を…………言っているんだ?」
「そうですね………………それは…………こう言うことですよッ!」
突如、テイカーの肩から垂れ下がる三本の触手がビュルッ!と突進して来た。横に飛び、二本は避けたが、残る一本がノルンの腕を捉える。しなる残りの触手が腰に巻き付き、ダスクテイカーへと吸い寄せられる。
「………あなたのそのアビリティ、頂きますよ」
ダスク・テイカーのアイレンズが禍々しく輝く。半分以上溜まっていたテイカーの必殺技ゲージが端まで減る。
———必殺技が放たれる!!
「<デモニック・コマンディア>」
「………………………!」
ダスク・テイカーの単眼式バイザーから、ノルンの顔に向けて宵闇色の光線が放たれる。
顔をそらすだけでは避けられる訳でもなく、光線をまともに食らう。しかし、どういうことか。体力ゲージが1mmたりとも減少しない。寄生、呪い系の必殺技か。
「…はい、ちゃんと頂きましたよ。………………ハハハ、これは運が良い。まさか一発で手に入るとは思いませんでしたよ」
「一体…………何を………」
唖然とする俺を放り投げ、テイカーはしばらく笑うのをやめなかった。
さっきから引っかかっていた疑問が再び頭の中をよぎる。
『あなたの大事な物、頂きますよ。<黒獅>』
「…………まさか………!!」
「おや、なかなか察しが良いですね………。ああ、気持ちがいい……!この略奪の快感は、何にも変えられない!」
「…き………さまァ……!!」
情報を確認せずとも、俺には解った!!
「か……えせェェェェェェェェェェ!!オレの………<NT-D>をををををををををを!!」
我を忘れ、テイカーに殴り掛かる!!
残り時間1500秒!これだけ有れば、コイツを徹底的にブチノメスことは可能!!対戦が終了次第、リアルのコイツを取っ捕まえ、直結対戦でコイツのバーストポイントが尽きるまで何度だって対戦してやる!!
「…………無粋ですねぇ。冷静さを失った人ほど、叩きのめしやすいことはない」
突進するオレの足を触手で掬い、墓石へと叩き付ける。続く動作で触手を伸縮させて、墓石を次々と破壊し、必殺技ゲージを溜める。
「さあ、使わせて頂きましょうか………………あなたのタカラモノを」
満タンに成ったゲージが端まで沈む。ダスク・テイカーの身体に、血管の様な模様が浮き出る。その現象が、何を意味するのか、使い手であったオレには見ずとも解った……………。
暗転。
☆
横に居た小和田君が、ラムネの瓶を落とした。ぽかんと口を開け、二秒経ったかと思うと、一目散に何処かへ駈けて行ってしまった。
「ちょっと!小和田君!?どこに行くの!?」
「何か有ったみたい!姫島さん!!追いかけよう!!」
「う、………うん!!」
佐藤君と、小和田君の後ろを追いかける。
頬を擦る空気と一緒に、小和田君の力の入ったつぶやきが、耳に入り込んでくる。
「……出現位置からして、出口近くだったが、走れば間に合うはずだ………!!……絶対にブチコロシてやるッ!!」
普段の彼からは聞き取れない、血の様にドス黒い声が小和田君の口から流れ出ていると考えると、背筋が寒くなった……。
「……………ッッッ!!!」
やがて小和田君は、視線を一点に集中させた。その先には、年下だろう。顔立ちの整った、女の子の様な顔をした男の子がいた。その子はこちらを一瞥し、微笑を浮かべると、背をこちらに向け、公園の出口へと走って行った。
「…………マァァァァァァテェェェェエエエエエエエエエッッッ!!!!」
どこからそんな力が出るのか……。小和田君は、今よりもっと速度を上げ、私たちと差をつけて行く。
やがて、公園の出口についたが、あの男の子の姿を捉えることは出来なかった。
立ち尽くした小和田君は、拳を強く握りしめ、歯を軋ませ、全身から負のオーラを散漫させている。
「絶対に見つけてやる…………!!…やられたらやり返す………………倍返しだッ!!」
「小和田君………………きゃ………っ」
小和田君の両拳から血が滴っている。佐藤君が小和田君の肩を揺さぶり、私は状況が並々成らぬことだと今更ながらに察する。
「落ち着いて六矢君。一体何が有ったんだ?」
佐藤君の甘い言葉を耳にした小和田君は、一気に脱力したかと思うと、泣き崩れた。
「…………オレの………力を……アイツに盗られた!!」
小和田君は、一通り泣き終わると、そのあとはいつもの通りに振る舞っていた。あの数秒の内に彼の身に何が有ったか、日を改めて知らされたとき、私たちは絶句することしか出来なかった。
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