ポケットモンスターCLEAR   作:マンボー

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四十五話『vsタマザラシ 浅瀬の出会い』

 

 

『アンタにとってそのクリアって男は何なんだい?』

 

 ミナモシティで問いかけられたその言葉、カガリと名乗った女性から告げられたその問いに、一日経った今でも彼女は心を揺らいでいた。

 麦藁帽子がトレードマークの、その下に隠された長い金髪のポニーテールの少女、イエロー。カントートキワ出身の少女である。

 昨日ミナモシティで度々出会ったカガリという名の女性から言われ、イエローは心此処に有らずといった感じに口数少なくずっと考えていた。

 今隣に立つ少年の事を、クリアという"友人"の事を――。

 

「どうしたよイエロー、昨日からずっと変だぜ?」

「……ううん、何でも無い」

 

 不審そうに問いかけて来る少年に素っ気無く答え、水平線へと目を向けたまま彼女はこれまでの彼との出来事を再確認する様に思い出す。

 

 かつての四天王事件、恩人であり憧れの存在"レッド"を捜索する際に共に旅立った少年、それが彼女にとっての"クリア"という少年だった。

 彼女が持ったクリアという少年への第一印象は最悪のものだった、口が悪く、何をしでかすか分からない不安定な存在、その事から当時の彼女は僅かながらもはっきりとした苦手意識を彼に感じていた。

 ――しかし、突如として現れた四天王カンナ襲撃の折、彼女達を逃がす為の作戦で一人重傷を負った彼の姿に、彼女はその考えを改める事となる。

 

 ただ不器用なだけの根は優しい少年、彼が死んだと四天王ワタルから聞かされた時は心の底から悲しみが溢れたものだった。

 

 それからまるでヒーローの様に再び彼女の前に現れ救った彼は、どこか憑き物が落ちた様に清清しい顔をしていた事を彼女は今でも覚えている。

 まるで"別人"の様にすら感じた、それでいて懐かしい感覚――。

 そうして決戦の地、スオウ島までの旅路をまた共に歩き、ワタルとの決戦時には迷い挫けそうになりながらも二人力を合わせ放った最大級の電撃で一連の事件を終着へと導いた。

 それが彼等の最初の旅の終着点、一時の平穏が訪れる事となる。

 

 ――だが次に目を覚ました時、彼女の隣にいたのはこれまで共に旅したクリアでは無く、彼女の恩人であり憧れの人レッドだった。

 幼き日に救って貰い、大事な事を教わった恩人の存在は確かにイエローに一定の幸福感を与えるものだったが、同時にクリアがいない寂しさも心の内には確かにあった。

 共にいた時間はそう長いものでは無かったが、共に強敵と戦った彼と彼女の培った絆は確かに本物だった。

 それからの日々の毎日は、きっとどこかで元気にしているのだろうクリアを心中心配する日々、表には極力出さずとも、レッド失踪騒動のすぐ後という事もあり不安な気持ちが消えた日等無かった。

 ――だからこそ、ラジオから唐突に彼の声が流れ出た時には珍しく静かに激昂したのだろうが。

 

 ジョウトに渡ってからは毎日があっという間だった。

 クリア捜索を続けながらも、仮面の男事件の裏側を駆ける日々、潜水ポケモン"ルギア"との遭遇時に久方ぶりに邂逅を果たしていたと知った時は目を丸くして驚き、そして僅かに頬を染めたものだ。

 そして仮面の男事件終盤、とうとう再会を果たした二人だったがその時は再会を喜んでいる場合でも無く、その時の彼女は再会した彼を見送る事しか出来なかった。

 強大な力を持つ敵を前にし単身、"時間の狭間"へと乗り込んでいくクリア、彼女はそんな彼に自身の麦藁帽子を託し、隠していた真実も同時に打ち明けた。

 

 本当は行ってほしくは無かった、それでも向かうというのならまた一緒に臨みたかった、そんな感情を押し込めて、彼女は"時間の狭間"へと飛び込む少年を見送る事しか出来なかった。

 

 ――そうして全てが終わった後、最初こそ戸惑っていた彼だったが、だが結局は彼等は元の鞘へと戻った。元の――仲の良い"友人"同士という関係に。

 

 

 

(あの時は、何も思わなかった……けど)

 

 カガリの言葉が彼女を惑わせる。隣に立って大海原を望む少年を強く意識させる。

 

(ボクは、一体クリアの事をどう思ってるんだろう……)

 

 今はまだ答えは出ないまま、少女の悩みはしばらくの間は尽きそうに無かった。

 

 

 

 

 

 

 

(……気まずい)

 

 朝焼けの中、船の上から手すりに腕を当て頬杖を立てる少年は密かにそう感じていた。

 当然だ、今彼等はトクサネシティ周辺の海"125番水道"で朝早くから"ホエルコウォッチング"というツアーの真っ最中の身だ。つい先程までの彼の未来予想図では今頃、隣の少女イエローと何時もの様に二人その光景を楽しんでいるはずだった。

 ――だが結果、イエローは何か悩むように考え込み黙り込んだままである。それも昨日からずっとだ。

 そしてその状況が何を生み出すのか、答えは静寂、周囲には数人の人々が感動の言葉を漏らすが此方はどこか重たい空気が周囲を包んで、ただ一心不乱に見飽きる程にホエルコを見続けるだけの時間。

 決して楽しいとは言えない状況の中、クリアは心中でのみ吐露していく。

 

(つーか何でイエロー(この子)はこんなにも無口な訳なんだ、俺何かしたか? 聞いても何でも無いとしか言わないし)

 

 誰よりも熱心にホエルコに熱中する、熱中する事しかやる事が無い少年はそこで横目に隣の少女へと目をやる。

 どう見ても眺める程度にも見ていないイエロー、少し間隔を空けて立つ彼女には気づかれない程小さく、そしてクリアはが漏らして、

 

(こんなんじゃ、せっかく見つけたツアーも意味無ぇよな……む?)

 

 そう思った所で、海の向こう、海上でポカリと空いた洞穴の前で一つの動く影を見つけた。

 せわしなく動く小さな物体、よくよく目を凝らして手に持ったレンタルの双眼鏡でその場所を凝視する。

 

「あれは……タマザラシか?」

 

 彼の言葉通り、見えたのは一匹の小さなタマザラシだった。

 恐らくまだ幼年期なのだろう、唯でさえ小ぶりなサイズの丸まった体系が更に小さくなっており、他のツアー客達はホエルコのみに集中しその存在には気づかない。

 その一匹はイエローの事で注意が散漫していたクリアだからこそ気づけた様なもの、それからクリアはホエルコから視点を切り替え、双眼鏡の先のタマザラシにしばらく注目していたのだが、

 

「……悪いイエロー、ちょっと俺行ってくるわ」

「え、うん……え? クリア?」

 

 一度の肯定を聞いてクリアは手すりを乗り越え海に向かって体重を移動する、そんな彼に咄嗟に手を差し伸べようとするイエローだったが、

 

『アンタはそのクリアって男の事が好きなんだろ?』

 

 クリアへと手を伸ばそうとした瞬間、不意に思い出されたカガリの言葉に、イエローはその手を自ら引っ込める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 浅瀬の洞穴、125番水道に存在する自然物、その内部は満潮時と干潮時で水量が変わる天然のダンジョン。

 そんな洞穴内部、浅く濡れた足場を一人の男性が歩を進めていた。それは特徴的なスキンヘッドの頭に、上は黒と白の横縞模様、下は青のズボンといった風貌の男性。

 

「四つ目……これで最後」

 

 ホウエン地方悪の組織の一つ、陸地を増やす事を信条とするマグマ団とは対となる存在でもある、海を広げる事を思想とするアクア団――その幹部、SSS(スリーエス)の一人、シズクは誰とも言わず呟いた。

 今彼が手に取ったのは浅瀬の貝殻というこの洞穴で満潮時のみに入手出来るアイテム、同じく干潮時のみ入手出きる浅瀬の塩と四つずつ集める事で"貝殻の鈴"へと変貌させる事が出来るアイテム群だ。

 なので当然、彼シズクがこの場に来た目的はこの貝殻の鈴であり、その為の必要素材も今しがた集め終わったばかりである。

 来るべき決戦、彼等の目的である伝説の超古代ポケモン"カイオーガ"、そのポケモンが復活した時、邪魔となる反抗勢力に対抗する為、彼はその貝殻の鈴というアイテムを作成しようとしているのだ。

 それは恐らくマグマ団だったり、ホウエン地方のジムリーダーだったり、はたまた全く別の未知の勢力かもしれない。

 何にしても準備は怠らずにやっておいて損は無い――なので彼は、この朝方、まだ日が昇って間もない時間を狙いこの場所へやって来ていたのだった。

 

 

 

「さて、では用事も終わった事ですしこれで……」

 

 出入り口へと続く水道、其方へと目を向けた瞬間言いかけた言葉を止めた。理由は単純、彼の眼に一匹の幼いタマザラシが飛び込んで来たからだ。

 丸い身体は必死に動かし、不器用なりに全速力で海水を掻き分けるタマザラシだったが、元々タマザラシはあまり泳ぎが得意なポケモンでは無い、むしろ転がった方が速いとまで言われるポケモンだ、その速さは矢張りといった所か人並みの速さしか出ていない。

 そしてそんなタマザラシに数秒間目を奪われていたシズクだったが、気づくとタマザラシはシズクの方へ全力で泳ぎに来ていた――恐らくシズクの姿がタマザラシの目にも映ったのだろう、彼の前まで泳いでくるとタマザラシは、少しの躊躇の後勢い良く丸くて青い球体は彼の下へと飛び込んで来る。

 

「なっ!?」

 

 突然の事に驚きの声を出しながら、飛び込んで来たタマザラシから躊躇い無く逃れるシズク、そして空を切って浅瀬の上に不時着するタマザラシ。

 だが彼が避けるのも無理は無い、おおよそ平均で約四十キロは体重のあるタマザラシだ、そんな重量級の物体が飛び込んでくれば、人なら誰でも避けるに決まっている。

 薄く水の張った岩の足場に激突して涙目を浮かべた野生のタマザラシだが、そんな事はシズクの知る所では無い。

 

「野生のタマザラシですか、だが一体どうして……いや、原因はあれか」

 

 一瞬疑問符を浮かべたシズクだったが答えはすぐに分かった。

 先程タマザラシが通ったルート、そこから無数の黒い尾ひれが見えたからだ。

 そしてその黒い尾の群を見た瞬間、シズクの影に隠れるタマザラシ、その様子から大体の見当はついたのだろう、そう言ってシズクは徐に三つのモンスターボールを取り出すと、

 

「サメハダーの群れ、大方このタマザラシを狙って来たんでしょうが……バルビート"シグナルビーム"!」

 

 ポケモン"バルビート"、蛍の様な赤色の虫ポケモン、シズクはそれらバルビート達を一気に三匹繰り出し、かつ同時に命令も手早く下す。

 直後、シズクの予想通り水面から飛び出してくる三匹のサメハダー、海のギャングと呼ばれ畏れられる極めて凶暴な性格のポケモンだが、残念ながら野生のサメハダーとシズクのバルビートでは実力の差に開きがある。

 これでも悪の組織の幹部なのだ、そんなシズクのバルビートが弱いはずも無く、三匹一斉に発射された三つの"シグナルビーム"が三匹のサメハダーを各個撃退、勝負は一瞬で決まったのだった。

 

 

 

 結果的に、野生のタマザラシを助ける事になったシズクだったが、しかしそれはあくまで結果論、成行きに過ぎない。

 今の状況ではタマザラシだけで無く、シズク自身もサメハダーに襲われる危険性も――否現に襲われていたのだ、だから撃退した。

 ただそれだけの事で、彼にこのタマザラシを助けるつもり等毛頭無かったのだが、

 

「……何なんですか一体」

 

 ピョコピョコと彼の周囲で飛び跳ね、手を叩くタマザラシの姿に、シズクは怪訝な顔で呟く。

 先程のサメハダーが去った事でこのタマザラシの危機も完全に消えたと言える、故にシズクもこれで目の前のタマザラシは早々と海に帰っていくばかりだと思っていた。

 ――のだが、目の前のタマザラシは何やら歓喜の感情を身体全体で表現するばかり、その様子から一目で、このタマザラシが自身に懐いていると容易に感じ取る事が出来る。

 無論シズクもすぐに目の前のタマザラシからその事を察し、観察する様にタマザラシを見つめるが、

 

(どうやら我々の作戦では、役立ちそうにありませんね)

 

 どんなに懐いていても所詮そのタマザラシはまだ生まれたばかりらしき身体も小さな幼体、お世辞にも戦闘等で役立つとは思えない。

 故にシズクは、冷徹にそう判断を下し目の前のタマザラシに背を向けた。

 彼のそんな突き放す様な態度にも意味を見出せないのか小首をかしげるタマザラシ、そんな一匹の水ポケモンには目もくれず、彼は再び歩き出そうとした。

 ――その時だった。

 

「ようやく追いついた、大丈夫だったかタマザラシ……って、あれ?」

 

 痛々しい程の生傷が目立つ厳つい風貌のドククラゲ、そのドククラゲに乗ったこれまた目つきの悪い少年の声が彼等の耳へと届く。

 

 

 

 

 

 

 

 

「何やら追われてる風だったから来て見れば、なんだもう終わってるのか……貴方がそのタマザラシ助けてくれたの?」

「……まぁ結果的にはそうですが……君は?」

「俺はクリアと言います。ちょっとそこのホエルコウォッチングのツアーでこのタマザラシを見かけて、ここまで追ってきたって訳です。何にしても大事にならなくて良かったなお前」

 

 そう言って、平均的な個体よりもまだ一回り程小さなタマザラシの頭を撫でるクリアと名乗る少年。

 彼の言った通り、船上で彼はタマザラシを発見、したまでは良かったのだが直後にその付近に三つの黒い尾ひれ――サメハダーの尾ひれを見つけたのだ。

 放っておけばまだ小さなタマザラシでは太刀打ち出来ないだろう、それを見越して、見逃す事が出来なかったクリアはイエローに一言告げて、こうして態々浅瀬の洞穴までやって来たのである。

 

 だが結果来て見れば、タマザラシは先に洞穴に入っていた目の前のスキンヘッドの男に助け出され無事だった。その事に一安心しつつ、目の前の男の評価を鰻上りに上昇させる。

 見た目悪人風な面構えだが、タマザラシを救った事実もあり、そしてクリア自身人を見た目で判断してはいけない事を自分の身の事もあってよく知っている、だから彼は目の前の男を、アクア団幹部のシズクを"善人"だと判断したのだった。

 

 

 

「っと、そう言えばまだ貴方の名前を……ってあれ?」

 

 タマザラシから目を離してそう言い掛けるも、またしても疑問符を浮かべるクリア、そして目の前に広がる何も無い空間。

 気づけば先程まで目の前にいた男は影も形も無くなったいたのである。

 その事に気づいて、少しの間の後クリアは、

 

「……なんだもう行っちまったのか、せっかく似た境遇の人と出会えたと思ったのに」

 

 本当にそこにいたのか疑問に思える程綺麗にいなくなっていたシズクという男、彼の名すら知らないクリアは一瞬それが自分の見た夢幻覚だと錯覚しそうになるが、だが次の瞬間にそれは間違いだと分かる。

 

「何だよお前、もしかしてさっきの人を探してるのか?」

 

 それは水色の丸みを帯びた水ポケモン、野生のタマザラシがシズクの事を必死に探していたからである。

 辺りをしきりに見回し、シズクの気配を辿るタマザラシ、彼はそのまま浅い海水に身を浸しながらまだ残るシズクの僅かな匂いを辿って、最後には大海原を一望した。

 洞穴から出て太陽の下、後に続く様にクリアも外に出てきて、

 

「もうどこかに行っちまってるし、どっちにしろもう追えないだろうよ」

 

 呟く。呟いて、続いて流し目でタマザラシを見て、そしてクリアは明らかに落ち込んでいるタマザラシに対し言う。

 

「お前、さっきの人の事追いたいか?……だったらもし良かったら俺と一緒に来なよ、旅の道すがらまたさっきの悪人顔の人にも会えるかもしれないからさ」

 

 微笑を浮かべながらそう言ったかれの言葉に、そして元野生のタマザラシとなったそのポケモンは、彼の取り出したモンスターボールに飛びつき彼の言葉に答えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 小さく見える浅瀬の洞穴、クリアという少年が"なみのり"して行ったその方面を眺めながら、イエローは小さくため息を吐く。

 何やら急ぎの様子で唐突に船から飛び降りたクリア、その時何故か彼に触れる事が出来なかった自分に若干の驚愕を感じて、彼女は迷う心を先程よりも更に広げていた。

 

 クリアを思う自身の気持ち、その感情の正体について昨日からひたすらに考えるイエローだったが、矢張りその答えは中々見つかる様子を見せない。

 その所為で先程の出来事、飛び出すクリアを止める事も、そんな彼についていく事も出来なかった。

 更にもう一つ、最も重要な事。

 

(駄目だよね、クリアに気をつかわせちゃってるままじゃ)

 

 彼女自身、クリアの微妙な変化には気づいていた。

 彼が思い悩むイエローの事を案じて、このツアー中も時折心配そうに言葉を掛けてくれていた事――そんな事、イエロー自身も先程から気づいていた。

 気づいていながら、それでもまともに取り合う事が出来ず、結果クリアに気を使わせる形となっていたのだ。

 

「……チュチュ?」

 

 物思いに耽りながら波間に視線を落としていると、不意に外に出してある彼女のピカチュウである"チュチュ"が彼女の服の袖を引っ張っていた。

 どうやらイエローの手持ちの彼女(チュチュ)には彼女の心の変化が伝わったらしい、頭を差し出して"トキワの森の力"で感情を読み取る様催促して来る。

 そんなチュチュの行動に疑問を浮かべながらも、イエローは誘われるがままチュチュの頭へと手を翳し、そしてチュチュの気持ちを読み取った。

 

 そうしてそこに見えたのは一匹のピカチュウ、クリアの"P"では無いレッドの"ピカ"の姿――ピカがレッドと共に戦う姿、チュチュと何かを話す姿、そして何よりも頼り強くチュチュの前に立つ姿。

 それはチュチュがイエローに伝える彼女の気持ち、レッドの"ピカ"と人間で言う"恋人関係"の様な彼女が持つ、ピカへの気持ちの全てだった。

 

「うん、チュチュはピカの強くて便りになる所が好きなんだね」

 

 そう言ったイエローの言葉に、チュチュは恥ずかしそうに顔に両手を当てながら頷き答える。

 そして続けて、

 

「……え? チュチュは、ボクがレッドさんの事を好きなんだと思ってたの!?」

 

 チュチュの感じた心の声をそのまま代弁し、驚くイエロー、そんな彼女にチュチュは同意に意を示す。

 確かに、カントーにいる間は彼女(イエロー)とレッドは良く頻繁に会っている。マサラとトキワという互いの家の距離が近いという事もあり、また相談相手としてトキワの森で一緒にいる事も事実多かった。

 だがそれは、彼女にとって"レッド"とは初めてのポケモン捕獲を手伝って貰い、更にトキワの森を利用しようとしたロケット団、その組織を壊滅に追いやってくれた一人の恩人で、そして同時に尊敬する人、という意味合いが強く、その様な浮いた感情を強く感じた事は無かった。

 尤もそれは今彼女が思い出すレッドへの印象であり、もっと幼き頃、初めて会った時にどう思ったのかかは彼女自身、もうあまりよくは覚えてはいないのだが。

 

「……そうだね、多分、好きになっていたんだと思う」

 

 それでも矢張り彼女にとってレッドとは特別な人間の一人。そこは揺らぐ変わる事は無い。

 レッドが失踪したと聞いた時は本気で心配し、そして彼の為に何かをしたいと思った。ブルーからレッドを"助ける力"があると言われた時は彼女も純粋に嬉しかった。だから彼女は危険な旅と分かっていながら勇み足で出かける事が出来た。

 

 そしてそれは、クリアという少年もまた同じで――。

 

「でもボクはクリアと出会って、初めて同じ立ち位置の男の子と一緒に戦ったんだ」

 

 同世代らしく、また(クリア)も一度レッドに救われた事があると言う。

 そして旅の中、救い、救われ、誰に対しても敬語を使う彼女が敬語を外して話せる数少ない友人、そんな人物にいつの間にか彼女は、普通の友人以上の存在価値を見出していた。

 

「だからボクにとってクリアもまた、特別な人なんだよ」

 

 そう言ったイエローの言葉に、チュチュもようやく答えが見えた様だ。

 ――もしかしたら、クリアと出会わず日々を過ごしていたらレッドへの憧れの形は、兄へと向かうそれでは無くなっていたのかもれしない。

 それがイエローが出した一つの答え。

 

 憧れの存在であるレッドと、親友の様な存在のクリア、両者共彼女の危機を救った人物で似てる様で両極端な彼等だが――しかしそのどちらにも全く同じ共通項が存在していた。

 

「……あぁそうか、きっとボクは……」

「おーいイエローやーい!」

 

 その時だった、ぼんやりと虚空を見つめるイエローの耳に最早聞きなれた少年の声が響いた。

 先程までの悩みの種となっていた少年、その人物の声は船の下、海水面から発せられておりイエローと、同時にチュチュも下方向へと視点をシフトする。

 

 

 

「おーいイエロー、見てみろよー、拾ったー!」

 

 まるで捨てられた犬猫を拾ってきたかの様な言い方で、レヴィの触手と同時に持ち上げたタマザラシをイエローに見せつけながらクリアは言った。

 笑いながら、その笑顔の裏に隠された彼女を元気付けようとする意図――"ポケモンが大好き"な彼女に送るささやかで精一杯の贈り物。

 その姿を見て、そしてイエローもまた微笑を浮かべ、そしてその微笑をすぐに広げて、

 

「うん、凄く……可愛いポケモンだね、クリア!」

 

 陽だまりの様な笑顔で、彼女も笑って彼に答えるのだった。

 

 

 

(まだこの気持ちがカガリさんやブルーさんの言う"好き"の気持ちかは分からない……だけど)

 

 レッドとクリア、彼等が持つ絶対的な共通項、それは一重に、"ポケモンの事が大好き"という事。

 ポケモンとの関係の大切さ、友達だと教えてくれたレッドと、ポケモンの為なら捨て身にだってなって彼女を余計に心配させるクリア。

 どちらも彼女と同じくポケモンが好きで好きでたまらない人種、そして彼女もまた彼等と同じ様にポケモン達の事が好きでたまらない。

 ――だからこそ、

 

「だけどボクはそんなレッドさんが、ポケモンの事が大好きなクリアの事が好きなんだと思う」

 

 だからこそ、彼女はそう結論付けた。

 チュチュの頼り強いピカを思う気持ち、それと同じ様にイエローもまたポケモンが大好きな人間が大好きなのだ。

 その好きのベクトルはまだまだ定まっていないが、だがその感情は嘘じゃない。

 だから彼女は、次にカガリに会った時、胸を張って言えるはずだろう。

 

 クリアの事が好きな気持ちを、否定等せず堂々とした態度で――。

 

 




後もう少しでホウエン編の前半部分は終了し、後半戦に突入です。多分転換部分は割りと分かりやすいと思います。

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