今日映画観に行こうと思ってたんですが、お金がギリギリになってしまい行けなくなってしまった。残念orz
ではどうぞ
“ザァァァァァ”
雨が降っている。
雨は一定の音を出しながら止むことなく降り注ぎ、私の身体を濡らす。
“ザァ―ァ――”
それでも私はただ下を向いて歩き続ける。
“ザ―、――ァ、――ザァッ”
私にはノイズのように途切れ途切れに聞こえて、けど瞳からこぼれるものと一緒に心にある痛みも洗い流してくれると思いそのまま身をさらす。
“ザ――、ザッ――ァ―、ザザ――”
でも涙は洗い流しても痛みは流れず、逆に激しく脈打つ
「……っあ!?」
思わずドシャッと顔から倒れてしまう。起き上がろうにも手になかなか力が入らない。
「う、くっ、はぁ、はぁ……」
力を振り絞って膝立ちになったが、勢いで靴も履かずに裸足で出てきてしまったため足が限界だった。
「……う、っぅぁぁぁあぁあぁぁあっ!!」
すると何かが決壊したように今まで我慢していた痛みに耐え切れず泣き声を上げてしまった。
≪九鬼紋白(もんしろ)≫
それが優しくて暖かくて、亡くしてしまった母からもらった名前だった。
母は病弱ながらいつも穏やかで、子供の私がやんちゃをしても優しく許してくれた。そんな母だからこそ私も大好きで、母のために買い物やお手伝いをしたりといろいろと駆け回った。貧乏でも楽しく、暖かい生活だった。
しかしそんな母との生活は、母の身体に住む病気によって母ごと壊されてしまった。
咳が止まらない母のために医者を呼ぼうとしたが、母自身に一緒にいて欲しいと言われ手を繋ぎながら最期まで話した。最期に笑って欲しいと言われたが、涙で濡れる私は笑えていただろうか? わからないが母は最期に笑いながら私に形見を渡し眠ってしまった。
その後に母に言われていた通り、未だ会ったことのない父の所を訪ねた。母は父のことを「忙しい人だから」と苦笑しながら言っていた。今思えば会わせるべきではないと考えていたのかもしれない。
たどり着いたのはあの有名な≪九鬼財閥≫の会社だった。始めはここで働いているのかと息を呑んだが実際はそれ以上のものだった。今にして思えば自分の名字で気付くべきだった。
通されたのは社長室。そこにいたのはなんと九鬼財閥の総帥で、そして自分の父親だと名乗る≪九鬼帝≫だった。思わず固まってしまった私に父は軽い感じで衝撃の言葉を伝えたのだ。なんと私は本妻とは別の子供、つまりは父の浮気によってできた子供だったのだ。
とは言っても当時幼かった私にはよくわからず、また父もそんなことは気にせず自分の子供として扱ってくれると言ったので深くは考えていなかった。その場は父の話によって流されるように頷いてしまったが、新しい兄と姉、そして母に会わされてからようやく実感できたのだろう。兄≪英雄(ひでお)≫と姉≪揚羽(あげは)≫は妹ができるのが嬉しいのか快く引き入れてくれて、新しい母≪局(つぼね)≫は言葉は少なかったけど受け入れると言ってくれた。母がいなくなってしまった私にとっては新しい希望だったのかもしれない。
新しい家族になれるために、そして新しい家族に認めてもらうためにも頑張らなくてはならない。≪九鬼≫という名はそれほど大きいものだった。そのためにも勉学に励み、あまり得意ではない武術を学び、賞や功績を必死に求めた。
――しかし現実はそう甘くなかった。いくら賢くなっても、いくら強くなっても、いくら賞をとっても何故か母は笑わず、心から受け入れてもらえなかった。兄や姉からはお前は頑張っている、照れているだけだと言っていたが私にはどうしても思えなかった。父の方は本当に忙しいようで、あれ以来なかなか会うことがなかった。
どうすれば母に認めてもらえるのか。そう考えながら廊下を歩いていると従者達の話が聞こえた。いや聞いてしまったのだ。新しい母は浮気相手の私の母を認めていない。そしてそれは娘の私にも言えること。いや母だけではない。親戚や九鬼財閥の重臣達まで九鬼のスキャンダルになるのを恐れている、汚い血が混じるのは嫌だと噂していた。だからいくら頑張っても無駄だ、と。
それを聞いた私はいつの間にか走りだしていた。どこへ行くかも、何をするかも考えずに頭が真っ白のままただただ走った。履いていた屋敷のスリッパも脱ぎ捨て裸足で駆けていた。外が雨だと知ったのは九鬼邸から出てしばらくだった。
「っう、あぁあ、あ……」
何故、どうして。子供の私には未だわからず疑問だけが溢れてくる。
いつの間にか広い空き地のような場所で泣いていた。雨も涙も収まる気配はせず、吐き出すように声をあげるしかなかった。
今さらになって母がいなくなったことを心で自覚するがもうどうすることもできない。ただただ冷えていく心と身体を、現実から夢へと離れていく意識の中で自分が何者なのかと堕ちていくだけだった。
だからこそ願った。
母と過ごした日を。楽しかったあの時を。やすらぎをくれるあの暖かさを。自分を証明してくれるモノを!!
だが……母は戻らない。もう眠ってしまったのだから。
だけど――
「おかぁ、さん……」
呟いた言葉を消し去るように雷鳴が轟く。近くに落ちたのか大きく鳴り響き、思わず顔を手で覆いしゃがんでしまう。雷はまだ怖い。母がいた時はよく抱いてもらって安心していたが、その体温をもう感じることができないことを思い出しただ震えていることしかできなかった。
「……?」
と、そこで気付く。音がない。冷たく濡らす雨がやんでいる。そして何故か前が明るいのだ。近くに街灯はなかったはず……。
不思議に思いながらも顔を上げた。
するとそこには――
――オォォォオオンッッ
長い身体に蛇のような鱗。
威圧感を感じる二本角。
神秘的な美しさや偉大さを感じさせる長い髭や鬣(たてがみ)。
そして澄んだ赤い瞳がこちらをのぞいていた。
それはまさに≪龍≫であった。
中国の神話で出てくるような≪龍≫が天高くから長い身体を幾重にも曲げこちらを見ていた。手は小さくも生え、尻尾は果てない空の上にある雲の渦で途切れて見えない。
声も出せずに尻餅をついて見上げるが、そこでまた驚くことがあった。空がないのだ。降っていた雨粒も、日を覆い隠していた雲も、その太陽さえもない真っ暗な空だった。あるのは≪龍≫が現れた雲の渦だけ。
まるで時が止まってしまったようだ。
しかし不思議なことに世界を闇が覆ったわけでもない。現に遠くに見えるビルも、近くにある家も、座り込んでいる地面さえも先程と同じような明るさで認識できる。
それに怖いわけではない。確かに尻餅をついてしまったがそれは驚いてしまったからだ。
自分でも何故怖くないのかわからない。ただ瞳から伝わる暖かさが、いやそれ以上の“力”が私の心と繋がった気がした。
――願いを
「……え?」
≪龍≫が口を動かし喋ったと思ったら、頭に直接響いてきた。普通なら喋ったことにビックリするがその時の私はただその大きい“力”に圧倒され、すごいとしか感じていなかった。
――願いを、言え
再び問いかけてくる≪龍≫。そこでハッと我に返った私は心にある思いをそのままこぼした。――その時の私は何故か「母を生き返らせて欲しい」や「新しい母に認めてもらいたい」等といった考えは浮かばなかった。そもそも叶うはずもないことを、それも正体のわからない相手に言うのは普通は馬鹿馬鹿しく思う。だがこの≪龍≫相手には何故か素直に口からこぼれた。それに問われているのは、見られているのは頭にある考えではない。自身の根源、心にある純粋な“願い”を問われているのだと。
「っわ、たしの。私の“願い”はッッ!! 私に暖かさをくれるものを!! 痛みを共有してくれる友を!! 認めてくれる家族を!!
――そばにいてくれる人が……欲しいッ……」
最後は呟くようになりながらも、全ての思いを声に乗せて叫んだ。心の底にあった思いが、水晶球のようにコロコロと転がり出た気がした。
――了解した
そう言って≪龍≫は赤い瞳を光らせ天に嘶く。大きく響く声に思わずまた耳を塞いでしまいそうになるが、それよりもはやくにそれは起きた。
天から星が降ってきた。一つ、二つ三つ、四つ五つ六つ、そして七つと降ってきて≪龍≫の前で円を描くように回る。
よく見るとそれらはオレンジ色の水晶球だった。どこか神秘的で芸術的なそれらはどんな宝石や真珠よりも綺麗で、美しくて、そして力強かった。中には赤い星があり、それぞれの球には一~七個の星が入っていた。
やがてそれらは共に輝き合う。眩い光に包まれ直視することができずに腕で顔を覆う。やがて光が治まったようで、腕を下げてまた見上げる。
すると――
「あっ……」
――少年が一人、そこに現れた。上が空色、下が黄色の見たことがないシンプルな胴着を白い帯で結んでいる。手首にピンクのリストバンドをはめ、靴は動きやすいブーツという印象を受けた。歳は自分と同じくらいだろうか? 癖毛がありそうな黒い髪はあっちこっちにはねていて、顔は穏やかに眠っていた。何故かその顔を見ただけで暖かい気持ちが胸に宿った。横には赤い棒が共に存在しているが、おそらく少年の物なのだろう。七つの球は消え、代わりに暖かい光に包まれたその少年はゆっくりと私の前に降りてきた。
――願いは叶えた
「え?」
呆然としていた私に≪龍≫は再び言う。
――ではさらばだ
≪龍≫は言った瞬間にはその姿を光に変え空に向かって行く。それが彼方へ見えなくなった時にはパッと闇が晴れ、曇っていた雲は消え去り満点の青空がもどっていた。
しばらくまた呆然としていた私だが改めて少年を見ていた。
(これが、この人が私の……願い?)
少年を観察していてふと気付き、驚いた。
何と周りに花が咲いていたのだ。少年を受け止めるように、祝福するように少年の周りで咲いている花。だがここはただの空き地。それに自分が来た時には花はなく水溜りのできた砂地だけだった。
おそるおそる近付いてみるがやはりそこには花以外違和感はない。
「……わっ!!?」
花に一歩踏み込んだとたん、ぶわっと少年から力強い生命の力を感じた。いや姉達が言う“気”と言うものかもしれない。太陽を直接見たらこんななのだろうか? そう思わせるほどの大きい力だった。しかしそれも一瞬。そこにはただ自分と同じくらいの歳の少年が嬉しそうに笑って寝ていた。
今までは夢だったのではないだろうか? そう思ってしまうが、花の中でのんきに眠っている少年を見て現実だと教えられる。
「っん、へへへ~。もう食えねぇぞぉ~」
当の本人は今までの出来事に気付くことなく夢を見ているようだ。その寝顔を見ていると何故か引き込まれそうになり、気付いたら指でその頬をつついていた。
「んっ、ぅ、んふぇふぇ~」
「おぉっ!」
想像以上にやわらかい! 少年は気付く様子がない。しばらく癖になりそうな頬をつついていたが……。
「ハッ!? 私は何を?」
「ぅうん~。んっ?」
自分でもわからずにつついていたようだ。知らない少年に何てことを!! 我に返った時には恥ずかしさで頬を熱くした。
その時ちょうど少年も気がついたようで、何度か目を擦ってから周りを見た。驚いて数歩さがってしまい、それに少年は気付きこちらを見てきた。
今まで閉じられていて見れなかった目には純粋な黒い宝玉があった。
その瞳に見惚れている私に、彼は笑いながら手を上げ言った。
「オッス! オラ悟空!」
感想はのちのち返します。
感想、誤字、アドバイスあればよろしくお願いします。
修正しました。