真剣でオラに恋すんの?GT   作:縦横夢人

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また一ヶ月かかるかなぁ~と言ったな。
……あれは嘘だ!!


第15話

 

「うっし、これで半分はいったかな」

 

「うむ、速く次へ向かうぞ!!」

 

 もちろん先の少年の正体は孫悟空その人であり、銀白の羽はその背に乗る九鬼紋白の髪であったのだが。

 悟空が瞬間移動でタワーに取り残されている人たちの下へと跳ぼうとした刹那、紋白はその背に飛びついて一緒に跳んでいたのである。

 

 悟空の瞬間移動は跳ぶ前にその相手の気を感じ取らなければならない。その為一瞬とはいえ周りから意識を放してしまうのだ。もちろん悟空にとって隙とはいえ無い隙だが、それは身内から、しかも近くにいる者の気など脅威とは感じていなかったので油断していたとしかいえない。まぁ紋白がそういうことをするとも考えていなかったのもあるだろう。

 

 その為紋白も助けた人達と一緒に送り返そうとしたのだが、「お主、道がわかるのか?」の一言で一発承諾である。確かにいくら瞬間移動があるといっても人の気配がある先がどんな場所になっているかもわからないし、瞬間移動は便利だが気の消耗が舞空術よりも多いのは確かだ――悟空にとってはそれも些細な問題である――が、知らない紋白にとっては倒れたら元も子もないと心配の目線を送ってくるので渋々それに従った。

 

 それに瞬間移動はそれこそ一瞬だが、気を探すことには時間も必要であり、近くにいるのなら真っ直ぐ突っ切った方がいい場合もある。

 

 まぁ先ほど救出した少女のように道が岩で塞がれしまっている場合等は、岩や壁を壊してしまうとその先にいる少女にもケガをさせかねなかず、またタワーの崩落を加速させてしまうかもしれないので瞬間移動を使ったのだ。開けた空間があるのは彼女の気が一定の距離をあちこちと彷徨っていたのでわかった。――当の本人は知らず「にょわ~!?誰か~!?」とヘタレてパニックっていたのだが、そのおかげで助かっているので運の良い少女だ。流石は未来のヘタレ女王である。

 

 話がそれたが、現在は悟空の瞬間移動で取り残された人から人へと順次跳んでいき、5、6人ほど救出したら地上にいるクラウディオタチの場所へと送っている。一人づつ回収して最後に送った方が効率がいいのだろうが、大勢だと跳んだ場所へと入りきれない場合もあるし、それが返って危険に晒してしまうかもしれない。

 いかに悟空の瞬間移動で大勢を一瞬で運べるとしてもその先が危険ならば意味がない。かといって一人づつ探して送っていると、それこそ時間と気の無駄になってしまうのだ。その為タワー内部を事前に把握していた紋白がいて助かった命も少なくない。

 

 また、紋白がいることでの利点がもう一つある。それは大人を救出した時の場合である。

 取り残されていた子供たちが泣いているのは想像が容易であり、そういう子供の扱いは悟空も紋白も――同じで子供であり、片方は子供兼父親であるので――得意である。だが逆に現実を知る大人達にはなかなか話を聞いてもらうことが難しい。

 子供達はまだ夢見るお年頃なので魔法や気というのにも憧れがあり、割と簡単に理解してくれる。だが現実的な大人達は理解不能なものには畏怖と混乱を抱いてしまう。悟空だけならば無理矢理にでも連れて行ったり気絶させることもできるが、時間を無駄にしてしまう。

 だが紋白の場合は“九鬼一族”特有ので銀白の髪と傷のネームプレートをその身に引っ提げた証拠人でもある。様々な業界に手を伸ばし頂点に立つ“九鬼”の名は絶大であり、また超人変人の集まりと噂されていることもありそういう不思議な現象には納得されてもいる。

 

 何よりも紋白の手腕がこれまた見事であった。混乱する相手を落ち着かせるため、また時間も無駄にしないために簡潔かつわかりやすいように説得し、冷静になるよう宥めた。もし悟空一人だけならば話が余計にこじれ、無理やりに気絶させて連れていったかもしれないが、無駄に時間を喰って救えなかった命があったかもしれない。

 

「……ん? 揚羽達や英雄達も来てるみてぇだな」

 

「何っ!?、姉上たちもか!! うぬぬ……」

 

 思わず呻る紋白。やはり責任強い姉兄達のことだ、もしかしたらと思っていたが本当に来てしまうとわ……。

 こちらには悟空がいるから大丈夫であるが、姉上達は――と考えているわけではない。

 むしろ、

 

「どのように説教されるのであろうなぁ……」

 

 と遠い目をしながら考えていた。姉上の説教の仕方は愛のムチ(又の名を拳骨&サバ折りとも言う)だが、実際に紋白への愛が篭もっているのでどうにも逃げづらい。威力はそれほどだが、あの悟空も痛がるほどの愛が篭もっているので痛みはお察し頂けるだろう。

 なので少し涙目でプルプルと悟空の背中に隠れるように震えていたが、自分の覚悟に間違いは無いと何とか立ち直った。……説教を受ける覚悟も込みで。

 

「おーい、もんしろ~? 大丈夫か~~?」

 

「あ、あぁ、大丈夫だ……」

 

「おっし、んじゃ次行くか!」

 

「おぅ!」

 

 それから悟空と紋白、揚羽と英雄とあずみと李の二組は次々と救出して行った。

 そして遂に最後の男性を 救出し――今――クラウディオへと預けた。

 

「こいつで最後の奴だ。脚を折れてっから気ぃ付けてくれ」

 

「はい、ご苦労様でした。後はお任せください……この方を救護ヘリへ」

 

「はっ! 了解しました!!」

 

 担架で運ばれて行く男性を見送り、やっと一息を着いた一同。あとはタワーで捜索していた揚羽達を悟空が回収してここから離れるだけだ。

 しかしこれも彼の運命だろうか? 不幸の旋律は尚も続く。

 

「ま、まって……待って下さい!!」

 

「ん?」

 

 ヘリの音を押し退けるように女性の叫ぶ声が届いた。

 振り向けば制止を呼びかける従者たちを振り切り、女性が離陸前のヘリから飛び出し紋白たちへと駆けてきた。その後ろから同じくもう一人男性が後から追って来ていた。

 全力で走ってきたのだろうが、それ以上に鬼気迫る顔をして咳き込みながらも、女性は何とか言葉を出そうとする。

 その顔に一抹の不安を感じながらも、紋白は落ち着かせながら話を聞く。

 

「どうした? もうここは危ない。急ぎヘリへと戻って――」

 

「はぁっ、はぁっ…………の、あのっ! こ……で全員……なんっ……ですか?」

 

「あ、あぁ……宿泊者や参加者のリストに書かれていた者達は先程の者で全員のはずだが?」

 

「ゲホッ、……ぁ、わたっ……の、こ……が……です」

 

「落ち着け、慌てすぎて口が回っておらんではないか。一つ深呼吸して答えよ」

 

「ほ、本当にですか? ちゃんと探してくくれたんですよねッ!?」

 

 今にも倒れてしまいそうな女性を追いついた男性が支え、彼も同じように紋白に聞き返す。様子を見るにこの二人は夫婦のようだ。

 どうやら女性よりも男性に聞いたほうが良さそうだと紋白は男性に尋ねた。要領を得ない言葉に、しかし聡明な紋白はその言葉の端々を読み取ってその意味を理解し、タラリと冷たい汗が頬を流れる。

 半ば確信しながらもそれを否定したい気持ちに苛まれながら、女性よりもまだ話せそうな男性に確認しようとするが、それよりも速く女性の 口から答えが出てしまった。

 

 

 

「まだ、私の子供がいるんですっっっ!!!!!!!!」

 

「「「!!!?!?」」」

 

 

 

 

 

「何っ!? まだ赤子がここに取り残されているだと!!?!?」

 

『え、えぇ。その夫人はタワーに止まりに来たなのですが、その子供がまだ赤ん坊故に名簿から見逃されていたようです』

 

 すぐさま揚羽達に連絡を取り確認する。が、驚いている所を見るとあちらでも見つけられていないようだ。

 

「その言、確かであろうな!」

 

『はい。こちらでも参加者の方から赤ん坊を見た証言は取れております。避難直前まで彼女と一緒にいた方もそうおっしゃっておりますし……』

 

「っく、だが気は全く感じんぞ! 子供とはいえ微弱でも気は持っている筈だ!!

 ……そうだ悟空は、悟空ならわかるだろう!?」

 

『そ、それが……『とりあえずオラ達もそっち向かうから』……えぇはい、わかりました。

 とりあえず、そちらへ向かうそうです』

 

「あぁ、わか「揚羽も英雄、あずみも李も全員ここにいるな!」った……相変わらず突然だな」

 

 音も気配もたてず会話の途中で紋白を担いで現れる悟空にもはや呆れるしかない揚羽。今日で何度も驚かされすぎていっぱいいっぱいなのだろう。

 もう何が出来ても何ら不思議はない悟空だからこそ、赤ん坊の気もわかるだろうと期待して放った言葉は、しかし苦虫を噛み潰した顔で返された。

 

「……わりぃ、オラでも全然気が感じ取れねぇんだ」

 

「な、何だとっ?!」

 

「ある程度だったら息とか気配とかでわっかんだけど、こんな広くて場所じゃ岩とかにまぎれちまってわかんねぇんだ」

 

 未だ岩の雨が降るこのタワーでは、気も視界も気配も音も臭いも空気も……全ての五感が真面に機能しない。いく悟空ほどの腕前でも、一番頼りになる気がわからなければ

 

「たぶんだけど、そいつって生まれたてだから気が不安定なんだと思う。それか元々気が隠れちまってる体質かもしんねぇ。

 怪我をして気が弱まっちまってるからか、最悪…………」

 

「そんな――」

 

「わけがあってはならんっ!!!」

 

 英雄の断ち切る一喝は、この場にいる全員のの総意であった。自分達よりも幼い、そして未来ある赤ん坊だ。その命が、このような所で潰されていい訳がない!!

 

「だな! 泣いてっかもしんねぇから、ささっと助け出してやらねぇとな!」

 

「ああ、そうだな悟空……。

 これ以上の増員は逆に危険だ。よって今からこの全員で三つに分かれて探し出すぞ!

 現在我らは45階中央広場にいる。ここから各自散開し赤ん坊を探す。

 

 悟空と紋白は上の階へ、いざとなったら屋上に待機してあるヘリに向かうか、こちらへ跳んで来い。

 英雄とあずみは以降下へ向かって探せ! 一階へ着いたらそのまま外へ避難しろ。

 そして我と李がここ中央広場を中心に探す。上下どちらかに異常があれば中央の吹き抜けを使ってそちらに向かう。

 

 ……本当はお前達にも避難して欲しいのだがな。どうせ言っても聞かん以上、もう何も言わん。

 ただし絶対全員で帰るのだぞ? いいな!!!?」

 

「これも依頼です、お任せ下さい」

 

「はい、英雄様はお任せ下さいですます!(やぁぁぁあってやるぜ!!)」

 

「これ以上、一人の犠牲者も出させてなるものか!!」

 

「我も兄上と姉上、そして父上母上と同じく九鬼の名を継ぐ者、ここで逃げるわけもありません!

 いまこそその証を示しましょうぞ、なぁ悟空!」

 

「うっし、いっちょやっか!」

 

「よしっ、ではゆくぞッ!!!!!!」

 

『応ッ!!!!!』

 

 

 

 

 

『赤ん坊は生まれてまだ8ヶ月ほどの歳で、花を模したピンクの服が特徴のようです。離れる前には黒の乳母車に乗っていたそうなので、そちらも併せてお探し下さい』

 

「以降、ナビゲートを頼むぞクラウディオ」

 

『はっ。こちらでも他の方たちが見ていないか聞き込みをしておりますので、何かありましたらご連絡入れます』

 

「うむ、では一度切るぞ」

 

 散開後、各自は揚羽の指示通り駆け出して行った。今は一秒でも時間が惜しく、またこれ以上の問答も無用。即席でありながら、まるでお互いが長年戦場を共にしたチームであったかのように二言三言で理解し、見事な動きで探索、報告をして行く。

 各自10フロア目に突入しながらも、あれから三分と経っていなかった。

 迅速な動きで次々とドアを開けていく。

 

『こちら英雄、現在19階を進行中。赤ん坊は未だ発見に至れません』

 

『こちら紋白、現在50階西フロアへ突入。こちらも同じく発見できておりませぬ』

 

「くっ、もうビルも限界が近いというのに……」

 

 所々で未だ爆発が起きている。悟空の迅速な行動のおかげであっても、未だタワーが留まっているのは奇跡的であった。

 何時倒れてしまうかということも警戒しならければならず、嫌な汗が止まらなかった。

 

『あせんなって揚羽』

 

「悟空……」

 

『こっちがあせっても何もいいことねーぞ。いるって信じたやらなきゃな!』

 

「……あぁ、そうだな」

 

 悟空の声には焦りも不安もない。ただ確信しているような、そんな声だった。

 彼の言葉は心にストンと落ちて、不思議と納得してしまう。よく言えば自信が持てる。悪く言えば悟空だから、の一言で片付く。

 だが悪い気はしない。他人に縋っているように見えるが、むしろ無駄な力が抜けたようだ。汗が滲んで震えていた拳がピタリと止まった。

 

「あぁ、そうだともっ!!!」

 

 再びその拳を、今度は優しく握りこんで眼の前の岩の壁に振るう。先程よりも遅い拳は、しかし嵐のように岩の壁を駆け抜けその道を作り上げた。 

 

「着いて来い、李静初。我は今――」

 

“猛烈に感動しているっ!!!!”

 

「――――はッ!」

 

 魂を燃やすその様はまさしく龍の如し!!

 その背に龍/思いを背負い、前へと進む揚羽の呼びかけに、李は自然と傅いて答えていた。

 

 

 

 英雄達の方もまた、悟空の言葉を聞き取りながらフロアを駆けていた。先行するあずみはその背に感じる気配に、歯を噛み締め――その頬を上へと引き攣らせていた。

 

(ハハっ! 全く、何て奴らだよ……本当に子供か?)

 

 こんな状況でも悟空のある意味能天気な言葉に毒気を抜かれてしまいそうだ。だがそれは子供の屁理屈でもなければ、大人の理屈でもない。ただただあるがままの真実の答えだ。

 それを言う奴も、そしてそれに答える人もただただ真直ぐだった。ある意味バカと言える。

 

(――けど、あたいはそんなバカは嫌いじゃない)

 

 ただ真直ぐに、単純に、けど大変で、見えなくても、一歩づつ進んで行ける“本当に強い人”だからこそ、彼女も崇めたのだろう。

 彼の傷は自分達武人や傭兵にとって大したものではない。しかし一般人の……ましてや未だ10にも達したばかりであろう子供が撃たれた事実さえ無かったかのように必死に腕を振って走っていた。

 その眼は一片の迷いもなくただ前にあるこの背を見据えているのを感じる。未だ心配は尽きない。だが一度視線を向けてしまえばその瞳に吸い込まれてしまうのではないか――そう思える程の集中力を彼はその目に、耳に、身体に張り巡らせていた。

 ならばこそ無粋な真似はせず……また、させない。させてはなるものか。

 この身は貴方の為に、……剣にも、盾にも、道にも梯子にもなってみましょう。全ては貴方が飛ぶために、望みの為に……。

 

 眼の前の瓦礫の山へと小太刀を、苦無を、その身を曝して吹き飛ばす!!

 

「風魔一族が一人、忍足あずみ!! 如何なる壁があろうとも、貴方の道を作りましょう!!!!」

 

 

 

 駆ける、駆ける、駆ける。

 

 目で見て、耳が拾い、鼻で辿り、肌と舌で感じ取る。

 

 岩、岩、壁、ドア、床、瓦礫、天井、シャンデリア、壁、ドア、窓、岩、観葉植物、窓、電灯、岩――

 

 もっと細かく、もっと詳細に、もっと深遠に。

 

 石、グラス、破片、服の切れ端、血の跡、石、葉巻、砂、靴、ガラス、破片、ヒビ、散った花びら――

 

 手を振り、脚で踏みつけ、肺で吸い込み、吐いて舞うその全てを全身に掻き集める。

 

 酸素、二酸化炭素、温度、湿気、臭い、風、埃、重力、気圧、硝煙の味、空気の振動、漏れ出る電気――

 

 英雄は今、その身に全てを掴み取っていた。

 

 そして彼が持つもう一つの秘められていた力。第六感――シックスセンスが今、遂に――――捉えた。

 

 

 

 それは偶然であった。それは直感であった。それは奇跡であった。

 それは必然であった。それは確信であった。それは運命であった。

 

 それは起こった。

 それはなし得た。

 

 それが神の救いの手であった。

 それは己が全てをかけて伸ばした手であった。

 

 神が答えた。世界が答えた。――命が答えた。

 

 

 

 天が落ち、地が割れ、闇が覆う壊れた世界の中で、

 

 儚く、美しく、しかし誰よりも力強く、生命(いのち)溢れる一輪の花が咲いていた。

 

 

 

 驚くよりも速く、声を張り上げるよりも速く、足は前に動いていた。

 

 誰よりも速く、何もかもを押しのけ、岩を足場に――飛んだ。

 

 あずみが気付いたときには、英雄はその場所へと辿りついていた。

 乳母車は天井ごと落ちた岩とシャンデリアによって潰され見るも無残な姿となっていた。

 だが赤ん坊には傷一つない。そして不思議なことに岩や破片は赤ん坊の周りへと集まり、まるで赤子を守るように包んでいた。

 赤ん坊はこんな状況でも何事も無かったかのように目を閉じていた。人形のように動かないその姿に、場違いにも綺麗だと思ってしまった。

 震えながらも手を伸ばす。落とさないように強く、しかし壊れないよう優しく抱いて、頬に寄せた。

 

 ――トクン、トクンと、確かな命の音を聞いた。

 

 それだけで涙は溢れ、言葉も漏れていた。

 

 

 

「…………よかった…………生きてた」

 

 

 

 

 

 生きておるぞぉぉぉぉおおおっ!!!!!!!!!!

 

 

 

 

 

「あずみぃぃいぃッッッ!!!!」

 

「はいッ!!」

 

 即座に呼びかけに応じ、あずみが降りかかる火の粉を振り払い、廊下を駆け出した。

 三階に当たるその廊下を駆け抜け、あずみにその身を預ける。二人をしっかりと抱き寄せたあずみは岩場を三段跳びで飛び越えた。そして遂に地上一階、中央の吹き抜け大広間へと辿りついた。

 

「見つけたか英雄、よくやったッ!!」

 

 するとインカムで連絡しておいた揚羽と李が目の前に着地した。揚羽は感極まったように英雄と赤ん坊を抱きしめた。

 それにくすぐったようにしながらも、英雄は揚羽に赤ん坊を託した。

 

「この子です姉上」

 

「うむ、確かに。……しかしこんな状況でも寝ていられるとは、大物だなこやつ此奴は……」

 

「ハッハッハ、そこは我も保障しましょう!」

 

 思わず四人とも笑ってしまう。珍しく李が顔を崩しているのをあずみは見逃さなかった。

 

「っくく……おっと、此奴がこんなに気持ち良さそうにしているから、思わず和んでしまったな。

 そろそろ此処から出るぞ」

 

「悟空と紋白は?」

 

「あやつらにはもう伝えてある。もうそろそろこちらへ――」

 

 来るであろう、と言う言葉は続かなかった。

 足下から今までよりも大きな振動が起き、思わず膝を突いてしまう。

 まさか支柱が、と思った瞬間には床からヒビが走り、斬撃のように壁を駆け抜け一瞬で天井のある70階まで届いてしまって。刹那、ヒビが細かく枝分かれし、とうとうそれは起きてしまった。

 

「天が……落ちて来た」

 

 まさしく李が表現した通り、世界が反転したかの如く天上が崩れ迫ってきた。パイナップルのように綺麗にくり抜かれたソレはなんと水平を保ったまま落ちて来たのだ。もう5秒と経たず自分たちはソレに押し潰されるだろう。予想していながらも実際に起きてしまった現象に思わず一秒もフリーズしてしまった。

 動いたのは四人同時。反射的に駆け抜けた思考は1/75秒という刹那を越え阿頼耶という領域の先へ飛ばしながら、知識、経験、記憶を走馬灯の様に全て引き出しこの状況への打開策をシュミレートする。

 が、いくら何百、何千という方法を思いついても、そのどれ一つもが失敗だと答えていた。

 例え揚羽がその手にある赤ん坊を横にいる英雄に投げ渡し、ありったけの全力を籠めた拳で何度も殴り続けようと、壊すどころか削るのでやっとだろう。もし、もし壊すことができたとしても、その際に砕けた破片はこの場にいる全員に降り注ぐだろう。全てを粉微塵に砕くことが出来ない揚羽の拳は結局の所、大質量の岩の雨を降らせ二次災害を引き起こしてしまうだろう。

 例えあずみがその懐に隠してある爆薬苦無で岩を砕こうと、揚羽の二の舞になってしまうだろう。ましてやこの密封された空間では爆発の余波でその身を焼き焦がすだろう。

 例え李静初が暗殺で磨いた瞬身、縮地で三人を外へ投げ飛ばそうと、瓦礫と灼熱の壁に囲まれているこの場で力に精通していない彼女ではその壁を壊して進む力は無いだろう。

 そして例え…………そう例え英雄がその身を投げ出し庇おうとも、英雄と地面に挟まれ――――英雄自身の身で殺してしまうことだろう。

 

 そう、無駄だとわかっていても……四人には取る方法は決まっていた。

 赤ん坊の下へと走る。自分たちのみを犠牲にしてでも守ろうとしていた。ほんの少しでも生きる可能性を作るために内気功で威力を抑えようと、体に残る気全てを使って練り込み解き放つ三人。背を向けて折り重なり赤ん坊を包み込んで地に伏せる。

 

 

 

 

 

 ゆっくりと刻まれる時の中で、英雄は唯一人その災害と言う名の暴力を前に恐怖で後ずさることもなく、顔を背けることなく、ただ仁王立ち、睨みつけていた。

 

 

 

 

 

 死ねない。

 まだ、自分は、あずみは、李は、姉上は…まだ、こんな所で死ねない。

 死んでたまるものかっ!!!!

 

 そう思う自分と、安心している――信じている自分がいる。

 

 あぁ、そうだ。大丈夫だ。心配ない。わかっているのだ。自分は、大丈夫であると。

 

 何故?と思う自分に何故かな、と答え、自分で自分を納得させる。

 

 ならばやることは、思うことは一つ。

 

 ただ“願う”ことだけだ、と。

 

 流れ星に願うように、頂きますと食材に感謝するように、神に手を合わせ祈るように。

 

 瞳を閉じる。現実から逃げたわけではない。

 

 

 

 

 

 

 ただ自分は――“彼”を信じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 音がが死んだような静寂の中。暗闇の世界で揚羽は思う。自分は死んだのか。赤ん坊は、李は、あずみは――我が愛しの弟は。

 死後の世界ではそれすらわからん……か、と何処か自嘲する揚羽。だが何だろう? 死んだにしては、こう……己の腕の中が、暖かい。

 

「にっぎぎぎぎ……何とか、間に合ったみてぇ、だな……」

 

 ふっ、こんな時にでもアイツの声が聞こえるとは。アイツも同じく天国にでもやってきたか? ならば英雄も紋白たちもいるだろう。

 

「おーい、んっぐぐぐ……揚羽! 起きてっか? おいって!」

 

 あぁ静かにしてくれ。こんなに暖かいんだ、もう少しで気持ち良く眠れそうなんだ。……ん? 暖かい? 寝る? こんな暗闇の世界で何があるというのだ。

 

「あ、姉上! はやく目を開けて下され!」

 

 紋白の声も聞こえた。そうか、自分はただ目を閉じていただけか。

 

 死を覚悟して身体が麻痺していたのだろう。倒れたまま力強く瞳を開けば、逆さまの紋白が目の前で膝を立てこちらを窺っていた。あぁ、やっぱり近くにいたのか。

 悟空もすぐ隣にいる。なんだか少し苦しそうに身体が震えていて、まるで重いものを持ち上げて踏ん張って……いる…………よう、な…………………。

 振り返ればそこで悟空は逆立ちしていた。何やってんだと言いそうになって、目を見開く。驚きすぎてとうとう心臓が一度止まってしまった。

 

 

 

 落ちて来た月を支えるかのように、到底人の力では持ち上げられないはずの、天井を、悟空は、その両の腕で、持ち上げていた。

 

 

 

 頭が可笑しくなったのではないだろうかと思うほど、ありえない現象だった。

 人一人で持ち上げるどころか、壊すこと難しいソレ。タワーの天井はヘリを数十台も置けるように広く頑丈に、そして安定するように重く圧縮されたであろう地面とさえ言えるソレは、武人でさえ持ち上げることさえ考えず、下に敷いて立つとしか考えない岩の塊。それを子供一人が支えている。

 人によっては馬鹿なことを言っている、頭が可笑しいと笑われるだろう。しかし今、揚羽の前で起きている現実なのだ。

 

「ぬぐぐぐ……ッ」

 

 いや、良く見れば岩が左右に揺れている。いくら何でもできそうな悟空をもってしても、今これだけの質量を持ち上げることだけで限界だろう。

 もって数十秒か。ただ死ぬ時間が延びただけ。

 

 しかも最悪なことに、それだけでは終わらない。頭の一番上にあった超重量のソレが崩れた所為で、此処まで頑張って支えていた柱も遂に折れたのだろう。重心が崩れゆっくりと、だが確実に倒れる未来が簡単に予想できる。

 

 ならばどうするのか。

 

 どうにもできない。

 

 揚羽には、英雄には、紋白には、あずみには、静初には――そして悟空にも、もうどうすることは出来ない。

 希望が、絶望へと塗り替えられていく。

 頬に一筋の光が走る。

 

 

 

“……くっそォォおぉぉぉぉぉおおおぉぉおおおおぉおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!”

 

 

 

 揚羽のあらん限りの声は、静かにただ大気を震わすだけであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――そう“今”の悟空では、だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、いっちょやってみっか!」

 

 そんな軽い声が、ポンと出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ドッ……ドッ……ドッドドドドドドドドドッ

 

 

 

 地が振るえ、世界が悲鳴を上げていた。

 怒号のように、悲鳴のように、耐えるように……。

 

 

 

 ――ォォォオォォオォォオオオオォォオオオオ

 

 

 

 だが違う。これはもう一つある。

 それはまるで武者震いのように、歓声のように――赤ん坊の産声のように、世界が祝福を上げていた。

 

 

 

 ――ォォォぉぉぉおおぉぁぁアぁァァアアアア

 

 

 

 彼の発する声と同時に、今まで感じなかった気が白い湯気のようにふわりと、しかし次の瞬間には間欠泉のように立ち昇り爆発した。

 

 

 

 ――ァァァァぁぁぁぁぁぁあぁあああああああ

 

 

 

 石が、瓦礫が、大気が……そして彼の周りに漂う光の粒子が後押しするように舞い上がり、彼の周りを奔流となって渦巻く。

 

 

 

 

 ――はぁぁぁぁぁあぁぁあぁああああああああッッッ!!!!!!!

 

 

 

 

 

 そして彼は光に包まれた。

 

 金色に逆立った髪は怒りの証。普段とは違うに恐怖さえ感じてしまいそうなその姿は、しかし瞳には彼本来の優しさが垣間見えた。――“1”

 

 体の周りを稲妻が走り、触れることままならないように感じるその姿は、神々しく神秘的に感じた。――“2”

 

 ほうき星のように輝くまっすぐ後ろに伸びるその髪は羅刹の如く凄まじく、だが一房だけ反抗するように前へと垂れた髪が彼らしく思えた。――“3”

 

 

 

 身体が変化を遂げ終える。

 少年の姿など今はなくなり、ヒュームと比べても遜色ない程のがっしりとした大人の身体。

 空色の服は帯となり、黄色のズボンと紺のブーツはその身体にフィットするように伸びていた。その後ろに生えた尻尾は以前変わらず穴から生えていた。

 なにより特徴的なのは胸元を開くように上半身を覆う体毛ともいうべき真紅の衣。気高き獅子の様に迫力を感じるそれは極限まで引き締まった筋肉を強調している。

 溢れる気の奔流とは対照的に黒く伸びた髪は風にゆれ、畏怖と優しさの矛盾を呑み込んだように不思議と混ざり合っていた。

 

 そして目元を赤く奔るその瞳が、遂に見開かれた。

 細められた切れ長の瞳と先程まで見えた金色の光を凝縮したその眼光がこちらを射抜いたとき、もはや何も言う事も思う事もできず、ただただ圧倒され膝を屈してしまいそうだった。もはや気を感じるというレベルではない。神々しい光がその身体を包んでいるのを揚羽やあずみ、李――そして気を見ることが出来ない英雄と紋白も感じていた。

 同時に全幅の安心と信頼をその場にいた全員が預けていた。――そう、まるで神に祈るように。

 

 

 

 ――“4”

 

 

 

「おう、もう大丈夫だ。あとは任しときな」

 

 大人びたぶっきら棒な声にもはや少年の跡は無く、だが変わらぬ優しい響きを聞いてやっと自分たちが知っている“彼”なのだだとわかった。

 今の状況を思い出して彼を一度止めようとしても、その行動さえ憚られるような気がして、彼徐女達はただ夢のようにその後の出来事見ていた。

 

 彼が持ち上げていた天井がピタリと止まっていた。両手で軽々と持ち上げるその姿は、次にはダンベル上げのトレーニングにでも使っていそうだ。だがそれさえ生温い。

 一度その身体をぐっと沈め、ハァッ!!という掛け声と共に身体を伸ばした時には、巨魁はいつの間にか空へロケットのように飛び出していた。

 ぐんぐんと上がっていくその塊は倒れかけていたタワーの壁と接触。方向を変えるはずのそれが何と真っ直ぐ……そう彼が飛ばした方向そのままにガリガリと昇っていくではないか。

 そして遂には何とタワーを垂直へと直し、天辺を突き抜けた。もう地上からは粒くらいのおおきさでしか見えないソレは、未だ落ちる気配ない。だが段々と勢いは削がれ、宇宙へと届く前に止まり、また此方へと隕石のように降ってきそうだ。

 

 

 

 ならばそれを砕くとしよう。

 

 彼は右手を腰溜めに構える。それだけで天地どころか大気さえもビリビリと震わす。

 ポワっと光る拳は太陽のように熱く、眩しく輝く。だが誰もその光から目を離せなかった

 そして巨魁が頂点へと達した時――

 

 

 

 

 

 ――――“りゅぅぅぅぅぅぅぅっぅぅぅぅぅぅぅうううう

 

 

 

 

 

 それを一気に空へと、解き放つ!!!!!!!!

 

 

 

 

 

 けぇぇぇぇぇぇええんんんんんんんんんッッッ”――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日川神の、いや世界中の人間が“ソレ”を目撃した。

 

 

 

 川神院総代である老人とその師範代たちも――

 

 

 

 九鬼に殉ずる者達も――

 

 

 

 世界で戦う軍人達も――

 

 

 

 中国の武を極めた梁山泊も――

 

 

 

 孤島で秘密裏に暮らす四人の少年少女達も――

 

 

 

 父親に苦労して母親と共にため息をつく少女も――

 

 

 

 父に憧れる二人の少年達も――

 

 

 

 体に痣を作りながらも笑って生きる少女も――

 

 

 

 冒険家を目指す少年も――

 

 

 

 二人で馬鹿して笑う凸凹な少年達も――

 

 

 

 父と姉に撫でられぬいぐるみを抱く少女も――

 

 

 

 馬の人形と話す練習をしていた少女も――

 

 

 

 耳を塞ぎ心を沈めていた少女も――

 

 

 

 泣き虫なおばあちゃん子の少女も――

 

 

 

 “ソレ”を間近で見ていた少年少女達も――

 

 

 

 

 

 

「……ねぇ、母さん!」

 

「どーしたの大和ー?」

 

「あれってなーにー?」

 

「んー? ごめーん聞こえなーい!

 今洗い物の最中だからまた後でねー?」

 

「……ほぁー、すっげー……」

 

 

 

 そして、とある一般家庭の男の子と――

 

 

 

「~♪ あぁ――きれいだなぁ」

 

 

 

 ――小うるさい祖父から逃げ、屋根の上に登った……未来で“武神”と呼ばれるであろう、少女も。

 まだ何も知らぬであろう純真な笑みで空を見上げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  暗雲の闇を突き抜けて

 

 

 

 

 

 “光の龍”が空へと飛び立った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これにて裏導編はおしまい
スーパーサイヤ人4は仕様です。じゃないとまぁ面白くないですし
マジ恋勢が悟空に近づこうとして・・・・・・そこを無双かなと
それとタワーの天井を持ち上げるシーンはGTの邪悪龍の七神龍の時にビルや地面を支えたシーンを想像して下さい
感想、評価、アドバイス等よろしくお願いします

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