真剣でオラに恋すんの?GT   作:縦横夢人

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前回から約三ヶ月の更新……あばばばばばばばば((((;°Д°))))
しかもこれまだ終わらない……あばばばばばばばば((((;TДT))))
次はいつになるか……/(  川)\


第14話

 

 

 

「揚羽様、英雄様、紋白様……悟空様」

 

 裏道タワーから300m程離れた地点。そこでクラウディオは未だ自分の主達が取り残されている裏道タワーの様子を伺っていた。

 

 裏道家の怪しい噂はクラウディオ達はもちろんヒュームや帝まで知っている。いや帝に知らないことなどあるのだろうか?……話がそれたが、噂の中には裏道家の強化精兵の噂もある。所詮噂は噂……と軽く流せればよかったが、クラウディオ含め第10位以内の者たちが3人と第20位以内の者たちが5人、第30位から第50位の者たち12人に以下各人が受け持つ従者達20人を加えた総勢400人の九鬼従者部隊精鋭が動いたということはそれほど信憑性が高い、いや確実だということだ。

 情報を受けてからすぐさま帝に報告し現場へ向かおうとしたのだが、帝はカラカラ笑いながら「放っとけ放っとけ」と手をひらひらさせて払い捨てた。これにはさすがのクラウディオも目を見開き愕然とした。元から帝は何事にもお気楽に笑って返す口があるが、流石にこの状況でそれをするとは考えてもみなかった。理由を問えば「これは次期九鬼代表として行った揚羽の問題」ダカラオレサマ関係ナイと言わんばかりに手元にある書類に目を戻して仕事に戻った。

 その言葉はまるで自分の子供を見捨てろと言っているのと同じではないか。これにはヒュームも呆れて何か言うと思っていたが、逆に賛同したことに驚いたのはまだ記憶に新しい。

 

 確かに揚羽様ならただの武人相手に遅れをとることは無い。揚羽様が依頼した傭兵の腕も申し分ない。が、しかし揚羽様は本当の“戦い”というものを知らない。傭兵一人だけでは対処できない事態も起こりえるだろう。それを解決してこそ本当の一人前だ、と言われればそれで終わり。しかしだからこそクラウディオは迷った。

 子供の頃から彼女らの世話役を任されていたからこそ、クラウディオは自分の孫のように人一倍情を抱いて彼ら彼女らを育てた。それ故の心配が今、クラウディオの内心で鎌首をもたげていた。普段は公私をキッチリ分け応対しているが、今回のテロは今までのソレらとは比べものにならない。まだ若い彼女らには重いものだ。最悪を想像するだけで鳥肌が立つ。

 

 主の(めい)を守ってこその完璧執事。しかし主の間違いを正すことも仕える執事としての、人間としての行動ではないだろうか?

 

 迷いを抱くクラウディオが出した答えは――主の命を守ることだった。

 かしこまりましたと頭を下げたクラウディオは、かわりにとテロの後片付けを申し出た。それぐらいならと帝が了承したのを見てすぐさま行動に移し、向かった。もちろん後片付けとは建て前、真実はこの大部隊を見れば一目瞭然である。

 

(例え帝様に怒られようと、今回だけは主――揚羽様達の命をお守りすることを優先させていただきます)

 

 そのためにも即刻現場へ赴き、制圧せねば。そう思いヘリに乗り込んだ。

 ……のだが、既に制圧するまでもなかった。辿り着いた先には噂にも聞いていた裏道家の精兵達が全員気絶して山のように積み重なっていたのだ。尋問しようにもかなりの衝撃を受けたのかピクリともしていない。今はもう既に地上の制圧を完了していたが、中の様子がまだ完全には把握できていないので現在は慎重に行動している。

 

「クラウディオ様!!」

 

 偵察部隊の一人、従者部隊のメイドが現れ片膝を着く。

 

「揚羽様達がいるフロアは無事ですか?」

 

「いえ、偵察班からは爆発の煙とスプリンクラーの影響で確認できず未だ何とも……」

 

「仕掛けられた爆弾の方は?」

 

「今現在も解体作業は続いております。幸いというべきか、設置された爆薬の量はこのタワーを支える主柱の強度より僅かに少なかったようです。前頭首であるの裏道頼道がこのような事態を想定していたのでしょう、設計図に細工した跡が残っていました」

 

 切道の誤算は彼だけではなかった。自身が殺した父、頼道が敵に対テロ用にタワーの情報をすり替えていたのだ。用心を重ねていた切道でも一番の身内である頼道の情報は鵜呑みにしてしまったようだ。切道の計画が頼道によって阻まれる。それは子供がこれ以上悪の道に走らないように止めようとする父親としての意志か、はたまた頭首として殺された恨みによる最後の意趣返しなのか……。

 だがしかしそれでも――

 

「時間が圧倒的に足りません。爆弾の種類は少しでも感知されれば即爆破の水銀燈型。今から突入して揚羽様達を救出できたとしても他の参加者や各階に取り残された者たち全員を救出するのは不可能に近いです。さらには柱が壊れずとも一つでも折れ曲がってしまえばこのタワーの自重でバランスを崩し、連鎖的に最後は……」

 

「そう、ですか……」

 

 もう一度タワーへと顔を向けるクラウディオ。こんな状況の中でも冷静でいられる第三位に流石だと冷や汗を流すメイド従者。少なくとも彼女だけでなく、この場にいる全ての人間には僅かながらも焦りの色が見えた。だが次の言葉は相手もわかっている禁句だとしても、部下として言わなければならない言葉。かすれそうな喉へと唾を送り込み、続ける。

 

「……周りは湖に囲まれています。例えタワーが倒れても周りに被害は及ばないでしょう」

 

 それはもちろん倒れることが前提で放った言葉。第零位なら「諦めるのか?」と冷たい声(と蹴り)で叱咤されそうだが、クラウディオはただそうせすかと頷いて流すだけだった。

 口にこそしなかったが、彼女たちは一人でも多くを救うために己の身をを犠牲にする覚悟ができていた。爆発が続くタワー内に突入するということは、自分たちがその被害を被る可能性もある。それでも進める覚悟が九鬼従者達にはあった。それは偏に九鬼への忠誠心と、我らを上へと押し上げてくれた上司のためでもあった。

 しかし今も続く冷汗は本当に尊敬の感情からくるものだろうか? クラウディオから感じた冷たい気迫に彼女は知らず気圧されていた。

 嫌な予感とはよく当たるもので、クラウディオから感じたものは何だったのか、次の言葉で理解した。

 

「私が行きましょう」

 

 歩みを進めながらコートを羽ばたかせ、普段は見えないようにしている鋼糸を大量に展開した。指一本ずつ、ではない。身体中に幾重にも巻きつけた糸は間節という関節へビッシリと巻き付き、糸を超え紐を超え遂には荒縄と言わんばかりの太さとなる。

 雁字搦めになったそれはまるで装甲のような鋼となり、クラディオの身体を覆い尽くした。そして巻き付いた糸の端は弾丸のように宙を舞い、空を駆け、地を突き抜け、タワーへと向かう。

 

「クラウディオ様、何をっ!?」

 

「――私の糸でタワーを支えます」

 

 先の言葉を理解し、戦慄する。いつ何時爆発するかわからない裏道タワー。そのすべてのフロア、階段、窓をすべて鋼糸で多い尽くすのだ。内外だけではなく、一フロアの壁全部を覆い尽くし爆発を食い止めるのつもりなのだ。爆弾の場所は始めに支柱を狙ったように、人を爆殺するのではなくタワー倒壊による圧殺死を狙って計画していたのだろう。その方が効率がよく、何より屋上に用意しているであろうヘリに被害が及ばないからだ。他人を蹴落とし自分は安全な場所で高みの見物をするという完璧なシナリオ。まさに裏道の凶才というべきか。

 だがしかし、やらせるわけにはいかない。九鬼家に仕える者としても、九鬼従者部隊第三位としても、そして――

 

(己が“執事の”誇りと命にかけて!!)

 

 止まらない、例え愛しい部下の声でも、友であるヒュームの声でも、……主である帝様の命でも、止まる気もない。

 ただただ執事として主を守ると、

 

「誓いしましたのでッ!!!!」

 

 例え何十にも巻きついた糸が食い込み血が流れても、鉛よりなお重い己が身体を盾として、いざいかんと足を一歩踏み出す!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――よっと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――その第一歩を踏み出す、目の前に、あの少年の顔が、現れなければ。

 

 

 

「おぉ! やっぱクラウディオのじっちゃんここにいたか、ありがてぇ!」

 

 目の前に現れたのは孫悟空。紋白様が最近拾われた不思議な子供、紋白様の護衛、そして紋白様の……。

 時が切り取られたように突如宙空に現れた孫悟空。彼とクラウディオは同じ目の高さでお互い見つめ合う形になっていた。その黒い無垢な瞳に吸い寄せられ、時が止まったような感覚をクラウディオは身に感じていた。

 突如現れたのは悟空だけではない。同じように宙へと浮いていた状態の揚羽、英雄、紋白……とその下に跨っている巨大な新種の狼。そして横には霧夜カンパニー次期社長、霧夜エリカと七浜フィルハーモニー交響楽団の指揮者であり久遠寺家の長女、久遠寺森羅。後ろには今回護衛として揚羽様自身が依頼した“女王蜂”こと忍足あずみ、裏の世界で有名な“沈黙の暗殺者(サイレント・アサシン)”と呼ばれている李静初。その他パーティーの参加者と、黒幕である裏道切道とその精鋭と思われる者達が山となって倒れていた。

 そのまま悟空はトン、と軽く着地する。同時に周りの者達もドサドサっと尻餅を着いた。

 彼ら彼女らの顔は目を見開いている者とギュッと閉じている者の二つに別れ、どちらもただただ呆然としている印象を受けた。

 だがクラウディオの目はただただ孫悟空の瞳に吸い寄せられていた。

 

「おーい、じっちゃん?」

 

「…………悟空、様?」

 

 その曇りなき眼に映っている私を彼はどう思っているのだろうか? ふとそんな思いが浮かんだ。

 だが悟空に声をかけられ、改めてその瞳に映る自身の姿を確認したクラウディオはすぐさまコートを翻し一回転。巻き付けていた鋼糸も一瞬にして回収し、ハンカチで己の額に流れる血を拭き取り何事も無かったように振舞う。

 

「おかえりなさいませ、揚羽様、英雄様、紋白様……そして悟空様。ご無事のよう何よりでございます」

 

 まさに一瞬の出来事。だが完璧執事として意識回復まで5秒も掛けてしまったのは痛かった。周りは尻餅の痛みでこちらに気が向いておらず、唯一話しかけた悟空もおぉ~と軽い拍手をするだけだったのでそのまま進めることにした。

 そんなクラウディオの心情に気付いたのか気付かなかったのか、最初に認識したのは英雄の身体を支えていた揚羽だった。

 

「…………クラウ、ディオ?……おぉ、クラウディオ、クラウディオかっ!!」

 

「ここ……は?」

 

「……戻って、きた……のか?」

 

 紋白、英雄と続く中、英雄がポツリと溢した「戻ってきた」という言葉に他の者達も反応して『戻ってきた……』『戻ってきたんだ……』と小さな呟きが斑紋のように広がり、遂に爆発した。

 

『ワァァァァア――――ッ!!!!!』

 

 まるで花火のように咲いた歓声には喜び一色で あった。片膝を着いて神に感謝する者も、友と握手する者も、恋人や家族で抱き合う者も、そしてお互いを知らぬ者たちでさえ肩を組み合い、その顔の端に涙を携えながら笑っていた。

 あの絶望的な状況。絶体絶命。死ぬことが確定していた未来が、希望の未来へと変わったのだ。未だに生きていることに理解が追い付いていない者もいる。だが、それも次第に笑顔へと変わっていった。ただただ生きていることに喜び、感謝し、泣き合う者達には先ほど自分たちを救ってくれた不思議な現象が今、頭から離れてる様だ。

 

「皆さまお怪我はありませんか?」

 

「我は大事無い。が、英雄達が撃たれた!! 速く治療を――ッ」

 

「いや、我は大丈夫です姉上。それよりも他の者を……」

 

「何を言うか馬鹿者ッ!! その腕を治療せねばお前……っ」

 

「いえ、弾は貫通しておりますし、布で縛っておけば平気です。それよりも他の撃たれた者達が心配です!! 我は腕だけでしたが、他の者達は腹や胸を……それに避難に遅れた者達がまだおります!!」

 

 叱り付けるように怒鳴る揚羽に対し、英雄は酷く冷静だった。ケガを負ったのはお前なのに、何故そこまで冷静でいられる!! 焦っている自分の方が馬鹿みたいではないか。そんな思いがまた胸からせり上がり、声を熱くする。

 

「だがッ!!」

 

『うぅ……ぁッ!!』

 

『ぁあ゛ぁッ……くぅっ……?!』

 

 後ろから届く呻き声。先程まで笑って喜んでいたようだが、尻餅をついた衝撃で痛みがぶり返したのだろう。最低限の応急処置は施してあるがいつ意識を失い倒れてもおかしくない。

 

「さぁ、姉上!!」

 

「……わかった、だが後で必ず治療を受けろ……絶対だぞ!!」

 

 未だ納得いかない揚羽だが、現状は未だ安全とは言えない。怪我をしている者や取り残されて者も大勢いるので九鬼従者部隊だけでは当然足らず、人手は猫の手も借りたいほど必要なのだ。頭である自分一人が身内の安全のためにもたついていては、それこそ二次災害を引き起こしてしまいかねない。

 揚羽たちの会話が終わるのを見計らってクラウディオは進言した。

 

「失礼ながら私としては揚羽様達がどうやって現れたのか御確認したいところですが、現状の危機は未だに去っておりませんのでおいおい聞かさせていただくとしましょう。

 揚羽様には我々の陣頭指揮をお願いします」

 

「お前はどうするのだクラウディオ?」

 

「私は未だにタワーに取り残されている方々を救出しに――」 

 

「いや、オラが行ってくる」

 

 常に冷静なクラウディオが動揺に目を見開いた。声へと振り向けば悟空が子供の用に手を振って自分をアピールしていた。これで驚かされたのはいったい何度目だろうか? 紋白様に拾われて以来、悟空のやることなすことにこの歳で幾度も驚かされてきた。勉強するという度に我が包囲網から逃げられ、大の大人でさえ持つのが大変だろう荷物も何のその、食事に手を付ければ九鬼が誇る九鬼家社員従者含めた食糧庫がすっからかん。遂には悟空用にもう一つ作ってしまったほどだ。姿中身は変わらぬ子供なのに、である。

 確かに彼には不思議な力がある。だがいくらなんでも子供相手には任せておけない。……だがしかし、彼なら大丈夫だと何処かで思っている自分も存在した。

 困惑した瞳で揚羽を見るクラウディオ。だが彼女はジッと悟空を見た後、静かに頷いた。

 

「わかった。……大丈夫であろうな?」

 

「あぁ、任とけって!」

 

 悟空は胸をドンと叩いて自信満々に返した。そんな揚羽の態度にクラウディオは更に困惑するが、悟空に対する揚羽の瞳には絶対の信頼が見て取れた。ならば主の命に背くわけにはいかない。

 

「では、私の部下たちを連れて行ってください。いざという時には役に――」

 

「いやぁ? 逆にちょっち荷物になっちまうかもしんなねーしなぁ? いいっていいって!

 それよりケガしてる奴とかの方に回してくれよ」

 

「し、しかし!?」

 

「んじゃ、行ってくっから」

 

 クラウディオの提案も断り、悟空は笑顔で返すと指二本を額に付ける。クラウディオが制止の声を上げようと一度瞬きした後には――彼の姿は消えていた。

 

「――――!?!?!!!??」

 

「うむ、悟空に関しては見ての通り……と言っても見てもわからんか。フハハ、不思議よなぁ!」

 

 揚羽は不謹慎ながらも、いつも冷静で落ち着きのあるクラウディオが大袈裟に表情を崩す様を見て内心口角を上げていた。

 が、さすがにその様な状況でもないのですぐ様笑みを引っ込め、未だ動揺を隠せずにいるクラウディオ並びに他従者部隊に指示を出した。

 

「すぐさま部隊に編成する!! 序列を高い者5人を選び五班に分け、それぞれの役割を果たせ。これは九鬼の名と我の誇りにかけて、全力で遂行せよっ!!!!」

 

 いつもより覇気の篭もった声はその場にいる全ての者の鼓膜を震わせ、息を詰まらせた。常の揚羽の声には快活とした元気と人を鼓舞する力がある。これは九鬼のというよりは揚羽自身が元々持つカリスマ性だろう。しかし先の声には間違いなく九鬼帝と同じく覇気が篭もっていた。この声には人を従わせる力と――鼓舞よりも圧倒的な――人の魂を震わす力があった。

 これが血のなせる業なのであろうか。その声を聞いたこの場の者達全ての耳に、脳に、 魂に入り込み、心震わせ、今ならば何でも出来ると思わせられた。従者達は声に操られるように従者序列高位の者を先頭に、一瞬で五班に別れ自然と片膝をついて頭を垂れていた。

 

(…………ッ!?)

 

(これが……九鬼かっ!!!!)

 

 比較的近くにいた李とあずみも、つい先程初めて顔を合わせたばかりだと言うのにその声に強烈な影響を受け、まるでその身に重力を帯びたように頭を下げそうになった。それをグッと耐えられたのは、己のプライドか、支えている英雄がいたからか……。

 揚羽は英雄を護衛のあずみに任せ、従者部隊に命令を出す。ケガ人の手当て、敵部隊の捕縛、ヘリでの移送準備、瓦礫の撤去又は破壊、その他諸々を指示する様には“これが王(トップ)の人間か”と思えるほど見事な采配を見せた。

 そして彼女は最後にこう言い放った。

 

「――これらの指揮を、序列第三位クラウディオ・ネエロに全て委託する」

 

「ッ!!? 揚羽様それは――ッ!!!!」

 

 クラウディオは気付く。彼女は自分よりもクラウディオの方が上手く指揮できるクラウディオに任せた――というわけではない。彼女の視線はもうタワーに向いていた。

 いくら悟空が不思議な技をもっていたとしても救助には未だ時間がかかるだろうし、悟空がすべての人間を探し出し救助できるという保証もない。ならば救助部隊をもう一つ向かわせたほうがいいだろう。――例えそれが頭首だろうと、手が空いている実力者となればなおさらだ。

 クラウディオからは顔は見えないが、その身体には有無を言わせぬ迫力があった。これではもう何も言うことができないとクラウディオはため息を吐いた。

 しかしここで問題がある。先程出した揚羽は従者部隊全てに指示を与えていたが、その中には揚羽に付く者が一人もいなかったのだ。揚羽自身は一人で行く気のようだが流石にそれは許容できることではない。この場で未だに手が開いていうものはもう一人、いや二人しかいない。だがそれはつまり――。

 と、そこまで考えていたクラウディオの思考を、件のもう一つの問題である人物の声が上がった。

 

「なればこそ、我も行きましょうぞ!!!!!!」

 

 ダンッと拳を地に叩きつけ立ち上がるのは揚羽と紋白の兄にして弟、そして九鬼家長男――九鬼英雄その人である。 

 残っていた二人――あずみと李にはお互い傭兵だり暗殺者である。実力も今一番必要な機動力も、揚羽やクラウディオから見れば他の従者たちと比べても一目瞭然である。

 だがその二人を動かすならば当然、ケガ人の英雄が一人残ってしまうことになる。それこそ由々しき事態である。だが英雄のことだ、頭では足手まといとわかっていながらもついて来ようとするのは目に見えている。

 揚羽もとっくにわかっていたのだろう、見向きもせずその身にあふれる嵐のような覇気で否と答えた。

 だが英雄もまた多少風に煽られたかのように動じず、その身にはいつの間にか同様の覇気を纏ってい受け流し、そして押し返す。

 次第にお互い自らの胸に宿る炎をさらに燃焼させる。熱く熱く燃える様は業火のようで、それでいて冷たく冷静さを思わせる青い炎へと変わっていく。その様はまさに“豪火”絢爛 といったところだろうか。

 

 オオォォォオォォオオ――――

 

 ――――オォォオォォオオォオ

 

「――――」

 

「――――」

 

 お互い何も喋らず、ただただ覇気での問答を繰り返していた。クラウディオや近くにいたあずみも李も、止めるべきだとわかっていながら身体も口も動かせなかった。ただただ宝石のように眩しく輝き燃え上がる青き魂に魅せられていた。心臓さえ止まってしまったのではないかと思ったほどだ。

 5秒か、10秒か、それとも一分か、はたまた一時間も経ってしまったのではないだろうか。見ている側としてはたった10秒程度のものでも、時間が狂ったように錯覚するほど濃密なものだった。

 やがて揚羽からの覇気が収まった。見ていた者たちは忘 れていた呼吸を再開して一息つく。

 揚羽呆れたように振り返り、その瞳の奥を見て理解した。英雄の瞳に宿る熱い炎。今まではまだ漠然と捉え、父や揚羽を真似ていただけの鏡のようにこちらの姿を映していた黒茶色の瞳は、太陽の如く燦々と輝いてるように見えた。

 

「ふぅ、これではもう是と言うしかないでないか」

 

 だが最後に確かめなけらばならないことがある。揚羽は英雄に近付き、あずみ達が止める間もなく撃たれたその右肩へと手を置き力を込めた。

 

「――――ッ」

 

 顔にこそ出なかったが気が揺らいだのが見えた。だがそれがどうした、逆に心地いい風だとでも言わんばかりに次の瞬間にはさらに轟々と燃え上がっていた。動じない英雄にもはや言うことはない。

 ――揚羽は知らぬことだが、英雄感じていたの腕の痛みはいつの間にか無くなっていた。先ほども勢いで撃たれた右腕で地面を叩いていたが、何も感じなかった。痛みが限界を超えたのだろうと本人は然して気にしてないが、不思議と熱とは違う暖かさを感じていた。――そう、あの時、悟空に触れられてからは……。

 

(まったくっ、いらぬところばかり似合いおって。……成長とは早いものだ。我の後ばかり着いていた英雄も、紋ももうこんなにも大きくなっておったとは……)

 

 飛んだ、とわかった。始めから形作られていた川の流れに沿ってただ漠然と泳いでいた鯉が、初めて憧れた頂のある空へと目指すため、龍へと成長、進化したのだ。その一歩を踏み出したのなら、もう自分だけで飛んでいける。

 ――あえて因みにと言わせてもらえば、紋白は例えるならペンギンだそうな……。

 

 その先にいるのはやはりあいつだろうという核心もあった。何故なら――

 

(我も同じだから、な。……本当に似ておるな、我ら三人は)

 

 まぁ、どうしようもない時は助けてやるのが姉の役目であるがな、と揚羽は心の中でフッと笑い、残る二人に顔を向ける。

 

「忍足あずみ、お主に引き続き護衛任務と新たな依頼をしたい。もちろん李静初、お前にもだ」

 

「……報酬は?」

 

 揚羽はニィっと笑って答えた

 

「以後九鬼家が相応の金、技術、地位をもって生涯お主たちを全面バックアップし雇い入れる!!」

 

 話さずとも目で言葉交わせる二人には、お互いの顔を見ずともどんな顔をしているかわかっていた。

 答えはもちろん決まっている。

 

「「乗った!!/契約成立です」」

 

 金でも、技術でも、地位でもない。ただただ二人は魅せらたのだ――彼ら彼女らに。

 

「では行くぞ!! 私が先行し、英雄を中心に二人は左右に当たれ。タワーの中で気での感知はあまり当てにするな 。人や障害物が多すぎて難しいだろう。だからこそ忍足、李――そして英雄。目で、耳で、鼻で、舌で、肌で、己の五感をフル活用して探し出せ!!」

 

「「「はい/御意に!!」」」

 

 即席ながらもすでに阿吽の呼吸を整えた四人に大きな期待を寄せるクラウディオ。

 が、ふと今さら気付いた重大な問題に、熱気とは別の汗をかきながら揚羽たちに問いかけた。

 

「あ、あの……揚羽様?」

 

「なんだクラウディオ!! もうお主に指揮は預けた、お主が考えて動け!!

 もう時間も押している、今すぐ向かわなければ――――」

 

「いえ、その責務は全うする所存ですが、そのことではなく……」

 

「えぇい、くどいぞ!! では何だというのだっ!?」

 

 突入間近に勢いを削がれ、揚羽が怒鳴る。クラウディオ自身も言いづらそうに口籠もっていたが、やがてポツリと溢した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「紋白様のお姿が、先程からお見えにならないのですが…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………そういえば、先ほど悟空が消える瞬間。その背に、九鬼一族特有の、銀白の長い髪が、見えた……よう、な……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「あ」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ……ひっく、母上~、父上~、みんなどこなのじゃ~~!?」

 

 岩の雨が降るタワーの中。女の子が一人、テーブルの下で頭を抱え蹲っていた。英雄と同じ歳ぐらいの年齢だろうか? 団子状に二つに纏めた美しく艶のある髪に、淡いピンクを基本とし、美しい花々を散らした見事な着物を着ている。その顔を悲壮に俯けていなければまさに大和撫子と呼べる少女。その姿からさぞ名のある御家の子だろうと思うが、何を隠そう九鬼、霧夜、摩周財閥等の御三家と並ぶと称される日本御三家の名門“不死川家”のご息女、≪不死川(ふしかわ)(こころ)≫である。当人達はこの御三家をも自分達の下だと見下しているが、 名家の歴史の長さは馬鹿に出来ない。

 とまぁ所謂エリート人生を突っ走っている彼女はもちろん蝶よ花よ我らは名家よと育てられ、見事なまでに己の家を鼻にかけたお嬢様になってしまった。

 しかしこの不死川心、その傲慢な性格とは裏腹に――今現在の顔を見ればわかる通り――かなりのヘタレである。

 蝶よ花よと都合のいいことだけを煽てられ育った故に、高慢ちきな態度で相手を見下して話すコミュニケーション能力を得てしまった。そんな彼女に果たして友達はできるだろうか? いいや出来まい、と断言する。家の者は雅をわからぬ(サル)共のことなど気するなと言うが、彼女は密かに気にしているのを知らない。

 自分でも治そうとはしているのだが、いざ目の前に立つと相手と自分を比べて鼻で笑い釣り合わぬと跳ね除けてしまう。そして後から「あぁまたやってしまったぁのじゃ~」と後悔して次こそは、とまた負の連鎖へと陥ってしまう。

 今回も九鬼と同じく初お目見えということで参加したのだが、初めての参加に大勢の人々、そして父から言われた“不死川の名に恥ぬ雅な立ちぶるまいをせよ”という言葉に余計に緊張してしまい、何とか人を受け流しながらさり気無く逃げてきたのである。さすがは未来のヘタレ女王(クイーン)と言うべきか、それによって先のテロから逃れているのだからもうその星の定めに生まれてきたといっても過言ではない。

 だがしかし幸か不幸かといわれたら不幸だろう。テロのこと自体知らぬが故に地震だと思ってテーブルの下に隠れていたら天井までくずれてきてしまい、動けぬ状態になってしまった。一応少し空けた空間はあるので何とか呼吸はできているが、外へと繋がる道が完全に断たれてしまっていた。

 こんな状態では高慢な態度も取っていられず、涙目でヘタレ顔を晒しているのには失礼ながらカワイイと言っておこう。だが本人にとっては生きるか死ぬかの状況だ。

 

「うぁ~ん! 誰か、誰か居らぬのか~~!!?」

 

 未だ揺れも収まらないしお気に入りの着物もボロボロで、涙腺も決壊してしまい大泣きである。

 だがしかし不幸とは続くもので、遂にその時は来てしまった。支えていたテーブルがミシミシと嫌な音を立て始めヒビが広まっていき、割れた瞬間には眼の前に災いが押し寄せていた。

 

「ぴぃッ!?」

 

(嫌じゃ、死ぬのは嫌なのじゃ~!! 此方(こなた)は……此方にはまだ、夢が……ッ)

 

 それを見ていることしか出来なかった心は次に来るであろう痛みに目を瞑り、無駄であろうが手で塞ごうと伸ばしていた。

 岩は一秒と立たず心を飲み干すだろう。それが用意に想像できた。

 だがそれよりも先に心が感じたのは――

 

(……手?……ゴツゴツ……あったかい?)

 

 まるで天国からの使いが引いているような気がして、あぁもう死ぬのかと思った。

 だが一秒、二秒、三秒と経っても痛みがこない、息苦しくない。

 不思議に思い目を開ければ――

 

「ほぇ?」

 

 目の前に岩の雪崩はなく、いつの間にか人が多く集まる場所へと来ていた。

 

「……?……!?……っ!!!?!?

 にょわ~~~~っ!!?!?!?!?」

 

 何が起こったかわからないが、次の瞬間には尻餅を着いていた。

 

「~~ッいたたたた、な、何が起こったのじゃ……」

 

「ふぅ、危ねぇ危ねぇ。ギリギリだったな~」

 

「うにゅ?」

 

 声が横から聞こえ、振り返る。

 

 

 

 ――以後、彼女はその姿を忘れないだろう。青空と太陽を思わせる空色と黄色の道着に所々跳ねた黒い髪の男の子が、その背に銀白の羽を広げて自分の手を握り支えてくれていたことを……。

 

 

 

「大丈夫か?」

 

「は、はい!!」

 

「んじゃ、あっちの方に多分おめぇに似た気の……家族がいると思うから、非難しとけよ!」

 

「はい、なのじゃ……」

 

 心は夢を見ている気分だった。故にこそ、その後に続いた「悟空、次ぎに行くぞ」「あぁ、しっかり背中掴まっとけよ?」という言葉を聞こえていなかった。

 

「んじゃ、またな!」

 

 ピッと指を振って少年(())は消えていった。呆然とした突っ立ったままの心は、少年(())が消えていった虚空を見つめて、ポツリと溢した。

 

「…………王子様なのじゃ~(はふぅ)」

 

 ――不死川心、彼女は孤独だった故によく本を読んでいた。名家と言ってもまだ子供な彼女にとって、その中に出てくる物語の王子様とお姫様に憧れていた。

 故にこそ彼女の願いは物語の王子様ように自分を救ってくれた人と結婚し、お嫁さんになることである。

 

 のじゃ~とまさに心ここにあらずの彼女を避難していた両親が心配で駆けつけ抱き寄せている間も、彼のことを夢見るお姫様であった

 

 

 


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