真剣でオラに恋すんの?GT   作:縦横夢人

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大変長らくお待たせました。
いや、ちゃうんですよぉ! せっかく6月始めにで投稿しようとしたらPCがカチンと固まって馴染みの人にチラッと見てもらったらザーウィルスが入ってたらしくテキパキと治してもらったら中身がスッキリと消えて俺の心がバキンと壊れてゴロンと不貞寝してでも皆さんの感想にボワァッと燃え上がってタタタタタッと覚えてる限りのこと書いてやっと完成しました!!
……って言い訳染みたもの本当のことも見ずに読んでくれてると嬉しいです、ハイ。


第13話

 

 

「…………馬鹿な」

 

 切道は目の前の現実が信じられなかった。あの恐竜さえ超える王狼が、触れる者の腕ごと噛み千切っていたЯ-07が、自分の最高傑作がッ!!!

 あんな……あんな簡単に……。

 そ、それも…………

 

「な……ついて、る……だと…………ッッッ!!?!!!??」

 

 素直に悟空に頭を撫でられる、あの(・・)王狼が、だ。

 床に身体を預け、されるがまま撫でられているその姿には狂気も殺気も感じられず、まさに牙を抜かれた獣と呼ぶ有様。

 裏道では一度も見たことが無い――“親”であるはずの自分にも。

 愕然と震える身体をよそに、今しがたの考えを切り捨て頭の回転をフルスピードにして思考する。ここにある(自分 の駒含め)全て壊すリスクと、目の前に存在する後々邪魔になるであろう芽を天秤にかけ、それでも切り札である王狼を解き放って潰すこと決めた。しかしその結果がこの様だ。

 

(いや、後悔をしている場合じゃない。ならどうする? 第二、第三部隊を呼ぶか?……いや今からでは遅い。そちらは九鬼牽制に回しているし、呼び戻せば九鬼の従者部隊も付いて来る。何より九鬼帝に就いている後ろ二人が問題だ。残りのЯ計画の実験体は使い物にならない。ならば中止し諦める?……それこそ無しだ、この計画にどれほどの時間と金をかけていると思うッ!!? そもそもあのガキが出てこなかったら全てうまくいっていたのにッッ!!!!……違う、そうじゃない。……あぁ認めよう。あれは本物のバケモノだと。 だがならばどうする!? いっそあれを使うか? しかしアレは自分自身にも危険が伴うし、アレこそ最後の手段だ。おいそれと使える訳が無い!! っち、これならアレも残しておけば……クっソ違う、違う違う違う! 今考えることじゃない、切り捨てろ!!! ならこの状況をどうする!? なら別ルートで……いやしかし――)

 

 切道は現状への対策を練ろうとするが、悟空の存在や切り札をやられたショックからか後悔や疑問、そして恐怖など弱腰な考えが頭を遮りまともに考えられなかった。

 そんな切道を時間は放って置くはずもなく、懺悔の時は迫っていた。

 

「さぁて、っと」

 

「――ッッ!!?」

 

 聞こえたのは偶然か、はたまた胸に抱く恐怖からの反応か。王狼に向いていた優し い眼差しが、鋭い刃となって切道に突き刺さっていた。

 気付けば窓際まで後ずさっていた。高さ296mからなる70階からの景色はまさにここから飛び出したいほどの絶景。しかしそれ以上進めるはずもなく、見ているほど余裕があるはずも無い。いっそここから飛び出せた方がどんなにいいか。しかしそれもパラシュートがあればこそ。準備があっても手元になければ意味がなく、それを取りに行くほど相手は待ってくれるバカではない。

 

「おめぇはちっとばかしやりすぎた」

 

「…………くっ……くるな……」

 

「さすがのオラも頭にキテっからな」

 

「……来るなッ」

 

「でけぇの一発――覚悟しろよ」

 

「来るなぁぁぁァぁぁあアあぁぁあぁぁぁアアアア――――――ッッ ッ!!!?!!!??」

 

 悟空が消える。次の瞬間には切道の目の前に存在し、右手を腰ダメに構えていた。切道にはそれがまるでジャンケンをするかのように見えた。

 

 

 

“さ・い・し・ょ・はグーーーーゥッ”

 

 

 

 しかしその拳には見えない何かが渦を巻き、嵐となって吹きすさぶ。

 ふと切道の頭を過ぎったのは、幼い頃に亡くなった母との思い出。裏道を継ぐため幼少の頃から父に厳しく育てられ、泣きそうな時にいつも優しくしてくれた母。裏道を継いだ父とは違い、庶民の出身だった母はちょっとした時間でも遊べるようにジャンケンや指相撲等を教えてくれた。

 あの時は下らなくも楽しかった。忘却の彼方にあった記憶が走馬灯のように走り、今までの記憶が頭を埋め尽くす。と同時 に理解した。

 

『違うッッ!!! “親”とは……“家族”とはッッッ!! そのような縛って、従わせて、服従させるものではないッ!!

 ……決して、ないッ』

 

 

 

 あぁ、九鬼紋白が言ってたのはこれだったか。そうだ、ワタシは、オレは、ボクは知っている。

 

 

 

“ジャンっ、ケンっっ――――”

 

 

 

 これが――“  ”だ

 

 

 

 その拳は全てを消し去った。壁も、ガラスも、そしてその先にある雲でさえ掻き消した。閃光と音にならない音が拳の先にある物全てを消し去ったのだ。壁やガラスの欠片がパラパラと舞い砂煙がもうもうと立ち込める中、揚羽達は見た。

 

「――――」

 

「…………」

 

 綺麗な正拳突きを放った格好の悟空と、その先に 頭を垂れてガクガクと震え佇む切道の姿を。

 真っ直ぐ伸びたその拳は武に立つ者にとって基本中の基本の型であり、しかし全ての人間が見惚れるものだった。何千、何万、いやそれだけでは圧倒的に足りないだろう神秘の境地だった。その拳の凄まじさは、外の絶景が直に一望出来ると言えばわかってもらえるだろうか。

 だがその拳は切道に届かず、胸のわずか手前1cmの距離で止まっていた。その切道に外傷が無く、ただただ呆然としている様子だった。

 つまりは、だ。おかしなことを言っているのはわかるが、悟空の拳は切道を“無傷”で通り、後ろにある全てを消し飛ばしたということだ。

 いや、無傷ではなかったようだ。くの字に折れていた身体から力が抜けて崩れ落ち、遂には 前に倒れた。腕に隠れて見えないが、さぞや憎々しい顔をしているのだろう。

 

 ――紋白も、揚羽もその場にいる全ての人は気付かないだろう。俯き倒れ、腕に隠れたその顔が、どこか晴れやかな顔をしていることに。そう、倒れゆく様を目の前で優しく見守る小さな少年以外は……。

 

 

 

「…………終わった、のか?」

 

「あぁ、こいつが一番悪ぃやつだろ?」

 

「……そうだ、な。これで……終わったのだな」

 

 揚羽の言葉から次第に周りも危機が去ったと理解した途端、盛大な歓声が湧き上がった。

 

「やった! やりましたよ姉上!兄上! よくやったぞ悟空!!」

 

「はっははは! いやぁ~やりすぎちまったかな?……これでも手加減したんだけどなぁ~」

 

 最後のポツリと呟かれた言葉は奇跡的に誰にも聞かれていなかったが、聞いていた者がいたら眼が飛び出る思いだろう。

 

「……ハハ、何なんだあのガキは」

 

 目の前の出来事に呆然とした表情で顔を引くつかせるあずみ。思わず夢では無いかとらしくも無く現実逃避を押してしまう。あずみも揚羽ほどとはいかないが、悟空の纏う気が少なく、ただのバカな子供だと危険に思い、しかし隣に新しく決めた守るべき王がいたため何もできずただただ見ていることしか出来なかった。

 だが蓋を開けてみるとどうだ? パンチ一つで訓練された精鋭の軍人を倒し、120発の弾丸を片手で掴んで弾いたり、はたまた自分のお株を奪うような分身の術で敵をあっと言う間に片付け、果てには 敵に傷さえ付けずに後ろのお空の雲を吹き飛ばした。そして理解する。あぁ、コイツも壁を越えたバケモンか、と。しかもこんなガキがだ。夢と思わずなんとする?

 しかし目の前の惨状が現実であると頭に訴えてくる。それでもやはり納得いかない……というかしたら駄目なんじゃないかとループする寸前だったあずみに、支えられている英雄が声をかける。

 

「おい」

 

「いやけどこれ夢でんがなしかし……あぁ?――あ、ァぁぁっぁああああああははははははいいぃっ!!!!?? なななんんでごぜぇましょうかぁ!!?」

 

「貴様、名前は?」

 

「ににににんにんニンニン……じゃなかった 忍足(おしたり)あずみデスマス!」

 

「そうか、あずみか」

 

「はわぁーん!(はぁと)」

 

 あずみはこれがまだ夢の続きだと確信した。テロの中で英雄の王としての器を垣間見てから、この方に仕えたい、我が主になって欲しい、まずはお付き合い、では無く友達から……い、いやいやそれよりアタイの名前を呼んで貰えたら……と、年齢○○(ピー)歳ながら胸にズッキューンと来た熱い熱い思いに人生初の一目惚れをしてしまったのだ。一応恐らく(めいびー)成人を越えているあずみ自身、今まで忍になるための修行や傭兵といった道を歩んできたので初恋と言うモノを知らなかったが、女のカンが“これだ”とバクバク鼓動が脈打つのだ。

 さて長くなったが、そんな初恋知らずのあずみさんが好きな人から、それもファミリーネームではなくファーストネームで呼ばれたのだ。 初めての言い表せぬ快感に打ちひしがれてもしかたがない。もう先程までの理解不能な出来事も頭から吹っ飛んでいった。もう小躍りするほどだ。

 だがさすがに現状でそのようなことを、ましてや好きな人の前で痴態をさらすわけにもいかず、理性を総動員して真剣な顔で対応する。。

 

「何でしょうか英雄様!」

 

 ……とってつけたようなブリっ子で対応した感想は、皆様の胸に秘めておいて頂きたい。

 その仕草を見ているのか見ていないのか、顔を前へ向けたままの英雄はあずみに言う。

 

「あそこまで連れて行ってはもらえぬか?」

 

 その答えはもちろん、

 

「喜んで!(キラッ)」

 

 

 

 

 

「……悟空」

 

 あずみに肩を支えてもらいながら歩いて 来た英雄はあずみに礼を言って離れ、悟空と一人向かい合った。その目は鋭く、思わず二人の間にピリピリとした空気が漂う。

 

「おぉ、英雄! 大丈夫か?」

 

 しかし悟空気付いているのかいんばいのか、さも仲が良い様に軽く手を上げて答えた。それに苦笑したのは、意外なことに英雄自身だった。

 

「あぁ、何とかな。……それよりも、だ」

 

「ん?」

 

「孫悟空。――感謝する」

 

 そう言い頭を下げる英雄。これには揚羽も紋白も驚いた。今までの英雄は何処か悟空を毛嫌いしていた(てい)があった。しかしその英雄がここまで悟空に面と向かって、しかも頭まで下げたのだ。

 

「?? オラ何かしたっけ?」

 

 しかし言われた当人は言葉の意味を理解 できていないようで、頭に『?』マークがいくつも浮かんでいた。何度も左右に首を傾げる様は本気で分かっていないようだ。その様子では、彼は英雄に嫌われていること事態知らないようだ。

 だがそれでいい、と英雄は内心で苦笑した。

 

「いや、ただそれだけを言いたかっただけだ」

 

 ――これは今までの分。そして今回の礼は、いずれあやつが危機に陥った時に味方でいられる――背を任されるような“男”になること。それが九鬼としてのの、英雄としての――我が我であることへの証明であり、我があやつに出来ることでもある。

 

『感謝は言葉と態度で示せ』……九鬼家の家訓でもある。

 

「そっか、ただ言いたかっただけか……ぷッ」

 

「そうだ、ただ言いたかっただけ だ……くッ」

 

「「ハッハッハッハッハッハッハッハ!」」

 

 お互いどこか可笑しくて、同時に吹き出してしまう。

 

「フハハ、っハハ! 悟空も兄上、っも、仲直りして本当に……ほんとうに、よがっだぁ゛~」

 

「フハハ、そうだな……あぁ本当に、な」

 

 

 

 あれほど離れていた二人の心がついに……遂に繋がった。その事実と胸いっぱいに溢れる嬉しさに紋白はフハハと笑いながらその潤んだ瞳からポロポロと珠の滴を零していた。そんな妹の頭を優しく撫でながら揚羽もホッと息を吐いた。

 

 

 

「うぅ~よかったですね英雄さま~。ズズッ。思わずアタイももらっちまいました」

 

 離れた所で見ていたあずみはその光景に顔を横に向けて鼻を啜っていた。

 

「おっと、まだアタイの仕事が残ってたな」

 

 あずみの足が進む先は、切道が放った裏切りの凶弾で倒れている李の身体だった。

 その身体は急所に当たったのかピクリとも動かず、故に撃たれた一発以外触れられた様子のないまま放置されていた。近付くにつれ見えるその赤い血だまりの大きさでは、悟空が10分とかからず瞬く間に制圧したと言ってももう間に合わないだろうと誰もが思うほどに広がっていた。

 傭兵だからこそ今回のような敵対勢力として会い(まみ)えることも少なくなかったが、李とあずみ、そしてもう一人と三人の上司であった大佐でチームで組み各地を回ったことの方が圧倒的に多く、そして心地良かった。

 いつもとかわらない無表情で床に倒 れるその表情。だが旧知の仲であるあずみにはその顔に似合わない驚きが浮かんでいることがわかった。

 故に大切な仲間の遺体に近づき、

 

 

 

 

 

「おら、起きろ」

 

 

 

 

 

 蹴りを入れた。

 

 

 

 

 

 しかしその脚は李の横を通り、当たらなかった。

 死体であるはずの李の上半身がぐにゃんと起き上がり、遂には頭に糸が付いてる人形かの如く不自然な動きで立ち上がったではないか!! その様はまさに中国の妖怪キョンシーのようだった。

 

「ちっ、避けんじゃねぇよ」

 

「マァーナンテヒトデショー。文字通り死体に鞭打つなんて……そのムチムチの脚だけに(ぷすーっ)」

 

「あ? てっめぇそのムチムチって言葉は太いって意味じゃねぇよな? 全然上手くねぇよ、ケンカ売ってんのか、ああ゛ん?」

 

 死体であったことを強調するようにカクカク動く李は、自分の掛けた言葉か……はたまた別の要因でかは知らないが、フイと顔を横にそらして口に手を当てる。しかし無表情でいながらバカにするように吹き出した息をあずみは見逃さず、暴発寸前の拳を理性で落ち着けていた。

 己の内から湧き上がるある阿修羅を何とか……それはもう深く深く飲み込んで、呆れを含めた長いタメ息を吐いた。

 

「はぁぁぁぁぁぁ~~、相っっっ変わらずそれ好きだなお前! まぁ今回はアタイしかわからなかったからよかったがな。そういうことに関しては流石というべきか」

 

 この状況では知っていたアタイでさ え騙されそうだった。――その身体に付いた血の量が撃たれた箇所にもかかわらず、致死量ほどの量が服と柄に染み渡っていなければ。

 

「今回は特製の絵の具と、保険のためにをクナイで浅く傷付けておきましたから」

 

 ――あとから聞いた話だが、元々裏道家の怪しい噂には気付いていたらしく、その事実を大佐から調べるように言われて潜入したらしい。今回はお互い依頼主が違ったため、行き違いのように別々で行動していたらしい。

 あずみと対峙したあの時も、常に切道へと意識を向け隙を狙っていた。だからこそ切道の発砲を読み切り、バレないように体を捻って避け、袋に入れておいた特製血袋と掠めた部分の僅か横を内臓を避けて同時に傷付けたのだ。

 そこに李お得意の死んだふりを合わせれば完全な死体の出来上がりである。

 

「まぁ無事ならそれでいい」

 

「あずみのツンデレ、乙です」

 

「茶化すな……お前も見てたろ?」

 

「……ええ、それはもう」

 

 視線の先には九鬼姉兄妹と後から来た霧夜家と森羅家の長女に囲まれ楽しそうに笑う子供。いや――

 

「あれを子供と言っていいのかねぇ?」

 

「ふふ、何を今さら」

 

「あ?」

 

 李へと振り向く。常に感情が乏しく知古のあずみ達ですら読みずらいその顔には、今まで見たことが無いほどの喜び、安堵、尊敬、憧れ等、複雑な表情が現れで悟空を見ている。

 ただ一つ、それが一つにしてわかることがある。李は笑っているのだ。

 

「彼は彼です。裏道を撃ち抜き、霧夜に誘われ、森羅に褒められ、九鬼姉兄妹に囲まれ笑う、普通よりただちょっと強い子供ですよ」

 

 李は初めてあったばかりのあの子供に

 

 

 

 

「っは! らしくないな、李」

 

「ふふふ。あなたも笑ってるじゃないですか」

 

 どちらともなく二人は笑い合ってた。

 

 

 

 

 

「それにしても先程のアナタもらしくないですね、床の上で魚のように飛び跳ねて。まさしく――」

 

「ブリだけに、つったら殺るぞこらぁぁぁぁぁああッッッ!?!!?!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 九鬼三姉兄妹の長き夜が、遂に終わりを迎えた。

 

 

 

 闘いは終わったのだ。

 

 

 

  ――しかし“戦い”は終わらない

 

 

 

 それも起こした当人でさえ予期できぬ、まさに逃れられぬ“運命”のように……

 

 

 

 

 

 ……ピッ

  ……ピッ

   ……ピッ

 

 ピ―――――――――――ッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドンっ、と地球が怒鳴った。

 

 そう思える程の、爆音。床がひっくり返るのではないかというほどの揺れがそのタワーにいた全員を揺らし、立つことができず床に手を着いた。唯一立っていられたのは武人として鍛えられた身体を持つ揚羽、同じく傭兵として一線越えた強さと似たような経験に慣れている李と英雄を支えるあずみ、そして胸に飛び込んできた紋白を抱く悟空とその背を自らの身体で支える王狼だけであった。

 

「な、んだっ、この揺れは!?」

 

「ちょっ、こんな地震ってありえないでしょぉっ!?」

 

「お怪我はありませんか、英雄様!?」

 

「うむ、心配ない。世話をかけるな」

 

「大丈夫か紋?」

 

「う、うぬ! わわわわれ我は、だだだ大丈夫であるぞなもし!」

 

「本当に大丈夫か? 何か顔赤くなって震えてっぞ?」

 

「ばっ、バカモノ! この揺れのせいに決まっておる!!……決まっておるはずだ!?」

 

「ん~そっかぁ、ならいっか。おめぇもサンキューな!」

 

「ウォンウォン! クゥ~ン」

 

「ははっ、よせってくすぐってぇぞ~」

 

 慌てる参加者たちをよそに、揺れる身体を支えながら揚羽たちは冷静に現状を分析する。――若干二名と一匹はは別のことで揺れていたが。

 

「……まさか?」

 

 その中でも逸早くそれに気付き駆け出すのは李静初。続いて揚羽がその後を追う。あずみも気付いていたが英雄を守ることが第一と動かなかったが、嫌な確信だけは浮かんでいた。

 そして近付くは切道が倒れる場所。その横にはもちろん、赤いボタンがライターのようなものが転がっていた。ご丁寧に「ポチっとな」と幻聴が聞こえそうなほどボタンが沈んでいた。だが先程まで切道の手には何もなかったので、おそらく倒れた拍子に落ちて起動してしまったのだろう。

 

「これがまさに“お約束”ってやつですね……」

 

「こんな“お約束”など有難迷惑だ!! 切道め、いらん置き土産を残しおって……ッ」

 

 揚羽が睨む先は倒れている切道。おそらく本当の最終手段として残していたであろうそれは、己さえ巻き込みかねない程のものだ。おそらく逃げる準備も万端で、どこかでヘリが待機しているのだろう。自分一人だけで逃げる気だったのだと考えると胸に黒い炎が燃え上がりそうだった。

 しかし切道を殴っても現状の解決にはならない。胸に宿った炎を、周りを守らなければという責任に換えて揚羽は声を張り上げ李に問う。

 

「この階の脱出ルートはッ!?」

 

 向けられた王としての覇気に、李は自分の上司ではないながらも背筋を伸ばして起立し、もしものために調べておいた情報を伝える。

 

「ハッ! 現在の状況における脱出ルートは4通りです。しかしエレベーターはいつどこで停止するかもわかりませんし、最悪閉じ込められるかもしれませんので除外。次に設置されている緩降機ではタワー367(?)階の高さにこの人数、そしてこの揺れでは一人として降ろすことはできないでしょう。ましてや助けのヘリを呼ぼうにも今からでは間に合わず、逆に二次災害を引き起こすかもしれません。つまり最終的には非常階段を使うしかないわけですが……」

 

 そこで李は言葉を切って周りに目を向ける。そこには泡を吹いて喚く者、自分だけでもと周りを押し退けエレベータ―へと醜く足掻く者、生を諦めた虚ろな目の者、ただただ恐怖しか湧かずに泣き叫ぶ我が子を、この子だけでもと抱きしめ守ろうとする親子。そこにはパニックにしかなかった。何とか落ち着かせようとする胆力ある人物や護衛もいるが、恐怖の波は静まることを知らず大きくなっていく。

 このままでは爆発や落下で死ぬ前に人殺しを見るかもしれない。それを止めることはできても全ての命を助けることが出来ない己の無力さに歯を噛み砕かんばかりの怒りを覚え、しかし血が出るほど拳を握りしめるしか出来なかった。

 

 神による悪戯は、しかし以外にも二人に人間によって留まっていた

 

 

 

“ パ ン ッ ”

 

 

 

 空気を破る柏手一つ。

 

 叫ぶ者も、押し退ける者も、虚ろな者も、泣き叫ぶ者も、抱きしめる者も、怒りに拳を震わせていた揚羽でさえも、その場にいる全ての者がそちらに目を向ける。いや、吸い寄せられた。

 

「はい、ちゅうもーく!」

 

 手を挙げて視線を集める先には、我々を救ってくれた救世主。孫悟空がいた。

 そうだ、彼がいた。まだ希望はあったのだ。

 

「オラに考えがあっからさ、話聞いてくんねぇか?」

 

 

 

 ただの子供が何を、と思うかもしれない。事実先ほどまで参加者たちは切道が計画したテロと育てられた精鋭に人質を取られた圧倒的絶望の中で、突如現れたのがたった一人の子供だ。殺されに来たと勘違いしてもおかしくない。バカな子供だと思った。

 ガキの次は自分たちだ、子供が死にゆく様を見たくないと顔を背ける者でさえいた。

 しかしその後に見たことはまるでおとぎ話のような英雄章だった。大の大人を拳一つで倒し、弾丸の雨を片手で防ぎ、忍者のように分身して数十の精鋭を瞬殺し、ついには切道の身体に触れず空の雲を掻き消してし、一人で裏道家を壊滅させてしまった。

 彼なら何とかしてくれる。そう思うほど皆は惹かれ、不思議と彼の言葉の全てを聞き逃さないようにと波紋のように静かになっていった。

 その彼が言った言葉。それは――

 

 

 

「みんな手繋いでくれねぇか?」

 

 

 

「……おい、これで本当に大丈夫なのか?」

 

 英雄がそう零すのも無理はない。眼の前には悟空の背中に五本の手、横には英雄と同じように悟空の背に手を置く九鬼三姉兄妹と霧夜エリカに久遠寺森羅、そして後ろには端にいるエリカと森羅を繋ぐようにぐるりと円を描いて手を繋ぎ合う参加者たち。そしてその円の中には今回のテロの首謀者のである切道とその精鋭たちが山積みされ、その者たちを繋ぐようにあずみと李が三人の間にいる揚羽と英雄の背に手を当てていた。

 危機的状況にあるというのに摩訶不思議な空間が出来上がっていた。さしもの参加者たちもこれには疑問しか上がらないが、揚羽たちが何とかまとめあげたのだ。

 

「なぁ~に、でぇじょうぶだって! 心配いらねぇよ」

 

「いや、まぁ、うむ、そこまで言うのならいいのだが……」

 

「急げっ!! 少しづつだが揺れが大きくなってきている。時間がないぞ!?」

 

「あぁ、たださっきも言ったように皆ぜってぇ手ぇはなずんじゃねぇぞ?」

 

「わかっている、もう頼みの綱はお主しか居らぬからな、もうこうなったらとことん付き合ってくれる!」

 

「おっし、んじゃいっちょやっか!!」

 

 そう言って右手の人差指と中指の二本を出して額に当てる――前に最後の忠告とばかりになた振り替える悟空。そのもどかしさに全員が顔を赤くして怒鳴ろうとするが、先に出た悟空の言葉に頭が真っ白になってしまった。

 

「みんな“跳ぶ”から気ぃ付けろよ?」 

 

「……とぶ?」

 

「…………飛ぶ?」

 

「………………“跳ぶ”?」

 

 三姉兄妹の理解できていない呟きを気にせず、悟空は額に指を当て目を閉じる。

 

 

 

 いる。

 

 ぜってぇいるはずだ。

 

 帝とヒュームの気は遠すぎてはっきりしねぇし、探すにゃ時間がかかっちまう。他のやつらはまだ全部覚えられてねぇ。けど、じっちゃんならおそらく……。

 

 

 

 10秒か、20秒か、それとも1分か、もう10分経ってしまったのではないか? そう体内時間が狂ったのではないかと思うほどの焦りがそれぞれの胸に襲い掛かる。それに呼応するかのようにフロアが揺れ、天井の埃が落ちてくる。『今ならまだ間に合う、手を放して自分だけでも逃げればまだ……ッ』そんな考えも浮かんでしまうが、それを隣にいる者の手を強く握って食いしばり耐え抜く。ここにいる者は武力では弱くても、それぞれの会社や企業、世界のトップに立つ者たちだ。それなりに苦い物を飲み込んで進んできた。だからこそまだ耐えられる!!――というのもあるが、一番の理由は彼がいるからだった。物語のようにバッタバッタと敵を倒し、こんな絶望的な状況でも笑って大丈夫だと言ってくる。まさしくこの場にいる全ての者たちにとって彼はヒーローなのだ。そんな彼を見ていると元気をもらえる、まだ頑張れる、そして見届けたい!! そんな思いに満ち溢れていた。

 なによりもそれが顕著なのはその背を見守る四人と後二人、そして上下一対の一人と一匹だ。その瞳の奥に絶対の信頼を宿していた。

 だが悲しきかな。時はなおも生きている。

 粉は礫に、礫は石に、そして石は人を圧死させる岩となる。

 

「おい、天井が崩れるぞッ!!?」

 

 フロアのあちこちから降り出す岩石と化した天井の破片。誰かの声が響く中、それでも悟空は潜る、潜る、潜る。今はまだ人を避けているが、それも時間の問題。次の瞬きの刹那には、その場全てを覆い隠すほどの雪崩が降り注いだ。

 それを目にした人にできる抵抗は隣の手を強く握ること。そして……神に、仏に、そして彼に祈り“信じぬくこと”!!

 王狼も、エリカも、森羅も、李も、あずみも、揚羽も、英雄も……そして紋白も岩の雨の中でただ瞳を閉じ、隣り合う手を強く握った。

 そうすれば、ほら……彼は叶えてくれる。

 

 

 

「みっけたぁ!!!!」

 

 

 




正直詰め込みすぎて話が進んでない……。
つ、次こそは裏道編を完結してみせます!!
といつものような宣言をしつつ次回もお楽しみにしてくれると嬉しいです。
感想を下さった皆様に感謝を、そして変身……ならぬ返信を返していきたいです。

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