真剣でオラに恋すんの?GT   作:縦横夢人

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何か一ヶ月更新になってるような……。言い訳しませんorz
しかし設定にこりすぎて長くなりすぎた。
では話はここまでにして。
ではどうぞ


第10話

 

 

 

「ふぃ~すっきりした!」

 

 ズボンのチャックを閉め手を洗う悟空の顔は至上の快感を得たようにふやけていた。ハンカチで手を拭きながら会場に戻ろうとトイレを出ると、外が騒がしいことに気付く。パーティーが盛り上がっているのかと思いきや、下の階からも騒々しい音が響いていた。

 

「下の方も楽しそうにさわいいでんなぁ~……っと、いっけね!」

 

 オラも戻んねぇと。早足でエレベーターに向かいボタンを押す。上から現れたエレベーターに乗り、68階から二つ上にある元の会場70階のボタンを押そうとする。

 

「?? あり?」

 

 が、押しても押しても動かない。数秒してやっと動いたかと思えば、

 

「……なんかこれ、下に行ってねぇか?」

 

 とある永遠の五歳児的に言えば、お股が“ヒュン”となる感覚。それと共に階を示す光が67、66、65……下に下がっていく。どのボタンを押しても反応せず、どうすることもできないまま数十秒たち、遂には一階まで降りて止まってしまった。

 ピンポーンの音と共に開いたその先には――

 

 ガチャッ

 

「?? おろ?」

 

 先がキラリと光る、黒い二つの筒だった。

 

 

 

「えーそれではさっそく裏導家総代として手初めに――“世界征服”させて頂きます!」

 

 普通の男の普通な言葉――だがその中には異常が含まれていた。

 

「――ッ!? 全員窓から離れろぉぉぉぉおッッ!!!!」

 

 何かに気付いたのか、はじかれた様に叫びながら窓に向かって跳ぶ揚羽。その後ろを朱子達それぞれの護衛数人が続いていた。え?とその場の全員が零す前に突如、何十人もの黒い迷彩服を着た者たちが展望台と外とを分けていたガラスを割って現れた。

 肩にかけていたマシンガンを構え男達が動き出す――前に揚羽は正面にいた一人の心臓近くへ右の正拳突きを叩きつける。だが本気の一撃ではなく、相手を戦闘不能で吹き飛ばす程度の威力で、だ。

 一対一のタイマンなら全力でもいいのだが、今は多対一の集団戦だ。しかも明らかに護衛の人数を合わせてもこちらの方が少ない。さらには後ろに非戦闘員の英雄や紋白、エリカや森羅がいるのだ。故に一人一人まともに相手にしている場合ではなく、近づけさせないように一人一人を確実に潰す。狙うは一撃一殺、故に放ったハートブレイクショット。続くは暇を与えない速攻での戦闘だ。時間をかければかけるだけ紋白たちに危機が及ぶ。

 本来なら気を使った全体攻撃で吹き飛ばすべきだが、この展望台は広いとはいえ戦闘に対する耐久も高くないし非戦闘員をも巻き込みかねない。だがそれでも我とこの護衛達がいれば十分と拳の衝撃を押し込む。

 相手は防弾チョッキを着ているようだが衝撃は殺せない。一人目が蹲る間に二人目の懐に低く潜り込む。相手は近すぎてマシンガンを撃てないと判断したのか、即座にバックステップして腰のアーミーナイフを逆手に構える。が、揚羽は構わず近付いて水面蹴りを放ち転ばせ、獣のように跳び縦に一回転。その勢いのままに踵落としを腹に落とす。これで二人目。

 一瞬だけ周りを見渡せば周りの護衛達も同じ考えのようで、正面の敵に対峙しながら横の敵に飛び道具で牽制し足止め、顎や鳩尾、果てには金的などを狙う。さすが大企業の護衛達と言うべきか、並みの軍人さえ凌ぐ動きで倒していく。それに口角を上げつつ、次の敵へ対応する。

 続く三人目は仲間のことも構わずマシンガンを放ってくる。それに嫌気が差しながらも踵落としのまま二人目を踏み台にして天井へ三角跳びで着地、そして重力を味方にして天井から跳ぶ。相手はその三次元の動きについてこれず、気づいた時には揚羽が目の前で拳を振りかぶっていた。これで三人。流れるような動きで三人に使った時間は四秒。一人約一秒で沈めた。その驚愕の事実に味方の護衛達でさえ驚き感心していた。

 だが、

 

(っく! 先程もそうだがこやつら、味方のことさえ厭わず……ッッ!?)

 

 展望台を囲うように現れた者達の力はその並の軍人さえ凌いでいるようで、護衛達の動きを瞬時に覚えたのか次々と対応していく。いや凌ぐとは程遠い、まるで別格だった。

 強さが別格というわけではない。その動きは機械的で集団戦のプロだとわかる。それだけならただの軍人として片付けられるが、仲間を囮にしてその仲間ごとこちらを潰しにかかってくるその姿はまさにマシーンだ。。まるで高性能AIを使ったチェスや将棋のようだ。向こうは大量の【歩】……いや【と金】を使い追い詰め王手にかかる。逆にこちらは【歩】を守るために【飛車】【角】、そして【王】を前面に出しているようなものだ。数の差では向こうが一枚も二枚も上手であり、いくらこちらが【飛車】や【角】、はたまたその両方の力を持った【王】がいたとしても自分さえ厭わない自爆特攻で来られれば削られていき、最後に狩られてしまう。それに新しい手を打っても即座に対応され一手で覆されてしまう。

 

 それでも挫けるわけにはいかないと己を奮起させた揚羽は紋白達との位置を確認し、巻き返すためにも気を集中させ範囲攻撃を行おうと――

 

「はーいはいストップ」

 

 裏導総代の声が響き、後ろでパチンと音が鳴る。同時にガチャッと激鉄が引かれる音がした。

 

「あ、姉……うぇ……」

 

「ッッ!? 英雄ッ!!!!」

 

「動かないで下さい」

 

 バッと振り向き、気付けば守るべき英雄やエリカ、森羅達、非戦闘員の参加者達が二十前後の人数に囲まれ銃を突きつけられていた。

 

「九鬼揚羽様、それに皆々様もどうか抵抗せずおとなしくして下さいね?」

 

「姉上、我のことはお気になさらず紋白を!」

 

「我らは人質だ、故に傷つけることはあるまい……」

 

「そーよ、慣れたものよこれくらい」

 

「……エリカはこんな時でも相変わらずだな」

 

 

 

「――待て、紋は……紋白はどうした!」

 

「「「!!!??」」」

 

 英雄達を見た時に感じた違和感。それに気付いた揚羽は英雄達に確認するが、当の英雄達もやっと気付いたのか辺りを見渡す。だが紋白の姿は見当たらなかった。

 まさか――

 

「裏導、きさま紋白をどこへやったぁ!!」

 

「あぁご心配及びません。あなたがたの大事な大事な妹様はこちらで保護(・・)させていたいただきました」

 

「き、さッ、まぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああッッ!!!!!」

 

 

 

(やられたッッ!!?)

 

 揚羽は己の歯を砕かんばかりの力で歯軋りした。

 簡単だ。己ら力ある者達を窓際に炙り出し、離れた瞬間に中央で待機していた本命で紋白達を人質として囲う。それだけで自分達は何も出来なくなる。さらには見せ付けるための人質と手の届かない所で心乱させるための人質という用心もしている。明らかにこちらを熟知している動きだった。逆に言えば脅威として見られていると言えるが……。

 

 これは自身が招いた“驕り”だ。この程度の人数“いつも通りに”倒してくれる。そうやって己だけで片を付けられると心のどこかで驕っていたのかもしれない。だが今回は英雄や紋白がいる。逆にヒュームやクラウディオ、小十郎もいない。今までは己より強いものがいたから攻めのスタイルでも大丈夫であったが、闘えない者達がいる時点で守りのスタイルを維持するべきであった。それにどうして相手の増援がいないと決めていたのか。

 揚羽は自分で自分をぶん殴りたかった。

 

(我の油断、失態だ!!……だが、まだっ!)

 

 最後に残された一手を信じ、裏導切道を睨んだ。

 

「要求は何だ、裏導……」

 

「ん~裏導は固いですね、切道でいいですよ?」

 

「……裏導っ」

 

 未だ笑顔でいる裏導切道に対して内から怒りが湧き上がるが、状況は向こうの方が圧倒的有利。憤怒を理性で圧し込み、しかし滲み出たものを言葉と共に吐き出す。

 

「まぁ、いいでしょう。要求は言いましたよね? 世界征服だと」

 

「おいふざけるな! そんなくだらないことで我々を拘束したのか!!」

 

 そこでやっと言葉の意味を理解したのか、紋白達と一緒に拘束されていた参加者達が怒りを露にした。

 

「裏導風情がぁ!! 今さらでしゃばりおって……っ」

 

「おとなしく隅で縮こまっていればよいものを……“世界征服”だと? 馬鹿馬鹿しい!!」

 

「裏道は裏道らしく、我らの足元で道となっておればよい――」

 

「はい“パーン”」

 

 甲高い音が言葉を裂いて響いた。一種の静寂、その後は悲鳴だ。

 

「ぐわぁぁぁぁああっっ……あァ……ぁあっ?!」

 

 顔を真っ赤にして怒鳴り散らしていた男達の一人が脚を抱え悶えていた。

 

「パン、パン、パパーンっと!」

 

 更に響いた三度の拍手。そして三人の合唱と大勢の悲鳴。

 

 英雄達、そして揚羽も、何も出来ずに見ているしか出来なかった。

 

「別にいいじゃないですか“世界征服”。かっこいいじゃないですか」

 

 ふぅ、とハンドガンの硝煙吹き消しながら言う切道。その先に映る撃たれた者達をつまらなそうに――それこそゴミの様に真っ黒な目で見ていた。いや、実際は認識さえしていないのかもしれない。

 子供のようにすねた声色。純粋過ぎる真っ黒な瞳に宿る狂気が本気で言ったものだと理解させられ、それがより一層揚羽達に怖気を湧かせた。

 だが揚羽も馬鹿ではない。動けない身体の変わりに頭をフル回転させ、怖気を払うように手で空気を裂いた。

 

「我達トップを一気に片付け、人質とする気か……ッ」

 

「さすが九鬼揚羽さん、やはり他の人たちとは違い頭が回りますね。そこいらにいる暗愚達とは違う」

 

 目を向けることさえ億劫なのか、言葉だけで震え上がる財界者達を指す。撃たれるのを恐れた者達はヒッと怯え後ずさった。

 

「……これほどシンプルで、効果的なやり方はあるまい。子供(・・)でもわかることだ」

 

 暗にお前は子供だと言っているのだが、何がおかしいのか切道はクスクスと嗤い、いえいえと手を振る。

 

「違いますよ。このような状況で冷静に判断し、自分が出来る最大限のことをやっていることですよ。ほら、今も気を高めてヒューム・ヘルシングやクラウディオ・ネエロ等のマスタークラスの方を呼ぼうとしている。」

 

「っ!!?」

 

 今度こそ揚羽の頭が止まった。その顔を見て当たったと切道は腹を抱え嬉しそうに嗤った。

 

「いやーやはりあなたはイイ! その切れ長の瞳が、プルンとした口が、整った鼻が、絹を思わせる髪が、」

 

 揚羽に一歩一歩近付き、頬を撫で顎に手を添える。

 

「その氷のような顔が、白く美しい肉体が、その全てがッ!!

 あぁ――

 

 

 

 ――飾っておきたい」

 

 ゾッ――。揚羽の身体が、心が、魂が今までに感じたことのない最大級の恐怖で染められた時、一陣の影が切道の背後から飛び上がった。。

 

 

 

(どうするっ、出るか!?)

 

 裏導切道が語る後ろ、メイド達が並ぶ一角で冷や汗を流すものが一人いた。彼女の名は≪忍足(おしたり) あずみ≫。

 

 ≪忍足 あずみ≫

 彼女は≪女王蜂≫の異名をもつ幾多の戦場を駆け抜けた傭兵だ。生まれは日本の甲賀。これから分かるとおり幼少から忍者として育てられ、その腕で世界中の戦場を生き抜いてきた。

 

 今回も九鬼揚羽から護衛としての依頼を任され、裏導専属のメイドとして会場に潜り込んでいた(その際上司であり傭兵仲間の≪大佐≫からありがた~~~~い程ごく短い間、メイドとしての基本を文字通り叩き込まれたのはまた別の話)。

 

(九鬼から護衛の依頼が来た時から嫌な予感はしてやがったんだ……しかも裏導のだ! あたい達の間でも気味が悪くて極力近付かなかい方がいいと話してたところにこれだ。っち、金と九鬼揚羽に乗せられたあたいのミスってか……)

 

 そのツケが回ってきたのがこのザマだ。圧倒的不利な状況に陥っている。あのマスタークラス程の力ある依頼主で現在人質を取られ動けない九鬼揚羽と同じ護衛たち。裏導の者達に包囲された護衛対象の九鬼英雄と紋白含めた政界財界の人質達。

 なによりあれぐらいなら九鬼揚羽だけでも対処できると考え、しかし英雄や紋白達の方へ行くか様子を見るかの一瞬の迷いで判断できなかった為に人質をとられ何も出来なかった己が一番許せなかった。

 

(だがまだチャンスはある! こいつらは心を殺しすぎた駒だ。動かす担い手がいなければ独自に動くことはない。大本の裏導切道を逆に人質にとれば……っ)

 

 故に待つ。後悔は後のしろと教えられた。幸い切道は今子供のように……てか子供らしいと言えばいいのか、揚羽の前ではしゃいでいる。揚羽の方は護衛ともども注意を払われているので動けば即人質も危険が及ぶ。逆に視線は皆そっちに向かっているので、己を見ていない。

 そこに切道が揚羽から一歩間をおいた。

 

(ここだッ!!!!)

 

 急がず、騒がず、慌てず。心音を低く、身体を柔らかく、だが悟られないよう平静で、直立の状態から一歩で跳び駆ける。発動→動作→結果の過程を飛ばし、0から100への加速を超えた移動術。未だ至れない縮地の一歩手前。

 

“瞬身”ッッ!!

 

 一足で跳ぶ。狙うは喉。指示を出させないために絞め落とし、抵抗させずに逆人質にする。

 手を伸ばし首を刈るように喉仏を――

 

「――対不起(すみません)

 

「ッ……がぁッ!!?」

 

 あずみのさらに後ろ、もっと言えば上から背に膝蹴りが落ちて来た。あずみはそのまま相手の体重ごと床に叩きつけられた。

 

乖乖地(おとなしくして下さい)

 

「てめっ、その声――≪李 静初(リー・ジンチュー)≫かッ!!」

 

「……確か日本語ではこう言うのでしたね、“お会いしたかったです”と」

 

「っぐ、あたいは会いたくはなかったぜ……どおりで何も感じなかった、いや静か過ぎたわけだ。あの≪沈黙の暗殺者(サイレント・アサシン)≫様がいたとはな……。

 だが何でてめぇがそこにいやがる!」

 

「……答える必要はありません。しいて言えば依頼だから、ですね」

 

「あぁ李さん、動けないようにしといて」

 

「……了解、悪く思わないで下さい」

 

 返事と共にボギッと鈍い音が響く――腕が折られた音だった。

 

「がぁぁぁっ……ッ」

 

「女王蜂!!」

 

「ふむ、やはりあなたのでしたか揚羽さん。さすがと言うべきか、あの女王蜂を雇うとは」

 

 あずみの強襲にも全く動じた様子もなく、うむうむと頷く切道。

 それはつまり――

 

「全て分かっていたということか……ッ」

 

「いえいえ、九鬼帝が揚羽さん達を送ってくることや現在ここにいる人たちが今日暇なこと、女王蜂さんがウチにメイドとして働きに着たことげらいしか知らないよ?

 うん、そこで腕利きのメイドが欲しかったから李を雇ったのなんて偶然さぁ! いやーよかったよかった」

 

「っく、わざとらしい。……いつからだ、いつから計画していた! これほど大規模な事は一年やそこらで出来るはずがあるまい!!」

 

 ピタっ、と切道の動きが止まった。時が止まったように一ミリも揺れないそれは不気味だった。だがそれも一瞬、小刻みに震えたかと思えば天を仰ぐほど大きく手を広げ嘲笑し始めた。それは大地震を予兆させる予震のようであった。

 

「……一年?二年?ハハハ、なぁぁぁぁに言ってるんですかぁ? そんな短い分けないでしょー?」

 

 ならば五年、いや十年か!! 揚羽の問いを嘲笑うかのように、まるでお疲れさんと肩を叩く様にポンとこぼした。

 ――400年

 

 告げられた言葉をいち早く理解できた者はいなかった。それがどうしたと言い切ったのは切道自身だった。やれやれと首を振って語りだす。

 

「まぁ実際は100年近くと言った具合ですよ。我らが裏導が生まれたのはちゃんとした熱血で胸熱でクリーンな理由だったんですよねー」

 

 そこからは切道の独壇場。語られるは裏導の裏の闇の部分、つまり真の思想だった。

 

 始まりは殿様や天皇、大臣たちの相談役だった。裏から主を支え、道を作る存在。故にその頃主、徳川本家の者から『裏で導く者』――≪裏導≫の名を直々に頂いた。それから現在までそれは続いているという話。家訓にも『影は背にありつき従う。時に影、主の前に出でる時あり。しかる時、我ら(裏導)導く時』と。それだけならまさに影で動くダークヒーローだっただろう。

 

 だがいつからだろうか、それがズレ始めたのは……。

 

 切道から数えて三世代前の頃から裏導の存在は軽んじられていた。考えれば恨まれるのは当然だ。殿下に対して唯一口が聞ける存在=その気があれば殿下を操り天下を取ることができるということだ。当時の裏導家総代にその気はなかったらしいが、それでも欲深い人間に様々な妨害を受けていた。また当時の総代はそれに下手で対応をしてしまいだんだんと品位を下げられていた。しまいには次代の徳川殿下にも悪い噂を囁かれ、ついには周りから裏道とよばれるようになってしまった。その時からだろう、裏導に真の影が差したのは……。

 次代の総代、つまり切道の祖父にあたる者に引き継がれるときに新たな家訓が付け加えられた。

 

『だが壁いでる時、影は主に問え――世は何処(いずこ)

 

 つまり主の目の前に壁があったとき、壁に映った影は主の目の前に現れ問うということだ。それは世に不審を抱いた曽祖父の怨みを込めたものだった。

 そしてそれは加速する。祖父の総代が生きた世界は世が変わり始める節目だった。戦争が始まり国のトップの目には侵略や略奪という炎が宿っていた。その時一度、総代は問うたのだ――世は何処、と。

 だが返ってきたのは無言。相手にさえしなかったのだ。そのときこそ元来の“裏導”は一度潰えたのだろう。その闇は今の切道に受け継がれている。

 が、

 

「我が父≪総晴≫は私に受け継ぐ半ばで悟ってしまったのでしょう。この恨みはただの八つ当たりじゃないかと。まぁそんなわけで裏導自体を潰そうとしたんですよ……」

 

 そこまで聞いた揚羽は、いやこの場の全員が嫌な予感を抱いた。それを揚羽は代表して問うた。

 

「……総晴殿はどこだ」

 

 そして切道はもちろんと笑顔で答えた。

 

「今はお疲れで眠ってしまいましたよ。今ではいい夢を見ているのではないですか?」

 

「――――ッ!!?」

 

「何ということを……」

 

「貴様、親殺しをッ!!」

 

「……どおりで狂ってるわけね」

 

 言葉にならない揚羽の変わりに声を上げたのは英雄、森羅、エリカだった。そこで聞き捨てならないと首だけをグルンとを回してエリカに向いた。その動きはあのお調子者のエリカでさえ後ずらせるほど不気味だった。

 

「これが正常ですよ。幼少から裏導の闇を受け継いできた私達にとっては……ね。

 知ってましたか? 裏道という名を広めたのは元々私達なんですよ。裏道は意味を変えれば“怨満”と呼べる。つまり我々子孫への戒めを込めて広げたんです。なのに父、総晴は『総ての怨みを晴らす』という名を授かりながら別の意味で晴らそうとしていた……。

 だから僕が祖先の思いを受け継いだんです!! 『怨みの道を切る』のではなく、『世の全てを裏切る道』を!!!!」

 

 笑顔を浮かべていた顔が狂笑へと変わり、切道は叫んだ。周りはただただそれに呑まれてしまっていた。

 

 

「とまぁ、昔語りはこれぐらいにして始めましょうか♪」

 

 何を、と聞く間もなく切道はあずみの頭を踏みつけた。

 

 ――お掃除を

 

「ぐがッ……ァ……ぁアああッ!!!」

 

「いらない~何も~捨ててしまおう~♪って歌もあるじゃないですか。いらないものはポイっとかたずけないと。そうだなー、まずはやっぱりこの蜂さんですね。放って置くと痛い目にあうかもしれませんから。その次はもちろんあのちっさい企業の三人。脚を撃たれたぐらいでうるさいんですよねーさすが弱小企業!」

 

 ヒッと尻餅を突いたまま後ずさる男達。感情的に撃ったのかと思えば目的を違えていない。表面上は狂ったようにはしゃぎながらも内では恐ろしく冷静に動くやっかいなやつだと揚羽は分析する。

 切道が言った掃除、それはつまり人質の選別。しかも解放するのは外ではなくこの世(・・・)から。

 それを聞いて声を上げたのは――

 

「やめろッ!!!」

 

 英雄だった。

 

 

 

 聞いていれば我慢の限界だった。何が、とは言えない。その男の全てが、としか言えない。そしてそれに恐怖して動けない己にだ。相手の言うことは全ては理解できないが、恨みがある。結構。闇に染められ自分の人生を奪われた。結構。我ら九鬼を利用する。あぁ結構だ。だが人を巻き込むことは認めない。

 始めは裏導総代、トップに立った。つまりそれは下にいる者や民草に責任を持たなければならないということだ。次次代を継ぐ“王”を目指す己にとって感化できないことだった。周りを者達を見れば一目瞭然。銃を向ける者達の目に生が宿っていない。どれほどのことをすればこの様になるのか。想像さえしたくない。

 妹をさらったことも一番許せないが、目の前にあるのはそれを超える出来事だった。姉が雇った傭兵が殺されようとしている。自分と関係ないと言われるかもしれないが、姉が受けた責任は家族の責任。つまり自分が雇ったと同じなのだ。

 揚羽は動けず、傭兵も動けない。さらには紋白が人質にされた。この圧倒的不利な状況揚羽ではなく自分が動けたのは、まだ本当の闇の部分を知らないただのガキだったからかもしれない。だがここで動かなければ“九鬼英雄”は死ぬというと感じた。これが運命と呼ばれるものかもしれない。

 相手は命令がなければこちらに手を出せない。その隙を突きエリカ殿や森羅殿の静止を振り切り駆け出し、男の目の前に飛び出した。

 

「んー英雄君か。何か用かな?」

 

「その足をどけい!!」

 

 友人のように話す切道の言を聞く気もなく、叫ぶ。

 やつはやれやれと首を振ると、離れる。傭兵を抑えていた李と呼ばれる女も離れるのですかさず安否を確認する。

 

「おい、無事か!」

 

「ッ……ははっ、無事……とは言えねぇな、痛ぅッ」

 

「……喋れる元気はあるな、うむ」

 

「……へ、歳下のやつに心配されるとはッぁ、あたいもヘマしたもんだ。いや、……こんな場面でも出てこれるあんたがすごい、のか……」

 

「それは――」

 

 答える前に銃声。急いで音がした方を向けば一人倒れていた――部下であるはずの迷彩服の男が。

 

「何をしておるッッ!!!?」

 

「ん? もちろん教育。勝手に英雄君をこっちに通したからね」

 

 ウチではこれが普通なの。そう言う切道。

 

「あぁ、それから李さん」

 

「?……何でしょう」

 

 ――あなたも用済みだ

 

 言葉の変わりに出たのは鉛の弾丸だった。それは李の腹を抉った。腹からあふれる血はメイドの象徴であった白く清潔感あふれるエプロンを赤黒く染めていく。

 

「――かはぁッ……ぐ、ぅ……ごぼッ?!」

 

 ついには口からも血を吐き出し膝が折れ、頭から倒れた。

 

「いやーすみません。自分で手掛けた物しか信用できないんですよー」

 

「……ぅ、きさ……ま……ッ」

 

「李ーーーーーー!!!?」

 

 幸い床に弾痕が着いていたので貫通していたようだが、内臓をやられたのか力が抜けたように震える李静初。あずみは折られた

 

「それが……それが上に立つ者のすることかぁぁぁぁああッ!!!!!!」

 

 恐怖を上回る怒りが湧き、英雄は頭突きをせん勢いで切道に近付き睨む。いや、人質がいるので動けない身体の変わりに瞳で攻撃しているようなものだ。

 

「これ以上、この者も、そやつらも、やらせるわけにはいかんッ!!」

 

 

 

 

 

「あぁ、あぁ、そんな目で見ないで下さいよ。若い頃の自分を見ているみたいで思わず――」

 

 パァ――――ンッ

 

「絶望させたくなるじゃないですかー」

 

 何をされたかわからない。ただ右腕が灼熱のマグマの如く熱かった。逆に何か冷たいぬるっとしたものが右腕を伝っていく。不思議に思い右手を挙げて確認しようとするが、動かない。変わりに左手で触れれば赤い――紅い血が流れていた。それを認識した途端、焼けた鉄を捻じ込まれたような痛みが襲った。 

 

「ぐァ――――ぁぁぁあぁぁぁああぁああああッ!!!??」

 

 何だ何だ何だっ何だこれはッ!! 熱い――右腕が――痛い――動かない――熱い――血が――痛い――止まらない。

 

「ん~これが本当の絶望の歌!

 あぁそういえば英雄君、野球やってたんだってね?」

 

 そうだ、我はこの腕で――痛い――皆と優勝し――腕が――プロに立つ――動かない。

 

 ――――――動かない?

 

「でも残念、これじゃ野球できませんね?」

 

 ――ァァぁアぁアアァぁあああァァアあああーーーーーーッッッ

 

 撃たれた以上の痛みに英雄は声にならない声で叫んでいた。

 

「はは、いい声だ」

 

「切道、きさまぁぁぁぁぁああッ!!」

 

 揚羽は弟の野球に対する本気の思いを知っている。故にそれを汚され我慢に限界が来たのか、切道をぶん殴ろうと飛び掛る。しかしそれも切道が指をパチンと鳴らして呼んだ裏導の親衛隊に阻まれてしまった。邪魔だ、と怒りも合わさり押し通ろうとするが、いくら揚羽だろうとマスタークラスに近い――それも自身の身さえ厭わず壁になろうとする者達を突破できずにいた。

 

「お姉さんも大変ですね。九鬼の跡を継がない弟さんと直接血の繋がらない妹さんがいるもんだからねー。“王様”としての威厳を保つのも大変だ」

 

 耳に入ったその言葉に、ピクっと英雄は反応した。

 

「――なめるなよッ」

 

「ん?」

 

 ガリッと歯をくいしめ左手で腕を潰さん勢いで握り、止血と共に撃たれた以上の痛みで意識を保った英雄は震える脚に力を籠めて立ち上がり、あずみの前に立った。

 

「っく……ハァ、貴様はこの世界の王になろうとしているようだが、ハァ、この世界だけが“王”の道ではない。野球、サッカー、バレー等のスポーツの王。科学等の学業の“王”。もっと言えば遊びの“王”等もおるかもしれん。だがしかし、どの場合にも言えることがある」

 

 あずみは護衛として英雄の前立つべきはずなのに、立てなかった。立つ力がなかったのではない――英雄の放つ“王”としての覇気に目を奪われていたのだ。

 英雄は息を精一杯吸い込んで叫ぶ。

 

「“王”とはッ! その(場所)で一番にして頂点に立つ者ッ! 常に皆を指揮し、示すものッ!

 そして“王”とはッ! 民の責任を全て受け持ち、守るものなりッッ!!

 例えこの者と関係があろうとなかろうと、我は誰であろうと手を伸ばす! 正義か悪かは後で決めればいい! 我は後悔だけはしたくないのだ!

 故に人の命、ましてや部下の命をないがしろにする貴様を“王”とは絶対に認めんッッッ!!!!!!」

 

 声は展望台を震わせるほど大きく響いた。もっと言えば人を――人の心を震わせた。

 人質となった参加者、親衛隊達はもちろん切道でさえ動揺したように一歩後ずさった。

 

 

 

(何だ、これ……。)

 

 その中で一番響いたのは誰であろうあずみだった。

 

(胸が焼けるほど熱い……心臓がうるさいくらいドクドク言ってやがる)

 

 それは今までの人生で感じたことのないものだった。だが知っている。なったことはないが知識として言葉は知っている。

 これは――

 

(っは、何やってんだあたいは。あんなガキに……英雄様(・・・)にあそこまで言わせて、あたいはお寝んねってか……ふざけんな!!)

 

 何より自分が許せない。例え身体が動かなくても、脚だけでも動かしてこの身を盾にして守らなければ……。

 それが“王”としてのカリスマに、に、心に、彼《・》の全てに、

 

 ――男に惚れた女の役目だ

 

 

 

 英雄は最後は擦れる様な声で切道に言った。

 

「“王”一人は……寂しいぞ?」

 

「?! ……黙れ、黙れ黙れだまれダマレェェェェェエエエーーーーーー!!!!」

 

 狂ったように叫ぶ切道は、銃を英雄に突きつけた。

 

「ハハ、やっぱり君、いらないや……」

 

「!? 英雄ぉぉおお!!」

 

「くそッ、動け、うごけぇぇぇぇぇえ!!!!」

 

 指がトリガーに掛かり、引き金が引かれる。だが英雄に焦りはない。いや、もう悟ってしまったのかもしれない。

 

(あぁ、死ぬのか……)

 

 諦めるなと何度も教えられた。本来の自分はこんな時でも諦めたりはしなかったかもしれないが、この状況ではもうどうしようもない。“王”としての自分を全て吐き出し、この命で(この者)を守れるのだから。姉上とこの者も自分を庇おうと必死に身体を動かすが、間に合わないだろう。

 唯一の懸念は未だ安否がわからない紋白一人。あぁ、だがそれも心配ないだろう。そう、あいつ(・・・)がいる。あいつがいれば、紋白は笑っていられる、強くなれる。母上とも仲良くなれるだろう。

 痛みはもう無い。九鬼英雄という全てのものが無くなるのだろう。

 あぁ、だがしかし我は――

 

 

 

(生きたい……)

 

 

 

 パァンと一つの銃声が鳴った。

 痛みは無い。

 

 

 

 ――そして意識が離れることも無かった。

 

 

 

 五秒、十秒と時が経つが未だ暗闇は晴れないまま残響が響く。疑問が胸に湧く。

 何だ、まさかこの闇はもう地獄に着いたのか?

 

「――ふぅ~危ねぇ危ねぇ。ギリギリだったな!」

 

「い、いいからもう降ろせ!」

 

 誰もいなかったはずの我と切道の間に、聞きなれた声が聞こえた。

 

「わっ、暴れんなって紋、おっことしちまうぞ!」

 

「このような場面で何のん気なことを言っておる!! ……第一このような格好、恥ずかしいに決まっておろう(ボソッ)」

 

「何か言ったか?」

 

「ええい、もういい! とにかく降ろせーー!!」

 

「!? 何故九鬼紋白がここに!? お、お前は誰だ!!」

 

 驚きその瞳に再び世界を映せば――

 

「オッス、オラ悟空!」

 

 にっくきアイツが愛しい妹を抱えて現れた。

 

 

 

 

 

 

 


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