イチャイチャするよ!
走る、走る。
昔の私を知っている人がいたら驚くであろう。体育の評定はいつも駄目で、マラソンなんて物はとても苦手で。
アイドルになってからは体力がついた。少しだけ自身もついた。
「きゃっ!」
躓いて転んでしまう。靴が脱げてしまったが履き直すのももどかしい。脱げた靴を放置してまた駆け出す。
神楽さん、貴方に会えて良かったです。
神楽さん、貴方と出逢えて嬉しかったです。
神楽さん……神楽さん!
「神楽さん!」
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声が聞こえた。
振り向くと、彼女がいた。
息を切らして、とてもつらそうにしている。
「文香……ちゃん?」
何故ここに?と尋ねる前に彼女の足に気がついてしまう。靴も履いておらず、転んでしまったのか膝を擦りむいている。
「文香ちゃん、怪我してるじゃないか!」
「これは、ちょっと転んでしまって…」
「消毒しよう、ちょっと待ってて」
「いえ……その前に聞いてください」
デジャブ。決意を秘めた目が、楓さんと重なる。
「神楽さん、あの時私は……」
「待ってくれ、落ち着いてくれ」
「落ち着いてます!神楽さん、私は嬉しかったです!」
貴方と出逢えて嬉しかったです!
貴方と話すことが増えて嬉しかったです!
貴方とキス出来て嬉しかったです!
気持ちが伝わったんだと思いました、私を好きなんだと思いました!
「貴方が、好きです!」
風が強く吹き抜けた。
それは、俺も同じだ。
「俺も、文香ちゃんに逢えて嬉しかった。他愛の無い会話をするのが、君の笑顔を見るのが、君と過ごす時間が全部愛おしかった!」
でも、傷付けてしまったんじゃないかって。ずっと不安で
「それでも、俺は君が好きだ!」
堪えきれずに駆け寄り抱きしめる。
前とは違い、彼女も俺を受け入れてくれた。
「ごめん、ごめん!嫌われたと思って、君に合わせる顔が無くて!」
「神楽さん、神楽さん。大好きです、愛していますっ」
「俺も愛してる!」
強く、彼女を離さないように抱きしめる。
「私を離さないでください。ずっとそばにいてください」
「離さない、そばにいる」
改めて彼女の顔を見る。
その顔は涙で濡れていて、それでもとても愛らしい。
「文香ちゃん、君を愛してる。俺と付き合ってくれ」
「はいっ、私でよろしければよろしくお願いします!」
満面の笑顔が咲いた。
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付き合い始めたことを事務所に連絡すると、何名かに平手を貰った。その大半が年長組だったのは仕方が無いのかもしれない。
もちろん楓さんにも痛烈な一撃をいただいた。去り際に「二番さんでも、私は構いませんよ」と言われてドキッとしたが文香ちゃんに脇腹を抓られてなんとか断れた。
付き合い始めて知ったのだが意外と嫉妬深いのだ。
わだかまりも解消されて、様なしになった辞表は破り捨てた。彼女のそばにいると決めたのだ。
基本的にアイドル業が終わったら彼女はカフェで過ごす様になった。
『悠人さんと、少しでも長くいたいから……』
人がいなくなったのを見計らってめちゃくちゃキスした。
彼女が成人になるまではこれ以上の事はしないつもりである。ただ最近文香ちゃんが小悪魔の仕事を終えてから積極的になってしまったので、この決意は意味がなくなるかもしれない。しょうがないね。
事務所ではやはりというかPへのアタックが苛烈になった。俺は関係ないと信じたい。カフェなのに酒を寄越せと言って来る様になったのが最近の不満。
「悠人さん、今度デートしませんか?」
「デートしよう!文香ちゃんの休日でいいかな?」
カフェでこういった話をするのも、一種の名物扱いされる様になった。なのでこちらも遠慮せずに会話する。
「はいっ、そろそろ新しい本が欲しくなったので……」
「ふふ、いいよ。本屋に行こうか」
デートと言えば本屋である。彼女らしい行き先に思わず笑いが零れる。
「えっと、嫌でしたら他の場所にしますけど……」
「文香ちゃんと一緒ならどこでも良いよ」
甘すぎるにゃぁ…とか聞こえて来たけど無視する。
「ふふ、そばにいるって約束ですものねっ」
そう、何時迄もそばにいる。
シンデレラの魔法が解けても、彼女の王子様らしく。
ずっとそばにいよう。
ーー悠人さん、愛してます。
急いで書いたら大変な終わりになったよ…。
ふと思ったんですけど、神楽から告白させたことないという事実。驚きです。
鷺沢文香は終わりになります。
次こそはキュートかパッションでいきたい…