居酒屋で愚痴を聞くだけの簡単なお仕事です   作:黒ウサギ

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感想で聞かれたのでこちらで返答。
楓さんとは結ばれる前のお話です。まぁifの話となってます。


鷺沢文香:悲

泣きながら走り去って行く彼を見て、私も追い掛けるべきか悩んだ。荷物はここに置いて置いても、この寮に盗む様な人はいないだろう。だから、追い掛けようと置いた時に

 

「神楽さんっ」

 

彼女が出て来た。

鷺沢文香ちゃん。本が大好きな、私たちの大切な仲間。内気だけど、とても可愛い彼女。

 

「文香ちゃん?」

 

そんな彼女が、息を荒げながら部屋から飛び出して来たのだ。それも、私の最愛の人の名前を呼んで……

 

「あぁ……うっ……」

 

「ふ、文香ちゃん?一体何があったの、落ち着いて?」

 

泣き崩れてしまった彼女を支え、背中を摩り落ち着かせる

 

「私……私っ!」

 

騒ぎに気付いたのか、寮内にいた他のアイドルが何事かと顔を出してくる。

これ以上ここにいては彼女も落ち着くことは出来ないだろう。と、判断した私は

 

「文香ちゃん、一度貴女の部屋に行きましょう?」

 

そう促し、私は彼女を支えながら別の考えていた。

 

 

ーー彼女は、彼の事をどう思っているのか。

 

 

-----

 

 

ことの顛末を聞き、私は溜息をついた。

こんなことを言うのは失礼かもしれないが、私にとっては正直羨ましい。

一体どうすれば私に振り向いて貰えるのか。そんなことを考えていた矢先にこれだ。泣きたい……

 

「それは、確かに彼が悪いわね」

 

「違いますっ、私が、私の考えが、甘かったんですっ」

 

確かに、いきなり男性を自室に、それも二人きりの状況になったとくれば。まともな男性なら期待の一つや二つしてしまうだろう。

 

「それでも、文香ちゃんは悪くないわ。慣れない異性との距離感を測れなかったんですもの。仕方が無いわ」

 

手で顔を覆ったまま彼女は、未だ泣き止む気配はない。

 

「でもっ彼を傷つけてっ!」

 

確かに、彼は泣いていた。傷付いていたのだろう。恐らく彼の事だ、自身の行動に傷付いて。文香ちゃんを傷付けてしまったことに泣いていたのだ。

 

(ふぅ……私が泣きたい……)

 

間接的に振られたと言っても過言では無いかもしれない。

彼は恐らく文香ちゃんの事を意識しているのだろう。なら、文香ちゃんは?そう考えた私は彼女に問いかける

 

「文香ちゃんは、神楽さんの事は好きかしら?」

 

それを聞くと彼女は泣き止み、今度は顔を真っ赤に染めた

 

「す、好きかはわかりませんっ。ですが……神楽さんと一緒にいると心が温かな気持ちになって……」

 

惚の字やないか。

多分、これが彼女の初恋なのだろう。だから彼女は自分の気持ちに気づいていない。

 

「キキキ、キスされた時もっ。少しだけ嬉しかった気持ちもあってっ。それでぼーっとしてたら、神楽さんが走りだしていて……」

 

今回の件は、タイミングが悪かったのだろう。二人とも気持ちの整理がついていないのに、こんな状況になった。

 

「私は内気ですから……誰かに気持ちを打ち明ける事も出来なかったですし……。彼からそう言ったことをしてくれて、気持ち良くて……」

 

誰か私を助けて欲しい。

死体蹴りされてる気がする。

何故私が彼女を見つけたのだろうかと考えてしまうほどには気持ちが荒れている。

でも、頑張らないと……

 

「文香ちゃん、それは彼に恋してるから温かくなるの」

 

火が出るのでは無いかと心配になるほど顔が更に赤くなる

 

「こ、恋ですか!?」

 

「そうよ、プロデューサーにお願いして事務所を借りましょう。そこで、彼の本音を聞きましょう?」

 

「そんなっ、それだと皆さんに迷惑が……」

 

「気にしない気にしない♪」

 

言うや否や私はプロデューサーに電話を掛けた。

 

 

-----

 

 

何故かPに呼び出された。

時刻は朝の八時である。呼び出された理由を考えるが思い当たる節が一つしかない。

 

(覚悟しとこう)

 

胸元に辞表を入れておいた。それが悩んだ末の俺の覚悟。皆の前から消えることだ。

事務所前に辿り着き、深呼吸を一度してから入る。

 

「失礼します」

 

「いらっしゃい」

 

事務所で待ち受けていたのはPでは無く、楓さんだった。

 

「楓さん?どうしてここに、というかPの奴見ませんでしたか?」

 

「ふふ、ごめんなさい。神楽さんを呼び出したのは私なんです」

 

何故?どうして彼女が俺を呼び出す?

 

「まぁ立ったままで話すのも疲れますし、座りましょう」

 

促されるままにソファに座るが

 

「何故隣に?」

 

「何故でしょう?」

 

人をからかうようなその仕草に、少しイラついてしまう

 

「ふざけないで下さい!俺はこんなことをしに来たわけじゃ無いんです!」

 

「あら怖い。でしたら私も本題に移るとしましょうかっ」

 

ーードンッ

 

と、体を押された。

 

「え?」

 

「ふふ、アイドルに馬乗りされた気分はどうですか?」

 

押し倒された状態に理解が追いつかずにいたら、馬乗りされていた。

その状態で話しかける彼女の顔は近く、あの時を思い出してしまい顔が赤くなる。

 

「な、何してっ!」

 

「神楽さん、私貴方に言いたいことがあるんですよ」

 

「話は聞きますからどいてくださいって……っん!?」

 

「んー♪」

 

唇を塞がれた。舌を捻じ込まれ口内を舐めまわされる。

何?何?何!?

 

「っぷは、ご馳走です」

 

「何してるんですか!」

 

「わかりませんか?」

 

分からないから聞いているのだ。何故いきなり唇を奪われる

 

「悠人さん、私は貴方が好きです。愛してます」

 

「は?」

 

「ほら、触って見て下さい」

 

そう告げられ手を取られる。そのまま掴まれた手は彼女の胸に導かれて行った。

 

「んっ……どうですか?凄くドキドキしてるでしょ?」

 

「楓さん、何でこんなことをっ!」

 

「好きだからです」

 

「好きだからって!いきなりこんな事を!」

 

「大学で、貴方に会ってからずっと私は好きでした」

 

大学……確かに彼女には会ったことがある。だけど今までそんな素振りは見せなかった。

彼女は胸に手を置いたまま片手でスカートをたくし上げ、中を見せてくる。

 

「どうですか、このまま私と添い遂げませんか?」

 

エメラルドに近い色。彼女の代名詞とも言える翠色の下着が晒される。

 

「なっ、何を……」

 

「駄目ですか?私は本気ですよ?」

 

そう告げると彼女は倒れこんで来た。

楓さんの温もりが服越しでも感じられる。

流されるままに身を委ねてしまおうか。そんな考えが浮かんだ時

 

 

ーー神楽さん。

 

 

彼女の、鷺沢文香の顔が浮かんだ。

彼女の笑顔、泣き顔、今まで見てきた彼女の全てが思い出される。

 

「楓さん」

 

「どうしましたか?」

 

「ごめんなさいっ」

 

勢いよく体を起こし、彼女を遠ざける。

 

「あら、ここじゃ無い場所がお好みですか?」

 

「違うんです、楓さん。駄目なんだ」

 

「何が駄目ですか……」

 

「俺さ、ここまでされて楓さんにグラって来たんだ。でも駄目だ。本心は騙せない」

 

 

ーー俺は文香ちゃんが好きなんだ。

 

 

「彼女には酷いことをしたし、こんな事を言う資格は無いのかもしれない。でも、どうしょうもない位に好きなんだ」

 

「……」

 

「楓さんの気持ちはすっごく嬉しい。今も好きな人いなかったら問答無用で押し倒したい!でも、俺には好きな人がいる。だから、ごめん」

 

それだけを告げると俺は事務所から立ち去った。

 

 

-----

 

 

「あらら、振られちゃいましたね」

 

「楓さん……神楽さんのこと……」

 

彼が去って行ったと同時に、応接室から皆が出てくる。文香ちゃんだけでは無くプロデューサーも、今日仕事の予定があったはずの皆も。ただ、その顔は沈んでいる。

 

「私の事は良いのよ。ごめんなさい文香ちゃん、あんな真似しちゃって。」

 

あのキスで、私の中の大人気ない気持ちを伝えたかった。私も彼が好きなんだぞと。

伝わったかな、少しでも伝わったかな…

 

「ほら、神楽さんを追いかけて気持ちを伝えないと」

 

「楓さん……ありがとうございますっ」

 

感謝しないで、こうなるのは知ってたの。

 

彼女は走って事務所を出て行った。

そんな彼女を見届けたら、涙が出てきた。

 

「深緑の女神よ…(楓さん…)」

 

「楓、あんたはそれでいいの?後悔しないの?」

 

早苗さんがそんな事を聞いてくる。後悔なんてしてないわけが無い。何故もっと積極的にならなかったのか、何故彼は私に振り向いてくれなかったのか。考えるだけで涙が出る。

 

「届かない恋だって、知ってましたっ。彼は私じゃ無く、文香ちゃんを見てる事を知ってましたっ!」

 

「本当に、馬鹿なんだから」

 

そう言って早苗さんは私を抱き締めてくれた。我慢してた何かが切れて、抑えようとしてた涙がとめど無く溢れ出る

 

「悠人さんっ、悠人さんっ!こんなに好きなのにっ、貴方を愛していたのにっ!」

 

「そうね、楓を振るなんてとんでもない馬鹿よね……」

 

「なんで、なんでですかぁ……」

 

神楽さん、文香ちゃんを幸せにしてください。じゃないと、私は貴方を許しませんから

 

 

 

 




楓さん……
書いてて悲しくなったよ……

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