21話~31話まで一部手直しに付き、差し替えました。
2018.3/7
1話~31まで設定見直しにより一部設定変更+グロンギ語ルビ振りに付き手直し、差し替えました。
― side:シャンフィ ―
「ふんふふ~んふーん♪ 」
制服代わりの水色のエプロンを着た私は、チラシ配りに出たレイルに代わってただいま店番中。
ちなみに工房ではミーシャは染色された糸で機織りを、アーズは魔道具キックボードVer5、製品版を製作中。いよいよ魔道具キックボードを商業ギルドに売り込んで卸すために、ひとまず作り置きで40台ほど作るつもりらしい。
それで今何をしているかと言うと、お客さんが来なくて暇なので、暇つぶしに店内の掃除や商品を商品の整理をしていたりする。
まあ、商品の整理はお客さんも来ないし、アーズが考えてキッチリと物を置いているから必要なさそうなんだけれども。
冒険者向けコーナーは下に行くにつれ前へ出て広がっていく作りをした特製の棚が壁際に置かれていて、邪魔にならない位置に冒険者用衣服らを掛けたハンガーが吊るされたスタンド一つとアラクネの糸製の冒険者用衣服を着せたマネキン人形一体が置かれていて、一般向けコーナーも大体同じ配置で、アラクネの糸製の衣服は置いてないけれど、一般向けの衣服も数着ほど置いてある。
カウンターから始めて冒険者向けコーナー、出入り口のドア、一般向けコーナーの順で濡れ拭き空拭きの拭き掃除で店内をひと回り。
「こんな物かな? 」
と、店内を見回す。ぴかぴか、とまではいかないけれど、キレイになったと思う。
冒険者向けの棚は出入り口側の方に治療用を始め各種ポーションが並べられ、その下の段には緑系の色をした薬瓶、下級から上級各種汎用毒消し(50
の棚は出入り口側の棚に糸に紐に布などに、ハンカチーフや大小のぬいぐるみ、アクセサリーなどの小物類が、隣りのカウンター側の棚には木製の食器類や針やハサミなどの金物が整然と並べられている。
「ん、OK♪ 」
今度は商品や値札などにおかしなところはないかもう一度見回して独り言つ。
突然の弐拾肆「平凡なとある一日」
「暇だ……」
カウンターに突っ伏して現状を口にしてみる。ひやかしでも良いからお客さんが来ないものかな。
拭き掃除に使った雑巾をキレイに濯ぎ、手を洗ったらやることがなくなって一時間。暇で仕方ない。
カウンター内の椅子に座って本を読むというのもあるけれど、生憎と暇つぶしに良い本は持ち合わせていない。というより前世の記憶がある身としては、漫画やライトノベルを知る者としてはこの世界の本は娯楽性に乏しくて、必要性に迫られない限りはあまり読む気になれない。いっそ自分で小説を書いた方が良いような気がしてくるくらい。
突っ伏したまま溜め息ひとつ。
ふとカウンターの隅に置かれた小さな籠に、2cm角の小粒クッキー袋入り(10個入り5K)の山に目が留まる。
身体を起こして顔を上げればカウンターの左、一般向け
側寄りに作られたサロン風スペース。
振り返れば、カウンター奥の棚に置かれた常に新鮮でキレイな水を湛える水差しの魔道具とお洒落なティーポッドの形をした湯沸しの魔道具(勿論どちらもアーズ謹製)に、数種類の茶葉とハーブにお茶入れ一式。
そして私は、おこづかいの入ったお財布から7Lを取り出した。
「ふぅ♡ 」
マロゥ茶という紅茶に似た味で、黄色い色身のお茶を一口飲んで一息。
リボンを解いて袋から取り出し、小皿に移した小粒クッキー10個からひとつ摘み、口へポイ。サクサクとした歯触りとほんのりとした甘みに自然と笑顔になりつつ、またマロゥ茶を口にする。
「♪ 」
口の中に広がったクッキーの甘みをマロゥ茶の味が引き締めて、またクッキーに手が伸びる。
そうしてティータイムを堪能することしばし、クッキーも食べ終えておかわりしたマロゥ茶をまったりと味わう。
静かに、時が流れる………
……………
…………
……
「て、幾らなんでも静かすぎ!
お客さんが来ないにもほどがあるよ。レイルはちゃんとチラシ配ってるんだよね? 」
まさか、掛け看板が
そんなうっかりなことはないと思うんだけど、考え出すと心配になってくる。こうもお客さんが来ないと余計に。
ティーセットを片付けて確認に外へ出てみれば、掛け看板は傾いていたもののちゃんと
ホッと安堵の息を小さく吐いて掛け看板の傾きを直し、見栄えを確かめる。
「よし」
キッチリと正した掛け看板に満足して胸を張る。
「あの……」
「んにゃッ!? 」
「!? 」
不意に背後から声を掛けられて思わず変な声を上げてしまった。
「ご、ごめんなさい。驚かしちゃった? 」
ゆっくりと後ろへ振り向けば、そこにいたのはハニーブロンドの長い髪をゆらして謝る黄色のシャツと赤色のスカートに白いエプロンを着た耳の長いエルフだろうお姉さん。
その手にはレイルが配っているはずのチラシ、「アーズ工房」と大きな見出しの書かれた麻紙。
「あの、お客さん、ですか? 」
「え、ええ。
これを配ってる娘からもらって、どんなお店なんだろうって、来てみたのだけど……」
「し、失礼しました。
中へどうぞ」
慌てて居住まいを正して頭を下げて、エルフのお姉さんを店へ招き入れる。
そしてどこかおっかなびっくりといった様子で店内を覗いてくるお姉さん。
「?
どうかしましたか? 」
「その、ここって、噂のすごく怖いヒトの店、なんだよね」
と言って恐る恐る店に入ってくる。
「えーと、アーズ、店主は職人として奥の工房に篭もってますから、店には顔を出さないので大丈夫です。
本人も不必要にヒトを怖がらせてしまうのを良く理解してますから」
「そ、そうなの……」
苦笑を浮べてそう説明する。どこかホッとした様子のエルフのお姉さん。
アーズってそんなに怖いかな? 知らないヒトにとっては不気味なグロンギ語は仕方ないにしても、怖がらせるようなことは何もしてないのに、怖がることないと思うんだけど。
ともあれ、お姉さんは店内を見て回り始め、私は邪魔にならないようカウンターでそれを静かに見守ることにした。
冒険者向けと一般向けで分けてほぼ左右対称のレイアウトの店内。まずエルフのお姉さんはカウンター側から右手側の冒険者向けのコーナーを興味深そうに見て回ると反対側、左手側の一般向けのコーナーへ。やはり興味深そうに見て回るお姉さん。
もしかして敵情視察に来た
などと考えていると、エルフのお姉さんはスタンドに掛けられた服の中から黄色いロングスカートのワンピースに目を留めた。
手に取られたそれは当然アーズ作の衣服だ。シンプルな作りだけど胸元やスカートの
「良ろしければサイズ、測りましょうか? 」
「え? あー……今は持ち合わせがないから、遠慮するわ」
と、スタンドの上に貼られた「2,500K均一」と書かれた値札を見て苦笑を浮べて断るお姉さん。
ちょっと残念。本当にお姉さんに似合いそうだったのに。
結局、エルフのお姉さんは店内を興味深そうに見て回ると、小鳥の刺繍の入ったハンカチーフ(50K)と袋入り小粒クッキーを買って帰っていった。
「………お客さんが来ない」
エルフのお姉さんが帰ってしばし、再び訪れた静寂にまたカウンターに突っ伏して愚痴をこぼす。
チラシを頼りにエルフのお姉さんが来たのなら、もっとお客さんが来ても良いと思うんだけど。
大通りの外れにある以外は―― 自分で言うのは何だけど ――品揃えに見栄えにお店の雰囲気、どこにも負けてない良いお店なのに。
チリンチリン♪
「!? 」
出入り口の扉に備え付けのベルの音に、軽くビックリしつつ素早く身を起こす。
「いらしゃいま、て、なんだレイルか……」
「うわ、なんだか身に覚えのある対応」
しかし、扉を開いて入って来たのは見慣れた少女と見紛う容姿のダークエルフの少年、レイル。
再び突っ伏してぼやけば、レイルはおどけてみせた。
「チラシは配り終ったの? 」
「何とかね。
お客さんは来た? 」
「チラシを見て来たのはエルフのお姉さん一人だけ。
うぅ、お客さん来なーーい! 」
「一応チラシ配りの最後に冒険者ギルドにチラシを貼らせてもらってきたんだけど……
やっぱりアーズさんが怖くて来ないのかな?
冒険者のヒトまで怖がって来ないのは予想外だったけど」
「むぅ、みんなアーズのこと怖い怖いっていうけど、どこがそんなに怖いんだろう? カッコイイのに……」
「あ~、僕たちはアーズさんがどういうヒトか知ってるし、前世の記憶で特撮ヒーローとかの知識があるからそう言えるけど、そんな知識のないこの世界のヒトたちにしたら、ね」
そう言って肩を竦めて苦笑いするレイル。
私はただ溜め息を吐いて、未だにアーズを理解してくれない街のヒトたちやら世の無常やらを嘆くのであった、マル。
「お客さん来い来い来ーーい!
もう、ひやかしの一見さんでも良ーから来いー! 」
To Be Continued………
なんてことのない一日&お客さんは冒険者以外にもいるんだよ、な回でした(^^;