21話~31話まで一部手直しに付き、差し替えました。
2018.3/5
1話~31まで設定見直しにより一部設定変更+グロンギ語ルビ振りに付き手直し、差し替えました。
「ほ、本当にアラクネ討伐に行くなんて、うう………」
「討伐じゃなくて、姿を確認しに行くだけでしょ」
「で、でもでもでも、万が一ってことだってあるわけで」
サンザ村に行商に来たオレたちは腕利きの冒険者6人のパーティーでやっと戦える凶悪な大型モンスター、アラクネが近隣の森で目撃されたという話を耳にした。
そして、アラクネをどうすべきか、本当にアラクネが近隣の森にいるのかと話し合う村長たちの話を聞いたオレは、ひとつの交渉を持ちかけた。
まずオレたち護衛の冒険者とで目撃された場所まで赴き、アラクネを捜し、遠目から確認して可能なら討伐を、出来そうになければ、本当にアラクネだったなら退避して村長たちに報告する。
討伐が出来たなら村長たちから冒険者として報酬を貰うが、報酬は村を切迫しない範囲で。また、討伐が出来ずにアラクネの姿を確認しただけに留まった場合は報酬はなしで良いとした。
冒険者数名がアラクネの姿を確認したのなら信憑性も上がり、フストレーの街の自警団も動いてくれるだろう。
「あ、そ、そうだ!
タロウスと牛車を見張らないと、盗難防止はしっかりやらないと!
その、僕、留守番しますね! 」
「ふーん。
戦えない私を行かせておいて、戦えるはずのレイルは行かないんだ」
「え……
あ、いや、その……」
「あー、もうっ! タロウスの面倒も牛車の見張りも私がする!
私が留守番するからあなたは行きなさいっ、このヘタレイル!! 」
「はいーーーぃ!! 」
シャンフィとレイルのやり取りに苦笑を浮かべているリザとマリー。
レイルよりシャンフィの方が年下のはずなんだが、どっちが年上かわからんな。
しかし、安全のためにシャンフィには留守番をしてほしかったオレとしてはありがたい話の流れだ。レイルがいてくれて助かった。
突然の弍拾「蜘蛛の魔物」
留守番することになったシャンフィに護身用としてはやてを置いていく他に、念のためにと短剣サイズの木剣に水晶などをはめ込むなどして作った魔道具、「試製・烈風の木剣」を渡しておいた。
中級の防御魔法に匹敵する風の障壁を展開できる他、かまいたちを発生させて相手を切り裂く、いわゆるDQの「バギ」が放てる優れものだ。ただし木剣なので耐久性に難があり、使用回数制限付きで、使い続けると壊れてしまうが。
まあ、ここぞという時に使うなら問題ないLvだ。
「こっちだ。この先に三本杉があって、俺がアラクネを見たのはその先だ」
そして今、オレたちはアラクネを目撃した村の猟師、キーゴさんの案内で森を進んでいる。
「そ、その三本杉を越えたら、い、いきなりガバッとかって、出て来ません、よね」
村を出てからビクビクしどおしのレイルに苦笑が浮かぶ。実力はあるのに何でここまで臆病なのか。なんとか矯正出来れば一端の冒険者になれると思うんだが、どうしたものか。
そうこうしている内に小高い丘になっている場所に立つ三本杉まで辿り着いたオレたちは、ひとまずそこからアラクネの影でも見つけられないか捜すことにした。
当然オレは【遠見】の魔法を使ってアラクネがいないか捜索する。
「……あ」
「なに、何か見つけた? 」
「………あそこの木と木の間、白い物が」
木々に邪魔されて中々目当てのアラクネを見つけられないでいると、マリーが小さく声を上げた。彼女の指差した方向に目を向ければ、遠方に薄っすらと白い何かがかかった木が見える。
【遠見】の魔法で確認すると、木々の間に張られたアラクネの糸らしき物を見つけることができた。
どうやらアラクネか、それに類する蜘蛛の魔物がいるのは間違いないようだ。
「よし!
それじゃあ、帰りましょう!」
「……あのね。
アラクネ自体を確認もしてないのに帰ってどうするのよ! 」
「ええ!?
でも、だって、アラクネの糸を見つけたんですから充分じゃないですか」
「まだ、あれがアラクネの糸って決まったわけじゃないわ。
他の蜘蛛の魔物の物かもしれないし、別の何かかもしれない。少なくとも近くで確認しないことには判別何て出来ないわよ。
大体、仕事の内容はアラクネがいるかどうかの確認なんだから、糸を見つけたくらいで帰れるわけないでしょう」
「うう、そんなー……」
絶賛ヘタレ発動中のレイルにやや呆れ気味のリザ。オレもちょっと溜め息が出た。
ともあれ、猟師のキーゴさんに先導されながら木々の間に張られた蜘蛛の糸の下へと移動する。
森の中、道なき道を進むこと一刻ばかり、やっと糸の張られた木々の元へ辿り着く。
「これが、アラクネの糸、ですか……」
「多分ね」
「……何分、実物を見たことは、ありませんから」
オレがパパッと木に登って取って来た糸を確認したが、独特の高い魔力が込められたソレは間違いなくアラクネの糸ないし、それに相当する蜘蛛の魔物の糸であることがわかった。
「? 」
「……どうか、しましたか? アーズさん」
この近くにいるかもしれないと辺りの気配を探ってみたら、何かが引っ掛かった。
獣とは明らかに違う気配。魔物の気配だ。ここからかなりの距離はあるが、間違いない。
オレはビンゴとばかりに気配のする方へ目を凝らし……… 見つけた!
[あらくねを みつけた]
「……本当、ですか!? 」
「なに、見つけたの? 」
「ど、どどどど、どこにですか! 」
[しずかに]
藁紙で作ったメモ帳に書いて見つけたことを皆に知らせる。
まだ向こうは、アラクネの方はコチラには気付いていない。ゆっくり近づけば気付かれずに皆でその姿を視認できるだろう。
オレはアラクネを見つけた方向を指差し、簡単なジェスチャーでその旨を伝え、ゆっくりと歩き出した。
歩くことしばし、行く手を遮る草木の向こうにその姿があった。
美しい
美しいアラクネの「少女」がそこにいた。
そう、いたのは成熟した大人の女性の半身ではなく、未成熟な少女の半身をしたアラクネ。故にその全長は2mにも届かない160か170cmほどの大きさで、成体ではないのだろう。先程から―― 遠めで見つけた時から ――カサカサきょろきょろと草木を掻き分け何かを探している。
「や、やだ、な、なんで裸なんでしゅか?! 」
「そりゃ、魔物だもの」
少女のアラクネの姿に顔を赤くして小声で驚くレイルに呆れるリザ。
「……キーゴさんが見つけたアラクネは、あのアラクネですか? 」
「ああ、間違いないだろう。
こんなところにアラクネが二匹も三匹もいやしないだろうしな」
「そうあってほしいものね」
アラクネが複数匹いるのを想像してかリザがうんざりした顔で肩を竦めた。
「アラクネを確認しましたし、早く村へ帰りましょう」
レイルが嬉々として帰ろうとするが、それはリザの手で阻まれた。
「残念、依頼には「可能なら討伐」して来いていうのもあったでしょ」
全長から言ってあのアラクネは幼体と言って良いだろう。油断は出来ないが、Bランク以上の冒険者6人のパーティーでなくとも討伐は難しくはないはずだ。
「小さいって言ってもアラクネはアラクネで……」
「はいはい。マリー、やっちゃって」
「……はい」
リザはレイルの言を聞き終わることなくさらっと流し、 信頼する最大火力のマリーに攻撃を促した。
唱える呪文は森の中であることを考慮してか、得意の火属性ではなく風属性の中級下位。風の刃、かまいたちで対象を斬り付ける攻撃魔法【
決まれば不意を突くことも相俟ってかなりの深手を負わせられるだろう。そうなれば討伐もグッと楽になる。
半身とは言え、いたいけな少女の姿、というのが少々良心的に来るモノはあるが………
相手は時にヒト喰いもする凶悪な魔物だ、と自身に言い聞かせて、すぐに戦闘へ参加できるように身構える。
「……【ウィンディウス】」
『!? 』
マリーの持つ杖に魔力が集まって風が纏わり不可視の風の刃が放たれた。
しかし、それは敢え無く空を切る。すんでで気付かれて躱されたのだ。
そしてコチラの存在に気付いたアラクネは――
「ぴ、ぴぃ~~!? 」
――逃げ出した。
「逃がすか! 」
すぐさま我に返ったリザがその後追う。
「レイル! アンタも来るッ! 」
「は、はいーーぃっ」
促されてレイルもへっぴり腰ながら後に続く。
「……行きましょう」
マリーもふたりに続いて走り出し、オレも追走に加わる。
「ぴぃぴぃ、ぴぃーーーぃ!! 」
道なき道を八本の足で走り抜けるアラクネには必死に追い駆けるも、中々追いつくことが出来ない。
「色なき力、集い、弾け、打ち砕け【マナヴァル】!」
業を煮やしたか、このままでは埒が明かないと思ったか、リザが無属性初級中位、散弾の攻撃魔法を放つがしかし。
「ぴぃ!? 」
横に飛び跳ねられて容易く躱されてしまう。
「や、闇の精霊、集い、弾け、打ち砕け【ダークヴァル】」
レイルもリザに続いて闇属性初級中位の散弾の魔法を放つが、今度は手から糸を撃ち出して木に絡めることでターザンよろしく、アラクネは高々と上空へと逃げてしまった。
そのままアラクネは糸を撃ち出しては木から木へと縦横無尽に飛び移り、リザとレイルが次々放つ攻撃魔法を尽く躱して逃げていく。
「……【ウィンディウス】! 」
「ぴぴぃ! 」
マリーも走りながら何とか呪文を唱え、攻撃魔法を放つがやはりひらりと躱されてしまう。
このままでは逃げられると思ったオレは、追撃に目立たずにどう加わろうか考えるのを止めて立ち止まると、逆関節の足を折りたたむようにグッと力を入れ、ドンッとアラクネ目掛けて跳び上がった。
「……!? 」
「んな!? 」
「アーズさん?! 」
驚く三人を置き去りにしてアラクネへ肉薄する。
「ぴぃぃ!?! 」
しかし、アラクネもコチラに気付き、手から糸を撃ち出してすぐさま方向転換して逃走をはかる。
そこからはまさに縦横無尽の追いかけっこだった。
糸を撃ち出して木に絡めては動きを止めることなく、巧みに宙を飛び回るアラクネと木々を蹴っては跳び回るオレ。
「強いだろうとは思ってたけど、その、これは何か違う気がする」
「……」
『ほんとにチートだ……』
チラリと見やれば呆然とコチラを眺めているリザたち三人。ドン引かれたことにちょっとばかり精神を削られたが、今はめげずに目の前のことに集中する。
どうにか先回りや回り込むなどして追い込んでいるのだが、決定打を打つことができずにオレは攻めあぐねていた。
「ぴぃぴぃぴぃぃっ!? 」
こう、半身とはいえ少女の姿で涙目で、泣いて逃げ惑っている姿を見ているとどうにも思い切れず、二の足を踏んでしまう。泣かせているのが自分というのも余計に。
ダンッ、と木を蹴ること十数回目。アラクネの後ろを取った絶好の攻撃ポジション、なのだがやはり躊躇してしまう。
あの泣き声と泣き顔に、どうにも庇護欲を刺激されてほっとけなくなってくるのだ。
と、そう途惑っている内にアラクネの腹、お尻がグッとこちらに向けられ、糸が吐き出された。
「
吐き出された糸は花開くように蜘蛛の巣状に広がり向かってくる。このまま行けば絡め取られてしまうが、さりとて木を蹴って「跳んで」いる身では回避はままならない。魔法でどうにかしようにも突然すぎてイメージが纏まらない。
思いつくまま咄嗟に腕を振り払おうとして思いつく、戦闘触手で切り払えと。
「
思い付いた選択は正解、切り払いは見事成功。戦闘触手は糸に絡まることなく、その鋭い切っ先で蜘蛛の巣を両断。糸を散り飛ばした。
「ぴぃ~~ぃ?! 」
糸を散り飛ばした戦闘触手でそのまま切りかかろうとするが、聞こえてきた泣き声に動きが止まる。
それでもと腕を動かし、振るった戦闘触手はオレの意に反応してアラクネを捉えるどころか大きく避けた。
しかし代わりというように、アラクネの手から撃ち出された糸を断ち切ってみせる。
「ぴ!?
ぴぃぃぃ~~~~ぃ!! 」
突然の意にそぐわぬ浮遊感に驚いたアラクネは、新たに糸を撃ち出す間もなく木に激突し、バキバキと枝葉を折りながら落下していく。
その時、我知らずしまったと、ケガを負わせてしまったかという思いが走り、慌てて戦闘触手を振るって木に飛び移り、滑り落ちるように下って着地する。
落ちたアラクネの下に駆け寄れば――
「ぴぴぃ、ぴぃ~」
――ケガはなかったものの、泣いて怯えていた。
この子は普通のアラクネとは違うのではないかと、今更ながらに思い至る。
「アーズ! 」
「アーズさん! 」
リザたちが追いついて来たが、オレは手で三人を制した。それ以上は近づかないでほしい、攻撃を加えるようなことをしないでほしい、この娘を怖がらせないでほしいと。
「ぴぃ~っ」
「
オレはゆっくりと怖がらせないように手の届くところまで近づき、手を伸ばす。
「力」を込めた指先を怯えて固く目を閉じた幼いアラクネの額にそっと触れさせる。
ポッと小さな光りの輝く魔法陣が浮かび上がり、すぐに粒子となって消え、アラクネの額と胸元に小さな薔薇と翼の紋章が刻まれた。