Fate/ZERO-NINE【休載中】   作:縞瑪瑙

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 改訂版です。どうぞお楽しみください。


Fate/ZERO-NINE 1-3

 銃声が消音の結界の中で消え、サーヴァント四騎によるにらみ合いが発生した。

 拳銃二丁を構えたライダー。

 棍棒らしきものを手にしたままのバーサーカー。

 右手一本で剣を構えるセイバー。

 令呪の束縛があるランサー。

 そして、黄金の粒子が不意に街灯の上に集まり始め、全員の目が行く。

 

「雑種どもが、我の庭で何を騒いでいる」

 

 黄金の鎧、黄金の髪、血の様に紅い瞳。全てを見下ろすような、傲慢な態度、口調、そして発言。明らかに人以上の何かを有した男は、誰もの目にも明らかなサーヴァントであった。

 

「王を騙る小娘に、さらには狂犬と妖精の遊び道具とは……もっとこの我を楽しませるものはないのか」

 

 眉をひそめるものや、このサーヴァントが遠坂の陣営のサーヴァントだと気がつく地上に立つものの中、唯一バーサーカーだけが恐れる色もなく、金色のサーヴァントを睨むように見上げている。

 

「……誰に許しを得て面を上げている、狂犬」

 

 そしてそれを許す金色のサーヴァントではなかった。

 

 

   ●

 

 

 

 下水道に隠れている間桐雁夜は狂喜した。

 自分のサーヴァントがマスター自分の制止を振り切り、セイバーを攻撃しようとしたのは予想外だったが、しかし、あの忌々しい臓現がバーサーカーを召喚させた時点で、こうなることはある程度半人前の魔術師の彼にも分かっていた。

 バーサーカー。理性を捨て去った狂戦士。暴走のリスクなど、解りきっていた。

 ただ予想以上に自分への負荷が大きかったことは予想外だったが。あのサーヴァントの少女が突如現れ、そして、そのまま銃撃を浴びせたことで、バーサーカーはコンテナの山へと叩きつけられた。サーヴァントがダメージを受けた分、マスターは魔力が要求され、魔術回路の代替品として刻印虫を埋め込む荒技をしているために、文字通り肉を喰われる痛みが走る。

 しかし、その銃撃が発端となり、あの遠坂のサーヴァントが姿を現したならそんな事など気にならない。少女の放った銃撃の音と、バーサーカーの怒りの咆哮。その音に呼応するように、金色の光が生じた。放たれた言葉の判別はできないが、どうやらあまりの騒音が気にくわなかったらしい。

 だが、どうでもよい。血を吐き出しながら、思うのだ。

 

(そうだ……)

 

 自分には時間がないのだ。臓現の言は信用しにくいが、おそらくこの聖杯戦争の間自身の命は持つか持たないかの瀬戸際にある。限りある命、弱い時分、そして自身の身を削るサーヴァント。それらを考慮すれば、必然的にとる手段は見える。

 

「やれ、あいつを……時臣のサーヴァントを殺せ!!!!」

 

 執念、いや墳怒や怨嗟に近い感情は、己がサーヴァントを動かす。血と、体液と、体に

埋め込まれた蟲のいくつかをまき散らしながらも、雁夜の声は地下下水に響いた。

 

 

 

 

   ●

 

 

 

 

「……こりゃあ、気持ちがいいもんじゃないね。魔術師って輩は、全部こうなのかい?ウェイバー」

 

 ドクターはぼそぼそと、隣にいるであろうマスターへと問いかける。港近くのマンホールをこじ開け、地下の下水道に潜むドクターとウェイバーは、そんな雁夜の様子を隠れて監視していた。

 彼とて、やることは違えど、科学者。つまりは魔術師と同じ学者。この世界の魔術師たちが神秘によって『』を目指しているならば、ドクターたちは科学の力によって『』を目指している。いや、もともとは同じだったものが、あるところで別れてしまっただけだろう。時代、歴史、能力、環境など、要因は様々だ。

 やることは同じだ。ひたすらに学問を学び、知識を蓄え、法則を導き出し、互いに論争し、後継へとそれを引き継ぎ、愚直なまでに世界の『』へと迫ろうとする。自分はともかくとして、いずれ、後継の中に『』に至りつくことができるものを生み出すために。

 しかし、アプローチの仕方が違うことは、見方や価値観が変化する。一科学者としてのドクターの興味はそこにあった。が、いちばん身近で何より信頼する魔術師はというと。

 

「うぇぇぇ……間桐の魔術ってなんだってあんな気持ち悪いの使うんだよぅ……」

 

 端的に言って、胃の中を戻していた。人生経験のあるドクターからみてウェイバーはまだまだひよっ子もいいところだ。特に、人の死体など見慣れている、というか元死体安置所に暮らすことができる程図太いドクターと比べるのも酷だが、あまりにも耐性がない。吐息しつつも、相棒であるネズミの読みの良さに感嘆する。

 

「なるほど、どうやら私怨という奴だね……名誉がほしい奴もいれば己の恨みを晴らそうって奴までいるなんて、人間らしい」

 

 自己完結し、あらためて手元の通信機へと声を吹き込む。

 

「ウフコック、どうやらバーサーカーのマスターを見つけた。やはり間桐の魔術師だ。但し半人前とつけるべきだな」

『そうか、バーサーカーを選択したのは能力のカバーのためというのが当たりだな」

「ああ、それと……あのマスター、死ぬよ」

 

 科学の、特に人体改造にたけたドクターが断言した。かつて、いや、はるか未来において、ドクターは“楽園”で似たような患者という名の被検体をいくつも見聞きしてきたのだ。伊達に、最年少の研究者になったわけではない、それ相応の能力を持った上で招かれたのだ。名ばかりの、しかし“本物”の“楽園”に。

 

『ふむ、しかし、何やら義務感や使命感もにおうな。おそらくそれらがすべて入り混じった上での参戦なのだろう、衰退している間桐の家のためか、あるいは、自身の望みのためか』

「……そこら辺はお前に任せるよ。人の感情を臭いで理解するお前にね。で、そっちはどうなんだい?」

『ああ、こちらはな。乱戦模様だ』

 

 

 

  ●

 

 

 ランサーは歓喜しそして興奮する。こちらは今、令呪によってセイバーと一対一で戦っている最中だ。やむなくバーサーカーと共闘する羽目になりそうになった時、耳に届いたのはかすかな撃鉄を起こす音だった。それを聞いたか聞かなかったかの差は非常に大きかった。長年の飛び道具に対する勘によって、銃撃というよりは爆発そのものといった圧力が数瞬前まで自分の体があった場所を通過し、かわせなかった狂戦士をふっ飛ばしたのだ。

 振り返れば、目を閉じたサーヴァントの少女。構えた銃からは硝煙が立ち上り、その場全員の目が引き寄せられた。

 

 ……なんにせよ、ありがたいな!

 

 右手の”破魔の紅薔薇”でもって、セイバーの片手とはいえ鋭い剣を受け止める。主人たる魔術師の名にも従いつつ、しかし騎士道を犯すことなく戦えるのはありがたいことだ。

 

 ……だが……

 

 一方で、こちらからみて背後に近いところで繰り広げられるもうひと組のことは頭にきちんと入れていた。閃光と衝撃、そして爆発。いかに英霊といえど、そして自分がかつてくぐりぬけた戦場でもさすがにここまで派手ではなかったとしみじみ思う。それが良いことか悪いことかは判断がつかない、いやそんな暇はない。

 

「ぬんッ!」

「はぁッ!」

 

 ぶつかり合うことで火花が散り、

 

 ……かの騎士王と剣を交えているのだからな!!

 

 セイバーの片手で見えない剣をふるう動きに遅滞はない。槍が抉ったのが利き腕ではなかったこともあるが、補っているのは純粋な技量だ。セイバーは軽い攻撃しか出せないが、その分こちらよりわずかに早く動きだせる。コンマの世界だが、その差は大きい。そしてそこに、剣を覆う風の結界によるフォローを入れることでさらに加速させる。

 

 ……瞬間の早さではセイバーに劣るか!

「ハアッ!」

 

 セイバーの持つ剣が突き出された槍を外へと流すようにはじき、つられて体重が乗りきっていないランサーの足が滑り、荒れ、ひびが入っていた地面に引っかかる。足と槍を引き戻す初動と、セイバーの剣が翻ってこちらの首を狙いに収めるのはほぼ同時。だが、ランサーは本能よりも深く刻まれた勘に従い、

 

「!」

 

 体を、右の槍に引っ張らせて前進した。体重を乗せたステップは、ランサーの筋力や跳躍力なら一気に四メートルは移動させる。反応が遅れたセイバーに、左の必滅の黄薔薇による横薙ぎの一閃が伸びる。

 

 ……こうきたか、ランサー!

 

 セイバーもまた、直感のままに背中をさらす覚悟で、身を伏せる。スキルの加護がなければ、読めなかった一撃。やはり素晴らしいと思うのも一瞬、前方へと跳び、着地しつつランサーの反撃を剣で受ける。膠着、といってもよい状況だ。

 

 

 

  ●

 

 

 

 

 

 他方、バーサーカー、ライダー、そして乱入したアーチャーの三つ巴の戦いもまたこう着状態へと陥っていた。アーチャーが背後に呼び出す黄金の空間からは果てることなく一級の宝具が次々に顔をのぞかせ、発射される。対処する二人のうち、漆黒の狂戦士は猛スピードで飛来するそれらをそのまま掴み、あるいは投げ、弾き、地面へと叩きつけるという蛮行を。白の少女は、避け、手にした拳銃で的確に軌道をそらし、まるで曲芸師の如く跳びはね、回り、伏せ、躍動する。

 力と技術がバーサーカーならば、ライダーは速度と技術だ。どちらにせよ、神がかかった戦いであることは間違いないというのは言うまでもない。

 バーサーカーは、弾丸にも等しい速度で飛んでくる武器をそのまま掴むという、反射能力と腕力を見せつける。

 一方ライダーの拳銃の弾は、たかだか十数グラム。火薬が爆発し、その勢いを利用して発射されるだけのただの拳銃。質量差も速度差もあるあらゆる武器をはじくのは、常人のテクニックでは済まない。目を閉じたまま、というのも拍車をかける。

 

 ……さて、どうするか。

 

 衛宮切嗣は思考のさなかにあった。今後の対応を、だ。サーヴァントがキャスターを除く六騎がそろい、それなりに情報も得た。前線に出てきた以上、あの白い少女はライダーの可能性が高い。セイバーとランサー、バーサーカーが現れ、攻撃方法からしてアーチャーが現れ、アサシンがこの戦場を見張っていた。そしてキャスターはどちらかといえば、自分が構築した陣地で戦うタイプであるのでよほどのことがなければ前線には

現れない。

 

「初戦にしては、まあいい成果が上がったか」

 

 撤退、それが選択だった。ライダーらしき少女の、騎兵たる証が視れなかったのは惜しいが、まあ、仕方がない。舞弥に撤退を知らせ、別々のルートでの脱出を決めた。

 そして―――いよいよ本領発揮の場が近い事を予見していた。

 

「舞弥。デモリッションの用意を頼む。ランサーのマスターを叩いて、あの騎士王様のカバーをする」

『了解…… 時間は?』

「追って指示する。頼むぞ」

 

 コートをひるがえした切嗣の目は、一点の温かみすらない状態。ようやく、というべきか、魔術師殺しらしくなった。

 

 

 

  ●

 

 

 

 

「……さて、上は静かになったかな?」

 

 セイバーがマスターらしき女性と撤退し、ランサーとアーチャーもマスターの指示、あるいは令呪によって同様の選択をとり、標的を失ったバーサーカーも霊体化した。サーヴァント同士の顔合わせはひとまず終わったといえるだろう。

 

「で、ライダーとウフコックはひとまず別行動をとるのかい?」

『先ほど、この戦場を監視していたと思われる二人組が通信をしているのをライダーがつかんだ。どうにも現代戦を理解している人物で、おそらくセイバー陣営の関係者だ』

 

 デモリッション。内容はおのずと察せられる発言だった。

 

「おい、それって、建物を壊すってことなのか?」

「そうだな、建物を壊すなら爆撃機でも使えば良いだろうけど、おそらくビルの解体なんかで使うような、強力な奴でドカンだろうね。この国では爆弾を既定の位置にセットするだけで低コストで解体できるように設計されている建物が多い。

「……わざわざそんな手を使うなんてばからしいじゃないか。サーヴァントの方がそういうのに向いているんじゃぁ……ってまさか!」

「そう、その通りだ」

 

 にやりとドクターは電子グラスを押し上げつつ言う。

 

「セイバーは左手に負傷、しかも回復のためには少なくともあの槍の呪いを解くような……魔法の域に達した治癒魔術かサーヴァントの宝具かなんかが必要だろうね。あの槍は、負傷した状態を“通常化”させて治らないようにしている、面白い発想だね。しかし呪いを解くならわざわざランサーを倒す必要はない」

「……無防備なマスターを、工房ごとつぶしてしまう……!」

 

 いかにサーヴァントとはいえ、結局はマスターの魔力によって姿形を維持している、悪く言えば幽霊にすぎない。マスターがいなくなった場合、単独行動スキルを持つアーチャーでも大体三日ほどしか現界を保てない。しかもそれは戦闘や宝具の使用をなしにしてもだ。

 そして魔術的手段ではない、魔術師らしからぬ手段ならば、おそらくマスターは工房の中なら安全だと安心しきっているだろう。工房とは、たんに魔術の品を保管したり、研究を行うための空間ではない。自らの神秘を隠匿し、それを狙う物を処刑するための“城”に等しい空間なのだ。

 

『ウェイバーと俺は同意見だ。戦闘向きではないアインツベルンが正面切ってサーヴァント抜きで工房の攻略ができるとは思えない。だが、戦場を監視していた二人組が協力者となっていたら、この後間違いなくランサーのマスターは殺される』

 

 ウェイバーはふと思った。

 

「だけど、これは僕たちがランサーに恩を売るチャンスじゃないか……!」

『私たちが先回りするってこと? デモリッションより先に』

 

 うなずいて、ウェイバーは必死に頭をめぐらせ、それを整理し、それを口からこぼれ落としていく。

 

「この聖杯戦争、何も全員を倒す必要なんてないさ。セイバー陣営の様にマスターを倒してもいいんだし、生き残った最後の一人が聖杯を得るんだ、多くのサーヴァントを倒した人間じゃない。そして……」

「同盟や協力関係を持っていれば有利ってことかい?」

 

 うなずいたウェイバーは確証を持って言う。

 

「セイバーとの決着を願っているなら、それを交渉材料にもできるしもしもの時の確約だけでも得られれば、少なくとも戦力は倍増だ」

『なるほど……ドクター、どう思う?』

「悪くはない、かな?ライダーの能力ならこの手の輩にはサーヴァントの中でも最強だし、セイバー陣営への牽制材料にもなる。ライダーはどう思う?」

『うん、出来れば一般人には被害が及ばないようにしたいし、私も賛成する』

「よーし、なら決まりだ。ライダー、ウフコックと一緒にランサーの方は任せた」

『ドクターはどうするの?』

 

 ライダーの声に、ドクターはウェイバーに、自分の背後に倒れる男性を指さしながら言う。

 

「医者の仕事さ、久しぶりの」

 

 間桐雁夜。バーサーカーのマスターであり、ランサー以上の戦力へとつながる糸が地下の下水に倒れ伏していた。

 

 

 

 

 


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