Fate/ZERO-NINE【休載中】   作:縞瑪瑙

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 改訂第二話です。


Fate/ZERO-NINE 1-1

 ウェイバー・ベルベットは、時計塔の一介の生徒にすぎず、また彼の講師のケイネス・エルメロイ・アーチボルトが述べたように、魔術師というのは血と技術を蓄積していくことで、その能力を磨き上げていく。つまりその家の歴史が実力に現れるといっていい。例外はもちろん存在するが、そんなのは百年に一度現れるかどうかだ。

 その例外ではなく、まだ魔術師の三代目であるウェイバーは、魔術刻印も魔術回路もお世辞に言っても立派とは言い難い。小柄な体に備わる体力も少なく、召喚の後に暗示によって潜伏している家につくなり、眠ってしまった。

 

――家の周りは見張っておくから安心して、ウェイバー。

 

 召喚したサーヴァント、本人の言ではライダーとのことだが、頼りなさげな少女にそう言われても安心しにくいが、疲れていたウェイバーにはそれはありがたかった。

 

「あ、ありがとう…………明日いろいろ聞きたいことがあるからな、ライダー」

 

 ふかふかのベットが異常なほどありがたい、後先考えるのはしばらく後にしようと、ウェイバーは倒れた。

 

 

 

 

  ●

 

 

 

 

 霊体化した状態のライダーことバロットは、しかしマスターが眠りにつくなり、すぐに霊体化を解除してブラインドをめくり外をうかがう。すでに聖杯戦争は始まっており、いつウェイバーの命が狙われてもおかしくない。かつて暗殺者に狙われた経験があるライダーが警戒するのも当然のことだった。

 

――いやな気配がする。

「ああ。どうやらすでに我々を探すサーヴァントがここにいるようだな」

――この気配は……アサシン?

「この独特のにおいは暗殺者特有だろう。目的意識を意識的に封じている。だが……どうやらこちらに気がついているそぶりはないようだ。何らかの偵察か、はたまた召喚を何らかの方法で探知した、斥候だ」

 

 ウフコックの言に、ライダーは手にしていた拳銃をそっと下ろす。そして目を閉じて深く息を吸い、意識を宙へと、外にいるであろうサーヴァントへと飛ばす。

 

――いた。

 

 アサシンが固有スキルとして持つ“気配遮断”を、何のろうなく看破したライダー。これこそ彼女自身を覆う、代謝性の金属繊維製の皮膚が、英霊となって宝具となったもの。その名も電子の殻(スナーク・シェル)

 元々は無重力空間での素早い白兵戦のための宇宙服に使われる素材だったが、それが戦後に禁じらた。今はその転用でライダーの皮膚を覆っている。体感覚・体組織の加速装置、電子的干渉能力、高い身体能力をライダーへともたらし、副次作用として物体の立体知覚能力を与えている。さらには宝具となったことで魔術や魔術用品に対する操作能力もえており、小柄なライダーが戦うのに十分な力を有している。

 薄く光を放ちながら、皮膚はライダーへと情報を伝えて来る。

 

「こちらに目的意識が向けられているにおいはない、今はやり過ごそう」

――うまくいくかしら?

「なにもなければいいと思うよ?」

――煮え切らない人、だから半熟卵(ウフコック)って呼ばれるのに。

 

 するとライダーの手の中で、ウフコックが肩をすくめるようすがライダーには感じとることができた。するとライダーの持つ拳銃の一部がグニャリと歪み、そこから手のひらに収まりそうな何かが飛び出し、テーブルへと降り立った。

 ネズミだ。金色の、ほとんど全身がうすく発光する金色の眩い存在。紅い眼があたりを見渡し、赤いシャツに青いつなぎを着ていて、そしてごく当たり前のように二本足で立っていた。

 これこそ、いや彼こそがライダーの最大の武器にして宝具であり、そして生前のかけがえのないパートナーであったウフコック・ペンティーノ。今はライダーの宝具として存在しており、その名を“金の卵(ブリオン)”。見た目こそネズミだが、その正体は禁じられた科学技術を使って作られた、最強の白兵戦用万能道具存在(ユニバーサルアイテム)だ。体内にはいくつもの亜空間があり、そこに貯蔵してある無限ともいえる物質を表に出すことで、ありとあらゆる道具に変化(ターン)する。それらはEランク相当の宝具であり、ライダーが扱い慣れたものならDランクまで上がる。もちろん本来の機能も残っている。

 そして何よりも、類稀なのは人間の魂をかぎ取る力だ。ネズミは嗅覚で感情を理解する。それは宝具となったことでより強化され、“気配察知”に相当する力を持つ。生前担当した委任事件の中で、ウフコックはこれを活用して犯罪者を見つけたり、有力な証拠を発見していった。変身能力と合わせ文字通り潜入捜査を行うのがウフコックの役割だった。

 テーブルに立って、鼻を動かしていたが、ややあってライダーを見上げた。

 

「宝具の使用はマスターの意思を尊重すべきだが、今はこれをつけて置くのがいいと思う」

 

 体表の一部がくるりとターンし、ブレスレットを吐きだした。

 

「魔力殺しだ。よほど注意されなければ我々を隠してくれる。君とウェイバーの分だ。いつも身につけてくれ」

――ありがとう。

 

 それをウェイバーの手首へとまきつけたライダーは、自分の分も。しばらくしてアサシンが民家を屋根を飛び越えて何処かへ遠ざかっていくのがライダーには感覚された。

 

――行ったみたい。

「なにもなかったな、俺の予想通りだ」

 

 渋い笑みを見せた、しかし眠そうにあくびをしたウフコックは、ウェイバーの枕の傍にごろりと横になった。

 

「しかし、何か不穏ににおいがするな」

――どうして?

「なんだとは言えないが……この冬木に満ちている空気中の魔力が良く分からないにおいがする。聖杯に満ちる魔力は無色のはずだがどうにもよく分からない……」

 

 鼻をスンスンと動かしている相棒をよそにライダーは肩をすくめて、部屋のやや硬いソファに浅く腰かける。膝を抱えて拳銃は床に置き、静かに目を閉じた。

 

「他のサーヴァントもおそらく現界しているだろう、俺が今夜は見張ろう。霊体化して魔力と体力を温存した方がいい」

――うん、おやすみウフコック。

 

 しばらくしてライダーは霊体化して消え、残ったのは金色のネズミだけだった。

 

「しかし……戦争の始まる時もこんな気分だったのか、ボイルド」

 

 かつての使い手である人物の名を呟いたウフコックは、より周囲を警戒すべく、自慢の鼻をスンスン動かした。

 

 

 

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 ドイツにて最良のサーヴァントと称されるセイバーを召喚した『魔術師殺し』衛宮切嗣と、彼の妻でありホムンクルスのアイリスフィール・フォン・アインツベルンはは冬木の地にはそれぞれが別ルートで入り、本来のマスターの切嗣の策によってマスターではないアイリスフィールをいわばおとりとして他のマスターを欺く戦略をとっていた。

 魔術師殺しと謳われる切嗣の最大の武器はいくつもある。

 例えばその冷酷性。対象を抹殺するためならば、魔術師らしからぬ手法――狙撃、毒殺、公衆の面前での爆殺などをためらいなく使う。しかもそれを入念の準備と調査によって確実に実行する。そまた対象に何のためらいもなくトリガーを引く非人間性も備える。彼が身につける魔術も、彼の切り札である魔術礼装も、挙句に彼の助手である久宇舞弥すらも、その延長線上に存在するものでしかなかったのだ。むしろ衛宮切嗣のパーツといってもいい。

 しかし、彼にも弱点は存在する。彼は魔術師に対する手法にかけてならば、魔術協会の代行者にも劣らないプロフェッショナルだ。それは逆の言い方をすると、魔術師らしからぬ魔術師とではその能力を十全に発揮することができないというもの。

 切嗣の抱く魔術師のイメージとは、自身が使うような機械や銃火器など、現代の英知が詰まった道具を忌み嫌い、それの力を疑がっているという点に集約される。故に、彼はアインツベルンの人間を前々から冬木に配置させ、霊地や魔術師の工房などを設置できる場所、あるいは潜伏先や避難のための場所として使える場所を調べ上げていたのだ。或いは助手の舞弥に監視カメラなどを御三家の住宅地周辺に用意させた。

 結果配下のようになった。

 ケイネス・エルメロイ・アーチボルトが、すなわち最も相手としては楽な相手はとあるホテルの最上階に工房を構えていることを突き止めた。

 遠坂邸は他のマスターが放った使い魔が多くいたが、屋敷を覆う結界は思いのほか緩かった。そして侵入しようとしたアサシンが遠坂当主が召喚したアーチャーとおぼしきサーヴァントに一瞬で倒された。

 間桐邸は、衰退した栄光を象徴するように、暗く、魔術による警戒は薄く、またマスターとおぼしき人間も無警戒だった。

 まだ見ぬマスターは残り二人。おそらく、召喚に適した満月の夜にすでに召喚されたと推測される。しかし事前に目をつけていた工房設置の可能性のある場所に魔術師の気配はない。

 

 

 

 

  ●

 

 

 

 切嗣は、とあるホテルの一室でそれらの報告を聞いていた。

 

「……以上です」

 

 切嗣は舞弥の報告を頭の中で反復する。そして生まれたのは至極単純なものだ。

 

「……なるほど、これはおかしいな」

「はい」

 

 違和感。それが二人の共通認識だ。特に違和感を感じるのは遠坂邸での戦闘についてだ。アサシンはステータスは高くはないサーヴァントでありながら他のサーヴァントに圧倒的に有利である理由が存在する。それは気配遮断スキルによる、マスターを狙った戦法だ。あくまで他のサーヴァントから見て能力は低い、しかし現代の人々にとってその能力は脅威となる。現代の人間や魔術師にとっては及びもしないし、さらにはアサシンが持つ気配遮断スキルは戦闘態勢にならなければ高確率で察知されることはなく、襲われる直前までは特殊なスキルでもない限り察知は不可能だ。

 

「アサシンが侵入してから迎撃までの時間が短すぎます。またアサシンは遠坂邸に張られた結界を抜けたものの、工房はおろか屋内へも侵入できずに迎撃されています」

「まるで子のサーヴァントはアサシンが侵入してくることを分かっていたかのように行動し、千手まで取って迎撃した……」

「最初から知っていたということ以外に考えにくいです」

「だとするなら、この言峰綺礼と遠坂時臣はグルとみた方が当然だな……二人の行動は?」

「アサシンが消滅後、マスターは冬木教会に行き、監督役の保護下に入りました」

 

 しかし、あまりにもあっけがなさすぎる上に、切嗣が抱いたアサシンのマスターのイメージとはあまりにかけ離れた行動だった。アサシンが他のサーヴァントとまともにやり合って勝てる可能性はほぼゼロだ。にもかかわらず、令呪を使うなりしてアサシンを呼び戻さず、見捨てたかのように犠牲にした。

 

(間違いなくアサシンはまだ生きている……)

 

 そのように、切嗣は結論付けた。一体どんな方法を使っているのかは不明だ。しかしそんな事よりもその事実だけが重要だ。だから、思考回路は一つの手段を導き出す。

 

「舞弥、教会の領域ぎりぎりに使い魔を放て。監督役と遠坂がグルなら何らかの動きがあるはずだ」

「中立地帯である教会への干渉は参加者には許されていませんが?」

「あくまで教会の外であればいい。見つかったとしても近くを通っただけと思われるだろう」

 

 着々と打てる手は機械の様に打つ、冷たい顔の下に何を思うかは、当人のみぞ知るところであった。

 

 

 

 

  ●

 

 

 

 翌日、朝食を終えたウェイバーは疲れが残っていた体を無理に動かすことはなく、すぐにマッケンジー宅の自室へと引っ込んだ。昨日はできなかった自分のサーヴァントであるライダーのステータス確認と、今後の戦略について話し合うためだ。

 しかし、悲鳴を上げそうな脳みそを何とか働かせながらライダーとの話し合いに臨んだウェイバーは、一番最初に予想外の事実を突きつけられた。

 

「未来の……英霊だって?」

――聖杯からの知識だと、私の世代から見て百年とか二百年は昔の世界。だって電化製品が見たこともないくらい旧式だもの。

 

 ライダーの言だ。曰く、空中を浮かんで走ることができる重力素を持ちいた高級車どころか、ライダーのいた世界ではガソリン車よりワンランク上の水素エンジン車も、電動カーすらなかったのだから、とのこと。ウェイバーは混乱を極めた。

 正体について全く思い当たる英霊がいなかったウェイバーにとっては衝撃なことだった。また同時に納得もいった。ライダーのステータス値が知名度による補正を受けていないと感じたのだ。

 

筋力:D  敏捷:B

耐久:D+ 幸運:A+

魔力:C+ 宝具:B+

 

 ライダーのステータスは総じて低い。女性であることも高くはないステータスに拍車をかけている。これは少し楽観視できないなと判断したウェイバーは続いて宝具について教えてくれるように頼んだ。

 するとライダーは手を胸のあたりに持ち上げ、首元のチョーカーから電子音声を放った。

 

――ウフコック。

 

 するとライダーの手を覆っていた黒い革手袋の一部がひっくり返り、金色のネズミを吐き出した。

 

「おはよう、マスター。男性はネズミを嫌いにならないという俺の一般常識はあっているかな?」

「ネズミが……しゃべった?」

「ああ、そうまで驚かないでくれ。バロットと会った時にも話せなかった……というかバロットはしゃべれなかったかな?まあ、今はいいだろう」

 

 さて、とウフコックは前置きをした。ウェイバーへと優雅に一礼して自己紹介をした。

 

「はじめまして、俺の名はウフコック・ペンティーノ。マルドゥック(シティー)がマルドゥック・スクランブル-09として定める委任事件捜査官だ。れっきとしたライセンスの持ち主だ。最も法務局は俺のことを人間だと思っているがね。そして今は君のサーヴァントであるライダーの宝具の“金の卵(ブリオン)”だ」

 

 すらすらとしゃべるネズミ、ウフコックを思わずウェイバーは手に乗せた。

 

「ほ、本当に生きてる。すごいぞ……ケイネスのやつの魔術礼装だって目じゃない!」

「気にいってくれたかなマスター?この服は俺のデータベースにインプットされている八万を超えるズボンと十万を超える上着とシャツの中から厳選したものだ」

――ウフコック。

 

 とがめるような相棒に、ネズミは肩をすくめる。

 

「そうだったな。さて、見てくれたように俺がライダーの武器となる。俺は禁じられた科学技術によって、ただのネズミを生体ユニットとして最強の白兵戦用の兵器として作られた。俺の体内はいくつもの次元に分かれている。そこからあらゆる物質を表に出して変身するんだ」

「体内に……別次元だって?」

 

 魔法だと、とっさにウェイバーは叫びそうになってしまった。魔術がいかなる手段でもたどり着けない領域に踏み込んだ奇跡、もちろん科学の力でも不可能な神秘。それが『魔法』。逆に言えば科学の力で造れたならば、それはいつか魔術を使って再現可能ということだ。現存するのはわずかに五つか六つで、使い手も五人ほどしかいない。しかしウェイバーは頭を振ってそれを頭から振り払う。今重要なのはそんなことではない。

 

「俺は数ある被検体でも偶然生まれたオンリーワンの存在だ。話は戻るが、俺は宝具となったことで変身(ターン)した武器が全てDランクからEランク宝具となる。他にもバロットの持つ宝具の効果も増強し、マスターの安全も守る。これが俺の価値だな」

「ってことは武器になれば、どんな宝具にもなるのか!?」

「あくまで武器と言う括りの中でだな。いざとなれば俺は乗り物にも変身可能だが、それはマスターへの魔力要求が大きくなる」

 

 興奮するウェイバーにウフコックはあくまで冷静に語る。自分を過信されては、マスター自身に害が及ぶのだから。

 

「さて次にライダー自身の宝具だ。彼女は被創造物の俺とは違い禁じられた科学技術によって命を救われたんだ」

――私の宝具は、これ。

「皮膚……か?」

 

 ライダーは卵の様に白い肌をそっとなでる。すると表面をわずかに青白い光が走る。それを見たウェイバーは目を白黒させたまま、呟くように問う。

 

「電気が流れたように見えたけど……何だそれ」

「彼女はな、かつて全身に重度のやけどを負ったんだ。その皮膚が彼女の命を取り留め、また、彼女の安全を守るための抵抗力だ」

 

 ウェイバーはマスターへと与えられる能力であるステータス透視を以て、その宝具について確認した。

 

電子の殻(スナーク・シェル)、代謝性の金属繊維の皮膚。つまりは生きている金属で作られた皮膚だ。電気製品や判定次第では魔術にすら干渉する。彼女はありとあらゆるものへのリモートコントローラーなんだ」

「これも科学技術で作られたのか?」

「まあ、そういうことになる。もとは宇宙空間での白兵戦を想定していた宇宙服の素材なんだが、紆余曲折を経たのでな」

 

 さて、と前置きをしたウフコックは、マスターであるウェイバーを見上げる。

 

「俺たちのステータスやスキルは理解してもらえたかな?」

「ああ……」

 

 ウェイバーは自分の召喚したサーヴァントの特徴をはっきりと認識した。

 

「直接戦闘には不向きなんだな」

 

 ライダークラスに分類はされているが、他のサーヴァントからすれば見劣りするステータスと宝具だろう。

 申し訳なさそうに身を小さくするライダーを、しかしウェイバーは責めることはできなかった。サーヴァントは一体しか召喚できないし、自分にはサーヴァントを複数使役するほど魔力があるわけではない。

 だが、がっかりした感は否めないものだ。なぜ征服王が呼ばれなかったのかはわからないが得られたかもしれない戦力からはレベルが違うだろう。

 それを見て取ったのかウフコックはライダーの手の中でウェイバーを呼んだ。

 

「だが、俺たちの価値はほかのサーヴァントとは違うところにある。ほかのサーヴァントが取れない戦略で、この戦争を勝ち抜いて見せよう」

 

 手を腰のあたりにあてて胸を張るネズミをウェイバーはまじまじと見つめた。違う戦略という言葉は、自分が全く未知の力を持つライダーの宝具(相棒)であるために、妙な説得力を持っていた。

 

「よろしく頼むぞ、マスター」

 

 ともかく、このサーヴァントにかけるしかないとウェイバーは腹をくくった。いつ戦端が開かれるかわからない以上、できることはしておかなければならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

    ●

 

 

 

 

 

 冬木の港。その片隅には貨物船に乗せる巨大なコンテナが並んでいた。のっぺりとした印象を持つそこには海からの潮風に吹かれるが、しっかりと施された錆の防止材はコンテナを守っていた。すっかり夜も更け、すでに働く労働者(ワーカー)の姿は消え、青白いライトと白熱灯の光によってわずかに照らされている。人間にとって十数メートル程の視界は間違いなく確保されていた。しかしそんな視界も英霊にとっては問題ない。

 そして電灯に照らされたやや開けた場所に、人の姿があった。

 

「良くぞ来た。今日一日街を練り歩くもどいつもこいつも穴熊を決め込む腰抜けばかり。俺の誘いに応じた猛者はお前だけだ」

 

 不敵に笑うのは深い緑色をしたボディスーツと鎧の様な物をきた、眉目秀麗な男だった。手には二本の槍を手にしている。どちらも呪符によってぐるぐる巻きにされており、見た目ではその正体は測れなかった。

 

「その清澄な闘気……セイバーとお見受けしたが、如何に?」

 

 その問いに、黒いスーツを着た少女 セイバーは、全く隙のない礼を返し同じように問う。

 

「その通りだ。そういうお前はランサーに相違ないか?」

「いかにも。……フン、これから死合おうという相手と尋常に名乗りを交わすこともままならぬとは。興の乗らぬ縛りがあったものだ」

 

 聖杯戦争独特とも言える、真名の秘匿。使い魔・召喚物としては最高ランクに当たるサーヴァントは、過去未来の英霊や豪傑たちだ。誰もが伝説や逸話を持ち、後の代の信仰を集めている。しかし、それらはサーヴァントを縛るものでもある。すなわち、逸話が彼らの弱点となる。

 例えば、クランの猛犬“クー・フーリン”。彼はケルト神話の槍兵で、間違いなくランサーとして召喚されてもおかしくない豪傑だ。ルーン文字に通じ、なによりその愛用の魔槍“ゲイ・ボルグ”は有名だ。

 しかし彼は、自身のゲッシュである「犬を食べない」と「目下の者から勧められた食事を断らない」の二つの矛盾により受けた呪いで死んでしまった。これは十分に弱点だ。例えば、食事に毒が盛られていると解っても、それをゲッシュによって断ることは決してできない。

 他の英霊にもこれは通じ、一般に真名が露見するのは避けるべき失態だ。故に、彼らは自身や相手をクラス名で呼ぶ。

 

「それでは……いざ」

 

 二本の槍を構えたランサーに対して、セイバーは自身の装備を呼び出す。激しい風のうねりがセイバーの体を包み、倉庫街を揺らす。それが収まった時にはセイバーはドレスのような鎧に身を固めていた。臨戦態勢となり、手に見えない何かを構えた。

 セイバーのマスター―――に見せかけられた―――アイリスフィールは二騎のサーヴァントから距離をとり、セイバーを激励する。

 

「セイバー、この私に、勝利を!」

「はい。必ずや」

 

 

 

 

 

  ●

 

 

 

 

 

 そうした一方で、すでに動き出していたものがいた。

 

『動いたか……においから察すると、これはランサーとセイバー……三大騎士クラスの二つがいきなり激突か』

「こっからじゃ見えないねぇ……やっぱ、あのケイネスって野郎の使った人払いの術かい?」

『間違いないな、すでに戦闘の音がしている筈だが、そっちでは聞こえていないだろう?』

 

 遠くからはここの光景は見えないだろうし、港のはずれに止まっている車などに注意を払う者などいない中、こそこそと動く人影があった。携帯電話を手に、双眼鏡を覗き込むのは、カオス理論にもとずいてまだらに髪を染めた珍妙な恰好な男だった。彼の名はドクター・イースター。ライダーの呼びだした、擬似サーヴァントだ。

 もともと魔術はおろか神秘という概念が、発達した科学技術によってすたれていたライダーの時代。ライダーには召喚師(サモナー)の能力はなかった。しかし、ライダーの宝具がそれを可能としていた。

 宝具“緊急特例法案(マルドゥックスクランブル)”。元々は“禁じられた科学技術”が作られたマルドゥック・シティーで、その技術の取り扱いを定めた法律。“三博士”の一人と戦後の政府が制定したものだが、英霊となったライダーの宝具となっている。その効果はけんっ罪で、今はライダーの要請によってドクター・イースターを呼び出していた。

 魔術師としてはまだレベルが低いウェイバーと、直接戦闘や全体的なステータスが低いライダー。それをカバーするにはまず人手が必要だった。少しでも多くの情報とバックアップによってライダーが有利な状況を作ることが、ウェイバーたちには求められていた。そこで宝具の力で召喚したのがドクターだ。

 冬木の町にいる時点から尾行していたドクターは、こうして逐一状況をライダーへと伝えていた。サーヴァントとしては最低ランクと言えど、サーヴァントとしての気配や魔力をほとんど発することなく、単独行動スキルをもつドクターはこういった偵察にも向いていた。

 手にした双眼鏡は温度式や赤外線などでも切り替えることができる便利なものだが、ドクターの目にはほとんど倉庫街の中央部は見通せなかった。それは隣にいるウェイバーもまた同じだった。

 

「ああ、遮音効果だけじゃなく光学迷彩も働いてる。やり手だね、ウェイバーの行っていた『エリート講師』は伊達じゃないね」

 

 うなったウフコックは、しばらく沈黙を守る。

 

「ところで……ウェイバーをつけていたアサシンがいたってことはさ、そっちを見張ってるやつもいるんじゃないか?」

『……確かに、少なくとも三体のアサシンらしきにおいがする。血と毒薬のにおい、目的意識を感じる。ライダー』

「おいおい……」

 

 手をひらひらさせながらドクターは不敵に笑う。

 

「回りくどい言い方はよせよ。ライダーが介入する必要はないし、ウェイバーとの基本的な戦略は同意しているだろう? なら、僕の周りにも来るかもしれないアサシンを片づけてくれよ」

『了解した。ドクターは地下の下水の方に行ってくれ。何やら蟲と血のにおいが満ちている。おそらく、間桐の魔術師だ』

「了解。行こうか、ウェイバー」

「よ、よし。行くぞ」

 

 コートを着込んだウェイバーはドクターと一緒に赤いオープンカーへと乗り込んだ。中流階級(チープブランチ)で収入に余裕があれば数台保有できるガソリン車がエンジン音をたて、倉庫街の北側へと滑るように向かう。

 

「さて、他のサーヴァントもそろそろ動いている筈だけど……どうなるかな?」

 

 遠くに瞬く街の光は、マルドゥックシティーを彷彿させるような、薄ぼんやりとした怠惰と虚栄(シェル)の光に、よく似ていた。

 そんな街を背景に、三大騎士クラスの二騎が激突しようとしていた。

 

 

 




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