Fate/ZERO-NINE【休載中】   作:縞瑪瑙

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 幕間です。前話と比べて相対的に短くなりましたが、いろいろと含んでいます。
 また独自設定というかご都合なところがありますがそこは目をつぶっていただけるとありがたいです。それではどうぞ。


Fate/ZERO-NINE interlude

 部屋の中に、ティーカップをソーサーへと置く音が静かにうまれた。落ち着いた基調の部屋は

遠坂時臣が私室とするところだ。時刻は午前の日差しが心地よい十時ごろ。時臣は、カップから

香る香りを鼻孔に満たしながら、一人思索に沈んでいた。

 万全を喫して挑んだ聖杯戦争が、自分の制御下からどんどん離れていっていることに深い

徒労感を感じ、それを癒すためだ。

 

…なんということか…

 

 アサシンの脱落偽装の露見、監督役との癒着の発覚、呼び出したギルガメッシュがアーチャー

クラスで現界していること。さらにキャスター討伐を利用した各陣営の能力調査もほぼ失敗。

これまでの計画がことごとく失敗している。

 時臣とてバカではない。平凡でありながら努力を積み重ねることで、遠坂家当主として

ふさわしい技術や振る舞いを身に着けている。だが、そんな彼をして深いため息を

つかざるを得ない状況までなっていた。

 これからの戦略が、構築できていない。アーチャーは強力だということは示すことはできたが、

逆にライダーとランサーの陣営の同盟を招き、しかも触らぬ神に祟りなしとばかりにアーチャー

に手を出さない陣営ばかりだった。また、バーサーカーのマスターと思しき間桐雁夜の存在も

不安要素である。狂化されているにもかかわらずアーチャーの攻撃を悉くしのぎ、ともすれば

あのままアーチャーに勝っていたかもしれない。そしてその日から不意に間桐雁夜の姿は

発見できなくなった。あの分裂するアサシンを以てしても、だ。これではマスターを直接たたく

という方法も使えない。

 

 「ううっ…よ、余裕をもって優雅たれ…」

 

家訓を呟きつつも、時臣は胃薬の買い置きを心配した。このままではまずいがどうにもできない。

 一度、家族と会ってこの不安を和らげるべきだろうかと、真剣に悩んだ。ちょっとくらい、

聖杯戦争から逃避…いや休憩をはさんでもいいだろうという欲望が胸に湧いてきた。

 

 「葵…凛…助けてくれ…」

 

痛む胃を心配しつつも紅茶を飲み終えると、そのまま時臣は整えられた庭を眺めることにした。

最近庭を眺めてたそがれる回数が増えてきたと自覚しながら、胃薬の買い置きの心配をした。

 

 

 

   ●

 

 

 

 カチカチ、ガサゴソと気味の悪い音が、暗く湿った蟲蔵の中に木霊していた。

間桐の魔術に使われる虫が、無数を超えた数そこには存在している。いや、蟲そのものが

この蟲蔵であった。石畳のそこには、今日もまた一人の幼い少女の姿がある。

 間桐桜。遠坂家の次女だった彼女は、間桐の家に入って以来こうして魔術師を生み出す母体

として日々蟲になぶられる生活を送っていた。間桐雁夜が聖杯を持ち帰る可能性は低いため、

ここでの“教育”は続けられることとなっていた。

 

 「フム…あの出来損ないはまだ見つからんのか…」

 

数十もの隠密行動に特化した蟲と対峙しているのは、間桐の実質的な当主である間桐臓硯だ。

 見た目こそ小柄な老人で、名前も日本風であるが、その正体は五百年以上を生きる魔術師

であり、すでに幾多の延命の魔術の行使により人外へと成り果てた“妖怪”だ。肉体は

とうに滅び、その体は自らの一部である蟲へと置換されている。

 しかしながら、蟲の扱いにかけては紛れも無くトップの実力者だ。間桐雁夜を即興で

サーヴァント召喚できるレベルまで仕立てた実力は本物である。

 だが問題なのは、倉庫街での戦闘後暫くして、雁夜の体内に埋め込んでいた追跡用兼監視用

の蟲が反応しなくなったことだ。死んだのか、あるいは蟲が死ぬほどの負傷を負ったのか。

あるいは誰かにつかまり実験体とされたのか。いずれにせよ、脱落したとみるのが正解か?

 

 「しかしのぅ…」

 

 臓硯は少なくとも、この冬木の地にいくつものコネクションを持ち、地理にも明るい。

各陣営が拠点を設けているところは大体つかめているのだが、さすがにそこへと踏み込む

能力も余裕もない。そこへと監禁されているのならば、どうしようもない。

 だが、可能性は低いとはいえ、聖杯へとつながるかもしれない“駒”だ。自分が手をかけた

こともあって無駄にはしたくはない。

 コツコツと、石畳に杖を突く音が響く。思考にふけるが、打開策はない。

 いかに自分といえど…肉体を捨て、この数百数千もの蟲そのものとなっても、サーヴァント

とそのマスターという取り合わせには勝てない。バーサーカーを召喚させたのも、

ステータス上昇のためもあるが、“雁夜(道具)”と結託し自分への反逆を行うような能力を奪う為でも

ある。キャスターなどはもってのほかだし、殲滅に特化したサーヴァントなどもダメ。

しかしバーサーカーはそういうことはできないほど狂うのだし、魔力を消費するので“雁夜(道具)

を弱らせることもできる。

 もうしばらく捜索をするとようやく決めた老獪な“妖怪”はようやく蟲蔵から離れた。

 

 

 

 

   ●

 

 

 

 「………」

 

 その姿が去っていくのを、蟲の波にのまれながら間桐桜は見ていた。いや、見ているわけでは

なく目を向けているだけで、ほとんど認識していない。

 どうせ、この現実に変化が起きることなどありえない。

 繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、自分はこうして汚されていく。抵抗をやめたのは

一体いつのことだったか…覚えていない。少なくとも、初めてここに放り込まれて、すさまじい

痛みと苦しみを感じ、逃げ出そうとしてからあまり日は経っていなかったはずだった。

 誰かに助けを求めたかったが、あまりにも建前の上の祖父は強大だ。抗うすべもなく、

ただただ状況に流されるばかりだ。

 

 「………」

 

 キキキキ…とうるさく鳴く蟲が体を這っていくのをただただ感じた。あの祖父の笑い声にも

よく似た鳴き声だ。しかし不快感などもう自分の中に生まれもしない。ただ、漠然と感情が

残っていた。

 

…生きたい…

 

 なけなしの、きわめてわずかな希望であり、願望だった。こんなのを自分は望んだの

ではない。ただ、自分は自由に、そして何の心配もなく家族と一緒に生きていたかったの

だから。父と母と姉と自分とで。魔術のことはあっても無くても構わない。たとえ自分が

二度と引き返せないその道へ転落しようとも。

 唯一の救いだったのは、血縁こそないが自分の叔父だった雁夜の存在だ。祖父が言うには

自分がこうして道具扱いされることに対して反抗したらしい。そのあと、聖杯戦争へと

挑んだというが、ここ数日姿を見ていない。

 祖父は死んだのではないかと楽しそうに言っていたが、自分はあまり信じていなかった。

何の証拠も、確証もないが、ただ感情としての反発心があった。

 

…死んでしまった、はずがない…

 

 砕け散ってしまいそうな幻想(ユメ)だった。特に、こんな環境では。

 それでも、これだけは捨ててはならないと、桜は無意識に守った。大事なものという範疇を

遥かに超えたものだ。そういった信じるものがなければ、人として死ぬ前に大事なものを失って

自分は生きたまま死んでしまう。それだけは嫌だった。それが守られるなら、体を侵されようと

汚されようと関係はなかった。

 

 「こんなのは、いや…」

 

小さな抵抗の意思は蟲の鳴いたり這ったりする音に掻き消えていく。

 

 

 

  ●

 

 

 だが、それをきちんと聞いていた者がいた。

 

 「抵抗の意思と生存への渇望がうかがえる匂いだ。おまけに、魔術のことは眼中にないな」

---魔術のことは眼中にない?

 「あっても無くてもいいから、生きていたいようだ。これはある意味間桐雁夜の意思との

  ずれを示す証拠となる」

 

 間桐邸の近くを通り過ぎながら蟲蔵の中へとひそかに干渉を行ったライダーは、チョーカー

姿のウフコックと会話しながら、間桐邸の内部情報を頭へと叩き込んでいく。

 

 「必要であるなら、彼女は魔術を学ぶことに抵抗はないということだな…素質がある以上、

  磨いていけばいいだろうと俺は思う」

 

昼間であるために、マキリ・ゾォルケンの目をかいくぐり、蟲の一匹を電子の殻の効果で支配

して、その一匹を皮切りに蟲蔵の中にいる間桐桜にまで接触するのは非常に楽な仕事であった。

もちろんウフコックが潜入捜査をやってもいいのだが、さすがにこれまでとは状況が違いすぎる。

 第一、この干渉は緊急特例法案の違反事項すれすれの行為だ。だが、間桐雁夜説得のため

という目的にのみ、宝具はライダーの干渉に許可を出した。

 

---ねえウフコック。

 「どうした?」

---もしもだけど。マトウサクラが緊急特例法案を選択したら、彼女はどうなるの?

 「そうだな…」

 

ライダーの問いかけに、ウフコックはしばらく悩んだが自身の考えを言った。

 

 「彼女にふさわしい、あるいは必要な“禁じられた科学技術”が与えられるだろうな。君と

  同じように質疑応答を経て、母体というよりも魔術師としての大成を目指せるような

  下地を作る…」

---そうじゃないの。

 「?」

 

 ライダーは、自分の中に焦げ付きを感じていた。そしてその焦げ付きを、間桐桜へと感情の

ままにぶつけてしまうことを恐れていた。

 彼女は、あまりにも自分と似ているのだと、ウフコックへとライダーは言う。

 

---私にウフコックがつきっきりになってくれたみたいに、彼女に一緒にいてあげる人は

  いる?

 「必要になれば…だが」

 

暫くその言葉の意味を考えていたライダーは、しかし相棒であるウフコックの名を呼んだ。

 

---ウフコック…私はあの子の言い訳になってあげる人が必要だと思うの。私にとって

  ウフコックがそうだったみたいに。自分がここに居てもいいんだっていう言い訳に。

 「君がこの俺に愛を求めたように、か?」

 

 ライダーはかつて、自分が殺さた場所でウフコックに求めた。自分を愛してほしいと。

生きていることへの言い訳がほしいのだと。

 ネズミであるウフコックは、もちろん困惑した。あらゆる状況を潜り抜けてきても、そんな

要求は初めて受けたからだった。そしてたどたどしくも、ウフコックはそれに応え、それ

によってライダーは自分自身の過去やシェルとの裁判で戦うことができた。あの時は、

ウフコックがいなければ心は砕けてしまっただろうことは、容易に想像できることだ。

 

---そう。運命でもいい。神様でもいい。同性でも、薬でも、お金でも何でもいい。

  自分を肯定してくれる人が必要だと思うの。私の勝手な考えだけど…

 

 かつて、ライダーとともに仕事をしていた少女たちは、競い合うように“自分が誰かから愛さ

れていること”を自慢しあった。愛がなければ肉体よりも先に魂が死んでしまうのだ。

“仕事場”にいたプリンセスと呼ばれた女性を---愛を求め、最後にはSMプレイをしていた

客を銃で撃ち殺し、店のみんなと別れを告げたあの人物を、ライダーは思い出していた。

ライダー自身も影響を受け、そして共感した相手だ。生前は、もう一度会えないかと探したが

結局見つからなかった。でも、それでもよかった。

 

---彼女の心に、寄り添ってあげたいの。私でなくてもいいから、誰かが傍にいてあげてほしい。

 

 それは、蟲に身を犯されている少女にも似たところがあるのではとの、ライダーの経験による

願いだった。なんら証拠などはない、押しつけにもなるかもしれない。

 

---これは私のわがままみたいのものだけど、いい?

 「君には直感スキルはないが、俺は信用している。俺はもちろん、ドクターやウェイバーにも

  伝えるといいと思うよ」

 

 感謝の気持ちを込めてチョーカーを軽くいじるとライダーは、ウェイバーたちがいる拠点へ

と向かうために霊体化した。

 蟲蔵で苦しむ少女を、救えることを願って。

 

 

 

 

   ●

 

 

時系列

 

+2:

・柳洞寺において令呪の分配が行われる。セイバー、ライダー、ランサーの各陣営。

 ソラウがケイネスの代理として令呪を受け取る。

・セイバーとアイリスフィールがアインツベルンの城へといったん帰還。ライダーに関する

 手掛かりに切嗣は混乱する。

・時臣、自宅の庭を眺めてたそがれる。胃薬を誰か買ってやってください。

・霊地で魔力を蓄えるウェイバーは、ライダーの過去を夢の中で見る。その間、ライダーは

 霊地などを調査。

・セイバー陣営が拠点を移動。移動中にアイリスフィールが吐血。新しい拠点である武家屋敷で

 アイリスフィールは魔術陣を描いてそれで体力を蓄える。

・綺礼、アーチャーが取り出した鏡を通じてウフコックを目撃。衝撃を受け、戦争へと挑む

 理由を得る。外道愉悦神父から真っ当喜悦神父へと進化。

・ドクターがソラウに、ランサーのマスターになるように依頼。

・ライダー陣営の別の拠点において、ドクターが間桐雁夜に説教。ライダーは間桐邸に近づき

 間桐桜と間接的に接触。

・これまでの調査についてウェイバーはライダーから報告を受ける。

 

補足:話の構成上、時系列は上のように投稿されていないので注意。

 

 

各陣営情勢

 

・セイバー陣営

:アイリスフィールがかなり弱体化。“鞘”の効果で何とか持ちこたえる。

 切嗣はライダーの正体について四苦八苦し、そのマスターについて警戒を強める。

 拠点を武家屋敷へと移す。

 

・ランサー陣営

:ソラウが正式にマスターとなるように打診される。ランサーは自分自身の過去について

 清算を行おうと決意。

 

・アーチャー陣営

:時臣さんマジで胃に穴が空きそう。

 アーチャーは綺礼を別方向へ覚醒させる要因の一つとなる。

 

・ライダー陣営

:ドクターは雁夜をお説教して、ライダーはあちこち調査に回り、ウェイバーはひたすらに

 魔力を蓄えたり、雁夜と話をしたり、調査結果を聞いたりと大忙し。

 

・アサシン陣営

:言峰綺礼、別方向へと覚醒。戦争に足して俄然やる気を出す。

 

・????陣営

:一切が不明。

 

 

次章予告

 

 「過去に決着をつけるぞ、バーサーカー…」

 

覚悟を固めた半人前魔術師間桐雁夜と、それに従う狂戦士。

 

 「ランサー、ごめんなさい。しばらくあなたの力と槍は私のものとなるわ」

 「お任せを」

 

戦場へと身を投じることとなるソラウ。そして忠義を貫くため彼女を守ると誓うランサー。

 

 「あはハハハはっは!すげえぜ旦那たち!最ッ高にクールだぜ!」

 

狂気に染まり、殺戮を行う龍之介。そしてそれを手助けする謎のサーヴァント。

 

 「許されん行為だ…ッ!唾棄すべき行為だ!」

 

命の輝きに喜びを見出す神父は、命を軽んずるそのサーヴァントたちへと挑む。

 

 「その程度か…!お前が得たものはその程度なのか、答えろ、衛宮切嗣!」

 「得たもののために…僕はまだ、戦えるのか…?」

 

悪を前にして、再び息を吹き返す“正義の味方”を志した男。そしてその男とともに戦う神父。

 

---ウェイバー!令呪を!

 「ああ…使ってくれ、ライダー。この戦争に挑んだ僕自身の価値のためにも!」

 

終結へのカウントダウンは急速に進んでいく。

 

 

 

次章 Fate/ZERO-NINE 4 抽出

 

 

 

 

 




 やっと第三章が完結!
 意味ありげに書いたところとかありますし、原作を知っている方にはなんとなく想像できるところがあったのではないでしょうか?それとなく感想で書く文意は構いませんが、ほかの読者の方にあからさまなネタバレにならないようにお願いします。
 しかし第四章は僕自身非常に楽しみにしています。戦闘シーンとかをようやくかけるのですから。この時のためにネタは豊富に用意してあるのです。お楽しみに。
 明日も同じ時間に投稿予約を入れていますので、チェックをお忘れなく。

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