では本編どうぞ!
三人が訪れたのは、ジュネスおすすめの家電製品売り場。多種多様なテレビが並べられたそこには、確かに人も入れそうな程の大型テレビが陳列されていた。
そのテレビには今人気絶頂のアイドル、久慈川りせのCMが流れている。そういえば、遼太郎の車の中から見たのもこの女の子だった事を湊は思い出す。
しかしそんな事は、今気にするような事ではないのだ。湊はすぐに千枝と陽介へ意識を傾ける。陽介は呆れたように笑い、右手で髪をぽりぽりと掻く。
「え、つーか、マジで来ちまったよ」
「いいじゃん、別に。テレビ見たかったしさー。テレビの方はー、ま、帰りにでもちょろっと試してみればいいんじゃない?」
それよりも、テレビどれがおすすめよ。コネで安くなんないの? と陽介に聞いている千枝。その言葉からは、湊の発言を本気だとは思っていない事がよく分かった。
しかしそれも仕方ないと言える。転校してきたばかりのクラスメイトの言う事、それもテレビに身体が入るだなんて、信じる方がどうかしている。そうでなくとも湊の言葉は冗談なのか、本気なのか判断しづらいのだ。ずっと連れ添ってきたわけでもないのに、分かるはずが無かった。
しかしながら湊の事を悪い人物だとは思っていないからこそ、冗談だと思ってもこうして付き合っているのだ。悪い人物ではないと分かってもらえているだけで十分だと、湊は思っていた。
湊はそんな二人を少し眺めた後、大型テレビへ視線を移す。そこには以前見たニュース、早紀の事件についてのインタビューが流れている。この田舎だ、こんな面倒事に巻き込まれて何とも可哀そうだと思った。
そこで、昨日見たマヨナカテレビの映像が脳裏をよぎった。そして先ほどの、そしてジュネスに来る前の陽介達の言葉を思い出す。悪気はないのだろうが、あそこまで否定されると、どうにも覆してやりたくなるものなのだ。
「…………」
湊は腕を組み周りに人影がない事を確認すると、うんと頷く。そして何やら言い争う二人を見て、こちらを見ていない事を確認し、右手を静かにテレビ画面へと伸ばす。
ズブリッ。
そんな音を立て、液体に物体を沈めるような波紋を立てながら、間違いなく右手はテレビの中に入っていく。
「……ほぅ」
と、どこか感嘆したように息を吐き、湊は何を考えたのか更に手を進めていく。
以前のように急激に吸い込まれるような感覚も、どこか懐かしく気持ちの悪い感覚もない。だからこそ更に進めていった。
(やっぱ、入るんだ……)
昨日の事は夢幻等では無かったのだ。
「……え? ……どしぇえええ!? な、なにそれ、どうなってんのー!?」
「おいおい、お前手品も出来んのか!? ってか、それホントに入ってんじゃ……おいおいおいおい、どうやってんだよ!」
湊が静かなことに気づいた二人が、湊へと振り返れば、底には既に腕の中ほどまでテレビに吸い込まれた湊の姿。その余りに異様な光景に、わたわたと捲し立てる二人。しかし湊は何かに惹かれるように、更にその手を進めていった。
蒼の瞳に波紋が映る。
陽介と千枝はその余りに現実味のない光景に、得体の知れない悪寒を感じた。何かいけない物に触れようとしている。覗いてはいけない物を覗こうとしている。そんな怖気が二人の背筋を震わせ、更に焦って湊を止めに入った。
「って、ちょ、ちょっと! もうやめなって! テレビに入るのは分かったからさ!」
「そう、そうだって! 何か、こう、びんびんやな感じがする! 止めようぜっ!」
「……身体。全部入るよね、これだったら」
「えっ? ちょっ、何言ってんの!?」
「って、おぉい! どこまでずれてんだ、お前は! ……あっ。ヤバい、この異常事態に俺の膀胱がアラームを鳴らしているぅ! も、漏れそうっ」
「漏れぇっ!? き、汚いってーの! 女の子の前で最低っ!」
しかしその焦りは湊の発言で更に加速し、各々の性分からか、よく分からない方向へと突っ走っていく。陽介の空気を読まない発言に引きずられ、ついつい突っ込みを入れてしまう千枝。下腹部を抑え、襲い来る波を押しとどめようと飛び跳ね頑張る陽介。
惹かれる感覚も消えていながら、それでも冷静にマイペースに身体をテレビへと進めていく湊。
そこで千枝はハッとする。今の状況の異常さに、漸く思い至ったのだ。そして慌てて周りを見渡してみれば、遠くない距離に家族連れを見つけてしまう。今はこちらに背を向けテレビを見ており、まだ気づいていない。
けれど一秒後にはこちらへと来てしまう可能性は多々あるのだ。テレビに入っていく湊。漏れると叫び、膀胱を抑え踊る陽介。こんな現場を見られてしまえば、田舎であるこの町の事、瞬く間に尾ひれがついた悪評が広まって家の店は危機に陥るかもしれない。
果たして千枝がそう思ったかは分からないが、本能的にかまずはと気安い陽介の踊りを留めようと、両手を使い押さえつけた。
そんな二人を見て、気が晴れたのか、それとも流石に見知らぬ人間に見られるのはヤバいと思ったのかは定かではないが、湊は薄く笑いその動きを止めた。
しかし
「も、漏るっ、漏るぅ~!」
「漏るって、あんた! ってああ、人が来てるっ! これどうすれば、え、えっと、とにかく、こっちに」
「……ま、冗談だよ。って、あ」
「あ」
「あ」
千枝がテレビに手を突っ込んでいる光景の方がヤバい。と気づき、そのまま陽介と自分で壁としようとした。
が、暴れる陽介に体勢が崩れ、千枝と陽介は冗談だと身体を引こうとした湊に体当たりしてしまい、そのまま共にテレビへと倒れこんでいき。
「きゃ、きゃあ~~~!」
「うぉぉおおおおお~!」
「…………」
そのまま三人共、テレビの中へと落ちて行った。
そしてその叫びにテレビを見に来ていた家族が振り向くものの、しかしそこにはもう、誰もいなくなっており。
もはや人影すらも無く。
「? テレビ番組かな」
「そうみたいね」
「ねえねえ、そんな事より、このテレビ最新型だって、これを買おうよ」
家族は気のせいだと、傍らの非日常に気づく事無く、いつも通りの日常を満喫するのであった。
「――ゃぁあああああ」
「ぁぁぁああああああああああ!」
「……………」
ドスンッ
そんな鈍い音と。
すと。
次いでそんな軽い音。
とん。
そして最後には、何かを受け止める音。
少しの時間差で、音が連続した。
「い、いてぇぇぇ……」
「な、何なのここ……って有里君っ、何してんの!?」
「……お姫様抱っこ」
「そ、それは知ってるけどぉぉぉ……お、お姫様とか……」
初めの音は、陽介が墜落した音。
二番目の音はその脇に湊が着地した音。
三番目の音は、湊が千枝を受け止めた音。
どうやら現在の様子を見る限り、そのような感じで間違いないだろう。
陽介は腰でも打ったのか、ごろごろと転げまわり、湊は腕の中に千枝を抱いたまま、冷静に周りを見渡している。千枝も霧が立ち込める肌寒く、重苦しい異様な空間に気づいたものの、湊の温度と息遣いを感じ、どうしてもそちらへと意識が移ってしまう。
疑問もあっけらかんと即答され、それにより更に恥ずかしさが増してしまうという悪循環。
いくらカンフーやアクションが好きだと言っても、やはり可愛い女の子。お姫様抱っこには憧れる物なのだ。ましてや自分は女の子らしくはないと自覚している分、訪れるはずがないと思っていた場面に何も考える事が出来ない。
しかしこの世界に何かを感じたのか、湊は素早くしかし丁寧に千枝を降ろし、周りへ視線を巡らした。その合間に陽介を助け起こすことも忘れない。
「ぅ、あんがとよ……って、何だよこの気味わりいとこは……」
「……ご、ごほんっ。こんな場所見たことないよ……」
「…………」
湊たちの下に描かれる、ダーツの的のような白と黒の縞模様の円。そしてその上に描かれる、手投げ矢(ダーツ)の如く散乱する白色の人絵。歪に放置されたそれは、警察が事件現場に描く人の線にも似ている。
湊達のように落とされ死んでしまった人を表しているような、そんな趣味の悪さが感じられる人型だ。更にその周りは血のような赤と、毒のような紫という色彩。
周りは濃い霧に包まれ、辛うじて分かるのは鉄骨が乱立する無骨で殺風景な光景。そして何の仕切りもない床の淵から下を覗けば、全く底も見えない深淵が広がっていた。
このうすら寒い光景は、現代風の黄泉とも思わせる寒く冷たい光景だった。
「てか、ここどこなのよ……」
「テレビの中」
「そうか。って、そんなさらっと言うような事じゃねえだろぉ! あぁ、だがしかし、この痛みが俺を現実に引き戻す……」
「ぅう。そんなぁ」
「畜生……ケツが二つに割れちまった気がするぜぇ」
「そう……って、元から割れてるだろうがぁ! そんな事言ってる場合!?」
そんな気味の悪い場所にも関わらず、口を開けば普段通りのコントを始める二人。湊はその二人を見ながらあるべき筈の物を探す。
自分たちが入ってきた入口。もしくはそれに類似したものだ。つまりはあちらへ帰る為の出入り口。
「……出口が、ない」
しかしそれは見つからない。上も、下も、右も、左も。むき出しの鉄骨が乱立する殺風景が広がっているだけで、それらしき物が全く見当たらない。更に言えば、濃い霧が探索の邪魔をする。
湊の言葉に、コントをしていた二人も、動きを止める。湊の言葉に含まれた焦りや危機感を、二人も感じたのかもしれない。二人は先程よりも悲壮感を漂わせていた。
「えっ、えっ、じゃああたし達どっから入ってきたの!?」
「って、そうじゃねえだろ! これじゃあ出れねえじゃねえか!」
「あ……え、えぇ! そうじゃん! 何それ、何とかしなさいよぉ!」
「えぇ!? そんな事言われてもだなぁ……」
「う、うぅ。ヤダー! 帰る、もうおうち帰るぅ!」
「だから、出れねえんだってば……どうなってんだ、ちくしょー」
そしてより混乱を激しくする二人。湊も流石にどうでもいいとは言えず、腕を組んで必死にあれこれ考えていた。出入り口、ここはどんな場所なのか、危険は、誰かの仕業なのか。
しかし何のヒントもない状況では、何も分かるはずも無かった。
そして雰囲気と実際に感じる重い空気に、何故か奇妙な慣れを感じている自分を自覚し。そして日常では感じ得ない危うさも同時に察知、というよりも理解している自分が少し気持ち悪かった。
そしてこの場の雰囲気は、早紀の纏っていた雰囲気と関係しているような。直感的にだがそう湊は感じてもいた。
つまりは感覚的な部分では理解しているのだが、頭では、はっきりと全て理解できているわけではない矛盾。
分かりそうで分からないもどかしさ。
そこで首を振る。今はそんな事を考えている場合じゃないのだ。兎も角ここから出る方法を考えなくてはいけない。
しかし湊は危うさも感じるが、同時になんとかなるという根拠のない安心感も感じていた。
「…………?」
そこで湊は何かを見つけたのか顔を上げ、ある一方向へと目を向ける。その視線の先に何かの影が映り、少し遅れて奇妙な音も聞こえてきた。
ピコッ
ピコッ
ピコッ
この場に相応しくない、緊張感のない音だ。
「……なんだ?」
「……えっ?」
そして、湊の様子に気づいた陽介、千枝も身体を固まらせ。同じ場所へと視線を固定させる。
現れたその影は、少しづつ近づいて来ていた。
それにぎょっとしたように身体を跳ねさせる陽介と千枝。
「わわっ、何よあれ!」
「やっべえって! 逃げんぞぉぉぉっ! 有里っ! お前も早くっ!」
「…………」
二人はすぐさま逃げようと駆け出し、何かに気を取られた様子だった湊が遅れて駆け始める。
鉄骨造りの階段を駆け上がり、硬い床を踏みしめて。
三人は異界の奥へ踏み込んでいったのだった。
これからもよろしくお願いします!
4/21加筆・修正