小西が去ってから、短くない時が流れた。途中ジュネスと地元の軋轢の話が出たりして雰囲気が悪くなったものの、未だ事情に疎い湊に気がついたのか、気まずそうに話を変えたりもした。
ただその話題が恋愛事に偏ったのは、やはり田舎でも都会でも高校生には変わりないと言う事だろう。
それからは陽介の独壇場、のろけ――全くウザいとか言って、小西センパイの方がお節介なんだぜ? だとか――弟がいるみたいでさ、自分も弟扱いで不満なんだよな。どうしたらいいと思う? あ、センパイの名前は早紀って言うんだけど、いい名前だよなー。いつか……なんてウザい話になりかけた所で、千枝が機転を利かす。
マヨナカテレビへと話を戻し、気になるならマヨナカテレビで運命の相手を確認しよう。
ついでに自分達も。という事になったのだった。
陽介の暴走を止める意味もあっただろうが、やはりよっぽどやってみたかったのだろう。目がキラキラしていた。
そして一同が解散して、湊も買い物してから帰宅する。
「…………」
「…………」
菜々子と湊。二人で食卓を囲んでいる。机の上に並んだ食事は鮭の塩焼き、味噌汁に白いご飯。その他諸々おかず。今日も二人でつくった料理だ。
しかし会話は無い。元々湊は喋る方でもないのだ。
そして菜々子は、心ここにあらずといった様子で考え込んでいる。
「……大丈夫、心配いらないよ」
「! えと、そうだよね。お父さん、大丈夫だよね」
「…………」
「でも、電話するって、いっつもいってるのに」
湊がぽつりと漏らしたのは、ここにいない遼太郎の事だった。
湊の言葉足らずな言葉に、菜々子は子供らしかぬ察しの良さで、励まされたと気づく。少し頬を染める湊を、ぱちくりと見た後、明るく笑った。
しかし電話がないことがどうしても気にかかるのか、すぐに暗くなってしまう。
隠そうとするも隠し切れない、寂しげな菜々子の声。しかし湊もそう何回も上手く言葉を掛けられるわけではなく。困ったように味噌汁をすすっていた。
重い沈黙がその場に降りようとする。
ガラッ
「あっ、かえってきた!」
しかしそんな沈黙をかき消すように、家の玄関が開いた。それは勿論、丁度今話題になっていた遼太郎。菜々子もその帰宅を喜んで、思わず立ち上がってしまう。
場の雰囲気は明るくなり、重かった空気も軽くなる。
湊の様子も、どこかホッとした面持ちになっていた。
スタスタとどこか疲れた足取りで、遼太郎が食卓へと歩いてくる。
「やれやれ……ただいま。何か、変わりなかったか?」
「ない。かえってくるの、おそい」
「わ、悪い悪い……仕事が忙しいんだよ。お、今日は和食か? 美味そうじゃないか」
拗ねた口調の菜々子に対し、そう申し訳なさ気に返すと、どこか誤魔化すように料理を褒める。それにパアッと顔を輝かせ、湊と一緒に作ったのだと菜々子が嬉しそうに話す。
そして食後。遼太郎は小さくふーっと息を吐き、ソファに座る。
菜々子はもっと色々な話を聞いて欲しかったのだろう、ぶーっとした様子だ。料理をぱっぱと食べてしまったのも、気に入らなかったのかもしれない。
遼太郎は苦笑いをしながら、菜々子へ声を掛ける。
「テレビ、ニュースにしてくれ」
「…………」
ぶすっとしたまま、菜々子はテレビをニュースにした。そこでは丁度、最近噂の事件についてのニュースが流れていた。内容は被害者の交友関係。不倫などのドロドロとした内容だ。
湊は、何だよくある異性関係の事件か。と流す。引っかかりは気のせいなのだろうと納得した。
そしてテレビを見ていて、ふと思う。菜々子に聞かすような内容じゃないような気がする。
教育に良くないのではないのだろうか。
「第一発見者のインタビューだ? どこから掴んでんだ、全く……」
しかし、そんな取り留めもない思考も、遼太郎のため息交じりの言葉に途切れた。その言葉通りテレビには第一発見者だろう人物が映っている。
(……?)
湊はおや、と思う。それはどこか見覚えのある格好だったからだ。その人物の服装はまだ湊には馴染みない八十神高校の制服だった。
しかし湊は服装だけでなく、その人物の些細な仕草やわずかに覗く姿から、何か見覚えがあるような気がした。それだけでなく、何か変な違和感もある。
湊が何処で見たのかと思い出そうとしている間にも、マスコミのぶしつけな質問は続いている。
『最初に見たとき、どう思いました? 死んでるってすぐ気付いた? 顔は見たの?』
『え、えっと……』
『君はこのあたりで、不審な人とか見たりしなかった?』
『私は何も……』
『早退した帰りに見つけたって事だけど、早退は何か用事で?』
『え、えっと……』
ぼかされた声、口元だけが覗く姿。リポーターのぶしつけな質問と勢いに戸惑い、困っているのが感じられる。
そしていわゆるプライバシー保護という物も
そこで湊は気づく。画面に映る、特徴的な髪色とゆるっとした長髪。それは今日会った、陽介の気になる人、早紀と同じ髪型だった。
(確か、小西センパイ……だったかな)
そうして気づいてみれば、画面を見た時の変な違和感にも気づく。今日早紀と会った時に感じたものと同じ感覚だと。
この変な感覚は、このインタビューと関係があるのだろうか。それともこの事件そのものに、何かあるのか。そう考え込んでいる内に、画面は切り替わり次の瞬間には、メガネを掛けたアナウンサーに変わっていた。
「あっ……」
そこで、菜々子が何かに気づいたように後ろ、つまり遼太郎を見る。思考に沈んでいた湊も、つられてそちらを見てみれば。
「ぐーっ……」
仕事で疲れているのだろう、いびきをかいて寝てしまった遼太郎がいた。その後も、なにやらニュースは続いていた、それは事件による客足がどうとか、警察は何をやっているのかとか……特に聞く必要も感じられない話ばかり。
すでに違和感も何も感じない。
「お父さん、ねちゃった……」
菜々子はすっ、と立つと掛け布団を持ってきて、遼太郎に掛けながら、誰ともなく言葉を零す。
「昨日も徹夜だったんだって……お仕事だから、しょうがないよ」
「…………」
湊はおぼろげにしか親というものを知らず、どうにも何と言っていいのか分からない。何か言おうと思っても、親がいなかった自分の言葉など薄っぺらなのではないか。そう思ってしまうのだ。
だから頬をポリポリと掻きながら、ただ黙って菜々子の言葉を聞くことしかできなかった。
『――がお客様感謝デー! 来て、見て、触れてください! エブリデイ! ヤングライフ! ジュネス!』
「エブリデイ! ヤングライフ! ジュネス! お風呂入ってくるね!」
しかし菜々子の陰りは、ジュネスのCMですっと消える。それは無理をしているのか、それとも本当に気にしていないのか。
お風呂に入ろうと駆けていく菜々子。
それを見ながら、自分も何かしらできたなら。と、思う。とりあえずはテレビのCMよりは、影響を与えられるようになりたいところだ。
でもまあ、とりあえずは、今できる事。
食後の片づけをしておくことにした湊であった。
菜々子が出た後、湊も風呂に入る。その後、部屋に戻り少しの雑事を終わらした頃、しとしと、と窓を叩く音で、雨が降ってきた事に気づく。そして夜も大分更けていた事にも気づいた。
後少しで、十二時。
『マヨナカテレビ』
眉唾物だが、どこか興味を引かれるその噂。
自分の肩幅程のテレビと、その下に置かれたデッキ。あの真っ暗な何も映っていないテレビに、湊の将来の人が映るらしい。
そして十二時。
もうすぐ一日の終わりと始まりの時間が訪れる。まだ十二時ではないが、そろそろ兆候が表れてもおかしくない。
緊張が湊を包む。
しかし。
「…………ふう」
じっとテレビを見るも、何も見えない。緊張が抜け湊は息を吐く。こんなことに興味を持つ性質でも無かったのに、と苦笑いを浮かべる湊。ただ何か、気になったのだ。
何か引っかかるものがあって、変な違和感があって、こうすれば何かが起きると思っていた。
しかし結果はご覧の通りであり、もう何秒で十二時にも関わらず何も起きない。これは期待できそうにないと、とりあえずといったように体の力を抜いてテレビを見る。
が。
空気を震わす轟音。それは何処か近くに雷の落ちる低い音。轟音が窓を叩き、稲光が窓から差し込み湊を暗闇に浮かび上がらせる。
雷が落ちると同時に、カチリと時計の針が進み。その瞬間、テレビに何かが映りこんだ。
「! これは……本当に?」
丁寧にアナログなんて文字が右上に置かれ、その映像は浮かんでいる。テレビの電源も着けていないのに、だ。
ザザッと砂嵐混じりの映像には、確かな人影らしきモノが動いている。
これには湊も驚いて、無表情を崩し目を見開いて、じっと画面を見つめていた。
(これが、運命の人……?)
画面に映る人影に、どこか見覚えがある気がする湊。画面を
その途端、頭が揺れた。次いで、どくりと心臓が鼓動する。
「くぅっ……?」
どこか懐かしく、気持ち悪い感覚が、体中をほとばしる。
頭に何かの声が響く。それは霧の中で聞いた声……
ドクン……
『汝、答えを見つけし者よ……』
ドクン……
『汝……』
ドクン……
低く重苦しい声。導かれるように、荒れた画面へふらふらと引きつけられる。
(……何だ、これは……っ!)
ふらつきながらも湊の右手は操られるように画面に伸ばされ、左手はそれに抗うかのように太ももに伸ばされた。
すると、突然低い声は途切れる。
変わって高い中性的な声が、頭に響く。
それはどこか懐かしい声。ひんやりとした、心地のいい声。
ドクン……
『まだだよ……』
トクン……
『まだその時じゃない……』
その声と共に、少しづつ身体の異常が治まっていくものの、それでも尚ふらつく身体。今度は湊自身の身体で、ナニカが流れるテレビに手を伸ばす。その先に、テレビの向こうに、何かがあるような気がして。
そして湊の手が、画面に触れた。
ズブリッ
「っ!? ……っ!」
途端手は画面に沈み込み、凄まじい力で向こう側へと引っ張られていく。まるで台風のような強烈な力。
「くっ……!」
太ももを彷徨っていた手でテレビの外装を握り、足に力を入れ手を引き抜こうとするが、その力は更に少しづつ増していく。湊の身体からぎりぎりと軋む音が聞こえる。握られたテレビの外装が、みしみしと音を立て、今にも握りつぶされそうになっている。
これでも力には自信があった湊だが、全く意味が無い。湊を引き込む力は、最早まともな人間では抗えないほどの強さになっているのだ。
『そう、その時は今じゃない……』
ズブッ
「っ……っはぁ! はあ、はあ」
しかし。
高く中性的な声が再度響くと同時に、引き込む力が消失し、勢いよく画面から手が引き抜かれた。 いきなり消えた力に湊はたたらを踏み、足元の机に勢いよくぶつかってしまう。
茫然と荒い息を吐く湊の目に、時計が映る。時刻は十二時少し過ぎ、テレビに目を移せば今起こったことが夢だというように、真っ黒に染まっている。そこには何の映像も映っていない。
(ゆ、め……?)
いや。違う。あんなにも鮮明な感覚、今の今まで引っ張られていた感覚。どれも夢というには鮮明過ぎる。力を入れていた身体は、過剰に出した力によって張っている。出てくる汗も、まぎれもなく現実だと頬を流れていく。
けれど。けれども余りに現実味のない現象。
頭では現実だとは信じられない。でも感覚が現実だと訴えかけてくる。
矛盾した頭と心。混乱する湊が、ぼーっと自分の右手を見て思った事は。
(あぁ、分かった。画面に映ったのは小西センパイだ……)
そんな的外れな感想だった。
さっき気づきました。
ランキングに入っている……だと?
後ネタバレ系はメッセくださると嬉しいです!
4/18加筆・修正
ちょっと明日の修正は、お休みします。ですので、今日二つ加筆・修正しておくことにします!