「お、おい。ここって……」
「商店街……?」
鉄骨がむき出しの道を抜ければ、そこには見覚えのある商店街があった。
濃い霧に包まれ、空は変わらず気持ちの悪い色合いだが、そこは間違いなく稲羽市中央通の商店街だった。千枝と陽介が一時険悪なムードになった時の話題に出てきた場所。
しかし当然人影など無く、ゴーストタウンもかくやと言った静けさが、薄気味の悪い雰囲気を醸し出している。
「うへぇ、きもちわり~。てか霧濃すぎんだろ、これ」
「そう? 凄いはっきり見えるけど」
「そりゃあ、そのメガネのお蔭だろ! あ~、俺もクマ吉からそれ貰っとけばな~」
「もう一つあるのかな?」
「さあ? あんじゃねえの? いくらなんでも、一つしかないやつを持たせたまま向こうに帰したりしないだろ」
雑談しながら歩く二人。陽介は雑談で体調の悪さと、恐怖を紛らわし、湊はそれを分かった上で出来る限り話を続けようとしていた。
勿論湊なりの警戒はしている。けれど、シャドウとは一度も遭遇しなかった。
以前来た時は、一所に集まってそうしない内にシャドウは現れた。今湊達は、陽介の事も考慮して歩きだ。シャドウと遭遇しないなんてのはどうにも納得がいかない。
――嫌な予感がした。
「クマァァァァァァァアッッ!」
「ん?」
「あれ? おっ、クマじゃんか! おーい!!! って、うえええええ!」
声の主はクマ。
叫び声が大きくなり、それと共にクマの姿が大きくなっていく。
陽介は丁度いいとクマへと呼びかける。が、クマの背後を見て悲鳴をあげる。
なぜなら。
「クマは美味しくないクマあああああああァァァァァっ!!」
「あ、あれシャドウじゃねえか! しかも一、二、三……じゅ、十匹も!?」
「…………」
クマは五匹のシャドウを引き連れていたのだ。陽介にしてみれば、つい先ほど殺されかけたばかりの相手。しかも先程よりもかなり多い数。
湊にしても、陽介と言う守護の対象を後ろに抱えたまま、十匹ものシャドウを相手にするのは厳しいと言えた。
やがてクマはこちらに気づく事無く、曲がり角を曲がっていった。
しかし。
七匹ものシャドウが人の気配を察知したのだろう、宙を舐めながらこちらへと向かってくる。
「ちっ。花村、こっち」
「ちょ、ちょっと待てよクマ吉はどうすんだ!?」
「ずっと住んでるんなら、対策くらいあるはず! それよりも今はあいつ等をどうにかしなきゃいけない!」
湊はクマはこのメガネのように、何かしらのアイテムを持っていると予想していた。持ってはいなくとも、シャドウからの逃走ルートや、安全な場所くらいは知っているはず。そうでなければここで暮らせるはずがない。
今更追いかけても追いつけはしないだろう。
それよりも差し迫った危機への対処が必要だった。震える陽介の手を掴み路地裏へと駆ける。
「ちょ、ちょっと待った! こっち行き止まりだぞ!」
「知ってる!」
「知ってるって、お前!」
「いいから!」
そして路地裏の行き止まりの壁を背に、湊は陽介を背にシャドウへ対峙した。
怖気のする醜悪な鳴き声が、獲物を追い詰めるように少しづつ近づいてくる。湊は初めての時よりもスムーズに、召喚器――拳銃を取り出した。
そしてすぐさまこめかみに当てる。
衝撃が、湊を貫いた。
欠片が瞬く間にペルソナの形へと変化していく。
湊はペルソナを確認することなく、鳴き声へと集中した。
そして。
「今っ! 『マハラギ』!!」
鳴き声が曲がり角へと近づいた瞬間、相手を確認することなく曲がり角の空間を指定し、『力』の言葉を発した。
かき鳴らされた琴の音は、指定された空間を揺らし、より広範囲に連なる火炎を生み出した。
瞬間路地裏へと飛び出した幾匹かのシャドウは燃えカスへと変わり、後続のシャドウも巻き込まれていく。熱気は路地裏を奔り、湊達の皮膚を撫でていった。
「うおっ! 何か前より強くなってねえか!? 一撃って……」
「…………」
「? おい」
「……まだ!」
一撃で決着が着いた。
かのように思えたが、衰えてきた火炎に影が出来、そこから燻った煙を立てる一匹のシャドウが飛び出してきた。狂乱したように悍ましい鳴き声を響かせ、粘着質な液体を大きな口から撒き散らせながら、怒りに任せこちらへと突っ込んでくる。
魔法は、間に合わない。
ならば。
「『突撃』」
――オォォォ……!
湊の指示に従い、オルフェウスはその身体を湊の前方へと躍らせ、低く重い声と共にシャドウへと向かっていく。その速度は陽介には追いきれず、見えたのは淡い燐光の筋だけ。
オルフェウスはシャドウに向かって勢いそのままに、その巨大な機械仕掛けの竪琴を振り下ろした。
オルフェウスの一撃は、カウンターとなってシャドウへとぶつかり、シャドウは悲鳴を上げる暇もなく地面のシミとなる。
ふわりと前方を警戒したまま湊の傍へと戻るオルフェウス。
湊も油断なく消えていく火炎を見つめていた。
「……ふう」
「も、もう大丈夫なのか?」
やがて火炎は消え去り、シャドウらしきシミが地面に残るのみ。
どうやら今度こそシャドウは全滅したようだった。オルフェウスは虚空に溶けていき、湊の手から拳銃が消えていった。
陽介は漸く戦闘が終わったと悟り、腰を抜かしたようにへなへなと尻餅をつく。緊張感が抜け、力が入らなくなってしまったようだった。
「も、もう、駄目だぁ。俺を置いて先に行ってくれ~」
「はあ。何馬鹿な事いってるの?」
「……そこは、ここは任した! って言う所だろ?」
「……ここは任した」
「って嘘! 嘘だからぁ~!! っ。くそ。駄目だ。ホントに力入んねえ……」
そんな恐れを振り払うように、軽口を叩く陽介。しかしどうにも身体に力が入らないようだ、ガクガクと震える身体は陽介の言う事を聞いてはくれない。
苦み走った顔で下を向く陽介。劣等感にでも苛まれているのかもしれない。
しかし湊は何と声を掛けていいのか分からない。
分からないが、このままではいけないのは確かだ。クマがここに居たと言う事は、人がいる可能性はグンと高まったという事だ。
早く向かわなければいけない。
クマに助けられた後ならばいい。しかしそうでないなら、今まさに危機に陥っているはず。
「……『ピクシー』」
湊の言葉に反応して、現れたのは小さな妖精。
童話に出てくる妖精のような姿をしたペルソナだった。
湊は召喚器を使わずとも、召喚できることを何故だか理解している。それは何故なのかは分からない。ただ感覚として、意識の更に深い部分にあるペルソナを知覚出来ていた。
勿論全ての力を余すことなく使う場合、召喚器を使った方がいいのだが。しかし召喚器を使う場合は、負担が大きい為、ケースバイケースであると言える。
湊はピクシーへと指示を出した。
「ピクシー……『ディア』」
ピクシーが湊の言葉通り、陽介へと力を注ぐ。陽介を淡い光が包みこんだ。
暗い路地裏を神秘的な光が照らしていく。
「これは……」
陽介は力が少しだけ戻ったのを感じた。悪かった気分も、少しだけだが良くなった。
そしてピクシーは虚空へと溶けて行く。
湊は不思議そうに手を握る陽介へ、声を掛ける。
「さあ。行こう」
「……おう!」
それは陽介には厳しい言葉だったかもしれない。それでも陽介は、ぶるぶると頭を振るい恐怖を霧散させていく。そして湊の声に応え立ち上がった。
湊はその姿を見て、一瞬優しく微笑み、しかしすぐに厳しい表情へと戻した。
「急ごう」
「そ、そっか。他にも誰かいるのかもしんねえんだっけ……よし。絶対助けてやるぜ!」
そして二人は再度駆けだした。
目的地はもうすぐそこだ。陽介も湊が自分の事を考えていたのは痛い程に感じていた。駆ける中でもこちらを気遣っている事を。しかし今は大分体調もいい。ならば少しでもその遅れを取り戻したいと、そう思ったのだ。
湊も、急がなければいけない。クマが去ったという事は、無力な人間しかいないはず。シャドウから逃げるのにも、甚振るのにも然程時間は掛からないと思った方がいい。
湊と陽介は、人気のない商店街を駆けていく。
死の匂いが、より濃くなる場所を目指して。
これからもよろしくお願いします!