魔法科高校の幻想紡義 -旧-   作:空之風

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大変お待たせしました。
今回は結代家と幻想郷のお話。
登場人物を際立たせるには、その人物に少しでも焦点を当てたエピソードを用意するのが一番です。
それは原作キャラだろうとオリキャラだろうと変わらないでしょう。



第57話 朱紐結代

幻想郷、博麗神社。

 

縁側に腰を下ろして右手で団扇を扇ぎながら、博麗霊夢は幻想郷の空に浮かぶ大きな入道雲をぼんやりと見つめていた。

 

そうしてぼうっと見つめた後、

 

「あっつぅ……」

 

右手以外は一切動いていないのに、疲れた声で霊夢は呟いた。

 

どうやら本日は風神様もお休みらしく、取り付けられた風鈴はその音色を奏でない。

 

おかげで空調設備など無い博麗神社は「これぞ日本の夏!」と言わんばかりの蒸し暑さだ。

 

「はぁ、こんな暑いんじゃ参拝客も来ないよね」

 

溜め息混じりに霊夢はボヤく。

 

「暑さ寒さも彼岸までって言うけど、これじゃ彼岸まで参拝客も来ないんじゃないかしら?」

 

事実、ここ最近の参拝客は目を覆うばかり、当然ながら賽銭箱の中身もお賽銭ではなく閑古鳥が居座っている。

 

当然だが閑古鳥は言葉の喩えである。

 

尤も、幻想郷なら本当に居座っていてもおかしくは無いが、この巫女を相手にそんな恐ろしい真似をする閑古鳥はいないだろう。

 

ともかく参拝客は来ないが、それでも参拝客以外ならちょくちょく来ていたりする。

 

今代の結代とか、普通の魔法使いとか、あと人外が諸々。

 

肝心の参拝客は霊夢のぼやいた通り、妖怪神社とまで揶揄される博麗神社に来る気配がまるで見えないが。

 

「……あれ?」

 

ふと、霊夢は何かを思い出して首を傾げた。

 

「参拝客って言えば……」

 

或いはそれは博麗の巫女としての勘だったのかもしれない。

 

何故ならちょうどその時、結界の一部が揺らいだのを霊夢は感じたが為に。

 

「――ああ、もう来たのね」

 

“それ”を思い出した霊夢は、結界のちょっとした異変にも然程慌てなかった。

 

団扇を置いて「よっこいしょ」とのんびりと立ち上がる。

 

向かう先は鳥居。

 

これは結界の異変ではない。

 

そう、きっとそこには、もういるはずだ。

 

外の世界で唯一、八雲紫お手製の通行手形を持っている者達が。

 

霊夢からすればライバルであるが、同時にいつもお賽銭を入れていってくれる貴重な参拝客。

 

縁側の角を曲がって表に出てみれば、ほらやっぱりその者達はいた。

 

『弐ツ紐結』の神紋が入った神官袴を着込んだ男性が二人に、巫女服を纏った妙齢の女性。

 

そして、女性と同じ巫女服を纏った少女三人。

 

うち一人は背中に小さなリュックサックと巫女服に似合わぬ物を背負っている。

 

「あ!」

 

姿を見せた霊夢に真っ先に気付いたのは、その三人の少女だった。

 

「久しぶりー、霊夢! 三ヶ月ぶりだね」

 

「遊びに来ましたー」

 

「こんにちは」

 

霊夢に歩み寄りながら口々に挨拶する少女達。

 

彼女達は結代家、結代道之の三人娘。

 

長女、結代悠唯(ゆうしろゆい)

 

次女、結代由那(ゆうしろゆな)

 

三女、結代祐未(ゆうしろゆみ)

 

大八洲結代大社の『結びの巫女』見習いにして、幻想を知る少女達である。

 

ちなみにリュックサックを背負っているのは悠唯であり、彼女は中学二年生。

 

由那は小学六年生、祐未は小学三年生だ。

 

「いらっしゃい」

 

霊夢はにこやかに寄って来た三人を迎えると、

 

「はい、神社に来たらお賽銭を入れるのが幻想郷のマナー。素敵な賽銭箱はあそこよ」

 

即座に賽銭箱を指差した。

 

「あはは、変わってないや!」

 

「うん、霊夢さんだね、悠唯姉」

 

悠唯と由那は顔を見合わせて笑い、その後ろで祐未もこくこくと頷く。

 

「それじゃあご要望にお応えして。由那、祐未」

 

「うん!」

 

三人は旧札を取り出すと、夏の暑さに負けぬ元気の良さで賽銭箱へと駆け出した。

 

「お姉ちゃん達、どんなお願いするの?」

 

「うーん、来年の受験合格?」

 

「博麗神社じゃ御利益ないんじゃないの、悠唯姉」

 

「というか、ここってどんな神様がいるのかわからないし、何でもいいんじゃない?」

 

「てきとーだねー」

 

女三人寄れば姦しいと、お喋りしながら賽銭箱の前に立つ三姉妹。

 

そんな三人の少女と入れ違うように、それぞれ木箱を持った二人の男性と、一人の女性も霊夢の下へとやって来る。

 

「こんにちは、霊夢ちゃん」

 

長さ一メートル、幅と高さは三十センチメートル程度の細長く真新しい木箱を抱える男性の一人は結代道之。

 

ちょうど二礼二拍手をして何かをお願いしている悠唯、由那、祐未の実父である。

 

そして、同じく木箱を、深山花で編まれた『朱紐』を抱えるもう一人の男性。

 

「いつもうちの息子が世話になっているよ」

 

「お久しぶり、霊夢ちゃん。元気にしていた?」

 

結代東宮大社の『今代の結代』結代百秋と、その妻である結代梓織。

 

結代雅季の両親である。

 

 

 

昨日、外の世界において結代家は毎年恒例の神事、『紐織祭』を無事に終えることが出来た。

 

信州で道之が深山花を採取し、自らの手で淡路の大八洲結代大社と東京の結代東宮大社に赴いて幣帛。

 

幣帛された深山花は、八洲の結代神社では結代榊、東宮の結代神社では百秋と『今代の結代』がそれぞれ「良縁成就」の祈祷を行う。

 

祈祷後は各神社で深山花を折れたり切れたりしないよう丁寧に重ね合わせながら結んでいき、一本の紐としていく。

 

この作業が最も人手と時間が掛かるため、東宮は梓織や雅季、八洲では悠唯、由那、祐未など結代家の総出だけでなく神社に務めている他の神職達も一緒に作業を行う。

 

ちなみに編んでいる時の光景は境内からでも見ることが出来るため、これもまた結代神社観光の一つとなっている。

 

そうして三日間掛けて八洲と東宮でそれぞれ一本の朱紐を編み終える。

 

玉姫曰く「私の時は九日間も掛かったのに、人海戦術って羨ましいわ」とのことなので、昔よりも三倍の早さである。

 

編み終えた朱紐を改めて神社に幣帛し祈祷すれば、晴れて紐織祭は終了である――表向きは。

 

実はその後、密かに結代家だけが行う続きがある。

 

八洲、東宮で祈祷した二本の朱紐。

 

これを結代神社の祭神、八玉結姫に()()幣帛し祈祷するという神事が。

 

嘗てならばいざ知らず、神妖が姿を消して久しい現代では有り得ないはずの神事。

 

だが実際に神々が、そして八玉結姫――天御社玉姫が住まう幻想郷ならば、普通に行える。

 

故に、彼ら彼女らは朱紐を持って今年もやって来たのだ。

 

結代神社の神事を締め括るために、そして現代に生きながらも幻想を知り、幻想を忘れないために。

 

ちなみに大八洲結代大社の『今代の結代』こと結代榊は腰痛のため今年は欠席である。

 

閑話休題。

 

 

 

悠唯達が参拝を終え、入れ替わりで百秋達がお小遣いをあげる感覚で参拝をした直後、新たに二人の人影が空から博麗神社へ降り立った。

 

「あれ、もう来ていたんだ」

 

「こんにちは」

 

幻想郷の結代神社の『今代の結代』結代雅季と、『結びの巫女』荒倉紅華だ。

 

「紅華! 久しぶりー」

 

「うん! 久しぶりだね、悠唯。それに由那ちゃんに祐未ちゃんも」

 

紅華は笑顔で三姉妹に挨拶すると、百秋達の方へと向き直る。

 

「百秋さん、梓織さん、道之さんもお久しぶりです」

 

「おう、紅華ちゃんも元気そうで何よりだ」

 

近年の結代家において、雅季は例外として幻想郷に訪れる頻度が最も高いのは三姉妹である。

 

彼女達は長期休暇や花見、紐織祭のような神事など何かしらのイベントがある時には三姉妹連れ立ってよく博麗神社へとやって来る。

 

一方の百秋や道之、梓織などの大人組は、基本は神事のある時のみに訪れる。

 

とはいえ悠唯達も百秋達も、結代一族と言えど『結び離れ分つ結う代』である雅季以外は博麗大結界を自力で超えることは出来ない。

 

彼ら彼女らが外の世界から博麗神社を訪れても、行けるのは外の世界の博麗神社のみだ。

 

そこで出番となるのが、八雲紫が八洲と東宮の各神社に一つずつ渡した、御守りを模した通行手形である。

 

なぜ御守りなのかは作った当人しか知らない。

 

何か深い理由があるかのようで本当は何も無く、でも実はあったりするのかもしれない。

 

まあ要するに、八雲紫のお手製ということである。

 

閑話休題。

 

百秋は「さてと」と再会の喜びから意識を切り替えると皆の方へ向き直った。

 

「俺と梓織は玉姫様に朱紐の祈祷をするとして。道之、お前はどうする?」

 

「玉姫様に挨拶をした後、守矢神社に顔を出そうかと」

 

「なら紅華が一緒の方がいいね。紅華がいれば妖怪の山も顔パスで行けるよ、道之叔父さん」

 

雅季の提案に、道之は紅華に視線を向ける。

 

「それならお願いしようかな、紅華ちゃん」

 

「わかりました。妖怪の山の皆さんにお願いしてみますね」

 

道之のお願いを紅華は快諾する。

 

実際、紅華と一緒ならば排他的である妖怪の山に赴いても何らお咎めは無い。

 

それだけ天狗達、というより天狗の長である天魔は紅華には甘い。

 

尤も、紅華本人も会ったことの無い天魔がどうしてそんなに良くしてくれるのかわからず、いつも首を傾げているのだが。

 

ちなみに文やはたてなど他の天狗達も知らない。

 

大天狗あたりなら知っていそうとは文の話なのだが、その文も聞き出せなかったという。

 

それが切っ掛けで文は紅華の下へ取材に訪れるようになったのだから、世の中は何事も縁である。

 

「悠唯、由那、祐未、お前達はどうする?」

 

道之()の問い掛けに三人はお互いに目配せしあうと、悠唯が口を開いた。

 

「久々の幻想郷だし、色々と回りたいけど、その前に――」

 

悠唯はにやりと挑戦的な笑みを浮かべ、由那は頷き、祐未も無言ながら瞳に強い意志を宿す。

 

そして、三人揃って霊夢の方へと振り返り、

 

「霊夢、スペルカードで勝負よ!」

 

唐突に霊夢に対して宣戦布告した。

 

実は悠唯達、幻想郷での弾幕勝負(スペルカードルール)にすっかりハマっていたりする。

 

こうして幻想郷を訪れては必ず誰かと弾幕ごっこをするぐらいに。

 

「やっぱり、何となくそう来ると思ったわ」

 

突然だったが、実のところ霊夢からすれば予想通りだった。

 

尤も、予測していたというより何となくの勘であったが、霊夢の勘は本人曰く「割とよく当たる」。

 

宴会でチンチロリンをやれば圧勝するし、遊びで占いをすれば当たると評判になるし、異変が起きた際には自らの勘に従って動けば首謀者にたどり着ける。

 

それぐらいに霊夢の勘は割とよく当たる。

 

「ま、お賽銭も入れてもらったし、別にいいわよ」

 

「そうこなくっちゃ! ああ、そうだ、その前に――」

 

勝負の前に、悠唯は背負っていたリュックサックのチャックを開ける。

 

中から取り出したのは、これまた中学生に似つかわしくない物、清酒の一升瓶だった。

 

道之がそれを見て「あ! それは秘蔵の――」等と呟いたが娘は無視して、霊夢に告げる。

 

「これ、お土産ね」

 

「ふふ、あんたも気が利くようになったわね」

 

「幻想郷ならお酒(これ)が無いと“お話”にならないでしょ?」

 

「よくわかっているじゃない」

 

そう言って嬉しそうにお酒を受け取る霊夢。

 

「はっはっは、相変わらずだなぁ!」

 

「皆、身体がまだ出来ていないんだから、呑み過ぎには注意するのよ」

 

実の息子の影響か、東宮側の大人二人は普通に受け入れていたが、勝手に秘蔵の酒を奪われた実父の方は遠い目をして肩を竦める。

 

「育て方、間違えたかなぁ……」

 

「え、そうかな?」

 

「楽しそうですし、大丈夫ですよ道之さん」

 

尤も、道之の思いは幻想側の少年少女には伝わらなかったようだが。

 

育て方というより、いつも勝手な巫女とか大体勝手な魔法使いとか常に勝手な神主とか、そういった勝手気ままな者達が多い幻想郷の影響だろう、多分。

 

「それじゃ、やりましょうか、弾幕勝負!」

 

実の父親を憂鬱にさせているのに全く気付かないまま、悠唯、由那の二人は袖から護符を取り出す。

 

護符に想子(サイオン)を流し込み、術式を発動させる。

 

すると二人の身体はふわりと浮かび上がった。

 

悠唯達の持つ護符は結代の系譜のみが使える、地面から自らを“離す”術式。

 

同じく幻想を知るとはいえ、悠唯と由那はどこぞの現人神のように自由自在に空を飛び回るまでには至らない。

 

自力ではせいぜい不安定な空中遊泳といったところだ。

 

この離れの護符は、そんな二人でも弾幕勝負を楽しめるようにと雅季が用意したものだ。

 

ちなみに護符を使用時の注意事項として、たとえば人から厄を集めている厄神様の傍に近付くのは遠慮するべきである。

 

何故なら護符の効果として厄も離れて散らかってしまい、怒られることになる。

 

悠唯、由那が護符を用いて空を飛ぶと、後に続いて祐未が宙に浮いた。

 

その手に離れの護符は無い。

 

三姉妹の中で祐未のみが、自力で弾幕を掻い潜れる程に空を飛べるからだ。

 

「霊夢、ほら早くー」

 

「わかっているわよ」

 

悠唯に急かされて、霊夢もお酒をお賽銭の横に置くと三姉妹の後を追って空へと上がる。

 

「――」

 

その一瞬に、百秋、梓織、道之の三人は小さく感嘆の息を溢した。

 

離れの護符を使う悠唯と由那、子供故により姉二人よりも深く幻想を知る祐未。

 

その三人より巧いとか、洗練されているとか、そういった次元ではなかった。

 

空を飛ぶ霊夢は、ごく自然だった。

 

本当に自然過ぎて、まるで人は飛べるのが当たり前だと錯覚してしまいそうなほどに。

 

「……あれを見ると、幻想郷に来たんだなって実感するよ」

 

神社の空で意気軒昂にスペルカードの枚数について話している少女達から目を離し、百秋は梓織と道之に振り返って言った。

 

「飛行魔法じゃあ、きっとあの飛び方は真似出来ないだろうから」

 

いつも何処かに子供心を残している百秋が、更に童心に返ったかのような屈託のない笑みを浮かべ、それを梓織は微笑みと共に見つめる。

 

そんな梓織の視線に気付いて、百秋は少しばかり照れた様子で仕切り直すように口を開く。

 

「よし、行こうか。ほら道之、愛娘達の弾幕が見たいのはわかるが、お仕事の時間だぞ」

 

「わかっているよ」

 

苦笑交じりに道之は軽く頷いて、朱紐が保管されている木箱を改めて抱え直す。

 

そして百秋、梓織、道之の三人は鳥居へと向き直り、

 

「あれ、雅季はどうした?」

 

いつの間にか雅季がいなくなっていることに気付いた。

 

「えっと……」

 

一人残っている紅華は困った顔で、おずおずと空を指差した。

 

「ならスペルカードは三枚で勝負だ!」

 

「決まりね! って、何であんたまで混ざっているのよ!」

 

紅華が指差した先には、さり気なく霊夢達に混ざっている雅季の姿があった。

 

「そこに弾幕があるから、かな?」

 

「弾幕が無くても混ざるじゃない」

 

「細かいことは気にしない」

 

「いや、雅季兄さんには仕事があるでしょ」

 

「サボりは玉姫様に怒られるよ、雅季兄」

 

「まだ時間じゃないから大丈夫だって。それにほら、祐未はやる気充分みたいだし」

 

「雅季お兄ちゃん、今回こそ堕とす……!」

 

「……うーん、確かにやる気は充分よね」

 

「祐未は負けず嫌いだからなぁ、前回の負けを根に持っているのかも」

 

「じゃああんたが祐未と戦ってよね」

 

「しょうがない。まあ、後で魔理沙でも呼ぶか。祐未とは仲が良いし」

 

「呼ばなくてもそのうち勝手に来るわよ、魔理沙なら」

 

「それもそっか」

 

空に浮かんで輪に入り込んでいる雅季を見て、今度は百秋が肩を竦めた。

 

「全く、あいつは……」

 

「もう、しょうがない子ね、ほんと」

 

「で、でも祈祷までには絶対に来ますよ。……多分」

 

「それも雅季君らしいね」

 

四人は自然と顔を見合わせて、クスッと小さく笑った。

 

 

 

 

 

魔法が伝説や御伽話の産物ではなく、現実の技術となって凡そ一世紀。

 

この百年間、人々の意識は変化し続けた。

 

急激な寒冷化と食料事情の悪化。

 

それ故に引き起こされた、第三次世界大戦。

 

数多くの現実があり、歴史となった。

 

その中でも最も人々の意識、常識に影響を与えたのは、魔法の存在だ。

 

 

 

 

 

霧雨魔理沙は快晴の青空の下、箒に跨って今日も暇潰しにと博麗神社へ向かっていた。

 

直下の林から聞こえてくる蝉の鳴き声が、夏の暑さを三割増ぐらいさせているような気がする。

 

(これはリグルを見かけたら退治ものだぜ)

 

そんな取り留めのない、但し蟲の妖怪であるリグルからすれば抗議間違いなしなことを考えながら、やがて魔理沙は博麗神社の境内を視界内に収める。

 

「――お、あれは」

 

見えてきた神社、その上空に弾幕が広がっているのに魔理沙は気付いた。

 

「……ああ、そういや今日だったか、あいつ等がやって来るのは」

 

毎年この時期になるとやって来る客人達。

 

あそこで弾幕勝負をしているのは、おそらくその中でもとりわけ弾幕勝負が好きなあの三姉妹だろう。

 

「――楽しくなってきたぜ」

 

魔理沙はにやりと口元を釣り上げて、挨拶代わりにとミニ八卦炉を取り出す。

 

そして、魔理沙は速度を上げて飛び交う弾幕の中へと飛び込んでいった。

 

 

 

 

 

人々は知った。

 

御伽話の中に登場する人間が使う摩訶不思議な術は実在すると。

 

故に人々は未知であった、幻想であった魔法を隈無く知ろうとした。

 

そうして魔法を知り、魔法を解明し、魔法を行使するようになった。

 

だが人々は結局知らなかった。

 

魔法に対する流れが、御伽話の人間“以外”の登場人物達に対して流れに沿った影響を与えていたことに。

 

 

 

 

 

幻想郷、結代神社。

 

「うん、今年もよく出来ているわね」

 

玉姫は差し出された二本の朱紐を確認して、満足そうに頷いた。

 

「ありがとうございます」

 

百秋と梓織はそっと安堵に肩を落とした。

 

知らないうちに少しばかり肩に力が入っていたようだ。

 

それもある意味で当然かな、と百秋は思う。

 

言葉通りに雲の上の存在に対して奉納するのだ。

 

いくら普段は親しく接していようとも、この時ばかりは緊張してしまう。

 

……実の息子あたりは「大丈夫だって」と笑っていたが、あれは楽観し過ぎである。若しくは普段から神罰を受けている所為で慣れてしまったのかもしれない。

 

それはそれで神主として問題である。

 

「紅華が帰って来るまでもう少し時間もあるし、お茶にしましょうか。丁度その頃に放蕩神主も戻ってくるでしょうし」

 

訂正、いつの間にか祭神に放蕩神主と呼ばれるぐらい大問題に発展しているらしい。

 

「……うちの息子が大変ご迷惑をお掛けしているようで」

 

「……本当に申し訳ありません」

 

身を竦めて頭を下げる二人に玉姫は一瞬キョトンとした顔を浮かべると、優しい目で二人を見た。

 

「そんなに畏まらなくても大丈夫よ。雅季は本当にちゃんとやってくれているわ。二人共、頭を下げるのではなくて胸を張りなさい」

 

頭を上げた百秋と梓織に、玉姫は穏やかな、それでいてほんの少し厳かさも感じさせる声で告げた。

 

「この天御杜玉姫が認めましょう。あなた達の大切な息子、結代雅季は立派な今代の結代よ」

 

百秋と梓織は意図せず顔を見合わせて、もう一度玉姫へ向き直ると、

 

「――ありがとうございます」

 

先程とは異なり、今度は嬉しそうに深々と頭を下げた。

 

「ふふ、畏れ敬うも信仰の一つなら、親しく交わすも信仰の一つよ。ということで百秋、久々にサテライトアイスコーヒーを淹れてもらえるかしら?」

 

「喜んで」

 

玉姫からの神託(リクエスト)に百秋は「よし来た」と言わんばかりに張り切って立ち上がった。

 

百秋が台所へ向かった後、

 

「梓織」

 

玉姫は梓織に話しかけた。

 

「最近の調子はどう? 何か心配事とか苦労を抱えていない?」

 

結代家は本当の意味で“特別”だ。

 

『原より出ていて、神代より紡ぐ結う代』

 

『結び離れ分つ結う代』

 

神代から現代まで繋がり続けている系譜。

 

社会に対しては基本的に一歩引いた傍観の立場を取り、その内側で幻想を紡ぐ、それが結代家。

 

そんな系譜の直系である百秋と高校で知り合ったのが切っ掛けで、やがて恋人となり、遂には伴侶となった梓織は、元は普通の一般人であった。

 

そんな梓織を玉姫は常に気遣っている。

 

梓織に限った話ではない。これまで結代家に嫁いできた、婿入りした者達を、玉姫は玉姫なりに気遣ってきた。

 

何故なら、その始まりは他ならぬ()()()()

 

決して他人事では無いのだから。

 

「大丈夫です、玉姫様」

 

「そう、様子を見る限り本当に大丈夫そうね。ふふ、最初に出会った時は凄く戸惑っていたのに」

 

「誰だって戸惑います。結代家の歴史や立ち位置もそうですが、幻想郷なんて神様達や妖怪達が普通にいますし」

 

「今の外の世界の人達からすれば、きっとそうね。これでも魔法が知られるようになった分、百年前よりはマシになったのよ、ほんの少しだけだけど」

 

玉姫は微笑を浮かべると、遠くを見つめて感慨深く言った。

 

「そんな貴女も、今はもう立派な結代ね」

 

八玉結姫、つまり天御杜玉姫は稗田阿礼が誦した古事記にも名を載せる、神話で語られる神様の一角である。

 

月へ向かう旅人と朱い糸で結ばれる、それが一般に知られる朱糸伝説だ。

 

そして、一般には知られることのない“語られざる朱糸伝説”を、結代百秋の妻となったことで梓織は知らない立場から知る立場へと変わった。

 

「色々と大変だろうけど、何か不安があるようなら遠慮なく私の所へ来なさい。何たって私は縁結びの神様。恋する少女や愛する女性の味方なんだから」

 

尤も、今までの結代のように、きっと今回も杞憂に終わるだろうと玉姫は内心で思う。

 

梓織と百秋の縁は今なお変わらず、固く優しく結ばれている。

 

それを玉姫は無論、百秋は元より、一般人であったはずの梓織もまた感じることが出来るのだから。

 

「こちらこそ――良き縁を、ありがとうございます、玉姫様」

 

こうして幸せそうに頭を下げた梓織を見れば、それはより明らかだ。

 

“語られざる朱糸伝説”に基づいて、百秋と良縁が結ばれた時に梓織が手に入れた、『縁を知る程度の能力』がある限り。

 

死が二人を分つまで、百秋と梓織が離れることは決して無いだろう。

 

 

 

 

 

人々は「もしかしたら」と思った。

 

御伽話に登場するような魔法は、現実(ここ)にある。

 

ならば、御伽話に登場する者達も本当は現実(ここ)にいるのではないか。

 

御伽話は、実は現実(ここ)で本当にあった話ではないのか、と。

 

神社には見えないだけで、神様が住んでいるのかもしれない。

 

人は死後に三途の川を渡り、閻魔の裁きを受けるのかもしれない。

 

死者が眠るところには幽霊が出るのかもしれない。

 

人に化ける狸や狐がいるかもしれない。

 

山奥には天狗がいるかもしれない。

 

酒好きで陽気で人を攫う鬼が何処かにいるのかもしれない。

 

目に見えない世界から人々を助けてくれる神仏がいるのかもしれない。

 

夜の闇の向こうには人々を襲う幽霊や妖怪がいるのかもしれない。

 

魔法が常識として初めて知られるようになった初期の頃、人々は心の底でそんな思いを抱くようになった。

 

実際に幻想郷に於いても、その頃は外の世界から幻想郷へ辿り着く外来人が多くなったと、当時の博麗の巫女は書き記している。

 

 

 

 

 

妖怪の山の頂きには、近年になって外の世界から引っ越してきた山の神の神社がある。

 

八坂神奈子、洩矢諏訪子、東風谷早苗の三人が暮らすその神社の名を、守矢神社と言う。

 

「着きました」

 

守矢神社の境内に紅華が降り立ち、続いて道之も地面に降り立った。

 

「案内ありがとう、おかげで助かったよ」

 

「いえ、お役に立てたのなら良かったのですが……」

 

「……まあ、忘れていたものは仕方がないさ。直接の原因はこっちの不注意だし」

 

紅華と道之はお互いに苦笑を浮かべる。

 

道之は右手に持っている護符に視線を落とす。

 

空を飛ぶために使った離れの護符を見つめて、改めて先程の出来事を思い出して申し訳ない気持ちになった。

 

 

 

「そこの人達。人間が山に入ると危ないわよ――って、紅華じゃない」

 

守矢神社に向かう途中の山の入り口付近で、紅華と道之は目の前に現れた人物に声を掛けられた。

 

「あ、雛さん。こんにちは」

 

声を掛けてきた相手に、紅華は笑顔で挨拶を返す。

 

流し雛から厄神になった『秘神流し雛』鍵山雛(かぎやまひな)だ。

 

本当ならば彼女から話しかけられても無視しなければ厄が降りかかって不幸になる。

 

だが紅華は雛にもこうして普通に話しかける。

 

厄が降りかかるからとはいえ、紅華には相手を無視するという行為はどうしても慣れないし、慣れようとも思わない。

 

それに、幸い今は厄払いを得意とする神主が結代神社にいるため、後で祓って貰うなり厄払いの御守りを貰うなりすれば問題無い。

 

ちなみにその神主は一時期「えんがちょ皆伝」を自称していたが、玉姫からえんがちょの由来は「穢を切るであり、また縁を切ること」と説明されると皆伝を返上したという。

 

「紅華なら問題ないわね。ところで、その人は?」

 

「初めまして、結代道之です」

 

「ああ、雅季の親類ね。私は鍵山雛よ」

 

雛は道之を見ると何かに気づき、改めて観察するように道之を見遣った。

 

「珍しいわね、貴方には厄が無いわ」

 

「そうなんですか?」

 

道之は何気なく雛の方へ近づいた。

 

ところで、道之は飛行するのに娘達と同じく離れの護符を使用している。

 

そして離れの護符は厄払いも出来る。道之に厄が無いのも、離れの護符が効力を発揮しているからだ。

 

それが意味するところは、つまり――。

 

「え? ちょ、ちょっと!」

 

道之が近づいてきた途端、雛が抱えていた厄が後ろへと流れ出す。

 

「止まって! 厄が散らかるから!」

 

「え?」

 

だが紅華にも道之にも人の厄は見えない。

 

首を傾げながらも道之はその場に止まる。

 

言われた通りに止まっただけで、距離を取った訳では無い。

 

故に、厄の放出は止まらない。

 

「ああ、厄がどんどん流れていく!? 厄を散らかさないでー!!」

 

散っていった厄を慌てて追いかける雛を、道之と紅華は不思議そうに見つめていた。

 

その後、雅季の『離れ』は厄をも離してしまうことを思い出した紅華と、厄をある程度回収して戻ってきた雛の言葉で、道之も事態を把握した。

 

「もう、厄が散らかっちゃったら大変なんだから気を付けなさい!」

 

遠くからそう注意して未だ散ったままの厄を回収しに行った雛に、道之は深々と頭を下げたのだった。

 

 

 

「雛さんには後でまた謝っておきますね」

 

「うん、お願いするよ」

 

「あ、それと一応説明しておきますね。今回は離れの護符を持っていたので大丈夫ですけど、雛さんは厄神様なので本来はお話した後は厄払いするかえんがちょしないとダメですよ」

 

「そうなんだ。えんがちょって久々に聞いた気がするなぁ」

 

紅華の説明を受けて道之は成る程と頷き、ふと思った。

 

(幻想郷ではえんがちょが現役だけど、今はえんがちょを知っている人はどれだけいるんだろう?)

 

道之は右手の人差し指と中指を交差させる。

 

えんがちょの印は幾つかあるが、それが一般的に知られる印である。

 

道之が印を結んだちょうどその時、

 

「お久しぶりです、道之おじさん」

 

神社から姿を見せた少女が、道之に声を掛けた。

 

道之が振り向くのと紅華が言葉を発するのはほぼ同時だった。

 

「こんにちは、早苗さん」

 

東風谷早苗。かつて道之が後見人を務めた少女は笑顔と共に二人を迎えていた。

 

「久しぶり、早苗ちゃん。元気そうで良かったよ」

 

甥の雅季からの近況報告をよく聞いていたのでそれほど心配はしていなかったが、こうして自分で目にしても昔と変わらず元気そうだ。

 

「ところで、それ何やっているんですか?」

 

早苗は道之の指先に目を留めて問い掛ける。

 

「ああ、えんがちょだよ」

 

道之がそう答えると、早苗は微笑みを浮かべて言った。

 

「道之さん。今はえんがちょではなくて、バリヤー! って言うんですよ」

 

ご丁寧に「バリヤー!」の箇所では両手を前に突き出すというジェスチャー付きで。

 

「……そうなんだ」

 

「そうです」

 

自信満々に頷く早苗に、道之は乾いた笑みを浮かべつつ悟った。

 

絶対に間違いようもなく、彼女は自分の知る“あの”東風谷早苗であると。

 

そんな確信を胸に、何とも言えない脱力感に囚われる道之。

 

だがそれは同時に、安堵した証でもあった。

 

(どうやら、ちゃんと幻想郷でもうまくやっていけているようだね)

 

紅華と話している早苗が笑っているのを見て、道之は自然と力を抜いた。

 

肩の荷が下りるとは、この事なのだろう。

 

「帰ったら報告に行かないとな」

 

誰にも聞こえない程度に、口の中で呟く。

 

幻想郷から現実へ戻ったら、諏訪にある早苗の両親の墓前に報告に行こう。

 

そう決めた道之の視線の端に、新たに二人の人物が神社から姿を見せて此方に歩いてくるのが映る。

 

道之は二人の方へ向き直ると、礼儀正しく頭を下げる。

 

「お久しぶりです、神奈子様、諏訪子様」

 

「おー、久しぶりだねー、道之」

 

「壮健そうで何よりだよ」

 

洩矢諏訪子と八坂神奈子。

 

守矢神社の神様であり、同時に早苗の家族である二柱だ。

 

「立ち話もなんだから、中に入ろうか」

 

「あ、ならお茶の準備をしてきますね」

 

「よろしくね、早苗」

 

神社へと戻っていく早苗を見送っていると、紅華が道之に話しかけた。

 

「道之さん、私はそろそろ戻ります」

 

「わかった、案内ありがとう紅華ちゃん」

 

「神奈子様と諏訪子様、失礼します」

 

紅華は神奈子と諏訪子に軽く頭を下げると、ふわりと空に浮かび、結代神社に向かって飛んでいった。

 

「行こうか、道之」

 

神奈子に誘われて、道之は頷く。

 

「はい、お邪魔します」

 

道之、神奈子、諏訪子の三人は守矢神社に向かって歩き始めた。

 

 

 

 

 

信仰や怖れが無ければ、「いるかもしれない」という想いが無ければ、神や妖怪は力も実体も保てない。

 

故に、魔法の黎明期では神妖は力を取り戻しつつあった。

 

それこそ身近で言うのならば、幻想郷への移住を検討していた守矢神社の神が思い止まって様子見に入る程に。

 

だが、未知であったはずの魔法は科学によって解明され、その結果は情報ネットワークによってタイムリーに人々に知られていった。

 

永き時を生きる神や妖怪にとって、人々の認識の切り替えの早さは瞬く間に感じられたことだろう。

 

人々は人間以外の存在を信じる前に、素早く容易く得られた情報によって新たな常識をすぐさま構築していった。

 

魔法陣や詠唱は起動式と魔法式に、杖や呪符はCADに、超能力や魔法は技能に、超能力者や魔法使いは魔法技能師に。

 

魔法が知られるにつれ、未知が埋まっていくにつれ、神妖は再び力を失っていく。

 

情報伝達が発達した現代では、解明された現実があっという間に常識となっていくが為に。

 

やがて人々は安心に似た思いで悟っていく。

 

魔法は人の技であり、今まで解明されたモノの中に人間以外の存在は無かった。

 

ならばやっぱり、今までの常識通り、御伽話の登場人物は架空の存在なのだろう、と。

 

そうして、人々は幻想を幻想のままに留めた。

 

だから、守矢神社の神は落胆に似た気持ちで幻想入りを再度決意したのだ。

 

 

 

 

 

博麗神社ではスペルカード戦を一通り終えて、それぞれがひと思いに寛いでいた。

 

「うー、また負けた……」

 

「はいはい、祐未、泣かないの」

 

「泣いてなんかないもん、由那お姉ちゃん」

 

悠唯、由那の二人には勝ったが霊夢、魔理沙、雅季の三人には負けて半泣き状態の祐未を由那が宥める。

 

「雅季兄さん、結構本気だったでしょ? 大人気ないよ」

 

「い、いや、けっこう容赦ない弾幕だったから、つい力が入っちゃって……」

 

悠唯から半目で睨まれ、雅季はバツが悪そうに視線を逸らす。

 

だがそれも束の間のこと。

 

「この後どうする? 暑いし、河童の所にでも行くか?」

 

「いいわね」

 

魔理沙と霊夢の話を聞いた祐未は泣き顔を引っ込めて、ぱぁっと満面の笑みを浮かべると霊夢達の所へ駆け寄った。

 

正確には、魔理沙の所へ。

 

「魔理沙お姉ちゃん! 後ろに乗っけて!」

 

祐未の唐突なお願いに魔理沙は一瞬だけ目を白黒させたが、すぐに快諾する。

 

「おう、いいぜ」

 

「やったー!」

 

大喜びする祐未を見て、霊夢は事もなく言った。

 

「相変わらず懐かれているわね」

 

「日頃の行いがいいからだな」

 

「由那、あんたの妹の手癖が悪くならないようちゃんと見張ってなさい」

 

「勿論」

 

「どういう意味だぜ?」

 

霊夢、魔理沙、由那のやり取りからわかる通り、魔理沙と祐未は非常に仲が良い。

 

おかげで姉二人は、魔理沙の悪影響を受けて蒐集癖が付いたり「借りていくだけ」とか宣って手癖が悪くなったりしないか若干心配していたりする。

 

「それじゃ、俺は結代神社に帰るけど」

 

雅季は悠唯、由那、祐未の三人にそれぞれ視線を合わせて、忠告を口にした。

 

「三人共、神社から出るなら妖怪に気を付けなよ」

 

「わかっているわよ、雅季兄さん。こっちの誰かがいないとちょっと怖いからね、幻想郷は」

 

雅季の忠告に悠唯は苦笑し、由那も苦い顔で頷いた。

 

「前みたいに怖い思いするのは、ね」

 

だいぶ前の話になるが、悠唯と由那は二人だけで幻想郷を探検したことがある。

 

幻想を知る結代家と言えど、子供の頃は誰しも怖いもの知らずだ。

 

況してやここは幻想郷。妖怪や妖精が普通にいる世界だ。

 

二人は探検中に妖精達の悪戯によって迷子となり、縁を感じようとも周囲に人間はおらず。

 

やがて日も暮れ始めた逢魔時――。

 

「あ。人間だ! あなた達は食べてもいい人類?」

 

そんな状況で遭遇してしまったのが、『宵闇の妖怪』ルーミアだった。

 

ルーミアの出した闇に呑み込まれた時のことを、悠唯と由那は今でも背筋が凍る感覚と共に思い出すことが出来る。

 

結代家として二人も十師族と同等以上の高い魔法力を持っているが、恐怖に身が竦んで護身用に持っていたCADを起動することすら出来なかった。

 

結局、二人は闇に包まれただけでルーミアは何もせずに去っていったが、雅季が探しに来るまで二人は抱き合うように蹲ってずっと震えていた。

 

……ちなみに、ルーミアは何もしなかったのではなく、自分の出した闇で二人を見失ったという間の抜けた結果だったのだが、それを二人は今なお知らない。

 

それ以来、今代に生きる結代の少女達は妖怪を軽視したりしない。寧ろ心の奥底では怖れを抱いている。

 

それが正しいのだ。たとえ形骸化しようとも、妖怪は怖れるものでなくてはならないのだから。

 

幻想を知るということは、そういうことである。

 

「祐未、しっかり捕まっていろよ」

 

「うん!」

 

「ねえ霊夢、リュックの中に花火も持ってきたからさ、夜になったら花火大会やろうよ」

 

「夏の花火、風流ね」

 

河童達の住まう玄武の沢に向かう五人の少女達を雅季は見送った。

 

五人の背中が遠のいていくのを見詰めた後、雅季は静かに目を瞑った。

 

 

――ただ、幻想と共に在りたいと思ふ――

 

――ただ、幻想と共に在ることを願ふ――

 

 

目を開けて空を見上げた。

 

幻想郷の空は、澄み渡るように青く広がっている。

 

「さて、行くか!」

 

見上げた空が近付いてくる。

 

雅季が空に近付いたのだ。

 

空を飛んだ雅季は人里の方へ向かって飛び始め、博麗神社を後にする。

 

向かう先は縁を結び、幻想を紡ぐ神社。

 

幻想郷、結代神社。

 

 

 

魔法を知っても、人々は神妖を信じ切れなかった。

 

普遍化した情報が幻想を否定したが故に。

 

それでも、或いはだからこそ、結代家は幻想を忘れない。

 

不思議な御伽の国があるのを信じているから、其れを知っている。

 

人ならざる者達への畏れや怖れを想っているから、其れを知っている。

 

彼等の在り方を信仰しているから、其れを知っている。

 

たとえ現実的な情報が満ち溢れていようと、結代家は幻想を紡ぎ続ける。

 

それが、原より出ていて、神代より紡がれる結代家なのだから。

 

 

 




《オリジナルキャラ》
結代悠唯(ゆうしろゆい)
結代由那(ゆうしろゆな)
結代祐未(ゆうしろゆみ)

大八洲結代大社に在住する『結びの巫女』見習い三姉妹。
結代道之の娘であり、雅季にとっては従妹にあたる。
三姉妹とも弾幕ごっこがマイブームであり、ちょくちょく幻想郷に訪れては弾幕勝負を挑んでいる。
が、悠唯と由那はルーミアがトラウマなのでやや苦手。心の底で妖怪をきちんと怖がっている。
長女の悠唯は来年が受験であるが、三人とも魔法科高校へ進学するつもりは無いらしい。
悠唯曰く「魔法科高校は修学旅行とか学校行事が殆どなくて面白味に欠けるから」。
ちなみに淡路島には現在も稼働中の第二研があり、すぐ近くの兵庫県には第二高校があったりする。


幻想葉月編は残り二話の予定です。
そろそろ横浜編を進めないと(汗)






克人「バリヤー!」

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