魔法科高校の幻想紡義 -旧-   作:空之風

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本当にたいへんお待たせしました(汗)
なのに今回は次話への繋ぎみたいな感じです()
課外授業は今回で終わらす予定でしたが、また長くなってしまったので分けました。

2015/1/21:第35話の一部の魔法効果に誤りがあったため修正しました。



第55話 苦労人の課外授業その二

標的(ターゲット)の確保に失敗した、と?」

 

「はい。確保寸前、魔法師の少年による妨害を受け、チームは全滅。標的はその少年と共に逃走しました」

 

己の座る執務席の向かいから、部下が直立不動の態勢で報告する。

 

よくよく見れば、空調の効いたオフィスであるにも関わらず部下の額には汗が見え隠れしており、身体も硬直気味だ。

 

それもそうか、誰だって失敗の報告を上司にしたくはないだろう。たとえ己の責任で無かったとしても、その場で上司から叱責を受けるのは報告をもたらした者なのだから。

 

だが幸いにも、その上司は不快そうな素振りを一切見せず、部下の覚悟を杞憂のものにした。

 

それは軍属時に鍛え上げた自制心の賜物か。

 

「我が身の危険を顧みずに立ち向かい、僅か十秒足らずで八人を無力化するか。見事なものだ」

 

或いは、そもそも不快に思わなかったのか。

 

「本当ならば賞賛して止まないところなのだが……」

 

そう言って内閣府情報管理局の外事課長、壬生勇三は憂鬱そうに溜め息を吐いた。

 

その少年から見れば自分達は悪役だろう。

 

だが、自分達もまた理由があってあの少女の身柄を抑えなくてはならないのだ。

 

何故なら彼女は国際犯罪組織『無頭竜』の首領、リチャード=(スン)の養女。

 

そして、組織の残党から新たな首領として担ぎ出されようとしている。

 

他国の犯罪組織とはいえ、この国で犯罪行為を働いたという前科がある以上、見過ごすことは出来ない。

 

標的(ターゲット)は今どうしている?」

 

「現在は有明駅のロータリーで、かの少年と共にいるそうです」

 

「ふむ……」

 

この時点で壬生は、部下に少年の身元を調査させているが、実はその少年が一高の、それも九校戦に出場したあの森崎駿であるとは知らない。

 

九校戦で無頭竜によって重傷を受けた少年が、無頭竜の次期リーダーを護衛する。何とも皮肉なことだろう。或いはこれも縁と呼ぶべきか。

 

(少年がそこで別れてくれるとありがたいのだが……)

 

そんな壬生の懸念を、いや今回の計画そのものの根幹を揺るがす一報が届く。

 

執務机に置かれた内線用通信端末の着信を報せるランプが点灯する。

 

壬生は端末に接続されているイヤホンを付けると、端末の通信をオンに切り替えた。

 

「どうした?」

 

壬生が問い掛けた後、変化は目に見えて表れた。

 

「――何?」

 

部下が見ている目の前で、壬生の表情があからさまに険しくなった。

 

部下が退出しようと軽く頭を下げて踵を返したが、それを壬生は手で制した。

 

どうやら通信の内容は今回の案件に絡むものらしい。

 

そして、

 

「何だと!?」

 

椅子から立ち上がるほど、壬生は驚愕を顕わにした。

 

「規模は!」

 

口調も厳しく壬生は問い質し、相手から報告の詳細を受け取る。

 

「――わかった」

 

幾つかのやり取りの後、壬生は通信をオフにしてイヤホンを外すと、険しい顔のまま部下に言った。

 

「緊急事態だ」

 

 

 

情報と指示を受け取った部下が慌ただしく出て行った後、壬生は思わず苛立ち混じりの声をあげた。

 

「全く、犯罪組織の抗争など他所でやってくれればいいものを……!」

 

壬生は再び通信端末をオンにすると、素早くアドレス一覧表を開く。

 

「内情、外事課長の壬生です。――はい、緊急の案件です」

 

壬生が選択したアドレス項目には、『警察省』と表示されていた。

 

 

 

 

 

 

 

人通りの多い白昼の駅前までやって来たところで、森崎は少女の手を離した。

 

「助けてくれてありがと」

 

「いえ、見て見ぬ振りなんて出来ませんでしたし……」

 

面と向かって言われたお礼に森崎は照れ臭そうに視線を外したが、すぐに顔を引き締めて少女に向き直る。

 

「でも、あれで終わりとは思えません」

 

あの賊達はただのゴロツキと呼ぶには随分と組織的に動いていた。

 

況してや拳銃を所持し、人除けの効果を持った精神干渉系魔法も行使していたのだ。

 

彼等は確実に、それも計画的に彼女を狙っていたのだと森崎が判断するには充分過ぎる状況証拠だ。

 

「襲われた理由に心当たりはありますか?」

 

「……ごめんなさい、訳ありなの」

 

「そうですか」

 

傍から見て気軽そうに答えた少女の中に、少なからぬ申し訳なさが隠れていることに気付いた森崎は、それ以上の追求をしなかった。

 

尤も――。

 

「わかりました、事情は聞きません。でも、せめてお迎えの方が来るまで護衛ぐらいはさせてくれませんか?」

 

それはこれ以上関わらないという意味では無かった。

 

「え?」

 

キョトンとした表情で森崎をまじまじと見つめる少女に森崎は続ける。

 

「さっきも言いましたけど、見て見ぬ振りなんて出来ませんし」

 

「……先程の一件で、あなたが強いってことは充分にわかったつもりだけど」

 

突然の申し出に困惑しつつも、少女ははっきりと告げた。

 

「でも危険よ。これはゲームじゃないのよ」

 

「承知の上です。それに、それを言うなら危険なのはあなたの方です」

 

「それは……」

 

森崎の反論に少女は返答に窮して、益々困惑する。

 

確かに、危険なのは自分の方だろう。狙われているのは他ならぬ自分なのだから。

 

だが、かといって見ず知らずの少年を、それも恩人を巻き込んでもいいものか。

 

そんな身の安全と良心の間に悩まされる少女に、森崎は敢えて得意げに言った。

 

「心配無用です。幸いといいますか、僕には護衛の経験が多くあります」

 

「経験って、あなた高校生、よね?」

 

「魔法科高校の一年生ですが、実家がボディガードの派遣業を営んでいまして、二年間のキャリアがあります」

 

訝しげな口調で問い掛けてきた少女に森崎は答えて、そこでふと気付いた。

 

「そう言えば自己紹介がまだでしたね。僕は森崎駿と言います」

 

「ああ、あの森崎家の」

 

森崎家と言えば、魔法師の業界では『クイックドロウ』で名を知られているが、魔法と関わり合いの無い業界でもボディガードとして富裕層を中心に社会的名声を得ている。

 

そして、クイックドロウは知らなくともボディガードとしての森崎家を少女は知っていた為に、ようやく納得した様子で森崎を見た。

 

「でも私、手持ちに持ち合わせが無いわよ?」

 

「構いません、仕事で言っている訳ではありませんので。()()、知らぬ振りをしたくないだけです」

 

森崎の物言いに、少女は思わず笑みを溢した。

 

「フフ、紳士なのね。それとも騎士(ナイト)かしら?」

 

「どっちも僕の柄じゃあ無さそうですけど」

 

「あら、そんなこと無いわよ」

 

苦笑いする森崎に、少女は益々楽しそうな笑みを浮かべる。

 

そして、

 

「それじゃあ、お願いしてもいいかしら?」

 

「お任せ下さい」

 

少女からのお願いを、森崎は勿論快諾した。

 

「私はリン=リチャードソン。リンって呼んで」

 

「わかりました、リンさん」

 

「それと――」

 

少女、リンは森崎に飛びっきりの笑顔を見せて言った。

 

「堅苦しい言葉は無しよ。私のことはリンって呼んでちょうだい」

 

森崎は答える言葉を持てずにリンから視線を外して、照れ臭そうに頷いた。

 

 

 

ちなみに先程の説得の最中、森崎の脳裏には「袖振り合うも多生の縁」や「一期一会」など、何処かの腐れ縁が大好きそうな言葉が幾つも思い浮かんでいたのだが。

 

それを口にすることは意地でもしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

レインボーブリッジの真下にある広場に迎えのクルーザーが来るということで、森崎とリンは待ち合わせ場所へと向かう。

 

駅前からならば表通りを行くのが最短ルートだが、森崎は敢えて公園の散歩道を選択した。

 

表通りでは先の襲撃のように通行人が除けられる可能性が高く、一方で公園内ならば人が滞留しているので効果が弱まるのではないかという憶測が理由の一つ。

 

そしてもう一つは、公園内には少数ながらも魔法師がいるということだ。

 

 

 

散歩道を歩いている最中、ふとリンが足を止めた。

 

「リン?」

 

森崎が訝しげに振り返ると、リンは公園内の一点を見つめていた。

 

視線の先には人集り、その中心には魔法師と魔法。

 

演出魔法師の路上公演だ。

 

(そう言えば、あの時も見ていたな)

 

リンに向けられた害意に森崎が気付いた時も、リンは演出魔法を見ていたことを思い出しつつ、森崎は尋ねた。

 

「珍しいですか?」

 

「ええ。話には聞いていたけれど……」

 

リンは森崎の方へ向き直り、言葉を続けた。

 

「少なくともカリフォルニアでは、あんな風に魔法が身近で見られることなんて無かったから」

 

演出魔法が認められているのは日本だけであり、USNAではあの光景は未だ生まれていない。

 

それ故に、リンにとって演出魔法と演出魔法師というのは新鮮だった。

 

「魔法師って、もっと特別な人達だって思っていたわ」

 

魔法に接する機会の無いリンにとって、魔法を使う魔法師というのは自分達とは『違う』者達なのだと、意識せずともそう思っていた。

 

だが――。

 

少しばかり緊張した面持ちで魔法を披露している青年と、楽しそうにそれを見ている観客達。

 

あそこで魔法を使っている人物と、その周辺に集っている人達の『違い』が、リンには感じられなかった。

 

そんなリンに対して、森崎は何の気負いもなく、さも当然のような口調で言った。

 

「あんまり変わらないですよ。魔法はただの技能ですから」

 

リンが感じている価値観と現実の差異を、森崎が共感することは無かった。

 

魔法師は『特別』。

 

他ならぬ森崎自身が、腐れ縁と断言している某少年に出会うまでそう考えていたことなど、既に忘れて久しいのだから。

 

リンもまた、自分が戸惑っていることに気付いていなかったが。

 

「……うん、そうよね」

 

小さく、だがしっかりと頷いた。

 

 

 

公園内を談笑しながら連れ添って歩く森崎とリン。

 

尤も、森崎は会話中も自分達を見遣る視線を時折感じており、そちらへの警戒が先立ってしまい相槌程度の返事しか出来ていなかったが。

 

未知なる敵への警戒と異性との談笑を同時にこなすには、根が真面目である森崎では経験不足が否めない。

 

とはいえ、リンは少なくとも表面上は全く気にしていない様子だったが。

 

(出来れば、このまま何事も無ければいいけれど……)

 

森崎がいるためか、それとも公園のルートを選択したのが正解だったのか。

 

どちらにしろ、視線こそ感じるが今のところ相手側は何か仕掛けて来るつもりは無さそうだ。

 

そう思って、内心で密かに一息吐いた矢先のこと。

 

森崎駿は改めて思い出すことになる。

 

トラブルとは、向こうから問答無用で突っ込んでくるものだということを。

 

……そもそもの切っ掛けは、自分からトラブルに突っ込んでいったことだという事実には目を瞑っておこう。

 

 

 

 

 

「急いでいるんです、通してください」

 

「そんなこと言わずにさぁ、俺達と遊ぼうぜ」

 

「そうそう、楽しいこと色々知っているんだぜ、俺達」

 

公園の出口まであと少しという所で、森崎とリンは俗に言う柄の悪い連中に絡まれていた。

 

年齢は見た目からしてリンと同世代の少年達。

 

彼等が揃って纏っているメタルスキンのベストは、少し前に一部で流行した防弾、防刃、更にはおまけで防風までしてくれるという冬でも暖房要らずな合成樹脂製ベスト。

 

ちなみに今は夏であるのであしからず。

 

腕に巻いている金属リングは電気的筋肉刺激(EMS)装置を織り込んだマッスルアンプ。

 

主に医療現場でリハビリ用として使用されているが、パンチを強化出来るという副次効果もある。

 

実は彼等全員がリハビリ中という可能性も無くはないが、多分違うだろう。

 

中には光学索敵アプリを入れたARゴーグルを身に付けている者も何人かいる。

 

一定距離以内に接近するものがあれば知らせてくれるアプリだが、実際にプライベートで使用する機会など滅多に無いだろう。

 

強いて言えば闇討ちの警戒ぐらいだろうか。

 

とまれ、このように武闘派っぽい見た目で統一されている集団だった。

 

メンバーが統一のファッションまたはアイテムを身に付けることでチームを示すというストリートギャングは今なお多く存在する。

 

ちょうど百年前に“とある映画”に触発されて急増した、所謂「チーマー」や「カラーギャング」と呼ばれていた不良達も然り。

 

そして彼等もまた然り。

 

防弾、防刃、防風ベストにリハビリ用マッスルアンプで統一されたファッションは、『ウォリアーズ』と自称するこのグループの特徴だった。

 

……もしかしたら、百年前の“とある映画”に強く影響されて出来たチームなのかもしれない。

 

閑話休題。

 

「私達は本当に急いでいるんです!」

 

「そんなに怒んなって」

 

「そうそう、何なら俺達がリラックスさせてやるよ」

 

苛立ちを見せ始めるリンを前にしても、少年達は人を舐めたようなふざけた態度を崩さない。

 

そんな彼等を前にして、

 

「……はぁ」

 

森崎は思いっきり溜め息を吐いた。

 

「んだよ、てめぇ」

 

溜め息を目敏く見つけた一人が睨みつけてくるが森崎は相手にせず、「……しょうがない」と呟いてからリンに言った。

 

「リン、少しだけ待っていて下さい。すぐ終わらせますので」

 

「シュン?」

 

怪訝な顔を向けてくるリンを背に守るように、森崎は前に踏み出て彼等と対峙した。

 

森崎が前に出る直前、その横顔から面倒そうな様子が見て取れたのがリンには印象的だった。

 

 

 

前に出た森崎の、

 

「それで、お前達のリーダーは誰だ?」

 

「……は?」

 

開口一番の言葉に、少年達は一瞬呆けたような声をあげて。

 

「――ハハハハハ!!」

 

すぐに大声で笑い始めた。

 

「何言っちゃっているのかな、ボクちゃん?」

 

「かっこいいねぇ! 馬鹿だけどな!」

 

一頻り笑った後、彼等の中から徐ろに一人の少年が前に歩き出た。

 

「俺がリーダーだ。で、どうするんだ?」

 

体格は森崎より一回りも大きく、それに加えて腕や脹脛の筋肉は太く引き締まっている。

 

成る程、喧嘩とは縁遠いという意味での普通の一般人ならば、その見た目だけで怖気付くことだろう。

 

「僕達は本当に急いでいる。“話”があるならさっさと済ませてくれ」

 

尤も、森崎はその程度で怖気付くような気弱な性格とは程遠く、(何処かの誰かの所為で否応無く)鍛え抜かれた図太い神経の持ち主だ。

 

「……このガキ、随分と舐めた口きくな」

 

「どうせ話を聞くつもりも無いんだろ? 僕は手っ取り早く終わらせたいだけだ」

 

見るからに怒気を顕わにしている少年とは対照的に、森崎は素っ気なく答える。

 

本当に、心底から面倒そうな顔で。

 

何せ、それが紛れもない森崎の本音なのだから。

 

森崎の明確過ぎる態度に、少年は体勢を変えて重心を爪先にずらす。

 

それを見て森崎も何時でも動けるよう僅かに腰を落とす。

 

「なら、リクエスト通りにその口がきけなくなるまで叩きのめす――」

 

「タカさん! こいつ、魔法師だ!」

 

少年の口上の途中で、一人が声をあげた。

 

森崎が腰を落とした際に、纏っているベストの隙間から特化型CADが見えたのだ。

 

魔法師だと知った途端、少年達は一人を除いて一歩後退る。

 

例外となった一人は森崎と対峙している少年、タカと呼ばれたリーダーだ。

 

「ビビんじゃねえ! 魔法師なんて珍しくねぇだろ!」

 

そう叱咤するタカに、森崎は表情を変えずに内心で僅かに苦笑した。

 

絶対的少数派である魔法師を珍しくないと言い切るとは。

 

つまり、それだけ魔法師という存在が一般人の間でも目立っていることなのだろう。

 

あの先程の路上公演、一般人の輪の中に魔法師がいたように。

 

魔法師と一般人、隔たりのあった両者が、それ程までに近付いた。

 

そして、その切っ掛けを作ったのは――。

 

(本当に、こういう“本職”では仕事をするよな、あいつ)

 

森崎の内心など露知らず、タカは嘲りを含めた口調で告げた。

 

「知っているぜ、魔法師。お前ら、見世物以外の魔法使ったらぶち込まれるんだろ?」

 

タカの声で森崎は意識を現実に戻すと、森崎は先程と変わらない口調で言った。

 

「お前相手に魔法なんて使わないから、早くしてくれ」

 

お前なんて歯牙にも掛けていないと言わんばかりの物言いに、タカは遂にキレた。

 

「この――ガキがッ!!」

 

憤激と共に繰り出された、森崎の顔面を狙った回し蹴り。

 

それと同時に森崎は前に出た。

 

姿勢を屈めることで森崎はタカの回し蹴りを掻い潜る。

 

その時、回し蹴りを繰り出した足が空中で制止し、間を置かずに切り返される。

 

回し蹴りからの踵落とし、二段構えの足技が森崎に向かって襲い掛かり――それよりも、森崎の方が早かった。

 

タカが蹴りの切り返しを放つよりも早く、森崎はタカの懐に飛び込む。

 

踏み込んだ足で地面を力強く踏みしめ、全身の力を込めた右掌打を上へと突き上げ。

 

「がッ!?」

 

突き上げられた掌打は、タカの顎へと吸い込まれた。

 

見事なまでに決まったカウンター。

 

蹴りを繰り出した体勢だったタカの身体が、比喩ではなく一瞬だけ宙に浮く。

 

脳を揺さぶる急所への重い一撃が、タカの意識を急激に混濁させる。

 

ほんの僅かな間を置いて、背中に衝撃を感じた。

 

それが、自分が倒れたことによるものなのだと理解することも出来ず。

 

タカの意識はそのまま闇へと落ちていった。

 

 

 

「……へ?」

 

間の抜けた声が、少年達から溢れた。

 

本格的な格闘技を習っていたタカが。

 

彼等『ウォリアーズ』を束ねるリーダーが。

 

体格に劣る相手を前に、ほんの一瞬、たった一撃で地面に倒れている。

 

倒れたまま気を失い、動く気配すら見受けられない。

 

誰が見ても完膚無き敗北だ。

 

予想外の事態に少年達は固まり、

 

「タ、タカさん!?」

 

意識が現実に追いついた瞬間、硬直は狼狽に取って代わった。

 

「な、何でタカさんが……!!」

 

「う、嘘だろ……!」

 

動揺と混乱を顕わに、倒れているタカと森崎を交互に見る。

 

そんな彼等に、宣言通り「手っ取り早く」終わらせた森崎は問い掛けた。

 

「それで、まだやるか?」

 

だが、少年達は言葉を失ったままお互いに顔を見合わせるばかり。

 

混乱から立ち直れず、どうしていいのかわからないのだろう。

 

その様子を見て森崎は目をスっと細めると、努めて冷厳さを彩った言葉を彼等に放った。

 

内心で「あとひと押しか」と思いながら。

 

「もう一度言う、僕達は本当に急いでいるんだ。邪魔するなら――」

 

森崎はゆっくりとベストの中に手を伸ばして、見せつけるようにホルスターの特化型CADのグリップを握る。

 

その動作に、少年達の表情が徐々に恐怖へと引き攣っていく。

 

この時、魔法師は緊急時以外に魔法を使えないという社会的ルールは、彼等の脳裏から消え去っていた。

 

そして、森崎はCADを引き抜いて、鋭い眼光を彼等に浴びせた。

 

「容赦はしない」

 

森崎からの、冷厳さが彩られた宣告に、

 

「――ッ!」

 

少年達は耐えることは出来なかった。

 

「……クソ!!」

 

「この、化け物野郎が――!!」

 

ウォリアーズは森崎とリンに背を見せて、気絶しているリーダーを肩に抱えると苦し紛れな捨て台詞と共に退散していった。

 

 

 

ウォリアーズの後ろ姿を森崎はひたすらに睨み付けていたが、彼等の姿が見えなくなった途端、肩の力を抜いた。

 

「……ふぅ」

 

森崎は特化型CADを再びホルスターにしまうと、呆然と佇んでいるリンの方へと振り返る。

 

「行きましょうか」

 

「え、ええ……」

 

差し出された手を、リンは戸惑いながらも握り返した。

 

 

 

再び歩き始めた直後はお互い口を開かなかったが、沈黙は長くは続かなかった。

 

「……よく、喧嘩とかはするの?」

 

公園を抜けた後、漸くリンがおずおずといった感じで口を開いた。

 

最初こそ森崎がすぐに暴力に訴えた事に対する抵抗はあったが、改めて考えれば色々と納得出来るところも多かったことに気付いたからだ。

 

あの少年達は話し合いで引いてくれるとは思えなかったし、かといって警察を呼ぶのもリンの立場からして選択出来ない。

 

その点、森崎は彼等のリーダーを倒して戦意を挫くことで彼等を追い払うという解をすぐに見出した。

 

それはリンから見て、何随分と手馴れた対応に思えたのだ。

 

リンの問いに対して、森崎は――。

 

「……慣れましたから」

 

何故か、遠くの空を見ながら答えた。

 

「厄介事はどんなに避けようとしても、向こうから勝手にやってくるものなんです」

 

たとえば中学生の時、街中で不良に絡まれている女性を助けようとしたら何故か某腐れ縁と遭遇して話がややこしくなり、どうしてか結果として不良チームを一つ潰すことになったり。

 

たとえば護衛の仕事に出てみれば、実は先方と某腐れ縁が知人関係で、何故かその某腐れ縁も護衛対象に含まれることになったり。

 

たとえば結婚式の護衛任務の時、八割がたは決まって某腐れ縁の神社で執り行うことになったり。

 

たとえば気がつけば森崎の父親と某腐れ縁の父親同士が酒を呑み合う仲になっていたり。

 

たとえば念願の魔法科高校に入学してみれば、同じクラスに某腐れ縁がいて絶望したり。

 

たとえば――。

 

「……苦労しているのね」

 

リンの同情心をふんだんに含んだ声が、森崎を現実に連れ戻す。

 

達観というか諦観している物言いは、事情を知らないリンにも同情心を与えるのに充分だった。

 

「はい、色々と」

 

そう即答出来るぐらいには苦労しているという自負が森崎にはあった。

 

ちなみに原因はだいたい“あいつ”の所為である。間違いない。

 

「まあ、それで得られた教訓もありますから」

 

「教訓って?」

 

尋ねるリンに、森崎は確信の篭った口調でリンに告げた。

 

「起きてしまった厄介事は、さっさと片付けた方が楽ということです」

 

あまりに実の篭っていた口調に、

 

「そうなんだ……」

 

リンは思わず頷いてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

森崎とリンが連れ立って公園を抜けた後、

 

「――日本の男は、みんなシャイだって聞いていたんだけどな」

 

騒動のあった場所から少し離れた場所のベンチに座っている一人の男性が、愉快気な口調で呟いた。

 

「美女のエスコートは完璧じゃないか。クレトシの嘘吐き野郎め」

 

見た目の年齢は二十代の中盤から後半といったところか。

 

少し黒い肌色や明るい茶髪、それにラテン系の顔立ちが、彼が日本人ではないことを明確に表している。

 

東京都心であり、交通の便も良好で周辺に施設も多い有明であるが故に、外国人の姿が珍しいということはないが、それでも目を引くことには変わりはない。

 

だが周囲を散策する通行人達の中で、彼に目を向けた者は誰一人としていない。

 

更に言えば、公園内では森崎とリンの二人をずっと尾行していたにも関わらず、警戒していた森崎はその存在に終ぞ気付けなかった。

 

その他の有象無象や、()()()の監視には気付けたというのに。

 

森崎達の姿が見えなくなった後、男は徐ろにベンチから立ち上がると、ゆっくりとした足取りで公園の出口へと向かう。

 

森崎とリンが向かった方向へと。

 

そして、男は詠うように、ローマ時代の哲学者の言葉を口にした。

 

Calamitas(カラミタース) virtutis(ウィルトゥーティス) occasio(オッカーシオー) est(エスト)

 

――災難は勇気を試す機会である。

 

「エスコートは最後までやり遂げなきゃ無意味に成り下がる。さあ、この国の魔法師の、お手並みとなってくれるかな、少年?」

 

そう独語する男は、どこまでも陽気で楽しそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、某所――。

 

「ボス、配置完了しました」

 

高級ホテルのような豪華な一室で、男はソファに座っている青年に報告する。

 

だが青年は報告をもたらした男に見向きもせず、優雅な素振りでグラスに入った赤ワインを口に運ぶ。

 

まあ、確かにそれなりの気品は垣間見えるが、同時にわざとらしくも感じる。

 

要するに言葉を飾らずに言ってしまえば、青年が背伸びして大物ぶっているようにいるように男には見えたのだ。

 

尤も、思っただけで絶対に表情には出さないが。

 

何故なら、この青年こそが彼等の新しい「首領」であり。

 

“彼女”を差し置いて、『あの組織』が後釜の取引相手にと選んだ人物なのだから。

 

青年は音を立てずにワインをテーブルへ戻すと、男の方へは振り向かずに一言だけ告げた。

 

「――やれ」

 

首領の命令に。

 

「是」

 

男は恭しく頭を下げた。

 

 

 

 




何やらフラグが立っているようだが、敢えて再び言おう、ノーマルモードであると。
……後ろに「作者的には」と付きますが。

幻想葉月編は残り三話を予定しています。

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