魔法科高校の幻想紡義 -旧-   作:空之風

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更新期間が空いてしまって、この作品自体が幻想入りしてしまいそうな危機が(汗)
それはともかく、幻想郷は今日も平和(?)なお祭り騒ぎです。


第53話 幻夜楽祭

幻想郷には大自然の化身である妖精が多く存在する。

 

外の世界では霊子(プシオン)の減少から妖精もまた姿を消し、自我を持たない独立情報体こと『精霊』として漂っているが、霊子(プシオン)が豊富なこの幻想郷では異なる。

 

森や山、川、湖、地底。

 

それこそ霊夢や魔理沙が「ボウフラみたいに湧き出てくる」と喩える程に、彼方此方でたくさんの妖精の姿を見かけることが出来る。

 

自然と共に何処にでもいて、悪戯好きで、自由気ままに生きる者達。

 

それが妖精だ。

 

 

 

 

既に日は昇り、だが中天にまでは差し掛かっていない時間帯。

 

薄い霧が漂う霧の湖、その畔を囲う林の中に三人の妖精の姿があった。

 

「こっちよ」

 

「ほらルナ、早く早く」

 

「ちょっと待ってって」

 

林の中を元気よく進んでいく三人。

 

太陽の光の妖精、『輝ける日の光』サニーミルク。

 

星の光の妖精、『降り注ぐ星の光』スターサファイア。

 

月の光の妖精、『静かなる月の光』ルナチャイルド。

 

三人集まれば困った光の妖精。彼女達は博麗神社の境内に棲む光の三妖精である。

 

その三人のうち、スターが『動く物の気配を探る程度の能力』を駆使しながら先頭を歩く。

 

外の世界では知覚系魔法の一種と分類されるであろう『能力』を“常時”使い続けながら。

 

魔法技術の一つである『息継ぎ』が上手いのではなく、途切れさせることなく持続して使い続けている。

 

にも関わらず、スターに疲労の色はまるで見えない。

 

それもそのはずだ。

 

スターは自然の具現である妖精。

 

人が使う『魔法』とは違い、妖精であるスターにとってすれば『能力』は“使えて当たり前”なのだ。

 

閑話休題。

 

スターのすぐ後ろにサニーが付いて歩き、やや遅れているルナが慌てて二人の後を追って駆け寄っていき……途中でコケる。

 

とはいえ、ルナが転ぶのは最早いつものこと。

 

転んだルナには目も呉れず、木陰に身を隠しながらスターは湖の畔を指差した。

 

「いたわ。ほら、あそこ」

 

「どれどれ」

 

スターの後ろからサニーも顔を出して、その方向に目を向ける。

 

スターの指差す先に、一人の人間が座っていた。

 

頭に日差し避けの編笠を被り、岸際の木の陰に腰を下ろして霧の湖に釣り糸を垂らしている。

 

漸く追いついたルナも含めて、三人は顔を見合わせた。

 

「どうするの?」

 

ルナの問いに、

 

「当然」

 

スターは頷き、

 

「やるしかないでしょ!」

 

あくどい笑みを見せるサニーに釣られて、二人も同様の笑みを浮かべる。

 

「それで、どんな悪戯仕掛けようか?」

 

「うーん、後ろから大声で驚かすっていうのは?」

 

「それじゃあインパクトが無いわね」

 

「スターの言う通り、折角だからもっと面白いことしよう!」

 

「む、そう言うんだったらサニー、何か名案でもあるの?」

 

ルナの問いに、サニーは胸を張って答えた。

 

「あの釣り糸を足に引っ掛けておいて、釣り糸を引っ張る!」

 

サニーの意図を理解して、スターはぽんっと膝を叩いた。

 

「それで釣れたと思ったあの人間が思いっきり釣り糸を引っ張れば、自分の釣り糸に引っかかって“すってんころりん”というわけね!」

 

「そう上手くいくかなぁ……」

 

自慢げなサニー、面白そうと顔を輝かせるスター、少し不安そうなルナ。

 

三者三様の反応が、三人の性格を明瞭に表していた。

 

「それじゃ、行くよルナ」

 

「わ、わかった」

 

そして、『光を屈折させる程度の能力』を持つサニーが三人の姿を隠し、『音を消す程度の能力』を持つルナが三人とその周囲から発せられる雑音を消し去った。

 

どんな場所であれ、周囲の光景を屈折投影しながら移動するサニー。

 

同じことを魔法でしようとするのなら、振動系魔法の非常に緻密な制御が必要不可欠だ。

 

おそらく同じことが出来る魔法師など世界的に見ても数える程しかいないだろう。

 

真空による遮音防壁とは違い、音波そのものを静めて無音に変えるルナ。

 

魔法ならば音波のみに特化した収束系魔法『極致拡散』、通称『拡散』に分類されるが、実際に『極散』を使用出来る魔法師もまた非常に少ない。

 

魔法的に見れば高難易度な現象も、サニーやルナからすればごく普通に使える程度の能力。

 

自然の中にあるあらゆる現象が、霊子(プシオン)を核に想子(サイオン)によって自我と形を得たもの、それが妖精だ。

 

故に核となった現象を自在に行使出来るのは当然と言えるだろう。

 

逆に言えばそれしか出来ないということなのだが……閑話休題(それはさておき)

 

かくして姿も音も隠した三人は、林から湖の方へと抜け出した。

 

ルナが足音も消し去っているにも関わらず抜き足、差し足、忍び足で釣り人の背後へと密かに忍び寄る三妖精に――。

 

釣り人もまた、ニヤリと笑った。

 

 

 

手で操作せずに、懐にしまってある汎用型CADを想子(サイオン)の糸で発動。

 

同時に竿を引っ張り、釣り針を湖から引っ張り上げる。

 

CADから移動系魔法の起動式を読み込み、釣り針に移動系魔法を展開。

 

釣り針は空中で軌道を変えて、釣り人の上を通り越して背後へと向かう。

 

三妖精のいる場所へと――。

 

 

 

「へ?」

 

釣り針が服に引っかかり、ルナが間の抜けた声をあげる。

 

そして釣り人が再び竿を前に振るうと、

 

「わあぁああ!!」

 

「ルナ!?」

 

ルナは竿の軌道そのままに引っ張られ、空中に弧を描きながら湖へと落ちる――直前でピタッと静止した。

 

「え、え、ちょっと!? 降ろしてー!」

 

釣り糸に吊るされた形となってジタバタしているルナと、それを呆然と見つめているサニーとスター。

 

妖精とはいえ竿と糸で吊ることが出来ているのは、今なお発動している“魔法”によるものだ。

 

そして、

 

「自分で縁を感じないようにしていても、用があれば話は別。わかってしまうのが結代。……驚かされるっていう点では不便なんだよねぇ」

 

そう呟いて、釣り人は被っていた編笠を外した。

 

露わになった素顔、そこに見知った顔を見つけてサニーとスターは「あ」と異口同音に声をあげた。

 

「「雅季さん」」

 

「よっ」

 

結代雅季は気軽な挨拶を二人に返した。

 

よくよく見れば服装は何時もの神官袴だ。

 

編笠を被っていて顔が見えなかったとはいえ、服装を見れば釣り人が誰だかわかっただろうに。

 

……まあ、そこが妖精らしいと言えばらしいのかもしれない。

 

「何しているんですか?」

 

「勿論、釣り」

 

サニーの問いに、雅季は軽く答えた。

 

「でも、この湖って何が釣れるんですか?」

 

「色々釣れるよ。さっきは人魚が釣れたし、今は妖精が釣れたな」

 

「確かにルナが釣れたわね」

 

「あとは少し前の話になるけど、凍った淡水魚(イトウ)が釣れたこともあったなぁ。あれは美味しかった」

 

最初は驚いたものだが、冷凍されていたので長持ちしたし味も良かった。

 

ちなみに冷凍は間違いなくチルノの仕業だろう。

 

「へぇ、ここって意外と何でも釣れるんですねー」

 

「釣竿もいいからねぇ」

 

雅季はそう言って釣竿を軽く掲げてみせる。

 

雲松(うんしょう)翁、人里の職漁師の爺さんが昔に使い込んでいたものだから、色々と“あらたか”な逸品さ」

 

雅季の使っている釣り道具一式は、全て人里に住む職漁師である雲松翁から譲り受けたものだ。

 

親から子へ。或いは先人から後人へ。

 

そうやって受け継がれ、長らく使われ続けている道具に宿るものがある。この幻想郷では尚更だ。

 

この釣竿も、まるでそれ自身に意思があるかのように“色々”と釣りやすい。

 

そう、“色々”と釣れるのだ。

 

たとえば魚以外にも今みたいに妖精とか、先程のように人魚とか、妖怪とか、道具とか。

 

釣竿として何か間違っている気がしないでもないが……きっと気のせいだろう。

 

そういうことにしておこう。

 

「今度釣り大会でもしようか、スター」

 

「いいわね。一番大きいのを釣った人が勝ちね」

 

「いやいや、戦いは数さ、二人共」

 

和気藹々と話し合う三人。

 

「というか降ろしてってばー!」

 

その向こうでは、釣られたままのルナが未だジタバタと手足を動かしていた。

 

 

 

「ああもう、酷い目にあった……」

 

無事に地面に降り立ったルナが安堵の息を吐く。

 

人魚も妖精もキャッチ・アンド・リリースがマナーである。

 

「よっと――」

 

雅季は改めて竿を振り下ろして釣り糸を湖に垂らすと、

 

「そういや、三人は何していたんだ?」

 

雑談がてらの気軽な口調で三人に問い掛けた。

 

それに対してサニーが口を開き、

 

「えっと……何していたんだっけ?」

 

ルナとスターをずるっとコケさせた。

 

「もう、暑いから湖に行こうって言い出したはサニーでしょ。……ついでに言えば、夜はまた今年も幽霊を捕まえようって話もしたけど、ちゃんと覚えている?」

 

ルナが呆れながら言うと、サニーは「ああ、そういえば」と手を打った。

 

「うん、そうだった。それで湖の近くまで来たら、スターが気配を察して――」

 

「後ろから俺を驚かそうって話になったのか、成る程」

 

悪戯好きな妖精らしいと納得顔の雅季に、三人は「あははは……」と少し乾いた笑いを溢す。

 

「そういや、さっき夜は幽霊を捕まえるって言っていたけど」

 

「あ、はい。そうです」

 

「それは風流だねぇ」

 

幽霊が幻想郷では珍しいものでは無くなってそれなりの月日が経った。

 

今では幽霊は妖精と同じく何処でも何時でもいる。夜になれば幽霊の姿を見かけることも出来る。

 

陽気な場所には陽気な幽霊が集まり、反対に陰気な場所には陰気な幽霊が集まっているし、また怪談話をしていれば自然と寄ってくる。

 

そして、幽霊を捕まえてその冷たさで夏の暑さを凌ごうとするのも、幻想郷らしい夏の風物詩と化している。

 

いくら魂魄妖夢が「幽霊をおもちゃにしないで下さい」と嘆きつつ注意して回ったところで、残念ながら聞く耳を持つ者はあまりいない。

 

霊夢然り、魔理沙然り。

 

「卒塔婆の準備は万端!」

 

「これで今年も涼しい夏が過ごせそうね」

 

「幽霊様々ね」

 

そして三妖精然りだ。

 

 

 

余談となるが、幽霊は人の精神に影響を与える。

 

数匹程度ならば問題ないが、幽霊が集まればその分だけ影響力が増す。

 

その影響を跳ね除けられるかどうかは、その者の精神、つまり心の強さによる。

 

故に心の弱い者が多くの幽霊に囲まれるのは危険だ。

 

ついでに言えば物理的にも冷たいので凍傷になる怖れもある。

 

その一方で、人の精神に影響を与えるという点を活かして、幽霊を使った性格矯正法も研究されていると、雅季は阿求から聞いたことがある。

 

利用方法としては自殺志願者を思い留まらせることから野菜嫌いの克服までと幅広く、それでいて“平穏”な用途ばかり。

 

そこは“畏れ”を知り、物資より精神の充実を求める幻想郷の住人ならではの方向性だ。

 

これが『外の世界』ならば、同様の研究が行われたとしても方向性は全く別のベクトルへと向くことだろう。

 

不安伝染という現象があるように、幽霊に至らないまでもその基となる精霊は確かに存在する。

 

不幸中の幸いなのは、外の世界では霊子(プシオン)の減少により“目に見える幽霊”は存在出来ず、人々も信じなくなったということか。

 

だがもし、畏れを忘れた人々が言葉通り“怖いもの知らず”な状態でその手の研究を進めたとなれば、手痛いしっぺ返しを食らうことになるだろう。

 

閑話休題。

 

 

 

幽霊談話に話を咲かせる三人に、雅季は口を挟んだ。

 

「涼しい夏夜もいいけれど――」

 

サニー、ルナ、スターの三人が再び雅季を見ると、雅季は不敵な笑みを浮かべて言った。

 

「どうせなら、とびっきり()()夜会に参加しない?」

 

 

 

 

 

 

 

時間は巡り巡って、その日の夜――。

 

人工の照明によって闇を駆逐した外の世界とは違い、幻想郷の夜は昔ながらの暗さを持つ。

 

大気は澄み渡り、地上は暗い。

 

だからこそ、夏は夜と謳われる。

 

地上を見れば水辺を飛び回る蛍の光。

 

空を見上げれば天の河から七夕伝説の織姫と彦星まで、正しく満天の星空が広がっているからだ。

 

そんな星空と、十五夜月を過ぎて暫くの居待月(いまちづき)程度に欠けた月の下――。

 

 

 

『紅魔館のメイド』こと十六夜咲夜は、台車を押しながら紅魔館のテラスに足を運び、テラスのテーブルで夜のティータイムを楽しんでいる二人に話しかけた。

 

「お嬢様、パチュリー様。紅茶のお代わりは如何なさいますか?」

 

「そうね、頂こうかしら」

 

まず答えたのはこの紅魔館の主にして咲夜の主、吸血鬼である『永遠に紅い幼き月』レミリア・スカーレットだ。

 

ちなみに「スカーレット・デビル」とも呼ばれているが、当然ながら「クリムゾン・プリンス」とは全くの無関係である。

 

「私も頂くわ」

 

レミリアのテーブルの向かいに座って読書中のもう一人、レミリアの友人で“種族”としての魔法使い、『動かない大図書館』パチュリー・ノーレッジも、本に視線を落としたまま顔を上げずに答える。

 

「かしこまりました」

 

咲夜はテーブルの上に置かれた二人のカップを片付けると、新しいカップにティーポットで紅茶を注ぐ。

 

ちなみに紅茶はアイスティーだ。

 

そうして紅茶を二人の前に置いた後、咲夜は口を開いた。

 

「そう言えば、そろそろ始まる時間ですが、お二人はご参加されないのですか?」

 

「ん? ああ、雅季のね」

 

一瞬、レミリアは何のことかわからなかったが、黄昏時に遊びに来た雅季の言っていたことだとすぐに思い至った。

 

「咲夜、私があんな低俗で野蛮な催し物に参加すると思う?」

 

「私も当然パス。激しいのは苦手だから」

 

レミリアはさも心外だと言った口調で問い返し、パチュリーは相変わらず本に視線を向けたまま告げる。

 

「お二人ならそう言うと思っていました」

 

尤も、咲夜からしても二人の不参加は予想通りだったので、やはり出掛ける準備はしなくて良さそうだと思った。

 

「本物の音楽とはノーヴルでエレガントなものよ」

 

レミリアは音を立てずにカップを持つと、新たに注がれたアイスティーを口に含む。

 

幼い外見とは裏腹に、紅茶を嗜む様には確かな気品さが備わっていた。

 

「……そうね」

 

ふと、レミリアは何かを思いついたらしく、カップを置くと咲夜に命令した。

 

「咲夜、プリズムリバー楽団を連れてきなさい。今夜は演奏会を開くわ」

 

「かしこまりました、お嬢様」

 

レミリアの突然の命令も何時ものこと。

 

咲夜は一礼すると、次の瞬間には忽然と姿を消していた。

 

瀟洒なメイド、十六夜咲夜お得意のタネも仕掛けも無い手品だ。

 

……せっかくの夜天だ、「『時間を操る程度の能力』で時を止めて移動しただけでは?」という野暮な突っ込みは無しである。

 

今頃は同じく湖の畔にある廃洋館の前に突然現れてプリズムリバー三姉妹を驚かせているかもしれない。

 

「フフ、今宵の紅魔館に流れるは悪魔が催す調べ。本当の音楽というものよ」

 

居待月を見上げながら独語するレミリアに、パチュリーが口を挟んだ。

 

「悪魔みたいな曲調なら、“あっち”の方がそれらしいけど?」

 

「わかっていないわね、パチェ。あれは音楽じゃなくてただの叫びよ」

 

「今ではあれが悪魔の音楽と呼ばれているのよ」

 

外の世界では、ミュージシャンでタレント且つジャーナリストで相撲評論家な十万年を生きたという悪魔も歌ったとか何とか。

 

それを聞いたレミリアはわざとらしく嘆息した。

 

「昨今の悪魔の嗜好も堕ちたものね」

 

「でも、音楽の魔力が未だ大きいものであるのは変わらないわ」

 

音楽に宿る魔力は現代であっても侮れない。

 

西洋でも神を讃え悪魔を退ける聖歌隊の斉唱があり、この国でも神前に捧げる神楽があるように、古来より幻想を語るには音楽があった。

 

近代以降に入っても尚、たとえばクロスロード伝説に見られるように音楽は魔力を、幻想を保ち続けている。

 

「強い魔力を持った者達なら、横断歩道ですら“聖地”にできるらしいから」

 

「横断歩道って何かしら?」

 

「道を横切るための道ね」

 

「道を横切るのにどうして道が必要なのよ?」

 

「それが外の世界の法則だから。話を戻すけど、以前の雅季達の行動も、音楽の魔力を高めるための傍迷惑な儀式の一つ」

 

パチュリーの言葉にレミリアはあの時の事を思い出し、僅かに眉を顰めた。

 

十五夜に魔理沙から盗んだ箒に乗って紅魔館の窓ガラスを割って回った雅季、ミスティア、響子の三人。

 

襲撃者に対して咲夜とレミリア、更に何故かデッキブラシに乗って追いかけてきた魔理沙を含めた三人との、三対三の弾幕勝負。

 

ミスティアと響子が瞬く間に撃墜したため、戦況は三対一に。

 

更に面白そうだからと、しかも勝ち馬に乗るためにレミリア側で参戦してくるという悪魔の所業を見せた『悪魔の妹』フランドール・スカーレット。

 

レミリア、フラン、魔理沙、咲夜の四人を同時に相手取るという絶体絶命で自業自得な窮地に陥った雅季。

 

そんな雅季を救ったのは、全員分の流れ弾が美鈴に命中したことで生まれた居た堪れない空気だった。

 

ちなみに、あの後に雅季は、

 

「『鳥獣伎楽』が伝説になれば、紅魔館は“聖地”になって大きな魔力が得られる……かも?」

 

と言い訳をしていたが疑問形な時点でもうダメであり、悪魔の館を聖地にしてどうするのかとか、そもそもあの面子で伝説になるとかダメ出しには事欠かさない。

 

十中八九、深く考えずにその場のノリで行動したに違いない。何せそれこそが音楽の魔力に宿るものなのだから。

 

閑話休題。

 

「それで、まさかパチェは“あいつ等”が魔力を集めて何か異変でも企んでいるとでも言うのかしら?」

 

レミリアが呆れの混ざった問いを投げかけると、パチュリーは淡々と返した。

 

「それこそまさかね。今のはただの薀蓄よ」

 

「要らない知識は無駄知識と言うのよ」

 

そんなやり取りを交わした後、

 

「異変と言えば――」

 

ふと思い出したようにパチュリーは言った。

 

「魔理沙が言っていたけれど、最近は妙な妖怪を見かけるそうよ」

 

「妙な妖怪?」

 

「獣みたいな奴で、言葉も通じなくて、それで人間を見つけたら問答無用で襲いかかってくる」

 

「随分とつまらない妖怪ね、それは」

 

興味無さげに聞いていたレミリアだったが、

 

「スペルカードルールも知らないらしいから、おそらく外の妖怪ね」

 

 

 

「――へぇ」

 

外の妖怪という言葉に、一転して興味を惹かれたようにレミリアは口元を歪めた。

 

 

 

「どうかしたの?」

 

「今、何かしらの運命を感じてね」

 

怪訝な視線を向けてきたパチュリーに、レミリアは面白がるような声で答える。

 

レミリア・スカーレットは『運命を操る程度の能力』を持つ。

 

今、レミリアは確かに何らかの運命を感じた。

 

それはレミリア自身にまつわるものか、それとも幻想郷にまつわるものか。

 

「何処かの誰かが、異変でも企んでいるのかしらね」

 

いずれにしろ、そう遠くないうちに何かが起きることだろう。

 

それがレミリアの垣間見た運命なのだから。

 

レミリアはテラスから外を、正確には空を見上げる。

 

空一面に輝く星の中に浮かぶ月。

 

十五夜を過ぎて右側が欠けている居待月は、これから更に欠けていきやがては新月へと至る。

 

そして再び三日月となり、十五夜へと至る。

 

吸血鬼にとって、良い夜と称することが出来る満月へと。

 

「フフ、久々に大きな異変でも起こそうか」

 

「……異変もいいけれど」

 

パチュリーが顔を正門の方へ向けた。

 

レミリアもつられてそちらを見ると、正門のところに五人の姿があった。

 

「ご苦労さま、美鈴。彼女達は今夜のゲストよ」

 

「お疲れ様です、咲夜さん。わかりました」

 

その内の二人は咲夜と、紅魔館の門番である『華人小娘』紅美鈴。

 

残るはレミリアが呼ぶように命じて咲夜が連れてきた三人だ。

 

「紅魔館での演奏は久しぶりだわ」

 

『騒霊ヴァイオリニスト』ルナサ・プリズムリバー。

 

「あ、そう言えばそうかも。なら楽しみねー」

 

『騒霊トランペッター』メルラン・プリズムリバー。

 

「今夜は久々に紅い音を奏でるよー」

 

『騒霊キーボーディスト』リリカ・プリズムリバー。

 

騒幽の三姉妹によって結成されるプリズムリバー楽団である。

 

命じてから然程時間は経っていないが、相変わらず咲夜は仕事が早い。

 

実質掛かった時間はあの三姉妹が紅魔館に来るまでの時間だろう。

 

「ええ、まずは演奏会ね。行きましょう、パチェ」

 

美鈴と話をしていた咲夜が三姉妹を連れて正門を潜るのを見届けて、レミリアはパチュリーと共にテラスから館内へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

同時刻――。

 

「おー!」

 

「わぁ、凄い人だかり。みんな人じゃないけど」

 

「結構集まっているのね、楽しみ」

 

夜の幽霊狩りを取り止め、雅季の誘いに乗ってサニー達がそこを訪れた時には、既に妖精や妖怪、幽霊など多くの人外が集まっていた。

 

ここは人里と博麗神社の間。今宵行われる祭典の会場。

 

たくさんの人外が集う中、その中心にいるのは四人。

 

「今夜も来たぜー!」

 

テクニックは平凡、でもノリの良さなら自称随一な困ったギタリスト、結代雅季。

 

「こんばんはー!! 今夜も来たわー!!」

 

挨拶は心のオアシス、今夜も大声で不満を叫ぶ騒音苦情な山彦ボーカル、『読経するヤマビコ』幽谷響子(かそだにきょうこ)

 

「夜が降りてくる~♪ 黄昏過ぎて~降りてくる~♪」

 

見た目は夜雀ではないけれどやっぱり夜雀、ソロでも若者に人気なもう一人のギタリスト、『夜雀の妖怪』ミスティア・ローレライ。

 

幻想郷のパンクロックバンド『鳥獣伎楽』の三人である。

 

そう、今夜は『鳥獣伎楽』の恒例ゲリラライヴの日だ。

 

普段なら雅季、ミスティア、響子の三人のみだが、今夜は更にもう一人いた。

 

「そして今宵の特別ゲスト――」

 

雅季が振り返ると、視線を受けた相手が前に出る。

 

すると自己紹介替わりか、リズムに乗った打音が周囲に響き渡る。

 

ある異変以降に雅季が見つけた『鳥獣伎楽』の大物新人候補にしてドラマー候補。

 

「太鼓の達人、堀川雷鼓(ほりかわらいこ)ぉ!」

 

『何でもリズムに乗らせる程度の能力』を持つ付喪神、『夢幻のパーカッショニスト』堀川雷鼓だ。

 

「今夜は呼んでもらって感謝するよ。――さあ、ド派手なビートを刻み込め!!」

 

太鼓を叩くに頭脳は要らぬ、猿人時代の魂を呼び覚ませ!

 

そう言わんばかりに雷鼓は派手に且つリズムに乗せて太鼓(ドラム)を叩く。

 

「刻み込めー!!」

 

水鶏(クナイ)は叩け~♪ 太鼓(ドラム)は刻め~♪ 今宵は叫べ~♪」

 

雷鼓の演奏に場のボルテージは急上昇、夏の夜を更なる熱気が包み込む。

 

「さあ――唄え!」

 

それを合図にパンクでロックな、だけど実はファンタジーなライヴが始まった。

 

「ぎゃーてーぎゃーてー!!」

 

音程無視でとにかく声を張り上げて叫ぶ響子。

 

「はらそーぎゃーてー!!」

 

雅季もミスティアも我武者羅にギターを弾きまくる。

 

曲調は二の次、爆音こそ全てと、とにかく弾きまくる。

 

だが今夜はそれ等全てに合わせる形で雷鼓がリズムを作っているため、いつもより音楽性が増していた。

 

これこそ雅季が雷鼓にスカウト攻勢を仕掛ける所以である。

 

「ぜーむーとーどーしゅー!!」

 

三妖精も思い思いにライヴを堪能する。

 

「坐禅すると足が痺れるー!!」

 

「「「痺れるー!!」」」

 

サニーは最前列に位置取って全力で騒ぎ。

 

「庭掃除はめんどうだー!!」

 

「むきゅ~」

 

ルナは真ん中あたりで人混みに掻き回されて目を回し。

 

「六波羅蜜なんて叩き壊せー!!」

 

スターはちゃっかり後方に避難して自分のペースで楽しむ。

 

更に曲の途中でヒートアップした雅季が弾幕を空に放つ。

 

たまに空中にいる観客、妖怪とか妖精とか幽霊に弾幕が当たったりするが、そこはパンクロックライヴ。

 

よくある不慮の事故だろう、多分。

 

雅季、響子、ミスティアら『鳥獣伎楽』、雷鼓、そして三妖精ら観客達。

 

誰もが騒ぎ叫び踊る、そんな楽しい狂騒宴。

 

一際大きくなる爆音に大歓声。

 

雷鼓のビートによってより盛り上がりが増したライヴは、程なくして最高潮を迎えた。

 

 

 

それは言い換えれば、いつも以上に騒音が増しているということであり……。

 

 

 

 

 

 

 

「ああもう!!」

 

同じ頃、ライヴ会場から然程遠くない博麗神社から、怒りの声と共に紅白の巫女が飛び出した。

 

「一匹残らず退治してあげるわ!!」

 

深夜の爆音に安眠を妨害されてブチ切れた霊夢が、完全装備で襲来するまで、あと少し――。

 

 

 

 

 

ちなみに翌日の早朝、

 

「離れが効かないって、やっぱり反則だろ……」

 

ボロボロになった状態で何とか結代神社に帰ってきた雅季は、そのまま境内に力尽きて倒れたとか。

 

 

 

幻想郷は退屈(へいおん)で騒がしく、未だ安寧の中にあった――。

 

 

 

 

 

 

 

「玉姫様、雅季さんが()()表で倒れていましたけど?」

 

「いつも通り、掃除や参拝の邪魔になるようだったらついでに片付けておいて」

 

「わかりました」

 

「全く、困った今代の結代だこと」

 




前話の敗因:酔っ払っていたから。
今話の敗因:霊夢だから。

色々とネタを仕込んだ話でした(笑)

幽霊による性格矯正は「幻想郷縁起」(東方求聞史紀)に記載された内容です。
ところで、魔法科の原作では似たような事例が発生したようですが――(ニヤリ)

レミリアの感じた運命(えにし)は、果たして何処の誰に辿り着くのでしょうね。

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