魔法科高校の幻想紡義 -旧-   作:空之風

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東方と魔法科の本格的なクロス戦闘、かなり大変でした(汗)
しかも全く別種の戦闘が四つもあるとか、我ながら()()(チャ)したものです(苦)

戦闘描写としては、やはり東方勢が強すぎるかな。魔法科は理論あっての描写だからバランスが難しい。
作中の妖怪、鬼、幽霊、亡霊の解釈は幻想郷縁起(東方求聞史記)を参考にしています。
戦闘についてはゲーム(特に萃夢想と非想天)や書籍が参考です。

ちなみに本作における弾幕の本質について一言だけ。
――想いは力を持つ、ただそれだけです。

追伸。
最近、少し見ないうちに魔法科の二次創作が増えてビックリした。
アニメ化効果だろうか。アニメ版だと森崎の顔が変わっていましたけど(笑)



第46話 ネクロファンタズム

妖怪は様々な恐れの顕れ。

 

本体を霊子(プシオン)に持ち、想子(サイオン)によって姿形を持つ存在。

 

本質が人とは異なるがため、基本的に人とは相容れない。

 

人よりも永い時を生き、身体能力は遥かに高く、肉体的な傷はすぐ治る。

 

それは人とは違い、想子(サイオン)は形を構成するための器でしかないためだ。

 

反面、本質である霊子(プシオン)への攻撃、即ち精神的な攻撃や伝承に縛られた攻撃、謂われのある武器こそが弱点となる。

 

だが、それ以外で妖怪に、特に強い妖力を持った大妖怪に人が太刀打ちするのは至難の業である。

 

 

 

空から降り注ぐ光弾の弾幕。

 

速度は充分に目視できる程度だが、広範囲且つ密度をもって放たれた弾幕は、十七号を弾幕の外に逃げ出すことを許さない。

 

故に十七号は活路を弾幕の中に見出すしかなく、自己加速を駆使して弾幕の中へ飛び込んだ。

 

慣性力の中和による急加速と急停止で次々と光弾を躱していく十七号。

 

その様子を、幽香は畳んだ日傘の先端を十七号に向けながら笑みを浮かべて見つめる。

 

まるでよく避けるわね、と言わんばかりに。

 

次第に弾幕に押されるかたちで、十七号は後ろへと下がっていく。

 

だが幽香からの距離が離れては命令が遂行できない。

 

十七号は再び前へと進み、空中に浮いている幽香へ視線を向ける。

 

空を覆う弾幕に、幽香まで続く僅かばかりの空白があった。

 

それを見つけた瞬間、十七号は『跳躍』の魔法で跳び上がった。

 

幽香の下へ一直線に、高速で向かっていく十七号。

 

対して幽香は何の反応も示さず、ただ十七号を見据えている。

 

そして、十七号は腕を振り上げ。

 

死角の横から飛来した弾幕が、十七号を叩き落とした。

 

強い衝撃と共に墜落する十七号。

 

その光弾は、予想に反して“質量のようなもの”を持っていた。

 

雅季がモノリス・コードで放った演出用の弾幕とは違う、攻撃性を持った弾幕だ。

 

一発だけでなく何発も弾幕を浴びたことで、体勢を整えることも出来ずに十七号は地面に落ちる。

 

そして同時に、力を失って地面に落ちた“それ”を見て、十七号は光弾の正体を知った。

 

光弾の中から現れたもの、それは向日葵の花びらだった。

 

そう、これは幻想的に輝き、だが一発一発がダメージを与えるには充分過ぎるほど重い、『花を操る程度の能力』が繰り出す花の弾幕。

 

だが十七号がそれを知る由もない。

 

どうして花弁で弾幕を形成しているのか、どうやって花弁が弾幕になるのか。

 

加重系魔法を付加するにしても花弁では不合理だ。

 

振動系魔法で花弁を光らせる意味がわからない。

 

移動系・加速系魔法で制御するには弾の数が多すぎる。

 

ジェネレーターの知識の中に、その答えは無かった。

 

倒れた十七号の周囲に、残った弾幕が容赦なく襲いかかる。

 

地面に着弾する弾幕、その内の幾つかが十七号に命中した。

 

着弾によって舞い上がった土埃を、幽香は冷たい眼差しで見つめている。

 

その幽香が見ている前で、十七号はゆっくりと立ち上がった。

 

着ている服は所々破け、左腕に至っては肘から先が力なく垂れ下がっている。

 

見紛うことなく、十七号の左腕の骨が折れていた。

 

だが十七号は痛がる様子も全く見せず、無表情のまま幽香を見返している。

 

「全く、本当に詰まらない奴ね」

 

幽香が呆れと嫌悪、侮蔑が入り混じった口調で言い放つのとほぼ同時に、十七号は跳び上がって幽香に襲いかかる。

 

そして先程の繰り返し。

 

再び幽香から放たれる弾幕。

 

空を飛ぶ魔法を持たない十七号は空中で叩き落とされ、地面に激突する。

 

それでも、やはりというべきか予想通りというべきか、十七号は立ち上がった。

 

頭や口元から流れ出る血を気にも留めず、ただ無機質な殺害行動のみを幽香に向けるのみ。

 

「しがない巫女だって、当たったら一回休むわよ」

 

今度は、嫌悪と侮蔑しかなかった。

 

全てが無感情の“人間”など、恐れを糧とする妖怪にとって一番嫌うタイプだ。

 

不思議な現象も、明らかに自分より強い力を見ても、“これ”は何とも思わない。

 

妖怪としてこれほどつまらないものは無いだろう。

 

心を宿した道具、付喪神だって感情は持ち合わせているというのに。

 

「貴方は死んだら休み、というわけね」

 

そういえば、いつの間にかあの胡散臭い妖怪の姿が消えている。

 

まあ、どうでもいいことだ。

 

“あれ”が何の目的で“これ”を送ってきたか知らないが、暑中見舞いと称して送られた以上、幽香の好きにして構わないはずだ。

 

だから、幽香はにこやかな笑顔を浮かべて地面に降り立ち、

 

「いいわ、久々に本気で動いてあげる」

 

気に食わない“これ”を本気で叩き潰すことを決めた。

 

 

 

風見幽香は妖力を開放した。

 

 

 

太陽の畑の入り口周辺を、想子(サイオン)霊子(プシオン)の複合波動が覆う。

 

幽香から放たれる妖力の根源は“恐れ”。

 

恐れる心が妖怪を生み出す、それが妖怪の本質だ。

 

外の世界の人々が否定し忘却した、人ならざるモノへの恐怖。

 

それがジェネレーター十七号の壊された心の中、微かに残っていた部分を突き動かす。

 

「あら、ちゃんと怖がるんじゃない」

 

それを見て幽香は上機嫌に言った。

 

製作者から言わせれば有り得ないことに、十七号は幽香から二歩も後退りしていた。

 

その十七号が動くより早く、ここに来て初めて幽香が先手を取る。

 

自己加速魔法ではない、妖怪としての純粋な身体能力で一気に間合いを詰める。

 

迫ってくる幽香に対し、十七号は鉤爪のような右手を振り下ろす。

 

振り下ろした右腕は、幽香が下から掬い上げるように振るった日傘によって強引に弾かれた。

 

常人の肉体を容易く切り裂くはずの鉤爪は、日傘を折ることも出来なかった。

 

外観上は何の変哲もない日傘はその実、幽香の妖力によって守られた、幻想郷で唯一枯れない花だ。

 

幽香以上の干渉力が無ければ、へし折るどころか傷つけることも不可能だろう。

 

ちなみに香霖堂の店主および幻想郷縁起の調べによれば、日差しも雨も紫外線も弾幕も防げるとか。

 

右腕は弾かれ、左腕は動かせず、十七号は無防備な姿を幽香の前に晒す。

 

幽香は日傘を切り返し、隙だらけの脇腹に叩きつけた。

 

少女の体格からは想像も出来ない、あまりにも重すぎる一撃は、身体を強化されている十七号の肋骨を粉砕してその身体を吹き飛ばす。

 

更に吹き飛んだ十七号に向かって幽香は自ら飛び出した。

 

その幽香の姿を、吹き飛ばされた体勢のまま、十七号はじろりと目を動かして見る。

 

痛覚を遮断されている十七号に骨折の激痛など届かない。

 

十七号は痛みを無視して、追撃してくる幽香に向かって無茶な体勢から再び右腕を振りかざし。

 

 

 

幽香はにっこりと笑って、肉薄する前に十七号に向かって弾幕を撃った。

 

 

 

十七号が振り下ろそうとした右腕は花弁の弾によってあらぬ方向へと折り曲がり。

 

更に弾幕が全身を襲い打ちのめし、そこへ幽香の日傘が横薙ぎに十七号の頭部を強打した。

 

勢いよく地面を転がる十七号。

 

勢いが収まり漸く止まったとしても、今度は立つことは出来なかった。

 

両腕や肋骨を含め全身の至るところの骨は折れ、口や鼻、頭部からの流血は酷くなるばかり。

 

挙句、今の幽香の一撃が脊髄を損傷させ、脳からの信号は手足にまで届かない。

 

事実上、十七号は首から下を動かすことはもはや不可能だった。

 

故に、ここにいない使用者に向かって十七号は報告する。

 

「命、令実行……困難、デス……」

 

「――まあ、そうでしょうね」

 

返答は無頭竜の使用者ではなく、幽香のものだった。

 

十七号は首を動かして空を見る。

 

中天に昇ろうとする太陽の下、日傘を広げた幽香が空から十七号を見下ろしていた。

 

「思ったより脆かったわね、貴方。これ以上は退屈そうだから、もう終わりにしましょう」

 

幽香はカードを取り出す。

 

スペルカード。それは幻想郷独自の決闘方法であり、言わば相手に技や術を繰り出す宣言だ。

 

ルールに則っていない戦いにも関わらず、幽香がスペルを宣言する理由はただ一つ。

 

スペルカードの理念、美しさと思念に勝る物は無いと、幽香自身もそう考えているがため。

 

――つまり、目の前にいる美しさも思念も持っていない相手に対する当て付けだ。

 

「幻想『花鳥風月、嘯風弄月』」

 

溢れ出す想子(サイオン)、そして霊子(プシオン)

 

 

 

十七号が最期に見たものは、空一面に広がって降り注ぐ美しい弾幕だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鬼とは強き者の代名詞。

 

古来より人を攫い、人に退治される、人ならざる者。

 

霊子(プシオン)が主体であり、想子(サイオン)が器なのは妖怪と同じ。

 

だが存在を形成する霊子(プシオン)の強さも想子(サイオン)の強さも、並の妖怪を凌駕して有り余る。

 

況してや人とでは比べものにすらならない、歴然とした力の差がそこにはある。

 

だからこそ、鬼退治を成した者は須らく語り継がれるのだ。

 

 

 

岩石が飛来し、十六号は拳で迎撃する。

 

普通ならば逆に拳が骨ごと砕けそうなものだが、十六号は『魔法発生装置(ジェネレーター)』だ。

 

マーシャル・マジック・アーツの基本技術である接触魔法が付与された拳は、萃香が小石と砂を()めて作った岩を粉砕した。

 

「お、やるねぇ。ならどんどん行こうか」

 

酔いのせいかふらふらと頭を揺らしつつ、楽しげに萃香が振り回す右腕に小石や砂が萃まっていく。

 

収束系魔法、十六号はそう認識していた。

 

目の前の現象は超能力もしくは魔法無しでは有り得ない。

 

そして魔法ならば、対象物の密度を操作する収束系魔法に分類される事象改変だ。

 

たとえCADを用いた様子も無いのに瞬く間に岩を作り出した萃香を見ても、十六号は目の前の情報から認識を覆すことは無かった。

 

萃香が岩を投げ付けると同時に、十六号は疾駆して前に出る。

 

足を止めずに拳を繰り出して岩石を破壊し、更に前へと、萃香の下へと飛び出した。

 

人体の急所である側頭部(テンプル)を目掛けて、十六号は手刀を振るう。

 

相手が小柄な体格であるために斜め下に振り下ろす形となった手刀を、萃香はふらりと頭を後ろに動かして避けた。

 

十六号は避けられた反動を生かし、身体を回転させて回し蹴りを繰り出す。

 

だが振り向いた十六号の視界に萃香はおらず、放った回し蹴りは空を切った。

 

消えた萃香を探すために十六号は周囲に視線を走らせ……気配を感じてすぐ真下に目を向ける。

 

十六号が見下ろす先で、萃香は十六号の足元に肘を付いて寝そべっていた。

 

「……」

 

足元で寝ている萃香に、十六号は何の感慨も抱かず、無表情のまま足を上げる。

 

踏み潰さんと落とされた足を、萃香は転がって避ける。

 

酔っ払いさながら、というより酔っ払いそのものの動きだ。或いは酔拳だろうか。

 

起き上がった萃香に、十六号は踏み込んで左手の掌打を放った。

 

掌に展開されている魔法式は移動系魔法『エクスプローラー』。

 

打撃だけではなく、加速工程を無視した移動系魔法で更にダメージを与える二段構えの攻撃だ。

 

対する萃香は、どうしてか今までのように避ける素振りを見せない。

 

そして、萃香は迫り来る掌打の前に、手をかざした。

 

十六号の掌打は、片手で容易く受け止められた。

 

接触と同時に発動する『エクスプローラー』。

 

萃香は自身を吹き飛ばそうとする術式が働いたことを察して、不敵な笑みを浮かべて全身に力を入れる。

 

エイドスの改変に従って指定座標まで対象を動かそうとする魔法。

 

 

 

だが、萃香の身体は一歩たりともその場から動かなかった。

 

 

 

対抗魔法ではなく、相対位置を固定する硬化魔法でもなく。

 

萃香は単純明快な力のみで、十六号の干渉力を上回り魔法を不発に終わらせた。

 

あまりにも強引で力任せで、常識外れな魔法の破り方。

 

「鬼相手に“本気”で肉弾戦を挑むとは、物凄い蛮勇だ」

 

驚きと呆れが混ざった口調で萃香が言う。

 

そう、十六号が相手にしているのは人ではなく、鬼。

 

御伽話に登場する幻想の住人、本物の鬼だ。

 

萃香は受け止めた十六号の左手首を掴む。

 

掴まれた左手はあまりの怪力の前に全く動かせない。

 

左手は使用不可と判断した十六号は、右手を握り締めて拳を振り下ろす。

 

正しく岩をも砕いた拳だ、当たれば無事では済まない。

 

だというのに、拳に対する萃香の返答は、同じく拳だった。

 

必然として両者の拳がぶつかり合い、そして。

 

 

 

岩をも砕いた拳は、萃香の繰り出した小さな拳の前に砕けた。

 

 

 

十六号の拳には威力を増幅させる加重系統の接触魔法が展開されており、その威力は岩砕きで実証済みだ。

 

対して萃香の拳には何の魔法も無かった、少なくとも十六号には感知できなかった。

 

その上で力負けしたのは十六号の拳。

 

十六号の右拳は骨が砕かれ肉が裂け、血が噴出して地面に滴り落ちる。

 

砕けた右手を、十六号は無表情に観察する。

 

そこに萃香が掴んでいた左手を離し、十六号に向けてもう一度拳を放った。

 

体格差によるアッパーのような拳が十六号の腹部に迫る。

 

十六号は冷静に、いや機械的に決められた動作のように、腹部に『反射障壁(リフレクター)』の魔法を展開する。

 

その『反射障壁(リフレクター)』は、萃香の拳の前に容易く打ち破られ、十六号の腹部に萃香の拳が届いた。

 

凄まじいまでの鈍重な衝撃が十六号の身体をくの字に折り曲げた。

 

殴り飛ばされ、弧を描いて地面に転がる十六号。

 

またしても魔法を感知出来なかった。だというのに十六号の魔法は破られ、更にこの威力。

 

そして、起き上がった十六号に向かって、萃香は鬼火を投げ付ける。

 

古式魔法の幻術『鬼火』ではない。

 

正真正銘、鬼の火だ。

 

横へと跳んで十六号は鬼火を躱し、躱された鬼火は地面に着弾すると弾けた。

 

この鬼火もまた、十六号の知識には無い現象だ。

 

「やっぱり、お前からは何も感じないね。酔いも醒めそうだ」

 

鬼と人の力比べ。本来なら気分が高揚するはずなのに。

 

ジェネレーターが相手だと、逆に醒めていく。

 

伊吹瓢という名の、無限に酒の出る瓢箪に口をつけて酒を一気飲みする。

 

一度に出る規定量まで全て飲み干して、萃香は十六号に視線を向けた。

 

「――だからせめて最後ぐらい、鬼の前に屈するといい」

 

その言葉と同時に、萃香に膨大な妖力が萃まった。

 

想子(サイオン)霊子(プシオン)が萃香の下へと集まっていくのを十六号は感知する。

 

その現象も、十六号には理解できない。

 

況してや霊子(プシオン)など解明すらされていないというのに。

 

萃香の『疎と密を操る程度の能力』によって集まった妖力、つまり想子(サイオン)霊子(プシオン)に呼応するように。

 

――鬼符『ミッシングパワー』。

 

萃香の身体が巨大化した。

 

「解析、不能デス」

 

それは以前の命令が白紙(フォーマット)化されずに残っていたものか。

 

それとも、十六号の心の残骸が発した言葉か。

 

巨大化した萃香が腕を振り上げるのを見上げながら、十六号は呟き。

 

 

 

次の瞬間、巨大化した萃香の兇悪な一撃が、十六号を地底の彼方まで殴り飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幽霊とは生物、無機物問わず全てに宿る気質の具現。

 

見たもの、聞いたもの、触れたもの、味わったものを思考に変えるもの。

 

そう、幽霊の正体とは霊子(プシオン)でありながら、同時に想子(サイオン)そのもの。

 

魔法の得手不得手、更には本人の方向性も定めている源流。

 

幽霊とは、豊富に漂う霊子(プシオン)によって具現化された想子(サイオン)情報体のことである。

 

一方で、亡霊とは幽霊と似て全く異なるもの。

 

人は他の動植物よりも想念を強く持つ。

 

亡霊とは死を経験し、肉体を失った死者の強い想念によって生まれる精神体。

 

妖怪以上に霊子(プシオン)に依存する、霊子(プシオン)情報体だ。

 

その声だけで人の精神に影響し、死者であるが故に傍にいるだけで人を死へと誘う。

 

人の姿をしているが、それは本当に上辺だけ。

 

表面上を想子(サイオン)で形作っているだけで、肉体は存在しない。

 

故に、亡霊は怪我をしない。

 

ただ在るか、成仏して輪廻転生の輪に帰っていくか、その二つに一つのみ。

 

 

 

ふわふわと漂うように、だが指向性を持った“それら”が十五号へと向かう。

 

古式魔法の術者が駆使する幻術に似た“それ”は、だが幻ではなく幽霊。

 

幽々子の操る死者の幽霊達だ。

 

周囲から囲うように向かってくる幽霊に対し、十五号は質量体の通過を防ぐ移動系障壁魔法を展開する。

 

気体以上の質量の侵入を防ぐ魔法の障壁は、十五号の干渉力ならば対魔法師用のハイパワーライフルは無理でも自動小銃の銃弾程度は容易く止められただろう。

 

だが、元よりサイオンとは非物質粒子。

 

そもそも質量を持たない幽霊の前には意味を成さなかった。

 

魔法障壁をすり抜け、幽霊の群れが十五号に殺到する。

 

幽霊に触れられた瞬間、十五号は冷たさと苦痛を同時に認識した。

 

幽霊と接触した箇所は、服をすり抜けて皮膚に凍傷を負わせ、また死者の幽霊が精神力を削っていく。

 

通常の人間が相手ならば、凍傷の痛みに顔を顰め、精神の摩耗に疲労を覚えるだろう。

 

だが、痛覚を遮断し、心を壊されているジェネレーターにはその何れも通じない。

 

事実、十五号は何匹もの幽霊の直撃を受けながらも、通常通りの動作で汎用型CADを操作した。

 

起動式を読み取り、魔法式によってエイドスの情報を改変する。

 

「あら?」

 

浮遊する幽々子が呆けた声を上げた瞬間、幽々子は意図せずその場から動かされた。

 

幽々子自身を対象にした加速系統単一魔法。

 

発動した魔法に従って、幽々子の身体に急激な動きが加えられる。

 

急加速で数メートルほど動かされ、急停止で幽々子の身体は止まる。

 

そして、ただ動いただけで終わった。

 

こちらも通常の人間ならば、急激な加速が肉体にダメージを与えただろう。

 

だが肉体のない幽々子には、ただ動かされただけに過ぎない。

 

「?」

 

本気で首を傾げる幽々子に、十五号は再び魔法を行使する。

 

加重系統の領域魔法。重力を倍増させ、宙に浮かぶ幽々子を地面に引き摺り落とすための魔法式。

 

モノリス・コードで吉祥寺が使用したものと同じ魔法だ。

 

魔法が発動した。

 

幽々子は変わらず浮いていた。

 

幽々子自身も傍を漂う幽霊も、地面に落ちる様子は無い。そもそも魔法が効いている様子すら見受けられない。

 

魔法が失敗したわけではない、対象が対抗魔法を行使したわけでもない。

 

ただ自然体そのままに、そこにいるだけだ。

 

「ご存知無かったかしら? 亡霊は浮くのです」

 

扇子を口元に当て微笑む幽々子。

 

その扇子を一凪ぎすると、どこからか現れた幽霊達が十五号に向かう。

 

障壁魔法は無効と認識している十五号は後ろに跳んで幽霊を躱し、圧縮した空気を幽々子に放つ。

 

とはいえ、弾幕遊びが流行する幻想郷では単発の空気弾などひらりと躱されてしまう。

 

だが幽霊の弾幕が効果ないのは十五号も同じ。

 

空から弾幕を放つ幽々子と、魔法を駆使して攻撃する十五号。

 

両者の戦闘は奇しくも弾幕戦に似ていた。

 

幽霊の弾幕を避け、時に被弾しながらも動き続け、左手の汎用型CADを操作して鎌鼬や空気弾を放つ十五号。

 

「心を済ませ、何も考えずに自由に生きる。私は死んでいますけど」

 

そんな十五号の耳に、幽々子の声が届く。

 

「貴方は近いけれど、少し異なるわね。――だって、既に心が()()()()死んでいますもの」

 

蝶が、舞う。

 

幽霊を避け続ける十五号の視界に、蝶が映る。

 

蝶の方へ視線を向けた十五号は、何かに気付いて空を見上げる。

 

 

 

視線の先に浮いている亡霊姫。

 

西行寺幽々子の背後に、大きな扇子が広がっていた。

 

 

 

「――風になびく富士の煙の空に消えて」

 

幽雅に、幽々子は舞い詠う。

 

「――行方も知らぬ我が思ひかな」

 

ともすれば幻想的過ぎる優雅さを前に、十五号は無情に、或いは無粋に魔法を放つ。

 

上空から下降する気流操作、更に鎌鼬を織り交ぜた突風が上から幽々子に降りかかる。

 

魔法式は、扇子を広げた幽々子の圧倒的な干渉力の前に霧散する。

 

魔法式を失った気流は風となり、幽々子の髪を揺らす。

 

「貴方の思いも、雲の向こうに消えたのかしら」

 

人は死んでも雅を解せる。

 

だが心が死んだ者に雅を解することは出来ない。

 

だから、ジェネレーターは生きているのに死んでいるのだろう。

 

故に、幽々子はもう一度十五号に雅を思い起こさせるために。

 

残された肉体と、僅かに残っている心の欠片を死に誘う。

 

 

 

「幽雅『死出の誘蛾灯』」

 

 

 

美しい弾幕が十五号を覆った。

 

舞い飛ぶのは蝶か、もしくは蛾か。

 

だがそれは全て幻想。胡蝶の見る夢。

 

死は生へ、生は死へ。

 

それは『死を操る程度の能力』が導く反魂蝶。

 

そうして弾幕が過ぎ去った後、(さび)の静けさが冥界を包み込む。

 

十五号は、地面に倒れていた。

 

そう、まるで眠っているかのように。

 

十五号は、目覚めることなき永久の眠りにつき。

 

死という幻想の世界へ導かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妖怪ではなく――。

 

鬼ではなく――。

 

幽霊ではなく――。

 

亡霊ではなく――。

 

 

 

魔法も人も、あらゆるものの侵入を拒んだ正体不明の斥力が消え、十四号は雅季へと突貫する。

 

十四号は全距離対応のオールラウンダー型。

 

近接戦も魔法戦も器用にこなせるジェネレーターだ。

 

同時に男も怯懦を殺意に変えて、左腕に巻いたブレスレット形態の汎用型CADに手を伸ばし、起動式の読み込みを開始する。

 

自己加速魔法により瞬く間に距離を詰めた十四号が腕を横に薙ぐ。

 

魔法によって強化された豪腕は、風切り音を奏でて空を切る。

 

雅季が十四号の腕を避けた先は、上だった。

 

空中に浮かぶ雅季、それは『跳躍』や移動系魔法の座標固定などで従来の魔法でも再現可能だ。

 

「ちっ」

 

地面に干渉する振動系魔法を展開しようとしていた男は、目論見が外れて起動式の読み取りを中断する。

 

そこで、ふと疑問が内心に湧き上がった。

 

疑念は時間と共にどんどん膨らんでいく。

 

「……何?」

 

魔法の持続時間が長い。雅季が降りてくる気配がまるで見えない。

 

そして、次の一連の動きに、男は目を疑った。

 

十四号が魔法で一塊の土を掘り起こし、高速で空中にいる雅季に射出する。

 

対して雅季の取った行動は、更に上昇し、下に向かって手をかざしたことだった。

 

土の弾丸は、魔法式の強度以上の斥力によって弾き返され。

 

斥力は十四号の下にも届き、十四号自身も吹き飛ばした。

 

地面に倒れ、そのまま持続する力に押さえ付けられている十四号を横目に、男の疑念は驚愕に打って変わった。

 

静止した場所から更に移動するには魔法式の重ね掛けが不可欠であり、魔法式の重ね掛けは魔法師を簡単に限界へと追い詰める。

 

況して、そこから更に別の魔法を放つなど、困難を通り越して世界トップクラスの魔法力が必要だろう。

 

従来の魔法であれば、の話だが。

 

ほんの数ヶ月前、その従来は覆されている。

 

『跳躍』や移動系魔法ではない。あれは――。

 

「まさか、飛行魔法だと!?」

 

トーラス・シルバーが完成させ、ほんの数ヶ月前に公開されたばかりの魔法を、どうして一介の高校生が使えるというのか。

 

男の驚愕をまるで無視して、雅季は再び高度を下げて静止すると、徐ろに口を開いた。

 

「さて、勝負方法を説明しようか」

 

突然の話に、男は驚愕から虚をつかれた表情を浮かべる。

 

それを見越してか、雅季は僅かに口元を釣り上げて続けた。

 

「簡単な話だよ。これから俺はある魔法を、わざと時間を掛けて展開する。それまでに俺に一撃を与えるか、もしくはその魔法を途中で破ればそっちの勝ち。()()()()に帰してあげるよ。まあ、記憶は曖昧になるだろうけど」

 

「何を、言っている? 元の世界、だと……?」

 

理解するどころか益々当惑する男。

 

「こっちの話だよ。そっちはただスペルブレイクする方法について頭を捻ればいい。ほら、簡単な話だろ?」

 

何が簡単な話か。それ以前に意味がまるでわからない

 

喉までせり上がってきた言葉を、男は飲み込んで雅季を睨みつける。

 

敢えて強気と殺気を込めた瞳の中には、あまりにも不可解な状況と雅季の言動に対する怯えが、未知なるモノに対する恐怖が隠しきれずに色を覗かせている。

 

「ああ、勿論だけど魔法が完成したら俺の勝ちだから。というより、完成した時点でたぶん死ぬと思うから頑張れ」

 

最後に素っ気なく言い放ち、雅季は十四号を押さえ付けていた『離れ』を解いた。

 

十四号が立ち上がるのを見届けて、

 

 

 

「さて――始めようか」

 

 

 

無縁塚を、『分ち』の結界が覆い。

 

結界の中全てを、雅季の干渉力が覆い尽くした。

 

 

 

「ッ!!」

 

魔法師である男は、それを知ることが出来た。

 

空間内の()()の事象に干渉する、あまりにも大規模な事象改変。

 

空気も、光も、重力も、全てが干渉を受けている。

 

起動式を読み取り、魔法式が構築されれば、全ての情報体が改変されるだろう。

 

いったい、これだけの事象改変を受けて、どんな魔法が展開されるというのか。

 

そして、結代雅季はそれを成し得るほどの魔法力を持つというのか。

 

「ば、馬鹿な……」

 

驚愕、焦燥、怯懦、そして恐れ。

 

そんな様々な感情が入り混じった顔で、男は愕然と雅季を見上げて、初めて気付く。

 

雅季の近くを同じく浮遊する汎用型CADがあった。

 

その数、四つ。

 

メーカーも違えば、携帯端末形態やブレスレット形態と形状も異なる四つのCAD。

 

事実、それは雅季が魔法科高校で使っているCADであったり、演出魔法用に使用しているCADであったり、幻想郷で拾って河城にとりが改造したCADであったり、にとりとは別の河童が水妖バザーで販売したCADっぽいものであったりと、とにかく全てがバラバラだ。

 

というよりも一つだけCADなのかも定かではない物も混じっているぐらいだ。

 

だが、四つの共通点は様々な魔法を発動させることができること。

 

水妖バザーで購入した物も、元は河童が外の世界のCADを真似て作ったもの。機能的に支障は無い……はずだ。

 

閑話休題。

 

四つのCADは雅季の周囲をゆっくりと回るように浮遊している。

 

その四つのCADから、想子(サイオン)の糸が雅季に伸びており。

 

雅季は四つのCADから出力される起動式を読み込んでいた。

 

幸いにも男は四つのCADの同時操作という“人間離れ”した技を知ることはなく、どうしてCADが浮遊しているのかという現象に目を奪われていた。

 

『離れと分ちを操る程度の能力』であればすぐに発現する現象を、敢えてCADを介して魔法式として発動させる。

 

それも、起動式をゆっくりと読み込むことで、魔法の発動に敢えて時間を掛けていた。

 

それが雅季なりの最後の慈悲であり。

 

同時に雅季なりの恐怖の煽り方だった。

 

 

 

衝撃から抜け切れない男の視界で、十四号が動いた。

 

十四号が魔法を発動させる。

 

先程も放った土の弾丸を放ち、雅季はそれをひらりと躱す。

 

その一回の攻防に、男は我を取り戻した。

 

(魔法が使えるのか!?)

 

てっきり空間全てが雅季の干渉力の影響下にあるものと思い込んでいた。

 

これだけの事象改変だ、寧ろそれが出来て当然のはずだ。

 

男はCADを操作して移動系単一魔法を雅季に投写する。

 

加速工程の無視による衝撃と、地面への衝突を狙った魔法だ。

 

だが、移動系魔法は雅季の情報体に干渉できず、不発に終わる。

 

(流石に自身に対する干渉力は高いか。なら――)

 

次に発動させた魔法は、極限まで幅を短くした風圧、『鎌鼬』の一種だ。

 

今度の魔法は発動した。

 

見えない風圧の刃を、雅季は空中で横にずれるだけで躱す。

 

だが、多少は負担があったとはいえ、見た目に比べれば拍子抜けするほど雅季の魔法式の干渉力は低かった。

 

(或いは見掛け倒しか)

 

これならたとえ魔法が発動しようとも、容易く防御できる。

 

そう思った男は小さく口元を歪めようとして、すぐに引き締めた。

 

魔法を発動し終えて魔法式が消え去った直後、鎌鼬を形成していた大気は一瞬の空白も許さず雅季の魔法式の影響下に戻った。

 

(魔法自体を破るのは困難か)

 

それは濃い霧に包まれた世界のようだった。

 

男や十四号の魔法で一部の霧を晴らしても、魔法が終わればすぐに霧が舞い込んでくる。

 

魔法式が周辺一帯に作用していることを考えれば、魔法式自体を破るのは不可能だろう。

 

男と十四号、二人の干渉力の放射でも範囲が足りない。

 

ならば、先程のルールに従うならば、雅季自身に一撃を与えるしか勝つ方法は無さそうだ。

 

尤も、従ってやるつもりなど微塵も無いが。

 

十四号が次々と土塊を弾丸として射出し、雅季は空中でそれを避ける。

 

点の攻撃ではよけられると判断した男は、雅季のすぐ傍で空気を圧縮し解放させ、衝撃波を与えようと試みる。

 

そして、男は魔法を行使しようとして気付いた。

 

魔法の発動に掛かる干渉力の上書き、魔法師の負担が先程よりも確実に大きくなっていた。

 

(まさか、奴は!)

 

雅季は、時間が経つにつれて干渉力を上げているのだ。

 

まるで、魔法を破るまでの時間制限を設けているように。

 

「――ッ! この!」

 

男は魔法を発動させる。

 

雅季の隣で急激に空気が圧縮され、解放されるその直前。

 

 

 

――離符『神離れ』。

 

 

 

圧縮された空気も、直後に解放された空気も、全て雅季から離れていった。

 

「何故だ……」

 

風圧や衝撃波を反転させる障壁魔法ではなかった。

 

一瞬だが、圧縮された空気そのものの座標を動かしていた。

 

そして解放後も、すぐ隣にいる雅季に全てが届くことはなかった。

 

先程の十四号の『空気弾』のように。

 

魔法自体を動かされては、魔法が相手へ届くはずがない。

 

現実感を失った男は、茫然と雅季を見上げる。

 

視界に映る雅季は、十四号が放つ土塊を巧みに避けている。

 

明らかに慣れた動きだ、飛行魔法を手に入れたのは昨日今日の話ではないのだろう。

 

或いは、飛行魔法が発表される、それ以前から――。

 

やがて、十四号の攻撃が止んだ。

 

男が新しい命令を下した訳ではなく、十四号が自発的に止めた訳でもない。

 

雅季の干渉力が、遂に十四号を上回ったのだ。

 

男もCADに手を滑らせ、起動式を読み取る。

 

イデア上のエイドスへ出力された男の魔法式は、雅季の干渉力の前にサイオンとなって霧散した。

 

「何なんだ、これは……」

 

対抗する術を失い、男の両腕は垂れ下がり。

 

「攻撃、届キマセン」

 

十四号の無情な報告が、そのまま男が負けた宣告だった。

 

全ての攻撃が無くなった瞬間、雅季は一気に残っていた起動式を読み込んだ。

 

魔法式が構築される。

 

情報体(エイドス)の情報が改変される。

 

大気も、気圧も、重力も、電磁波も光子も、全てが動き出す。

 

「何なんだお前はッ!!」

 

男の本心からの叫びが、最後の言葉となった。

 

「離符、もしくは領域魔法、まあどっちでもいいけど――」

 

雅季は小さく呟き、スペルを宣言した。

 

 

 

――『大空魔術』。

 

 

 

大気が引いていく。

 

気圧が下がっていく。

 

重力が遮断されたため、男と十四号の身体が宙に浮く。

 

急激な環境の変化、更に空気が薄くなっていくことで酸素欠乏症に陥り、男の意識が遠のいていく。

 

男が最後に見たものは、空間内を覆い尽くした夜のような闇。

 

その中に浮かぶ、星々のような光点の輝きだった。

 

 

 

離符『大空魔術』。

 

或いは、領域魔法『大空魔術』。

 

空気や気圧、重力、太陽光線を全て無くし、擬似的な宇宙空間を作り出す魔法。

 

更に星河を思わせる光点やオーロラが闇を照らす、こちらは雅季の趣向だ。

 

星河も含めて加速系、加重系、収束系、放出系、振動系という五系統からなる複合術式。

 

スペルカード戦であれば空気や気圧までは無くさない、弾幕ごっこは遊びだからだ。

 

だがこれは彼の望んだ殺し合い。

 

ならば、地上に出現した宇宙空間に、人が生きられる道理は無い。

 

雅季が魔法を解除する。

 

宇宙は消失し、元通りに昼の無縁塚が姿を表す。

 

取り戻した重力が、十四号と男の身体を引力で地面に落とす。

 

地面に倒れた二人が、動くことは二度と無かった。

 

 

 

決着が付き、雅季は地面に降り立つと、勝者らしからぬ溜め息を吐いた。

 

「おや、憂鬱そうだねぇ、結代の」

 

掛けられた第三者の言葉に、雅季は驚かなかった。

 

「憂鬱ってほどでも無いけどね」

 

振り返った先には大きな鎌(ただし作り物)を手に持った予想通りの人物、いや死神。

 

『三途の水先案内人』小野塚小町だ。

 

「そうかい? でもまあ、さっきのは見事なまでに“妖怪”みたいだったよ。()()()()()()()()ぐらいに、ね」

 

「褒めているのかな、それ」

 

「褒めているのさ」

 

会話を交わす二人の中へ、二匹の幽霊が小町の傍へ寄って来る。

 

「こっちは仕事が忙しくてね」

 

その幽霊が何なのか、雅季も小町も敢えて口にするまでも無かった。

 

「この後は太陽の畑と地底と冥界にも予約が入っているから行かなきゃいけないし。というか冥界に幽霊のお迎えとか、本末転倒だろ?」

 

「退屈よりかはいいんじゃないかな。適度な仕事は生きる活力だよ」

 

「あたいは死神さ。ま、生きる活力ってのは否定しないけど」

 

さてと、と小町は踵を返して、雅季に背中を向ける。

 

「さあ、仕事の時間だ。そして休憩しよう、うん」

 

早くもサボる、もとい休憩することを念頭に置いて、小町は唐突に姿を消した。

 

『距離を操る程度の能力』は、幽霊を三途の川の此岸から彼岸へ渡す。

 

小町自身を無縁塚から他の場所へ移動させることなど造作もない。

 

「それじゃ、俺も仕事するかな」

 

無縁仏を埋葬し、穢れを祓い(離し)、再び外の世界へ。

 

 

 

九校戦はまだ続いている。

 

悪縁は未だ繋がっているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんなにも暑いと、熱いお茶が怖いわ」

 

「なら出さなくていいわね」

 

「私は冷酒が怖いぜ?」

 

「なら出さなくていいわね」

 

博麗神社の縁側。

 

日が昇りつつあり、同時に気温も暑くなってきている中、紫は霊夢達の前に現れた。

 

団扇(うちわ)を仰いで暑さを凌ぐ霊夢。

 

帽子を取って縁側の柱に背中を預けて座っている魔理沙。

 

それがスキマから出てきた紫の目に飛び込んできた光景だった。

 

ちなみに今の会話は邂逅早々に交わされた会話だ。

 

「それで、何か用? また賭けがどうのこうのってやつ?」

 

「ん、何だ、霊夢も賭けてたのか」

 

「魔理沙、何の賭けだか知っているの?」

 

「十進数の賭けだぜ」

 

「結果はまだ出ていませんわ。明日決まります」

 

ちなみに魔理沙の賭けている八、つまり八高の優勝は皆無だ。

 

この時点で既に紫は魔理沙から賭け金の徴収を決めているのだが、それを表情に出したりはしなかった。

 

「用があるのは魔理沙ね」

 

「うん?」

 

珍しい、と魔理沙は顔を紫に向ける。

 

紫は本題となる問い掛けを、魔理沙に尋ねた。

 

「魔理沙、貴方は魔法を使う者? それとも、魔法を使う為のモノ?」

 

その問い掛けにどれだけの意味が込められているのか、紫以外の誰にもわからないだろう。

 

実際、魔理沙の頭には大きな疑問符が浮かんでいる。

 

ただ、

 

「……あー」

 

何かを思い出して、魔理沙は苦い表情を浮かべた。

 

魔法を使う為のモノというフレーズで思い出したのは、大人しい妖怪達や使用される側の道具達が暴れだした頃、つまり魔理沙がミニ八卦炉に影響されていた時のことだ。

 

あの時の魔理沙は「道具を使う為のモノ」だっただろう。

 

ちなみに無闇矢鱈にミニ八卦炉の火力を振り回していた魔理沙を弾幕で撃墜したのは雅季だった。

 

同時に暫くは「ダークネス魔理沙」など名付けて、からかって面白がっていたが。

 

魔理沙からすれば苦い思い出だ。

 

だから、魔理沙ははっきりと答えた。

 

「ちゃんとミニ八卦炉は丁寧に扱っているぜ。だから私は使う方だ」

 

「そう」

 

魔理沙の答えが紫の期待に添えたかはわからない。

 

ただ紫は答えを聞くと、扇子を口元に当てて小さく笑っただけだった。

 

「紫」

 

そこに、紫の真意はわからなくとも、何となく勘で察した者がいた。

 

「あんたが()()()()しているのか知らないけど――」

 

霊夢は団扇を仰ぐ手を止めて、真っ直ぐに紫に言った。

 

()()()お世話よ」

 

紫と霊夢、二人は時間にして数秒間だが、その間に互いの瞳の奥を見つめ合い、

 

「そう――」

 

沈黙の後、やがて紫はただ頷くと、

 

()()()お世話だったみたいね」

 

胡散臭い笑みを浮かべて、スキマの中に消えて行った。

 

「で、何だったんだ?」

 

「さあ、妖怪の考えることなんてわかんないわよ」

 

「だな」

 

首を傾げた後、気にすることを止めた魔理沙。

 

その隣で、霊夢は暑さを和らげようと再び団扇を仰ぎ始める。

 

 

 

幻想郷の夏は、変わらない。

 

 

 

 

 

 

 




《オリジナル魔法》
『大空魔術』
使用者は結代雅季。
空間内の気体および気圧、光波を含む電磁波、重力をゼロにして擬似的な宇宙空間を作り出す領域魔法。
気体密度操作の収束系統、電磁波反射の加速系統、無重力下の加重系統など複数の魔法を同時に使用するため、通常では展開までに時間が掛かるところをCADの同時操作によって短縮している。
またCADを使用せずとも、能力の『離れ』を行使すれば同様に短時間で展開可能。
スペルカードとしても使用するが、その場合は重力と光波のみを遮断している。
尚、宇宙を模擬した大空魔術と魔理沙の星の弾幕による弾幕勝負は、美しさという点では相性抜群。
一見の価値ありだとか。



大変お待たせしました。
四種類の異なる戦闘、予想以上に難しかった(汗)

水妖バザーのCAD(?)は、プログラムの代わりに百枚の呪符を束ねて入れるという、ぶっちゃけカードケースみたいなもの。
原始的に見えますがボタン操作不要、且つサイオンを流すだけで目的の呪符を起動させてくれる、実はかなりの優れもの。
原作で言う完全思考操作型の魔法をCAD(というかカードケース)に織り込んだもの、といった認識です。ある意味で無駄に技術力のある河童らしい作品。
唯一の欠点は呪符が水に濡れると機能が停止する点ですが、防水対策は完璧です。河童製作なだけに。
でも外の世界では非売品。

その原作13巻で出た完全思考操作型CADは、実は雅季の糸というアイディアで同じことを考えていました。
本来ならもう少し後に出す予定だった設定ですが、先んじて本作でも登場させました。
雅季が同時に操作できるCADは片手の指の数まで、つまり五個までです。
あと離符『神離れ』はボム扱い。
スペルカード戦では弾幕が避けて当たらなくなるという耐久型スペル。


「おしなべて 花の盛りに なりにけり 山の端ごとに かかる白雲」(西行法師)
吉野山の桜を見てまいりました。
西行法師もこよなく愛した吉野千本桜。美しいですね。



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