魔法科高校の幻想紡義 -旧-   作:空之風

44 / 62
遅くなりました。モノリス・コード決勝戦になります。

「更新の遅れた理由」
・現時点で本作トップの文字数。
・牡蠣食べ放題に行ったらノロわれた。
・上記のせいで現在進行形で未だ体調不良。

……作者がノロいを受け体調不良中のため、感想の返信は少しお待ち下さい。


第42話 虹は降りて――

西暦二○九五年の全国魔法科高校親善魔法競技大会。通称、九校戦。

 

今回の九校戦において、今現在までという前提があってのことだが、新人戦モノリス・コードの決勝戦ほど最も注目を集めた競技はない。

 

本戦で見事な優勝を収めた七草真由美の競技でもなく、人気を誇る渡辺摩利の競技でもなく。

 

森崎駿と吉祥寺真紅郎のスピード・シューティング決勝戦。

 

司波深雪と北山雫の女子アイス・ピラーズ・ブレイク決勝戦。

 

結代雅季と一条将輝の男子アイス・ピラーズ・ブレイク決勝戦。

 

様々な話題を呼んだ今までの競技、その全てを上回る注目度が、このモノリス・コード決勝戦には向けられていた。

 

演出魔法師(アトラクティブマジックアーティスト)の結代雅季。

 

世界で初めて基本コードを発見したカーディナル・ジョージこと吉祥寺真紅郎。

 

十師族の直系であるクリムゾン・プリンス、一条将輝。

 

そして異才のエンジニアとして鮮烈なデビューを飾った司波達也。

 

選手だけでも錚々(そうそう)たる顔ぶれが揃っており、更に一高と三高の置かれた状況が、注目に拍車をかけている。

 

総合得点で現在一位の三高、二位の一高。他の七校を大きく引き離して独走状態の両校の得点差は十九点。

 

そして、新人戦モノリス・コードで一位と二位に与えられるポイントは、それぞれ五十点と三十点。

 

一高が勝てば九十点という大差をひっくり返して一位を奪還でき、三高が勝てば一位を守りきり、そうして残った本戦ミラージ・バットとモノリス・コードを迎える。

 

つまりは、この試合で勝利した方が総合優勝に大きく近づけるという展開。

 

満員の観客席とテレビ中継の高い視聴率が、この試合の注目度を明確に表している。

 

大多数は純粋な楽しみを抱きながら。

 

一高と三高の関係者は勝利を祈りながら。

 

そして――。

 

 

 

 

 

 

「遮蔽物のない草原ステージならば、中長距離に強い一条選手と、『不可視の弾丸』を使う吉祥寺選手を有する三高に有利なはずだ」

 

「逆に一高にとっては不利なステージ、か。だが……」

 

「もはや例の、最後の手段も考慮すべき事態か……」

 

モノリス・コードでのCADへの細工手段を失った今、それでも足掻いてステージ選択に介入し一高の敗北を画策する無頭竜(ノーヘッドドラゴン)

 

 

 

 

 

 

「水無瀬、何故お前がここにいる?」

 

「何か企んでいるのかな、君は。いや、“君達”は?」

 

「人聞きの悪い連中だ。“俺”はただ試合を見に来ただけさ」

 

「それを信用しろと?」

 

「冗談にしか聞こえないね」

 

「まあ、信用するもしないもそちらの自由だが……それで、信用しなかった場合は何をするつもりだ? ――この大観衆の中で」

 

「……」

 

「……」

 

「クク、そう睨むな。心配せずともそちらから手を出さなければ俺も手を出すつもりはない。……まあ、“あっち”の連中は知らないがな」

 

視線で火花を散らし、殺伐とした一触即発の空気が漂う柳連と真田繁留、そして水無瀬呉智の三人。

 

 

 

 

 

 

「九島先生! どうしてこちらに!?」

 

「たまにはこちらで見せてもらおうと思ってな」

 

「それは勿論、我々にとって光栄なことと存じますが……」

 

「――なに、面白そうな若者達がいるのでな」

 

会場の来賓席に姿を表し、急遽用意された椅子に腰を下ろして直接試合を見つめる九島烈。

 

 

 

 

 

 

「ここが四人分空いているわね、ちょっと遠いけど……。あーあ、あたし達も深雪達みたいに関係者用の席に行ければ最前列に座れたのに」

 

「仕方ないよ、エリカちゃん」

 

「四人とも座れただけマシってもんだろ。すげー数の観客だしな」

 

「確かに立ち見はゴメンしたいわねぇ」

 

千葉エリカ、柴田美月、西城レオンハルトの三人と共に一般客用の観客席にやって来た八雲紫。

 

(さて、衆目集う仮初の草原(くさはら)で、どこまで()()()のかしら? ――ねぇ、“結代”雅季)

 

 

 

 

 

 

様々な感情や思惑が絡み合う中、新人戦モノリス・コード決勝戦の幕が開けた。

 

その初端、両校の選手の登場に会場は一瞬大きく湧き、すぐにざわめきに変わった。

 

会場がざわめきへと変化したその原因は一高選手側にあり、多くの好奇の視線が一高の選手に、詳しくは雅季と幹比古に向けられた。

 

「おー、やっぱり目立つなー、これ」

 

「……何でそんなに平気そうなの、雅季は?」

 

プロテクターの上にローブという奇妙な格好のおかげで、会場中の視線を一身に浴びる羽目となった幹比古が、おかしなものを見る目で雅季を見る。

 

幹比古が恥ずかしさのあまりローブのフードを深く被っているのに対し、同じ境遇にいる雅季は平然と顔をさらして逆に観客席を見回している。

 

「ん? 何か言った?」

 

「……いや、何でもないよ」

 

僕がおかしいのだろうか、と真剣に悩み始めた幹比古を見て、そんな幹比古の内心の葛藤など知らない達也が自然と低くなった声で話しかける。

 

「幹比古、何か不備があったのか?」

 

「いや、そういうわけじゃないよ。大丈夫、僕のも雅季のも問題はない」

 

達也からの真面目な質問に、幹比古は慌てて首を横に振って答えた。

 

「そうか。なら頼んだ、幹比古」

 

「そそ、俺のローブは幹比古が魔法掛けてくれなきゃただの仮装だから」

 

「うん、任せて」

 

幹比古は二人に向かって強く頷いて……ふと気付いた。

 

「そう言えばさ、もしかしたら達也が吉祥寺選手を相手取る可能性もあるって話だよね?……達也はローブ着ないの?」

 

「俺の相手は一条選手だからな。それに、もし仮に吉祥寺選手の相手をすることになったとしても、俺には『術式解体』がある」

 

その問い掛けに対する達也の返答は早かった。

 

……まるで、その質問を予期していたかのように。

 

「達也、それ本当の理由?」

 

「……勿論だ。さて、そろそろ試合が始まるぞ。準備はいいか?」

 

「いま間があったよね? なんか凄く誤魔化された気がするんだけど……」

 

視線を三高陣地に向けた達也を幹比古はジト目で睨むが、達也の内心を窺い知ることは出来なかった。

 

 

 

 

 

 

一高の選手間でちょっとした不和(?)をもたらしたローブは、三高には警戒心をもたらしていた。

 

「何に使う気だ、あのローブは?」

 

ディフェンスの選手があげた疑問に、吉祥寺が答える。

 

「着用しているのが結代選手と吉田選手の二人だから、おそらく僕の『不可視の弾丸』対策だと思う」

 

「対策? あれでどうやって防ぐんだ?」

 

吉祥寺は一高陣地を睨むように見つめ、やがて首を横に振った。

 

「……わからない。確かに僕のあの魔法は貫通力が無いけど、布一枚で防げるようなものじゃない。だけど、あのローブを用意したのはきっと司波選手だ。何かあるはずなんだけど」

 

「まあ、いいさ。作戦通りに行けば、あの二人の『不可視の弾丸』対策は無意味になる。そうだろ、ジョージ?」

 

将輝の力強い言葉に、吉祥寺は将輝の方へ振り返り、そして頷いた。

 

「うん、その通りだ。ごめん、ここまで来て隠し球を持ってくるとは思ってもみなかったから、少し動揺した」

 

「それで、肝心の司波選手はこっちに来ると思うか?」

 

「行くよ。『術式解体』という手札があるからこそ、司波選手が将輝の相手になる。いくら結代選手でも将輝を相手にするのは分が悪いからね。特にこの草原ステージなら尚更だ」

 

「つまり、後は作戦通りに、だな。八高戦で派手な挑発をした甲斐があった訳だ」

 

「そうだね。まあ、あれは“挑発”というより“欺瞞(ブラフ)”なんだけどね。おかげでうまく目を逸らせたみたいだ」

 

三高の選手三人は、特にピラーズ・ブレイクで雅季に作戦負けした将輝と吉祥寺は、してやったりとニヤリと笑う。

 

だがすぐに将輝は表情を引き締めた。

 

「とはいえ、最後に隠し球を持ってくるような相手だ。他にも隠し球が無いとは言い切れない。特に結代選手は、な」

 

吉祥寺も大きく頷く。

 

そのピラーズ・ブレイクで将輝が敗北寸前まで追い詰められた相手だ、警戒しない訳が無い。

 

「彼は本当に底が知れない。何をしてくるかわからない意外性がある。だからこそ、頼んだよ、将輝」

 

「ああ、任せておけ。そっちも、あのローブには注意が必要だぞ」

 

「わかっている。三高の校旗が掲揚されるまで、油断するつもりは無いよ」

 

 

 

 

 

 

そうして、多くの縁を絡めながら、時は来る。

 

総合優勝を争う両校、その趨勢を決める大事な一戦。

 

その試合開始の合図が草原ステージに鳴り響き、試合の幕が切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

試合開始の合図と共に、攻防は始まった。

 

両校の陣地の距離はおよそ六百メートル。

 

その距離を挟んで、一高の達也と三高の将輝の間で魔法の応酬が始まったのだ。

 

将輝が圧縮空気の魔法式を構築し、達也がその魔法式をサイオンの塊で粉砕する。

 

だが将輝は汎用型CADから特化型CADに持ち替えており、次々に魔法を発動させる。

 

達也も『術式解体』で魔法を無力化しつつも、振動系統をインストールした特化型CADと無系統の特化型CADの二丁スタイルで将輝に攻撃を加える。

 

その達也の攻撃も、将輝が無意識に展開している『情報強化』で防がれ、将輝まで攻撃は届かない。

 

一方の将輝は攻撃のみに専念しており、達也の周りに魔法式を構築していく。

 

「達也!」

 

「大丈夫だ」

 

それでも、達也の顔に陰が落ちることは無く、『術式解体』で魔法式を崩しながら振り返らずに幹比古に頷いた。

 

元より達也の狙いは時間稼ぎ、将輝の足止めだ。

 

「幹比古、雅季、準備は?」

 

「大丈夫、準備万端だ」

 

「いつでも行けるぞ」

 

雅季と幹比古のローブには、今さっき幹比古が喚起した影の精霊が付いている。

 

この影の精霊が輪郭を暈す幻術となって、視線を合わせる必要のある吉祥寺の『不可視の弾丸』を妨害してくれるはずだ。

 

「俺はこのまま一条選手の相手をする。そっちは任せたぞ」

 

「オーケー。それじゃ行くか、幹比古」

 

「ああ!」

 

雅季と幹比古が陣地から飛び出し、達也を迂回するように三高陣地へと走り出す。

 

それを見届けて、達也もまた将輝に向かって駆け出した。

 

同時に『精霊の眼』で情報の次元からステージ全体を俯瞰する。

 

将輝もまたこちらに向かって歩いてきている。八高戦の時と同じような堂々たる進撃だ。

 

吉祥寺とディフェンスの選手も動き出している。

 

意外なことに向こうもディフェンスを置かず、二人掛かりで大きく迂回するように動いている。

 

遮るものの無い草原ステージだ、精霊で相手の位置を探らなくても雅季達には吉祥寺達の動きが見えている。

 

当然ながら二人は吉祥寺達の突破を阻み、そして三高陣地への道を切り開くべく吉祥寺達の下へ向かう。

 

 

 

違和感が、達也の中で湧き上がった。

 

 

 

(何か、おかしい)

 

走りながら、将輝の魔法式を無力化しながら、達也は疑問を抱く。

 

どうにも腑に落ちない。

 

あまりにも、三高がこちらの狙い通りに動き過ぎている。

 

まるで誘い込まれているように。

 

(向こうも何らかの隠し球を持っているのか? ……それとも、何かを見落としているのか?)

 

将輝は今も尚、達也と互いに近寄りながら撃ち合いをしている最中だ。

 

一方で吉祥寺はもう一人を連れて、達也と将輝の撃ち合っている直線上から大きく迂回するルートを取っている。

 

それもまた一高にとっては都合が良い。

 

況してや『不可視の弾丸』対策としてあのローブもある。

 

将輝を除いた二対二ならば、雅季と幹比古の方に分がある。

 

(……待て?)

 

引っかかりを覚えて、撃ち合いの最中にも関わらず、達也は走っていた足を止めて既に二百メートルは離れている雅季達を見た。

 

(一条選手を、除いた?)

 

今も尚、ステージの反対側から魔法を撃ち合っている相手を?

 

 

 

――この遮蔽物の無いステージで。

 

――開始直後に自陣から対極にある一高陣地まで攻撃を届かせる。

 

――そんな()()()攻撃を得意とする一条将輝を除く?

 

 

 

瞬間、達也の顔から一斉に血の気が引いた。

 

(まさか!? 三高の本当の狙いは――!!)

 

そして、それに追い討ちを掛けるように『精霊の眼』が、将輝と吉祥寺の口元が歪んだのを視た。

 

「止まれ雅季!!」

 

叫ぶと同時に、達也は雅季達の下へと走り出す。

 

 

 

一条将輝が特化型CADの照準を、司波達也から結代雅季に変えたのはそれと同時だった。

 

 

 

 

 

 

(気付いたね、だけどもう遅い!)

 

吉祥寺は視線の端で達也が走り出したのを捉えたが、もう遅い。

 

司波達也と結代雅季、両者の距離は既に大きく引き離されている。

 

 

 

そう、両者を如何にして引き離すか、それこそが三高の狙いなのだ。

 

 

 

「実用化されているものでは最強の対抗魔法」とも謳われる『術式解体』。

 

その唯一の欠点は、射程が短いこと。

 

対照的に一条家の戦闘スタイルは、中長距離からの先制飽和攻撃。

 

そこに吉祥寺は目を付けた。

 

つまり司波達也と結代雅季を、『術式解体』が届かない距離まで引き剥がしてしまえば、遠距離から結代雅季を倒せる。

 

吉祥寺の狙いは、達也ではなく雅季だったのだ。

 

確かに達也も到底油断出来ない相手だが、脅威で言えば雅季の方が上だ。

 

何せ相手は将輝に攻撃を届かせることが出来る唯一の選手。

 

万が一とはいえ、将輝が倒されるという可能性もゼロではない。

 

逆に雅季を倒せば、三高の勝利は決まったも同然だ。

 

吉祥寺のように作戦の面では達也が要だろうが、将輝と同じく実戦においての一高の要は達也ではなく雅季。

 

達也と幹比古だけでは、三高を防ぐことは出来ない。

 

そう、全ては雅季をここで戦闘不能に陥らせるための布石。

 

八高戦で見せた挑発は、達也を将輝との真っ向勝負に挑ませ、雅季と別行動を取らせるための作戦。

 

同時に三高が達也を意識していると見せかけつつ、真の意図が雅季と達也の引き離しであることを悟らせないための欺瞞(ブラフ)

 

後は吉祥寺達が将輝から離れるよう別行動を取りつつ、どうやって将輝の魔法が届く場所に不自然なく誘い出すかが問題だった。

 

だがそれも、草原ステージという最高の舞台がそれを解消してくれた。

 

むしろ敢えて大きく迂回するという行為でこちらの意図がばれるのではないかと内心で冷や冷やしたぐらいだ。

 

そして、策は成った。

 

達也の予想を上回り、全ては吉祥寺の立てた作戦通りに進んだ。

 

あとは将輝が長距離飽和攻撃で雅季を狙い撃ちリタイアさせ、残った二人を合流させずに各個撃破するのみ。

 

(僕達の勝ちだ、司波達也!)

 

(ここで仕留めさせてもらう、結代雅季!)

 

吉祥寺と将輝は同時に勝利を確信し、将輝はトリガーを引いた。

 

 

 

 

 

 

自身の近くに幾つもの魔法の発動兆候が顕れたのを幹比古は察した。

 

将輝が構築した空気圧縮の魔法式だ。

 

その数、十二発。

 

狙いは全て、幹比古の前方。

 

前衛として幹比古の数十メートル先を走る雅季に向けられていた。

 

「雅季!!」

 

幹比古が見ている目の前で。

 

モニターで観戦していた真由美達が危機感の焦燥に駆られ。

 

最前列にいる深雪達が、病院から中継を見ている森崎が手を握り締める中。

 

足を止めた雅季に、十二発の圧縮空気が襲いかかった。

 

 

 

 

 

 

 

誰もが雅季が倒される光景を予想する中で。

 

自分に向かって迫ってくる十二発の圧縮空気に。

 

目に見えない“弾幕”に。

 

雅季は不敵に笑って、呟いた。

 

「そんなあからさまな自機狙いで――」

 

 

 

隣で美月が思わず目を瞑り、エリカとレオが焦燥に満ちた顔で雅季を見つめる中で。

 

紫は扇子を口元に当てながら優雅に笑って、呟いた。

 

「あんなあからさまな自機狙いじゃあ――」

 

 

 

「弾幕勝負に勝てると思うなよ――」

 

「容易くスペルブレイクされるわよ――」

 

 

 

後に誰もが認める流れは、ここから生まれた。

 

一条将輝でもなく、吉祥寺真紅郎でもなく、司波達也でもなく。

 

この瞬間より、新人戦モノリス・コード決勝戦は結代雅季を中心に動き始めた、と。

 

 

 

 

 

 

その光景を、八雲紫以外のいったい誰が予想できただろうか。

 

焦燥は、一瞬で驚愕に取って代わった。

 

一歩横に、或いは数歩後ろに、そして前に。

 

雅季が少し動くだけで、圧縮空気の弾丸が次々と雅季の身体を掠めていく。

 

目に見えない空気の塊が、頭を下げたその直上を通り過ぎ、捻った身体のすぐ背中を掠め、身にまとっていたローブを引きちぎり。

 

それでも、結代雅季には一発も当たらない。

 

身体を掠めさせる程度で弾を避ける。

 

本人達がグレイズと呼ぶ、よりスリルがあって弾幕勝負を楽しめる遊びの技術。

 

だがそんなことなど知らない者達からすれば、最小の動きで魔法を避けていく雅季の動きは、さながら演舞のようで、どこか魅せられるものがあり。

 

「スペル――ブレイク」

 

そうして、雅季は十二発の圧縮空気を、身体を動かすだけで全て避けきってみせた。

 

 

 

 

 

 

「な、に――!!」

 

将輝は遠くに映った光景に我が目を疑った。

 

必勝を期した十二発の圧縮空気の砲弾。

 

それが、魔法も使わずに全て避けられた。

 

『不可視の弾丸』対策だと思われるローブを引き剥がしただけで、雅季自身には傷一つ無く、しっかりと二本の足で立ちながら、

 

――その程度じゃあ、俺は倒せない。

 

まるでそう訴えているように、雅季は真っ直ぐに将輝を見据えていた。

 

「――っ! どこまでも予想外な!」

 

放心も僅かな間、すぐさま将輝は再び特化型CADを構え直してトリガーを引いた。

 

十六発の圧縮空気の同時展開。それだけではなく魔法式を構築した直後に更に追加の魔法を放とうとトリガーに指を掛ける。

 

だが、十六発の魔法式のうち、十発がサイオンの塊によって砕け散った。

 

そして、残った六発の圧縮空気を避けた雅季の隣に、常人を凌駕する速度で二百メートルを走破した達也が並んだ。

 

(チッ、流石に速い!)

 

雅季と達也、二人が合流したのを見て、将輝は舌打ちしつつ作戦の失敗を認めざるを得なかった。

 

(それにしても、本当になんて奴だ。目に見えない圧縮空気を全部避けきるか、普通?)

 

対戦相手の規格外ぶりに内心で呆れ返りながらも、将輝は視線を吉祥寺へと移す。

 

吉祥寺は驚愕から我に返って、ディフェンスと共に一旦後退しているところだった。

 

その吉祥寺も将輝に視線を向けていたため、二人の目が合う。

 

二人が頷きあったことで三高は次のプラン、予備として取っておいたプランへと移行した。

 

 

 

 

 

 

将輝の攻撃が一旦止み、こちらを警戒しながら後退していく吉祥寺達を確認して、達也は漸く肩の力を抜いた。

 

そして、内心で自嘲に満ちた笑みを自分に向けていた。

 

(度し難い愚か者だな、俺は)

 

達也のミスは二つ。

 

一つは、自分が使用する魔法の認識不足。

 

普段から、四月のブランシュの一件でも使用した『術式解散』と違って、『術式解体』には距離という欠点がある。

 

その弱点を、達也は認識していなかった。

 

いや、認識はしていたがそこまで強く意識しておらず、更にあの挑発によって更に意識を逸らされていた。

 

そこを吉祥寺に突かれてしまった。

 

そしてもう一つ。

 

普通の魔法では間違いなく劣等生である自分が、本気で一条将輝を抑えこめると思っていたことだ。

 

確かに『術式解体』は将輝の魔法を無力化した。

 

だが、いくら相手の攻撃を防げようと、こちらの攻撃が通じなければ無意味なのだ。

 

攻撃が通じなければ、倒される心配が無いということ。

 

それは、無防備を晒したところでどうってことないと、極論すれば居ないと同義ということだ。

 

接近戦に持ち込めれば手はあったが、逆に言えばそこまでは達也の攻撃は無意味に等しい。

 

向こうは、始めから司波達也を見ていなかったのだ。

 

司波達也を見るふりをして、一条将輝を倒せる可能性のある結代雅季を見ていたのだ。

 

屈辱だが、それ以上にその事実に気付けなかった自分が情けなかった。

 

「雅季! 達也!」

 

達也は内心の自嘲と反省を隠して、駆け寄ってきた幹比古に振り返った。

 

 

 

「雅季、無事かい!?」

 

「大丈夫、全部避けたから」

 

雅季はなんてこと無いように手をヒラヒラと振る。

 

それを見て幹比古は安堵の息を吐いた。

 

「でも、本当によく避けられたね」

 

「うーん、確かに俺は無事だったんだけどね」

 

対する雅季は、圧縮空気で破れたせいで地面に落ちたローブを見遣って、残念そうに肩を落とした。

 

「あれ、気に入っていたのになぁ」

 

「……気に入っていたんだ、これ」

 

安堵から一転して何とも言えない表情になる幹比古。内心では「ああ、雅季だなぁ」と改めてしみじみと思っていた。

 

危うく遠い目になりかけたが、幹比古は首を横に振って意識を試合に切り替えた。

 

「達也。一条選手の、いや吉祥寺選手の狙いは……」

 

「ああ、『術式解体』の射程の短さを突いた各個撃破だ。あの挑発も、俺達を別行動にさせるための布石だったらしい。……すまない、気付くべきだった」

 

「まあ、こうして無事だったから結果オーライでしょ」

 

「それ、意味が違うから……」

 

頭を下げた達也に雅季が軽く言い放ち、幹比古が突っ込む。

 

そのため、達也は必要以上に謝ることは無く、苦笑するだけで済んだ。

 

「それよりも、この後だよ。一条選手の遠距離攻撃がある限り、達也から離れるのは拙い」

 

そう言って幹比古は、およそ三百メートルは離れている将輝らへ視線を向けた。

 

一高の三人が合流している間に、吉祥寺達もまた将輝と合流している。

 

試合は互いに一旦仕切り直し、というところだ。

 

「このまま三人の団体行動、というのは?」

 

「それも狙っているだろうな、吉祥寺選手は」

 

幹比古の提案に、達也は首を横に振りながら答えた。

 

元々、将輝との真っ向勝負を達也が受けたのは、そこに勝機があったからだ。

 

将輝に本来の戦闘スタイルに戻られてしまえば、達也には打つ手が無い。

 

三人がまとまって動いたとしても、そこにモノリス防衛という大前提が伸し掛ってくる。

 

結局は一高のモノリス前まで押し込まれた状態で、正しく背水の陣という劣勢での勝負を余儀なくされるだろう。

 

そこで待っているのは、将輝だけでなく吉祥寺達も含めた魔法の飽和攻撃だ。

 

(もはや唯一の勝機は、雅季の“あの魔法”か……)

 

試合前に雅季が出した保険の作戦。あれこそが最後のチャンスになりそうだ。

 

雅季の魔法は作戦上まさに一発勝負、タイミングが何よりも重要となる。

 

その“とっておき”とやらを少しだけ見せてもらったが、正直に言えばうまく行くかどうか今でも半信半疑だ。だが、それしか手が無いのも事実。

 

かなり分の悪い賭けであることには違いないが、それに賭けるしかない。

 

故に、吉祥寺の狙い通りだと認めながらも、達也はモノリス前まで引くことを告げようとして。

 

「なら、前提を、“常識”を崩せばいいんだな」

 

いつになく強気な姿勢で、雅季が一歩前に踏み出した。

 

 

 

「雅季?」

 

達也と幹比古の怪訝そうな視線を背中に感じながら、雅季は遥か先にいる三高を見つめる。

 

吉祥寺ともう一人が将輝と別行動を取ろうとしている。

 

おそらく吉祥寺達が一高のモノリス攻略へ、そして将輝が雅季達を抑えるという役割分担だろう。

 

雅季は右手に持つそれを一瞥して、

 

「流石にこの距離は初めてだけど――行けそうだな」

 

森崎の特化型CADを構えた。

 

「まさか……」

 

「雅季、お前……」

 

幹比古と達也の息を呑む気配がした。

 

向こうも気付いたらしく、将輝も、吉祥寺もその足を止めて雅季を凝視している。

 

三百メートルの距離を置いた魔法の行使。

 

魔法にとって物理的な距離など関係ない。

 

距離に縛られているのは術者の認識だ。

 

術者が遠いと思ってしまうからこそ、魔法の行使が難しくなる。

 

だが、雅季はやったことがないだけで、出来ないという訳ではない。

 

出来ないはずがない。

 

魔法が術者の認識に縛られるというのなら、今も尚そこに縁を感じている雅季の魔法が届かないはずがない。

 

「カーディナル・ジョージとクリムゾン・プリンス、だっけ。まあ、ともかく――」

 

本当の手の内は見せていないとはいえ、“結代”という立場からすればこういった魔法的な技術もあまり見せるべきではないのだが。

 

怪我をした森崎に「後は任せろ」と告げた。

 

達也と深雪の約束を聞いた。

 

それに、どこかの傍迷惑な賢者はともかく、暢気な巫女が賭けてしまっているようだし。

 

一高を優勝させる程度には、本気を出そう――。

 

「“結代”を、見縊るなよ」

 

宣告と共に、雅季はその引き金を引いた。

 

 

 

特化型CADから起動式が読み込まれ、そこに距離を含んだ変数が追加される。

 

起動式は雅季の中にある膨大な魔法演算領域で魔法式として構築され、意識と無意識の狭間にあるゲートからイデアへ出力。

 

そして、魔法式はイデア上で将輝のエイドスへと干渉し。

 

 

 

将輝の無意識の『情報強化』を上回り、その身体を前後に揺さぶった。

 

 

 

 

 

 

「くっ――!?」

 

前後の揺れを感じて、将輝は身体を大きくふらつかせた。

 

「そ、そんな、長距離攻撃だって!? 将輝!」

 

「大丈夫だ……!」

 

無意識の『情報強化』によって威力を弱められていたので、一発で気絶するような威力ではなかった。

 

だが、と将輝は目眩を抑えながら歯を食いしばる。

 

(連続で食らうとマズイ!)

 

そう判断するやすぐさま特化型CADを待機状態に戻し、取り出した汎用型CADを起動させる。

 

直後、雅季の魔法が再び襲いかかり、将輝は耐え切れず地面に膝を付いた。

 

「将輝!!」

 

吉祥寺の叫び声が遠くに聞こえる。

 

脳が揺さぶられ、目眩が酷くなる。

 

意識が暗転しそうになるのを必死で抑えながら、将輝はそれでも『情報強化』を展開した。

 

続いて発動された雅季の魔法は、将輝が展開した『情報強化』によって防がれた。

 

魔法を防いだことによって意識を回復させた将輝は、遠くを強く睨んだ。

 

遥か先で自分に特化型CADの銃口を向けている、結代雅季を。

 

「本当に、どこまでも……!!」

 

将輝は湧き上がる強い感情に身を任せ、立ち上がるや即座に反撃の魔法を発動させる。

 

だが特化型でなくなった分、それに『情報強化』にも魔法力を割いている分、発動速度も数も先程と比べれば減じている。

 

そして、数を減らした魔法式は、魔法として完成する前に全て粉砕された。

 

達也の『術式解体』によって。

 

「行け、ジョージ! あの二人は俺が抑える!」

 

雅季と達也、一高の二人を見据えながら将輝は怒鳴るように吉祥寺に告げた。

 

「――っ、行くよ!」

 

一瞬の逡巡の後、吉祥寺はもう一人を連れて一高のモノリスへと駆け出した。

 

「『情報強化』の更新は絶対に途絶えさせないように! 僕達も“やられ返される”可能性がある!」

 

「わかっている!」

 

もはや三高にも安全圏は無い。

 

先程の将輝と同じようなことを雅季がしてくる可能性も充分に考慮しなくてはならなくなった。

 

そして更に思い浮かんだ可能性が吉祥寺を焦燥させる。

 

(もし、将輝の『情報強化』の鎧が『術式解体』によって粉砕されたら……)

 

全ての計算は、あの一撃によって狂わさせた。

 

将輝が地面に膝を付くことなど、吉祥寺が想定していなかった事態だ。

 

想定外が起きてしまった時点で、試合の主導権はもう吉祥寺の、三高の掌には無い。

 

いま主導権を握っているのは、吉祥寺の作戦を悉く覆してきた予想外の塊、雅季だ。

 

もはや何が起こるか、吉祥寺には予測できない。

 

 

 

 

 

 

「……森崎が非常識だと評するわけだ」

 

将輝の反撃を封殺した達也は、苦笑いを禁じ得なかった。

 

幹比古に至っては言葉も出ないようで、ただ目を見開いたまま雅季を見詰めている。

 

長距離魔法を一発で成功させるなど、確かに雅季には常識が通じないらしい。

 

思わず吉祥寺に同情してしまいそうだ。

 

こんなにも予測が出来ない選手を相手にしなくてはならないとは。

 

「幹比古」

 

将輝に向かってCADを構えながら、雅季は幹比古の名を呼んで、再び走り出した吉祥寺達の方へ顎を向ける。

 

「あっちの相手、任せた。できる限り足止めして欲しい。二人相手でキツイと思うけど、頼んだ。その間に一条選手を連れて行くから」

 

一条選手を連れて行く、その一言で達也と幹比古は雅季が何をしようとしているのかわかった。

 

あの“とっておき”を使うつもりなのだ。

 

達也と幹比古は一瞬だけ視線を交叉させ、互いに頷いた。

 

どのくらいの効果があるかは不明だが、ここに至って反対などしない。雅季に賭けてみよう、と。

 

「わかった」

 

力強く、はっきりと頷いて、幹比古は駆け出す。

 

雅季と達也はその後ろ姿を見届け、魔法発動の兆候にすぐさま前へと向き直った。

 

達也は特化型CADのトリガーを引き、『術式解体』で将輝の魔法式を吹き飛ばし。

 

雅季は特化型CADと汎用型CADを同時に操作して、お返しと言わんばかりに圧縮空気と加速魔法を将輝に放つ。

 

再び始まった魔法の砲撃戦。

 

だが先程までの攻撃側と防御側が明確に分かれた戦いではない。

 

達也と雅季、立ち並びCADを構える両者。

 

雅季が攻撃し、達也が防御する。

 

日本国内の魔法師で最強の座を占める十師族。

 

その一条家の嫡男、一条将輝を相手に互角の、いや互角以上の攻防を見せる。

 

将輝の余裕の無い表情が、その事実を物語っている。

 

特化型CADで対象物への直接改変による攻撃、汎用型CADで物理的な事象改変を起こしての間接的な攻撃。

 

異なる種類の攻撃に、将輝は少なくない魔法力を防御へと割くことを余儀なくされる。

 

守勢に回れば回るほど、必然的に攻撃の比重は減っていく。

 

減らされた攻撃は、全て達也に粉砕される。

 

このままではジリ貧だと焦りを覚える将輝。

 

そして、雅季と達也が将輝との攻防を繰り広げながら吉祥寺達の方へと移動を開始したのを見て。

 

将輝は自ら距離を縮めていくことを決意し、前へと進み始めた。

 

 

 

 

 

 

一高のモノリスへ向かう吉祥寺達に、横から突風が吹き荒れた。

 

吉祥寺は咄嗟に自分に加重系魔法を、もう一人は自分に硬化魔法をそれぞれ掛けることで突風に対処する。

 

着地した吉祥寺は、風の起きた方向へ身体ごと向き直り、

 

「吉田選手……!」

 

そこに今の風を発生させた敵の姿を認めた。

 

 

 

(カーディナル・ジョージだけじゃなく、二人が相手か)

 

今、幹比古の目の前には三高の二人。

 

突風で足を止められてからすぐに戦闘態勢を整えたあたり、流石は尚武の三高といったところか。

 

速度において勝る現代魔法に、それも二人との真正面からの衝突を余儀なくされたというのに、幹比古に怯んだ様子が見られない。

 

それもそのはず。幹比古の中は、逆に炎のような闘志が満ち溢れていた。

 

ほんの一瞬だけ、幹比古は視線のみを動かして雅季達を見遣る。

 

将輝と砲撃戦を繰り広げながら、こちらに近づいてくる雅季と達也。

 

その二人との距離を縮める将輝。

 

全ての選手が、この場に集まろうとしている。

 

雅季の狙い通りに。

 

(――負けられない!)

 

これでは試合に勝てたとしても、全てが達也と雅季のお陰ということになる。

 

試合に出場できたのも、元はと言えば達也が選んでくれたからだ。

 

今までの試合で勝てた要因の多くは、雅季の実力によるところが大きい。

 

このままでは自分がここにいる意味が無くなってしまう。

 

達也と雅季がいれば、()()()()が選ばれても勝てたのではないか。

 

そんな評価は、幹比古のプライドが許さない。そう、絶対に。

 

そうして訪れたこの現状。幹比古が倒されれば、一高のモノリスはがら空きとなる。

 

故に、絶対に負けられない。

 

(いや、そうじゃない。そんな受け身じゃダメだ)

 

幹比古は敢えて強気に、傲慢に思い直す。

 

(この二人を、ここで倒す――!)

 

そして、幹比古が腕に巻かれた汎用型CADのパネルを操作したことが、戦いの開始を告げた。

 

 

 

目の前でパネルに指を走らせる幹比古に、吉祥寺は少し肩透かしを食らった気分だった。

 

(敵を目の前に、悠長な……)

 

相手が森崎駿のような“脅威的”な速さの持ち主ならばともかく、ただでさえ速度に劣っている古式魔法。しかもCADは汎用型だ。

 

対してこちらは特化型CAD。更に言えばスピード・ジューティングで準優勝をもたらした『不可視の弾丸』の使い手。

 

敵の魔法を待ってやるつもりなど、吉祥寺達には欠片も無かった。

 

相手の“失策”を見逃せるほど、この試合は甘くはない。

 

(終わりだ!)

 

相方が特化型CADを構えたのを視界の端に捉えながら、吉祥寺は『不可視の弾丸』を発動させるために視線を幹比古に合わせた。

 

そして、視線が“合わせられない”ことに気付いた。

 

「幻術!?」

 

幹比古の姿が揺らぐ。

 

輪郭がぼやけて遠近感が明確に定まらない。

 

視線が合わせられなければ、『不可視の弾丸』は発動できない。

 

(あのローブはこの為の……!)

 

またしても作戦面で一枚上を行かれ、下唇を噛み締める吉祥寺の『不可視の弾丸』は不発。

 

もう一人が放った『空気弾(エアブリッド)』も、ぼやける幹比古の姿に向かって飛来し、そのまま空を貫いた。

 

二人が見える位置に幹比古はいない。実際にはそこから一歩ずれた位置に幹比古はいる。

 

ローブに纏わせた影の精霊による幻術。

 

幻術の大家と謳われる“あの家”には到底及ばないが、精霊魔法の、古式魔法の理解が浅いこの二人を騙すには充分だ。

 

攻撃の不発に、つい先程まであった少しばかりの余裕も吹き飛び、動揺と警戒を剥き出しにする三高の二人。

 

そこへ、今度は自分の番と言わんばかりに幹比古の魔法が完成した。

 

再び発生した強風が、下から舞い上がるような気流を描いて三高の二人に襲いかかった。

 

身体を宙に浮き上がらせるような角度と風速に、吉祥寺達は反射的に姿勢を低くして強風に堪える。

 

その瞬間、二人はすぐさま目の痛みを覚えた。

 

(風に、砂が混じって……!)

 

強風に乗った砂が目に入ったことで、意思とは裏腹に目を瞑ってしまう。

 

同時に、無意識に動きも止まった。

 

吉祥寺がその事を察したのは、頭上に魔法発動の兆候を感じ取った時だった。

 

「避けろ!」

 

相方に最大限の警告を発して、吉祥寺は魔法的防御を展開しながら地面に転がり。

 

コンマ数秒の差で、吉祥寺がいた場所に雷撃が降り注いだ。

 

幹比古の『雷童子』を吉祥寺は何とか躱したが、もう一人は避けきれなかった。

 

事前に試合で幹比古の『雷童子』を見ていた為に、吉祥寺の警告で咄嗟に雷を受け流す魔法を自分に掛けたが、それでも威力は殺しきれない。

 

両手両膝を地面に付く三高選手。

 

意識こそ辛うじて保っていたが雷撃に打たれたことで身体の筋肉が麻痺し、暫くは動くことすらままならないだろう。

 

事実上の戦闘不能、幹比古も吉祥寺もそう判断して、二人は視線を交叉させる。

 

まず一人と意気軒昂に立っている幹比古と、無様に地面に転がっている吉祥寺。

 

その立ち位置が、吉祥寺のプライドを刺激した。

 

(負けるものか!!)

 

ここで負ければ、三高は逆転を許してしまう。

 

十文字克人が待ち構えている以上、本戦モノリス・コードでの一高の優位性は揺るがない。

 

故に、ここで逆転を許す訳にはいかない。

 

総合優勝の為にも、吉祥寺のプライドの為にも。

 

(『不可視の弾丸』が、“点”の攻撃が通じないのなら――!)

 

吉祥寺は勢いよく立ち上がると、同時に取り出した汎用型CADを操作して魔法を発動させた。

 

途端、幹比古は重力に耐え切れず膝を付いた。

 

重力を増大させる加重系魔法。それも範囲指定、“点”ではなく“面”の攻撃。

 

これでは、一歩ずれた位置にいるだけでは避けられない。

 

(もう対策を!? これが吉祥寺真紅郎(カーディナル・ジョージ)……。だけど――!)

 

重力に抑え込まれながらも、幹比古は顔を上げて吉祥寺を強く見据える。

 

全身が圧迫され呼吸も辛い。幾つかの骨には罅が入っているかもしれない。

 

それでも、その瞳は未だ闘志を失っていない。

 

重い右手を動かして、左腕の汎用型CADを操作しようとしている。

 

驚くべき粘りを見せる幹比古に、吉祥寺は評価を改めざるを得なかった。

 

真正面から対峙すれば問題ない? とんでもない誤りだ。

 

雅季と達也だけではない、幹比古も脅威に値する選手だ。

 

(だからこそ、ここで一気に片を付ける!)

 

幹比古よりも早く吉祥寺が汎用型CADのボタンを押して――。

 

「ジョージ!!」

 

将輝の声に思わず振り返った。

 

いつの間にか、ここから五十メートル程度にまで距離を詰めていた雅季と達也。

 

将輝は吉祥寺と合流しようとしているのか、自己加速すら行使してこちらに向かってくる。

 

そして雅季は、特化型CADを吉祥寺に向けていた。

 

(マズイ!!)

 

それを見て、吉祥寺は条件反射で全ての魔法力を『情報強化』に切り替えた。

 

 

 

銃口を向ける、それだけで幹比古の窮地を救った雅季は、縁を感じて全員の位置を把握する。

 

身構えている吉祥寺に、両手と両膝を地面に付いて動かない三高選手。

 

雅季に牽制の魔法を放ちながら吉祥寺と合流しようとする将輝。

 

将輝の魔法を打ち消す達也。

 

吉祥寺の魔法が途切れたことで起き上がる幹比古。

 

三高の三人。一高の三人。

 

全ての選手がここに集った。

 

機は熟した。

 

「達也」

 

雅季は隣にいる達也に声を掛け、

 

「幹比古!」

 

また声をあげて幹比古の名を呼ぶ。

 

将輝と吉祥寺が何事かと警戒する中、達也と幹比古はその時が来たことを察した。

 

そして達也と幹比古、将輝と吉祥寺、更に多くの観衆が見つめる中、雅季は特化型CADをホルダーにしまい。

 

(さあ、行くか!)

 

『跳躍』の魔法で、上空へと跳んだ。

 

 

 

「何!?」

 

雅季の予想外の行動に、達也と幹比古以外の全員が一瞬虚を突かれた

 

特化型CADをしまい、『跳躍』の魔法で宙に舞い上がった雅季。

 

跳んだ先は、将輝と吉祥寺を直線で結んだ中心点の向こう側。

 

三高の二人の上を飛び越えながら、三高の二人が同じ距離になるポイントへ。

 

必然的に将輝と吉祥寺の意識が上へと移る。

 

その瞬間、全員が動き出した。

 

雅季が自ら達也から離れた理由などわからない。

 

ただ雅季と達也が離れて、そして雅季は身動きの取れない上空にいる。

 

ならばそれは三高にとって絶好の機会、最大のチャンスだ。

 

将輝は足を止めて、吉祥寺もまた同時に、互いに意思疎通を図った訳でも無いのに二人は魔法の照準を雅季へと定めた。

 

雅季に意識が集中した二人に対し、達也は瞬発力を最大限に活かして一気に駆け出し、幹比古は汎用型CADのパネルを操作する。

 

意識をこちらに向けながら魔法を行使しようとする将輝と吉祥寺。将輝との距離を縮める達也。吉祥寺に魔法を繰り出そうとする幹比古。

 

その全てを俯瞰しながら、雅季は口元を釣り上げた。

 

 

 

――それはそれは、とても美しく、とても楽しく。

 

 

 

右手に持ち替えたCADは跳んだ時に既に入力済み。

 

魔法はいつでも発動可能だ。

 

 

 

――それはそれは、この世で最も無駄な。

 

 

 

使用する魔法自体は単純明快。

 

 

 

――だからこそ、人間も妖怪も妖精も亡霊も仙人も、誰もが楽しめる。

 

 

 

「結符――」

 

 

 

――そんな、幻想的な遊び。

 

 

 

「――虹結び」

 

 

 

雅季はスペルを宣言した。

 

 

 

 

 

 

「ッ!!」

 

「っ!?」

 

将輝も吉祥寺も、知っていたはずの達也と幹比古でさえ声を失った。

 

上空から降り注ぐ七色の色彩。

 

赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。

 

日本で認識されている虹の七色で構成された光弾。

 

それ自体は太陽光の、光のスペクトルの光子と光波を操作すれば再現できる、ただの振動系魔法。

 

四人を、いや八雲紫を除いた観客すら驚愕させたのは、隙間らしい隙間がないほどに頭上を埋め尽くした、その膨大な光弾の数だった。

 

よく見れば人一人ぐらいならば避けられるぐらいの隙間が所々にあるのだが、初めて見る光の弾幕を前に、それを冷静に観察できるほどの余裕を持っている人物が果たして何人いるだろうか。

 

結符『虹結び』。

 

雅季がスペルカード戦で使用するスペルの一つ。

 

弾幕の壁を七色の色別に連続で七つ放ち、短間隔で放たれた七つの層は一つの虹となる。

 

本来は雅季の全方位に広がっていくように放つのだが、今回の弾幕は全方位ではなく下方のみに放っている。

 

それでも、将輝達からすれば光の弾幕が降り注いでくることに変わりはない。

 

一条将輝も、吉祥寺真紅郎も、観客の多くも一瞬だけ自分を忘れた。

 

降り注ぐ七色の光弾の弾幕。

 

それはまるで虹が地面に降りてくるようで。

 

将輝と吉祥寺は我に返るまで、その光景に圧倒され、魅せられていた。

 

そして我に返れば、恐慌状態となった。

 

迫ってくる七色の弾幕に、どう対処すればいいのか。

 

将輝は弾幕に一部だけ抜け道があることを目敏く見つけて、そこへ身体を滑り込ませる。

 

この時、将輝は衝撃から抜け切れておらず、雅季の弾幕に意識を全て向けており。

 

すぐ後ろにまで迫っていた達也のことは、完全に意識から抜け落ちていた。

 

吉祥寺は避けきれないと思うや、本能的な判断で咄嗟に頭を庇った。

 

もし吉祥寺も知るような“魔法的”な攻撃だったのなら魔法による防御も行えたのだろうが、あまりに予想外過ぎる攻撃が吉祥寺から冷静さを奪い取っており。

 

背後で汎用型CADを操作し終えた幹比古に対する対処もまた、意識の外に置かれてしまった。

 

 

 

達也は笑った。笑わざるを得なかった。

 

おそらく幹比古も笑っていることだろうと妙な確信すらあった。

 

試合前に雅季が見せたのは、七色に色分けされた七つの光弾のみ。

 

これで三高選手の注意を引くからその隙に倒せと、雅季は語った。

 

こういった光弾は演出魔法でも使っているが、今回はそれ以上にするとも。

 

正直、その程度で意識を逸らせるのか疑問に思ったものだが。

 

(本当に予想外の塊だよ、お前は……)

 

確かに、これだけの数を出されては注意を引かざるを得ない。

 

実際には、ただのハッタリだというのに。

 

実のところ、この光弾は質量も熱量も持っていない。攻撃性は皆無なのだ。

 

だから避ける必要も、防御する必要も全く無いのだ。

 

いかにも雅季らしい演出用の魔法。だが一体誰がそれをモノリス・コードで使うと予想できただろうか。

 

将輝も、吉祥寺も予想できなかった。

 

だからこそ、こうして達也の目の前で、幹比古の目の前でそれぞれ無防備な姿を晒している。

 

(それにしても……)

 

短工程の単純な魔法とはいえ、これだけの数を制御するとは、雅季の魔法演算領域はどれ程のものなのか。

 

一高で最も底が知れないのは、実は魔法に固執しない雅季ではないのだろうか。

 

その時、ふと達也の脳裏に思い浮かんだ考えがあった。

 

(或いは、あのバスも――?)

 

だが達也はその考えを一旦捨てた。

 

確証など無いし、そもそも今はそれを考えている場合ではない。

 

今はあの一条将輝を倒すことだけを考える。

 

雅季が作り出した、この唯一の機会に。

 

そして達也は、降り注ぐ七色の弾幕の中へと突っ込んだ。

 

光弾は達也に触れると消失していく。

 

空気以上の質量とぶつかると消えるようになっているのだろう。

 

光の中を駆け抜けていく達也。

 

将輝の姿は、すぐに捉えられた。

 

「――ッ!!」

 

将輝はその時になってようやく達也に気付き、同時に光弾に攻撃性が無いことにも気付いた。

 

だが、全てはもう遅い。

 

達也は将輝の頭部の横を掠めるように腕を繰り出す。

 

将輝が首を捻って躱すが、そもそも直接打撃が禁止されている競技だ。当てるつもりなど毛頭ない。

 

狙いは、将輝の耳なのだから。

 

 

 

吉祥寺の無防備な背中を見つめながら幹比古は、

 

(結局、おいしいところは全部持って行かれたけど、あんなのを見せられたらね)

 

どこまでも常識が通じない雅季に、もう笑うしかないといった心境だった。

 

吉祥寺も倒してみせると、そう思っていたが。

 

確かに倒すのは自分だが、実際に倒したのは雅季だろう。しかも演出魔法によって、だ。

 

見た目だけの魔法がここまで強力な援護になるとは思っても見なかった。

 

(要は、魔法は使い方次第ってことなんだね)

 

魔法力だけでない、技術だけではない、魔法の使い方すら雅季はとんでもない。

 

あのカーディナル・ジョージだけでなく、クリムゾン・プリンスすら手玉に取るとは。

 

(今回は、雅季の援護で勝たせてもらおう)

 

だけど、と幹比古は強く決意する。

 

(次は僕一人でも倒せるぐらいに強くなろう)

 

自分は強くなれる、今ならそんな気がする。

 

今までの苦悩が嘘のように、幹比古の心は晴れやかだった。

 

幹比古は明日からの決意を胸に、魔法を発動させる。

 

 

 

そして、虹色の弾幕が降り注ぐ中。

 

達也の『フラッシュキャスト』が音波を増幅させて将輝の鼓膜を破り。

 

幹比古の『雷童子』が吉祥寺を背後から撃ち抜いた。

 

 

 

二種の大きな音が鳴り響くと同時に、弾幕も全て消え去る。

 

弾幕が消え去った後に広がった光景。

 

膝を付いた達也と、その目の前で倒れている将輝。

 

達也と同じく膝を付いている幹比古と、その視線の先で倒れている吉祥寺。

 

そして地面に着地した雅季。

 

倒れた三高の二人と、全員が意識を保っている一高。

 

 

 

勝敗は、決した――。

 

 

 

 

 

 

そう誰もが悟った時、それは起きた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……この時点で終わっていれば、いい意味での劇的な幕切れだったのだが。

 

……残念ながら、起きてしまった。

 

「こ、の……!!」

 

将輝も吉祥寺も倒された中、幹比古の雷撃を食らって麻痺していた三高選手が動けるまで回復したことで立ち上がった。

 

そして、せめて一矢報いようと汎用型CADを操作して魔法を発動させる。

 

移動系魔法『陸津波(くがつなみ)』。

 

掘り起こされた土が小規模な土砂の津波となって、一番近くにいた幹比古に襲いかかった。

 

幹比古は迫り来る土の塊を見つめたまま、膝を付いたまま動かない。動けない。

 

吉祥寺の加重系魔法によるダメージで、避ける動作も防御の魔法も繰り出せない。

 

達也もまた、破裂音の間近にいたことで鼓膜が破れるという負傷を負っており、すぐさま動けるような状態ではなかった。

 

この時点で唯一動けるのは無傷の雅季だ。

 

だが雅季も『跳躍』により幹比古と三高選手までは若干の距離が開いてしまっている。

 

特化型CADはホルダーにしまった状態。森崎の『クイックドロウ』でもない限り、特化型CADで相手を迎撃するのは間に合わない。

 

故に、必然的にその手に持つ携帯端末形態の汎用型CADで迎撃することになる。

 

汎用型CADで、既に発動した魔法に先んじて攻撃できる手段。

 

 

 

……その“手段”を思い付いた雅季は、何の躊躇いを持たずにそれを行使する。

 

 

 

雅季は素早く右手でパネルを操作する。

 

操作しながら、何故かCADを振りかぶった。

 

起動式の読み込みを終えて、魔法が発動する。

 

発動対象は、何故かCAD本体。

 

そして、雅季はサイドスローのフォームで……CADをぶん投げた。

 

 

 

飛翔するCADに掛けられた魔法は、加速系魔法と移動系魔法、加重系魔法、更に硬化魔法。

 

加速系魔法がCADの速度を剛速球並みに加速させる(本人曰くストレート)。

 

移動系魔法が三高選手と真正面からぶつかるように、弧を描く軌道をCADに描かせる(本人曰く高速スライダー)。

 

加重系魔法がCADの加重を増大させ、威力を増大させる(本人曰く重い球)。

 

硬化魔法はCADの破損防止(本人曰く安全対策)。

 

そんな無駄に高等なマルチキャストを織り込んだCADは幹比古の横を通り過ぎ、土砂の津波を飛び越して。

 

「ごはぁっ!!」

 

三高選手の腹部に直撃し、その身体をくの字に折り曲げた。

 

三高選手は砲弾を受けたかのように身体を一瞬宙に浮かせ、後方へと吹き飛ぶ。

 

吹き飛んだ勢いのまま十回転ぐらいゴロゴロと地面を転がって、ようやく止まった。

 

もはやピクリとも動かない三高選手。たぶん死んではいないだろう。

 

ちなみに三高選手の傍に落ちた雅季のCADは全くの無傷だったことを記しておく。

 

それと、幹比古を襲っていた『陸津波』も三高選手が吹っ飛んだあたりで解除されたが、今や誰にとってもどうでもいいことだろう。

 

 

 

「……」

 

沈黙が、会場中を包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

一高本部では、予想外の連続に幹部陣は完全な思考停止に陥っていた。

 

長距離攻撃、光弾の弾幕、そして極めつけのCAD投げ。

 

真由美も摩利も、鈴音、あずさ、服部といった誰もが口をあんぐりと開けたまま、呆然とモニターを見ている。

 

克人は流石に口を開けたりしていないが、腕を組んだまま微動だにしない。間違いなく克人もフリーズしていた。

 

 

 

 

 

 

関係者の応援席でも、ほのかや雫、他の女子達も動かない。

 

眼前で起きた光景に対する理解の処理が追いついていないのだろう。

 

ほのかと雫は「本当に、CAD投げた……」と、呆然としながらそんな感想を抱き。

 

深雪に至っては両手を口元に当てたまま固まっている。

 

その心境を表すと、「約束を守って下さったお兄様に感動して涙が出そうだったのに完全にそんな空気じゃなくなってどうしてくれるんだコンチクショウ」といったところか。

 

 

 

 

 

 

一般客用の応援席も同様で、エリカ達だけでなく他の観客も唖然としていた。

 

勝負が付いたはずなのに、歓声どころか囁きすら生まれない。

 

ただ紫のみは「魔法を使って投げているからルール違反にはならないわねぇ」と感心していたとか。

 

人間と妖怪では感受性が違うのだ。

 

 

 

 

 

 

真田、柳、そして呉智の三人は歴戦の軍人なだけあり、ポカンと固まるような真似はしなかった。

 

「……CADって、投げるものだっけ?」

 

「……知るか。そっちの方が詳しいだろう、技術士官」

 

「……面白い奴も、いたものだな」

 

それ以上に呆れていたが。

 

おかげでついさっきまで殺気立っていた空間は、何とも言えない微妙な空間に早変わりしていた。

 

 

 

 

 

 

助けられたはずの幹比古が礼を言うことすら忘れるほど放心している最中。

 

(なんて……)

 

達也は衝撃を受けていた。

 

加速系魔法で速度を上げて。

 

移動系魔法で軌道を修正し。

 

加重系魔法で威力を増大させ。

 

硬化魔法でCADの破損を防ぐ。

 

あの投げるまでの一瞬で、四種類の魔法を発動させた雅季。

 

(なんて、無駄に洗練されて無駄に高等技術を織り込んだ無駄な攻撃なんだ……)

 

というより、あの処理速度なら普通に魔法を使っても間に合ったと思うのだが。

 

一応、魔法を使って質量体を飛ばしたという扱いになると思うので、ルール違反ではないだろう。

 

実際に反則を示す旗は挙がっていない。

 

そして試合終了の合図も未だ無い。

 

……大会運営委員も固まっているらしいと、達也は他人事のように思った。

 

 

 

 

 

 

三高の三人が倒れた今、試合終了の合図を鳴らすべきなのだが。

 

達也の予想通り、大会本部も唖然とした顔で全ての動きを止めていた。

 

そんな中で最も早く我に返ったのは来賓席に座る九島烈だった。

 

「……あー、試合終了ではないのかね、君達?」

 

九島の言葉に、大会関係者達も我に返り慌てて動き出す。

 

やや遅れて試合終了の合図が鳴り響く中、九島は思わずボヤいた。

 

「百秋といい、あの少年といい、結代家はどうしてああも自由なのだ……」

 

 

 

 

 

 

漸くモノリス・コードの試合終了を知らせる合図が響き渡る。

 

だが、一高応援団は歓声を上げることも出来ず、というかどう反応していいかわからず。

 

とりあえず選手の健闘を称える義務的な拍手が一部で起き始め、それに乗っかっていくように他の観客も拍手を始める。

 

そうして、会場内は満場の拍手となった。

 

……なし崩しで、という点はどうしても否めなかったが。

 

 

 

 

 

 

そして、裾野にある病院では。

 

「森崎さん、どうしました!?」

 

頭を抑えていた森崎に看護婦が慌てて近寄って声を掛ける。

 

まさか頭の怪我が、と心配する看護婦に、森崎は顔を抱えたまま、

 

「……すいません、頭痛薬ください。できればストレスに効くやつで」

 

「――はい?」

 

看護婦の目を点にさせた森崎は、とりあえず退院したらこの大舞台でやらかしたあの非常識を締めよう、と心に誓った。

 

 

 

 

 

 

こうして新人戦モノリス・コード決勝戦は、残念な意味での劇的な幕切れで終わりを告げた……。

 

 

 

 




今話の正式なタイトル。
「虹は降りて、CADは舞う」
ネタばれになるので前半のみになったというオチ。

皆さんもノロわれないよう体調管理と食べ物には充分お気を付けてください。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告