魔法科高校の幻想紡義 -旧-   作:空之風

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年末年始は物理的に更新不可。
なので、今のうちにできるだけ更新したいな、と。
あと一話いけるか微妙なところですが。


第40話 不思議な瞳の見る不思議世界

モノリス・コード予選、一高対二高の試合は市街地ステージで行われている。

 

そのステージ上に設置された、校舎を模擬したらしい五階建ての廃墟ビル。

 

索敵魔法でこのビルに人がいることを察知した二高選手のオフェンス二人は、正面と裏手の二つの入り口からそれぞれ侵入する。

 

一階にある一室を、特化型CADを構えながら中を窺うこともせずに強行突入し、素早く周囲を探る。

 

階段を見つけるや、誰もいなければそのまま駆け上がる。

 

周囲への警戒もおざなりに二人は先を急いでモノリスを探す。

 

何故なら、自分達が不利な立場にいることを自覚しているために。

 

一高のディフェンダー、結代雅季は既に自分達の場所を把握しているのだろうと予想しているために――。

 

 

 

「一高の代役として出場したあの三人の選手は、本当に代役なのか?」

 

そんな疑問が彼方此方で交わされるほど、八高との試合は対戦相手にとって大きな衝撃と警戒心を与えていた。

 

オフェンスの司波達也は「実用化されているものでは最強の対抗魔法」とも言われる『術式解体(グラムデモリッション)』の使い手。

 

魔法以外の攻撃が禁止されているモノリス・コードにおいて、魔法そのものが無力化されてしまっては達也を無力化することは難しい。

 

更に戦闘技術も高く、先程の試合でも八高のディフェンスを翻弄してコードを打ち込み、勝利をものにしている。

 

吉田幹比古は姿を隠しながら精霊魔法による遠距離攻撃を仕掛けてくる。

 

速度では現代魔法に劣るが、そもそもの術者の位置がわからなくては対処のしようがない。

 

特に市街地のような遮蔽物の多いステージでは厄介であり、何をしてくるかわからない不気味さがある。

 

そしてディフェンスの結代雅季に至っては、高い魔法力と優れた索敵魔法、CADの同時操作など技量も兼ね備えた強敵だ。

 

アイス・ピラーズ・ブレイクでは“あの”十師族の一条将輝とも激戦を繰り広げた選手であり、寧ろどうして一種目しか出場していないのかと多くの者が首を傾げる逸材。

 

司波深雪といい、森崎駿といい、上級生だけでなく一年でも選手層の厚い一高に、各校は羨望を禁じえず、無頭竜はリスクの高すぎた賭けだという現実を改めて突き付けられていた。

 

 

 

巧遅は拙速に如かず。

 

位置が知られているならば、慎重に進んだところで意味は無い。

 

またオフェンスの二人が行動を共にしても、二人して罠に陥る危険もある。

 

ならば、別々に迅速な行動をしよう。その方が結代選手を混乱させられるかもしれない。

 

二高は大胆にもそう割り切って行動していた。

 

もし、雅季を知る人物がその判断を聞けば、誰もが溜め息混じりにこう答えるだろう。

 

「……その程度で混乱するような奴じゃない」と。

 

二高選手のオフェンス二人のうち、裏手側の階段を駆け上がった一人が、そのことを真っ先に思い知らされる。

 

二階の階段の角から廊下を窺う。

 

誰もいないことを確認した二高選手は、廊下沿いに並ぶ教室を警戒しながら走り出し。

 

――走り出した直後に魔法の兆候を感知した。

 

魔法師としての感覚が改変されようとしているエイドスを感じ取る。

 

その対象は……。

 

(足元!?)

 

二高選手が悟った時には、その廊下の一角にある空き教室に潜んでいた雅季の魔法が発動した。

 

放出系魔法『伸地迷路(ロード・エクステンション)』。

 

二高選手の足元、廊下の摩擦力が消える。

 

摩擦を失った廊下で人が立っていられるはずも、況してや走れるはずもない。

 

「ぐあっ!?」

 

足を滑らせ盛大に前のめりに倒れる二高選手。咄嗟の受身も間に合わずに腕や肩を廊下にぶつけたことで苦痛の声があがる。

 

だが、魔法はそれだけではない。走っていた勢いをそのままに、二高選手の身体は廊下を滑走し始める。

 

廊下の摩擦力をゼロにする放出系魔法と、二高選手の走っていた勢いを保持する加速系魔法の、二種類のマルチキャスト。

 

二高選手は雅季のいる教室の前を横切って廊下を滑っていき――指定された位置で魔法は終わる。

 

摩擦が元通りになり、身体を押す力も無くなったことで二高選手の身体は停止する。

 

そして、そのポイントで待ち構えていた幹比古の『雷童子』が、二高選手を撃ち抜いた。

 

 

 

 

 

 

『視覚同調』で雅季が行動不能になった二高選手のヘルメットを脱がせているのを見ながら、幹比古は相手を倒せたことによる安堵と、そして感嘆の二つが混ざった溜め息を吐いた。

 

これが一科生のトップクラス、司波さんに次ぐ実技第二位の魔法か、と。

 

(ピラーズ・ブレイクでも思ったけど、マルチキャストの制御も本当に見事だよ。僕じゃあ、あんなに複数の工程の魔法を同時に扱うことなんて出来ないからね)

 

嫉妬が無いと言えば嘘になるが、それよりもこれほど高い技術の魔法を間近で見られることの喜びの方が幹比古の中では大きかった。

 

(色々と勉強させてもらうよ、雅季)

 

幹比古がそう思った矢先、通信機に着信が入る。

 

相手を確認するまでもなく、幹比古は通信機を手に取ってボタンを押した。

 

『幹比古、聞こえるか』

 

「聞こえるよ、達也」

 

『やるぞ。モノリスの位置を探査してくれ』

 

どうやら達也も相手がいるビルにたどり着いたらしい。

 

つまり、作戦開始というわけだ。

 

「わかった。こっちは今さっき一人片付けたところだよ」

 

『……流石に早いな』

 

「雅季だからね」

 

幹比古が苦笑混じりに言うと、向こうも苦笑したのがわかった。

 

「雅季は既にもう一人のオフェンスのところへ向かっている。こっちは心配しないで大丈夫だから、達也も気をつけて」

 

『ああ、了解した』

 

それで達也も幹比古も通信を終える。

 

試合中なのであまり長話できる状況ではない。

 

だが達也も幹比古も、敗北の危機感は既に薄れている。

 

少なくとも一高のモノリスが攻略される危険性が、あまり感じられないために。

 

(二高の選手にとっては残念だろうけど……うちのディフェンスは強力だよ)

 

そして、達也が精霊の『喚起』に成功したことを感じた幹比古は、精霊とのリンクを確立させて相手のモノリスを探し始める。

 

残ったオフェンスの一人は、雅季が防ぐだろうという確信を抱きながら。

 

 

 

 

 

 

残された二高のオフェンスは、焦燥と警戒心に駆られていた。

 

いま彼がいる場所は正面側の一階の廊下。そこから二階へ続く階段を窺っている。

 

先ほど魔法が使われたのを感じ取った二高選手は、もう一人が接敵したのだと認識した。

 

その場所がここから反対側、裏手側の二階であることもわかった。

 

だが援護へ向かう前に、魔法の行使は終わってしまった。

 

交戦中ならばもっと魔法が行使されるはずだというのに。

 

そして、今なお近くで魔法が発動された様子はない。

 

それはつまり、既に交戦が終わっているということだろう。

 

……おそらく、二高のオフェンスの敗北で。

 

でなければ、とうに一高のモノリスが開放されているはずだ。

 

(あんなに早くやられるなんて、奇襲されたのか? クソ、戦力を分断したのは間違いだったか……!)

 

内心で毒づくも、同時に「行動を共にしていれば二人ともやられていたかもしれない」という反論も思い浮かぶ。

 

何が最適なのかわからないだけに本当に厄介だ、結代雅季という選手は。

 

だが、問題はこれからだ。

 

二階で接敵があったということは、モノリスがあるのは少なくとも二階より上だ。

 

ならば二階へ上がるべき、そうは思っているのだが……。

 

(……くっ)

 

階段に向かっての一歩目がどうしても踏み出せない。

 

二高選手にとって、二階は鬼門にしか思えなかった。

 

居場所を探知されていると考えると、自分がここにいるのもわかっているはず。

 

ならば待ち伏せがあるのは間違いないはずだ。

 

あっという間に敗北したもう一人と同じように。

 

果たして、自分にそれを防ぐことが出来るだろうか――。

 

(ええい、クソ! やるしかない!!)

 

二高選手は覚悟を決め、階段へ向かって走り出した。

 

階段を二段飛ばしで一気に駆け上がる。

 

二階にやって来て、すぐさま左右の廊下を見回す。誰もいない。

 

(どこにいる……!)

 

収束系魔法がインストールされている特化型CADを構えながら、警戒心を剥き出しにゆっくりと歩みを進める。

 

時折背後を確認することも忘れない。

 

そうして警戒しながら階段に一番近い教室を、割れた窓から窺い見る。

 

窓から見る限り中には誰もいない。当然ながらモノリスも無い。

 

二高選手は教室から廊下へ警戒を移し、再び歩き出す。

 

(一体、どこに?)

 

次の教室へ移る前に、また背後へ振り向く。やはり誰もいない。

 

 

 

直後、すぐ隣で魔法の発動を感知した。

 

 

 

反射的に、CADを構えて体ごと横へ、先ほど確認した教室の引き戸へと振り向く。

 

体が振り向いた瞬間、その引き戸が勢いよく開かれた。

 

「――!!」

 

条件反射で特化型CADのトリガーを引いた。

 

放たれた収束系魔法『空気弾(エア・ブリット)』が教室の中を横切り、音を立てて向かいにあるロッカーを凹ませる。

 

 

 

……ただ、それだけだった。

 

 

 

そして、

 

「――!」

 

二高選手は気配を察して、首だけ横に向ける。

 

今さっき無人であることを確認したはずの教室。

 

その割れた窓から、雅季が特化型CADの狙いを二高選手に定めていた。

 

(こいつ、窓のすぐ下に隠れて――!?)

 

その瞬間、二高選手は自分が罠にはまったことを察した。

 

雅季は窓の真下という窓からの死角に隠れて、二高選手をやり過ごしたのだ。

 

引き戸を開けたのはただの移動系魔法。二高選手の注意をそちらに逸らすためのもの。

 

必要以上に警戒していた二高選手は、それに引っかかってしまった。

 

その結果が、二高選手の敗北がほぼ確定したこの状況であり。

 

雅季がトリガーを引いたことで、敗北は確定から結果となった。

 

 

 

一高のモノリスがある三階に辿り着くことも出来ず。

 

そもそも一高のモノリスの位置を知ることすら出来ず。

 

二高のオフェンスは全滅した。

 

 

 

二高のモノリスを開放した達也は、幹比古からその連絡を受け取った。

 

一高の敗北が無くなったことで、達也は二高の陣地から離脱する。

 

だが二高のディフェンスはオフェンスが全滅したことも、達也が離脱したことも知る術を持たず、ただ開放されたモノリスを守るため陣地から動かない。

 

そのモノリスのコードを、精霊を介して見ている幹比古がウェアラブルキーコードに打ち込んでいることにも、試合終了のサイレンが鳴るまで終ぞ気付けなかった。

 

 

 

 

 

 

一高対二高の試合も一高の圧勝で終わり、試合結果を受けてモノリス・コード予選の順位は、三高の一位に次いで一高が二位に付く。

 

これで三高とは決勝戦で当たることが決定した。

 

「やった! 二位だよ、深雪! 達也さん凄い!」

 

「ほのか、お兄様だけのお力ではないわ。吉田君の精霊魔法や結代君の魔法もあっての結果よ」

 

「深雪の言う通り、達也さんだけでなく結代君も吉田君も凄い。特に結代君が相手のオフェンスを無力化してくれるから、達也さんも吉田君もモノリス攻略に集中できている」

 

深雪と雫からの冷静な指摘に、ほのかは慌てて付け足す。

 

尤も、ほのかの気持ちを理解している深雪と雫にとっては、からかいの意味合いが大きかったが。

 

「も、勿論、わかっているって! 結代君も吉田君も凄いよね、うん!」

 

案の定というか予想通りのほのかの反応に、深雪と雫はお互いに目を合わせて小さく笑った。

 

「でもまあ、達也と幹比古は知っていただけに予想通りっちゃあ予想通りだけどよ、雅季に関しては予想以上だぜ」

 

レオの言葉にエリカも同意する。

 

「ホント、達也君だけじゃなくて雅季も見ていて安定感あるわよね。……ミキも、もう昔どおりじゃない」

 

エリカの最後の呟きだけは、小声過ぎて誰の耳にも届かなかった。

 

深雪達やエリカ達の評価を聞いて、紫は扇子で扇ぎながら内心で「それもそのはず」と当然として受け取っていた。

 

(今代の結代は、昔も今も“やんちゃ”ですから)

 

幻想郷では本気の戦いが見られなくなった分、スペルカードルールのような遊びの戦いが増えた。

 

そんな中で雅季は普段から遊びの戦いをしたりされたり、付き合いで戦ったり、異変に関わったり、自ら異変を起こしたりと、意外と実は好戦的だ。

 

まあ、幻想郷の面子は勝敗には拘らないのにだいたい好戦的な気もするし、雅季の場合は好戦的というよりも遊び好きといった方がしっくりとくる。

 

そんなこんなで、雅季は遊びとはいえ戦った数、戦闘経験だけは結構あるので、かなり戦い慣れていたりする。

 

閑話休題。

 

深雪達が試合内容について歓談し、隣に座るエリカが何事かを考え込んだ中、

 

「――うん、私も頑張らなきゃ」

 

美月は決意して、眼鏡ケースを手元に取り出した。

 

「あら? 美月、眼鏡を外すの?」

 

それに気付いた深雪が尋ねたことで、皆の視線が美月に集まった。

 

「うん、今のうちに慣らしておこうと思って。次から決勝トーナメントだし、私の目も何かの役に立つかもしれないから」

 

「美月、無理しなくてもいいんだよ?」

 

「大丈夫だよ、エリカちゃん。全然無理しているわけじゃないから」

 

エリカの心配に笑って答える美月。

 

そのエリカとレオの向こうに座っている紫は、扇子を口元に当てる。

 

 

 

いかにも妖怪らしい笑みは、扇子によって隠された。

 

 

 

(その眼鏡を外されると、色々と困るのよねぇ)

 

美月の目は不思議を見る目。

 

この現実の世界で、幻想である紫のことも“見て”しまう。

 

そもそも不思議なものを見る目が、ただの現実を見るのは不似合いだ。

 

だから――。

 

 

 

紫が見つめる中で、美月はそっと眼鏡に手を伸ばし。

 

眼鏡を、外した。

 

 

 

瞬間、美月のすぐ傍から、巨大な霊子(プシオン)の津波が襲いかかった。

 

表現としてはそれ以外に言い様がなかった。

 

普段見ているものとはまるで違う規模の奔流が瞳を介して美月へと流れ込み。

 

(あ……)

 

美月は為す術もなくそれに翻弄される。

 

千年を超える幻想は、今の美月には重すぎた。

 

ただ美月にはそれがわからず、自分が何を見ているのかも全く理解できないまま、美月の意識は混濁していき。

 

 

 

――そう、不思議な目を持つ貴女には。

 

 

 

どこからともなく、

 

 

 

――不思議な世界を見るのがお似合いね。

 

 

 

そんな声が聞こえたような気がして。

 

 

 

一瞬、自分の身体が浮いたような感触と共に、美月の意識は闇に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

(……あれ?)

 

目を覚ました、というのは語弊がある。

 

正しくは“気がつけば”、美月は見知らぬ場所で見知らぬものを見ていた。

 

(……家?)

 

見ているものは、森の中にあるらしい一軒家。

 

ちゃんと見ているはずなのに、何となく現実味というかリアリティが感じられない。

 

まるで夢の中にいるような、そんな朧気で儚い光景。

 

或いは、儚いのは自分の方か。

 

身体があるような実感がどうしても湧かない。

 

ふわふわと浮いているような奇妙な感覚に包まれている。

 

なのに、自然と家に近づくことが出来た。

 

家の周りは深い木々が生い茂っていて、見た限りでは近くに他の家はないようだ。

 

家の窓を見れば窓際にいくつもの人形が置かれており、持ち主の趣味だろうか、全てが人を模した人形だ。

 

(どうして、ここにいるんだっけ?)

 

まるで思考に靄が掛かっているようで、どうにも思考がまとまらない。

 

何かを忘れているようで、それが何かもわからない。

 

(とりあえず、家の人に何か聞いてみようかな?)

 

そうすれば何かがわかるかもしれない。

 

そんな曖昧で抽象的で漠然とした思いの下、美月はふらふらと家に近づいていき――。

 

(……あれ?)

 

玄関の前まで来たと思ったら、もう中に入っていた。

 

(ドア、開けたっけ?)

 

そんな疑問が浮かぶが、ドアは開けなければ入れない。

 

だから開けたのだろう。とりあえずそう結論付けた。

 

(お邪魔します)

 

美月は家の中を進み、リビングと思われる部屋の中へ入った。

 

部屋の中には誰もいなかったが、テーブルの上にはクッキーが置かれている。

 

誰が住んでいるのだろう、そう美月が思っていた時、

 

「……夏とはいえ、なんでウチに幽霊が来るのかしら」

 

背後からどことなく不機嫌そうな声が聞こえてきて、美月は振り返った。

 

まるで人形のような少女が、そこにいた。

 

見た目はおそらく同世代、金髪で白い肌という容姿は外国人のようだが――。

 

それ以上に、美月には少女がおとぎ話の登場人物のような、幻想的なものに見えた。

 

その少女の傍には二体の人形が浮かんでいて、それぞれポットとティーカップを持っていることも、それに拍車をかけている。

 

そして、

 

「ジメジメして暗いところなら、ここじゃなくて隣の家よ」

 

『七色の人形遣い』アリス・マーガトロイドは家の角を、いやその方角にある泥棒の家を指差して、やや不機嫌そうに美月に言った。

 

「天窓でも取り付けようかしら……。とりあえずテーブルにそれを置いてちょうだい、上海、蓬莱」

 

アリスの指示に二体の人形、上海と蓬莱はティーカップと紅茶の入ったポットをテーブルのクッキーの横に置いた。

 

それを見届けて、アリスは再び美月の方へ目を見やり、「あら」と声をあげた。

 

「よく見たら幽霊じゃなくて生霊ね。なんでここにいるのかしら?」

 

……正直、それを問われても美月には答えられないというか、相手が何を言っているかも理解できていないのだが。

 

「まあ幽霊じゃないなら、別にウチがジメジメして暗いっていう訳じゃないのよね。なら、いいかしら」

 

美月が返答に窮しているところで、アリスは勝手に納得して紅茶を淹れ始める。

 

そして美月を置いてけぼりに、ティータイムを始めてしまった。

 

(……えっと、あのー)

 

美月はとりあえず声を掛けてみるが、アリスからの返事は無い。

 

(そういえば、私の声ってちゃんと出てない、気がするような……)

 

声が出ないと話しかけられないなぁ、と困る美月。

 

どうして声が出せないのかについては、不思議と疑問に思わない。

 

さて、どうしようかとアリスの傍を“ふわふわ浮いている”美月に、アリスは何かに気付いて話しかけた。

 

「貴方、クッキー欲しいの?」

 

(いや、そういうわけじゃないけど……)

 

どうやら変な勘違いをされたらしいが、言葉が出ないので誤解も解けない。

 

「生霊ってクッキー食べるのかしら?」

 

アリスはクッキーを一つ手に取ると、美月へと差し出した。

 

(う……じゃあ、頂きます)

 

人の好意は無下に出来ない。そう思い美月はクッキーを受け取ろうとして。

 

 

 

――き……。

 

遠くから声が、聞こえた。

 

(あれ? この声、どこかで……)

 

美月は首を傾げると、また声が聞こえてくる。

 

――み……き……。

 

さっきよりも近く、さっきよりも少しだけはっきりと。

 

視界が白く霞んでいく。こちらを見るアリスの顔も、少しずつ白い霧に閉ざされていく。

 

――みづき……。

 

その声は、自分を呼ぶものだと美月は気付く。

 

(そうだ。この声は、エリカちゃんの――)

 

美月が声の主を思い出した瞬間。

 

――美月!!

 

はっきりとエリカの声が聞こえ、同時に美月は急激に引っ張られる感覚に囚われ、再び意識が闇に包まれた。

 

 

 

「あ、消えた。何だったのかしら……?」

 

突然消えた生霊に、アリスは首を傾げながら紅茶を一口飲む。

 

皿の上のクッキーが一枚減っていることに気付かぬまま――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、れ……?」

 

「美月!!」

 

美月が目を醒ますと、目の前にはエリカの顔があった。

 

「良かったぁ、目が覚めたぁ」

 

「大丈夫?」

 

ほのかと雫が安堵の表情を浮かべて美月の顔を覗き込んでくる。

 

美月が周りを見回すと、深雪とレオも安心したように胸を撫で下ろしている。

 

そして、周囲にいた観客達もこちらを囲うような自然な輪が出来た状態でざわめいている。

 

ふと美月は気付いたように目に右手をやる。

 

美月は、外したはずの眼鏡を掛けていた。

 

「私、どうしたの?」

 

美月が尋ねると深雪、レオ、エリカが立て続けに答える。

 

「どうしたもこうしたも、あなたが眼鏡を外したらいきなり気を失ったのよ」

 

「おう、もし目を覚まさなかったら医務室まで運ぶところだったぜ」

 

「とりあえず眼鏡をかけ直してみたら目が覚めたのよ。全く、心配したんだから」

 

「えっと、みんな、ごめんなさい。心配かけちゃったみたいで」

 

皆に謝りながらも、美月の中には不思議な思いが満ちていた。

 

 

 

妙な夢を見ていた気がする。

 

 

 

ほとんどの内容は泡沫に消えて覚えていない。

 

 

 

ただ姿形は思い出せなくても、印象には残っているものがある。

 

 

 

森の中の一軒家に、人形を連れた少女……。

 

 

 

「美月」

 

深雪に話しかけられて、美月は我に返る。

 

「この九校戦の間、眼鏡を外すのは禁止よ」

 

深雪の宣言に、全員が同意とばかりに頷いた。

 

「美月が倒れたのは、たぶん人が多いところで急に眼鏡を外したのが原因だと思うから」

 

「うん。それに九校戦だから魔法も使われているしね」

 

雫とほのかの言葉に、美月は内心では「そんなはずは……」と思うも口に出しての反論は無い。実際に自分は倒れてしまったのだから。

 

「……うん、本当に心配かけてごめんなさい」

 

だから美月は、心配をかけさせた皆に向かって九校戦の間は眼鏡を外さないことを約束した。

 

 

 

レオの後ろで同じく心配そうな顔を浮かべている、妖怪の賢者の思惑通りに。

 

 

 

もし幹比古がこの場にいれば、美月が気を失っている間、彼女の中から幽体がいなくなっていたことに気付いただろう。

 

幽体離脱と呼ばれる現象。

 

肉体は現実に、思いだけが幻想郷へ。

 

だがこの場に幹比古は、“そういうもの”に詳しい者はおらず、結果として誰もその事実を知ることは出来なかった。

 

「とりあえず、無事なようで何よりね」

 

「はい。八雲さんも、心配かけてごめんなさい」

 

自身が黒幕であることを夢にも思わせず、紫は普通に接する。

 

(ああ、そうそう)

 

そして、紫は言葉には出さず、内心で付け足すように美月に言った。

 

(それは、不思議な世界からのお土産よ)

 

「……あれ?」

 

同時に、美月は左手に何かを握っていることに気付いた。

 

左手に目を向ける。

 

持っていたのは、クッキーだった。

 

どうして自分がクッキーを持っているのか、という疑問より。

 

(このクッキー、どこかで……?)

 

そのクッキーに見覚えがあったことの方に、美月は疑問を覚えた。

 

そして、美月は誰にも悟らせずに、そのクッキーをそっとポケットの中にしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに後日――。

 

「妖夢、生霊ってクッキー食べるの?」

 

「はい?」

 

「もしまた今度来たらお茶会でも開いてあげようかと。ああ、でもまたすぐ消えたら意味ないわね」

 

「えっと、何の話?」

 

そんな会話が幻想郷で交わされたとか。

 

 

 

 




作者からの質問です。
「生霊ってクッキー食べますか?」(笑)

不思議な目を持つ美月と、不思議な世界の住人のアリスの、不思議な邂逅でした。
原因は紫のせい(笑)
美月対策はこれでばっちりです。

次回の更新は、もしかしたら年明けになるかも。
来週中の更新が無ければ間違いなく年明け以降です。

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