魔法科高校の幻想紡義 -旧-   作:空之風

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体調不良で少し思考が鈍っています。
読み直して大丈夫かな、とは思っているのですが、何かあれば修正します。


第36話 悪縁の行方

人為的に作られた森の中を、二人の少年が適度な距離を保ちながら慎重に進んでいく。

 

プロテクション・スーツにヘルメット、片手には特化型CAD。

 

二人は一高の選手。その内の一人は森崎駿だ。

 

新人戦四日目、モノリス・コード予選。

 

一高の一回戦目の相手は六高。舞台は森林ステージだ。

 

試合開始からおよそ十分が経過しているが、未だ戦闘には至っていない。

 

森林ステージは市街地ステージと同じく遮蔽物が多いため、比較的遭遇戦の割合が高くなる。

 

索敵が得意な選手が相手にいれば、待ち伏せや奇襲も考慮しなくてはならない。

 

その為、森崎達は警戒しながら進む必要があった。

 

森崎ともう一人の選手はそれぞれ木陰から前方を伺い、周囲に相手がいないことを確認して、素早く移動し別の木陰に身を隠す。

 

モノリス・コードは選手三人による団体戦。

 

そうなれば自然と相手モノリスを攻めるオフェンスと、自分達のモノリスを守るディフェンスにポジションは分けられる。

 

一高のオフェンスは森崎を含めた二人、ディフェンスは一人。

 

(ここまで接敵は無かったけど、もうすぐ六高のモノリスがあるはずだ)

 

森崎の特化型を握る手に汗が流れる。

 

六高のオフェンスとは遭遇しなかった。すれ違ったのだろうか。

 

だとしたら急がなくてはならない。

 

もし相手のオフェンスも二人ならば、一高のディフェンスは一対二の対決を余儀なくされる。

 

その場合、当然ながら向こうも同じリスクを背負うことになる。

 

そうなれば後は時間との勝負だ。一刻も早く六高のモノリスを開放し、五百十二文字のコードを打ち込まなくてはならない。

 

あまり時間が掛かりすぎれば一高のモノリスが攻略されてしまうかもしれない。

 

焦る気持ちを抑えつつ森崎達は先へ進んでいき、やがて木々が開けた場所へと辿り着く。

 

(あった!)

 

森崎の視線の先に鎮座する六高のモノリス。

 

そのモノリスの前に六高のディフェンダーが一人、警戒心を表面化させて周囲に隈無く視線を配り続け、その右手には森崎達と同じく特化型CADを持っている。

 

二人一組(ツー・マン・セル)を組んでいる選手が森崎に「どうする?」と視線で問い掛ける。

 

問いを受けて森崎は思考を巡らせる。

 

モノリスを分割する専用魔法式の有効射程は十メートル。ここからでは届かない。

 

木々が拓けた場所に設置されたモノリスに魔法式を撃ち込むには、自身も姿を現さなければならない。

 

それは敵の前に姿を現すのと同じ意味だ。

 

このまま遠距離攻撃か、迂回して側面からの奇襲か、それとも正面突破か。

 

(――正面突破だ)

 

ほとんど間を置かずに森崎は決断した。

 

相手が一人ならばたとえ後出しでも確実に先手を取れる。

 

もし相手が二人でも対応可能だろう。

 

そんな自信が今の森崎にはあった。

 

スピード・シューティングの試合で得たあの感覚は、今なお森崎の中にある。

 

不思議な感覚だ。まるで自転車の運転のように一度覚えてしまえば普通に使えてしまうのだから。

 

(僕が前に出る。そっちは後方から援護を頼む)

 

森崎が声には出さず手信号で指示を送ると、一高の選手は頷く。

 

そして、森崎はひと呼吸を置いて心身の状態を整え――木々の間から飛び出した。

 

 

 

おそらく魔法発動速度に限れば、今の森崎は真由美に匹敵するだろう。

 

コンパイルの高速化の授業を受ければ、ともすれば三○○ミリ秒を切るのではないかと思われる程に。

 

スピード・シューティングで見せた森崎の驚異的な早撃ちは、それ程の衝撃をもって受け入れられた。

 

当然、一高だけでなく他高にも衝撃の波紋は広がっている。

 

いや、衝撃で言えば他高の方がその度合いは大きい。

 

何せ今は九校戦の最中。一高は優勝候補筆頭のライバルなのだ。

 

一高にとっては“驚異”でも、他高からすればそれは“脅威”だ。

 

森崎を相手取るのに、一人では魔法発動前に容易く敗北するだろう。

 

二人でも真正面から対峙すれば敗北は免れ得ない。

 

故に――。

 

 

 

六高のディフェンダーが森崎の姿を目視した時には、既に森崎は駆けながらCADの照準をディフェンダーに向けていた。

 

素早く構え、即座に照準を定めて撃つ。それに特化した技術こそが森崎家の『クイックドロウ』。

 

森崎に僅かに遅れて、モノリスの前にいるディフェンダーも特化型CADの狙いを森崎に定める。

 

とはいえ、ただでさえ速度に劣った状態で先手を取られた。

 

この時点でディフェンダーの敗北は確定したようなものだった。

 

だというのに、森崎は確かにディフェンダーの口元が歪んだのを見た。

 

 

 

そして、待ち構えていたかのように、いや実際に待ち構えていたのだろう。

 

 

 

モノリスの左右の木陰から、特化型CADを持った二人の六高の選手が飛び出した。

 

 

 

「三人!?」

 

後方で予備の汎用型CADに手を滑らせ、援護用の魔法を待機状態にさせていた一高の選手は驚愕した。

 

オフェンスが一人にディフェンスが二人。またはオフェンスが二人にディフェンスが一人。

 

それがモノリス・コードの定石だ。

 

だが目の前には六高の選手が三人ともいる。つまりディフェンスが三人。

 

必然的に、一高のモノリスを攻めている者はいないということだ。

 

試合時間も勝敗に関わってくるというのに六高がオフェンスを置かなかったことに、彼は驚愕していた。

 

だからこそ、六高は定石を覆したこの作戦を取った。

 

森崎駿に勝つには一人では駄目だ。二人でも真正面からは危うい。

 

――ならば、三人掛かりで攻めれば良い。

 

幸いにして森崎の魔法力自体は平凡だ。六高の選手でも充分に攻撃は届く。

 

更に一人を囮にして、残る二人で奇襲を掛ける。

 

数の優位性を確保し、更に先手を取ることでまず森崎を、次いでもう一人を倒す。

 

ここで森崎ともう一人の選手を倒してしまえば、残りは一高のディフェンス一人のみ。

 

各個撃破、敵は分断して叩く。それはモノリス・コードではなく、戦術としての定石だ。

 

「森崎!!」

 

一高の選手が驚愕から復帰して森崎に警告した時には、既に森崎は動いていた。

 

 

 

相手が一人ではなく三人であったことに対して、森崎が感じたものは驚愕ではなく危機感だった。

 

魔法師としての感覚が、魔法発動の兆候を察知する。

 

そして、三人の狙いは自分であることも。

 

(――やらせるか!!)

 

はじめから防御など思考外。

 

全力で、否、最速で攻めるのみ!

 

既に構えていたCADの狙いをモノリス前の六高選手に合わせ、森崎はトリガーを引いた。

 

たった二工程の魔法式。その起動式の読み込みを終えた瞬間、魔法が発動する。

 

幻想郷的な言い方をすれば『魔法をはやく使う程度の能力』。

 

誰よりも早く、誰よりも速きこと。

 

その想いを具現化する霊子(プシオン)の力が、瞬く間に魔法式を構築した。

 

身体を前後に揺さぶる加速系魔法。

 

軽度な脳震盪を引き起こし、六高選手がその場に崩れ落ちる。

 

それを見届ける事すら省略し、森崎は全身のバネを最大限に使って身体ごと次の相手に向き直る。

 

伸ばした右腕、CADの銃口の先には、その時点で既に二人目の照準が定まっていた。

 

相手もCADの狙いをこちらに定めていたが、その顔は驚きに染まっている。

 

こんなにも早く狙いを定められるとは思っていなかったのだろう。

 

その一瞬の隙は致命打となる。

 

両者とも相手に狙いを定めながら、先にトリガーを引いたのは森崎だった。

 

即座に発動する加速魔法。

 

相手にトリガーを引く暇さえ与えずに、二人目の意識を刈り取る。

 

直後、自身に移動系魔法が掛けられたのを森崎は感知した。

 

六高の選手で残った一人の仕掛けた、加速工程を無視した移動系魔法だ。

 

今から向き直り、照準を定めてトリガーを引き、魔法を発動させて相手を無力化する。

 

いくらクイックドロウでも、それでは到底間に合わない。

 

(イチかバチか――!)

 

故に、森崎は賭けに出た。

 

成功率は未だ低いが、自身が持ち得る数少ない手札の中で唯一、この状況下で相手に先んじることが可能な技。

 

そして、森崎は視線“だけ”を相手に移して、そのままトリガーを引いた。

 

『ドロウレス』。

 

拳銃を抜いて構えるという動作を省略し、自分の感覚のみで照準を定めるという特化型CADの高等技術。

 

まだ練習中の技術であり、お世辞にも習得しているとは到底言えないレベルだ。

 

だが、今回は運が良かったのか。

 

それとも、この九校戦の最中で気付かぬうちに自身の技術に磨きが掛かっていたのか。

 

その答えはいずれわかることだろう。

 

ただ最後の六高選手がその場に崩れ落ちたことが、ドロウレスの成功を雄弁に物語っていた。

 

 

 

トリガーを引いたまま残心状態だった森崎は、ドロウレスの成功に肩の力を抜いて安堵の息を吐き――沸き上がった大歓声に思わず肩をビクッと震わせた。

 

同時に鳴り響いた試合終了のサイレンが聞こえなくなるほどの歓声と拍手が向かう先は、六高の選手三人を瞬殺した森崎だ(無論、実際に殺してはいないが)。

 

「何が援護を頼むだよ。全くいらなかったじゃないか」

 

戸惑う森崎にそう声を掛けたのは、結局活躍の場を全て森崎に持って行かれた一高の選手だ。

 

その表情は呆れたようであり、そしてどこか誇らしげだった。

 

 

 

 

 

 

モノリス・コードでは森崎が一人で六高の三人を倒してみせるという見事な戦果を叩き出し。

 

達也がエンジニアとして参加したミラージ・バットでは、ほのかと里美スバルの両名が共に予選一位通過を決めるという一高にとって順調な滑り出しを見せていた頃。

 

会場の端、元々人気のないところへ更に『離れの結界』によって人気が皆無になった場所に、雅季と紫はいた。

 

「なんかさ、一高に悪縁が絡んで来るんだよね」

 

紫を連れ出してここまでやって来た雅季は、開口一番にそう告げた。

 

「そう、そのイチコウさんは大変ね」

 

「それも宜しくない類の悪縁。個人なら良縁を結ぶことも出来るんだけど、一高の選手全員だと縁も薄くて」

 

紫のボケを平然と無視する雅季。それでもめげないのが八雲紫。

 

「春爛漫の花の色、紫匂う雲間より」

 

「紅深き朝日影、長閑けき光さし添えば、と。昔の一高じゃなくて今の一高だから」

 

「鳥は囀り蝶は舞い。あら、貴方いま何歳?」

 

「散り来る花も光あり。今年で十六」

 

ちなみに『春爛漫の花の色』とは、明治期に創設された第一高等学校の寮歌である。

 

当時も生きている紫はともかく雅季がそれを知っているのは、なんて事はない、ただの無駄知識だ。

 

そんな掛け合いを幾ばくか続けた後、折れて本題を切り出したのは、やっぱり雅季の方だった。

 

「……まあ、そういうわけで少し紫さんにお願いがあるんだけど」

 

「――へぇ」

 

途端、紫の目がすっと細くなる。

 

先程までの和気藹々(?)としたやり取りが嘘であるかのような、冷たい空気が『離れの結界』内部に充満する。

 

そして、ガラリと雰囲気を一変させた永き時を生きる大妖怪、八雲紫はゆっくりと雅季に問うた。

 

「それで、妖怪の私に何を望むのかしら? 今代の結代、結び離れ分つ結う代よ」

 

紫の問いに対し、雅季は表情を変えず、紫の目を見据えて答えた。

 

「そのまま、“妖怪”であることですよ。紫さん」

 

そう口にした途端、紫から妖気が溢れ出す。

 

もし『離れの結界』を敷いていなければ、九校戦の会場中の魔法検知器が紫の妖気を検知しただろう。

 

その場合、想子(サイオン)だけでなく霊子(プシオン)、それも人の恐怖を煽る波動に、魔法師達は大いに混乱するに違いない。

 

いや、魔法師はおろか一般人でさえ悪寒として感じ取れる禍々しさだ。会場全てがパニックに陥るかもしれない。

 

そう、これこそが妖怪の原点。

 

精霊より上位に位置し、自我を持つヒトならざる者。

 

『怖れ』という精神性から生まれた存在。

 

だが妖気の放出も一瞬のこと。紫はすぐに妖気の放出を止めると、今しがたと打って変わって愉快げに言った。

 

「なら聞いてあげましょう」

 

「どうせ予想していたんでしょうに」

 

苦笑する雅季に、紫は扇子を口元に当てて笑みを隠す。

 

「人間と妖怪は悪縁の間柄。人から恐れられてこそ妖怪」

 

「正しくその通り。そして、相手が望む縁を結ぶのが結代。ならば悪縁を望む者には悪縁を結ぶのが、結代の道理」

 

日本の神様にはご利益と祟りという、相反する二面性がある。

 

天御社玉姫も例外ではない。

 

縁を大事にする者には良縁というご利益を、縁を蔑ろにする者には悪縁という祟りを。

 

それが朱糸信仰もしくは縁結び信仰と呼ばれる信仰の二面性だ。

 

そして今回の悪縁の持ち主は、今代の結代に縁を弄んだと判断されていた。

 

「結代は悪縁を、妖怪は怖れを。Win-Winの関係という訳ね」

 

「そういうこと。ちょうど目の前に、悪縁となる妖怪がいますしね」

 

「あら、どなたかしら?」

 

「八雲紫」

 

「ひどいわね。私みたいな人畜無害な妖怪は滅多にいません」

 

「どの口が言うのやら。その言葉、霊夢にも言ってみたらどうです?」

 

「言っても無駄ね」

 

 

 

基本的に、結代家の者が現実側の社会的な変事に直接手を出すことはない。

 

現実において結代家が行うのは縁を結ぶことだ。

 

幻想側ならば結代家も戦闘という類の『力』を行使することもあるが、特に今の現実側では中々そういう訳もいかない。

 

雅季も幻想郷ではよく異変に関わるし、というより自分で異変を起こしたし、『力』も振るったりする。

 

だが神様も妖怪も、朱糸信仰は利用しようとはするが、直接的な『戦力』として利用することはない。

 

朱糸信仰ならば、幻想郷では守矢神社の巫女が結代神社の境内に分社を建てたり、現実ではキリスト教とのコラボ企画で恋のキューピット達に赤い糸を持たせて大成功を収めたりと、盛んに利用したりされたりしている。

 

反面、たとえば第二次月面戦争では紫は結代家に一切何も告げず、計画にすら考慮しなかった。

 

関わったのは最後の最後に、雅季が顔見せを含めて霊夢を迎えに月に赴いたぐらいだ。

 

元々、結代家は中立であることは日本どころか異国の神々にとっても周知の事実。

 

それに大体の神様にとっても妖怪にとっても、そんな直接的な『力』より信仰の方が旨みは大きい。故に利用するならそっちを利用する。

 

そして月の都も朱糸信仰に関しては何も口を挟まない約束であり、そもそも朱糸信仰については無関心だ。

 

故に雅季も、今までの結代も、幻想郷では伸び伸びとできるのだ。

 

だが現実では、朱糸信仰よりも直接的な『力』の方を利用しようとする。

 

そして、結代の『力』が地上に加担する。

 

それは、月に住まう民にとっては座視できない。

 

 

 

幾百の妖怪をも容易く退けた、賢者の弟子すら含んだ月の軍勢が、たった一人の『結び離れ分つ結う代』の全力を前に押し切られ、月夜見ともう一人への面会を許さざるを得なかったという事実。

 

 

 

永き時を生きる月の民にとって、それは未だ記憶に新しいのだから。

 

 

 

「さて、悪縁に悪縁を結びましょうか」

 

「ふふ、それならば協力しましょう。一高には優勝してもらわないと困るし」

 

「そう言えば賭けていたんだっけ。……魔理沙たちも不憫だな」

 

この瞬間、結代と妖怪という二つの幻想が人知れず干渉することが決まった。

 

 

 

 

 

 

ところで、いま雅季が張っている『離れの結界』とは、その本質は“届かせない”ことだ。

 

『分ち』によって境界線を敷き、『離れ』によって物も想いも離す。

 

『離れ』とは物理的な力で言えば重力が遠いようで最も近く、境目から反重力が生じていると思えばわかりやすいだろう。

 

人が飛び跳ねても結局は地上へ落ちざるを得ないように、前に進んでも押し戻される。

 

また雅季の『離れ』は想いも届かせない。

 

人の意識も離れていくため関心を示せず、情報体(エイドス)そのものを離すことができるので魔法も届かない。

 

紫でさえ『分ち』はともかく『離れ』には対応が困難だ。

 

何せ『分ち』とは境界だが、『離れ』とは流れだ。流れに境界は無い。

 

……雅季をして「ズルい巫女さん」や「非常識な巫女」と言わしめる博麗霊夢のように、『離れ』を素通りできる方が絶対におかしいのだ。

 

閑話休題。

 

『離れの結界』の中にいる雅季には、外の情報は届かないので手に入らない。

 

通信端末は圏外となり、有線は遮断される。

 

そして同様に、外の縁を感じることは結界内では出来ない。

 

故に雅季と紫が、結代と妖怪として共謀していた時に一高のモノリス・コード予選の二回戦目が始まったことも。

 

森崎を含んだ選手達に、決して薄くはない悪縁が絡まっていることにも、雅季は気付くことは出来なかった。

 

 

 

 

 

 

新人戦モノリス・コード予選、一高の二回戦目の相手は四高だ。

 

その四高のモノリス・コードの選手達は控え室で小さな輪となって、更に小声で相談をしていた。

 

まるで悪事を企んでいるかのような振る舞いは、事実、疚しいことがあるからだった。

 

彼らは控え室に入る前、通路で大会運営委員の立ち話をつい聞いてしまい、図らずも貴重な情報を手に入れてしまった。

 

「次のステージは市街地。四高のモノリスは学校を模擬した廃墟の二階、そして一高のモノリスは病院を模擬した廃ビルの三階に設置される、か」

 

聞いてしまった情報を、一人が確認を込めてもう一度口に出す。

 

それに残り二人が小さく頷く。

 

「どうする、先輩たちに報告するか?」

 

一人が良心的な提案を投げる。

 

だが他の二人も、言った張本人も、それを了承しようとは思っていない。

 

あくまで形式だけの問い掛けだった。

 

「聞いてしまったものはしょうがない。あれはどう見たって不可抗力だろ?」

 

「手に入れた情報をどう扱うかも作戦のうち、だよな?」

 

「……それに、俺たち最下位だろ。せめて一勝ぐらいしないと、な?」

 

疑問の形をした言い訳は、全て自分達に言い聞かせるものだ。

 

四高の選手が来ているのをわざわざ確認した上で、敢えて聞かせるように通路で立ち話をした二人が、千代田花音の前で渡辺摩利の重傷話をした二人と同一人物だとは四高の選手達が知る由もなく。

 

一高に勝利するという美酒が血気に逸る彼らを酔わせ、四高の選手達は知らぬうちに無頭竜の策謀に加担することになる。

 

 

 

 

 

 

市街地ステージの廃ビル三階。

 

試合開始を前に、一高の選手三人はモノリスの前に集まっていた。

 

「こうやって見ると、森林ステージ以上に障害物や死角が多いな。遭遇戦の確立が高そうだ」

 

三階の窓から周囲を見回して、森崎が率直な感想を述べる。

 

「相手のモノリスを見つけるのも一苦労だな」

 

オフェンスとして二人一組(ツーマンセル)を組む一高選手の言葉に、森崎は頷く。

 

「それは四高も同じだ。先にモノリスを見つけた方が有利になるのは変わらないけど、市街地ステージでは特にそうなるだろう」

 

「なら、分かれて探すか?」

 

「その方がいいかもしれない」

 

「どっちにしろ、ディフェンスは任せておけ!」

 

ディフェンスの選手が張り切った声をあげる。

 

先程の試合では全くと言っていいほど出番が無かったので、今回こそはと気合を入れているのだろう。

 

それを察して、オフェンスの二人は顔を見合わせて苦笑する。

 

その時、競技場にアナウンスが流れる。

 

もう間もなく試合開始だ。

 

三人はすぐさま表情を引き締め、それぞれが試合開始の合図を待つ。

 

 

 

そして、試合開始の合図を聞いた直後、それは起きた。

 

まずは外へ出ようと森崎ともう一人が部屋の出入り口へ足を向けて――足を踏み出す前に魔法発動の兆候を感じ取り、反射的に窓へと振り返った。

 

次の瞬間、窓の外から強風が吹き込み、部屋の中で吹き荒れた。

 

「奇襲!?」

 

「うわッ!!」

 

気流操作によって部屋の中に突然発生した強風に、森崎も他の二人も片膝を付いて身を守る。

 

「クソ、なんでこんなに早く……!!」

 

吹き荒ぶ強風の中、身を屈める森崎の隣で選手が思わず悪態を吐く。

 

それは森崎も強く感じていたことだが、今はそれよりも敵の位置を知ることが優先だ。

 

「とにかく、迎撃を――」

 

そこまで言いかけて、森崎の背筋に冷たいものが走った。

 

咄嗟に上を、天井を見る。

 

部屋一帯の天井に、何らかの魔法が投写されたのを森崎は感知した。

 

「――マズイッ!!」

 

危険を察して叫んだ瞬間、森崎の目の前で天井が崩れた。

 

他の二人が事態を察して上を見上げた時、条件反射で森崎は特化型CADを上に向けた。

 

幸いにして森崎の特化型CADにインストールされている系統は加速系統。

 

瓦礫に対して減速魔法を掛けようと森崎はトリガーを引き。

 

一瞬だけ、何かが弾けたような感触を覚えた。

 

それが何なのか、考える暇も余裕もなく。

 

それよりも、この局面で魔法が発動しなかったことの方が、重要で致命的だった。

 

「な――」

 

唖然とした時間はほんの僅か。

 

直後に落下してきた瓦礫が、森崎を含めた一高選手三人の身体を強く打ち付けた。

 

 

 

事態に気付いた運営委員の立会人が慌てて加重軽減魔法を掛け。

 

ビルを崩落させるような魔法を使った覚えなどない四高の選手達が顔面を蒼白にしてその場に立ち竦む中。

 

試合の中断を告げるサイレンが響き渡った。

 

 

 

 

 

 

「成功したか」

 

モノリス・コードの妨害成功の報告を部下から聞いた無頭竜の幹部達は、内心で安堵の息を吐く。

 

「協力者に連絡を。試合は続行させる方向で、一高はこのまま棄権させるように」

 

「ハッ!」

 

指示を受けた部下が扉の向こうへ去っていくのを見計らって、彼らはようやく一息吐けたように肩を落とした。

 

「起動式のすり替えと電子金蚕の二重妨害。思いのほか上手くいったな」

 

「これで一高の棄権が決定すれば、三高のモノリス・コード優勝は確定だ。ここで手に入る五十点は非常に大きい」

 

「ああ、ピラーズ・ブレイクで失った点差を補える。本戦でも同じようにいきたいものだ」

 

「だが本戦ではあの十文字選手が相手だ。今回のようにはいかないだろう」

 

「また工夫が必要になるな」

 

「そうだとも――」

 

今の無頭竜にブレーキなど無い。

 

あるとすれば一高の敗北が決定したその時になって、ようやく彼らはその手を止めるだろう。

 

それまでは暗躍を続ける。積極的に、精力的に続けるしかない。

 

続けなければ、手を拱いていては破滅しかやって来ないのだから。

 

「――どんな手を使ってでも、最後に笑うのは我々だ」

 

 

 




森崎の見せ場、一旦終了。
九校戦での森崎の戦果。
・スピード・シューティングでカーディナル・ジョージを相手に完勝。
・モノリス・コードの一回戦で六高の選手三人を瞬殺。
今や達也マフィアの中でも達也、深雪に次ぐ戦闘力。これぞ魔法科高校の優等生。

雅季と紫、幻想の二人が裏で動き始めるようです。
雅季一人なら動いたにしても苦労したでしょうが、ちょうど悪縁となる妖怪が来たおかげで色々と動きます。
無頭竜、超がんばれ! それが無理なら超逃げて!
ちなみに呉智については、紫は雅季に何も言っていません。

月の都が結代家を警戒する主な理由は、まさしく本編で語った通りです。
敵陣を単騎駆けし、敵将・綿月依姫すら退けて大将の前まで押し通った六代前の『結び離れ分つ結う代』、マジ島津。
なぜ攻め入ったかについては理由がありますが、また別の機会に、たぶん一年の最終章ぐらいに(遅)
ただちょっとしたヒントとして、紫が侵入したから月の自転が変わり一周期が三十日ではなくなったのと同じように、地球と月の物理的な関係が元ネタになっています。

少し作中でも触れましたが、霊夢に雅季の『離れ』は通用しません。
というより雅季の天敵は霊夢です。
『離れ』は無力化、『分ち』こと境界は霊夢の得意分野ですので。
なので、依姫にはたぶん四割ぐらいで勝てますが、霊夢には一割も勝てません。
でも霊夢は依姫に勝てない。まさしくジャンケンのような相性の関係。

ちなみに本作における霊夢のだいたいの性能は以下の通り。
・『二重結界』は想いを通さない結界。たぶん魔法も通さない。
・『夢想天生』でイデアから浮く。イデアから浮いているので全ての魔法が効かない。
・神様を降ろすことで色んな術式が使える。
・ずっと空を飛べる。
・ミラージ・バットに参加したら空を飛ぶのと持ち前の勘で、深雪相手でも圧勝。
・真由美の『魔弾の射者』を全部グレイズできる。
・克人の『多重障壁(ファランクス)』をインチキ技で全部解除できる。
・雅季の『離れ』は無効。
・雅季の『分ち』を解除できる。
・作者が霊夢派。お賽銭あげたい。
人間最強は霊夢ですね(笑)

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