魔法科高校の幻想紡義 -旧-   作:空之風

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更新が遅れて申し訳ないです。
実は作者の中で「軌跡シリーズ」の熱が再発しまして(汗)
「空の軌跡」は3までやっていたのですが、そこで止まっていたので「零」と「碧」は未プレイでした。
今回「閃」が発売されたので、いい機会だと思い「零」と「碧」を購入してプレイ中です。
「零」はクリアしましたが、「碧」はまだクリアしていないので次の更新も遅れるかもしれません。

本文の文字数自体が多くなってきているという点もありますが。
今回もほぼ一万字になりましたし(汗)


第34話 赤縁と奇縁

意外かもしれないが、九校戦の間で選手が一同に集まるタイミングは夕食時しかない。

 

その夕飯時、一高の選手の間に流れている空気は、高揚と戦意が入り混じったものだった。

 

クラウド・ボールの結果は、女子が全員二回戦敗退に終わったが、男子が三位と三回戦敗退と善戦したため、合計十三点という結果に終わっている。

 

対して三高は男女共に優勝と三回戦敗退が一人と、本戦同様に好成績を収め、ポイントは合計五十六点。

 

現時点での得点差は八十三点と、前日よりも寧ろ広がってしまっている。

 

だが上級生にも一年生の間にも、健闘を称える声や悔しがる声はあっても、誰一人として優勝を絶望視するような沈痛な面持ちをしている者はいない。

 

その理由は、明日の新人戦三日目にあった。

 

「深雪も雫も英美も、三回戦進出おめでとう!」

 

「もしかしたら、決勝リーグを一高が独占なんてこともあるんだよね!?」

 

「それって大会初でしょ? 凄いことだよね!」

 

特に一年女子ではスピード・シューティングに続いてピラーズ・ブレイクでも快挙を達成する可能性があるだけに、お祭り騒ぎに近かった。

 

女子ピラーズ・ブレイクに一高からは深雪、雫、英美の三人がエントリーし、三人とも三回戦進出を決めている。

 

もし次の試合で三人とも勝てば、勝者三名で行われる決勝リーグを一高が独占することになる。

 

今日の結果で広がった点差を再び縮めるには充分過ぎる。

 

女子バトル・ボードでもほのかともう一人が予選を突破、明日の準決勝に出場する。

 

クラウド・ボールでは惜敗を喫したが、他の競技では快進撃と言っても良いだろう。

 

そして誰もが認める快進撃の立役者は、女子に囲まれながら居心地悪そうに食事をしていたが、途中で女子の関心の矛先がそちらに向いたことで堰が外れた濁流のように女子から怒涛の質問攻めを受けていた。

 

 

 

「大人気だなー、達也」

 

困った様子で躁状態の女子達に囲まれている達也を、男子陣が座っている席から雅季は面白そうに見ていた。

 

「今後は達也用の縁結び木札、複数個は用意しておいた方がいいかもな。売れそうだし」

 

「司波さんにバレたら凍らされるぞ」

 

雅季の向かいに座って食事をしている森崎が呆れ混じりに言い放った。

 

女子がお祭り騒ぎなのに対して男子はというと、落ち着いていた。

 

落ち込んでいるのではなく、落ち着いている。それは自信の表れだ。

 

もし男子も本戦と同じく不振に囚われた状態なら、エンジニアとして優れた結果を出し続ける達也に必要以上の対抗心を燃やしただろう。

 

だが実際には達也の手を借りなくても、男子陣は結果を出している。

 

たとえば森崎のスピード・シューティング優勝。

 

たとえば雅季のピラーズ・ブレイク二試合連続の完勝と三回戦進出。

 

ピラーズ・ブレイクでは雅季だけしか三回戦に残れなかったが、クラウド・ボールでは三位と入賞、バトル・ボードでも一人が予選を突破している。

 

達也を有する女子と比べると見劣りするかもしれないが、予想以上の苦戦の中でも善戦し結果を残している。

 

その自覚が、彼らが女子の結果に対して焦燥感に駆られることも、必要以上に気負うことも押さえ込んでいる。

 

更に言えば、森崎と雅季の活躍で達也に対する溜飲を下げているという一面もある。

 

 

 

一方で、三高のピラーズ・ブレイクの戦績は女子一名、男子二名が明日の三回戦に進出する。

 

更に言えば三高の女子の次の対戦相手は深雪。一高の中では深雪の勝利は確定事項だ。

 

また男子の方も一人は三回戦の相手は雅季であり、今日の結果を考えれば雅季の勝利、そして雅季の決勝リーグ進出はほぼ間違いないだろう。

 

一回戦、二回戦ともに完勝してみせた雅季の実力は、一高にとっては嬉しい誤算である。

 

ちなみに男子の方で勝ち上がっているもう一人は当然ながら一条将輝。

 

雅季と将輝、二人とも明日の三回戦に勝てば決勝リーグで戦うことになるだろう。

 

 

 

「でも、そろそろ光井さんあたりが結代神社(ウチ)に買いにくるかも。その時は賽銭箱の方にも案内しよう」

 

「結代大社の場合、四十五円を入れるのが良かったんだよな?」

 

「そそ、始終御縁(しじゅうごえん)がありますようにってね。その為に日本で唯一の五円玉両替機を特注で用意しているわけだし」

 

「……本当、縁結びに関しては妥協しないよな、結代家は」

 

九校戦とは無縁の会話を交わす雅季と森崎。二人には自覚などないだろうが、一年男子の士気の支柱になっているのは間違いなくこの二人だった。

 

 

 

 

 

 

新人戦三日目のアイス・ピラーズ・ブレイクは、試合の順序が前日とは逆になる。

 

よって女子では深雪が最初の第一試合となり、男子では雅季が最後の第三試合となる。

 

その女子の方では第一試合で深雪が完勝、第二試合で雫が完勝とまではいかなくとも圧勝したことで、後は英美が勝てば一高の決勝リーグ独占という九校戦史上初の快挙達成が間近に迫っていた頃。

 

男子の三回戦第二試合もまた終了し、三高の一条将輝が深雪と同じく三度目の完勝を果たして決勝リーグへの進出を決めた。

 

そして、三回戦第三試合に出場する雅季は同伴の一人と共に控え室へ向かって歩いていた。

 

「三高が相手か。一条将輝が決勝リーグに勝ち上がった今、一高にとっては負けられない相手だ。一条将輝ほどじゃないだろうけど強敵なのは間違いないから、油断するなよ」

 

同伴しているのは森崎だ。

 

選手の一人なのでモニタールームまで入れるとはいえ、森崎が「腐れ縁」と公言している雅季に自分から付き添うというのは珍しいことだ。

 

或いは、スピード・シューティングでの優勝をもたらす結果となったあの助言で、“ほんの少し”ばかり心変わりがあったのかもしれない。

 

「ふむ、なら次は相手陣地を()()()()てみようかな」

 

「……」

 

「……いや、わざとじゃないから。俺も言ってから気付いたんだから、本当だぞ。ほら、鷽も(つつ)いてこないし」

 

「鷽が(つつ)いてくるって何だよ……」

 

冷たい目を向けてきた森崎に弁明する雅季。

 

試合直前だというのに相変わらず緊張感の欠片もないやり取りだったが、

 

(さて、と――)

 

雅季は視線を前方に向ける。

 

事前に縁を感じていた雅季は既にわかっていたが、森崎はそこで自分達の前方に他高の男子が二人立っていることに気付いた。

 

「あれは……」

 

自然と森崎の目が鋭くなる。

 

雅季達を待ち構えていた二人はどちらも三高の制服を身に纏っている。

 

そのうち一人の方は、森崎と面識がある人物だ。

 

「モノリス・コードの決勝戦前にまた会いましたね、森崎選手」

 

言葉自体は丁寧だが挑発的な口調で森崎にそう言うと、改めて雅季へと向き直り、

 

「結代選手は初めまして。第三高校一年の吉祥寺真紅郎です」

 

吉祥寺は自らの名を告げる。

 

そして、もう一人も雅季と森崎の方へ身体ごと向き直り、

 

「第三高校一年、一条将輝だ」

 

十師族が一条家の長男、一条将輝もまた自らの名を告げた。

 

 

 

「『クリムゾン・プリンス』……!」

 

森崎は無意識に将輝の二つ名を呟く。

 

その呟きは雅季の耳にも届き、ピクリと肩を動かす程度の小さな反応を示す。

 

だが森崎、将輝、吉祥寺の三人ともそれには気付かなかった。

 

森崎は闘志と警戒心を剥き出しに、吉祥寺と将輝の二人を見据える。

 

何せ相手は一条家の御曹司にして、隣の吉祥寺と同じく明日から行われるモノリス・コードの強敵。

 

現時点ではモノリス・コード優勝、新人戦優勝、そして総合優勝を争う最大のライバルと言っても良い。

 

一方の雅季は涼しげな様子で二人を見ており、森崎とは対照的だ。

 

「俺は第一高校の結代雅季。まあ、知っているみたいだけどね」

 

それは口調にも表れており、雅季の言葉はどこか友好的だ。

 

雅季の反応は予想外だったらしく、将輝と吉祥寺の目に意外感を携えた戸惑いの色が混ざる。

 

「一応、そっちとは初めましてだからな。森崎駿だ」

 

むしろ将輝の試合前に会った達也と同じような態度で答える森崎の方が、この場合では普通だろう。

 

「それで、一条選手と吉祥寺選手が揃って何の用だ? そっちの試合は終わったはずだろ?」

 

吉祥寺に感化され挑発的となった森崎の物言いに、将輝が答えようと口を開こうとして――その前に雅季が森崎を手で制した。

 

「いや、わざわざ出向いてきたんだ。用件なんて一つしかないだろ?」

 

森崎は横目で雅季を見遣り、軽く目を見開いた。

 

今の雅季は友好的ながらも真剣な目をしていた。

 

そう、バスの時と同じ、『結代』としての結代雅季の顔だった。

 

雅季は一歩前に踏み出して将輝の前に立つ。

 

今や誰もが認める優勝の最有力候補となった二人、将輝と雅季の視線が交錯する。

 

そして、雅季は静かに、だが力強く断定する声で言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「恋愛相談だな」

 

「そんなわけあるかぁぁぁああーーー!!」

 

そして、森崎のツッコミがものの見事に爆裂した。

 

 

 

完全に裏を掛かれた、というか予想外の返答で固まった三高の二人を他所に、一高では恒例となった森崎と雅季のいつものやり取りが続く。

 

「ここで! この状況で! 何で恋愛相談!? お前の非常識は今に始まったことじゃないけど、ぶっ飛びすぎだ!!」

 

「別にぶっ飛んでいないさ。『結代』を甘く見るなよ、駿」

 

雅季の思考回路を本気で疑う森崎に、雅季はさも心外と言わんばかりに答える。

 

「一条選手の目を見てみろ」

 

そして、視線を将輝の方へ向けて、

 

「あれは誰かに恋をしている者の目だ!」

 

「知るかぁぁぁあああーーー!!」

 

キッパリと断言した雅季に、森崎は力の限り叫んだ。

 

そして断言された将輝はというと、目が泳ぐぐらい明確な動揺を示していた。

 

「ま、将輝(まさき)?」

 

ようやく再起動を果たした吉祥寺が、将輝の様子に気付いて声を掛け、

 

「ん、呼んだ?」

 

「お前じゃない!!」

 

同じ名を持つ雅季(まさき)がそれに反応したが、森崎が否定する。

 

(赤い縁の紡ぐ先は……お、司波さんか。流石、輝夜さんによく似ているだけあってモテるねー。……司波さんの方からは無縁だけど)

 

『縁を結ぶ程度の能力』が、将輝が想いを寄せる相手、赤い縁の行き先を雅季に教える。

 

……その赤い縁も、お相手である深雪の周辺でバッサリと切られていて深雪には全く届いていないが。

 

だが、それこそ結代家の、『今代の結代』の見せ所。

 

深雪が相手ではとても厳しいだろうが、人に結ばれぬ縁など無い。

 

第一歩として、まずは深雪に知ってもらうことから始めるべきだろう。

 

「ふむ……相手は一高の生徒かな。だったら紹介できると思うけど」

 

「ほ、本当か!?」

 

喜色を顕わにする将輝に、雅季は大きく頷いた。

 

「当然、うちは縁結びの結代だからね。相手の名前はわかる?」

 

「あ、ああ!」

 

「ちょ、ちょっと将輝!?」

 

「……お前ら、本当に何しに来たんだ?」

 

宣戦布告に来たはずなのに、いつの間にか本当に恋愛相談と化していた。

 

それに気付いた吉祥寺が慌てて将輝を常識(こっち)側へ呼び戻すも、今や将輝の耳には届かない。

 

ちなみに森崎の声はものすごく投げやりで疲れた声だった。

 

達也の『再生』を以てしても直せるかわからない、そんな秩序がぶち壊れた空間を何とか元に戻したのは、何も知らない第三者だった。

 

「おい、何しているんだ、結代。試合前にCADの最終チェックが――って、三高の一条将輝!? 吉祥寺真紅郎まで! 何でここに!?」

 

いつまで経っても控え室へやって来ない雅季を呼びに来た上級生の担当エンジニアは、魔法師にとってのビックネームたる将輝と吉祥寺の二人がいることに仰天した。

 

「む、そういや試合があったな」

 

「忘れるな!」

 

森崎のツッコミを「まあまあ」と宥めつつ、雅季は将輝へと振り返る。

 

「じゃあ、この件はまた後で」

 

「う……あ、ああ」

 

常識側へと戻ってきた将輝は、どう答えたらいいかわからず表情を引き攣らせる。

 

吉祥寺もまた先程までの闘志が完全に萎えた状態であり、まるでひと試合を終えた後のような疲労を見せていた。

 

「……行こうか、将輝」

 

「……そうだな」

 

結局、宣戦布告という本来の目的を果たせずに退散する三高の二人。

 

魔法師の世界において確固たる名声を得ているこの二人を以てしても、色んな意味で雅季には及ばなかった。

 

そして、最初に会った時よりも何故か小さく見える将輝と吉祥寺の後ろ姿を見つめながら、

 

「ところでさ、駿」

 

雅季はしみじみと呟くように言った。

 

「『クリムゾン・プリンス』って、人間だったんだな」

 

「何だと思ってたんだよお前は!?」

 

森崎のツッコミを聞きながら、上級生のエンジニアはただ唖然とその場に固まり続けていた。

 

 

 

何とか復活したエンジニアと森崎が共に控え室へと歩き始めた時、雅季はもう一度後ろへ、三高の二人が去っていった方へと振り返った。

 

その口元は小さくほころんでいる。

 

――人の繋がりは面白い。

 

一条将輝の片思いの相手は、雅季の友人である司波深雪。

 

これもまた一つの縁だろう。

 

そして、もう一人の吉祥寺真紅郎もまた、どうやら雅季とは不思議な縁を持っているらしい。

 

吉祥寺とは初対面だったが、吉祥寺からは幹比古と同じ間接的な縁を感じた。

 

つまり吉祥寺と雅季は共通の知人を持っているということだ。

 

「人の縁はおもしろおかしく。さてさて、どんな奇縁があることやら」

 

雅季は言葉通りにおもしろおかしく、詠うようにそう言葉にすると、踵を返して森崎達の後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、今から三年前のこと――。

 

その日の午前十時、突如として所属不明の武装勢力が佐渡島を襲った。

 

後の政治的なやり取りによって、ロシア語を話して新ソ連製の武器と兵器を所有した『所属不明の武装勢力』という滑稽な公称となるその部隊は、奇襲を成功させて佐渡島に上陸を果たすと内陸への侵攻を開始した。

 

住人達がシェルターへと逃げ込む中、当時中学一年生だった吉祥寺真紅郎は森の中を駆けていた。

 

「はぁっ……はぁっ……!」

 

息を切らせながらも走る足を止めずに、学校の避難訓練で習ったシェルターへと向かう。

 

学生である吉祥寺は本来ならばこの時間帯は学校におり、他の生徒達と同様にシェルターへ避難することが出来たはずだった。

 

運が悪かったとしか言い用が無い。

 

魔法研究者である両親が先に家を出た後、学校へ向かおうと玄関へ赴いた際に、ふと靴箱の上に置かれていたデータディスクの入った封筒が目に留まっていなければ。

 

それが昨夜に両親たちが纏めていた研究資料だと気付かなければ。

 

両親と学校に連絡を入れて、それを坑道跡に建てられた研究所へ届けていなければ。

 

だが現実は、封筒を届けた吉祥寺が研究所から学校へ向かう途中に、島全体にサイレンと侵略者の襲来を告げる緊急警報が鳴り響いた。

 

タイミングも場所も悪かった。

 

吉祥寺が警報を聞いた場所は、まだ研究所の方が距離は近かった。

 

公共機関も停止し、侵略者が妨害電波を発しているのか手持ちの通信端末も繋がらない中、吉祥寺は逡巡した後、研究所にいる両親の下へ向かおうと来た道を戻り始めた。

 

未だ魔法研究者として確固たる名声を手に入れる前とはいえ、既に英才の片鱗を見せ始めていた吉祥寺だ。

 

普段通りならば、侵略者の目的の一つがその両親が務める魔法研究所であると気付いたことだろう。

 

だが、この当時の吉祥寺には経験というものが圧倒的に不足しており、不安と動揺が冷静な思考を奪っていた。

 

また本当に運悪く、吉祥寺が逡巡して研究所へ向かい始めた時には、研究所周辺の住人達は既に避難しており、誰も吉祥寺を止められる人がいなかった。

 

そして、研究所から然程離れていないあたりで、明らかに国防軍とは異なる、日本人には到底見えない武装した集団を見かけた瞬間、吉祥寺は自分が死地に入り込んだことを悟った。

 

その後はただ逃げるだけだった。

 

後ろを振り向くことなく、いや怖くて振り向くことすら出来ず、一目散に逃げ出した。

 

公道に見慣れぬ装甲車が現れたことから、アスファルトの道路を走ることを止めて田畑用の農道へと駆け込む。

 

恐怖に突き動かされながら、とにかく安全な場所を求めて吉祥寺は走った。

 

脳裏に浮かぶ安全な場所は学校で習ったシェルターのみ。

 

だがそのシュルターまでまだ遠い。

 

また先程から誰一人として島の住人を見かけていない。

 

もしかしたら取り残されてしまったのか?

 

そんな不安と疲労と恐怖で顔が歪み、ともすれば泣きそうになる中、吉祥寺は農道の曲がり角を曲がって――。

 

「――おっと」

 

見知らぬ女性に真正面からぶつかってしまった。

 

 

 

「少年や。前を見て走らぬとぶつかるぞい。もうぶつかっておるがの」

 

吉祥寺の少し上からそんなからかう様な声が聞こえてくる。

 

そこで吉祥寺は、自分が女性に抱きつくような格好であることに気付いた。

 

「あ! す、すいません!」

 

慌てて女性から離れた吉祥寺は、改めて相手を見た。

 

年齢的にはおそらく十代、いっても二十代ぐらいだろう。

 

霊子放射光過敏症かファッション以外では見なくなった眼鏡を掛けているが、それが似合っているだけにどちらの目的で掛けているのか吉祥寺には判断つかなかった。

 

「おや、急いでいるのではなかったのかの?」

 

そう指摘されるまで相手を見つめる形になっていた吉祥寺は、ようやく混乱から立ち直った。

 

「あ、あの! 早く逃げないんですか!?」

 

「ほほぉ、逃げるとは、何からだい?」

 

「な、何からって……警報があったじゃないですか!? 謎の武装勢力の侵攻を受けているって……!!」

 

「――成る程ねぇ。道理で“森”が騒がしいと思ったよ」

 

切羽が詰まっている吉祥寺とは対照的に、女性には危機感というものが感じられなかった。

 

信じていないのかと、そう声を荒らげようとした吉祥寺に、女性が機先を制して口を開き、

 

「ところで――侵略者、というのは()()かい?」

 

視線で吉祥寺の背後を差した。

 

まさか、という思いと同時に吉祥寺は後ろを振り返り、

 

「ッ!?」

 

田んぼを挟んだ向こう側に外国人の武装集団を見つけて、絶句した。

 

相手はおよそ二十人近くの集団で、偵察用の小隊のようだった。

 

だがそんなこと今の吉祥寺には関係なく、「こんなところにまで……」という絶望に囚われる。

 

英語とは違う異国の言葉を発しながら彼らは周囲を見回し、明らかに吉祥寺と目があった。

 

「ぁ――」

 

声が出なかったのは恐怖からだが、吉祥寺の知らぬところでそれが幸いした。

 

吉祥寺と目があったはずの相手は、まるで何も見つけられなかったように吉祥寺から目を離した。

 

「――え?」

 

そして、彼らは吉祥寺達には目も呉れずにそのまま農道を歩くと、やがて公道に続く脇道へと去っていった。

 

後には何が起こったのかわからず呆然と佇む吉祥寺と、「ふぉっふぉっふぉ」と見かけの年に似合わず老人口調で笑う女性のみが残された。

 

「もしかして、魔法……?」

 

未だ呆然としつつ、吉祥寺は女性の方へと振り返って疑問の声をあげる。

 

それに対する女性の答えは飄々としたものだった。

 

「どうかの? もしかしたらド近眼だったのかもしれんぞ」

 

女性は眼鏡を指先で軽く上げると、改めて吉祥寺へと向き直った。

 

「さて、少年よ。お主はさっさと行くが良い。さっきのあやつ等とは別の道を行けば、まあ見つからんじゃろ」

 

「……あなたは、どうするんですか?」

 

「儂か? 儂はただ迎えに来ただけだったのじゃが――少しばかり、趣向が変わっての」

 

瞬間、ゾクリと吉祥寺の背筋に悪寒が奔った。

 

あの侵略者達とは違った恐怖を、言わば本能が訴えるような恐怖を目の前の女性から感じる。

 

この女性が何者なのか、吉祥寺にはわからない。

 

ただ一つだけ、言えることがあった。

 

間違いなく、この女性は彼らと戦うつもりだ。

 

吉祥寺は直感でそう察した。

 

「では、失礼するぞい」

 

女性はすれ違いざまに吉祥寺の肩をポンと叩くと、歩き始める。

 

吉祥寺が来た道へと。

 

「あ、あの!」

 

その後ろ姿に、吉祥寺は声を掛け、

 

「さっきはありがとうございました!」

 

女性に深々と頭を下げた。

 

そして頭を上げると、女性の背中に向かって再び尋ねた。

 

「その、名前を教えてもらってもいいでしょうか?」

 

女性は足を止めたまま、ゆっくりと吉祥寺へと振り返り、

 

「――マミゾウ。二ッ岩マミゾウじゃよ」

 

そう名乗った。

 

「では達者でな、少年」

 

「はい。――ご武運を!」

 

最後にそう告げて、吉祥寺は踵を返して再び走り出した。

 

振り返ることは、しなかった。

 

 

 

 

 

 

吉祥寺の背中が見えなくなったところで、『佐渡の二ッ岩』こと化け狸、二ッ岩マミゾウはポツリと呟くように言った。

 

「狸達を迎えに来ただけじゃったのに、何やら妙なことになっておるの。そうは思わんかい――紫殿」

 

そう問い掛けると、マミゾウの隣の空間が裂け、発生したスキマから八雲紫が姿を現した。

 

「ふふ、とんだ偶然ですわね。それとも、何かしら予兆があったのかしら?」

 

「“あやつ”が狸を迎えに行くならば今日だと勧めてきたのじゃよ」

 

「『神事も人事も妖事も尽くして吉報を寝て待て』が結代家のスタイルですから。尤も、今代の結代は自分でもよく動いていますけど」

 

「相変わらず他人任せじゃの、結代家は」

 

「自らが動くと色々と煩わしいのよ。特に『結び離れ分つ結う代』が動くと。今代の結代――雅季には玉姫も内心でハラハラしているんじゃないかしら」

 

「おや、その原因を――六代前の『結び離れ分つ結う代』が月に攻め入ることになった原因を作ったのはお主じゃろうに」

 

マミゾウのからかいの言葉に紫は黙したまま、ただ笑みを浮かべる。

 

いつの間にか、彼女達の周りには何十匹もの狸達が集まっていた。

 

いや、正確には狸ではない。ここにいるのは佐渡に残っていた妖怪狸、その全てだった。

 

かつてはもっと多くの妖怪狸がいたのだが、今となってはこれだけしか残っていない。

 

元々、幻想郷に住み着いたマミゾウが佐渡へ戻ってきたのは、佐渡に残っているこの妖怪狸たちを幻想郷へ連れて帰る為だ。

 

何故なら、この百年で現実は妖怪にとっても神様にとっても更に住みづらくなってしまった。

 

今やこの妖怪狸達は、満月の夜以外にはもはや化ける力さえ残されていない。

 

このまま佐渡に住み着いていると、そう遠くないうちにただの狸となってしまうだろう。

 

「やれ、妖にとっても神にとっても、本当に住みづらい世になったのぉ」

 

「今の世の中、台風の原因は魔法師ですから」

 

紫の痛烈な皮肉に、マミゾウは違いないと口元を歪める。

 

「――それで、貴方はどうするのかしら? 二ッ岩大明神」

 

「決まっておる。儂は二ッ岩マミゾウ。そして儂らは化け狸ぞ」

 

紫の唐突な問い掛けに、マミゾウは即答する。

 

 

 

――瞬間、二ッ岩マミゾウから膨大な妖気が溢れ出た。

 

 

 

狸の大親分にして、『二ッ岩大明神』という神格すら持ち合わせる大妖怪。

 

その強い妖気に充てられて、妖怪狸達は一時的にかつての力を取り戻す。

 

昔、人間を化かして戸惑う姿を見て楽しんでいた頃の力を。

 

「さあ、佐渡の化け狸たちよ――」

 

そして、大妖怪としての威圧を存分に発揮したマミゾウは、妖怪狸達をゆっくりと見回して、厳かに宣言した。

 

「最後の化かし合いじゃ。異国の民を存分に化かしてやろうぞ!」

 

 

 

 

 

 

戦場では無数の情報が錯綜し、また兵士達も常に極度の緊張状態に晒されている。

 

その為、いくらデータリンクを整えようと戦場には誤報や誤認、錯覚がどうしても付き纏い、戦場にまつわる不思議というものが生まれる。

 

佐渡島で所属不明勢力を襲った“それ”は、誤認や錯覚で済ますには些か不自然であり、まさしく戦場の不思議だった。

 

どうして一個小隊の全員が川へと落ちて流されようか。

 

沿岸を走行していた機動部隊、その先頭にいた二台の装甲車がカーブを真っ直ぐ走り抜け、ガードレールを突き破って二台とも横転したのは不注意からだろうか。

 

複数の偵察小隊が何度も敵兵の姿を目撃しては、結局は誰もいないという結果の繰り返しは兵士達の錯覚のせいか。

 

一条家率いる義勇軍が到着した時には、侵略軍は度重なる誤報、誤認、そして“事故”で混乱しており、居ないはずの敵兵を警戒して内陸への侵攻も完全に止まっていたという。

 

国防軍の兵士や義勇軍の間で「幻の戦闘」と噂されることになる、侵略軍を襲ったこの不思議な現象は、三年が経った今なお諸説が入り混じって真偽がはっきりしていない。

 

最も有力に囁かれているのは「佐渡島に系統外魔法を使う魔法師が隠れ住んでいた」という説であり、実は国防軍情報部が密かにその魔法師を探したが、当然ながらそんな魔法師を見つけることなど出来なかった。

 

 

 

そして、「狸が化かしていた」といった類の声は、たとえ冗談でも終ぞ人の口から出ることは無く。

 

あの日を境に佐渡から狸が減っていたことに気付いた者もまたいなかった。

 

 

 




森崎、大活躍(笑)
書き終わった後に原作の達也との邂逅シーンを改めて読み直すと、本当に「どうしてこうなった」と(汗)

実は佐渡繋がりでマミゾウと出会っていた吉祥寺真紅郎。
幻想郷縁起によると、佐渡の化け狸は、人に化けているうちに狸であることを忘れて人になってしまった狸が多いという。
つまり吉祥寺真紅郎の先祖は狸です。間違いありません(笑)

化け狸達に化かされた新ソ連軍、もとい所属不明の武装勢力は、まあご愁傷様です。
紫の「台風の原因は魔法師」という皮肉の意味については、いつか本編で語ります。

次話はいよいよ将輝との試合になる予定です。

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